任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第五十話 穏便に…?

暖かな雰囲気に包まれている真子愛用の病室。

真子が目覚めたこの日。阿山トリオは、真子が眠っていた間の話で、夕刻になっても盛り上がっていた。

「みんなには、色々と心配掛けちゃったね」
「それで、その…組長…」

ぺんこうは、何か言いにくそうにしていた。

「なぁに?」

無邪気な顔で、ぺんこうに尋ねる真子。

「心のモヤ…は、取れたんですか?」

真子は、ぺんこうの質問に、暫く口を開かなかった。

まだ…なのか…?

ぺんこうとまさちんが、そう思った時だった。真子が、にっこりと笑った。

「うん。取れた! …お母さんから…ちゃんと応え聞いたもん。
 だから、これから、もっと頑張るから…。自分が築きたい
 新たな世界…もっともっと、みんなに、解ってもらいたいから…」

真子は、口を一文字にクッと結んで、ぺんこうの目を見た。そして、まさちんを見て、更に言った。

「無茶しないでよ、まさちん」
「はい」

まさちんは、力強く返事をした。暫く沈黙が続いた後、ぺんこうが、静かに言った。

「そろそろお休みにならないと…」
「たっぷり眠ったから、眠くないぃ〜」
「橋先生も無理しないようにとおっしゃってたでしょう」
「もっと話したいぃ。ぺんこう、今年の仕事はどうなん?」
「まだ、顔を合わせて、一ヶ月も経ってませんけど、一人、気になる
 生徒が居ますよ」
「気になる生徒?」
「正義感強くて、積極性がありすぎて、頑固な生徒」
「組長そっくり!」

まさちんは、ぺんこうの言葉に間髪入れずに言った。

「まさちん!」

真子の怒鳴り声に、まさちんは、口を噤んだ。

「結構、暴れ者なんですよ」
「へぇ〜。なんだか、楽しそうやん。やりがいあるんちゃう?」
「えぇ。というより、その生徒のおかげで私の仕事減りましたよ」
「仕事? あぁ、あの闇仕事」
「はい」
「闇の仕事?」

まさちんは、二人の言葉に疑問を持った。

「不良の相手」

真子が、応えた。

「不良の相手? …あぁ、それで、あの時に…」

まさちんは、以前、夜の街で見かけた、川原組と藤組の末端組織の争いの事を思い出した。

「あの時って?」
「むかいんが、俺達を止めた夜の事件のことですよ。
 その時のガキが、ぺんこうの姿を見て、口走ったんです。
 ぺんこうが、その昔、やくざだったという噂が、事密やかに
 噂されているようですよ」
「やっぱりなぁ〜」
「やっぱりって、組長、そういう噂は、噂ですからぁ」
「ほんとのことやん」
「しかしですね…」

ぺんこうは、なぜか焦っていた。別に不良と呼ばれる生徒達を相手していると言っても、ちょこぉっとお灸を添える程度に、口頭で言うだけなのに…。その時の口調が、生徒達の間で噂されてしまう原因だとは、ぺんこうは、気が付いていなかった。

「なんで、焦ってるんよぉ」
「いや、その…何故でしょう…」
「今年も、頑張ってね!」
「ありがとうございます。…って、組長、今年からはどうされるんですか?」
「唐突だなぁ〜もぉ。…まだ、決めてない。なるようになるって!」

やっぱし…。

まさちんとぺんこうは、思っていた通りの答えが返ってきたことに、お互い顔を見合わせて微笑んでいた。

「…なに? なんで、二人は微笑み合ってるわけ?」
「まさちんと話していたんですよ。大学卒業後の組長は、
 どう過ごしたいのかなぁって。恐らく答えは、
 『なるようになる』だろうな…ってね」
「…何も考えておられないんですよね?」

まさちんは、優しく微笑みながら、真子に尋ねた。真子は、少しふくれっ面になっていた。

「そうだよぉ。ぷーー。だけどね、私から、学生を取った
 生活になるだけでしょ? 勉強すること無くなるんだもん」
「そんなことありませんよ。これからは、今までの事を糧にして、
 更に勉強していかなければ、ならないんですから」

