任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十一話 夏は師走の如く

梅雨が明け、日差しも眩しい季節がやって来た。七月中旬。この日も暑そうな一日になりそう??

玄関先に停まっている車。エンジンがかかったまま。家から誰かが出てくるのを待っている様子だった。

「お待たせぇ〜!!」
「気を付けて、行ってらっしゃいませ」
「むかいん、家に閉じこもってばかりじゃ駄目だよ!」
「大丈夫です。買い物に出かけてますよ」
「むかいんも気を付けてね。行ってきます!」

真子は何処かへ出かける様子。玄関先まで見送りに出てきたのは、むかいんだった。真子は、車に乗ろうとドアを開けた。その時、向かいに住むおばさんが外に出て来る。

「おはようございます」

真子は、元気良く笑顔で挨拶した。

「あっ、おはよう。ちさとちゃん、お出かけ?」
「はい」
「今日も暑くなりそうだから、気ぃつけてね」
「ありがとうございます。行ってきます」

真子は、おばさんと軽く会話をして、車に乗り、出発した。むかいんは車が見えなくなるまで見送っていた。

「涼くん、今日は、スーパーで大安売りやで。早く行かな、売り切れるかもよ!」
「ほんとですか? 早速出かける準備しないと! いつもありがとうございます!」
「気にしないでね。いつもいろいろと教えてもらってるし!」

おばさんは、むかいんに、おいしい料理の作り方を習っていたのだった。晩ご飯のおかずに困ったとき、むかいんがちょこっと教えたのがきっかけだった。

「料理教室、開いたらどう?」
「いえいえ、私は、そんな力ありませんよ」
「そんなことあらへんよ。涼ちゃん、プロやのに」
「いえいえ……」

そんな風に会話をしながら、むかいんとおばさんは、一緒に、スーパーへ買い物に出かけて行った。



阿山組系・藤組組事務所。そこで、幹部会が開かれていた。

「……やっぱり、私は駄目……」
「組長、大丈夫です」
「…そう? …なら……あぁ、でも、駄目…まさちんやって…」
「私がですか?? やはり、これは、組長の仕事です」

真子とまさちんが会議室の前で、話していた。幹部会での議題は、五代目を襲名した真子の意見。阿山組の新たな方針の話。しかし、真子は、人前で話すことが苦手な為、会議室に入ることを渋っていた。まさちんは、そんな真子に自信を持たせて、意見を発表してもらおうと思っていた。会議室の前でうろうろする二人。中で待っているのは、藤の他、須藤、川原、谷川、水木、松本、そして、さつまの大阪の阿山組系の幹部達。なかなか中へ入ってこない二人を見かねた須藤が、会議室から出てきた。

「早くお入り下さい」
「は、はい」

真子と地島は、同時にすっとぼけた返事をして、会議室へ入っていった。そして、真子が、上座に座った…と思ったら、席を立ち、まさちんに、耳打ちをしていた。まさちんは、首を振って、真子を押すように上座に座らせる。

「組長ですから」
「…だけど……」
「えぇ、では、会議を始めます。本日の議題は、五代目を襲名された
 組長から、みなさんへのお願いです。組長、お願いします」
「……だから、やっぱり、私には、むいてないぃ。
 こんなの、私には…とても…まさちん、お願い」

何故、真子は、そんなにも躊躇しているのか、まさちんは、わからなかった。ただ、真子自身の意見を述べるだけでいいはずなのに。

「どうされたんですか?」
「どうしたも、こうしたも……やっぱり、ここでこうするより、みなさんの
 事務所にそれぞれお伺いして、述べた方がいいと思うんだけど、…駄目?
 …私、こういうところ苦手なのよ」

真子は、苦笑いしていた。真子の声は、幹部達に聞こえていた。

「まさちん。お前がやれよ」

それは、水木だった。

「水木さん。駄目ですよ。これは組長の仕事ですし…」
「組長には、我々の意見を聞いていただくだけでええやろ」
「…私が、ですか?」
「そうだよ。組長は、これから、別の意味で忙しくなるだろ?
 その間、組長の補佐として、地島が仕事をすることになるはずだしさ。
 …しかし、組長、我々個々に対するご意見がございますよね?」
「…確かに…あるけど…。みなさんの前で言っていいのかなぁと
 思ったんだけど…」
「我々は、腹を割った中ですから。大丈夫ですよ」
「そうなの? なら、言わせてもらうね。しかし、今後は、まさちんに頼むね」
「…解りました」

