任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第三話 痛みを知る

AYビル・地下駐車場。
くまはちは、異様な気配と真子のオーラを感じ、真子の姿を探していた。

組長…。

気を集中させる。
その時だった。
金属が地面に落ちる音が微かに聞こえた。

向こうか…!

くまはちは、駆け出した。
くまはちの行動にいち早く気付き、何かが起こっていると察した警備員の山崎も、くまはちと同じように駆けていく。


「組長!!」

人目の付きにくい場所に、駆けつけたくまはちは、右腕が赤く染まる真子を見つけ、その真子が睨んでいる相手を見つめた。

「荒川、糸山……」
「くまはち…」
「山崎さん、組長を頼みます」
「は、はい」

くまはちは、そう言って、真子の前に立ちはだかり、山崎の方へ軽く押した。

「くまはち! 私の仕事だ!」
「…私の仕事です。これ以上、組長には怪我をさせたくありません…。
 人を傷つけるようなことも…させたくありませんから…」

くまはちは、そう言って、肩越しに真子を睨んでいた。

「…くまはち…」

真子は、くまはちの醸し出す雰囲気に恐れてしまった。
そして、後ずさりし、山崎の前にやって来た。

くまはちは、側に落ちていたナイフに気が付いた。
そのナイフを素早く真上に蹴り上げ、宙に浮いた時に、ナイフの柄の部分を上手い具合に蹴った。
ナイフは勢い良く跳び、荒川の右目に突き刺さる。

「ぐぉぉぉぉぉ!!」

荒川の雄叫びが、駐車場内に響き渡った。
右目を押さえながら、座り込む荒川に、容赦ない蹴りを見舞うくまはち。
その速さは、真子や山崎の目には、停まらなかった。
口から血を吐き出しながら、その場に仰向けに倒れる荒川に、くまはちは、とどめに腹部を踏みつけた。
荒川の口から、血が、噴水のように、吹き出す。
そして、くまはちは、標的を糸山に変えた。
無表情で、糸山に歩み寄るくまはち。
糸山は、くまはちの醸し出す雰囲気に恐れたのか、腰の辺りから両手に武器を取り出した。それは、細い細いナイフだった。それをくまはちに向ける糸山。くまはちは、全く恐れずに、糸山にじりじりと近寄っていく…。
その時だった。
糸山は、ナイフでくまはちを襲うと見せかけて、左手に持つナイフを真子目掛けて投げつけた。

「…あまいな…」

くまはちは、予測していたのか、宙を真っ直ぐ飛ぶナイフの刃の部分を中指と人差し指で掴んでいた。
くるっとナイフの向きを変え、そのまま、糸山に向けて投げた。

「うごぉ……」

くまはちの投げたナイフは、糸山の左目に突き刺さっていた。あまりの痛さに前のめりになる糸山を蹴り上げるくまはち。

「くまはちぃ!!!! やめろ!!!!!」

真子の叫び声が、地下駐車場に響き渡り、その声は、一階の受付まで聞こえていた。

「くまはち……やりすぎだよ…。やめてよ…」

真子は、泣いていた。
それでも、くまはちは、糸山を容赦なく蹴り上げていた。
山崎に支えられていた真子は、立ち上がり、くまはち目掛けて走り出した。そして、くまはちの脚にしがみつく。

「組長!!」

真子は、くまはちの脚にしがみつき、顔を埋めていた。

「もう…いいから…」

真子の声は震えていた。
涙顔でくまはちを見上げる真子。
しかし、くまはちは、そんな真子に冷たい目線を送り、真子の手をほどいた。

「組長に手を挙げたこと…、これだけでは、済ませませんよ」

くまはちの目線は、真子から、横たわる糸山に移された。そして、脚を持ち上げた時だった。

「……くまはち!!!!」

真子は、怒り混じりの声で叫んだ。そして、くまはちの腰に手を回し、くまはちを押し倒した。

「真子ちゃん!」

山崎は、慌てて二人に駆け寄った。
くまはちに馬乗りするような形になった真子は、くまはちの胸ぐらを掴み、そして、拳を振り上げた。

「やめろって言ってるだろ!!」

真子が振り下ろす拳を受け止めるくまはち。そして、素早く起き上がり、真子を守るように後ろに押しのけ、右手を前に差しだしていた。
突然の行動に驚きながらも、真子は振り返る。

「だから、言ったんですよ、組長。こいつらは、徹底的に
 打ちのめさないと、このように、襲ってきますから…」

くまはちの表情は、怒りを抑えているのが解るくらい引きつっていた。
くまはちの腕から何かが伝うようにしたたり落ちた。真子は、地面に目をやった。
…血…。
くまはちの腕をゆっくりと指先まで目線を移す真子。

