任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十二話 迫る魔の手に…

真北とまさちんが乗った車が、とある中学校の前に停まった。

「ちょっと早すぎたかな…」

そう言って、真北は姿勢を崩す。

「生徒さんは帰宅してますよ。もしかしたら、組長…」
「それは無い」

短く応えて、真北は目を瞑る。

ったく……。

ふと、学校の中を見つめるまさちん。その表情が綻ぶ。
その瞬間、真北が目を開けた。

「早速、友達が出来たんだな、真子ちゃんは」

真北が見つめる先は、転入したばかりのこの日に、同じ年頃の女生徒と歩いてくる真子の姿。真北の表情は、まさちんよりも綻んでしまった。
二人は、車から降り、真子が気付き近づいてくるのを待っていた………が、真子と一緒に歩いてきた女生徒が、指を差している。それと同時に真子が振り返る。

「くーーーー」
「あーーーー」

まさちんの言葉を遮るかのように、真子が叫ぶ。

こら、まさちん、何を言おうとしたんだよっ! 禁句だろうがっ。
すみません…その……。
…あっ……俺が父で、お前が兄な。
はぁ?!

と二人がこそこそと話しているうちに、真子と並ぶ女生徒が声を掛けてきた。

「初めまして。野村です。真北さんと同じクラスになりました」
「こんにちは、兄の政樹です」
「父です。娘をよろしく!」

野村に釣られたように、まさちんと真北は、明るい声で挨拶をした。
それには、真子は、ずっこけた………。



車の中。
後部座席に座る真子が、前の座席に座る真北に問いただす。

「どういうこと? 真北さんが、父。それはいいとして、まさちんがお兄さんで、
 ぺんこうが、この学校の先生なの? びっくりしたよ。
 なんの予告もなく体育の先生で、やってくるんだもん」

矢継ぎ早に話す真子に、真北は微笑みながら応えた。

「ぺんこうの希望ですよ。学校内までは、私達お守りできませんから。
 私がお守りしたら、それこそ『阿山真子』を名のっているようなものですし」
「中学二年生の真北ちさとが、どうして、阿山組の組長って、わかるのよ。
 何の為に、偽名を使っているの? ったくぅ〜」
「申し訳、ございません」

なぜか誤るまさちん。

「まさちんは、全然悪くないよ。あぁ、学校ぐらいは、普通の女の子として、
 過ごせると思ったのになぁ」

真子は、ため息を付いていた。

「んで、真北さん……本当に、行くの?」
「行きますよ。もう、逃げることできませんから。これ以上、遅くなりますと、
 組長だけでなく、この私が、あいつに怒られますから」
「あいつって?」

真子は、かわいらしく首を傾げる。それでも真北は微笑んでいるだけだった。





「待ってたで。お嬢ちゃんが、真子ちゃんやね。初めまして。
 噂はこいつからたくさん聞いとるで。そこに座ってや」
「ど、どうも」

真子は、橋総合病院に来ていた…というより、真北に強引に連れてこられたと言う方が、正しいかもしれない。初めて橋に逢った真子は、橋の口調に驚きながらも、側にあった椅子に座りこんだ。

「組長、こいつは、良くしゃべりますので、気を付けて下さい」
「なんやその言葉。まるで、わしが、真子ちゃんをいじめるみたいやないか」
「そんなこと言ってない。早くしろ。組長は忙しいんだぞ」
「わかっとるわい。ええやないか。わしは、真子ちゃんとたくさん喋りたいねん」
「あのう、早くしてください。私、…医者が嫌いなんです」

やっとの思いで、橋と真北の会話に入った真子が口にした言葉に、橋は、驚いた。そして、悲しそうに、

「そんなんいわんとって。わし、悲しいやんか」
「あっ、いや、その…その…。すいません」

真子は、自分が口にした言葉に対して反省する……。

「そんなに恐縮せんでええって。なぁ、真北」

と言いながら真北に振り返るが、真子を見つめる真北は気の抜けた表情をしていた。

あらら? 真北のこの表情…健在…か。

真北の表情を見つめる橋の眼差しはとても暖かい。

「さてと。真子ちゃん、診察するけど……」
「はい。お願いします」

真子は飛びっきりの笑顔を見せて、元気よく返事をした。


精密検査終了。
橋が、カルテを見ながら真北と話していた。その横で、真子とまさちんがじゃれ合っていた。横目で、その様子を見ていた橋は、真北にそっと告げる。

「とにかく、回復に向かっとる。右腕も前みたいに動くよ」
「そうか。よかったよ」
「それより、なんかスポーツでもしとるんか?真子ちゃん、見た目は、かよわそうやけど、
 筋力が、発達してるし。たぶん、人並み外れた回復力持ってるはずや。
 …で、あの二人は、何じゃれあってるねん」
「いつものことだよ」

