任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四話 くまはちの思い

橋総合病院・真子愛用の病室前。
外は、まだ、暗かったが、朝早い勤務の人たちは、動き出している。
そして、廊下では、真北とくまはちが、ソファに腰を掛け、深刻な表情で語り合っていた。

「そういや、俺も、組長の前では、見せたことないな…本当の怒りの姿を。
 あの組長が恐れるくらい、くまはちは凄かったようだな。…どうする?
 まさちんが何とか説得したようだけどな…」

くまはちの落ち込んだ表情は、変わっていない…。

「合わせる顔がありません…。常に笑顔を…と思っていたのに、
 俺…まだまだ、未熟ですね…。こんな俺が、組長の
 ボディーガードしていて、大丈夫なのでしょうか…。
 あの時だって、組長を引き止めてでも、ご一緒すれば…」
「まさか、ビル関係で盲点があるとはな…。俺も不覚だ…」

真北は、だらしなく座り、

「俺こそ、平和ボケ…してるのかな…」

呟いた。

「真北さん……」

くまはちは、ちらりと真北を見た。真北は、くまはちを見て、フッと笑う。

「ほんま、情けない面しとるのぉ。しっかりしろぉ」

真北は、くまはちの頬を抓った。

「すみません……」
「あかんか、まだ…。…そや、アルファーが来てるって?」

真北は、急に話を切り替えた。

「はい」
「…くまはちだけに連絡ということは、お前が調べていた件か…。
 組長の能力に関しては、何もないってことか…。ま、今更、
 調べてもしゃぁないけどな。組長、以前にも増して元気だからな」
「えぇ」
「で、何か、解ったのか?」

くまはちは、何も応えなかった。

「相変わらずか。…それで、組長に逢ったのか?」
「はい。ちょうど、まさちん達に鉄拳を与えていたところに…」
「アルファー、驚いてたろ?」
「誉めてました」
「誉める?」
「はい。笑顔を見ていると和むと…。それと、トップなら、当たり前の行動だと…」
「なるほどなぁ。それから?」
「むかいんの店で、食事も一緒に。…あっ、組長なんですが、
 アルファーと会話してました。あの言語で……。なぜ、ですか?」
「そりゃぁ、お前の影響やろ」
「私?!」

くまはちは、驚いた声を挙げた。

「お前が独学なら、組長も独学だよ。恐らく親が知らないということが
 恥ずかしいと思っているんだろうな。…いいや、組長の勉強好きの
 性格からかな…。…お前、ぺんこうに時々訊いてたろ?」
「…御存知でしたが…」
「ということは、組長は、ぺんこうからだよ。恐らくな…。
 あのおしゃべり野郎が…。ちっ…」

真北の『ちっ』には、
俺のこともだろうな…。
という意味が含まれている。

「ほな、アルファーは、組長の笑顔を堪能出来たわけか」
「はい。喜んで帰宅しましたよ」
「…向こうの情勢は?」
「更に悪化したそうですよ」
「そう淡々と語るのに…、お前も、組長のことになると、駄目だよな…」
「…その『も』は、真北さんご自身も含まれてますね?」
「……当たり前や…。俺も、組長の幸せしか考えてないからな。
 自分のことは、どうでもいいさ…」

真北は、ポケットに手を突っ込んで、俯き加減に言った。

「組長が、一番嫌うことですよ」
「解ってるよ。…組長にばれないようにしてるさ」
「組長は、御存知ですよ」
「あっそう」

真北は、軽く言った。

「…このまま、時が…止まればいいんですが…」

くまはちは、呟くように言った。

「お前らしくないなぁ、ほんまに。喧嘩好きなら、しゃぁないやろ」
「組長に…冷たく当たってしまった…。俺、組長に突き放されたら
 これから、どのように生きていけば…」

