任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第八話 心和む天地山

白銀の世界・天地山。
今年も素晴らしい景色が、みんなの心を和ませていた。
天地山の頂上に、一人の女性が、地面に足を投げ出して座っている。
周りにある雪を掴んでは、投げ、掴んでは投げ……。
そんなことを繰り返しているものだから、体の周りには、お堀ができていた…。

「お嬢様、先程連絡ありましたよ。まさちんが、明日来るそうです」
「…うん……」

返事も素っ気ないのは、真子だった。
真子が、ここにいるということは…。

「少しは、元気になりましたか?」

ホテルの支配人・まさが、真子の横に腰を下ろした。真子は、ちらりとまさを見るだけで、再び、正面の景色を観ながら、雪を投げていた。

「少し…だけね…。まだ、頭の中がボォッとしてる」
「なぜ、橋んとこに行かなかったんですか?」
「…真北さんに、ばれそうだから」
「そのことで、まさちんが、思いっきり真北さんに怒られたのに?
 どのように説明してあるんですか?」
「知らない…。まさちんが、全て任せろって言ったもん」
「まさちんから、聞いた時は、本当に驚きましたよ」

まさの言葉に、真子は暫く口を噤んだ。

「…あの時、自分でもよく解らなかった。そして、記憶も…ない。
 薬打たれて、意識がもうろうとしたときに、ベッドの上に寝かされた
 ところまでは、微かに覚えているんだけど…。その後は、自分の手が
 体が、奴らの血で真っ赤に染まっていた…。手には、注射器を握り
 しめていたから…」
「赤い…光…ですか…」
「うん…。きっと、心の何処かで頼っていたのかもしれない…」

真子は、寂しそうな表情をしていた。
どうやら、橋総合病院のICU前での事を思い出しているようだった。

「…あの時だって…。自分の持っているこの能力で、
 まさちんやぺんこうが、あんな目に遭って…。
 あいつらに対してよりも自分に対しての怒りの方が強かった…。」

真子は両手を見つめる。

「自分は何もできないんだと…そう思うと…。今回もそうだった。
 自分が狙われていることくらい解ってた。そのせいで、一緒に居た、
 まさちんに危害が及んだ…。私…、どうしたらいいんだろう…」

真子は、膝を抱えて顔を埋めてしまった。

「お嬢様は、何故、五代目を襲名したんですか?」
「…私と同じ思いを…みんなにして欲しくない…そう思ったから。
 そして、命の大切さを、もっとみんなに知ってもらいたい…。
 こんな世界で生きているからこそ、命の大切さ、知っているのに、
 それを実行しようとしないんだもん…」

真子が静かに応える。

「実行したくても、できないんですよ。我々は」
「まささん…?」
「命とってなんぼの世界ですから。人の血を土台にして、上へ上へと
 のし上がっていく…それが、その世界だからですよ」

まさは、遠くを見つめて語り始める。

「どこそこの組の誰それの命を取れ。当たり前のように、親分は
 命令を下す…。子分はそれに従うしかないんですよ」

まさは、何かを思いだしたのか、自分の両手を見つめた。

「だけど、お嬢様は違います。命の大切さをみんなに教えた。
 親のために生きること…。それが、阿山組五代目の流儀。
 恐らく、その時だって、まさちんは、無茶するだろうけど、
 お嬢様の意志に背くようなことは、しなかったはずですよ」
「でも、まさちんまで…」
「…もしかしたら、まさちんの作戦だったかもしれませんよ」
「作戦?」
「敵を探る方法はいくらでもあります。情報を収集する、先手を打つ。
 そして、敵地に潜り込む。わざと捕まったと考えられませんか?」
「わざと、捕まる…?」

真子は、記憶をたどっていった。

「そう言えば…、車から外に出たとき、逃げなかった…」
「まさちんの誤算は、龍光が狙っていたのは、お嬢様の命ではなく、
 体だったということですよ」
「体…?」
「…いつまでも、子供だと思ってはいけないということです。
 男なら、命、女なら、体。それは、未だにその世界での合い言葉の
 ようなものです。お嬢様には、残酷な言葉ですが、肝に銘じておいた
 方がよろしいです」
「…それは、ぺんこうにも言われた事ある…。桜島組との時に…」
「それだけでは、ありません。お嬢様自身が弱気になっているんです。
 そして、みんなを信用していないということ」
「弱気…、みんなを信用していない…」

