任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五話 水木邸で、今夜ちょっとさ

水木邸。
夕焼けが、赤々と辺りを染め始めた頃、組員達が、忙しく邸内を行き来している…。

「もうすぐお見えになるぞ!」
「そこ! まだなんか!! はよしろ!」
「へい!」

そこへ、水木と桜がやって来た。辺りを見渡した後、少し困った表情を示した水木。それを桜は見逃さなかった。

「どしたん、あんた」
「ん? …ちょっと、派手ちゃうか…。組長は、嫌がるで」
「五代目は、それも承知や。うちに任せる言うたんやで」
「組長、知らんやろ。お前の普通って」
「そうやろな。これでも、まだ、地味な方やで」
「そうやな…桜にしたら、地味やな…」

桜は、微笑んでいた。

「さてと。そろそろ来るやろ。うちの方も準備せなあかんしな」
「ほんまにやるつもりか?」
「そや。ええやん。磨きかけるでぇ!!」

桜は、張り切って部屋を出ていった。水木は、軽くため息を付いて、自分の部屋へ向かって、忙しい組員の間をぬって、のんびりと歩いていった。



〜回 想〜

橋総合病院の庭にあるベンチに座り、何やら深刻な表情で真子と桜が話し込んでいた。その二人を見守るように少し離れた場所には、くまはちが、立っていた。
真子が、くまはちに振り返った。

「はい?」

真子が手招きしている。くまはちは、そっと真子に近づいていった。
真子は、くまはちの耳元で何やら密かに話し始めた。

「ねっ。おもしろいと思わない?」
「思いますが…。でも、すぐに解りますよ」
「なんで?」
「組長ですから」

真子は、くまはちの言葉にふくれっ面。二人の会話に割って入ったのは、桜だった。

「方針変更…かな…」

真子は、少しすねていた。

「くまはっちゃん、大丈夫やて。うちがするねんで」
「姐さんが…ですか?」
「そや。で、くまはっちゃんもおいでや。そして、目一杯楽しんでんか」
「私は、できませんよ」
「駄目ぇ。これは、組長命令!!」
「く、組長! …ですから、命令を出すところ、間違ってますよ…!!」

くまはちは、そう言って、真子の拳を受け止めた。

「うわぁぁああぁ!!!」
「組長! 体勢もお考え下さい!」
「ご、ごめん…」

真子は、ベンチの背を乗り越えるような形で、くまはちに拳を振り上げた為、ベンチに躓いて、前のめりになってしまった。それをくまはちが、上手い具合に支える。
そんな二人の行動を見て、桜が笑い出す。

「ほんま、見てたらおもろいな。楽しいで。あん人が言うのも
 解るわぁ。ほな、真子ちゃん、まさちんが退院後に、実行な」
「解りましたぁ」

真子と桜は、何か企んだような表情で、微笑み合っていた。

「ほな、くまはっちゃん、案内してや」
「かしこまりました」

三人は、病院の建物へ向かって歩いていく。
真子は、嬉しそうに微笑んでいた。

〜回想 終〜



水木邸の前に高級車が停まった。水木邸の門番が、車に気が付き、一礼して門を開け、車を招き入れる。
車からは真子とまさちん、そして、くまはちが、降りてきた。

「いらっしゃいませ!」

組員達若い衆が、一斉に頭を下げた。もちろん、真子は…。

「あほんだらぁ、やめとけ言うたやろ!」

水木の怒鳴り声が聞こえてきた。
真子の表情が変わるよりも先に、水木が行動に出ていた。

「すんません!!」
「組長、お待ちしておりましたぁ…って、桜!!」
「真子ちゃぁん! はよ、こっちこっち!」
「は、はぁ…」

いきなりのことで戸惑う真子は、水木を押しのけてやって来た桜に手を引かれて、家の中へと入っていった。

「ったく、桜の奴…」
「水木さん、何もこちらで、退院祝いのパーティーをなさらなくても…。
 …とういか………何か、企んでませんか?」
「桜に言ってんか。俺は、タッチしてへんで」
「姐さんの普通って、組長にとっては、目茶派手じゃなかったですか?」
「その通りや。だから、組長に負担かからへんかと思うてなぁ。
 それと、すまんな。こいつら。あれだけ言ったにも関わらず…な」
「しゃぁないでしょう」
「こっちや。俺らは、先に盛り上がっとこか」