くまはちは、膝に肘を付いて、頭を抱えて悩んでしまった。

「いつものように…これが、合い言葉やろ?」
「…知りませんよ…いつからですか?」
「さぁ、ね」
「ったく…」
「それより、珍しいよな、お前が怪我するなんてなぁ」

真北の目線は、くまはちの右手に注がれていた。

「間に合いませんでした。俺、動揺していたんでしょうね」

くまはちは、右手を見つめながら、寂しそうに言った。

「ま、お前は、お前の仕事をしたんだから…これからも、頼むぞ…。
 組長に心配を掛けない程度に…な」
「はい」

沈黙が続いた。

「真北さん…」
「ん?」
「今回のことは、誰から?」
「どれだ? ビルの駐車場のことか? それとも、組長の鉄拳か?」
「両方です。誰にも伝えなかったのですが…。山崎さんにも
 常々お願いしていますし…水木さん達が、伝えるとは思えませんし…」
「誰か、忘れてるやろ」

真北は、意地悪そうに微笑んでいた。くまはちは、考え、そして、気が付いた。

「…橋先生ですか…」
「当たりぃ〜。えらいえらい!」

真北は、ふざけたような感じで、そう言って、くまはちの頭を滅茶苦茶撫でていた。くまはちは、嫌がるような感じで、真北の手を避けていた。

「いつまでも、子供扱いしないでくださいよ」
「俺にとっちゃぁ、お前は子供や」
「そうやって、いつまでも、子供扱いするから、組長も
 子供子供しているんですよ」
「…その方が、ええ」

真北は真剣だった。

「ったく、いつまでも気になさっていたら、組長が育ちませんよ」
「育たなくてもええんや…」
「そうですか」
「そうや」

くまはちは、呆れたように首を振った。

「…ちさとさんに似てきた真子ちゃんが、大人の魅力を醸し出したら
 それこそ、俺の理性が、抑えられなくなるだろが…。
 それを知ってて、言うなんてな…。お前も言うようになったな…」
「それだけ、大人になったということですよ」

ドス…。

「そうやな…」
「そうですよ…」

真北の右拳が、くまはちの腹部に刺さっていた。くまはちは、突然の拳に、身構えることが出来なかった…。

「…っつー……」

腹部を押さえて、前屈み状態…。

「…少しは気が紛れたか?」

真北の声は、優しく、くまはちの耳に届いていた。

「はい…ありがとうございます」
「後は、組長自身の問題やな…。あの調子やと、夏からずっと
 まさの所に、行くかな?」
「まさが、忙しくなりますね」
「まぁ、その方が、あいつ自身も、嬉しいだろうて」
「真北さんの言葉とは思えない……すみません…」

くまはちは、真北の怒りの拳を今度こそ、受け止め、姿勢を整えた。

「…まさちんの体に、なぜ、痛みが?」

くまはちが、真北に尋ねる。

「あぁ、あれか。まさちんが、青い光を受けたの知ってるよな」
「はい。あの時ですよね」
「そうだ。それから、まさちんは、痛覚を失ったようだな。
 いくら傷ついても、痛がらない。しかし、それは、組長を
 守る時だけ。今回は、違うだろ? 組長を守るのではなく、
 組長から、鉄拳をもらった。だからだろうな」

くまはちは、首を傾げた。

「理解できませんが…」
「組長には、気を許しているということだろな。あれが、お前や
 ぺんこう、むかいん、えいぞう、そして、俺だったら、
 痛みを感じていないだろうな。あいつは、そういう奴だよ」
「おかしな奴ですね」
「そうなんだよ。俺もそれが、不思議でな…。やはり、まさちん自身が
 言うように、一度死んだから…なんだろか…」
「あれだけ傷だらけになっても…か…。俺は絶えられない…。
 悔しいな…。いつか、きっと、俺の拳で、痛がらせてやる…」