そう呟いた途端、真子は、寂しげな表情になり、

「そうかもしれないな…」

静かに言った。

「自分から信じていかないと」
「…信じていて、裏切られたら…?」
「自分の力が足りなかったということですよ」
「まささん…」

まさは、いつになく厳しい言葉を口にする。

「お嬢様が五代目を襲名してから、八年過ぎました。その間に、
 色々なことがありましたね。私は、傍観者となってしまいましたが、
 私の知っている限り、阿山組で命を落とした者は、誰もいません。
 そして、敵対する組の者もです。それまでは、命を落とす者が
 多すぎました。その事を考えてみてください。どれだけ、その世界が
 変わったのか、お解りになるはずですよ」

まさは、優しい眼差しで真子を見つめた。

「もっと自信をお持ち下さい。お嬢様の行っていることは、
 間違っていないのですから。そして、お嬢様は、強い方です。
 ご自身ではお気づきになられていないだけですよ」

まさは、真子の頭を撫でた。

「時には、歩みを停めて、考えることも大切ですよ。それが、今なんです。
 歩みを停めるのは、この天地山。今まで、自然と、そうされてますよ」
「突っ走ってばかりでは、駄目…。そういうこと?」
「はい。学生の頃は、その生活で、歩みを停めていたことになりますね。
 だけど、卒業してからは、組関係やAYAMA社の仕事のことばかり
 お考えになっておられたのでしょう?」
「だって、すること…それしかなかったもん…」

真子は、ちょっぴり口を尖らせる。

「それでしたら、冬だけでなく、季節が変わるたびに、ここへ
 来られてはいかがですか?」
「いいの?」
「あれ? 遠慮なさっておられたんですか?」

真子は、ゆっくり頷いた。

「まささん…忙しいでしょ? それに、私が来ると、いっつもこうして、
 気を遣ってるんだもん…」
「そ、それは…」
「私が知らない事は、まささん…気にしなくてもいいのに…」
「お嬢様は知らなくても、私が知っていることもあるでしょう?
 例えば、お嬢様が幼かった頃とか、お生まれになる前のこと…」
「昔は昔…。いつまでも、過去に捕らわれないで欲しい…な」
「お嬢様もですよ」
「お母さんのことでは、もう、大丈夫だもん」

真子の言葉に、まさは微笑む。

「…ちさとさん、お元気でしたか?」
「みんな聞くね。山中さんも聞いてきたよ。それよりも、なんで、
 私の夢の世界の話が、みんなに知れ渡ってるんよぉ」
「お嬢様のことを、常に、思っているからですよ。まさちんを驚かせた
 魅力的なお姿の話も知ってます」
「一体誰が、歩くスピーカーなのよぉ!!!」
「さぁ」

まさは、とぼけていた。もちろん、真子は、ふくれっ面。

「和みましたか?」
「……うん。…まささん」
「はい」
「ありがとう!」

真子は、独特の笑顔をまさに向けた。
常に冷静なまさも、真子のこの笑顔には弱い男。
心臓の鼓動が、少し激しくなっている…。

「そろそろ降りますか?」
「もう少し、ここにいる。まささんは、時間ないでしょう?」
「えぇ。でも、少しは大丈夫ですよ」
「駄目だよぉ。きちんとしないとぉ。私はもう、大丈夫だから」
「解りました。暗くなる前に、お戻り下さい」

まさは、そう言って立ち上がった。

「はぁい」
「失礼します」

まさは、笑顔を真子に向けて去っていった。

「んーーーー!!!」

真子は、大の字に寝転んだ。

「…ちょっと堀を作りすぎたかな、寝にくいや。…しかし、
 まささんには、いつも負けるなぁ。そして、心強いや」

真子は、安心した表情で、空を見つめた。

雲が、流れる……。



夕刻。雪がちらつき始めた。
まさは、ホテルのロビーを落ち着きなく、うろうろしていた。
ゲレンデへの玄関をちらりと見る。
帰ってくるのは、待ち人ではなかった。
しびれを切らしたまさは、受付の後ろにある部屋へ入っていった。そして、コートを手にすぐに出て来る。