「!!!!!」

くまはちの手の甲から、ナイフの先が突き出ていた。
糸山が真子の背中目掛けて、手にしていたナイフを差し出した事に気が付いたくまはちは、ナイフを握りしめるつもりが、間に合わなかったらしい。
くまはちは、ゆっくりとそのナイフを握りしめた。そして、素早く糸山のナイフを取り上げ、ナイフの刺さった手の甲で、糸山の頬をぶん殴った。
もちろん、ナイフの先が、糸山の頬に刺さり、皮膚を引き裂くような形になる。

「あががが……!」

糸山は、痛さでのたうち回っていた。そんな糸山にとどめの蹴りをするくまはち。糸山は、そのまま動かなくなった。
くまはちは、一息ついて、振り返り、真子を見た。

真子は、怒り混じりの哀しい目をして、くまはちを睨んでいた。

「もう…知らない…!!」

そう言って、真子は、立ち上がり、走り出す。

「組長!!! 山崎さん、連絡お願いします」
「任せておけ!」

くまはちは、山崎の自信に満ちた表情を確認した後、真子を追いかけた。



真子は、駐車場の入り口に向かって走っていた。くまはちは、手に刺さったナイフを取り、傷口にハンカチを巻きながら、真子を追いかけていく。
足も速いくまはちは、真子に追いついた。

「組長、お待ち下さい!」

真子は、くまはちの声が聞こえていない。そして、前も見えていない…。

「組長!!」

キキキキィーーー!!!

「ぐわぁ、組長と、くまはちぃ〜!!!」

目の前に迫ってきた真子とくまはち。
橋総合病院から治療を終えて戻ってきた須藤達が、二人の姿に気付いてブレーキを踏んだものの…。
くまはちは、ちょうど、地下駐車場に入ってきた車に気付き、ぶつかりそうになった真子を車から守るように、抱きかかえ、横に転がっていた。

「だ、だ、大丈夫やろうけど…」

慌てて車から降り、二人の様子を伺う須藤と水木。
二人の姿を見つめると…。

真子は血だらけ。くまはちも血だらけ…。

轢いてしまった……。

血だらけの真子とくまはちを見て、轢いてしまったと思いこむ二人の顔から血の気が引いていく…。
その表情は、くまはちの醸し出すオーラに、引きつり始めた。

やっぱり…轢いてしまったのか…。

「くまはち、大丈夫か…!!?!」

そっと尋ねる水木。
しかし、くまはちは、腕の中で震える真子を抱きしめたまま、何も応えず起き上がるだけだった。

「俺の…仕事です。ですから…」
「あそこまでして、守って欲しくない!!!」

真子は、くまはちの腕の中からすり抜けようともがくが、くまはちが抱きしめる力には、敵わない。

「何が、あったんや?」
「…さぁ…?」

水木と須藤の存在は、くまはちと真子には見えていないらしい。
そんな二人の様子が気になる水木と須藤。
真子は、痛々しく泣いている。
くまはちは、戦闘状態の雰囲気を醸し出したまま…。

「私の仕事ですから。組長をお守りすることは…私の仕事です。
 私は、組長のボディーガードですよ…」
「解ってる…解ってるけど…、でも、何もあんな残酷なことを…」
「死にはしませんよ、あれくらいでは」
「失ったものは、どうなるんよ…」
「失ったものは、仕方ありません。しかし、あそこまでしないと、
 あいつら、また、組長を襲ってきます。私と水木さんで、
 組に話し合いに行って、決裂した。そして、組長も御存知のように
 力で、決着つけました。なのに、このように、襲ってきたんですよ」
「暴力を暴力でカタつけることは、望ましくないでしょ!!
 離してよ…離せよぉ!!」

それでも、くまはちは、真子を離さない。
真子のオーラが変わる。

「離せっ!」

真子の口調が命令口調に変わった。その事で、くまはちは、そっと真子から手を離す。
真子は、くまはちの腕の中で離れようと力を入れていた為、くまはちが力を緩めたことで、勢い余って壁に背中からぶつかった。

