任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十四話 失いたくないっ!

半泣き状態の真子は、目をうるうるさせて、じっと手術室の前に立っていた。
ランプが消え、橋が出てきた。

「先生…」
「大丈夫や。たいしたことあらへん。あいつが、あんなんで死ぬようなやつかぁ?」

ベッドに乗せられた真北が手術室から出てきた。真子と目があった真北は、平気な顔をして橋に言った。

「……組長を泣かすなよ!!」
「ほら、真子ちゃん、大丈夫だろ?」

微笑む真北を見つめていた真子は、涙を拭いながら言った。

「大丈夫じゃない! あの笑みは、大丈夫じゃないでしょ!」

真北のベッドに付いていく真子。えいぞうは橋に礼を言って、真子達を追いかけていく。真北に優しく話しかける真子を見ていた橋は、思わず口にした。

「見破るねぇ。流石、組長さん」

驚いたような表情をして、橋は去っていく。

あいつ、麻酔から覚めたら、ずっと口にしてたもんな。

組長には、一切言うな。平気だと伝えろ。
俺も笑っておくから。

「ったく、あの強引さは、変わらんな」

昔を思い出したのか、橋は笑みを浮かべていた。



病室に移ってから真北は、眠ってしまう。その傍らで、真子は、真北の右手を優しくさすりながら、心配顔で真北を見つめていた。

「真北さん……」

えいぞうは、ドア付近に立って、真子に声を掛ける。

「組長、私が変わりますので、お休みください」

真子は、首を横に振るだけだった。えいぞうは、病室をそっと出て行った。



暫くして、えいぞうが、何かを手に、真北の病室に入ってきた。

「組長、何か食べて下さい」
「食べたくない…」
「…体力つけないと…」
「…えいぞうさん……どうして、真北さんがこんな姿になってるの?
 …こんな真北さん…初めて観た。怪我をしていても、体を壊していても、
 いつもいつも私の前では、平気な顔をして、私に悟られないように
 振る舞っていたのに…。一体、何があったの? もしかして……私…に…
 関わること? まさか……あいつらが?」
「組長……食べて下さい。折角買ってきたのに…」

えいぞうは、真子の言葉を遮るようにして、話を誤魔化した。

「…うん……」

真子は、病室の隅に置いてあるソファに腰を掛け、えいぞうと一緒に買ってきた物を食べ始める。食べながらも、目線は真北の方に向けていた。



真夜中。
真子は、ずっと起きて、真北の側から離れなかった。

「組長、真北さんが目を覚ましたら、お知らせしますから、少しお休み下さい。
 組長も体調はまだ、万全ではないんですよ」
「…大丈夫…」

真子は、本当に真北の側から離れようとしなかった。えいぞうは、ドア付近に立ったまま、真子を見つめていた。


朝の光が真北の目に飛び込んできた。

「朝…? ……病院かぁ。しまったな…。ん?」

真北は、右手に何かを感じ、目をやった。

「組長……」

体をそっと起こし、真子を見つめた。真子の頬には涙の跡が…。

真子ちゃん……。

ドアが静かに開き、えいぞうが入ってきた。

「真北さん、お目覚めですか?」
「えいぞう、何か掛けてあげてくれ」

えいぞうは、自分の上着を真子の肩にそっと掛ける。

「眠ってしまわれたんですね。先ほどまで起きてましたよ」
「そうか……。…これ以上、隠せないな…」

真子の涙の跡を見つめながら、真北が呟いた。

「そうですね……」

真北は、ベッドから降り、真子をベッドに寝かすようにえいぞうに目で合図した。

「…しかし、私は…」
「…俺に抱えろっていうのか?」
「すみません。…この際は、何も言わないで下さいね」
「解ってるよ。決められた者しか組長に触れられないからな」
「えぇ」

