任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第六話 御意見無用!

夏!!!!
橋総合病院には、黄色いたてがみ、茶色いおっきな顔をした奴がたくさん、患者達を見下ろしていた。
真子はというと…。

ふくれっ面で、橋の事務室のソファに座っていた。
その向かいには、まさちんが、座っていた。凄くたいくつそうな顔で、一点を見つめている。ふと、別の所に目をやった。そこには、たくさんのファイルが納まっている棚があった。
全て真子の名前が書かれていた。
まさちんは、そっと立ち上がり、棚の前に立つ。

「どしたん、まさちん」
「これ…組長の名前が書かれてありますよ」
「あぁ、それは、能力に関する資料だよ。奥に隠すと言っておきながら、
 目立つとこに置いてるんだからぁ」
「その…治療関係のようですが…」
「へっ?!」

真子は驚いたような声を挙げて、まさちんの側まで歩み寄った。棚を見上げる真子。

「…ほんとだ。って、私、そんなにお世話になってるっけ?」
「めっさ世話しとるやろ」
「橋先生!!! 遅い遅い遅すぎるぅ!!!」
「しゃぁないやろぉ。戻ってくる途中で、急患やったんやで」
「そうやろなぁ。無線入ってたし、そのランプも光ったもん」
「わかってるんやったら、文句言わんといてんかぁ」
「取りあえず、言っとかな、あかんと思ってね。でぇ???」
「体力の消耗、ないやろ?」
「うん。至って元気。前よりすごいんちゃうかなぁ」
「心身共に健康ってとこやな。だけど、無茶したらあかんで」
「はぁい」

真子は、長く返事をした。橋は、カルテに何かを書き込んで、真子をチラリと見た。

「ん? 何ですか?」

真子は、橋が何か言いたげな表情をしていることが気になったのか、尋ねた。

「見たかったなと思ってな」
「何をですか?」
「真子ちゃんの魅力的な姿。まさちんやくまはちが卒倒するくらいのね」
「あれは、あの時だけです。もうしませんよぉ」
「なんでやぁ。真北も見たかったと思うで」
「怒りの方が先とちゃうん?」
「さぁなぁ。な、まさちん」
「俺にふらないでください!」
「で、明後日出発か?」
「はい。お盆ですから」

真子は、少しふくれっ面。そんな真子の頭をそっと撫でるまさちん。真子は、照れ隠しに、まさちんのすねを蹴っていた。

「で、夏が終わったら、冬は天地山に…か」
「あったりぃ!!! まささんにお礼せんとあかんから。ねぇ、
 クリスマスツリーねぇ」
「知っとるで。あの猫型ツリー。どこから見つけて来たんや?
 ほんま、原田も変わった奴やなぁ」
「前ね、天地山近くの商店街で、猫グッズ専門店を見つけたの。
 たぶん、そこで作ってるやつだと思う」
「そうなんやぁ。原田の奴も、真子ちゃんにはめろめろやな」
「めろめろ?? …メロン??」

まさちんと橋は、真子の言葉に、ずっこけた。
本当に、そっち方面の会話には、疎い…。

「これ、真北に渡しておくこと」
「はぁい。いつもの書類ですね」
「そうや。ほな、次は、本部から帰ってきてからな」
「元気やのに、まだ、来ないとあかんのぉ?」
「いつ使うか解らんからな」
「だぁかぁらぁぁ、使うことないって。もう、大丈夫なんだからぁ」
「真子ちゃんが、そう言うのなら、安心やな」

大丈夫じゃない。

まさちんは、敢えて口にしなかったが、水面下で敵対する組が動いているのだった。

「お世話になりましたぁ。帰ります!」
「気ぃつけやぁ」
「ふわぁい!」
「失礼します」

後ろ手に手を振って去っていく真子を追うように、まさちんは、橋に一礼して素早く去っていった。

「…少し魅力的になったのは、桜さんのおかげなんかなぁ」

橋も、真子に何かを感じていたようだった。
こらこら……。



久しぶりの阿山組本部。
すっかり、大人しくなった本部に、真子が帰ってきた。いつものように少しふてくされながら、若い衆の出迎えで玄関をくぐっていく真子。その足は、そのまま自分の部屋へと急いで向かっていった。
部屋に入った真子は、荷物をソファに置いて、棚に飾っているちさとの写真を手に取った。