「いたっ…」

真子は、壁にもたれたまま、膝を抱えて顔を埋めて泣き出した。

「組長…」

くまはちは、呟きながら、そっと立ち上がり、真子を見つめていた。
水木と須藤は、真子とくまはちの様子を見て、首を傾げるだけ。

「くまはち、何をした?」

水木が再び尋ねた。

「制裁…」

静かに応えるくまはち。
どうやら、水木と須藤の姿に気付いていたらしい。…が、二人の言葉に応える必要は無いと判断したのか、くまはちは、今、目の前の事で必死だった。

「組長の目の前でか?」
「仕方なかったんだよ…」

水木が、困った表情で、くまはちを見つめ、そして、真子に目線を移した。
その時、水木は、真子の怪我に気が付いた。

「くまはち、気ぃ付いてないんか?」

水木はそう言いながら、真子の側にしゃがみ込み、真子の右腕に手を伸ばし、傷の手当てを始めた。

「…いいよ、水木さん…」

震えた声で応えた真子は、手を引っ込めた。

「組長、こんなとこで、座り込んでは、体に悪いですよ。
 私が、橋先生の所にお連れします」
「ほっといて!」
「ほっとけません。組長、怪我してるんですよ。それも、出血が
 ひどいのに…。そして、首にも」
「うるさい!」

真子は、そう言って、立ち上がり、駐車場の入り口目指して、壁に手をついて、足取りおぼつかずに、ふらふらと歩き出した。その間も、真子の傷口から血が滴り落ちていた。
水木が真子を追うように歩き出す。

「組長、無茶しすぎです」

水木が、真子を支えるように、手を差し出した。

「…もう、やだ…、見たくないよ…赤いものなんて…」

真子は、水木の胸に顔を埋めた。

「組長…、私がお送りしますから…。泣かないで下さい」

水木は、優しく真子の背中に手を回していた。
くまはちは、真子と水木の姿を見て、何も言えず、その場に立ちつくしていた。




再び、橋総合病院。
橋は無言で、くまはちの治療をしていた。
真子は、大事を取って、真子愛用の病室、まさちんの横に用意されたベッドに寝かされていた。
貧血気味と、麻酔で、眠っている真子。側には、水木、そして、須藤が心配顔で、真子を見つめていた。
もちろん、まさちんは、まだ、眠っている…。

くまはちは、橋から目を反らすように、そっぽを向いていた。そんなくまはちの顔を両手で挟み、真っ直ぐ向きを変えた。

「俺の目を見れへんくらい、悪いことしたんか?」

くまはちは、目を反らしていた。

「ふぅ〜。目を逸らすな!!」

橋は、怒っている……。

「誰とも、目を合わせられませんよ…。組長に…」
「はふぅ〜、あのなぁ、お前の仕事は、真子ちゃんを守ることやろ。
 その仕事をしただけやないか。いつものことやろ? それを
 真子ちゃんの目の前で行っただけやないか。いつもの姿を
 見せただけやろ? 何を悔いてるねん」
「何を言っても、組長…聞く耳を持ってくれません…」

くまはちは、本当に落ち込んでいるのか、項垂れてしまう。
そんなくまはちを励ますような感じで、頭を軽く数回叩く橋。

「大丈夫やって。真子ちゃん、突然のことで驚いただけやろ。
 暫くしたら、笑顔を見せてくれるって。…で、どうや?」

くまはちは、橋の言葉に反応して右手を動かしていた。

「少し動かしにくいです…」
「まぁ、くまはちのことやから、直ぐにでも治るって」
「はぁ…ありがとうございます……」

またまた、項垂れるくまはちだった。

「あかんわ…」

橋は、呆れながら、治療の片づけを始めた。




夜八時。
まさちんが、目を覚ました。そして、病室の人の多さに驚き、

「水木さん、須藤さん、まだ……って、組長…? 何が?」

そう言った途端、真子の姿に気付き、まさちんは、自分が怪我人だというのを忘れているのか、体を起こしてしまう。

「あててて…」
「あほ、お前、怪我しとること、忘れとるやろ。寝とけって」
「水木さん、寝てられませんって。なんで、組長が? 俺が眠っている間、
 何が遭ったんですか!!!」

まさちんは、水木の服を掴んで、引き寄せた。



まさちんは、真子の側に座り、怪我をしている右手を手に取り、自分の額に祈るような感じで、当てていた。

「私の力不足ですね…組長…申し訳ございません…」
「まさちん、お前だけやないで…わいもや…」
「水木だけやないやろ。俺もや…」

それぞれが、自分を責めていた。

「組長の…笑顔…失いたくない…」

まさちんの頭の中には、今までの色々な真子の姿が過ぎっているのか、その言葉には、凄く重みがあった。
まさちんの言葉が、水木と須藤の心に、何かが突き刺さる。

「水木さん、須藤さん、今日は、ありがとうございました。
 後は、私が…」
「大丈夫か? 組長の怒り、納まってへんやろ? わしが…そや。
 桜、呼ぼか? その方が、ええんとちゃうか?」
「しかし、ご迷惑を…」
「桜さんが、あかんのやったら、一平呼ぼか?」
「一平君、就職したばかりで、何かと大変だと思いますが…」
「ほな、どうしよ…」