えいぞうは、真子をそっと抱きかかえ、ベッドに寝かしつけた。

「組長も、大きくなりましたね。幼かった頃の組長を思い出すと、
 今の組長とは、全く違いますね。こうして、俺達も歳をとっていくんでしょうね」

しみじみと語るえいぞう。真北は、大きく息を吐いていた。

「…本当に、大丈夫なんですか?」
「俺は、こんなことでくたばってられないしな」
「……組長が知ったら、怒りますね…」
「あぁ。気を付けないと…。術は解けているしな」
「そうですね…。わかりました」

ベッドで静かに眠る真子を真北とえいぞうは、優しく見守っていた。


真北とえいぞうは、病室にあるソファに腰を掛けていた。真北は、だるそうな表情をしている。

「真北さん、大丈夫ですか?」
「あぁ。なんとかね…」
「暴行を受けて、まだ、一日も経っていないんですよ。
 こうして、起きている事が無茶ですよ。真北さんが、倒れたら、
 俺達……また暴走してしまいますよ。真北さんが居るから…
 これ以上、暴走できないんですから」
「俺が居なかったら、暴走するつもりなのか?」
「当たり前ですよ。先代が狙われ、五代目も…狙われそうな、
 そんな雰囲気に…。まさちんも捕らえられ…。だけど、昔のように、
 暴走できないでしょ? …俺の父が健在だった頃のようにね…」
「そうだな…。あの頃の阿山組を俺は、壊滅させるつもりだったからな。
 だけど、壊滅させるだけじゃぁ、この世界は変わらないんだよ。だから、こうして…。
 俺はくたばってられないんだよ。……組長の…真子ちゃんのためにな…」
「…先代の姐さん…ちさとさんの為に…の間違いじゃ?」

真北は、えいぞうを睨み、そして、フッと笑い、俯いた。

「そうかもな…」

その時、真子が目を覚ました。自分がベッドに寝かされ、ベッドに居るはずの真北の姿が消えていることに慌てたように言う。

「真北さん?!?」
「ここですよ、組長」
「大丈夫なの?」

真子は、起きあがり、声のする方を見ていた。

「私は、そんなにやわじゃないですよ」
「よかったぁ〜」

真子は、ベッドから下り、真北とえいぞうの前に歩み寄った。

「説明してよね…」

「…実は、まさちんが、拉致されました。奴らです。組長を学校前で襲った奴らが、
 まさちんを……、自宅に乗り込んで来たのも奴らです。むかいんとくまはちは、
 死んだと思っていたようで、あの時、まだ、生きていたまさちんを狙い……組長を
 誘いだしてそして、命を奪おうとしています。そんなことだけはできません。
 いいえ、させません…。なので、私が、まさちんを助けに行きました。
 しかし、このような有様です…。申し訳ありません」
「…まさちんは…?」
「助けることができませんでした。すみません、組長。
 このようなことになるとは…油断してしまいました…」
「場所は、どこなの?」

真北の話を落ち着いて聞いていた真子は、静かに言った。

「言えません…。組長、お一人で行かれるおつもりでしょう? いけません。
 いかせません。……あいつらは、組長を……。だから、私たちで…私たちに
 お任せ下さい」
「…私の為に、誰かが死ぬなんて、…もう、もう!!! 真北さん…」