「ただいま」

真子は、そう言って微笑んでいた。

「そや」

真子は、突然立ち上がり、部屋を出て、くつろぎの場所に目をやった。
庭にある桜は、青々としていた。真子は少し寂しそうな表情をしていた。

「毎年、素敵に咲きますよ」
「山中さん…」
「…ちさとさん…お元気でしたか?」

山中は、どうやら、真子の夢の世界の話を聞いているようだった。

「うん。私より、お母さんとのつき合いが長い山中さんが
 思っている通りの姿だったよ。山中さんのこともすごく
 心配してた。無茶しないでね、あの頃とは違うからって」
「そうですか…。恐らく、何処かで見ておられるのですね」
「…山中さん?」

真子は、山中の言葉が気になったが、思い出に浸るような雰囲気を醸し出していた為、それ以上何も言えなかった。

「明日は、暑いですよ」
「そうだろうね」
「…桜の時期に、お戻り下さい。…もう、大丈夫でしょう?」

山中は、優しい眼差しで真子を見つめていた。

「はい。大丈夫です」

真子は、元気に応え、笑顔を見せた。
山中も、そっと微笑み、何かに安心したのか、真子に背を向けて、その場を去っていく。
その背中には、優しさが溢れている。
真子は、山中の背中に微笑みを向けていた。

「桜の時期…か…。来年、来てみようっと」

真子は、そう呟いて、自分の部屋へ戻っていった。
まさちんが、廊下の影に居たことは、気付かないで……。



太陽が滅茶苦茶元気に、憎たらしいくらいに燦々と輝く次の日、真子は、久しぶりに笑心寺に顔を出し、阿山家の墓前で、しっかりと手を合わせていた。
暫くして、顔を上げたその表情は、とても清々しかった。





AYビル・むかいんの店。
真子は、この日、驚きの事実を耳にした…。
目が見開かれている。
口が、あんぐりと開いたまま…。
なぜか、指を差しだしている…。

「むかいん…ほんまなん?!?!???」
「はい。しかし、思うように進まないので…。理子ちゃんには、
 不満だらけかと…。だけど、ほとんど毎日、こちらに来られます」
「…毎日デート??」
「私のこの姿が一番好きだそうで…」

むかいんは、耳まで真っ赤になっていた。
照れている……。

「びっくりしたぁ…。知らんかったぁ…。理子、何も言わないし、むかいんからは
 今聞いたし…。…まさちん、こういう場合は、おめでとうって言うの?」
「どうなんでしょうか…」
「…それで、むかいんの表情が、少し違ってたんだね。なんだか、楽しそうなんだもん。
 理子と居たら、楽しくて仕方ないもんね。…たまには、外に行ったら?」
「仕事、休めませんから」
「何なら、私が、出そうか?」
「組長…命令出すところ、間違ってますよ…」

まさちんが、言う。

「ええの。そうでもせな、むかいんと理子は、ここでしかデートせぇへんって
 ことやろ。私は、まさちんとあちこちに出かけて楽しかったんやもん。
 二人も何処か出かけぇやぁ」
「…急に、そう言われましても……」
「…むかいん、それは、ええから、早く飯ぃ!!」

まさちんのお腹が、鳴っていた。

「わかったよ」

むかいんは、ぶっきらぼうにそう言って、特別室を出ていった。しかし、直ぐに引き返し、真子に言った。

「すぐにお持ち致します」

そして、再び部屋を出ていった。

「引き返してこなくても…ええのに。…しっかし、ほんまに、びっくりやぁ。
 前々から、むかいんの事を話す理子の表情が輝いているって気が付いて
 いたけど、…なるほどなぁ…。…って、やっぱし、私は解らへんなぁ。
 ねぇ、まさちん」
「はい」
「どんな気持ちなん?」
「そうですね…一緒に居るだけで、ドキドキと心臓が高鳴ります。
 そして、安心します」
「……心臓が、高鳴るのに、安心するん?…不思議やなぁ」

真子は、考え込む。

「ほな…私は、たくさん恋をしてるってこと?」
「たくさんとは?」
「一緒に居るだけで、ドキドキして、安心するって人物…。まさちんでしょ、
 ぺんこうでしょぉ、くまはちに、むかいん…真北さん…。そして、まささん。
 私、欲張りなのかな??」

