任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十三話 標的が変わり、能力が現れた!

橋総合病院・ICU前。
一人の男が、ガラスの向こうに眠る一人の少女を見つめていた。

組長……。

大きく息を吐き、頭を抱えた男・まさちん。
ガラスの向こうには、自分の夢の為に過ごし始めた矢先の出来事で、未だに意識を回復していない真子が、眠っていた。
まさちんの脳裏に過ぎる、真子の哀しい表情。
初めて逢った時よりも、その表情は哀しく感じた。
なのに……。

「まさちん、一睡もしてないだろ?」

その声に、顔を上げ、振り返る。
そこには、真子の様子を伺いにやって来た真北が立っていた。
阿山真子襲撃事件の日からずっと、ICU前に居座っているまさちん。なのに、真北を見つめる表情には、疲れが見えなかった。

「ふっ…大丈夫って面だな。だけど、あまり無理するなよ」

まさちんの隣に立つ真北は、まさちんと同じように、ガラスの向こうに目をやった。

「組長は、今日にでも一般病棟に移るだろうよ。
 容態もだいぶ安定してきたみたいだしな」
「一般病棟? まだ、意識も戻っていないのに?」
「ん? あぁ。ICUから出るだけだ。……橋に頼んで、個室にしてもらってるよ。
 …万が一のことがあったら、それこそ、組長が、精神的に参ってしまうからな」
「そうですね…」

まさちんの声は沈んでいた。そんなまさちんに、真北が静かに言った。

「…真北ちさとだと言い張ったんだってな」
「えぇ。驚きました…。あの状況でそのような事を考えていたなんて…。
 俺も、ぺんこうも組長として接していました…。……まだまだ未熟ですね」
「…そうだな。だがな、これからだよ」
「そうですね…」

まさちんの心は、ここにあらず。恐らく、真子の側に飛ばしているのだろう。そのまさちんを引き留めるかのように、真北が呼ぶ。

「まさちん」

しかし、まさちんの意識は、真子の所では無かった。

「……あいつらは?」
「あれ以来姿を見せないな。ほとぼりが冷めるのを待ってるだけだろう。
 気を付けろよ」
「わかってます」

まさちんは、静かに応えた。
真北は、まさちんの横に座る。そして、ポケットから、缶コーヒーを二つ取り出し、そのうちの一つをまさちんに渡した。
まさちんは、それを静かに受け取り、プルトップに指を掛けた。




橋総合病院の駐車場に車が一台停まる。
その車から、三人の男と、一人の女の子が降りてきた。そして、病棟に向かって歩いていく。女の子の手には、小箱が握りしめられていた。


橋の事務室。
橋、真北、そして、まさちんが深刻な表情をして、意識を回復した真子の病状について話をしていた。安定していると言われても尚、心配顔のまさちん。それにに気が付いた橋が明るい声で言う。

「まさちん、そう心配せんでええって。退院早いと思うで」
「それが心配なんですよ。事件の後ですし…。もしかしたら、
 再び学校に通えなくなるかもしれないと思うと……」

まさちんは、真子の怪我よりも、真子が学校に通えるかを心配していた。
組長になった途端、学校側からの言葉。
もし、真子の事がばれていたら…。
そう思うと、まさちんは、真子に掛ける言葉を思いつかない。
ところが……。
ドアがノックされ、看護婦が入ってくる。

「先生、お話中、申し訳ございません。お客様です。
 真北さんの学校関係者とおっしゃってます」

廊下には、校長先生、真子の担任、真子の友達の野村、そして、ぺんこうが立っていた。野村の手には小箱が握りしめられていた。

「真北さんの具合はどうでしょうか?」

ぺんこうが、教師として橋に話しかけてくる。




まさちんは、嬉しそうな顔をして真子の病室に入ってきた。
真子は、ベッドに座って外を見ていた。まさちんに気付き、真子が笑顔で振り返った。

「まさちん、おかえり。どうだった? 橋先生、何か言ってた?」
「組長! 起きて大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫みたいだよ。歩いてみようと思ったけど、力入らなくて…。
 たいくつだよぉ」
「組長、肋骨が折れて、肺を傷つけているんですよ。出血もかなり
 酷かったんですから…」
「…なんとなく…覚えてるけど…」