橋は、真北が、父親のような言い方をしたのに対し、少し微笑んだ。

「安心した」
「ん? 何が?」

真北には、橋の『安心した』の言葉に含まれる意味を理解できなかった。

「なんでもあらへん。真子ちゃん、もう、ここに来なくてええからね。
 いつものように暮らしとったらええから。腕も動くようになるし」
「ほんと? よかった。じゃ、帰ろっか」

素っ気ない返事に、

「でも、たまにはわしに逢いにきてんか?」

と、橋は、素敵な笑顔で言う。

「えっ……考えおきます。今日はありがとうございました」
「またな。あんまり無理するなよ。医者が倒れたら笑われるぞ」

真子に続いて、真北が言った。

「大丈夫やて。わしの体力知っとるやろ。お前こそ無理すんなよ」

真北は、後ろ向きで橋に手を振った。橋は、ドアが閉まるまで見送っていた。

「しかし、あいつに何があったんやろ。やくざなんかに…」

橋は、真北との連絡が途絶えていた十五年間のことが気がかりだった。
よく遊んだ頃と同じような笑顔をする反面、何か陰があるような表情をする。
十五年という長いような短い年月は、お互いの溝を埋めるのは、たやすい事ではないような気がしてならなかった。
急患のランプが点灯し、橋は、白衣を着替えて事務所を出て行く……。





「真北さん、あのお医者さんとどういう関係なの?」
「親友ですよ」
「親友?」
「えぇ。幼なじみと言った方が早いですね。ここしばらく連絡取って
 いなかったんですが、組長のその肩の傷を気にしていたまさが、
 なんと橋を紹介してくれたんですよ」
「そう言えば、まささん、医者を目指していたんだもんね」
「橋のことを知っていたとは、驚きましたよ」
「世間は、広いようで、狭いね、まさちん」
「組長?」

まさちんは、怪訝そうな顔で真子を呼ぶ。

「組長も、変な言葉、使ってますよ…」
「へ、変?!」
「えぇ」

真子は、まさちんの言葉に悩んでしまう。その様子を見た真北は、笑っていた。まさちんもなぜか、笑い出す。

「ちょっと、何がおかしいのよぉ!!もう!」

出た。真子の得意とするふくれっ面!!
そんな感じで、家に着いた真子達だった。




「むかいん、行って来るね!」

次の日の朝。真子は、むかいんお手製の豪華なお弁当を持って、学校へ向かっていった。

「お気をつけて!」

真子が出かけて、直ぐに、くまはちが、家を出て行く。くまはちは、真子に気づかれないように後を付けていた。
もちろん、影でのボディーガード。




「せ・ん・せ・い・、ずるはだめだよ。ばればれ」

授業が終わった後、引き上げるぺんこうに真子が言った。真子とぺんこうは、二人がやって来たその日から、毎回のように体育の授業で繰り広げられるグランド五周の競争。生徒達が走った後、真子とぺんこうが、同時に出発。どちらが先に五周を走り終えるか…。負けた方が腕立て五十回。
毎回、ぺんこうが負けている…というより、負けてあげているようだった。
そんなぺんこうの行動に気が付いているような感じで真子が話しかけていた。

「…本気を出したら、真北さんが、更に強くなります。でも、私は、いつでも
 本気ですよ。日に日に力をつけていますね。安心しました」

ぺんこうは、優しい微笑みを真子に送る。真子は、そんなぺんこうの微笑みに応えるように笑顔を送り、そして、言った。

「ありがと。これからも、よろしくね。…実は、うれしいんだ。
 また、ぺんこうとこうして過ごせるから」
「組長、校内では、先生と呼んで下さい。わかりましたね」
「はい、先生。先生も、校内では、真北と呼んで下さい」