真子は、真剣に悩んでいる様子。

「それで、まさちんとぺんこうって、仲が悪いん?」

真子は、真剣な眼差しで、まさちんを見つめ、そして、尋ねた。

「そそそ…それは……」

まさちんの心臓が高鳴っていた。
脳裏に、水木邸での真子の魅力的な姿が過ぎったのだった。
まさちんは、脳裏に浮かんだ真子の姿を消そうと、ぷるぷると頭を振る。

「まさちん、どしたん?」
「いいえ、何も…。…むかいん、遅いなぁ」

まさちんは、話を誤魔化した。

「一緒に居る時のドキドキって、いつ、みんなが、何をするかって事を
 考えたらぁの事だからね。…命令に背きそうなんだもん」

真子の本音。
くまはちとの一件以来、真子は、本当に警戒するようになっていた。それは、ビル内でも、家でも…。

むかいんが、料理を持ってきた。
まさちんは、待ちかねていたのか、テーブルに料理が置かれた途端、箸を運んだ。





真北が、深刻な表情で、家に帰ってきた。

「お帰りぃ!!…真北さん、どうしたの?」
「ん…? ただいま。何もありませんよ」

真北は、玄関に迎えに出てきたのが、真子だと気が付いた途端、表情をコロッと変えた。しかし、相手は真子。真北の心はお見通し…。
真北の前に仁王立ちして、真北を睨んでくる。

「組長…」
「そんな怖いまでの雰囲気を醸し出して、家に帰ってくるなんて、
 真北さん、一人で悩まないでって、あれ程言ってるのに。
 私に打ち明けてくれてもええんちゃうん?」

真北は、真子から目を反らすような感じで俯いた。

「いつまでも、子供扱いしないで欲しいな。…私は、これでも、五代目組長。
 みんなにとっては親なんだから。それには、真北さんも含まれているの!」
「組長…しかし、この仕事は、あまりにも危険ですから…」
「そうやって、自分を追い込むのは、真北さんの悪い癖。
 自分に厳しいのは、いいんだけど、時には、許してあげてよ」

真子の目は潤んでいた。
真北は、真子の表情を見て、息を長く吐く。そして、諦めたような表情で真子を見つめた。

「では、お言葉に甘えて、よろしいですか?」

真子の表情には、嬉しさが満面に現れた。

「うん!」

真子は、急かすように真北の腕を取り、リビングに向かっていった。

「まさちん、くまはち!! ちょっと来て!!」

真子は、二階の二人に聞こえるような声で叫んだ。

『はい!!』

二人の元気な声が、二階から聞こえてきた。




リビングでは、真子、真北、まさちんとくまはちが、深刻な表情で、話し込んでいた。

「龍光(りゅうこう)一門…か。厄介だなぁ」

真子は呟くように言った。

「はい。慶造の頃から、目を付けていた組織なんですが、まさか、
 阿山組と敵対する組を門下につけているとは、思いもしませんでしたよ」
「水木さんとこに来たのも、龍光一門のところ?」

真北は、頷いた。

「組長、気が付かれておられたんですか?!」

まさちんとくまはちは、驚いたような表情で言った。

「当たり前やん。くまはちの声は、直ぐに解るし…。…で、真北さん、
 動きはどうなん?」
「少しずつ、目立ち始めてます。水木のところ以外に、須藤の近辺にも
 数名。特に行動に出るとかではなく、見張っているという感じですね」
「なるほど…ねぇ…。健からの情報は?」
「今、かき集めているところですね」
「早くするように言っておくから」
「あまり急かすと、自分で動こうとしますよ、健は」

まさちんが、言った。

「そうだね。あの二人には、あまり、無茶して欲しくないから。
 小島おじさんに怒られるの、私だもんね」

沈黙が続いた。

「なぜですか?!」

真北、まさちん、くまはちが、いきなり真子に尋ねた。

「何故って?」
「どうして、組長が、小島に怒られるんですか?」

真北が、言う。

「…さぁ、よく解らないけど…。くまはちに何か遭ったら、おじさんに
 私が怒られるかもしれないし…。だって、私が責任を持って…」
「組長、それは違いますよ。組長に何か遭った時に、私が怒られるだけで、
 私に何か遭っても、組長は、絶対に怒られませんよ」

くまはちは、真子の言葉を遮って淡々と言った。

「わかんないよ、そんなこと。…それより、行動に出る前…、
 それとも、出た頃? どっちがいいかなぁ」
「出る前の方が、犠牲が少ないと思いますよ」

真北が、真剣な眼差しで真子を見ながら応える。

「そうだよね…。…ねぇ、どうして、水木さんと須藤さんだけを
 見張ってるん? 私を狙ってるなら、二人は関係ないよね」
「…足下から崩す…ということでしょう」

くまはちが、静かに言った。

「水木さんは、知ってるんでしょ? 須藤さんとこは、どうだろう」
「どちらも、すでに知っているはずですよ」
「それで、水木さんとこの警戒が厳しかったんだぁ。…須藤さんとこは
 AYビルのみだよね。自宅は大丈夫かなぁ」
「須藤さんのとこが、やばかったら、ここもやばくなりますね」