真子は、怪我のショックなのか、記憶が曖昧になっていた。目が覚めたとき、自分がなぜ、病院にいるのか把握できなかったのだ。しかし、今は徐々に記憶を取り戻しているようだった。

「まさちん、何か嬉しそうな顔をしてるけど…」
「そうですか? 実は、組長、お客様が来られてますが…。よろしいでしょうか?」
「お客? うん?? 誰?」

ドアが開いて、ぺんこう達が病室に入ってきた。

「大変だったね。まさか、こんなことになるとは、誰も想像していなかったよ。
 人違いで、こんなことに……」

校長は、病室に入ってくるなり、真子にそう言った。
真子は、校長の言葉に首を傾げる。

一体どういうことになっているの…??

真子は、まさちんを見る。

大丈夫ですよ!

まさちんは、優しく微笑んで、口を動かした。
校長達が、橋の事務室を訪れ、そこで、口にした言葉。

阿山真子と間違われて、襲われたそうで…

真子の裏事情を知らない担任と、友達の野村に配慮しての事であり、これからの対応としての応えだった。

「真北さん、これ、みんなから預かって来てん」

野村が、少し照れた雰囲気で、車の中からずっと握りしめていた小箱を真子に差し出した。
真子は、それを受け取り、包装紙を取り、そして、小箱をそっと開けた。中には、ネコたちが踊るオルゴールが入っていた。真子は、嬉しそうな顔をして、オルゴールを箱から取り出す。

「真北さん、欲しがっとったやん。ネコ、好きやろ?」
「…うん。…ありがとう…うれしい」

真子は、目を潤ませながら、オルゴールのねじを回して、指を放す。
優しいメロディーとともにネコが踊り始めた。
ぺんこうは、真子の担任に話しかけられていたが、全く聞こえていないのか、真子の嬉しそうな顔をずっと眺めている。校長が、そんなぺんこうの肩を軽く叩き、

「そろそろ、帰ろうか。早く退院して元気な顔をみんなに見せてくださいね。
 山本先生との競争も楽しみにしているよ」

校長は、真子に優しく語りかける。真子は、そんな校長に答えるような素敵な笑顔を送った。

「校長先生、みなさん。ありがとうございました」

真北は深々と頭を下げ、校長達を見送りに、廊下へ出て行った。


真子は、その日は、夜遅くまで嬉しそうにオルゴールを鳴らし続けていた。

「組長、いい加減にしないと…」
「ん?」
「猫たち…疲れますよ?」

まさちんの言葉で、真子は猫を見る。
……ネコたちは、踊り疲れた様子だった……。




「……増えてるよなぁ」

かなり回復した真子は、ベッドに腰を掛けて、病室を眺めていた。
病室には、花がたくさん飾られている。真子が目を覚ますたびに増えている花。一体誰が、こんなにも飾り立てるのか…。
首を傾げている所に、病室のドアがノックされ、そして、そっと開いた。

「組長。起きておられたんですか」

それは、えいぞうだった。

「…なるほどぉ。えいぞうさんが犯人かぁ」

真子は、ぼそっと呟く。
犯人。
それは、真子の病室に花を飾り立てる人物のこと…。えいぞうは、片手に花束を持っていた。



真子の病室に、花が、増えた。

「今日はお休みなの?」
「たまにはいいでしょう」
「健からなの?」
「えぇ。少しでも心が和むようにと健が、組長に毎日のように持って行けと
 うるさくて…。もう飾るところないと言ってるのに、毎日言うんですよ」
「…どうして、健が直接来ないの?」
「…組長」