「かおりちゃん、上に行ってくるから」
「かしこまりました」

まさは、かおりにそう告げて、コートを羽織って、ゲレンデへの玄関から、外へ出ていった。
玄関横に置いてあるスノーモービルにまたがり、エンジンを掛け、そして、山頂へ向かっていく。



まさは、頂上に到着した。
スノーモービルから降り、例の場所へ向かって雪の中を歩いていった。

「お嬢様、雪が降っているのに、寝転んでいますと、埋まってしまいますよぉ」

まさは、仰向けになっている真子に声を掛けながら、真子の顔を覗き込む。

「ふにゃ?…まささぁん、おはよぉ」
「…お嬢様…、まだ、夕刻ですよ…。暗くなる前にお戻りになるよう
 申しませんでしたか?」
「ごめぇん…あの後寝転んで、…そのまま寝入ってしまったみたいだねぇ。
 ほんと、雪に埋もれてしまうとこだわぁ」

真子は、体を起こし、自分に付いた雪を払いながら立ち上がった。まさは、雪に突き刺している真子のスキー板とストックを手に取り、スノーモービルに乗せ、そして、真子も乗せた。
まさは、真子の後ろに座る。

「体、冷えてますね。すぐに温まってください」
「…それより、眠いよ…」
「お部屋まで、我慢…できないようですね…」

真子は、まさにもたれかかるように寝入ってしまう。
優しく微笑むまさは、ホテルへ向かって山を降りていった…。




真子をベッドにそっと寝かしつけ、布団を掛けた後、部屋を出ていくまさ。

「…ったく、早すぎ…」

まさは、廊下に待っていた人物に話し始めた。

「心配だったんだよ…」

それは、まさちんだった。頬に殴られた跡がくっきり…。

「それにしても、あの人も、直ぐに手を出すんだなぁ」
「しゃぁないやろ。ほんまのこと言ってないんやからな」
「言えないよな、お嬢様の能力のことは」
「組長が、言わないで欲しいと言ってるから…な」
「手当ては?」
「してない……、って、ちょ、ちょ…まさぁっ!!」

まさは、まさちんの腕を強引に引っ張って、医務室へと向かっていった。




治療の後かたづけをしながら、まさは、まさちんに語りかける。

「で、どう説明した?」
「暴れたところを、組長に見られてしまったとね…」

まさちんは、頬だけでなく、腹部にも打撲の跡がくっきりと付いていた。

「それで、お嬢様が怒って、ここに居る…ってことか」
「あぁ」
「大変だったな」

まさは、片づけ終わり、まさちんの前のソファに腰を掛けた。

「…何処に居るのか解らなかったんだけどな、まさか、くまはちが
 直ぐに迎えに来るとは思わなかったよ」
「しかし…誤算だったんだろ?」

まさが、ソファの肘掛けに肘を置いて、少し首を傾げながら、まさちんに尋ねた。

「あぁ。龍光が、組長に手を付けようとしていたとはね…。
 そっち方面は、全く気にしていなかったからな…。それと…
 組長の赤い光だよ…。すっかり忘れていた…。そして、能力の
 潜在意識…。しかし、今回は、組長の意志だと…」
「まさちんの事を考えて…じゃないのかな」
「…暴れるといっても、そこまで暴れないんだけどなぁ」
「よく言うなぁ。火まで、放った男が」
「あれは、証拠隠滅だよ…。これ以上、組長の能力が、他へ知れ渡ったら
 何が起こるか、本当に解らないからな…。気をつけないと…」
「かなり、知れ渡っているんだろ? 川上の一件以来…」