ぺんこうは、力強い言葉で真子に言った。
それは、真子の心に何かを与えたのか、真子の眼差しに力が漲った。

「そっか…そうなんだ…。もっともっと頑張らないとあかんねんや。
 うわぁ〜。ほんと、大変だぁ。まさちん、よろしくね」
「よろしくって、組長ぅ〜。私は、徐々に組長へ引き継ごうと
 そのつもりで、仕事をしていたんですけど…。真北さんも
 そうおっしゃると思いますよ」
「…退院、延ばそう…」
「組長!!」

真子の言葉に、まさちんとぺんこうは、怒鳴った。

「もぉ、二人仲良く怒鳴らなくてもぉ〜」

真子のふくれっ面も、健在…?




夜中。
橋総合病院の廊下を歩く人物が居た。足音を立てずに歩く人物。それは、真子愛用の病室の前に停まった。そっとドアを開けて中へ入っていった。
その時だった。
その人物は、突然胸ぐらを掴みあげられた。

「真北さん…」
「お前らおったんか」
「えぇ」

胸ぐらを掴みあげたのは、まさちんだった。真子を守るように真子の側に立っているのはぺんこう。

「足音を立てずに入ってくるから…」

まさちんは、真北から手を離しながら、静かに言った。

「他の患者が起きるだろ…。で、どうなんや?」

真北は、真子の側に歩み寄り、寝顔を見つめて微笑んでいた。そんな真北を見つめるぺんこうは、少し呆れた表情をしながら、部屋の隅にあるソファに腰掛けた。

「すっかり、元の組長です」

まさちんが、真北の側でそっと言った。

「そうか。安心したよ」
「真北さんは、明日来られるとお聞きしてましたが…」
「少しでも早く、見たいと思ってな。…ぺんこう、何も言うなよ」
「言いませんよ。呆れて、何も言えません」
「なら、そのままで、ええから」

そう言って、まさちんが、差し出した椅子に腰を掛けて、真子を見つめる真北。

「早く色んな話を聞きたいなぁ〜。…で、まさちん、組関係の
 話はしてないよな」
「はい。大学の卒業式の話や、ここ数ヶ月で見かけたおもしろい話、
 そして、組長の夢の話ですよ」
「夢…か…」

真北は、真子を通して、違う誰かを見ているようだった。

「また…」

ぺんこうは、本当に呆れたような表情をして、ソファに身を埋め、眠りについた。

「まさちんも、寝ろよ」
「真北さんは?」
「俺は、久しぶりに堪能する」
「…ぺんこうでなくても、呆れますよ。では、お言葉に甘えて」
「あぁ、お休み」

まさちんは、ぺんこうの向かいのソファに腰を掛け、同じように身を埋めて、眠り始めた。
真北は、寝入る二人を少し眺め、そして、目線を真子に移した。

「ちさとさん…お元気でしたか…?」

真北は、そっと真子の頭を撫でていた。

暫くして、病室のドアがそっと開いた。



「やっぱしなぁ〜」

それは、橋だった。

「よぉ〜! 世話になってるぞぉ」
「なんや、嬉しそうな顔してからにぃ」
「嬉しいに決まってるやろ」
「だからって、寝顔をいつまでも見つめんでもええやろ」
「安堵感」
「ほぉ〜」

橋は、冷たい目線を真北に送る。暗がりで、それは、確認できなかったが、真北は肌で感じていた。

「で?」
「体力も直ぐに回復するやろな。退院も直ぐや」
「ありがとな」
「俺は、何もしてへんで。これは、真子ちゃん自身が
 自分の力で解決したことやから。ほななぁ。お前も寝ろよ。
 俺の事務室、来るか?」
「ええわ。今日は、ここで、朝日を見るよ」
「はいはい」

橋は、静かに病室を出ていった。
真北は、真子の優しい寝息を感じながら、かわいい寝顔をずっと、ずっと…見つめていた。

そして、朝を迎えた。

早起きのぺんこうは、まだ、眠い顔をしているまさちんの手を引いて、病室を出ていき、廊下のソファに腰を掛け、のんびりしていた。
そんな二人とは反対に、病院関係者は、朝の仕事に忙しく動いているのだが…。