真子の微笑みに、ぺんこうは安心していた。

「明日も負けないからね、先生」
「私こそ、負けませんよ!」

二人は、微笑んで、それぞれの場所に向かった。
この二人の競争は、生徒の間だけでなく、職員の中でも話題になっているのだが……。








阿山組本部・山中の部屋。
いつにない、深刻な表情で山中がソファに腰を掛けていた。そこへ、北野がやって来る。

「山中さん、やつらの動きが停まりました」
「諦めたのか?」
「わかりません。ただ、気になるのが、本部に殴り込んできた
 奴らの姿が、消えていることです。もしかしたら、大阪に…」
「えいぞうに連絡しろ」
「御意」

真子が大阪に発った後から、本部の周りで見掛ける不振な男が気になっている山中。
もしかしたら…。
という考えから、敵の動きには、いつも以上に敏感になっていた。

北野から連絡を受けたえいぞうは、すぐさま、真北とまさちんに連絡を入れる。

しかし、それは、既に遅かった。

敵の男達は、真子が通う学校に目星を付けていた。



まさちんは、眉間にしわを寄せて受話器を置いた。

遅すぎるんだよ…。

項垂れるまさちん。
本部からの連絡で、阿山組四代目の命を狙った輩が、真子だけでなく、本部にも仕掛けてきたとの連絡だった。その時の男達の言葉を聞き逃さなかった山中が、まさちんに連絡を入れたが、その時には既に、真子は登校した後だった。今から追いかけても、真子に追いつかない。
考えた挙げ句、

「仕方ないか…」

まさちんはそう呟いて、受話器を手に取った。

「もしもし、真北と申しますが、山本芯先生をお願いします」
『お待ち下さい』
『…お電話変わりました…。なんだ、まさちんかよ』

受話器の向こうでは、よそ行き声から急に嫌気のさした声に変わったぺんこうが出た。

「急に声を変えるなよ」
『真北さんかと思ったんだよ』
「…悪かったな。んで、言っていた通りのことが起こったよ」
『まさか、奴ら、組長の居所を?』
「恐らく、今日辺り、来るかもしれない」
『わかった。帰りは、一緒に』
「校内は?」
『あいつらも、もう懲りてるよ。学校内には来ないさ。兎に角、お前も、
 帰る時間には、来てくれ。今日は、くまはち、いないだろ?』
「あぁ。そうするよ。じゃぁ、頼んだよ」
『組長は?』
「…遅刻するかもなぁ。ぎりぎりで走って行った」

ぺんこうは、笑っていた。

「そうかぁ。もう少し早く起こしてあげろ」
『すぐ起きるなら、苦労しないよ』
「そうだよな。その苦労、俺もわかるよ」
『なら、何も言うな』

ぺんこうは、受話器を置き、職員室の窓から、校門を見下ろす。
少しどんよりとした空模様。今にも泣き出しそうな空の下。
真子は、なんとか遅刻せずに、登校してきた。何事もなく、無事に校門を通った真子を見届けたぺんこうは、安心していた。
教師・山本は、校門からかなり離れた所には、昨日、真子とぺんこうの横をゆっくりと通り過ぎたドアミラーが割れた車が停まっていることに気が付いていなかったのだ……。


雨が降り出した。
その日の体育の授業は、教室での自習となった。生徒達は、好き勝手に時間を過ごしていた。
真子は、なにやら真剣に取り組んでいる様子。教壇で生徒達を見守っていたぺんこうは、そっと真子に近づいた。真子が机に広げているのは、国語の教科書。ぺんこうは、勉学に励んでいる真子を観て、嬉しそうな顔をしていたが……真子は、教科書を広げているだけで、膝の上には、別のものが広げられていた。

「有名中華料理店…。家庭科のお勉強ですか? それにしても、机の上には、
 国語の教科書…。真北さんは、器用ですね」

ぺんこうは、真剣に勉強している真子の耳元でそっと言った。

「びっくりしたぁ。先生、急に声をかけないでください」
「真剣に勉強していると思ったら…」
「真剣だよ。一階は大体決まったんだけど、二階と三階は何がいいのか…
 飲食店がいいと思ったんだけどね…。なかなかいい店が見つからないんだぁ」
「…そうですかぁ。しかし、真北さん、学校では、組の仕事は控えてください…」
「…ばれた?」
「えぇ」

ぺんこうは、真子を睨んでいた。しかし、その睨みには、優しさが含まれている。ぺんこうは、真子の横の席に座り、真子に椅子を引き寄せた。そして、国語の解らないところを教えているような格好で真子にそっと言った。