水木に案内されて、まさちんとくまはちも、家に向かって歩いていった。

「って、水木さん、俺、酒に弱いですから…」
「解ってるって。俺は、くまはちとまたまた飲み比べしたいだけや」
「駄目ですよ、水木さん。私は、表で…」
「あかんあかん。表は、うちの若いもんに任せとけって」
「そちらは、水木さんと姐さんのため。私は、組長の為ですから」
「…信用ならんか?」

くまはちの一言に、水木は少し怒りを覚えたのか、突然、ドスの利いた声になる。

「信用しておりますから、組長だけなんですよ。ですから、私は、
 少し気を緩めることができますから」
「ったく、お前は…。しゃぁないな。こいつらも、お前と一緒に仕事
 できると思うと、張り切るで」
「では、私はこちらで。組長を、宜しくお願いいたします」

くまはちは、深々と頭を下げ、玄関をくぐる水木とまさちんを見送っていた。
ドアが閉まった途端、表情が厳しくなるくまはちだった。



「くまはちは、お前とえらいちゃうな」
「何がですか?」
「礼儀正しい」
「私は違うとでも?」
「そうやな」
「すみません…」
「それが、お前らしくて、俺は好きやねんけどな」

水木とまさちんは、玄関で靴を脱ぎながら、そんな会話をして、とある部屋へ向かって歩いていった。



真子達が、水木邸に到着してから、約三十分が過ぎた。
パーティーの用意をしていた部屋は、既に盛り上がっていた。
その部屋へゆっくりと近づく二人の女性。
その一人が、なぜか戸惑うような感じで、引き返し、玄関先で立ち止まった。

「あの…桜姐さん…、ほんとに、これで…?」
「そや。大丈夫やて。…あっ、くまはっちゃん呼んで」

桜は、下足番に伝え、下足番はすぐに玄関あたりで見回りしているくまはちを呼んできた。

「姐さん…何か……!!!!」

くまはちは、玄関に入ってくるなり、何かを見て、腰を抜かすような感じで、足を滑らせた。

「…って、組長!?!」
「ほらぁ、くまはちに、ばればれですよぉ」
「くまはっちゃん、わかるん?」
「解りますよ。組長…。まさちんを驚かすのなら、雰囲気も変えないと…」
「…無理だよぉ」
「大丈夫ですよ」

くまはちは、優しく微笑んでいた。

「くまはちも、おいでよ」
「その…何度も申してますように…。後ほど、お話を聞かせて下さい」
「うん。無茶したら、あかんよ」
「ありがとうございます。では」

くまはちは、仕事に戻った。

「ったく…」

真子は、少し困ったような表情をして、桜を見た。

「そっか、雰囲気か。うちには、気付かんことやわ。流石やなぁ。
 くまはちも、本性隠しとるな」
「本性?」
「ん? あぁ、何でもないで。ほな、真子ちゃん…行こか」
「はぁい」

真子は、雰囲気を変えて、返事をした。
そして…。


「姐さんが、来られました」

組員の一人が、水木にそっと告げた。水木は、既に、若い者と盛り上がっているまさちんをちらりと見て、怪しげに微笑む。
そして、桜と真子が入ってきた。

「お待たせぇ…って、えらい盛り上がっとるなぁ」
「あ、姐さん?! そちらの…方…は? ま、ま…まさか…」
「そのまさかや。どや、綺麗やろぉ」

桜は、入り口近くに居た組員達と話し始めた。

「ご、五代目…?!」
「ど、ども!!!」

桜の企み。
それは、真子を女性として磨くこと。
まずは、容姿、服装から。
普段、動きやすい服装で過ごし、ビル関係では、ブティックのママお手製の大人っぽい服装しか着ない真子だが、この日は、全く違っていた。
大人びた色っぽい服装。
もちろん、桜の服をそのまま借りているだけだが…。