「…真北さん…?」
「お目覚めですか、眠り姫」
「…またぁ〜それを言うぅ〜」

珍しく早起きの真子が、真北に言った。そして、起きあがり、真北を見つめた。

「ただいま帰りましたぁ〜!」

明るく言う真子に、真北は、驚くと同時に、色々な感情がこみ上げて、真子を力強く抱きしめる。

「お帰りなさい…お待ちしておりました…」
「ありがと、真北さん」
「………」

真北は、真子に何かを言いたかったが、声にならなかった。



廊下に居るまさちんとぺんこうは、病室から聞こえる明るい笑い声に、少し嫉妬を覚えていた。

「なんだかなぁ…。結局、真北さんに…取られるんだな」

まさちんが、天井を見上げながら、呟いた。

「しゃぁないけどなぁ」

ぺんこうは、俯いて、寂しそうに呟いた。

「…眠れたか?」

まさちんが、何か思いだしたように、ぺんこうに尋ねた。

「いいや。眠れなかった。気になってな…」
「俺も…や」
「今日一日、真北さんは、休み取ったんやろなぁ。俺も休みやのにぃ」
「そうやなぁ、ぺんこうにとっては、貴重な休みやもんなぁ」
「そういうまさちんは、どうやねん?」
「俺? …昨日から明日までの三日間は、くまはちに頼んだぁ」
「それより、組長に伝えるんか? 例の事件やAYAMAのことぉ」
「伝えな、あかんやろぉ。…組長の勘は鋭いからなぁ」
「だよなぁ」

二人は、だらしなく座っていた。

「休みなのにな…仕事せな…あかんかな…」

そんな二人の思いは、突然、裏切られる。
なんと、真北が、真子の病室から出てきた。

「真北さん」
「俺は、仕事やから、後頼んだよぉ。ぺんこう休みやろ?」
「えぇ」
「まさちんは、くまはちと交代で休みやったよな」
「はい」
「俺は、橋のとこに寄ってから、仕事に行くから」
「わかりました」

真北は、元気に後ろ手を振って、去っていく。

「珍しいことも…あるんやな…」

ぺんこうが驚いたように言った。

「あ、あぁ」

きょとんとした表情で頷くまさちん。そして、二人は、歩みを揃えて真子の病室へ入っていった。

「おはよぉ」

真子は、にこやかに挨拶した。

「真北さん、今日一日居ると思っていたんですが…」
「…ほんと、二人は、息ぴったりやね。同時に同じ事をいう…。
 真北さんね、照れちゃって…」
「照れた?!」
「うん。お母さんの話をたっぷりしたらね」
「なるほど…」

阿山トリオは、何故か、笑っていた。
その頃の真北は…。

「ぐわっはっはっはっはっは!!!」

橋の事務室から、豪快な笑い声。

「うるさいなぁ〜」
「お前の昔っからの癖やなぁ〜。ほんま、変わらんのぉ!!」
「…ちさとさんからのメッセージって言って、真子ちゃんの口から
 聞いたけど…まるで、ちさとさん自身から聞いた感じで…。
 落ち着くまで、一緒に居られないやろ…。仕事で忘れる!!
 と、その前に、寝る!」