まさちんは、何かを警戒するような雰囲気を醸し出した。

「ここは、大丈夫や。松本が、安心して暮らせるようにと色々と
 考えてくれたからなぁ」

真北が、応えた。

「兎に角、健からの報告を待とう」

真子は、そう言って、場の雰囲気を変えるかのように、テレビのスイッチを入れた。

テレビは、ニュースの時間が終わり、地方情報のコーナーに変わる瞬間を映し出していた。

『本日の情報は、今、噂の男性を紹介しましょう!』

真子は、リモコンを手にとって、チャンネルを変えようとした時だった。

『喫茶・森のハンサムボーイ、川原さんと純一さんです!』
『こんにちはぁ』

真子はテレビ画面を凝視した。
画面には、笑顔でインタビューに答える川原と純一が映っている。

「組長?」

真子がテレビを付けたことにそれ程、気にとめていなかったまさちんが、真子の雰囲気が一変したことに反応した。もちろん、くまはちと真北もだった。

「…あのあほ…」

真子の表情に、怒りが現れた。真子が見つめる画面に目をやる真北達。

「純一?」
「…ったくぅ…悩み事が一つ増えたやないかぁ…」

真子は、立ち上がり、リビングのドア付近に置いてある電話に近づいた。そして、おもむろに受話器へ手を伸ばし、ボタンを押した。

『はい』
「真子です。純一居る?」
『く、組長!! テレビご覧になられたんですね?』
「そうだよ。だから、純一は?」
『直ぐに代わります』

純一は側に居たのか、直ぐに電話を代わった。

『代わりましたぁ、純一です』
「…あほ!!!! なんで、公の場に顔を出すんだよ!!!
 あれは、全国放送とちゃうんか? もし、もし……」

真子の怒鳴り声が、受話器から漏れていた。


「組長、大丈夫ですよ。名前しか言わなかったし、映ったのも、
 川原がほとんどですから…」
『ほんの少し映っただけでも、純一だって解ったのに、純一の
 顔を知っている人は、みんな解ってるでしょ!!』
『純一、兎に角、気を付けろよ。こっちはこっちで、対処するから』
「まさちんさん?」

真子があまりにも興奮状態に陥っていることから、真北とまさちんが、真子を抑えていた。そして、まさちんは、真子から受話器を取り上げて、応対したのだった。


『すみません…。組長はご覧にならないかと思いまして…』
「たまたま、テレビを付けたら、その番組だったんだよ」
『何か遭った場合は、自分で対処しますから、ご安心下さい』
「あまり無茶はするなよ」
『ありがとうございます』
「あぁ」

まさちんは、受話器を置いた。そして、真北に両腕を掴まれている真子を見つめた。

「自分で対処するなんて…。そんなの…許さないから…」
「組長。純一は、その覚悟で、あのような行動に出たと思いますよ。
 あいつだって、何時までも子供じゃありませんから」
「だけど、真北さん…。純一の素性がばれたら…。
 荒木だって、観てたかもしれないでしょ?」
「かもしれませんね」
「…私が、いけなかったのかな…。表に出すような事を言った私が…」

真子お得意の自分を責める…。
真北は、怒りと哀しみで包まれる真子をそっと抱きしめ、頭を撫でていた。

「組長の悪い癖ですよ。自分を責めることは。周りの事を考える、それは
 いいことです。純一だって、組長に言われたことを、忠実に守って
 仕事をしているんです。喫茶・森のマスターだって、喜んでいるんですよ。
 純一だって、荒んだ生活をすることなく、今を楽しく過ごしているの
 ですから。組長の行った事は、間違ってませんよ」