「阿山真子を探している例のやくざが、この辺りに居るそうです。
 もしもの事を考えて、しばらくの間は、私から離れないで下さいね」
「まさちんは?」
「来るように言ってます。それまでは、私が御一緒致しますので、
 帰りには、ちゃんと職員室に寄って下さいね」
「はい。ありがとう、先生」
「また、解らないところがあったら、言ってくださいね」
「はい」

ぺんこうは、席を立ち、教壇に向かって行った。そして、四時間目授業終了のチャイムが鳴る。教室を去っていくぺんこうは、鞄から嬉しそうにお弁当を出す真子に目をやった。

今日も、笑顔ですね。

フッと笑みを浮かべて、ぺんこうは職員室へと向かっていった。



午後からは、更に雨が強く降っていた。終礼も終わり、生徒達は帰宅する。そんな中、真子は担任の先生に近づいた。

「先生、山本先生に伝言お願いできますか?」
「あぁ、できるよ。しかし、今日は残念だったなぁ。真北さんと山本先生の競争。
 楽しみにしていたのになぁ。今日こそ、山本先生が勝つと思っていたんだけど。
 あっ、伝言は?」
「お先に帰ります、だけですが…」
「何か用事だったのか?」
「帰りに寄るように言われていたんですけど、野村さんと帰りますので。
 お願いいたします」
「わかりました。気を付けて」
「さようなら」

真子は、担任に元気に笑顔で挨拶をして、友達の野村と教室を出ていった。
傘を差し、学校の中庭を通って、校門のところで真子と野村は立ち話を始めた。


職員室では、ぺんこうが真子を待っていた。

校門から少し離れたところに停めている車。その車から、鋭い視線が六つ、校門に注がれていた。激しい雨の中、校門の所で真子と野村は、立ち話をしている姿を捕らえていた。
その横を三人の女生徒が通り過ぎ、

「あれ? あの車、朝も停まってたよね」
「人、乗ってるで」

女生徒達は、顔を見合わせて再び学校に戻っていった。


「強くなってきたね」
「帰ろっか。しかし、よう降る雨やなぁ。気ぃつけて帰りぃな!」
「野村さんもね」

真子と野村は、手を振って別れた頃、先ほどの女生徒達が職員室に入ってきた。そして、真子の担任に車のことを話し始める。

「朝からやで。朝礼で言ってた礼のやくざちゃうかなぁ」

ぺんこうが、真子の担任の側を通りかかると、担任は、ぺんこうに話しかけてきた。

「山本先生、真北さんが、お先にと言ってましたよ」
「本当ですか? ったく、困ったなぁ」
「だから、先生、車!」

女生徒は、担任を窓に引っ張って来た。そして、職員室から、校門を見下ろす。校門に面した校舎の二階に職員室があるため、校門を一望できるのだった。男三人が、車から降りて来て、真子を囲んでいた。



「よぉ、お嬢ちゃん、探したでぇ。まさか、こんなところで、それも、『真北』と
 名のっていたなんでなぁ。おじさん達、わからんかったで」
「なんですか? あなた達は」
「あれ?? 忘れたのかな? ……くっくっく…思い出させてやろうか?」

一人の男が、そう言い終わると同時に真子の腹部に蹴りを三回素早く入れる。真子は、防御すら出来ず、まともに食らってしまった。


「うそ! なんで?」
「きゃぁ〜!!!」

職員室の窓から、真子と男達の様子を見ていた女生徒達、そして、さよならと手を振って別れた野村が、ふと振り返って悲鳴を上げていた。
真子は、髪の毛を引っ張られ、壁に放り投げられた。頭を強く打った真子は、額から血を流し、その場に座り込む。

「真北!!」

担任の叫び声に反応したのは、ぺんこうだった。ぺんこうは、窓に駆け寄り、見下ろした。

「く、組長! くそっ、あいつら!!」

ぺんこうは、窓に駆け寄る先生達を押しのけて、勢い良く職員室を出ていった。廊下を走るぺんこう。

「…今、組長って…?」
「それより、警察!!!!」

担任が、受話器に手をかけた。


男達の容赦ない蹴りに、真子は、ぐったりしていた。真子の口元から血が流れ、雨に濡れた地面は、赤く染まっていく……。真子の周りに人だかりが出来ていた。
その人だかりを押しのけて、ぺんこうが前に出てきた。
真子が、顔を上げる。
何かを言おうとしているぺんこうに気が付いた真子は、目で訴えた。