「うちの服、そのまま着れるなんて、真子ちゃん、スタイルええでぇ」
「そうですよね…姐さんの服ですよね…。…綺麗……」

入り口付近に居た組員達の、なんともいえない息づかいが、徐々に部屋へと染み渡っていった。
その息づかいに気が付いた組員達が、入り口付近に目をやった。

「うそや…」
「誰や、あの人」
「五代目?! ほんまか?」

組員達の呟きに、楽しく話し込んでいたまさちんは、何事かと思い、気になったのか、入り口付近に目をやった。

「!?!?!!!!」

まさちんは、飛び上がるかと思うほどの勢いで立ち上がり、指を差した。

「く、うぅく、…くぅ……組長!!!!!!!」

桜の企みを知っていた水木は、まさちんの行動をじっくりと見つめていたのか、いきなり大笑いした。

「うわっはっはっっはっは!! まさちん、なんやぁ、その驚きはぁ」
「だだだだだだだ…」
「まさちん、落ち着けや」

息を飲むまさちん。そして、叫ぶように言った。

「水木さん!!! 御存知だったんですか!!!」
「まぁな」
「姐さんもぉ!!」

真子は、あまりにも驚くまさちんを見て、悪のり。
腰をくねらし、まさちんを見つめ、そして、ウインクした。
まさちん、卒倒!!!!

「わぁ、まさちん!!! 桜姐さん、まさちん、倒れたじゃありませんか!」

真子は、まさちんに気が付かれたら、そういう仕草をするようにと桜に言われていたのだった。

「…流石や、五代目…。うち、そこまで、すごいと思わんかった…。
 うちでも、悩殺されるで…。うちの若いもんもやられたな…」
「えっ? 何? 何が?!」

真子は、自分の仕草の意味を知らなかった。
やはり、そちら方面には、疎い真子だった。

「なんもあらへん。ほな、主役も来たことやし、更に盛り上がってや!」
「はい」

若い衆は、元気に返事をした。

まさちんは、ゆっくりと起き上がった。まさちんの側には、真子が居た。

「まさちん…大丈夫?」
「く、組長……。そ、そのお姿…は?」

まさちんは、真子から目を反らすような感じで、俯きながら、真子に尋ねた。

「桜姐さんからお借りしたの。…どう?」
「どう…って、その…組長……」

まさちんは、急に態度が変わった。きりっとした表情で、真子の顎に手を掛け、そして、真子を見つめた。

「美しいですよ。…くどいて、よろしいでしょうか?」
「ま、ま、まさちん?!?!??」

見慣れているまさちんの姿ではない…。真子は、戸惑い、そして、何かに気が付いた。

「…水木さん、飲ませすぎですよ…」
「よろしいんじゃありませんか? …組長」

水木は改まって真子を見た。そして、微笑み、優しい声で言った。

「素敵ですよ。まさちんじゃなくても、男なら、誰だって、くどきたく
 なりますね。私としては、そのお姿の方が、好きですね」
「水木さんまで…」

真子は、ふくれっ面になった。

「う〜ん、中身も変えないといけませんねぇ」

水木は、しみじみと言った。

「…で、まさちん、いつまで……」

まさちんは、真子の顎に手をかけたままだった。水木が、まさちんを羽交い締めする感じで、真子から引き離した。

「組長、お楽しみください」
「うん…」
「今日は、ハメを外しても、大丈夫ですよ。真北さん居ませんから」
「うん…。…そだね。そうする。ありがとう、水木さん」
「礼なら、桜にお願いします。桜が一番張り切っていますから」
「はい。では、私は、桜姐さんの側に居ます」
「まさちんなら、私が」
「これ以上飲ませないで下さいね」
「解りました」