まさちんは、軽く頷いた。

「その一件で、失われたともね…」

まさちんは、ソファの背もたれに手を広げる感じで、もたれかかった。そして、テーブルに、足を乗せる。しかし、それは、直ぐにまさに、跳ね返された。

「行儀悪いな…。お嬢様の前で、こんな姿を見せたら、一喝されるか、
 蹴り入れられるか…だなぁ」
「…ほんま、良く知ってるな…」
「昔の…名残って奴…かな」

まさは、にやりと笑って、まさちんを見つめた。

「お嬢様には、明日と伝えてある。今夜は、ここで寝るか?」
「寝る前に、することがあるんでね。…パソコン貸してくれるか?」
「壊すなよ」
「わかってるよ!」

まさちんは、パソコンに向かって、何かを打ち始めた。

「…例の会議か」

まさは、まさちんが、打ち込む画面を見つめながら、呟いた。

「あぁ、そうだ。常に言われてるんでね…。組長がいつ、出席するのかって」
「相変わらず、お堅い連中だらけなんだろ?」
「そうでもないさ。初めの頃は、そうだったけどな、今では、
 すっかり、軽い感じになってるよ。警戒するようなぴりぴりした
 雰囲気は、全くといって、なくなっている」
「それも、お嬢様のおかげ…かな」
「おれは、そう思っているさ」

まさちんは、自信たっぷりに言い切った。

「さよかぁ。俺は、残りの仕事を片づけるから。散らかさない程度に
 使ってくれよ。寝るのは、そこでなぁ」
「あぁ。ありがと」

まさは、部屋を出ていった。
この部屋。
天地山ホテル支配人室の奥にある一室。まさ個人の部屋として使用している部屋だった。
まさは、支配人室のデスクにつき、たまった書類に目を通し始める。

そんな風に忙しそうにしている二人をよそに、真子は、熟睡中…。



真夜中。
まだ、電気がついている部屋があった。
そこは、支配人室。
まさの部屋で、まさちんが、パソコンに向かって、気むずかしげな表情をしていた。
まさは、どこかへ電話を掛けていた。

「…えぇ。そうです。それは、大丈夫ですね。はい。
 年明けでしょう。きつく言っておきますから。えぇ」
『ほんまやな? 原田ぁ、何やかんやと言っても、お前だって、
 真子ちゃんには、弱いやろぉ。ええか、ほんまにちゃんと
 言っとけやぁ。わかったかぁ!!!』

電話の相手は、橋だった。
橋の怒鳴り声は、受話器から漏れていた。
あまりにもうるさかったのか、まさは、耳から受話器を離していた。

「わかってます」
『治療薬は、足りてるんか? 足りんのやったら、送るように言っとくで』
「購入したばかりなので、今のところは、大丈夫です」
『ほな、頼んだで。真北も心配しとるからなぁ』
「真北さんには、安心くださいとお伝え願います」

まさは、電話を切った。そして、デスクに肘を付いて、両手を額に当てながら、ため息を付いた。

「…あとは、お嬢様次第なんだけどな…。高純度の麻薬は、
 解毒剤を打っても、後遺症があるからなぁ…。仕方ない…。
 あれを、お嬢様に……って、まさちん、何処行く?」

まさは、人が動いた気配を感じ、目をやった。まさちんが、奥の部屋から、少し慌てたような表情をして出てきた。そして、まさの側を通る時に、

「組長が、起きた」

と呟いた。

「…ったくぅ、お前は、未だ来てないことになってるって言ったやろ。
 俺が、行くよ」
「駄目だ。俺に…行かせてくれよ」

まさちんは少し寂しそうな目をして、まさを見つめてくる。
二人の会話からいくと、真子の部屋と支配人室とは、離れているにも関わらず、二人は真子が起きた気配を感じ取っている。