真子は、叫び、そして、真北の右腕にそっと手を置いた。

「ごめんなさい…」
「組長?」

しばらく沈黙が続いたあと、真子は、ゆっくりと後ろに下がり、窓に近づいていった。

「港の第八倉庫…」

そう呟いた真子は、窓に向かって走り、そして、窓を開けて、飛び降りた。

「組長! ここは、三階です!!」

それは、一瞬の出来事だったため、えいぞうは真子を止める間もなかった。
窓の下を覗いた時には、真子は、華麗に着地して走り出していた。

「しまった。組長!!」

真北が突然立ち上がり、叫んだ。

「真北さん、組長は、まさか…」
「組長を止めないと…光が…能力が!!」

落ち着きを失った真北は、病室を飛び出した。その時、回診に来た橋とぶつかる。橋は驚いていた。

「真北、お前、寝てなあかんやろ! なにしてんねん!」
「橋、組長が、組長が!!!」

真北らしくない行動に目を丸くしている橋。

「組長が!!!!」
「真北、落ち着け!!!」

橋が真北に怒鳴りつける。その声で我に返った真北は、橋を見つめ、冷静に言った。

「橋…行かせてくれ。頼むよ。俺は、どうなってもいいんだ。組長が、
 人を殺める前に、止めなければいけないんだ。頼む…橋……お願いだよ…」
「真北……。その調子やったら大丈夫やな。……行ってこい。
 真子ちゃんを止めてこい。…だけど、お前、無理するなよ。
 忘れるな! お前は、怪我人なんだからな」
「……ありがとよ」

真北は、急いでその場所を去っていった。えいぞうも後に付いて、走っていった。
真北の後ろ姿を複雑な表情で見つめる橋。

「一体、何がお前に…二足の草鞋を履かせているんだよ…。
 なんで、二つの顔を持ってるんだよ……教えてくれよ…真北…」


「えいぞう、お前は、阿山組を抑えておいてくれ。このことが
 知れ渡ると、奴らは、動き出す。…ここからは、俺の仕事だ」
「真北さん…」
「仕方ないんだよ。組長を救うためにはな……。こんなこともあるかと
 思って、準備はしていた。後は、出動させるだけだ」
「よろしいんですか? 真北さん、これは、個人的な事になりませんか?
 個人的なことで……」
「いいや、個人的なことではないさ…。やくざ同士の抗争に
 発展させるわけにはいかないだろ! もし、組長が……
 真子ちゃんが、暴走してしまうと、お前達まで暴走してしまうだろ?
 そうなれば、奴らとの争いで、平和な街が…また……」

目を伏せる真北は、遠い昔を思い出している様子だった。そして、静かに語り続ける。

「俺は、もう…これ以上、人の命を失いたくないんだよ!
 お前達も、そして、周りの人たちもだ!
 もう、あんな哀しい出来事…見たくないんだよ!」
「真北さん…。解りました。組の方は、俺に任せて下さい」
「…力でねじ伏せるなよ」
「わかってますよ! …では、真北さん、宜しくお願いします。
 決して、無理なさらないでくださいね」
「あぁ」

真北とえいぞうは、それぞれの目的の場所へ向かっていく。えいぞうは、阿山組系事務所へ。そして、真北は……。

「真北さん」
「原! 緊急で悪かったな」

待機させていた刑事達の元へとやって来た。

「…大丈夫なんですか? その怪我の方は…」
「…組長の暴走を止められるのなら、これくらい、大丈夫だよ」
「無理なさらないでくださいね」
「準備は?」
「ばっちりです!」
「おうし、行くぞ!」
「はっ!」
「目的地は、港の第八倉庫。急げ!」

既に日が暮れ、夜空に星が美しく輝き出した頃、真北の号令と共に、たくさんのパトカーが、走り出した。


真夜中。
人気のなくなった港に車が一台停まった。車から降りてきた人が、倉庫のある場所へと向かっていった。第八倉庫の前に立ち止まる人影。
それは、怒りに震える真子だった。
真子の目は、赤く光り、そして、握りしめる拳から、仄かな赤い光が放たれていた。そして、ドアを蹴って、中へ入っていった。

「誰じゃい! …阿山…真子!!」
「地島を返してもらおうか?」
「地島ぁ? あぁ、あいつかぁ。生きとるかのぉう??」

男達の目線の先に血だらけのまさちんがつるされていた。真子は、まさちんに駆け寄り、急いで鎖を外す。

「まさちん? まさちん! 目を覚ましてよ!!」

男達が、真子に近づいて来る。

「てめぇら、よくも……。私の命が狙いなら、私に直接、かかってこいよ!
 こんな、こそこそと…私の周りの者を……」
「そうかぁ? そんじゃぁ、お言葉にお応えして……」