真子は、微笑み、そして、桜の側へ駆けて行った。

「まさちん、大丈夫か?」
「なんとか…」
「しかし、お前も酒が入ったら、コロッと変わるんやなぁ」
「…私も負けてませんよ。組長、戸惑ってましたからね」

どうやら、まさちんの方が上手だったようだ…。

「あのな…。…それにしても、桜の服が似合うとはなぁ」

水木は、関心したような表情で、入り口付近で桜と若い組員と楽しく語り合っている真子を見て言った。

「で、お前の本音は?」

水木が、まさちんに尋ねる。

「内緒です」
「さよか…」

水木は、まさちんに酒を勧めた。まさちんは、素直にグラスを差し出す。

「おいおい…」

まさちんの行動に驚く水木。

「飲まないと、ここには居られませんよ」
「なるほどなぁ」

水木は、まさちんの気持ちの揺らぎを感じていた。

「笑わないでくださいよ…ったく…姐さんったら…」

まさちんは、勢い良くグラスを空にした。



見回りをしている組員達は、中の賑やかさが少しうらやましいのか、呟くように話していた。

「楽しそうやなぁ。…ったく、じゃんけんで決めるとはなぁ」
「そうよなぁ。ええなぁ」

組員達を横目にくまはちは、仕事に真剣だった。

水木邸の周りが、異様な空気に包まれ始める。

くまはちは、塀の外の怪しい気配に気が付いたのか、突然、塀まで飛び上がった。

「くまはちさん?!」

くまはちは、組員達の声にちらりと振り返り、そのまま塀の向こうへ姿を消した。

「えっ?! 一体?」

くまはちの行動が、理解できない組員達は、門の格子から、外を眺めた。
格子の向こうからは、たくさんのうめき声が聞こえてくる。

「何が…?」

組員達は、門の鍵に手を掛けた。

「開けるな!」

くまはちの怒鳴り声に、手を止める組員。
水木邸の周りの異様な空気に気が付いたくまはちは、危険を察知したのか、塀を乗り越えて、周りに飛び降りた。突然のくまはちの行動に、異様な空気を作っていた輩が、隠れておけばいいのに、一斉に影から飛び出したのだった。
もちろん、くまはちは、騒ぎにならない程度に輩を次々と地面に伏せていく。
くまはちは、服を整え、息を整えた。そして、辺りを見渡し、異様な空気が無くなったことを確認した後、再び塀を乗り越えて、水木邸へ戻っていった。

「くまはちさん」
「ん? あぁ、大丈夫や。後は、虎石と竜見に任せておくさ」

くまはちは、何事も無かったような感じで、再び、水木邸内を見回り始めた。
組員達は、くまはちの行動の素早さに何も言えず、ただ、立ちつくしているだけだった。

「あほんだら!」
「親分!!」

みんなと騒いでいたと思われた水木が側に立っていた。
騒ぎの中、くまはちの怒鳴り声を耳にしたらしい。
もちろん、まさちんもその声に反応したが、水木は、その場にいるようにと小声で言って、部屋を出てきたのだった。
不甲斐ない組員達を目の前にして、項垂れる水木は、組員達を蹴り上げる。

「くまはちが、怒鳴らなかったら、門を開けてたろ。
 何が起こっているのかわからん状態で、門を開けるなと
 あれ程、言っとったやろ。ったく…。
 お前らに、任せた俺が、悪かったな…」

水木の声は、低く、恐ろしい。そして、そのまま、その場を去っていった。

「親分……」

組員達は、項垂れてしまった…。
そんな組員達とはよそに、部屋は凄く賑やかだった。
その部屋へ項垂れた水木がそっと入ってきた。桜は、真子に気付かれないように水木を見た。
水木は、桜に、『大丈夫だ』と目で合図する。
桜は、再び、真子達と騒ぎ始めた。
水木は、まさちんの側に腰を下ろす。

「若い衆とくまはちを比べないでやってくださいね。
 くまはちは、あれが、本来の仕事ですから」

まさちんは、周りに聞こえないような声で項垂れた水木に言った。

「それでもな…」
「ま、飲んでください」

まさちんは、水木に酒を勧めた。
水木は、何かを吹っ切るような感じで、まさちんから、ボトルを取り上げ、ボトルごと口にした。


「あぁあ、あん人はぁ」

遠くから見ていた桜が、呟いた。

「いいんじゃないですかぁ」

真子もどうやら、外の気配に気が付いていたようだった。
そう言いながら、真子は、グラスを片手に、組員達と楽しく話し始める。
まさちんの視線は、真子に移されていた……。



騒ぎ疲れ、飲み疲れた組員達が、次々とダウンし、その場に寝転んでいた。
時刻は、午後の十時を回っている。一体、いつまで、騒ぐのか……。
もう、主役もへったくれもない状態。
その時だった。
真子が突然、横たわった。まさちんが、真子の異変に気が付き、急いで駆け寄った。