「…わかったよ。…知らないぞ」
「覚悟は…できてるさ」

まさちんは、少し微笑んで、真子の部屋へ向かって歩いていった。


「失礼します。組長」

まさちんは、そう言って、部屋へ入っていった。

「まさちん…明日って聞いたのに、もう来たん?」

真子は、バルコニーのドアを開けながら、まさちんに言った。

「組長! 外は、雪ですよ!!」

まさちんは、急いで真子の側に駆け寄り、自分の上着を真子の肩に掛ける。

「体が…火照ってるから、冷たい風に当たろうと思ってね…」
「体を冷やしたら駄目だと、まさに言われませんでしたか?」
「………。…言われてたね…」

思い出したように真子が言った。

「では、少しの間だけですよ」

まさちんは、優しく微笑む。

「うん」

真子とまさちんは、バルコニーへ出た。手すりにもたれかかる真子を後ろから、寒くないように、そっと抱きしめるまさちん。

「組長」
「ん?」
「ありがとうございました」
「…それは、私の台詞…」
「真北さんに、思いっきり怒られましたよ」

まさちんの顔を見上げる真子は、頬のあざに気が付いた。

「ほんとだ」

真子の手が、まさちんの頬に伸びた…が、まさちんに阻止された。

「わかった?」
「組長の行動は、お見通しですよ」
「…私は、まさちんの行動が…わからない…」

真子は、目線を下に移した。ゲレンデには、ナイタースキーを楽しんでいる客がいるのか、雪を削る音が聞こえていた。

「…もっと…がんばるから…」

真子は、呟いた。

「組長…。…そろそろお部屋へ入りましょう。かなり冷えましたよ」
「…まさちん…温めて…」
「はい」

真子の言葉に素直に反応するまさちんは、真子を抱きかかえ、ベッドへ向かって歩いていった。そして、そっと布団の中へ…。

「駄目ですよ。ここでは、思い出してしまいますから」

真子は、まさちんの首にしがみついていた。

「たばこのことぉ?」
「とぼけないでください。…それに、冗談は通じませんよ」
「そうなのぉ???」
「……寝ぼけてますね…」

真子は、すっかり寝入っていた。
まさちんは、真子の腕を自分の首からそっと放し、真子から離れる。
優しい眼差しで、真子を見つめ、そして、部屋を出ていった。

「……ふぅ…」

まさちんは、ドアにもたれかかり、俯き加減にため息を付いた。そして、深刻な表情で、まさの部屋へ戻っていった。
ドアを開けたまさちん。

シュッ!
バシッ!

「あのなぁ…」
「手を出すな」
「真北さんか?」
「俺の気持ち」

まさちんが、ドアを開けた途端、待ちかまえていたように、まさが、まさちんに拳を向けていた。それを手の平で見事に受けるまさちん。

「調子、戻った様子だったか?」
「…まだ、かな…」

二人は、部屋の中央にあるソファに腰を掛けた。まさちんは、テーブルの上にある小さな箱が気になり、まさに尋ねた。

「これは?」
「あぁ、これは、薬関連のものだよ」
「…なんで、持ってる?」
「…名残」
「なるほど。…で、これを組長に?」
「万が一な…」

まさちんは、箱を手に取り、何かに気が付く。

「…黒崎さんとこか…」

まさちんは、箱を無造作にテーブルに置いて、ドカッと座った。

「そう邪険に扱うなよ。竜次が作った闇の薬の解毒剤だぞ。
 どの薬にも効果があるというのが、売り文句なんだからな」
「…組長には、黒崎んとこの薬は、使いたくない…」

まさちんは、真剣だった。

「そうだったな……悪かった」

まさは、何かを思いだしたのか、伏し目がちになって、呟くように言った。

「いいや…いつも…感謝してるよ…。組長の笑顔のために…ね」
「当たり前のことさ」

まさは、口元を軽く上げ、まさちんに目をやった。

「明日、予定がないんなら、一日、お願いしていいか?」

まさが、恐縮そうに言った。

「改まって言うことないやろ。ま、組長は、いつものとこに行くんだろうけどなぁ」
「明日は、どか雪だよ」
「……なるほど…。いつものことだから、気にするな」
「そうだったな…」

まさは、フッと笑い、そして、目の前の箱を手に取り、懐にしまい込む。そして、立ち上がり、奥の部屋へ何かを取りに行った。

「たまには、いいだろう?」

まさは、ブランデーとグラスを二つ持って、部屋から出てきた。テーブルにそっと置いて、すぐにグラスに移した。

「…あのなぁ、俺は弱いことくらい知ってるやろぉ」
「嘘つくなぁ。いつもは、そう言ってないと、お嬢様を
 守れないからなぁ。…それくらい、俺には解ってるよ」
「組長じゃないけど、ほんと、何でもお見通しなんだな、まさは。
 その通りだよ。…でも、ほんとに、弱いからな、俺は。
 ここでなら、崩れるまで飲んでも、安心だから…いただくよ」