くまはちは、力一杯拳を握りしめた。

「傷が開くぞぉ」
「あぁ、…そうでした…」

くまはちは、拳を弛めた。
朝日が昇り始めたようだった。
外が白々と明るくなり、光が、廊下に射してきた。

「朝ですね」
「朝だな…」

くまはちと真北は、振り返り、窓の外から見える空を見上げた。

「なんだか、気持ちが重いです…」
「切り替えろよ。組長だって、寝て起きたら、忘れてるよ」

真北は、くまはちの肩を叩いた。

「そうですね。いつものように…」
「そうや。いつも通りに…やで」

真北は、優しく微笑んでいた。くまはちも、軽く微笑んだ。

「長い一日でしたね。まるで、一年かかったような感じです…」

くまはちは、そう言って、立ち上がった。

「どうした?」
「仕事ですよ。組長のガードです」

くまはちは、清々しい表情で、真北に言った。真北は、くまはちの表情を見て、安心したように目を瞑り、そして、呟いた。

「そうやな。一日の始まりや。俺も、組長の顔を見てから、
 出勤するか。んーーーー!!」

真北も立ち上がり、背伸びした。
そして、一日が始まった。

真北が、真子の病室へ入ってきた。もちろん、くまはちは、廊下で、仕事中。

「おいおい…」

真北は、驚いた表情で、一点を見つめていた。真子は、ベッドで眠っている。しかし、まさちんは、ベッドに俯いたまま、動かなかった。
どうやら、そのままの体勢で眠ってしまったようだ…。

「痛みが増すぞぉ」

真北は、まさちんの耳元で呟いたが、まさちんは、熟睡しているのか、全く反応しなかった。

「ったく…」

真北は、まさちんを抱きかかえた。

「?!?!!! 組長はぁ」

まさちんの腕が、引っ張られるような形になっていた。その先には、真子の腕が…。まさちんは、真子に服を掴まれたままだったため、動けずにいたようだ。

「くまはち」
「はい」

真北に呼ばれて、くまはちが、病室に入ってきた。そして、直ぐに状況を把握したのか、くまはちは、そっと真子の手を掴み、まさちんの服から手を離させた。真北は、まさちんを隣のベッドに寝かしつけ、優しく布団を掛けた。
その時…!
くまはちは、右手を掴まれた。突然の事で、驚くくまはちは、目をやった。

「…組長……」
「おはよ、くまはち。ちゃんと寝た?」

真子は、布団の中から顔を出して、くまはちに笑顔を向けていた。

「眠れなかったんとちゃうん? 真北さんが眠らせてくれなかったとか!」
「組長、それは、言い過ぎですよ。私が、眠らせてもらえなかったんです」
「お互い様ってことやね!」

そう言って真子は、元気良く起き上がった。

「真北さん、ごめんなさい…」
「はい?」
「その…まさちんをベッドに運ぶ事になって…」
「気になさらないでください。…くまはち!」
「は、はい!!」
「何も、逃げる事ないやろ…」

くまはちは、真子と真北の会話の邪魔にならないようにと思い、そっと病室を出ようとしていた。

「その、…あの…」
「俺は、出勤するんやから。まさちんは、こんな状態やし、お前しかおらんやろ」
「でも、私は、まだ、その…心の準備が…」

珍しくしどろもどろとなっているくまはち。

「くまはち! もっとシャキッとしなさい!!」
「すみません!組長!!」

真子の渇に、いつもの雰囲気を醸し出すくまはちだった。

「…あっ、アルファーさんを見送らなくてもいいの?」
「はい。昨日、思いっきり語り合いましたから。それに、
 今からでは、間に合いませんよ」
「今度は、何時逢えるのかなぁ」
「おや、珍しい言葉を…!! 枕は、投げない!」
「いーだ!」

真子は、真北の言葉に、側にあった枕を投げつけた。真北は、その枕を見事にキャッチし、真子を叱っていた。それには、慣れッコの真子は、ふくれっ面。真北は、手慣れた感じで、キャッチした枕をくまはちに渡し、くまはちは、その枕を真子のベッドにそっと置いた。