「組長!…!!!????」

緊張した面もちで、真子に駆け寄ったまさちんは、安心した表情に変わった。

「…って…寝てる……」

まさちんは、上着を脱いで、真子に優しく掛けた。

「あらあら、真子ちゃん、やっと眠ったんやね。えらい長いこと楽しんでるから、
 明け方までかと思っとったんやけど。しかし、急にバタンキュウやねんなぁ」
「いつものことですよ。姐さん、そろそろ帰ります」
「何言うてんの。今夜は泊まっていきぃや」
「いや、その予定は…」
「五代目、寝てもうたし、そのまま帰っても、まさちんが疲れるだけやろ。
 部屋用意しとるから。うちが、案内するわ。…みんな、そのまま
 ここで、ごろ寝やし。朝まで騒ぐ奴は騒ぐからな」
「すみません。本日もお言葉に甘えます」

まさちんは、真子をそっと抱きかかえた。
真子は、いつものように、まさちんの首に両腕を回し、まさちんにしがみつく。そんな真子の姿を見て、微笑む桜。

「ほんと、五代目には、見えへんね」
「姐さん…何か、企んでませんか?」
「なぁんも企んでへんよ」

桜は、微笑んでいたが、その微笑みの奥には、まさちんの思う通り、『企み』が隠されていた…。




真子は、以前泊まった時の部屋のベッドに、そっと寝かされた。
優しく布団を掛けるまさちん。
真子は、寝返りを打って、そのまま寝入ってしまった。

「楽しかったんですね、組長」

まさちんは、微笑んでいた。

「なぁ、まさちん」

一緒に付いてきた桜が声を掛けると、

「はい。何でしょうか、姐さん」

まさちんは、少し警戒する。

「五代目が、横たわった途端、反応したってことは、
 くつろいでへんかったんか? 離れたとこからは、
 そんなに、素早く反応できへんやろ」
「思いっきり楽しんでおりましたよ。これでも、足下ふらついてますから」
「そんな風に見えへんけどなぁ」

流石の桜も、少し緊張していたのか、飲み過ぎ、騒ぎ過ぎが、疲れを見せていた。
桜は、ドアの横の壁にもたれかかって、まさちんを見つめていた。
その眼差しには、色仕掛けが…。

「姐さん、申し訳ないんですが、くまはちに、伝えてきますので、
 その間、お願いしてもよろしいですか?」
「ええよぉ」
「では」

まさちんがドアノブに手を伸ばした時だった。桜の手が、まさちんの手を捕らえた。

「…姐さん?」

桜は、怪しい笑みを浮かべていた。
まさちんは、少し恐怖を感じたのか、慌てて手を引いた。その瞬間、桜は、まさちんを壁に押しつけ、自分の体をまさちんにぴったりとくっつけた。

「…駄目ですよ、姐さん。以前、申し上げませんでしたか?」
「解っとるよ…そやけど、うちの心が許してくれへんのや…。
 五代目がおるから、あかんか? でも、寝入ってるで…」
「姐さん…!!! あの、その…あの……!!!」

まさちんのネクタイが、床にするりと落ちた。
桜が、巧みにまさちんのネクタイを解き、そして、シャツのボタンを上から外していった。
まさちんの胸元が、露わになる。

「ええ体やなぁ」
「あの、姐さん、…酔ってらっしゃるとか…その…!!」

まさちんの両肩が露わになった…。
その途端、まさちんは、その場にしゃがみ込んでしまう。
桜は、そのまま、まさちんを床に寝転ばせ、まさちんの上にまたがった。

「うちの理性、吹っ飛んどるわ…。堪忍な…」

そう言って、桜は、まさちんを思いっきり抱きしめた。桜の顔が、まさちんの耳元に…。

「その……」

焦るまさちん。しかし、まさちんは、ホッとした表情に変わった。
桜は、本当に疲れていたのか、珍しく、そのまま寝入っていた。

「ふぅ〜〜……」

まさちんは、体を起こし、桜を抱きかかえ、真子の隣に寝かしつけた。そして、自分の服を整え、床に落ちたネクタイを拾い上げた。

「…先手には、弱いんだよなぁ、俺…。危なかったぁ…」

桜が、眠らなかったら、まさちんの理性がぶっ飛ぶ所だったのだ。まさちんは、ネクタイを結びながら、部屋を出ていった。

「うわぉう! 水木さん…」
「……」

水木は、まさちんを睨んでいた。
まさちんの首筋には、赤いものがついている。

「…あのなぁ、桜の気持ちくらい、解ってるやろ…」
「はぁ?!」
「俺は、かまへん言うてるのにな。俺だって、いろんな女と寝てるしな。
 桜が他の男と寝るくらい、なんともないけどなぁ…。そやけど、なんで、
 お前やねん…という気持ちが強いんや…。でも、それが、解ったで。
 いつでも、ええからなぁ」
「…水木さんのご意見とは思いませんが…」