水木と須藤は、声を揃えて、まさちんに尋ねた。

「…ぺんこう…かな…」
「ぺんこうこそ、忙しいやろ…」
「その前に、まさちん、病室替えてもらった方が、ええんちゃうか?」

水木と須藤は、お互い競うように話していた。

「…やっぱり、これは、自分自身で解決しなければあかんので、
 私が…。ですから、今日は…」
「…解った。まさちん、無茶すんなよ」

水木が優しく、まさちんの肩を叩く。

「何か遭ったら、遠慮せんと、言ってこいよ」

須藤は、まさちんの頭を撫でて、そして、水木と病室を静かに出ていった。

「ったく、俺を子供扱いしてへんかぁ、あの二人は…。
 ……しかし…、どうしたもんかな……」

まさちんは、真子の手を握りしめたまま、俯いてしまった…。



病室を出てきた水木と須藤は、ドアを閉めた後、その場に立ち止まり、ため息を付いた。そして、ふと、近くのソファに目をやった。
ソファには、寂しさを醸し出す男が座っていた。
二人の目線に気が付いたその男は、一礼した。

「くまはち、具合は、どうや?」
「水木さん…お世話かけました。…俺は、これだけなので大丈夫です」
「しかし、突き刺さってたやろ。骨は異常ないんか?」
「骨は避けましたから…。ありがとうございます…須藤さん…」
「流石やな…」

須藤は、微笑んだ。

「まさちんが、付いてるとさ」
「そうですか…」
「ったく、いつものことやろ。落ち込なよ。
 いくら、組長の目の前での出来事やからって…」
「言うのは、簡単です。…振り返ると…俺…組長に冷たく
 あたっていたようで…。…俺、どうしたら……」

いつになく、頭を抱えて悩むくまはちに、水木と須藤は何も言えなかった。そこへ、足音が近づいてきた。
振り返る三人。

「全部、聞いたで…ったく…お前は!!!!!」

それは真北だった。
真北の姿を見て立ち上がるくまはち。
そんなくまはちの胸ぐらを掴みあげる真北。
今にも鉄拳が…と思われたが、真北は意外にも手を離した。くまはちは、服を整える。

「それにしても、水木も須藤も、大胆なことを…。あのまま
 自然に消滅させていた方が、よかったやろが…。あほ」
「しかし、組長が静かに怒っていることの方が、怖いですよ…」
「俺も須藤も、そして、まさちん、谷川らだって、同意して、そして
 報告書を提出したんですから…。まさか、あのような事に…」
「まさちんが、起きあがれないほどの怪我をして、ここで寝てる
 間に組長が襲われて、くまはちの凶暴さを目の当たりにした…
 というわけか…」

真北の言葉に、くまはち達は、返す言葉もなかった。

「くまはちは、組長の前では、見せたことなかったけ…?
 一度あるやろ? 確か、本部で…」
「昔話を語る程、心に余裕はありませんよ…」
「ほんまに、落ち込んでる…」

真北は、想像以上に落ち込むくまはちにどのように対応すればいいのか、考えているのか、ポケットに手を突っ込み、そして、口を尖らせていた。

「で、今は、まさちんが…か?」
「えぇ」
「水木、ここまで連れてきてくれて、ありがとな」
「俺だって、力になりたいですから」
「…そうか…頼むとするか。でも、今日はいいよ」
「はい。では、失礼します」
「失礼します…」

水木と須藤は、そう言って、去っていった。
真北は、項垂れるくまはちの横に腰を下ろす。そして、優しくくまはちの肩に手を掛けて、自分に引き寄せた。

「お前も、たまには、泣けよ…。すっきりするで」
「…親父に…怒られますから…」
「猪熊さんには、ばれへんって」
「それでも……」
「親父さんに似て、頑固やな…」
「全てにかけて、親父には負けたくありませんから…」
「俺も苦労するわ…」
「すみません…」
「少し寝ろ。組長には、まさちんが付いてるんだろ。だったら、
 朝まで、ここで、俺と過ごすしかないからな」
「…すみません…お言葉に…甘えます」
「あぁ」