真子は、目を瞑った。そして、精神を集中させ、目を見開いたと思った途端、真子は、意見を述べていた。

「水木さん、先日は、本当にお世話になりました。その後、
 ミナミの方は、どうでしょうか?」
「今のところ、平穏無事です」
「みなさんが楽しめる良い街になるよう、心がけて下さい。
 そして、須藤さん」
「はい」
「先日申し上げました、ご家族へのお話はどうなりましたか?」
「組長からの意見を家族と話し合いました。結果はまだですが、
 強要はしておりません。…組長、本当にありがとうございました。
 妻も、息子二人も、きっぱりとこの世界から身を引くつもり
 かもしれません。やはり、重荷になっていたようです」
「そうですか。わかりました。しかし、家族の絆は、大切にしてくださいね」
「はい」
「藤さん。あの日以降、お変わりありませんね」
「はい。今のところ、敵対する組や、街を乱すようなことは、
 起こっておりません。迷惑もかけてませんよ」
「ふふふ、そうですね。わかりました。これからも、
 宜しくお願いします。谷川さんは、…ミナミですよね」
「はい。水木んとこの隣なんですが、今のところ、
 問題はございません。住みよい町づくりがモットーに
 なっているので、町の方々と協力する形になってます」
「…やくざは強要しないでくださいね」
「もちろんです」
「川原さんは、えっと、未だに銃器類があるようですが、
 早く処分してくださいね」
「組長、それは、少し無理です」
「少し無理とは?」
「私の組の稼ぎになってますので…」
「闇ルートですか…。んー困りましたねぇ。取り敢えず、保留ということにしますが、
 将来的には、そのルートを廃止していただきます。それまで、他の稼ぎを
 考えておきます。えっと…さつまさん」
「はい。我々も闇ルートを切られると稼ぎがなくなります。他の稼ぎを
 探しておりますが、今のところ、それに繋がるようなものは、見つかっておりません」
「それと、組の拡大を謀るのもいいですが、末端の組員への態度にも、
 充分気を付けて下さい。いざこざが耐えないとか、一般市民にも
 迷惑を掛けているとか…耳にしましたので。宜しくお願いします」
「かしこまりました」
「元気のいいことは、すばらしいことですけど、元気の持っていく先を
 考えるように、お願いします。…そして、松本さん。お世話になってます」
「どうでしょうか、住み心地は…」
「快適です! …あっ、それと、AYビルのお話ですが、
 私は、詳しく知らないのですが…どういうことですか?」
「それについての資料がありますので、後ほどお渡し致しますが、
 それでよろしいでしょうか?」
「わかりました。お願いします。…っと、以上ですが…。私の意見は、もう、
 みなさんに伝わっていることと思います。…意見に反対だからと言って、
 本部のように、暴れたりは致しませんので、ご安心下さい。
 では次の議題に行きたいのですが…」

真子は、このように一気に意見を述べていた。幹部達は、そんな真子を見て、驚いていた。
十四才の子供に見えない……。
それは、大人顔負けの姿…五代目組長の姿だった。

そして……会議が終わって真子が見せた笑顔。その笑顔は、十四才の女の子そのものだった。あどけなく、かわいらしい。そのどこにヤクザの組長の印象があるのか…。
まさちんと少しじゃれ合いながら会議室を後にする真子を見た幹部達は、なぜか、言葉を失っていた。



真子の家から、おいしい香りが漂ってくる。まさちんが運転する車が、『真北家』に到着した。車から降りた真子は、おいしい匂いに吊られながら、家に入っていく。

「ただいまぁ。お腹空いたよぉ。むかいん、今日のおかずは?」
「お帰りなさいませ。見てのお楽しみです!!」
「けちぃ〜!!」
「きちんとうがいしてくださいね」
「わかってるよぉ。…ガラガラガラガラ……」