先日のオーラとは、全く違うし…ったく、この人はぁ。

ビルでの水木の言葉は、全く違っていたのだが…。

「俺も、酔ってるな…」

水木はそう言って、パーティーの部屋へ向かっていった。
まさちんは、自分も酔っていることを忘れ、その足で、玄関へ降りていった。
下足番が、まさちんの靴を差し出す。

「ありがと。くまはちは?」
「くまはちさんなら、差し入れも口にされずに、仕事をされてます」
「あほか。仕事中のくまはちに、差し入れは、禁物やで。大丈夫やったか?」
「はい」
「よかったな」

まさちんは、下足番にそう告げて、表へ出ていった。ドアを開けて、左右を確認し、迷わず右へ歩き出した。暫く歩いた所で、まさちんは、見上げた。

「くまはち」
「ん?」

まさちんの目の前に、誰かが上から降ってきた。
くまはちだった。

「あのなぁ、何も木の上で見張らんでもええやろ」
「あぁ、先程の一件な、どうなったかなって。あいつらの仕事見てた」

水木邸の外では、虎石と竜見が、処理を終えたところだった。
そこへ、一台の車が走ってきた。
水木邸の門の前で急停車した車から一人の男が降りてくる。

「水木ぃ、開けろぉ」

その声に聞き覚えがあった。
くまはちとまさちんは、顔を見合わせ門まで走り出す。そして、警戒して鍵を開けない組員をかき分け、門の前までやって来た。

「くまはちぃ、説明せぇよ。まさちんもやで」

それは、真北だった。

「駄目ですよ、真北さん。そんな雰囲気だと、鍵開けませんよ」

まさちんが言った。

「お前、酔ってるやろ。組長は?」
「既に眠っております」
「桜さんに、手ぇ出してへんやろな」
「しませんよ、そんなこと」
「それより、開けろよ。ぶち破るぞ」

真北の声には、怒りが含まれていた。
まさちんとくまはちは、再び顔を見合わせて、ため息を付き、渋々鍵を開け、門を開けた。

ドカッ、ドス!

「だから、なんで、いつも俺だけなんですかぁ!!」
「知るか! 水木は?」
「こちらです」

門をくぐるなり、まさちんに蹴りと拳をお見舞いした真北は、くまはちに案内されながら、玄関に向かっていった。
まさちんは、門の鍵を閉め、そして、服を整える。

「ったく、あの人は、いつもいつも……」




水木邸の応接室。
少し怒りの形相の真北と、酔いを必死で醒まそうとしている水木が、向かい合って座っていた。

「既に、くまはちが、片づけたようだけどな…」
「すみません…。くまはちが、居なかったら、今頃…」
「組長が、遊びに来ている日に、奴らも…困ったもんやな」

真北は、ソファにもたれかかった。

「あとは、何処の組や?」

真北が、静かに尋ねた。

「もう終わりです」
「ほんとか?」
「はい」
「なら、ええけどな。…早めに連絡くれよな…。健からの報告がなかったら、
 何か遭ったときは、俺が対処に遅れるからな」
「いつもすみません…」
「…未だに、俺が、信用ならんのか?」