くまはちは、真北の返事を聞いた途端、真北の肩にもたれかかったまま、眠ってしまった。

「ったく…」

真北は、くまはちの頭を優しく撫で、寝顔を見て、微笑んでいた。
くまはちは、安心したような表情で、眠っていた……。




真夜中・真子の病室。

「…まさちん…?」
「組長…、まだ、夜は明けてません」

まさちんは、真子の手を握りしめたまま、起きていた。

「…まさちん…!!!!」
「!!!…組長?! うわぁ〜っ!」

真子は、いきなり、まさちんに抱きついた。その勢いでまさちんは、真子を胸に抱いたまま、後ろに倒れてしまう。

「いてて…。組長…急に…」
「ご…めん…」
「組長?」

真子は、まさちんの胸に顔を埋めて、泣き出した。

「組長……」

まさちんは、体を起こし、真子をそっと抱きしめ、頭を撫でていた。



廊下に居る真北とくまはちは、真子の病室から聞こえた物音に反応した。くまはちは、慌てて立ち上がったが、真北に引っ張られ、腰を落とす。

今は、二人にさせておけ。

真北の目は、そう言っていた。
くまはちは、軽くため息を付いて、俯き加減に座り直した。



真子は、ベッドに腰を掛けて、脚をぷらぷらと揺らしていた。その真子を見上げる形で、まさちんは、ベッドの側の椅子に腰を掛けていた。真子は、泣きはらした目で、まさちんを見つめ、そして、ゆっくりと口を開いた。

「怖かったの…」
「組長でも、怖いことが……すみません…」

真子の脚が、まさちんの脚を蹴っていた。

「今まで見たことなかった…くまはちの本当の怒り…。
 冷酷で、まるで、人を人と扱っていないような凶暴で、
 …近寄れなかった…。怖かった…」
「…それが、くまはちですよ」

まさちんは、優しく微笑んでいた。

「誰でも、怒れば怖いですよ。…私だって…そして、組長も…」

まさちんは、『も』の口をしたまま、真子を見た。
案の定、真子の蹴りが…。

「くまはちは、私に一目置いているんですよ。厚木の一件以来」
「そういや、そうだったね…」
「えぇ。…くまはちが、恐れるくらいの私は、怖くありませんか?」

まさちんは、真子の手に自分の手を重ねた。

「…まさちん…」
「私だって、同じ事をしてましたよ。…それでも、同じ思いになりますか?」

真子は、首を横に振った。

「まさちんの怖さは、見たことあるもん…。…だけど、くまはちの
 あのような姿…観たことなかったもん…」
「知らなかったくまはちの一面を見た…ということですね」
「でも、…あそこまで…」
「いつものことですよ」
「…当たり前のようなこと、言わないでよ…」

真子は、一筋の涙を流した。

「誰だって、殴られたら、痛いんだよ…斬られたら…こうして
 血も流れる…。それが、平気だと…そんなの、嫌だな…」
「…組長も、怒りを、私や水木さん達にぶつけましたよ」

真子は、ハッとした。
そう言えば、まさちんに、蹴りを思いっきり入れた…。

真子は、すっかり、自分が行ったことを忘れていた。

「……ごめんなさい……」

真子は、恐縮そうに、肩をすくめる。

「あのようなことが、なかったら、襲われなかったかもしれません。
 しかし、組長が、あのような行動に出たのは、私のせいです。
 ですから、これ以上、今日のことで何も…おっしゃらないでください。
 約束です」

まさちんは、小指を立てて、真子の前に差しだした。

「私は、組長と約束してます。ですから、無茶はしませんよ。
 ですから、組長も、無茶しないでください。くまはちの話では、
 くまはちが、来なければ、組長が手を下していたとか…」

真子は、益々肩をすくめる……。
まさちんは、強要するように、真子の前に小指を差し出す…。

「…わかったよぉ、もぅ」

真子は、ふくれっ面になりながら、まさちんの小指に自分の小指を絡め、約束した。

「約束…無茶しません…」

そう言っても、真子は、後々も無茶をするのだが……。

「組長、お休み下さい。まだ、お疲れでしょう?」
「…私より、まさちんと…くまはちじゃない?」
「くまはちは、廊下で真北さんと一緒ですよ」
「…そっか…それなら、安心だね」

真子は、本当に安心したのか、布団に潜って、眠ってしまった。しかし、まさちんの服は掴んだまま…。

「ったく…」

まさちんは、困った表情をしていた。しかし、その中に、嬉しそうな表情が見え隠れていた。

「…他の方法…見つけないといけませんね、組長」

まさちんは、真子の右腕を優しく撫でていた。

「これ以上、傷つく者がいないように…。…いてぇ…」

まさちんは、痛み止めが切れたのか、体中に痛みが走る。
痛みを知らないまさちんの体に、なぜ、痛みが…??



(2006.4.3 第四部 第三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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