まさちんが家の中に入ってきた。真子は、うがいをして、洗面所から出てきたところだった。

「組長、明日のスケジュールですけど…」
「…まさちん、その話は、あとにしようよ。お腹空いた」
「わかりました。…私もです」

真子は、まさちんに微笑んでいた。まさちんは、真子の頭を優しく撫で、洗面所に向かっていった。真子は、台所に入り、むかいんの手伝いを始めた。食卓に料理が並び終わった頃、真北とくまはちが帰ってきた。

「ただいまぁ」
「只今帰りました」
「おかえりぃ。早くぅ、冷めるよぉ!」

真子の声が、玄関先まで聞こえていた。
そして、真北家の夕食タイムが始まった。




世間が夏休みに入った頃、真子は、すっかり大阪の幹部達とうち解けていた。嫌がっていた幹部会は、まさちんが真子の代行として行っているが、会議には顔を出していた。幹部達の意見を真剣な眼差しで……。

「組長、組長?」
「ん? ふにゃん? …あ、あぁ」
「そろそろ終わりますよ」
「うん…」

真子は、真剣に話を聞いているかと思っていたが、眠りこけていた……。それもそのはず。真子は、大阪で過ごすようになってから、ほぼ毎日、のんびりと過ごす時間も惜しんで、組関係の仕事で、外出しっぱなし。働きづめだった。

「お疲れなのか?」
「ちょっとね…」
「無理もないな…。ほな、終わりにしよか」
「はぁ、すみません…」
「ほな、暫く休みにしよか。次は来週な」
「はい。これにて、終了致します」

幹部達は、それぞれ荷物を持って、会議室を出ていった。真子は……まだ、眠っていた。

「く・み・ちょぉ…、終わりましたよぉ〜。くみちょぉ〜」

まさちんは、真子の耳元で囁いていた。それでも真子は、眠っている。まさちんは、椅子にもたれかかり机に肘をついて、眠っている真子を優しい眼差しで見つめていた。



真北やまさちんは、大阪での生活に対しての心配事が一つ減ったことに安心していた。そして、次の課題……真子が通う予定の学校である…。

「今日は、ご挨拶ですからね」
「はぁい。…普通でいいんだよね?」
「そうですよ。普通でいいんです。緊張してますね?」
「…緊張するよぉ。幹部の人たちの前にいた時より緊張する…。
 …こればかりは、まさちんに代わってもらえないもんね…」
「そうですよ」
「……ようし!」

気合いを入れて車から降りた真子。目の前には、これから通う予定の中学校がそびえ立っていた。
校舎は三階建てだが、真子には、なぜか、高くそびえ立つように感じる。
真子は歩き始めた。
校門に向かう真子は、

「組長、リラックス、リラックス」

右手と右足が一緒に出ていた。それを観ていた真北は、笑いを堪える。

「大丈夫だよぉ」

真子の返事は上擦っていた。
緊張している真子とそんな真子を見て楽しんでいる真北は、中学校の校門を通り、中庭を通って、校長室のある校舎へ入っていった。

校長室に通された真子と真北は、ソファに腰を掛けていた。真子は、緊張のあまり、一点を見つめたまま。真北は、差し出されたお茶をすすって、のんびり構えていた。
そこへ、校長先生が入ってくる。真子と真北は、立ち上がり、丁寧に挨拶をした。

「初めまして。真北と申します」
「初めまして。そちらが、ちさとちゃんですね」
「こ、こんにちは。真北ちさとです」

真子は、頭を下げたまま、動かなかった。

「お掛け下さい」

真子は、体のあちこちに力が入っている。それに気付いた真北は、

「リラックスしてくださいね」

真子に優しく話しかけたが、真子は、頷くだけだった。

「…書類には、目を通しております。成績優秀なんですね。
 真北さんは、勉強が好きだとか?」
「はい。未だ知らないことを教わったり、それを展開したり、そして、
 体を動かすことも好きです。…同じ年頃の人たちと、楽しい日々を
 過ごせたら、いいなぁと思って…」
「そうですか…」

暫く沈黙が続いた。真子は、ふと、窓の外に目をやる。窓の外には校庭が広がり、クラブ活動で汗を流す生徒達がたくさん居た。自然と窓に歩み寄る真子。徐々に表情が綻んでいく。