真北の質問に、水木は、何も応えなかった。

「…そうかぁ…。なら、あとは、自分でせぇよ。俺は知らん。
 さてと。組長は、無事だと解ったことだし、俺は帰るよ」
「組長の寝顔……すみません…」

水木の言葉は、真北の何かに触ったのか、真北は、冷たい表情で水木を睨み上げた。その目は直ぐに伏せられる。

「組長を引き止めたら、それこそ、口利いてもらえんからな」

あの時の二の舞は、嫌だもんなぁ〜。

ふと思い出す、あの日のこと。
体調が悪い時期に、水木邸で遊んでいた事を口にした途端、真子の怒りに触れたあの日。
まだ、海外でのことだったが…。

「ほな、後は、頼んだよ」

真北は、立ち上がった。

「それと、…あまり、二人に酒を飲ませるな。…質悪いからな」

真北は、意味ありげに微笑んで、そして、水木邸を出ていった。

「質が…悪い?!」

水木は、真北の去り際の言葉が気になっていた。
それは、次の朝に、判明した……。



「まさちぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!!」
「いけませんって、よそ様で暴れてはぁ!! 組長!!」
「うるさぁい!!!!」
「くまはち、見てないで、助けろ!」
「知らん」

目覚め一発。真子は、まさちんを見た途端、突然蹴りを喰らわし、そして、拳を振り上げながら、家中を逃げ迷うまさちんを追いかけ回していた。
昨夜の賑やかだった部屋は、酔った組員達が、まだ、眠っていた。
そんなことも気にせずに、真子は、まさちんを追いかけ回す……。
そんな二人を見ているだけのくまはち、そして、水木と桜。

「くまはち、どういうことや?」
「どういうことと言われましても、ご覧の通りです」
「真北さんが言った、質が悪いって、このことか?」
「二人とも、まだ、酔ってますよ」
「はぁ?!?!」

くまはちの言葉に驚く水木と桜。よく見ると、真子とまさちんの足取りは、ふらついている…。

「組長は、酔うと喜怒哀楽が激しくなるようで、厄介なんですよ」
「知らんかったで」
「人前では飲みませんから」
「どうすんねん」
「ほっといてあげてください。そのうち、二人は仲良く眠りますから」
「はぁ……」

納得したようなしていないような口調で水木は返事をした。
くまはちの言うとおり、一室に逃げ込んだまさちんを追って入っていった真子は、ソファの上で、まさちんを押し倒し、二人は、そのまま仲良く眠ってしまった。
そっとドアを開けて、中を覗き込む水木と桜、そして、くまはち。

「何や、あの二人は…」
「いつものことです。まだまだ、子供なので」

くまはちは、微笑みながら、手にしたタオルケットを二人に優しく掛けた。

「ええんか? 二人を…」
「真北さん、居ませんから」

くまはちは、慣れたような口調でそう言って、部屋を出ていった。水木と桜は、顔を見合わせる。

「二人見てたら、お前、ちょっかい出したくなるん、解るけどな、
 ほんまに、ええ加減にせぇよ」
「別にええやん」
「…俺じゃぁ、あかんのか?」
「そんなことあらへん。あんたが、一番やぁ。そやけどな、いっぺん
 抱かれてみたい男やわ。お手並み拝見ってとこかな」
「お前にそう言われるまさちんを、俺も試してみたいなぁ」
「あんたぁ、これ以上まさちんを傷つけたら、それこそ、五代目に
 まさちん以上の鉄拳もらうで。やめときや。それに、まさちんの
 体見たらわかるで。あんた、一発でやられるわ」
「…って、見たんかい!」
「酔った弾みで、服脱がしたったわ」
「あのな……。…それより、どうしよか。いつまで寝るんやろ…」
「くまはっちゃんに聞こ」
「そやな…」

二人は、仲良く腕を組んで、部屋を出ていった。
暫く沈黙が続く、真子とまさちんが眠る部屋…。

「…まさちん…」
「はい…」
「桜姐さんの言葉…」
「その通りですよ…」
「あれは…夢じゃなかったんだね…」
「夢?」
「まさちんが、桜姐さんに服を脱がされてたこと…」
「姐さんが、眠らなかったら、ほんと…どうなっていたことか…」
「なんで、まさちんを?」
「私にもわかりません…。なぜ、私を…」
「で…このまま、寝てて、ええんかな…」
「ええんとちゃいますか…」
「そやね…真北さん、居ないし…」
「そうですね…」
「何もせんといてやぁ」
「しませんよ」
「お休みぃ…」
「お休みなさいませ…」

真子とまさちんは、くまはちにタオルケットを掛けられた時に目を覚まし、そして、水木と桜の話を聞いていたのだった。少しだけ会話をした二人は、そのまま昼過ぎまで、すやすやと眠ってしまう……。