真北は、今にも泣き出しそうな真子の頭を優しく優しく撫で続けた。
真子は、まだ、落ち着かない様子。

「もしもの事を考えておられるんですね?」

真北の問いかけに、ゆっくり頷く真子。

「純一は、無茶をするような奴じゃありませんよ」

まさちんが、言った。

「まさちんの言う通りです。純一は、暴力を振るうことしませんから」
「だけど…。……解ったよ…もぉ…」

真子は、真北の胸に顔を埋めたまま、ふくれっ面になっていた。

『これ以上、哀しむなら、私が無茶しますよ』

真北の心を読んでしまった真子。
そんな真子を抱きしめている真北は、真子を優しく見つめ、微笑んでいた。

「兎に角、今は、龍光一門のことを先に考えてくださいね」
「うん…」
「組長を狙わないという確証がありませんから、まさちん、くまはち、
 しっかりと頼んだぞ」
「解っております」
「狙う機会が減ったけど、ビルでのこともある。気を抜くな」
「御意」

まさちんとくまはちの返事が変わった。それは、真子が真北の腕の中で眠ってしまったことに気が付いたからだった。もちろん、真北の口調も変わっていた……。
真北は、そっと真子を抱きかかえ、リビングを出ていった。真子をベッドに寝かしつけ、頬にこぼれた涙を優しく拭う。

「決して、無茶だけは、なさらないでくださいね」

そう言って、真北は、静かに真子の部屋を出ていった……。
ドアを閉めた真北の表情は、今まで真子に見せていたものとは全く違い、誰も寄せ付けないという雰囲気だった。




駅前のとある喫茶店。
茶店のマスターが、コップを拭きながら、カウンター内にあるモニターを見つめていた。店の前、駐車場、店内、裏口と四分割にされた画像…もちろん、監視カメラの映像だった。駐車場に高級車が一台入ってきた。

「お迎えやで、健」
『はいぃ〜、すぐ出ます!!』

そう言って、カウンターの奥の部屋から出てきたのは、おちゃらけ健だった。ということは…茶店のマスター…それは、えいぞう。健は、急いで店を出ていった。モニターには、車に乗っていた男女が映っていた。健が、その人物におしりをふっている…。

「あほ……。さっさと上がって来いって…」

健は、女性を守るような感じで、店の階段を上ってきた。そして、ドアが開いた…。

「いらっしゃいませ」
「こんにちはぁ」
「兄貴ぃ、オレンジとアップル!」
「言わんでもわかっとる」

すでに、準備に入っているえいぞうが冷たく応える。
健が駐車場まで迎えに行った人物とは、もちろん、健の思い人・真子とその側近?まさちん。健は、真子と楽しそうに話ながら、店の隅の席へ歩いていった。

「…まさちんは、カウンターやろぉ。ここでは、組長と
 二人っきりにさせてくれるっつー約束やんかぁ」
「しかしなぁ……わかったよぉ、ったく」

まさちんは、健の睨みに諦めたのか、渋々カウンターに座った。

「組長、こちらです!!」
「ありがと、健。まさちん、またねぇ!!」
「あまりはしゃがないで下さいね」
「わかってるって!」

真子と健は、席に着いた。その席は、ついたてで囲まれている場所だった。まさちんは、カウンターの席に座りながら、真子の方をちらりと見る。

「いっつも悪いな。ま、ここは、大丈夫やから」
「あぁ。こっちこそ、急に悪かったなぁ」
「気にするな。組長だって、久しぶりに来たかったんやろ。学生の時は
 よく来てたからなぁ。今じゃすっかり、大人やな。俺も見たかったで」

えいぞうは微笑んでいた。

「いきなり目の前で見たら、腰抜かすで。くまはちでさえ…な」
「桜さんにかかれば、磨かれるっつーことか。健」
「はい?」

健は、えいぞうに呼ばれて、ついたてから顔を出した。カウンターの上には、オレンジジュースが用意され、アップルジュースが、まさちんの前に差し出されたところだった。


健は、オレンジジュースを真子の前に置いた。

「お待たせぇ〜!」
「それで、健、例の…は?」
「こちらです」

健は、まさちんに気付かれないように小型のパソコンを真子の前に差しだす。そして、スイッチを入れ、画面を真子に向けた。真子は、真剣な眼差しで画面を見つめていた。



えいぞうは、次々入ってくるお客の世話をしながら、まさちんと話し込んでいた。

「そのパーティーに健が居なくてよかったな。あいつがおったら、
 絶対、パネルにして、奥の部屋に飾ってるで」
「相変わらずなんやな」

まさちんは、奥の部屋に目をやりながら、えいぞうに言った。えいぞうは、ただ、微笑んでいるだけだった。

「…写真に撮っておきたかったな」

まさちんは、呟くように言った。

「組長に言ってみろよ。また、やられるで」
「組長の前で言えるかぁ、こんな事」
「そうやろな。お前、雰囲気変わるからな」
「こんな調子で、向かい合ったら、それこそ、真北さんに
 何をされるかわからん状態になりそうやからなぁ」