『今は、先生と生徒だ。私は、真北ちさとだ』

「お前達、俺の生徒に何をしている!!」

ぺんこうは、真子の言いたいことを察し、そう叫んだ。男達は、ぺんこうの声で、真子への暴行を止め、ぺんこうを睨み上げる。
一人の男が不気味に微笑み、真子の襟首を掴んで前に差し出した。
真子は、せき込み血を吐き出す。
男が手を放すと、真子はその場に力無く倒れてしまった。

「真北! 真北! しっかりしろ、真北!」

ぺんこうが真子に駆け寄って声を掛けた。

「あくまでも、こいつを真北と呼ぶのか? 山本芯さんよぉ」
「この子は、真北だ。俺の生徒の真北だ!」
「ふん。ちょうどいい。お前達二人ともあの世へ送ってやるよ。
 あの時に殺り損ねたからなぁ」

男は、懐から銃を取り出し、真子とぺんこうに向けた。
見物人達が、銃を観て、悲鳴を上げ、後ずさりし始めた。




「途中で逢うと思ったんだけど、組長は、ぺんこうを待っているのかなぁ。
 ……ん?なんだ?あのひとだかりは」

のんきな顔をして、真子を迎えに、学校近くまで歩いてきたまさちんは、人だかりが気になっていた。その人だかりが、徐々に後ろにさがり、人と人の間に隙間が出来た。その人だかりに近づいたまさちんは、中心で起こっている光景を見て、怒りがこみ上げる。
その中心には、真子をかばうぺんこうがいる。
真子は、血だらけになっている。そして、その二人に、銃を向けている男達。
まさちんは、人だかりをかき分け、中へ割って入った時、サイレンの音が響きわったった。

「またかよ! 次は無いと思え!!」

捨て台詞とともに、銃を懐にしまい込み、車に乗って素早く去っていった男達。到着したパトカーのうち一台が、その車に気が付き、追いかけていった。

野次馬は散った。

「組長!」

まさちんが駆け寄ってきた。

「止まらない、止まらないよ、まさちん、どうしよう」

真子の流れる血を止めようと必死になっているぺんこうは、冷静さを失っていた。
そんなぺんこうに怒鳴りつけるまさちん。

「しっかりしろ! 大丈夫だ。組長は、大丈夫だ。救急車はまだか! 早くしろ!!」

ぺんこうは、真子の傷口を押さえる。その手は、真っ赤に染まっていく。
激しい雨が、真子の血を洗い流していた。
まさちんも真子の傷口を押さえる。

「組長、組長」

その手を力無く掴んだのは、真子だった。

「組…長じゃ、……ない…。……ま、北ちさ……と…」

真子はか細い声で言った。そんな真子の言葉に驚く二人。

「ま…き……た…」

ぺんこうが、そう言って、真子の目を見た。
真子は、別の所に目線を送っていた。
哀しく微笑む真子は、気を失う。雨に濡れているのに、真子の頬を涙が流れるのが、はっきりと解った。
ぺんこうは、真子の目線の先を見る。そこには、真北が立っていた。