「もう、大丈夫ですね?」

真北が言った。

「……うん! くまはち、これからも、よろしくね!」

真子は、元気良く返事をした後、くまはちに独特の笑顔を送った。
くまはちは、その笑顔で心が和む。

「はい」

短く返事をしたくまはちの目は、少し潤んでいるのか、輝いていた。

「でも、程々に…」
「気を付けます…」

くまはちは、恐縮そうに返事をした。

「それよりぃ、今日の予定は?」
「特にございません」
「ほんと?」

真子は、疑いの眼をくまはちに向けていた。

「組長、今日は、一日ここですよ」

真子とくまはちの間に割り込むように真北が言った。

「どうしてぇ」
「出血がひどかったことから、貧血気味なんですよ。それに、
 橋からは、退院の許可でてません」
「ぷぅ〜」

真子は、ふくれっ面。

「許可は出てませんが、庭の散歩くらいは、大丈夫でしょう。
 その時は、くまはちと一緒にお願いします。いつ、どこで
 誰が狙ってるか、わかりませんから…。そんな顔をしても
 駄目ですよ。これ以上、私の心配事を増やさないで下さいね」

真北の微笑みには、優しさと厳しさが含まれていた。そんな真北の表情に、真子はいつも、参ってしまうのだった。

「解りました」
「では、私は、これで」

真北は、くまはちに目で合図して、ドアノブに手を掛けた。

「それと、組長、まさちんの怪我が治るまでは、絶対に
 手を出さないようにして下さい。これ以上、こいつに
 寝込まれたら、私の方が、大変ですから」
「はぁい…」
「くまはち、しっかりと見張っておけよ」
「御意」

真北は、にやりと笑って、病室を出ていった。

「…俺は大丈夫やぞぉ…」

まさちんの声だった。

「起きてたん?」
「目が覚めただけですよ……いてて…」
「起き上がったらあかんって。橋先生に痛み止め、もらおうか?」
「組長、痛みませんか?」

まさちんは、ベッドに腰を掛け、自分の体のことより、真子の傷を気にしていた。

「大丈夫だよ。くまはちは?」
「私も、大丈夫です。これだけですから」
「なら、まさちんが一番ひどいんだね…」
「それは、組長の鉄拳の…」

まさちんは、身構えた。真子が、まさちん目掛けて枕を投げようと持ち上げたからだった。
しかし…。

「組長!」

それは、くまはちに阻止された。

「私のせいですよ! まさちんの怪我も、くまはちの怪我も、
 私の怪我も、みんなみんな、私が悪いんだぁ〜!!!」

真子は、叫んだ。その叫びに驚くまさちんと、くまはちだった。




橋の事務室。
真北と橋が、にらみ合っていた。
……な、なぜ?

「…本当なんだな?」
「ほんまや。真子ちゃんの能力が働いたら、絶対に言ってるやろ。
 それに、今回は、使えないはずや言うたやろ。怪我しとんのは
 右腕やで。無理やろ」
「そうだけどな、今回の事、自分を責めるはずだから、
 使おうとするだろうな…」
「大丈夫やて。ほんま心配性やなぁ。知らせん方がよかったか?」
「知らない方が、更に怒ってるよ。…ほな、後はよろしくな」
「…真北ぁ、無茶するなよ」
「ん? …何を?」
「仕事。今、厄介な事抱えてるやろ。言わんでも解るで」
「何でもお見通しやな、お前は。嫌な性格や」
「昔っからな。…気ぃつけやぁ」
「あぁ」

真北は、怖いくらいの雰囲気を醸し出して、事務室を出ていった。

「さぁてと、朝の診察やなぁ…。暴れてなかったら、ええねんけど…」

橋の心配は、的中した…。


「組長!!! まだ、駄目ですって。まさちんは、怪我人です!!」
「組長、痛いですから…やめてください!!!」
「うるさぁい! その口、二度と訊けないようにしたるぅ!!」
「組長! それ以上、暴れたら、傷口開きます!!…開いてます…」
「あぁ…」

真子は、すっかり、怪我のことを忘れ、まさちんにいつものようにじゃれていた。まさちんは、いつものようにじゃれ合いたいが、痛みが退いていないので、真子の蹴りや拳をまともに受けていた。その時に、真子の傷口が開いてしまった。
包帯が赤く染まり始める…。