まさちんは、アップルジュースを口に含んだ。



真子の眉間にしわが寄っていた。

「組長?」
「ん? あ、ごめん。思っていたよりも大変そうだなぁと思ってね。
 これは、昨日聞いたこととは、違うよね」
「分単位で状況が変化するようです」
「…なるほど…。健でも追いつかないってわけか…」
「申し訳ありません…」
「いいって。ここまで解ったらすごいんだから。いつもありがと」

真子は、健に微笑んだ。健は、照れたように顔を伏せる。

「…ですから、組長ぅ〜」
「おい、健! 組長を笑い疲れさせんなよ」
「してませんって、兄貴ぃ。ね、組長」
「大丈夫だよぉ、えいぞうさん。い・ま・の・と・こ・ろはね!」

真子は、ついたてから顔を出して、えいぞうに言った。

「組長、何も、い・ま・の・と・こ・ろって、強調して言わなくてもぉ」
「その通りやもん」
「そうですけどねぇ」
「えいぞうさん、行動に出る前に、停めてくださいね!」
「それは、無理ですよ」

えいぞうが、微笑みながら真子に言うと、真子は、ふくれっ面になりながら、顔を引っ込めた。
少し嬉しそうなえいぞうの表情に緊張が走った。
二人の男が、階段を上ってくる所がモニターに映し出されていた。そして、その男達が、店に入ってくる。

「いらっしゃいませ」

二人の男は、入り口の直ぐの席へ腰を下ろした。
カウンターに座っているまさちんは、その男達を気にしているのか、雰囲気が一変し、えいぞうを見た。えいぞうは、落ち着いていた。

「おい、健! いつまでも、一人のお客様にかまってないで、
 店手伝え! お客様来られたぞ」

健は、えいぞうの『言葉』に反応した。

「マスター、すみません…」

そう言って、真子が見つめるパソコンのキーボードのボタンを一つ押し、席を立った。

『緊急事態。動かないように』

パソコンの画面には、そう映し出されていた。
健は、カウンターで、水を二つ用意して、先程入ってきた客の席へ歩いていった。水を差しだし、スマイルで、お客を見つめた。

「いらっしゃいませ。ご注文、お決まりでしょうか?」
「アイスコーヒー二つ」
「アイスコーヒー二つですね。かしこまりました。少々お待ち下さいませ」

健は、オーダーを取って、カウンターへと戻っていった。

「マスター、レイコ二つ」
「はいよぉ、れいこちゃんね」

えいぞうは、アイスコーヒーの用意を始めた。
二人の男は、店内を見渡していた。そして、客の一人一人を観察するような感じで、じっと見つめていた。
一人の男の目線が、カウンターのまさちんの背中で停まる。男は、すっと席を立ち、まさちんに近寄っていった。

「カウンターの人…失礼だが、あんた、阿山組の地島だろ?」

まさちんは、ちらりと振り返った。

「…そうだが…何か?」

普通に応えるまさちん。…しかし、少しドスが利いている…。

「今日は、組長さんと一緒じゃないのか?」
「この通り、一人だよ」
「そうか…」

男は、そう言って、まさちんの隣に座り、まさちんを見上げていた。

「話があるんだが…」
「内容によっては、聞けないな…」
「大丈夫だ」
「それより、あんた、誰だ?」
「すまない。まだ、名乗ってなかったな。俺は、龍光一門の玉置だ」

えいぞう、そして、健に緊張が走った。
ついたての向こうにいる真子も、聞き耳を立てていた。

「…話というのは、うちの親分が、あんたの組長さんに
 逢いたがっておられるんだよ。連絡を入れようと何度もAYビルに
 電話をするんだが、一向に繋いでもらえないんだ」
「…それで、付けていた…ってわけか?」
「付けてないさ。ここに来れば阿山組の誰かに会えると思ってね」
「お客さん、レイコ、こちらでよろしいですか?」

健が、玉置に話しかけた。

「あっちで」
「かしこまりました」

健は、アイスコーヒーを二つ、お盆に乗せ、ミルクとシロップを手に取り、お盆に乗せながら、入り口付近のテーブルへと向かっていった。

「…水木や須藤に付けていたのは、それを伝えたかったからか?」
「あぁ。しかし、あいつらは、全くすきを見せない…」
「当たり前だろ。相手はあんたら、…阿山組とは、敵対関係の者だからな。
 俺の勘、外れたな…。てっきり、二つの組同士を争わせるかと
 思ったんだがなぁ、昔の手口でね…」
「あんな手口で、二度も引っかかるような奴じゃ、ないだろう、水木も
 須藤も。それに、あんたの組長さんもだ…」
「まぁ…ね」