そう言いながら、事務室の奥の部屋へ向かって歩いていく真北。

「そうなる前に、寝とけって…ったくぅ」
「ほな、一時間ほどしたら、起こしてくれよ! お休み!」

真北は、遠慮なく、奥の部屋に入り、眠りについた。

「おいおいおいおいぃ〜!!! 仕事入ったら、無理やで!」

橋は、アラームのセットをしながら、なぜか、嬉しそうな表情をしていた。




真北は、夢を見た。
それは、ちさとの夢だった。
ちさとが亡くなってからは、全く見ることもなかった夢。
気になる人の夢……。

『真北さんに、お礼言わなきゃね!』

夢の中のちさとは、真北に素敵な笑顔でそう言った。

『ち、ちさとさん…お礼なんて…そんな…』

照れる真北が、ふと見つめた女性は、ちさとではなく、ちさとと全く同じ笑顔を向ける真子だった。



「!!!!!」

真北は、飛び起きた。そして、手を口に当て、驚いたような表情をして、息を飲む。
その時、部屋のドアが開いた。橋が、真北を起こしに入ってきた。

「どうしたんや。目、見開いて」
「あ、いや…その…何でもない」

真北は、ソファから脚を下ろして、靴を履き、立ち上がった。

「…おいおいおいおいぃ〜。一時間やと言ったのになぁ」
「悪い!! ほんまに悪かった。起こしに来たんやで。だけどな、
 お前、気持ち良さそうな顔で寝てたから、起こすに起こせん
 かったんや…そしたら、緊急手術入ってな…。二時間
 オーバーやな…。取りあえず、原刑事には、連絡したから。
 そしたら、お前、今日は休み取ってるっつーやないかぁ」
「あぁ。だけどな…」
「そっか。仕事に没頭して、気を紛らすつもりやったな」
「それ、やめた」
「…何があったんや?」

橋は静かに尋ねる。

「ちさとさんが…夢に出てきた…」
「…それが、真子ちゃんと重なった…てわけかぁ」
「は、は、橋ぃ!!!!!」

真北は慌てていた。

図星か…。

橋は、慌てる真北を見て、にやにやしながら、そう思っていた。

「…俺自身が、しっかりとしないと駄目だな…」
「お前は、いつでも、しっかりしとるって。そのままでええねん」
「ありがとな…」

真北は、少年の様な微笑みをして、ソファに腰掛けた。
橋は、そんな真北の為に、お茶の用意を始めた…。




次の日の、朝。

「見たかったなぁ〜」

真子が言った。
検査結果を待っている時に、橋が話した真北の行動。
その慌てっぷりを語る橋の表情は、本当に楽しんでいた。

「真子ちゃんの枕元にあった、ちさとさんの写真を見たけど、
 ほんと、真子ちゃん、そっくりやな」
「似てるのかなぁ」
「女の子は、母親に見るもんやしな」
「似ていいのか、悪いのか…。でぇ〜退院は、本当に、梅雨頃なの?」
「そうや。それまで、色々とまとめておきたいからなぁ」
「……能力のこと?」

真子は、上目遣いで橋を見る。

「まぁな。真子ちゃん、悪いな」
「ううん。気にしてないから。だって、橋先生の頼みだもん。
 たっくさんお世話になってるからね!」

真子は、微笑んだ。

「はふぅ〜。俺も、その笑顔に弱なったわぁ〜。…で、まさちんは?」
「急に組関係の仕事で…」
「くまはちもか?」
「うん…。だから、今日は夕方まで一人」

真子は少し寂しそうな表情をした。

「俺、今のところ、仕事あらへんから、話し相手になるで」
「ほんと?」
「…真北の話、もっと話したるで」
「うん!!」

真子は、無邪気に笑って、座り直した。そして、橋は、真北の楽しい話をし始めた。


その頃、まさちんとくまはちは、AYビルの会議室で、水木、須藤達、関西幹部と深刻な表情で、話し合いをしていた。
それは、真子が眠っている間に、暴れた事に関してだった…。

「…どないすんねん」

須藤が、静かに言った。

「ちゃんと報告しないと駄目だろなぁ…」

まさちんが、応えた。

「そやけど、全部報告することないんちゃうか」
「そういう訳には、いかないでしょ、水木さん。水木さんが撫川んとこと
 もめてたことだって、いつものように知れていたし…」
「…しゃぁないかぁ」
「覚悟を決めるか…」
「…誰が暴走を止めるんや?」

川原の言葉に、幹部一同、ほんの一瞬、動きが停まった。そして、一斉に一人を指差した。

「わかってますよぉ〜」

指を差されたまさちんは、頭をぽりぽりと掻きながら、しょうがないなぁという表情をして、幹部達を見つめていた。

「では、組長復帰に向けて、準備を始めますか。まずは……」

そして、いつも以上に真剣な眼差しで会議を続けていった。




前の日のどしゃぶりの雨が、嘘のように止んで、晴れ渡ったこの日。
真子が退院した。
退院したとき、病院の玄関で、毎回、全く同じ仕草をする真子。
解放された!という感じで、思いっきり背伸びをして、空を見上げるのだった。