えいぞうは改まった表情で真子を呼ぶ。

「はい」
「…これ以上、傷を悪化させたいのですか?」
「へ??」
「…健は、組長を笑わそうとしますよ。…肋骨に響くと思いますが…」
「…そっか…そだね。…来なくて正解かも…」
「そうでしょ?」

真子は、軽く笑っていた。えいぞうも微笑み、そして、安心したような表情を見せた。

「お店の方はどう? お客さん来てる?」
「駅前なので、今日も忙しいですよ」
「なのに、ここに来て大丈夫なの?」
「えぇ。健ががんばってますよ」
「ふ〜ん。観てみたいなぁ。健の仕事っぷり」
「いつでもお待ちしておりますよ」
「駄目だよ。中学生が喫茶店に入り浸りなんて、まだ早いって…」
「そんなことは、ありませんよ。まさちんと来て下さい」
「お店の評判落とすよ…。まさちん、それでなくても雰囲気恐いのに」
「あの、組長、私もですけど…」
「えいぞうさんは、マスターでしょ? それでいいって。
 だけど、まさちん、どうして、いっつもあんな雰囲気なんだろう」

真子とえいぞうが、まさちんの噂話をしているからか、その頃まさちんは、自宅で大きなくしゃみをしていた。

「は………っくょぉぉぉん!」
「なんだよ、びっくりしたぁ」

くまはちが、言った。

「悪い、突然だよ。…組長とえいぞうが噂してるなぁ」
「そうだろな。この時間だと、今日もえいぞうは、花を持ってこっそりと病室に
 入っているからなぁ。えいぞうもなんでこっそりと病室に入って花を飾るんだろう」
「それは、健のいたずら心だって」

むかいんは、台所で後片付けをしながら、まさちんに話しかけた。

「まさちん、そろそろ行かないと…」
「あぁ、そうだな。くまはち、むかいん、今日はどうする?」
「俺達は、一緒に組長の見舞いに行くよ」
「まさちんは、今日は、須藤さんとこ?」
「そうだなぁ」

この、のどかな雰囲気が、突然、一変する……。


一発の銃声と同時に男達が、家の中に土足で踏み込んでくる。
その物音に反応し、顔を上げた三人。
リビングのドアが開くやいなや、家中に銃声が響き渡った……。


辺りが静かになった。
地面に伏せていたまさちんが、そっと顔を上げる。家の中は、いろいろな物が散乱し、ガラス類は割れていた。
目の前に座っていたはずのくまはちの姿が無い。

「くまはち?」

台所に居たはずのむかいんの姿も見えない。

「むかいん?」

まさちんは、むくっと起き上がる。

「ちきしょう、なんだよ」

まさちんは、左手の感覚がおかしいことに気が付いた。
よく見ると、左腕に、銃弾が貫通したような傷がある。動かしにくい。腕を診ている時だった。

「!!!!!!」

目の端に飛び込んだ光景に言葉を失う、まさちん。

「くまはち、むかいん!!!」

なんと、くまはちは胸を撃たれ、血だらけに、そして、むかいんは、頭から血を流して、倒れていた……。


近所の人たちが、突然の出来事に驚きながら、真北家の前に集まってくる。向かいに住むおばさんが、家の中に駆け込んできた。

「涼ちゃん!!!」

まさちんは、受話器に手を伸ばし、電話を掛けた後、その場に力無く座り込んでいた。おばさんに話しかけられていたが、全く聞こえていない。


救急隊員が、むかいんとくまはちに応急処置を施し、救急車に運び込む。まさちんは、それに同乗して、野次馬と警察の人だかりになった真北家を後にした……。




橋総合病院・真子の病室。
えいぞうと真子が、病室の窓から外を眺めて、のんびりと話し込んでいた。

「健は、いっつも口うるさく言うんですよ。組長、早く退院しないかなぁって」
「健は相変わらず?」
「そうですね。東京に居たときと全く変わりませんねぇ」
「あっ。救急車」
「…ここ、病院ですから」
「そっか」