真北の腕を折った男が、血の付いた金棒を真子目掛けて振りかざした。




「なんでじゃ!」

えいぞうの胸ぐらを掴んで、壁に押し当てているのは、水木だった。水木の後ろには、戦闘準備をしている阿山組系の組員達が居た。

「くまはち、むかいんが襲われて、そして、まさちんが拉致されて、
 真北さんが、大怪我して…それに怒った組長が、一人で向かって
 いるんだろ? それに対して、抑えろ?? 何を考えて!!」
「仕方ないだろ! 俺だって、我慢できないんだよ!」
「だったら、行くのが当たり前だろ!」
「うるせぇ!」

えいぞうは、水木をはね飛ばす。

「…俺は、お前らを殴り倒してまで、止める義務がある…。
 ……これは…組長命令だ」

水木達は、えいぞうの雰囲気、そして、言葉に身動きすらできなかった。



金棒が、くの字に折れ曲がっていた。それを持っていた男は、気絶していた。
前のめりに倒れていくもう一人の男…。その男の後ろには、赤く光る目をした真子が立っていた。真子に銃を向ける別の男。それに怯みもせず、男に向かっていく真子。その時、まさちんが起き上がった。気を取られる二人は振り返る。

「まさちん!!」

隙を見て、真子は、男の銃を蹴り飛ばして、まさちんに駆け寄っていく。

「地島、その女を殺せ」

男の声で、まさちんはピクッと動き、目の前に来た真子の首を絞め始めた。

「まさちん……どうしたの?」
「その男は、俺の声に反応するようになっているんだよ。
 流石、あのお方が開発した薬だな」

男の言葉に怒りがこみ上げてきた真子は、まさちんの両手を掴み、腹部を数回蹴り、気絶させた。

「おまえだけは…許さない……」

そう言って、ゆっくりと振り返った真子は、赤い光に包まれ始めた。
真子の周りに風が起こり、長い髪がなびき始めた……。



パトカーが第八倉庫の周りに到着した。警官が次々とパトカーから降り、突入体勢に入る。

真北が気を集中させ、警官達の配置を確認する。目を瞑り、再び開けたその目には、刑事としての怒りが露わになっていた。

「突入!!!」

真北の号令と共に警官達は、突入した。



かなり傷だらけになっている男の前に真子が立ちはだかる。

「はっ、あのお方がおっしゃった通りだな。その能力。その光が何よりの
 証拠だよ! お前は、とんでもない奴だ。やはり、命を狙って正解だ!」
「うるさい…!!」

真子は、更に攻撃を加えた。倒れた男は、手元の気付き、手を伸ばす。そして、真子に向け発砲した。
真子の左肩が軽く跳ねる。赤い血が流れるが、真子を包み込む赤い光のせいで、それが血なのか、はっきりしない。
真子は、平気な顔で男に向かっていく。

「なんだよ、なんだよ!! 死ねぇ〜!!!」

真子に恐怖を感じた男は、弾が切れるまで、引き金を引き続けた。

「ゆるさない……」

真子の体が、更に強い赤い光に包まれる。
そこへ、銃声を聞きつけて駆けつけた真北がやって来た。

「組長、駄目です!!」

真北の声で我に返る真子。男も真北に気が付いた。真北と一緒に警官が入って来ている。

「真北? …辞めてなかったのか?」

男が呟いた。
その瞬間、真子から、あちこちに稲妻が発せられ、壁や窓、扉などに散っていく。壁の一部が崩れ始めた。

「危ない! 離れろ!! 組長ぉ〜!!!」

真子に向かって瓦礫が降り注いでいった。真北が、真子に駆け寄る!!!