「真北さん……」

真北の顔は曇っていた。しかし、その目には、怒りが込められていた。



救急車が到着し、酸素マスクを付けられた真子が、運び込まれる。まさちんと真北が同乗した。ドアが閉まり救急車が出発した。救急車を見送るぺんこうと野村。

「……大丈夫だよね、真北さん、大丈夫だよね」
「大丈夫だよ。真北は、強いから、大丈夫だ」

哀しむ野村の頭を優しく撫でるぺんこう。その眼差しは、何かを決心したような鋭いものへと変わっていく。


救急車の中では、真子への応急処置が必死で行われていた。まさちんは、真子の手を握りしめていた。

「真北さん、申し訳ございませんでした」

まさちんが、真子を心配そうに見つめながら言った。

「気にするな」
「しかし」
「橋総合病院に向かいます。他の病院では無理のようです」

救急隊員が、まさちんと真北の会話に割り込むように言った。

「丁度よかった。俺の知り合いが橋総合病院にいる。急いでくれ。
 あっ、連絡は、俺が取りますので、無線を貸して下さい」

真北は慣れた手つきで、救急車の無線を貸り、橋総合病院と連絡を取り始めた。

組長……。

まさちんは、真子の手を力強く握りしめて、自分の額に当てていた。
まるで、何かに祈っているように……。



あれ程激しく降っていた雨が、嘘のように上がった。
中学校前では、現場検証が行われている。ぺんこうは、事情聴取を受けていた。

「では、容疑者は、阿山真子と間違えて、真北ちさとさんを襲ったというんですね?」
「はい。真北は、無抵抗のまま…。刑事さん、阿山真子とは一体、どういう人
 なんですか? そんなに真北に似ているのですか?」

ぺんこうは、真剣な眼差しで演技をしていた。

「阿山真子は、東京にある巨大組織・阿山組の組長の娘だよ。
 恐らく、容疑者は、阿山組と敵対する組の者だろうな」
「…やくざの娘ですか?」
「そうですな。…先生、ありがとうございました。真北さんは、橋総合病院に
 運ばれたそうだから。お送り致しますよ」
「お願いします」

ぺんこうは、刑事の前で、演技し続けている。
真子がか弱い声で言った『私は、真北ちさと』。それなら、自分は、『教師・山本』なのだ。
ぺんこうは、刑事に軽く会釈をし、真子の血で汚れたまま、パトカーに乗り込み、橋総合病院に送ってもらった。



「ありがとうございました」

ぺんこうは、パトカーから降り、急いで手術室へ向かっていく。

手術中のランプが点灯している下で、まさちんが、怒りを抑えきれずに壁に拳を叩き付けた。

「くそっ!」
「落ち着け、まさちん」

椅子に座って落ち着いている真北が、静かに言う。

「落ち着いてられませんよ。ぺんこうが付いていながら、こんなことになるなんて。
 ぺんこうの奴、冷静さを失っていたし。任せてられないじゃありませんか!」

興奮しているまさちんは、廊下を走ってくるぺんこうに気が付き、殴りかかった。

「今は、そんなことしてる場合じゃないだろ! よく考えろ!
 冷静さを失ってるのは、まさちんだろ!」

まさちんの拳を止めた真北が、静かに叫ぶ。

「……くそっ!」

懸命に怒りを堪えているまさちんは、再び壁に拳をぶつけた。



橋総合病院・ICU。
真子はたくさんの機械に囲まれて眠っていた。ガラス越しに真子の様子を見ている真北、まさちん、そして、ぺんこう。そのぺんこうの拳は、血の気が引くほど、力強く握りしめられていた。

「いいか…、報復はするなよ。相手は解ってるだろうが、絶対に、するなよ…。
 ぺんこうの話だと、うまくいけば、人違いで襲われたことになる。…まさちん、
 わかったな?」

まさちんは、何も応えない。ぺんこうは、突然、踵を返した。

「ぺんこう、どうした?」

真北が呼びかける。

「……私は、教師ですから。教師の仕事があります」

そう言いながら去っていくぺんこうの後ろ姿は、教師ではなく、やくざの雰囲気を醸し出していた。

「……ぺんこう……」

真北は、これからのぺんこうを心配していた。

「…まさちん、あとは、よろしくな」
「どちらへ?」
「俺の仕事がある」
「…真北さん。報復はいけませんよ」
「…あぁ。わかってるよ」

まさちんの問いかけに、苦笑いを見せた真北も去っていった。
真北という男。
この男の本業を知っているのは、ごくわずか。
もちろん、まさちんは知らない人物の一人だった。



真子の通っている学校。そこでは、真子が襲われた事件に対しての職員会議が開かれていた。
やくざ風の男達が捜し回っていた『阿山真子』のこと、そして、阿山真子に似たという『真北ちさと』の事。何か手を打つことはできなかったのか、それぞれが意見を述べていた。
そして話は、ぺんこうが真子を助けに行った時に言った『組長』の言葉に集中していた。
責められるぺんこうは、何も言わず、ただ、目を瞑ってうつむいている。その時、校長が口を挟んだ。

「今は、そのような事で言い争っている場合ではありませんよ。今後、このような
 事件が起こらないように生徒達を見守っていくことを心がけて下さい。
 今日はこれまで。遅くまでお疲れさまでした。…山本先生、ちょっと……」