救急車が二台入ってきた。患者が素早く病院に運び込まれていくのを観ていた真子とえいぞう。

「久しぶりの急患だね。どうしたんだろうね」
「命に別状無ければいいんですけどね」
「そうだね」

のんきに話し込んでいる二人とは全く違い、病院内は慌ただしくなっていた。
看護婦が廊下を走り、診察中の橋に駆け寄る。真剣な眼差しで橋に何かを話した途端、橋の顔色が変わり、そして、診察を急いで終わらせて、看護婦とどこかへ走っていく。


「まさちん、大丈夫か?」

手術室の前に立っているまさちんに、橋が声を掛けた。

「先生…むかいんと、くまはちが…二人が…。お願いします…」
「診てみないとわからないが、最善を尽くすよ。…まさちんも怪我をしてるやないか!」
「俺は、大丈夫です。早く、お願いします!!」
「あぁ。弾は貫通してるな。骨には異常ない。これなら、直ぐに治るよ。
 …真北…」

真北が、血相を変えて走ってきた。

「橋、どうなんだよ!」
「…今からだ。それより、まさちんの傷を頼んだよ」
「あぁ」

橋は、手術室へ入って行く。そして、手術中のランプが点灯した。
まさちんは、それを見上げる。
右手の拳が小刻みに震えていた。
そんなまさちんのの肩に手をそっと置く、真北は、静かに声を掛ける。

「…大丈夫だよ。あいつの腕はすごいから。…助かるよ。
 まさちん、…行くよ」

まさちんは、静かに真北と治療室へ向かっていった。



真子の病室。

「組長ぉ〜。そろそろベッドに戻らないとぉ」

病室の窓にへばりつくような格好で、真子とえいぞうは外を見ていた。

「えいぞうさぁ〜ん」
「はいぃ〜」
「…動けないよぉ」
「えっ?!」

えいぞうは、真子の言葉に驚いて、慌てて立ち上がる。

「だから、そんな無理な格好で外を見るのは、体に変な影響を
 与えると言ったのにぃ〜!! 組長、どうするんですかぁ!!」
「ふっふっふ…っはっはっはっは…いてててぇ〜」

真子は、えいぞうの行動に大笑いをしてしまい、怪我している肋骨に響いてしまった。

「…自業自得です…。大丈夫ですか?」
「えいぞうさん、…健の影響を受けてるんじゃない?」

真子は、まだ笑っていた。

「…あいつとのつき合い長いですからねぇ〜」
「そだね!」

賑やかな病室のドアをノックする人がいた。

「どうぞ」

真子が応えたと同時にドアが開き、二人の男が入ってきた。一人は、左腕に包帯を巻いている。

「…まさちん、どうしたの?」

病室に入ってきた、まさちんと真北。真子は、まさちんの包帯に驚き、大声で叫ぶように言った。まさちんは、何も言えず俯いてしまう。その横に立っている真北は、真剣な顔をしていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「組長。実は、くまはちとむかいんが、やつらに…。くまはちは、一命を
 取り留めましたが、むかいんが…」