先に目を覚ましたのは、まさちんだった。
自分の腕の中に居る真子の寝顔をじっと見つめ、フッと笑った。

「真北さんが毎日眺めるのも解る気がするなぁ…。疲れが吹っ飛びます」

まさちんは、真子の頭を優しく撫でた。

「…あかん…。抑えられないな…」

まさちんは、そっと起き上がり、真子にタオルケットを掛け直して、立ち上がる。
真子は、寝返りをうった。

「さてと…。予定が狂ったなぁ」

まさちんは、向かいのソファに腰を掛け、上着の内ポケットから、スケジュール帳を取りだし、何かを書き込み始めた。
真子は、まだ、すやすやと眠っている……。

「やばいな…起こすしかないか…。組長、組長! そろそろ
 起きて下さい。帰りますよ」
「ん…?…もすこし…寝る…」
「駄目ですよぉ。起きて下さい!」

まさちんは、真子に近づき、手を伸ばす。

「…うるさぁい!!」

真子は、振り向きざまに、まさちんへ蹴りを入れた。
まさちんは、真子の足を見事に受け取った。
真子のもう片方の足も蹴りに動いた。まさちんは、それも受け取った。真子は、暫く動かなかった。
まさちんが、手を弛めた、その時だった。

「!!?!」

まさちんの視界が急に真っ白になった。
なんと、真子が、タオルケットをまさちんにかぶせたのだった。
まさちんは、慌ててタオルケットをはぎ取った。

「!!!! …あまいですよ、組長」
「ちっ!」

まさちんが、タオルケットをはぎ取った直後、視界に飛び込んできた真子の足。
咄嗟に防御に出たまさちん。

「さてと。そろそろ帰ろっか。…くまはちは?」
「恐らく、表で…」
「呼びましたかぁ?」

いいタイミングで部屋へやって来たくまはちが、直ぐに返事をする。

「帰るよ!」
「その前に、ご飯、食べてってやぁ、真子ちゃん」
「桜姐さん。すみません、色々とご迷惑をお掛けしてしまって…」

くまはちの後ろには、桜が立っていた。
なぜか、嬉しそうな表情で…。

「気にせんといてや。我が家のように過ごしてって言ったやろぉ。
 帰るんは、夕方でええやん。それまで、まさちんとくまはちに
 仕事させときぃ」
「仕事?」
「昼二時から、幹部会やろ。あの人、もう出発したで」
「そなの?」

キョトンとした顔で、まさちんに尋ねた。

組長…完全に忘れておられる…。

「ですから、起こしたんですが…」

項垂れるまさちん。

「…やだなぁ。まさちん、お願いして、いい?」
「駄目です」

その言葉に、真子は、ふくれっ面。
そんな二人の間を割るように入り、真子をぎゅっと抱きしめ、まさちんを見つめる桜が、まさちんに冷たく言う。

「ええやんかぁ。そんなこと言わへんの!
 まさちん、真子ちゃんは預かったからねぇ〜。
 夕方、来てやぁ」

まさちんは、桜の目にいつの間にか、弱くなっているのか、心臓が高鳴っていた。

「わ、わかりました。夕方には必ずお迎えに参りますので、
 姐さん、お願いいたします。くまはち、行くで」

まさちんは、そう言った後、くまはちの腕を掴んで、部屋を出ていった。

「桜姐さん、まさちんをいじめすぎですよぉ」
「ええのええの! うちを振ったバツや」
「振ってませんって。まさちんの心には、未だに初恋の人が
 居るのですから」
「あれ? そうなん? うち、知らんかったわ。てっきり…」
「てっきり?」
「なんでもあらへん。そやけど、真子ちゃんの蹴りを受け止めるなんて
 まさちん、手加減なしやなぁ」
「最近、益々反抗的です」
「なのに、あの日は違ってんなぁ」
「さぁ…」

真子は、とぼけた。

「ほな、行こかぁ。で、二日酔いちゃうんか?」
「大丈夫ですよ。少しアルコールに強くなったんかなぁ」
「かもしれへんな」

真子と桜が去った部屋には、タオルケットが少し寂しそうに、ソファの上に乗っていた。



(2006.4.5 第四部 第五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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