「何かスポーツでも?」
「…格闘技……あっ。…その、全般に…です」

真子は、慌てて否定する。スポーツと言っても真子は、格闘技しか習っていない…。

「制服など必要なものに関しては、先ほどお渡ししたと思いますが、
 その書類に書いております。少し、手続きに手間が掛かってますが
 二学期からの登校となります」
「わかりました。それでは、宜しくお願いします」
「お世話になります」

真北と真子は、再び立ち上がり、頭を下げていた。

「これからも、頑張って下さい」

そして、真子と真北は、学校内を見学していた。校庭を歩く二人を校長室の窓から眺めている校長先生は、机の上にあった一枚の書類を手に取った。

「…阿山真子…阿山組五代目組長ねぇ〜。これは、本当のことかなぁ。
 騙されてるのかもしれないなぁ」

そう呟いて、机の引き出しにその書類を入れ、鍵を掛けた。




真新しい制服を着て、嬉しそうに鏡の前に立っている真子は、いろいろなポーズをしていた。

「組長、もう、よろしいかと…」
「いいじゃない! かわいいでしょ?」
「中学生にしか見えませんね」
「…まさちん、私、中学生だって…」
「…そうでした。組長を見ていると、組長の年齢を忘れてしまいます」
「…まさちんを見ていると、まさちんの年齢を疑ってしまうよ。
 …私と九つ違いだったっけ?」

真子は、まさちんをからかいながら、そう言った。

「…歳…忘れました」
「いつまでも、そう言ってたら? ふふ〜ん!」

真子は、まさちんをからかいながらも、鏡の前で、いつまでもポーズを取っていた。なんやかんやと言いながら、そんな真子を見て、嬉しそうに微笑んでいるまさちんだった。




「……なんか、阿山組系の事務所や懇意にしてる企業が多いね。
 ……ねぇ、松本さん。今、どこまで進んでるの?」

真子とまさちんは、今日は松本の組事務所で、今、建設中のAYビルについて話し合っていた。
真子は、先日の会議でもらったAYビル関連の資料に目を通し、父が行おうとしていた事をちょっぴり理解し、真子は真子なりに父の仕事を受け継ごうと考えていた。

「いろいろとありまして、工事に遅れが出てきてます。オープン日は、
 遅れを見越して、余裕を持たせておりましたので、予定通りに
 オープン出来るでしょう。ビル内に入る予定の企業は、
 一階と二階、三階を除いて、ほぼ埋まりました」
「三十八階は、阿山組組事務所?」
「はい」
「……この辺り、変更できる?」

真子は、三十八階の見取り図を広げていた。そして、阿山組組事務所を構える場所を指さしていた。

「はい、変更可能です」
「そうですか…」

真子は、まさちんの背広の内ポケットから、ペンを取りだし、別の白紙用紙に何かを描き出した。スラスラと描く真子の手元を、目を見開いて見ている松本。
なんと、真子が書いているのは、三十八階の見取り図。
真子なりに、工夫している様子。

「できた。こんな感じで、どうかなぁ」

真子は、松本に今描いた見取り図を差し出した。松本は、じっくりとそれに目を通す。

「……わかりました。早速、手直し致します。
 しかし、組長…こんなものをスラスラと描くとは…」

松本は、真子の書いた見取り図を観て感心していた。

「それと…一階から三階まで、私が考えていい?」
「考えるというのは?」
「一般の方々が、利用しやすいようにしたいなぁと思って…。
 企業といっても、阿山組系がほとんどだし、一般の方との
 付き合いもあるでしょう? だから…」
「そうですね。では、その件は、組長にお任せ致します」
「……取り敢えず、売り文句で引きつけるかぁ。お店がいいね」
「お店ですかぁ〜」

そんな感じで真子と松本は、ビル事業に精を出す。まさちんは、ただ、黙って二人の会話を聞いているだけだった。
松本と楽しそうに話し合いをしている真子を見て、つまらなそうな表情をしながら…。




とても広い敷地。真ん中にドンと構える白い建物。その建物の周りは、木々で囲まれている。その場所に向かって一台の車が走っていた。フロントガラスから見えるその景色。建物の上の方に書かれている文字…それは、
『橋総合病院』。