その言葉を聞いた途端、真子は、病室を飛び出した。

「組長! えいぞう、たのむ!」
「はい」

真北の言葉よりも先に、えいぞうが真子を追いかけて走り出していた。

「…真北さん…、俺……」
「何も言うな、まさちん。それより組長を追いかけないと。大丈夫か?」
「…俺は、不死身ですから」

微笑んでいるが、まさちんの言葉に力は無かった。



手術室。
目の前の手術台に横たわるむかいんを見つめている橋は、もう、これ以上、手の施しようが無いと、諦めたように手を止めた。

真北…すまん…。

心で呟き、大きく息を吐いた時だった。
手術室に職員以外の気配を感じ、橋は振り返った。

「真子ちゃん…。あかんで、ここに入ったら…それに、真子ちゃんは
 病室でゆっくりとしとかな…」

真子が手術室へ入ってきていた。橋が話しかけるが、その声は真子に届いていない様子。真子は、ゆっくりと手術台に歩み寄り、虫の息で横たわるむかいんを見つめていた。

「ごめんね、むかいん。私のせいで……」

真子は、大きく息を吸った。
右手をむかいんの頭にかざす。
真子の右手が、青い光に包まれ、その光は、むかいんの体を包み込んだ。
一定の音しかしていなかったモニターから、リズムが聞こえてきた。

「先生……動いてます…正常です…」

驚いたように、助手が呟いた。

「…なんや、今のは…」

真子を追いかけて手術室に入ってきたまさちんと真北は、目の前の光景に言葉を失う。

「組長、まさか…その光……何時の間に?」

何とも言えない表情の真北の言葉に、真子は、優しく微笑み、そして、力無く倒れた。

「真子ちゃん! おい、真北、今のは、なんやねん! 真子ちゃん?
 真子ちゃん!! しっかりしろ!」

真子は、橋の腕の中でスヤスヤと眠っていた。
この時、真子の左手が一瞬赤く光ったことに、誰も気が付かなかった。




「……噂には聞いたことがあるが、どういうことやねん。
 そんなことあってええんか? わしら医者なんかいらんやろ!」
「…詳しいことは俺にもわからないんだよ。ただ、あの光には、
 何か途轍もないものがあると思うんだよ。知っているのは、
 青い光は、傷を治す。それとは反対に、暴力的になるという赤い光。
 これは、昔から、鬼以上に怖がられているらしい」
「らしい?」
「あぁ。そう言われているんだよ」
「その光を発するには、かなり体力がいるんやろ。真子ちゃん、すごく体力が
 消耗してたで。あのまま、しばらく起きへんやろ。…真子ちゃんには、きちんと
 言っておけよ。もう使うなとな」
「あぁ」

真北は、大きなため息を付く。

「組長には、きちんと話しておく」
「…退院延びたということもな」
「あぁ。…二人は?」
「くまはちは、意識が戻ったよ。むかいんは、まだだけど、大丈夫だろう。
 …すっかり傷が消えているからな」
「そうか……」

真北の声は沈んでいた。



まさちんは、ぐっすり眠る真子の傍らに座っていた。そこへ、真北がやって来る。まさちんは真北に気が付き立ち上がった。真北は、そっと手を挙げて、『座っておけ』という感じでまさちんの肩に手を置く。

「真北さん…あの光…俺があの時に受けた光ですよね。…青い光。
 …あの後、真北さんが、封じ込めたはずですよね?」

真北は、それには応えずに、真子の頭をそっと撫でる。すると、真子が目を覚ました。

「真北さん……」
「組長、気分はどうですか?」
「……最悪…気持ち悪いよ」
「…光のことですが…」
「…ごめんなさい。…使うつもりはなかったの…」
「いつからですか?」
「わからない。ただ、あの時、…むかいんを観たとき、体の奥から、
 何かが……こう……」

真子は、右手を見つめていた。

「退院が延びましたよ」
「えっ?」
「あの光、よくわかりませんが、このように組長の体力を消耗させるようです。
 …何があっても、もう、使わないで下さい」
「わかった…気を付ける……。ところで、二人はどうなの?」
「くまはちは、意識を取り戻しました。むかいんは、未だ、意識不明のままですが、
 命に別状はないそうです」
「まさちんは?」
「この通りですが、大丈夫ですよ。ご心配をお掛けしました」
「…よかった…」