「どうしよ…」

困った表情の真子に、くまはちが近づき、急いで真子の包帯を解いた。
案の定、傷口は、ぱっくりと開いていた。

「組長、急いで、橋先生の所に行かないと……!!!」

くまはちが口にしたが、既に遅し…。

「ひえぇ〜っ!!!!!」

真子が突然、声を挙げて、まさちんの布団に潜り込む。

「まぁこぉ〜ちゃぁぁぁぁぁぁんんんんん……!!!」

地を這うような声が、病室に響き渡った。
それは、橋だった。
つかつかとまさちんのベッドに歩み寄り、布団をガバッとめくり上げる。
真子は、丸くなっていた。
そして、橋と目が合った途端、橋とは反対側から、逃げるようにベッドの上を這った。

「きゃぁん!!!」

真子は、目測を誤って、ベッドから、落っこちた。

「組長!!!!!」

真子の姿が、ベッドの上から消えた途端、まさちんとくまはちは、慌てて真子が消えたであろう場所に駆けつけた。

「いてて…。あはは…落っこっちゃった…。へへへ」
「へへへじゃありません!!!」

まさちんが、真子を抱きかかえ、ベッドに座らせた。

「いてて…て…」
「あきゃぁ〜!!! まさちん!!!」

もちろん、まさちんは、痛みを忘れて、行動に出た為、更に痛み出したようで…。
橋は、そんな二人を、呆れたような表情で見つめて項垂れ、大きくため息を付いた。




まさちんは、点滴を射されて、ベッドに横たわっていた。その目は、ある一点を見つめていた。
まさちんが見つめる先…そこには、橋に睨まれながら、傷口を縫合してもらっている真子の姿がある。

「ええ加減にせぇよぉ。まさちんは、あと一日は、寝てなあかんねんで。
 真子ちゃんだって、解っとるやろ。どれだけひどかったか。なのに、
 いつものように、じゃれ合って…ほんで、自分の怪我をひどしてからにぃ〜」

橋は、見事な手さばきで、縫合し、慣れた手つきで包帯を巻いた。包帯止めを付けた後、俯いてしまった。

「は、橋先生? どうしたんですか?」

真子は、突然の橋の行動に驚き、声を掛けた。

「同じ部屋にしたんが、悪かったんかなぁって…」
「ご、ごめんなさい…」
「…まさちんの為にも、退院許可は、早めにしたるから…。
 せめて、今日一日は、おとなしぃしとってんか…」
「散歩……」
「そやな。その方が、まさちん、ゆっくりできるもんな。
 くまはちと一緒にという条件でな。今日はいい天気やしな」
「はぁい。ほな、今から、いい?」
「…あぁ」
「くまはち、いこ!」
「はい。…失礼します」

真子は、嬉しそうに病室を出ていった。そんな真子を追いかけるようにくまはちは、一礼して出ていった。

「橋先生、すみませんでした…お手数ばかり…」
「わかってたことやけどな…。ほんまに、大丈夫か?
 いつも以上に、ひどいんちゃうか?」
「仕方ありませんよ。組長からの攻撃に対しては、痛さを
 感じますから。…その…やはり、これには、組長の能力が…?」
「……。恐らくな…。ほんとあの能力は、奥が深いな…」
「今回は、大丈夫ですから」
「何が?」
「組長、使いたくても使えませんので」
「あぁ。そうやな」
「その、組長の怪我の具合は? たったあれだけの動きで開くほど
 かなり深かったんですか?」
「…あぁ、そうや。もう少しで動脈やった」
「そうですか…」

まさちんは、目を瞑った。

「まさちん?」
「すみません…急に眠気が…。睡眠薬入れたんです…ね…」
「ばれたか。ふふふ…。やっと効いたかぁ。やっぱり真北よりも
 すごいな。通常の四倍の濃さなんだけどな。そうでもせんかったら
 直ぐに退院すると言い兼ねんからなぁ」