まさちんは、アップルジュースを飲み干した。

「林檎ジュースか」
「常に、行動を取れるようにしとかんと…俺が怒られるからね」

まさちんは、落ち着いていた。

「ところで…」

玉置は、話を変えるような感じで言った。

「なんだ?」
「組長さんは、どちらに?」
「知ってどうする?」
「ちゃんと、あんたが、伝えるのか心配でね。地島、あんただけじゃない。
 真北や猪熊もそうだよな。阿山組が五代目になってからは、表立った
 争いは、そんなにない。そして、五代目のことも、神秘のベールに
 包まれているようなもんだ。一度か二度くらいしか、目にしたことがない。
 俺のこの伝言も、闇に葬られるかと思うと、心配でな…」
「なぜ、五代目に逢いたがる?」

まさちんは、静かに尋ねた。

「争いを避けるためだよ。あんたの組長さんの怖さは、噂で聞いている。
 一見、大人しそうで、か弱そうな雰囲気なのに、どこにそんな力が
 備わっているんだと思うほど、恐ろしいとね…」
「根も葉もないことを…。それは、猪熊か、俺のことじゃないのか?」
「ボディーガードも、途轍もない程、強いともね」

玉置は、足を組んだ。

「…話し合いで、済ましたいだけだよ」
「話し合い…か……珍しいな、そんな言葉が出るとは、想像しなかったよ」
「どうなんだ?」
「…断る」

まさちんが短く応えると、玉置の顔が、ぴくついた。

「龍光一門の手口から想像すると、話し合いでは終わらない。今までに
 そう言って、話し合いで解決した試しがない。…信用できないな」
「…どうしても、駄目…か?」
「あぁ。こっちは、いつでも、応戦できるように準備はできている。
 ただし、五代目に指一本でも触れてみろ…。あんたの命は
 保障しない…。覚えておけ」

まさちんの言葉に、返す言葉がないのか、玉置は、カウンターを離れ、入り口付近の席に戻り、静かにアイスコーヒーを飲み始めた。

「…マスターおかわり」
「はいよ」

まさちんは、空になったグラスをえいぞうに差し出した。

「ありがとうございました」

別の客が、店を出ていくと、健は、後かたづけに向かう。

「お待たせ」
「ありがと」

まさちんは、アップルジュースを受け取った。そして、新たにストローを挿して、飲み始めた。
アイスコーヒーを飲み干した玉置が、もう一人の男と目で何かを交わし、立ち上がり、再び、まさちんに近づいてきた。

「地島、どうしても、駄目…か?」
「…悪い…な」

まさちんは、玉置と目を合わそうとしなかった。玉置の口元が不気味につり上がった時だった。
まさちんの体が、微かに動く。

「…宣戦布告…だ。じゃぁな、組長さんに、よろしく」

玉置は、まさちんの耳元で、呟くように言って、まさちんの肩を軽く二度叩き、えいぞうに目線を移した。

「あんちゃん、ごちそうさん。釣りはいらないよ」

玉置は、一万円札をカウンターに置いて、入り口へ向かって歩き出した。

「待てや…」

まさちんは、ドスを利かせて、そう言って立ち上がった。その際、腰の辺りに手をやり、何かを抜くような感じで、手を出した。

ボタボタボタ……。

まさちんの足下に、真っ赤な何かが滴り落ちる。
健は、素早くついたての前に立った。健の左手は、真子が動かないように真子の肩を押さえていた。

「健…!」

健は、真子の問いかけに応えず、その場を動かなかった。

まさちんは、手に持っているものを持ち替えた。
それは、ナイフだった。
玉置が、まさちんの横っ腹をナイフで刺し、宣戦布告したのだった。まさちんは、ドア付近に立ち止まる玉置に。ゆっくりと近づいていった。そして、ナイフの柄の方を玉置に差し出した。

「…忘れ物だ。気を付けて、帰れよ」

まさちんは、微笑みながら、そう言った。
まさちんの足下は、真っ赤に染まっている。なのに、平気で立ち、話している。
余裕の笑みさえ浮かべている…。
そんなまさちんに恐怖を抱く玉置ともう一人の男。まさちんからナイフを受け取る手が、少し震えていた。

「お客さん」

えいぞうが、カウンターから、出てきた。

「な、なんじゃい」

玉置は、声も震えていた。

「おつりです。ありがとうございましたぁ」

えいぞうは、営業スマイルで、玉置に釣りを渡した。玉置は、えいぞうの手から、釣りを受け取り、そのままポケットへ入れ、店を出ていった。

「お気をつけて!」

そう言ったえいぞうは、ドアの横にある小さなボタンを押した。

ガタッ!