真子は、まさちんのその言葉に安心したのか、再び眠りについた。

「真北さん、これから、どうすれば…」

まさちんが静かに尋ねる。

「俺に任せとけ。…まさちんは、組長を頼んだよ」
「わかりました」

真北は、そっと病室を出ていった。
ドアを閉めた真北の顔つきは、今まで真子やまさちんの前で見せていたやくざな顔つきと違い、キリッとした隙を見せない顔つきだった。
スッと歩き出す真北。
その後ろ姿は、『刑事』そのものだった。



その後、何事もなく時が過ぎていくと、橋総合病院では……。


「…だから、言ったでしょう。橋を怒らすと恐いって…」

真北が、半分呆れたような顔で真子に言った。真子は……病室のベッドに抑制されていた。

「たいくつなんだもん…」

真子は、あの日以来、傷が治ったらしく、じっとしていられない為、こっそりと、病院のトレーニングセンターに顔を出し、マシンを動かしていたのだった。そのことが橋に知れ、そして、このように抑制されてしまった。動けない真子を見て、真北が呆れるのは、言うまでもない。

「そんなに暇でしたら、むかいんやくまはちのところにでも行ってやってください。
 あいつらも退屈してるでしょうし」
「行きたいけど、これじゃぁ……。ところで、真北さん、まさちんはどうしたの?
 もうそろそろ帰って来てもいいと思うんだけど…」
「すぐに帰ると言っていたのですが、まだですか?」
「うん」

まさちんは、少し鼻歌混じりで病院に向かって歩いていた。ポケットから、可愛いリボンを付けた小さな箱を取り出し、嬉しそうな顔で観ていた。

「組長には、早いかなぁ」

まさちんは、真子の退院が近いということで、真子に元気付けようとして、真子が喜びそうな物を買いに出かけていたのだった。真子がそれを受け取った時の表情を思い浮かべながら、傍目には、怪しい人に見えそうな程、ニヤついて歩いていた。
角を曲がった時だった。
まさちんに向かって車が勢い良く迫ってきた。

「危ねぇなぁ。…あん?」

素早く車を避けたが、去っていった車は、スピードを上げながら、再び向かって走ってきた。

「なんじゃぁ?? ……逃げるが勝ち!」

そう言ってまさちんは、車から逃げる…逃げる…。そんなまさちんを容赦なく追いかける車。

「うわっ!!!」

車は、まさちんをはね飛ばした。壁にぶつかり、気を失っているまさちんの側に車が停まる。男が二人降り、まさちんを抱え乱暴に車に乗せて去っていった。
リボンの付いた小さな箱がその場に、転がっていた……。


真子は、むかいんとくまはちの病室で楽しく話していた。

「ほんとだよ! 健がね、毎日毎日えいぞうさんに頼んで花を持たせてるんだよ」
「えいぞうが、花束を持って歩いてる姿、想像できませんね」
「くまはちもそう思う?? 私もなのぉ。だけど、これが、すごく似合ってるんだからぁ」
「観てみたいですね」
「…お薦めできませんよ」
「ところで、組長、明日退院だそうですね」
「うん。やっとここから、出られるぅ〜。…むかいんとくまはちは、まだ先だって?
 これだけ回復してるのにね。これじゃぁ、家に帰っても寂しいなぁ」
「すみません、組長…」
「むかいん、謝らないでよぉ」
「いいえ、その、食事の用意は、組長が……」
「あっ、そっか…大丈夫だよぉ。むかいん直々に教えてくれたから」
「そうですね!」

明るく応えたむかいんだったが、真子には、それが無理に明るく応えてるように思えていた。




「真北さん!」
「あん?」

病院の廊下をのんきに歩いていた真北は、看護婦に呼び止められた。

「先ほど、お預かりしました」
「ありがとうございます」

真北は、看護婦から手紙を手渡された。歩きながら、手紙を読んでいた真北は、突然立ち止まり、手紙を握りしめる。

「…どこまでも、汚いやつらめ……」

そう呟いた時だった。

「真北さん」
「なんだよ!!」

怒り任せに振り返った真北。

「…何があったんですか?」
「あぁ、原かぁ。…例の件わかったのか?」
「はい」

真北を呼び止めたこの男は、原という刑事だった。真北が以前、大阪で仕事をしていたときに、腕の良い刑事として目星を付けていた男である。
真北が大阪で過ごすことになり、こうして、真北の下に付き、仕事を手伝っている。病院の玄関口で話し込む二人。そんな二人の姿に気付いたのは、退院患者を見送りに来た橋だった。