橋は、眠るまさちんに語りかけていた。

「ちゃぁんと真北の許可はもらってるしな」

橋は、安心した表情でまさちんを見つめ、そして、窓の下に目をやった。
ちょうど真下では、真子とくまはちが、仲良く並んで、庭の散歩をしていた。



「紫陽花もそろそろ、終わりだね」
「向日葵の時期ですね」
「そだね。ほんまに、この庭にいると、すごく季節を身に感じるから、
 好きなんだぁ」

真子とくまはちが、歩いている所は、ちょうど、紫陽花の花壇が終わり、向日葵の花壇に替わる境目のところだった。

「今年も、おっきな顔と背で、向日葵の元気な姿を見れるんだね」
「そんな時期まで、ここにおられるおつもりですか?」
「だって、定期検診で、しょっちゅう来なあかんもん」
「今年の夏は、天地山には行かれないんですか?」
「行ってもいいのかなあ。だって、組関係もAYAMAの方も、
 すんごく忙しいやん。それに専念しないとね…。学生じゃないし、
 他のことに気を使わなくてもよくなったからねぇ」
「しかし、先代の法要に出席してませんので、お盆には…」
「ったくぅ。くまはちは、いっつも本部の話しか、せぇへんなぁ」

真子は、ふくれっ面になった。

「すみません…」
「くまはち」
「はい」
「謝るの、やめにしなさい」
「どうしてですか?」
「悪いこと、した?」
「その、組長のご機嫌を……すみません…」

真子の蹴りが、くまはちのすねに入った。

「ったくぅ、くまはち、普通にしてええねんで」
「私は、これが、普通ですが…」

くまはちは、至って真剣…。真子は、歩みを停めて、くまはちを見つめた。

「そうだったね…。昔っから…」

真子は、思い出に浸るような表情で、空を見上げた。

「くまはちは、いっつもそう。私が悪くても、絶対に謝るんだもん」
「私は、組長に仕える身、ですから」
「…それでかなぁ。くまはちが怖く感じたのは」
「はい?」

真子は、くまはちに目線を移し、にっこり微笑んだ。

「今まで、くまはちに反抗されたことなかったからなんだね。
 駐車場での事。あの時、本当に、くまはちが怖かったんだもん」
「すみませんでした」

くまはちは、深々と頭を下げていた。真子は、そんなくまはちの顔を覗き込むような仕草をした。突然、真子の顔が目の前に現れたことに驚くくまはち。

「な、な、なんですか?!」
「ん? 昔を思い出しただけぇ」
「昔?」
「うん。初めて逢った時のこと」

真子は、嬉しそうな表情をしていた。

「その頃から、くまはちは、変わってないんだよね。
 いつも私のことを考えてくれる。感謝してるよ。
 ありがとう」
「組長…」
「ほんと、これからも、よろしくね、くまはち!」

真子は、優しさ溢れる笑顔をくまはちに向けていた。

「私の台詞ですよ。感謝という言葉は。組長にはいつも、
 優しさを頂きます。そして、こんな私のことをいつも
 思っていただいて…。組長にお会いしなかったら、恐らく、
 こんなに心が和む日々を送ってなかったでしょう」

くまはちも、真子に負けないくらい素敵な微笑みを真子に送っていた。

「感謝してます」
「くまはち…」
「ですから…私の仕事…取らないでくださいね」
「くまはち?」

くまはちの雰囲気が、急に変わったことに、真子自身、身構えた。
くまはちは、ゆっくりと振り返った。
その途端、くまはちの雰囲気が、和らいだ。

「水木さんと…桜姐さんですね」
「えっ?!」

真子は、くまはちの横から、顔をひょっこりと出した。真子とくまはちが、見つめる先に、水木と桜、その後ろに水木組組員二人が歩いていた。くまはちは、水木の醸し出す雰囲気に反応したようだった。