辺りが静かになった。

「ま・き・た…さん?」
「組長、大丈夫ですか? あれ程、能力を使ってはいけないと
 言ってあるのに…無茶をしないでください」

真北と真子は、無事だった。二人に降り注いだ瓦礫を取り除きながら真子に話しかけていた真北は、真子の言動に驚いた。

「…ここ、どこ?」
「組長?」

真子は、一瞬だったが、記憶を失っていた。
警官が次々と入って来る。
倒れている男達を連行していく姿を見て、真子は、徐々に思い出したような表情へ変わっていく。

「まさちん!」
「組長、止血を!」

真北は真子を呼び止め、傷の手当を始めた。

「真北さん、なんで、あいつらが? 警察がいるの?
 あの男、やめてないって言ったけど…なんのこと?」
「…終わりました。橋にちゃんとみてもらわないと。ところで、まさちんは?」

真北は、話を反らして、まさちんを捜し始めた。

「確か、あの辺りに……!」

銃声。そして、その直後に、側で何かが倒れる物音が…。

「えっ?」

それは、あまりにも信じられない…信じたくない光景だった。
真北が、音のする方へ目線を移すと、そこには、真子が横たわっていた。

「う、……うそだろ…?」

目に飛び込む赤い物。

「……だ、誰か、救急車だ!! は、は…早くしろっ!!!!!」

外で待機していた原は、真北の叫び声に驚き、慌てて入って来る。

「真北さん、どうされまし……!! 急げ! 救急車!!」
「組長、組長!」

なんと、真子は頭を撃たれて倒れていたのだった。
真北は、真子の傷口を押さえて震えている。
原の視野に、突っ立った何かが入った。
目をやると、少し離れたところにはまさちんが、銃を向けて、立っていた。
原は、警官達にまさちんを取り押さえるように指示を出す。

「まだかよ、救急車は! 原ぁ〜! 止まらない…止まらないよ。組長、組長!!!」



真子の目には、警官に指示をしている真北が映っていた。

『やめてないって……?』
「真北さん、もうすぐ到着します!!」

真北が真子に振り返った。

「組長、聞こえますか? 組長!! ……えっ?」

真子の目から、一筋の涙が流れる。何かを言おうと口を動かしていた。

「組長? 何か?」

真子は、静かに目を閉じていく。

「組長!!!!」

真北の声が、響き渡った……。





橋総合病院・救急搬入口の前では、橋と看護婦が待機していた。
到着した救急車から、真北が左手のギブスを真子の血で真っ赤に染めて、降りてきた。
素早く手術室へ運ばれていく真子。
真北も一緒に入ろうとしたが、誰かに止められた。

「橋……」
「お前は、ここで待て」
「橋……」
「悪いが、あまり、期待はしないでくれ」
「橋!」

橋の真剣な眼差し。
それは、最善を尽くすが、あの傷は、命に関わることだ、そう言っていた。
橋の袖を藁をも掴む気持ちで握りしめる真北。しかし橋は、そんな真北の腕を冷たく払いのけ、手術室へ入っていった。

「くみちょぉ〜〜っ!!!」

真北の声が、廊下に木霊していた。



手術室は、慌ただしかった。真子の頭に撃ち込まれた銃弾を取り除く手術が行われていた。

「もう少しなんだよ…。そこに弾が見えてるんだ…。持ちこたえてくれよ、
 真子ちゃん…。持ちこたえてくれ…」

橋は、真子の脳内にある銃弾をピンセットで掴んでいた。そして、銃弾を取り除いた瞬間…。

「先生、心拍が落ちました!」

心停止の音。

「エピを投与!」
「除細動器!!」
「200にチャージ!! 離れて!」

真子の心拍は戻ってこない…。

「もう一度! 離れて!!」

心臓が動き出した。橋は、安心した表情で、手術の続きを始めた。その手さばきは、今まで以上に素早かった。

「心拍安定しています」
「そうか」

傷口を塞ぎ、手術は終わった。



手術中のランプが消えた。橋が手術室から出てきた。

「橋…」
「……お前は怪我人だと言っただろ?」

疲れ切った表情をした橋が、気力だけで立っているような真北に、静かに言った。

「…付いて来い」

橋は、そう言って、何処かに向かって歩いていった。真北は黙って付いて行く。
橋と真北が来た場所は、特別室。
その特別室の一室が騒がしかった。真北がその部屋を小窓からそっと覗き込む。