「何しとんねん、あんなところで」

橋には、真北の姿しか見えていなかった。声を掛けようと近づいた時、もう一人の男に気が付く。
真北に礼をして、素早く去っていった原。真北は、病院に入ってきた。そして、真北を待っていたように立ちつくしている橋に気付く。

「見てたのか」
「見つけただけや。お前、まさかと思うけど、やめてへんのか?
 あの男、どう見ても、刑事やないか」
「うるさいなぁ。それより、組長は?」
「あぁ。むかいんとくまはちとしゃべっとったで。ええ加減にせな、二人が
 疲れると言ったら、慌てて病室出ていったで。…真子ちゃんの回復力に
 驚かされるよ。超人なみやな。それとも、あの能力のせいか?
 明日退院やけど…って、真北、お前、聞いとるんか?」
「ん? ……明日か…」

真北は、橋の話を上の空で聞いていた。

「なぁ、橋…」
「なんや?」
「…ん? なんでもないよ。ありがとな」

少し落ち込んだ様子の真北が気になる橋は、悩み事を話すように促したが、真北は、何も言わなかった。

「組長のこと、頼んだよ」

そう言って真北は、病院を出ていった。

「おい、真北!! なんやねん! おーーーい!!」

橋は、真北の後ろ姿を見送るだけだった。




とある倉庫から、鈍い音が聞こえていた。

「しつこいなぁ、もっとやったれ」

倉庫の中には男が三人、そして、もう一人……。
三人のうち、二人が金棒を持っていた。そして、それを振りかざし……。

「うぐっ……」

一人の男が、上から鎖でつるされ、男達に暴行を受けていた。金棒で殴られ続け、口から、血を吐き出す。

「普通なら、もうくたばってもいいくらいなのになぁ。かれこれ……う〜ん、
 二時間くらいやってるよなぁ。俺らもいい加減に疲れてきたのによぉ。
 全く、しつこい奴やのぉ。地島よぉ」
「これくらい…へ…でもねぇなぁ」

まさちんは、微笑んでいた。それが更に男の怒りをかう…。男は、まさちんに思いっきり蹴りを入れた。

「うぐっ……」
「ふん……続けろ」
「うりゃっ!」

男達は、まさちんを殴り続ける……。
意識が薄れていくまさちんの脳裏に、真子の笑顔が過ぎった。

組長……。



真夜中。

「まさちん!! ……ゆ、夢?!」

真子は、まさちんに呼ばれたような気がして、目が覚めた。
その日、まさちんは帰ってこなかった。まさちんの身に何かあったのかと心配しっぱなしだった。まさちんが帰るまで、寝ないと言っていた真子を、優しくなだめて寝かしつけ、廊下で待機していたえいぞうが急いで入ってきた。

「組長、何か?」
「ん? えいぞうさん、未だ居たの? こんな時間なのに」
「むかいんとくまはちと話し込んでしまったんですよ。それより、何かございましたか?」
「…ううん…何もないよ。ごめんなさい、心配掛けて。お休みなさい」
「お休みなさいませ」

えいぞうは、真子が眠ったのを確認して、静かに病室を出ていった。廊下には、真北が居た。

「…えいぞう、行って来るよ。明日の組長のことよろしくな」
「真北さん、ほんまにお一人で行かれるんですか?」
「あぁ。組長に知られないうちにな」
「やはり、私も…」
「駄目だよ。お前まで行くと、組長のことは誰が守るんだよ。
 俺一人で充分だよ。じゃぁ…な」
「真北さん…」