「くまはちぃ。警戒しすぎ」
「すみません…」
「ったくぅ…。桜姐さぁん!!!」

真子は、大きな声で桜を呼んだ。桜は、突然、名前を呼ばれた事に驚き、声の方に振り向いた。声の主が真子だと解った途端、優しい笑顔で、手を大きく振って、真子の方へ駆け寄ってきた。

「真子ちゃん!!!」

桜は、真子を抱きしめた。

「元気そうで、よかったぁ。ったくぅ、あの人から話聞いた時は
 気が気でなかったんやでぇ。もぉ、くまはっちゃん、気ぃつけや」
「充分反省しております」

桜は、くまはちを睨み付けた。

「あ、あの…桜姐さん…放して下さい…」
「あっ、ごめんなさい…」

桜は、思いっきり真子を抱きしめていたようだった。真子が言わなかったら、桜は、いつまでも、いつまでも、いつまでも真子を抱きしめていたかもしれない…。

「桜ぁ、急に走るな」
「ええやん、気にせんといてんかぁ」

水木は、真子をじっと見つめ、そして、微笑んだ。

「すっかり元気になられたんですね」
「うん。ご心配お掛けしました。それと、お世話になりましたぁ」

真子は、一礼した。

「組長ぅ、頭下げないでください」
「いいんだって。で…?」

真子は、何故、水木と桜が、ここ、橋総合病院に来たのか解らないという表情をしていた。

「いや、その…組長の事を桜に話したら…」
「…五代目のこと、心配やったんや…。だから、今日は、こん人に
 無理言って、やって来たんやぁ。…あかんかったかな…?」
「いいえ、その…桜姐さんにまで、ご心配をお掛けしたのかと
 思うと…。ありがとうございます。このように、すっかり
 元気になりました!」
「ほんまやぁ」

桜は、再び真子を抱きしめた。

「さ、桜姐さぁん!!!」
「桜ぁ!!」
「ええやん。うちの勝手やろぉ。んーー!チュッ!」

桜は、真子の頬にキスをした。
真子は、目が点……。水木は、額に手を当てて、呆れ返っていた。



真子と桜は、真子愛用の庭のベンチに腰を掛けて、何やら楽しそうに話し込んでいた。そんな二人を後ろから、見守るくまはちと水木。

「くまはち、悪いな」
「いいえ、こちらこそ…」
「昨日の今日やろ。組長、まだあかんと思ってな…。それに
 俺の傷、気付かれてな…桜に問いただされたんや」
「姐さん、怒っておられたのでは?」
「俺が怒られた」
「どうしてですか?」
「親に黙っていたとね…。組長に負担を掛けるなとあれ程
 言われていたのにな。しゃぁないやろって言われて、桜に
 蹴られたよ。だから、俺の傷、更に悪化…」
「橋先生に診て頂いた方が…」
「そのつもりや。だから、頼んでええか?」

水木は、ベンチに腰掛ける二人を軽く指差した。

「私の仕事ですから」
「くまはちやったら、安心や。ほな。桜、俺は、中におるで」
「ん? はぁい。真子ちゃんとの話終わったら、何処行ったらええ?」
「くまはちに訊いてくれ」
「はいよぉ」

桜は、後ろ手に手を振って、真子との話に夢中だった。

「あかんわ。最近、俺より、まさちんより、組長やからなぁ。
 女同士の話やぁ言うてな」
「女同士…ですか。ふふふ。なんだか、組長には似合わない言葉ですね」
「桜の手に掛かったら、くまはちも気を引き締めな、あかんで」
「はい?」

くまはちは、水木の言葉を理解できなかった。

「後で解ることや。楽しみにしときぃ。ほなな」

水木は、そう言って、組員と病院の玄関へ向かっていった。くまはちは、水木の姿を見送った後、真子と桜の周りを警戒し、そして、少し離れた場所で、二人を見守っていた。
くまはちの表情は、なぜか、優しかった。
真子と桜は、何を話しているのか…。

この場合、企むと言った方がいいかもしれない。


それは、後日、明らかになった…。



(2006.4.4 第四部 第四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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