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

ズサァ〜!!!!!

なんと、階段がスロープになっていた。一歩踏み出した玉置と男は、突然の変化に対応できず、そのまま滑り落ちてしまった。
地面に横たわる二人。
まさちんとえいぞうは、店のドアの隙間から覗き込んで、二人の様子を見ていた。

「いつ、こんな仕掛けを?」
「すごいだろ? それに、あいつら、暫く動けないかな」
「…こんな茶店、来たくないな」
「そう言うな。って、まさちん!!!」
「悪いなぁ、店を汚してしまって…」

そう言いながら、まさちんは、刺された箇所を押さえていた。

「あのなぁ、そんなこと言ってる場合ちゃうやろ! 来い!」

えいぞうは、まさちんを半ば強引に引っ張って、店の奥に連れていった。

「健、目を離すなよ! それと、片づけろ」
「わかってるって。ったく、人使い荒い…って、組長、駄目です!」
「健、離せよ!! 何が起こったのかくらいは、わかる」
「兄貴に任せてください。大丈夫ですから」
「いやだ、心配だよ…」

真子の表情が暗くなった。そんな真子を見た健は、手を弛めてしまった。
…そのすきを見逃すはずはない…。
真子は、健の腕をくぐり抜け、カウンターの奥の部屋へ入っていった。

「兄貴!」

部屋で、まさちんの応急手当を始めようとしていたえいぞうは、健の叫び声に反応し、閉め忘れた鍵を掛けようとドアノブに手を伸ばした…が、遅かった。

「まさちん!!!」

真子が、横たわっているまさちんの側に駆け寄った。

「組長、来ては駄目です!!」

まさちんは、体を起こし、真子を遠ざけるかのように手を差し出した。その間にも、血が滴り落ちている…。そんなまさちんの姿を見て、真子は、今にも泣き出しそうな表情になる。

「無茶するなって言ったやろ!!」

真子は、泣き叫んでいた。

「大丈夫ですから。いつもの……」

まさちんは、口を噤んだ。

「いつもの?…まさか、いつも…こんなことが?」

真子の目は、疑いに満ちていく。

「あっ、いや、…その…」

まさちんは、言葉を濁し、目を反らした。しかし、目のやり場に困り、目を瞑るしか出来なかった。
まさちんが、目をやった所。そこには、真子の写真が飾られていた…。

「えいぞうさん?」
「それは…」

えいぞうも目を反らす。
真子は、ため息を付いた。
その時だった。

スゥゥゥ……。

「えっ!?!?」
「しまった!!!!」

えいぞうとまさちんが、そう言っても、後の祭り。
真子の右手から青い光が、スゥッと消えた。
それと同時に、まさちんの傷もすっかり消えた。

「…組長、失ってなかったのですか…?」

えいぞうが、言い切るよりも先に真子の手が、えいぞうの胸ぐらを掴みあげていた。

「く、組長…」
「えいぞう…、何も見ていない…聞いていない…知らない…。
 ……わかったか?」

真子は、静かにそう告げた。
真子の本来の姿を知っているえいぞうは、それ以上、何も言えず、静かに頷いた。
真子は、手を離す。

「…帰るよ、まさちん」
「…はい…。組長…?」

まさちんは、項垂れながらも、真子の体調を気にする。しかし、それは、気にしすぎのようだった。
真子は、平気な顔をして、店を出ていく。
えいぞうは、奥の部屋に座り込んだまま、部屋にも設置しているモニターに目をやった。真子は、まさちんを怒鳴りながら車に乗り込み、まさちんは頭を下げながら、運転席に乗り込んで、車を発車させた。
モニターは、地面を映しているだけだった。

「…まさか…未だあったとはな…」

えいぞうは、寂しそうに呟いた。

『兄貴!! 客ぅ!!』
「すぐ行く」

えいぞうは、そう言って目を瞑り、気を取り直した後、店に出ていった。



(2006.4.6 第四部 第六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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