ぺんこうは、校長に呼ばれ、校長室へ入っていく。


席に着いた校長の前に立つぺんこうに、校長が、ゆっくりと口を開いた。

「……本当のことを…言って下さい」

校長は、ぺんこうをじっと見つめていた。

「何度も申してますように、真北は人違いで襲われただけなんですよ」

ぺんこうの言葉を聞きながら、校長は、机の引き出しを開け、

「実は、真北くん、そして、山本先生が来られる一ヶ月前、
 このような手紙をもらったんですが…」

机の引き出しから、一枚の紙切れを取り出す。
ぺんこうに差し出されたその紙切れは、真子と真北が挨拶に訪れたときに見ていた物だった。それを見たぺんこうは、目を見開いて驚いていた。

「こ、これは……」
「今回の事件で、よくわかったよ。この手紙をもらった時は、信じていなかった。
 何かのいたずらだと思っていたんですよ。真北くんを見ていると、やくざには、
 見えなかったのでね。…山本先生、話してくれますね」

校長の言葉で、ぺんこうは、重い口を開いた。

「確かに、真北ちさとは、阿山組五代目組長・阿山真子です。
 そして、私は、その…組員です」

ぺんこうは、優しい眼差しで話を続けた。

「組長は、幼い頃、命を狙われました。そのため学校に行くことさえ
 許してもらえず、家に閉じこもった生活がつづいてました。その組長が、
 学校に行きたいと…。だけど……」

ぺんこうの脳裏に、真子の寂しげな表情が過ぎった。

「……また、命を狙われるかもしれない…。そんな組長が安全に楽しく
 普通の女の子として学校に通うには仕方がなかったことなのです」

校長は、ぺんこうの話に耳を傾けている。

「……我々やくざは、命のことなど、なんとも思ってませんでした。
 親分のために命を張る…当たり前のことです」

一息ついたぺんこう。

「だけど組長は、違った。自分の命を大切にしろと…やくざも人なんだから…。
 命を粗末にするなと…」

ぺんこうの目が潤み始める。

「我々やくざは、それぞれ、思うとおりにいかなくて、道を外したものが多いです。
 しかし、そんなやくざな我々にも夢があります。私は、教師になることだった。
 そんな私の夢を実現させてくれたのが組長なんです。そんな組長にも夢が
 あります……。普通の暮らしがしたい…。同じ歳の友達と楽しく過ごしたい。
 それまで、やくざの娘として扱われていた組長ですが、同じ年頃の子供達と
 変わらないんです。…そんな組長を…普通の女の子として過ごさせてあげたい。
 …だけど…、だけど…」

言葉を詰まらせるぺんこうは、俯いてしまった。

「…人違いで、こんな事件が起こったんですね」

校長が、静かに言った。
俯いていたぺんこうは、校長の言葉に驚き、顔を上げた。
校長は、微笑んでいた。

「校長先生……」
「早く元気な顔をみせて欲しいですね、真北くんには。あの笑顔を見ないと、
 落ち着きませんよ」
「…ありがとうございます!」

ぺんこうは、深々と頭を下げていた。

「…素敵な組長さんですね。私は、やくざのイメージが変わりましたよ。
 それに、山本先生も、やくざには、見えませんね」

その言葉にぺんこうは、

「…教師ですから」

素敵な笑顔で言い切った。
校長室の重々しい雰囲気は、一変する。
校長は、紙切れをそっと机の引き出しにしまい込み、鍵をかけた。


ぺんこうは、俯き加減で帰路に就いていた。
真子を守るためにいろいろな手を使って、真子が通う学校に赴任してきたというのに、守りきれなかった。
目の前で起こった惨事を、止めることさえできなかった。

一体、自分は、何のために教師になったのか……。

ぺんこうは悩んでいた。気が付くと、涙が頬を伝っていた……。



まさちんは、一睡もせず、真子に付き添っていた。ICUのガラス越しに見える真子の痛々しい姿を見て、心が痛かった。

やっとの思いで真子の願いが叶ったというのに、
なぜ、また、それも本部から離れたこの大阪で…。
そして、真子のことが、なぜ、ばれてしまったのか…。

まさちんは、頭に浮かんだ考えをすぐさま、消し去った。

裏切り……。

阿山組組員が、そんなことをするわけがない…。
真子が大切に思っている組員が……。



(2005.7.2 第一部 第十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
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