「ええかぁ、週に一回は絶対に、検査に来るんやで」
「…橋先生ぃ、もう聞き飽きましたよ」
「口すっぱぁ言わんと、真子ちゃん守らへんからなぁ。真北にも言うたから。
 ええな、まさちん。スケジュールに入れとけよ」
「ちゃんと記入しました」
「まぁ、真子ちゃんは、目覚めた途端、動く程、以前よりも更に
 回復力は、強化されとるから、安心やけどな」

今まで笑顔で話していた橋の表情が、深刻なものに変わった。

「能力だけは、絶対に、使わないように。何が遭ってもな」

真子は、橋の言葉を真剣に受け取ったのか、暫く何も言わなかった。そして、にっこりと笑って、橋に応える。

「わかりました。…なるべく…ね!」
「なるべく…ね…って、あのなぁ、真子ちゃん!!」
「だって、嫌いだもん。病院」
「病院だけかぁ。俺は、好きになってくれたんや。嬉しいなぁ」

橋は、照れたように笑っていた。

「慣れただけぇ〜」
「それでもええでぇ。前は医者嫌いやったもんなぁ」
「ねぇ〜」

橋と真子は、お互い同じ方向に首をかわいらしく傾げていた。そんな二人を見つめるまさちんは、呆れているのか、ため息を付く。

「まさちん、疲れたん? そうやろなぁ。組関係の報告書、
 この半年分、まとめてって頼んだもんねぇ。徹夜でしょ?」
「え、ええ。まぁ…」

まさちんは、橋をチラッと見た。
橋は、真子が眠っている間に起こった組関係の厄介事の全てを知っている為、少し気まずそうな顔をしていた。

「ほな、橋先生、まったねぇ〜!」
「気ぃつけてやぁ」

まさちんは、一礼して、真子を追いかけていく。橋は、まさちんの車が駐車場を出ていくまで、見送っていた。真子は、いつまでも、橋に手を振っていた。

「すっかり、元の真子ちゃんやな。真北、喜ぶで」

橋は、フッと笑って、事務室へ向かって歩いていった。





AYビル・真子の事務室。
真子は、以前と変わらず、受付で明美たちとたっぷりと話した後、事務室へ。そして、まさちんが、まとめた書類に目を通していた。その間、まさちんは、真子の事務室にあるソファに腰を掛け、別の仕事をしていた。

「ねぇ、まさちん」
「はい」
「本当に、これだけ?」
「はい」
「兵庫の篠本さんの話はどうなったの? そのまま消滅…って
 そんな雰囲気に思えないんだけど…。確か、真北さんにお願い
 してたよね。その後、進展なしなの?」
「はい」

まさちんの返事は、短く、はきはきとしていた。真子は、そんなまさちんに、疑いの眼を送っていた。

「ほんまぁ〜?」
「はい」

真子は、暫く、まさちんを見つめていた。まさちんは、凛とした目をして真子を見つめてくる。

「わかった。ご苦労様。大変だったでしょ? 篠本さんを納得させるのは」
「えぇ」

真子は、再び書類に目を移した。そして、サインをして、机の端に書類を重ねていった。



「終わったよぉ」
「お疲れさまでした。では、後は、私が」

そう言って、まさちんは、真子の机の端にあるサイン済の書類を手に取り、仕分けた後、事務室を出ていった。

「ふぅ〜〜」

真子は、ため息を付いて、パソコンのスイッチを入れる。そして、パスワードを打ち込んだ後、画面に出てきたのは、とあるページだった。
それは、健の極秘情報及び、結果報告のページ。

「…やっぱりなぁ〜。ったく…篠本さんに悪いことしてしまったな…」

真子は、机に両肘を付いて、頭を抱えて何かを考えていた。そして、ふとマウスに手を伸ばし、別の場所をクリックした。
ページが変わった。

兵庫・篠本とさつまとの関係について。

真子は暫く画面を見つめた後、受話器を取って、何処かに電話を掛けた。




須藤組組事務所。
AYビル・真子の事務所と同じ階にある須藤組組事務所に、まさちんが、書類を持ってやって来た。奥の応接室に通されたまさちんは、少し遅れて入ってきた須藤に、真子サイン済の書類を須藤に渡した。