「申し訳ございません。急なオペが入りまして、後1時間ほど掛かると
 伝言を承ってます」
「そうですか。…病院内を散歩してます」
「わかりました」

それは真北だった。
天地山で、支配人のまさに紹介された医者で、親友で橋と逢う約束をしていた真北。相変わらずの仕事好きな橋を知り、嬉しい気持ちをグッと抑えながら、真北は、時計をちらっと観て、外に出ていった。


病院の周りにある大きな庭を歩き始める。
この庭は、長期に渡って入院生活を余儀なくされる人たちが、少しでも心が安らぐように…と院長である橋が考えて作らせた庭だった。何も考えずに、のんびりと歩いているだけで、心が安らいでいく……。
真北も心が安らいでいた。今まで自分が生きてきた世界の事を、そして、これからの真子の事を考えると、不安で不安で仕方がなかった真北だったが、この庭を、ただ歩いているだけで、不安が取り除かれていくようで……。
ふと目が留まり、足も止まる。
そこは、幼い子供達が戯れている場所だった。真北は、ベンチに腰を掛け、子供達の様子を見つめていた。
何かを懐かしむかのような眼差しをして…………。



「待たせたなぁ」

その声に振り返る真北。そこには、仕事を終えた白衣を着た橋が立っていた。

「お疲れさん」

真北が言った。

二人は、長い間、お互いに連絡を取り合わなかった。
それは、真北の身に降りかかった、十五年前の事件の日から。
二人は、暫く見つめ合っていた。
見つめ合うことで、十五年間の穴を埋めているようだった。すると、突然、橋が拳を握りしめ、真北の頬を殴りつけた。

「…っつ……」

橋の拳は、相当力強かったのか、反動で真北は倒れてしまった。

「…何が、お前を変えたのかは知らないけど、今のは、長い間、
 音信不通にしていた罰だよ」
「悪かったよ…。俺もいろいろと大変だったんだからなっ。
 でも、……まさには、感謝だな」
「あぁ。……それにしても、相変わらず…好きなんだな」

橋は、真北が見つめていた場所に目をやった。真北もつられて、目をやる。

「まぁ…な」

真北は、ゆっくりと起き上がり、

「ありがとな…橋」

静かに言った。

「殴られたお礼を言うなんて、お前らしいな」
「…医者が怪我人作ってどうするんだよ」

真北は、立ち上がりながら、口元に感じた血を拭っていた。

「もう一発いるか?」
「いらん」
「そぉか」
「そうだ」
「……くっくっく…あっはっはっはっは!」
「あっはっはっはっは!」

真北と橋は、突然笑い出した。なぜ、笑い出したのか、自分たちも解らなかったが、すっかり、昔のあの頃に戻った気分になっていた。
何も言わず、ただ、見つめ合うだけで、お互い、何が言いたいのか理解できる程、心の奥底まで分かり合っている仲だった。なのに、あの日以来、連絡は途絶えていた。
この時、橋は、音信不通の罰だと言って真北を殴ったが、別の意味もあった。
敢えて真北には言わなかったが。


「なるほどなぁ。でも診察してみな、詳しいことはわからんで。
 んで、真子ちゃんは、何時来るんや?」

橋と真北は、橋の事務所に来ていた。橋は、真北の口の中の治療を終え、後かたづけをしながら、真北に真子のことを尋ねる。

「嫌がってるんだよ…。医者が嫌いでなぁ」
「医者が好きな奴は、そんなにおらんやろ。ま、わしは、逃げも隠れも
 せぇへんから、いつでもええけどな、早めの方がええことくらい、
 わかっとるやろ?」
「あぁ」
「せやけど、お前がやくざだとはなぁ。信じられへんな。
 あっ、そんなことあらへんか。刑事やっとった時も
 ほとんどやくざかと思える程、恐かったもんなぁ。
 刑事の真北と言やぁ、やくざは、泣いとったもんな」
「やめろよ、昔話は」
「ええやないか」
「よくないよ」