まさちんは、グラスに手を伸ばし、一口飲んだ。

「…夜はいつも、こうなのか?」
「ん? まぁな。次の日の仕事に支障ない程度に飲むさ」
「ふ〜ん」
「…水木んとこの姐さんと、何かあるのか?」

ブーーッ!

まさちんは、口に含んだものを吹き出した。

「まさぁ〜、お前まで、何を言うんだよぉ!」
「ん? 噂、聞いてるからな。姐さんが、まさちんに迫ってるってね」

まさは、テーブルを拭きながら、まさちんに言った。

「何もないって」
「本当か?」
「何か遭ったら、組長の前で、平気な顔してれるかぁ!」

まさちんは、ブランデーを飲み干した。そして、新たに注ぐ。そんなまさちんの仕草を見て、まさは、何か遭った事を悟ったのか、ただ、微笑んでいるだけだった。

「…そういうお前は、かおりちゃんと何かあるのか?」
「何かあったら、それこそ、一緒に仕事できないよ」
「かおりちゃんの気持ちくらい、知ってるんだろ?」
「…そういうことには、疎すぎるからな…俺は…」
「よく言うよ」
「お前こそな」

二人は、にらみ合って、そして、一気に飲み干した。



朝…。
真夜中に、まさが言ったように、天地山には、周りが見えないほど、雪が降っていた。
まさちんは、愛用の部屋で、くつろいでいた。
真夜中のアルコールは残っていないようで…残っているようで…?

『まさちん…、居るん?』

隣の真子の部屋へ通じるドアから、真子の声が聞こえてきた。そして、ドアが開いた。

「組長、体調の方は?」
「かなり良いよぉ。まさちんはどう?」

真子は、ドアの所に立ったまま、まさちんに訴えるかのような感じで、まさちんの頬にあるあざと同じ所の自分の頬を指差していた。

「ありがとうございます。まさに、診ていただいたので、大丈夫です」
「よかった。…真北さんに…怒られるかな…」

まさちんは、真子に歩み寄りながら、

「一番心配なさってましたよ」

そう応え、真子の頭を優しく撫でる。
真子は、心配そうな表情で、まさちんを見上げていた。

「怒ってませんから」
「うん……」
「大丈夫ですよ」

まさちんは、しゃがみ込んで、真子に優しく微笑んだ。

「…って、組長ぅ〜!!!!」

まさちんは、後ろにひっくり返って、しりもちを付いてしまった。
真子が、照れ隠しにまさちんを押したのだった。
真子は、笑っていたが、その笑顔は急に消える。

「…まさか、蹴りも入れられたの??」

まさちんの表情が少し歪んでいることが気になったのか、まさちんに手を差し延べていた。

「思いっきり…。でも、ご心配なさらないでください」
「うん…」
「今日は、一日思いっきり降るそうなので、たいくつでしょう?
 いつものように、語りましょうか?」
「うん!」

真子は、とびっきりの笑顔をまさちんに向け、そして、まさちんの部屋のソファに座った。まさちんは、立ち上がり、服を整えながら、真子の前に座り、最新の映画を語り始めた。
まさちんは、いつ、映画を観に行っていたのか……。


まさちんの部屋の外では、まさが、二人の様子を伺っていたのか、安心したような表情を見せ、そして、仕事へと戻っていった。





橋総合病院・橋の事務室。
橋はこの日、とっても暇なのか、のんびりしていた。
その事務室に、もう一人…忙しいはずの男が座っていた。

「あのなぁ…」

暇な橋が、呆れたように呟く。

「なんべん言うても、俺は知らん。原田に任せとけって」
「…だけどなぁ、真子ちゃんの怒りが、納まってなかったら…」
「納まっとるって。真子ちゃんだって、自分で解決できる歳やろがぁ。
 いつまでも、子供扱いすんなって」
「俺にとっては、子供だよ!」
「はぁ〜。呆れるわい。…それより、ええんか? 処理で大変なんとちゃうんか?」
「そうだけどな…」
「それに、年末には本部へ行くんやろ。もうすぐやないか。
 いつまでも、そんなしけた面せんと、いつものように振る舞えや」