「久しぶりやのぉ、組長のサイン」
「以前よりも張り切ってますよ」
「…で、どうなんや?」
「何もなかったということで…済みました」
「ほんまかぁ?」

須藤は、書類に目を通しながら尋ねる。

「組長の事ですから、わかりませんね」

まさちんは、ガラスのテーブルに上に置いてあるタバコ入れから、一本取りだし、火を付けた。

「…ったく、ここに来たらいっつも、そうやねんからぁ」
「もう、癖ですね」
「組長に、言ってやろ」
「それだけは、ほんとに、勘弁してください」
「ばれてるんとちゃうんか?」
「さぁ、それは…」

まさちんは、煙を吐き出した。





真子は、電話の相手の話に大笑いしていた。

「だから、笑わせないでよぉ」
『気分転換にと思っただけです』
「…しっかし、川原さんと藤さんの争いを納めたのが、えいぞうさんと
 健だったとは…。ったくぅ、無茶しないでよね、健」
『ご心配お掛けして申し訳ございませんでした』
「難なく無事になら、よかったんだけど…えいぞうさんの鉄拳かぁ」
『すみません、俺も少々…』
「もぉ、みんなして、私が居なかったら、暴れまくるんだから…。
 それで、篠本さんは?」
『篠本は、無事に退院したんですが、さつまとの関連から、真北さんの手に…』
「なるほど…。別の方法なかったのかなぁ。もしかしたら、さつまとの
 手を切ろうとしてたかもしれないのに…。だから、私に逢いたがって
 いたんじゃないのかなぁ」
『それは、ないでしょう。恐らく、組長から何かを聞き出して、
 さつまと裏で、何かをおっぱじめようとしていたはずですから』
「…本当のことは、わからないからなぁ…。真北さんの手に…か…」

真子は、暫く考え込む。

「だったら、この方法で、ええか…。でも、私にきちんと報告
 していないということは…許せませんね…」
『組長、暴力はいけませんからね!!』
「…健に言われたくないなぁ」

真子は、ねちっこく言った。

『…すみません…。あっ、組長、誰か来ましたので…』
「うん。ありがと」

真子は電話を切った。

「嘘を通すつもりやろな…。ったく…」

真子は、再びパソコンの画面に目をやった。




まさちんは、タバコをもみ消した。そして、ポケットから、小さな箱を取りだし、その中の丸いものを口に放り込んだ。

「で、幹部会は何時や?」
「明日です。朝十時」
「まさちん、念を押すけど、ほんまに組長、怒ってへんやろな…」
「大丈夫ですよ。嘘を通します。どうってことないでしょう」

まさちんは、何故か、自信ありげに須藤に言った。須藤は、少し心配げな表情をして、書類をまとめた。





真子の自宅。
真子は、リビングでくつろいでいた。キッチンでは、むかいんが、後片づけをして、真子のオレンジジュースを用意していた。

「お待たせ致しました」
「ありがと。むかいんも、久しぶりの帰宅なんだって?」
「えぇ。組長の居ない自宅に戻っても、くつろげませんから」

むかいんは、微笑んでいた。

「ったくぅ。自宅はくつろぐところでしょぉ。この料理好き!」
「コックですから」
「仕事好きに変えようか?」
「どちらも、私のことなので、構いませんよ」

むかいんの言葉に、真子は微笑んだ。

「で、新作、できたん?」
「まだ、考え中ですね。組長の笑顔を拝見できなかったので、
 先に進みませんでした」
「じゃぁ、これから、たっぷりと?」
「はい。頑張りますよぉ」
「うん」

真子は、素敵な笑顔をむかいんに向けた。むかいんの返す笑顔も、真子には負けていなかった。

「真北さん、話してくれるでしょうか?」

むかいんが心配そうに尋ねてくる。
真子から、組関係の相談を受けていたのだった。
真子が眠っていた間の出来事は、むかいんも知っていたが、真子には何も言わなかった。

「話してくれなくても…いいけど…やっぱり…心配だな…。
 ごめんね、むかいん、組関係には、無縁なのに相談して…」
「いつでも相談してください。何もぺんこうだけが、組長の心の
 支えではありませんから」
「…むかいん」
「はい」
「何か遭ったの? 以前のむかいんと違う感じがする…」
「そうですか? 全く変わりませんが…」