二人の会話は、なぜか途切れる。
橋が話を変えるように口を開いた。

「真子ちゃんを強引にでも連れて来いよ」
「むずかしいなぁ」
「……お前、真子ちゃんのことになったら、えらい弱気になっとるなぁ。
 何かあるんか?」
「何もないよ」

真北は、ただ、微笑んでいるだけだった。橋は、微笑む真北を観て、なぜか安心していた。やくざになったとはいえ、真北は、昔のまんまなんだと…。
その時、急患のランプが点灯した。

「仕事か?」
「悪いな」
「あんまり無理するなよ」
「お互い様だよ。ほな!」

橋は、白衣を着替え、事務所を出ていった。

「ほんと、相変わらずだな」

真北は、橋の姿が勇ましく感じられた。
暫く、橋の事務所を眺めた真北は、ゆっくりと立ち上がり、そして、出ていった。

「院長かぁ」

橋総合病院の玄関先で、病院の建物を見上げて、呟く真北。
十五年間の重みを感じながらも、その心は、なぜか、晴れ晴れとしていた。嬉しそうな顔で病院を後にする真北だった。



真子は、自宅の部屋でぐっすり眠っていた。まさちんは、真子の様子をそっと伺い、階下に下りていった。リビングには、真北とくまはち、そして、むかいんが座り深刻な表情をしている。

「お疲れの様子です。ぐっすり眠ってます」
「そりゃ、そうだろうな。連日、組関係の事ばかり…。
 こっちに来て、休む暇もないよな…」
「その…医者の方は、どうでしたか?」
「早めに連れてこいと言われたよ」

まさちんは、真北の頬が青く腫れている事に気が付いた。

「真北さん…頬…」
「ん? あぁ、これか。…あいつ、思いっきりぶん殴りやがった。
 医者が怪我人作るって、ほんと、厄介な医者だな」
「確か…水木さんたちとも親しくしておられるんですよね?」
「その水木が恐れてる外科医だよ」
「真北さんを恐れない程だから……そうなるのか」
「……まさちん、何が言いたい??」

真北の鋭い眼光が、まさちんを射る………。
まさちん、硬直。

「そうだなぁ。暫くは、組の仕事から遠ざけるか。組長には、
 学校の方に力を入れてもらうことになるからなぁ。
 いいな、お前ら。真北ちさと、中学二年生だぞ。
 それを絶対に忘れるな。そして、まさちん」
「はっ」
「お前が組長の代行として、がんばってくれよ」
「心得ております」

厳しい態度で命令する真北に、素早く応えるまさちんだった。

「九月からの予定だったけど、もう少し遅れそうだな…」

真北の表情が、急に和らいだ。

「遅れるとは?」

まさちんが、尋ねた。

「ぺんこうの手続きが遅れてしまったんだよ。あの学校で働いている教師を一人、
 別のところへ転任させないと、いけなくてなぁ。なかなか転任先が
 見つからなかっただけなんだけどな…」
「そのことは、組長には?」
「内緒にしてある。組長は、ぺんこうが大阪に来てること知らないから。
 東京で働いていると思ってるからなぁ」
「そんなこと知ったら、組長、怒りますよ」

むかいんが言った。

「仕方ないよ…」

しばらく沈黙が続いた。

「組長は、遅れた分、取り戻さないといけないしなぁ。俺は、夜しか勉強を
 見ることできないけど、昼間は、どうする? むかいん、できるか?」
「はい。中学生程度なら、少しは大丈夫です。これでも高卒ですし…」
「じゃぁ、頼んだよ。まさちんは、組の仕事をよろしくな。くまはちは、ビルの件、
 よろしく」
「はっ」