真北を見送るしかできないえいぞうは、真子の病室の前の廊下で朝を迎えた。




朝日が昇る頃、真北は、港の第八倉庫に来ていた。そして、ドアを勢い良く開けた。

「なんやぁ? なんでお前が来てんねん。俺らは、
 お嬢さんに来いって書いてたはずやなぁ」
「地島はどこや?」
「地島? あぁー、この男か?」
「てめえら、なにを!」

真北は、まさちんの鎖を外そうと近づいていった。その時、真北目掛けて、男が、金棒で襲いかかってきた。真北は、咄嗟に避け、その男の右脇腹に蹴りを入れる。男は、勢いで近くのドラム缶にぶつかり、気を失った。

「さすがは、俺達やくざ泣かせの元刑事だった真北だなぁ。そんな真北も今は、
 子供のやくざごっこの相手か! はっはっはっは!!! お笑いだよなぁ」
「…俺のこと知ってるんだったら、これ以上、手を出すなよ…」

真北は、男を睨み、再びまさちんの鎖を外そうと手を伸ばした。その瞬間、何かが勢い良く真北の右腕に降りかかってきた。

「ぐわっ!」

真北の右腕に激痛が走った。更に別の男が真北の右腕に金棒を振り落としたのだった。真北の右腕が折れていた。その痛さに耐えきれず、その場にしゃがみ込む真北。

「痛てぇよなぁ。それじゃぁ、この男を助けられないなぁ。
 残念やのう」

男は、しゃがみ込んだ真北の右腕に蹴りを入れ、容赦なく暴行を加えていった。
まるで、何かにとりつかれたように……。

「組長……すみません………まさちん…」

真北の視界から、まさちんの姿がうっすらと消えていった……。



「これで、あのガキも動くだろうな…」

男達は、血だらけ傷だらけの真北を自宅前に放り投げ、去っていった。男達の乗った車が見えなくなった頃、真北は、意識が薄れながらも、必死で這って家の中へ入っていく。ドアノブには、血がべっとりとついていた。

「こんな姿…見せられねぇ…。ぐっ……」

真北は、足下がふらつきながらも二階の自分の部屋へ上がっていった。

「うっ……」

折れた右腕が痛み出す。目の前を赤い物が過ぎる。額を深く切っていた。タオルで血を拭き取り、汚れた服を着替え、階下に降りていった。しかし、階段の下から三段目あたりで、力つき、座り込んでしまう。その時、外で話し声が聞こえた。

帰って…来た……。

玄関のドアがそっと開いた。

「誰?」

それは、退院して帰ってきた真子だった。

「組長……おかえり…なさい…」
「真北さん? なんだぁ、帰ってたんだ。ただいま!
 まさちんも、真北さんも忙しいって、えいぞうさんが何度も言うから、
 一人になると思ってた。寂しいから、どうしようかと思ったよ。
 …で、この血は、何なの? 片づけたって聞いたけど…」

靴を脱いで家に上がった真子は、玄関から点々と続く血が気になっていた。真北は、真子の問いかけに応える気力はもう、無かった。

「真北さん! どうしたの?」

真子は、真北の様子がいつもと違うことに気が付き、近づいた。真北の肩を軽く叩くと、真北はうめく。

「…えいぞう!! 早く! 橋先生のところに!!」
「組長、どうされました?…真北さん!! まさか、あいつらに…」
「どういうこと?」
「訳は後で申し上げます。兎に角、病院へ!」

えいぞうは、真北を車に乗せ、橋総合病院に向かった。

車の中、真北は、真子の膝枕で何か呟いていた。

「真北さん、なに?」
「大丈夫ですよ……これくら…い…だいじょうぶ…」

消え入るような声で、真北が言った。



(2005.7.3 第一部 第十三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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