むかいんは、誤魔化していた。
真子が気にする『何か』が遭ったのだった。
それは、一体……。

そして、真北が帰ってきた。

むかいんが用意した食事を済ませ、リビングで待っていた真子の所へ歩み寄った。

「篠本の話は、まさちんが報告した通りですよ」
「穏便に…だったけど?」
「えぇ。その通りですよ」

真子は、真北に疑いの眼を向けていた。

「…本当です。穏便に話し合いで決着しました。篠本も
 組長に逢うことを諦めたそうですよ」
「…まさちんと須藤さんで、何かしたんじゃないの?」
「いいえ、何も」
「…だったら、いいや。取りあえず、私からも篠本さんに
 一言伝えないといけないね。逢う段取りつけないとね」
「一言は、すでに伝わっていると思いますが…」
「どのように?」
「ごきげんよう」
「…なるほど…わかった。この件は、もう終わったんだね。
 ありがとう、真北さん。…話は変わって…そのさぁ…、
 川原さんと藤さんのことなんだけど…」
「えいぞうと健の鉄拳を受けたお話ですか?」
「うん。明日の幹部会、出席するのかなぁ」
「怪我は既に完治してますから、大丈夫でしょうそれにしても、末端組織の
 火の粉をかぶるとは、あいつらも、まだまだですね。まぁ、昔っから、
 お互いにらみ合っていましたから、そうなっても仕方ないでしょうね」
「仲良くなったと思ったのに…」
「組長が居なかったからですよ」

真北の言葉に、真子はきょとんとする。

「そんなもんなの?」
「そういうものです。親が居ないと、子は、何するかわかりませんから」
「…ったくぅ、明日の幹部会、無事に終わるかなぁ…。自信ないや…」
「行動に出る前に、いつもは一呼吸置いてと言ってますが、
 明日は、特に注意してくださいね。二呼吸くらい置いても
 よろしいかと…」
「そだね…、そうする…」

真子は、立ち上がった。

「明日の準備もあるから、部屋に戻るね。お休みなさい」
「お休みなさいませ」

真子は、キッチンにいるむかいんに声を掛けた。

「むかいん、お休みぃ〜。明日は一緒に行く?」
「お願いします。お休みなさいませ」

真子は、笑顔で二人に手を振ってリビングを出ていった。真子が部屋に入ったくらいの時間まで、真北とむかいんは、何も言わず黙っていた。そして、真北が口を開く。

「あの様子じゃ、健から、全て聞いてるな…」
「そのようですよ」
「仕方ないか…」
「五代目…ですから」
「くまはちは?」
「まだ、帰ってきてませんよ」
「ったく…。組長が復帰してからというもの、張り切りすぎちゃうか」
「それが、くまはちですよ。真北さんもよく御存知でしょう?」
「そうやったな…。そこが心配なんだよ。いつか、組長の意志に
 背くことをするんじゃないかって…。たとえ、疲れ知らずでも
 痛さ知らずでも、常に危険な場所に居るからな…」
「私もそれは、心配です」
「お前のように、好きなことさせたいんだよ…。組長は、
 AYAMAの仕事をさせようとしてるみたいだな。
 俺も、くまはちには、そういう感じの仕事をしてもらいたいよ」

真北は、ソファにもたれかかり、天を仰ぎ、そして、ため息をついた。

「組長が、成長するたびに、悩み事が増えていくよなぁ…」
「真北さん…」

むかいんは、真北のあまりにも似合わない姿に、声を掛けることが出来なかった。

「明日……むかいんからも、組長に言っててくれな…」
「はい」

むかいんは、静かに返事をした。
真北は、ゆっくりと立ち上がり、そして、リビングを出ていった。
その後ろ姿は、なぜか、寂しそうに感じた。



次の日。
真子とまさちん、むかいんの三人は、まさちん運転の車で、AYビルへ向かっていった……。



(2006.3.30 第三部 第五十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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