むかいん、まさちん、くまはちが、それぞれ力強く返事をした。



次の日。真子が目を覚ました。寝ぼけ眼で時計を観た。

「なんだぁ、まだ六時かぁ〜……って、ネコ逆立ちしてたっけ…????
 …あぁっぁぁぁぁっ!!!」

真子は、慌てて飛び起きる。
時計は、午後の十二時を廻っていたのだった。真子の叫び声で階下に居たむかいんが、真子の部屋へ駆け込んだ。

「組長、何かございましたか!!!」
「ん? あーむかいん…おはよぉ…じゃなくて、こんにちはぁ。…まさちんは?」
「まさちんは、仕事に出かけてます」
「私をおいて?」
「真北さんからの指示で、組長は勉学に励むようにと。本日から、組の仕事は、
 まさちんが代行することになってます」
「ふ〜ん。それで、私は、昼のこんな時間まで寝ていたわけなんだ。
 だぁれも起こしてくれなかったんだぁ」
「真北さんも、くまはちも、出ております。ということで、組長の勉強は、
 私がみることになってます」
「勉強は、いいよ。本部にいるとき、真北さんに教科書は全て最後まで
 教えてもらったし。頭の中に入ってるし。それより、むかいんに教えて
 もらいたいことがあるんだけどぉ〜」

真子は、上目遣いでむかいんを観ていた。

「な、何でしょうか…??」

なぜか、恐る恐る尋ねるむかいん…真子のお願いとは………



「もう少し、塩を…」
「はい、先生」

真子は、ネコがでっかく描かれたエプロンを着て、台所に立っていた。その横には、むかいんが、真子に何かを教えていた。

「こんな感じ?」
「ばっちりです。組長、素質あります」
「むかいんの教え方がいいんだって」

真子は、むかいん直々に料理を教わっていた。むかいんは、真子が料理に興味があることは感づいていたが、まさか、自分に教えて欲しいと言ってくるとは、考えていなかった。
この日から、真子は、毎日むかいんに料理を教わっていた。もちろん、買い物にも一緒に出かけ、スーパーでは、時々、近所のおばさんと出逢い、一緒に帰ってくる。
ちょっぴり楽しい時間。
真子は、嬉しかった。

そんなこんなで、八月も終わり、世間で言う夏休み最後の日。
ぺんこうが、大阪へやって来た。

「大阪かぁ。…嫌な思い出…あるけど…しゃぁないかぁ」

ぺんこうは、ビルとビルの間に少し見える青空を見上げていた。


その頃、同じように青空を見上げていたのは、真子とまさちんだった。二人は、河川敷の土手に腰を下ろしていた。

「清々しい青空だねぇ」
「はい。…組長、もうすぐですね、学校」
「そうだねぇ。なんか、ドキドキするよ」
「楽しんでくださいね」
「うん……ありがと」

真子は、少し寂しそうな顔をしていた。まさちんは、そんな真子を見逃さない。

「組長、どうされました?」
「ん? あぁ。ぺんこう、どうしてるかなぁと思って。あれから、連絡取ってないし…。
 ちゃんと先生してるかなぁ。一度でいいから、ぺんこうの生徒になりたかった」
「……チャンスはありますよ」
「あるかなぁ」
「はい。ぺんこう、元気にしてますよ。便りのないのは、よい知らせとも言いますから」
「まさちん」
「はい」
「…なにそれ…。まさちん、時々、変な言葉言うけど…」
「そうですか?」
「うん」

まさちんは、真子の言葉に悩んでしまった。
自分は普通だと思っていただけに……。

普通じゃないか…。

「そろそろ帰りましょうか」
「そだね。…まさちん」
「何でしょうか」
「大阪にも、こんなに素敵な場所があったんだね。また、来たいなぁ」
「組長。…いつでも言って下さい」

まさちんは、真子に微笑む。真子は、それに応えるように素敵な笑顔を見せた。

「帰るよ!」
「はい」

まさちんと真子は、車に乗って、帰路に就いた。
そして、真子が、学校に通う日が来た……。



「今日から、体育の担当をすることになった、山本だ」

真子が、転入したその日の五時間目に体育の教師として、転任してきたのは、なんと、ぺんこうだった。真子は、そんなことを全く知らなかっただけに、驚きと同時に、なぜか嬉しかった。



「組長、今頃、驚いているでしょうね」
「そうだなぁ。内緒だったしね。ま、プレゼントということで、いいんじゃないかぁ」
「プレゼントですか」
「ふふふ」

まさちんと真北が、真子が通う学校に向かう車の中で、そんな会話をしていた。
まさちんと真北が、なぜ、真子を迎えに学校へ向かっているのか……。



(2005.6.25 第一部 第十一話 UP)



Next story (第一部 第十二話)



組員サイド任侠物語〜「第一部 絆の矛先」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.