橋は、真北の肩をポンと軽く叩いた。
そのことで、真北は、橋から少し元気をもらったのか、いつものキリッとした表情に戻っていた。

「それまでに、片づけとけやぁ」
「解ってるよ…。…で、…本当なのか? …赤い光…」
「原田が言うにはな…」
「まさちんの奴…、誤魔化したな…。で、影響はないのか?」
「いつもの真子ちゃんに戻ったから、安心しろって」
「ありがとな…。まさにも、感謝しないとな」

真北は、椅子にもたれかかって、口を尖らせる。

「何や? 他に心配事あるんか?」
「仕事…。まさに任せておけば、ほんとに安心だからな」
「なぁ、お前からも説得してくれへんか? 医者として働けへんかぁって」
「…あいつの気持ち、解ってるんやろ?」
「解っとるけどな、もう、時効やろ?」
「まさにとっては、そうじゃないんだよ。…真子ちゃんに言わなければ
 ならないという、たった一言、まだ、言えないらしくてな…。
 それが、言えたら、考えるだろうよ。…俺としても、薦めるつもりや」
「そうかい」
「そうだよ」

急患のランプが付いた。
その途端、橋の目が、爛々と輝き始める。

「仕事や。お前も、戻れや」
「あぁ、ありがとな」
「本部から戻ったら、絶対に、ここに連れてこいや」

橋の言葉に、後ろ手に挨拶する真北は、コートを羽織って、事務室を出ていった。

「健に頼んで、真子ちゃんの寝顔、撮ってもらえばええのにな」

橋は、そう言いながら白衣を着て、事務所を出て、腕を回し、首をコキコキしながら、現場へと向かって歩いていった。



真北が、橋総合病院の玄関を出た時だった。
くまはちが、真北の姿を見て、駆け寄ってきた。くまはちの後ろには、虎石と竜見が同じように駆け寄り、一礼する。

「どうした?」
「龍光一門のナンバー2が、動き始めました」
「そうか…」
「狙いは…組長ではなく、まさちんのようです」
「あれだけ、やったらな…」

真北は、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせながら、玄関先をゆっくりと歩き出す。くまはち達は、真北の後ろを付いて行った。
真北は、立ち止まった。
くまはちも立ち止まったが、虎石と竜見は、停まることが出来ず、くまはちにぶつかった。

「すんません…」

真北が、振り返った。

「くまはち、頼んでええか?」
「…よろしいんですか?」
「暴れ足りないんだろ?」
「まさちんだけには、させてられませんから」
「そうなると、次の標的は、くまはちに移るよな…」

真北は、苦笑いをして、くまはちを見つめた。

「私は、一向に構いませんよ。強いほど、やりがいありますから」
「ふっ…ほんま、好きやな…」

くまはちは、微笑んでいるだけだった。

「では」

くまはち達は、真北に一礼した。

「あとは、いつもの通り、俺に任せておけよ」
「お願いします」

そう言って、くまはち達は、去っていった。
真北は、三人が乗り込んだ車をいつまでも見送っていた。

「仕方ないか…」

真北は、俯き加減になって、自分の車に乗り込んだ。
懐から何か手に取った。それを見つめ、少しにやけている真北。

「一体、いつになったら、能力の事、打ち明けてくれるんですか…?」

真北が手に持っているもの…それは、手帳だった。
その手帳を広げると、左側には真子の笑顔の写真、そして、右側には…真子の寝顔の写真が、納められていた。

「さてと」

真北は手帳を閉じ、懐にしまい込み、車のエンジンを掛けた。そして、病院を去っていった。
橋が言うまでもなく、真北は、こっそりと真子の寝顔の写真を撮っていた。
真北さん…それって……。



(2006.4.8 第四部 第八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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