「まさちん……」

真北が覗き込んだ一室で、まさちんがベッドにくくりつけられ、獣のような目をして暴れていた。真北は、その光景を見て、その場に座り込んでしまう。

どうすれば……。

肩の力が抜けた真北に橋が優しく言った。

「真北、しっかりしろ。大丈夫だって。薬さえ抜ければ元のまさちんに戻るよ。
 …しばらく時間は掛かるけどな…」
「…お前から、関西弁が無くなると、心配だよ…」
「そうか? そう思うか? …心配なのは、真子ちゃんなんや。今は、安定してる。
 自発呼吸さえ出来れば、大丈夫なんやけどな、このままだったら、
 …植物人間ってこともあり得る…」
「覚悟は…できているよ」

真北は、立ち上がった。

「…その前に、お前の手当て、しなおさな、あかんな…」

真北は、どす黒くなったギブスに目をやった。

「あぁ、そうだな…」

そう呟いた真北は、張りつめていた気が急に緩んだのか、橋にもたれ掛かるように倒れてしまった。

「真北?」
「…悪ぃ〜、橋……俺、歩く気力……残ってねぇ……。
 …疲れてるとこ…悪ぃ〜なぁ〜」
「あほぉ、お前と俺の仲やろ…気にするなって」
「あぁ…」

橋は、真北を背負って、診察室に連れていく。

「…お前に背負われるのって、何年ぶりだろな」
「かなり経つよな…。あの頃も、お前は、喧嘩っ早くて、怪我しまくって…。
 俺が医者になったのも、お前の傷を治したいと考えてたからやしなぁ」
「…思い出に、浸るなって…」
「…お前のこと、聞かせてもらうよ…。…二つの顔のことな…」
「…ばれてたか…」
「あぁ」
「わかったよ…話してやる…。だけど、明日にしてくれよ。
 俺は、疲れてるんだ……」
「俺もだよ…」

真北は、橋の背中で眠ってしまう。その顔は、無邪気な顔だった。
橋は、診察室のベッドに真北を寝かせ、真北の無邪気な顔を見ながら、治療を始めた。

「…昔と、変わらないなぁ」

橋は、嬉しそうに微笑んでいた。



「…よぉ寝たなぁ〜」

橋の声で急に起きあがった真北は、陽の光で、目を細めていた。

「…橋…? ……組長は?」
「変わらないよ…。落ち着いたら、もう一度手術や」
「まさちん…は?」
「…まだ、一日しか経ってないって」
「そうか…何日も眠った気分だよ…」

真北は、ベッドから下り、橋の診察室から出ていった。

「ったくぅ…」

橋は真北に付いていく。



真北は、ICUの前に来る。

「…つい、この間も、ここにこうして、組長は眠っていたよな…。
 元気に退院したというのに…。俺としたことが…」

真北は、真子の居る方に背を向けた。そして、側にいる橋を見つめた。

「…俺は、刑事を捨てたわけじゃない。あの日、俺は、銃器類を体の
 一部のように扱う阿山組を許せなかった。守りたい市民を恐怖に陥れ、
 平気な顔をしていたからな…。その阿山組の壊滅まであと一歩という
 ところで、仲間を失った…。阿山組と敵対していた組が放った砲弾に
 俺達は、一瞬にして…。俺だけが生き残ったんだよ」

真北は、自分の両手を見つめていた。

「その時、俺を看病してくれたのが、組長…真子ちゃんの母のちさとさんだった。
 …やくざの姐さんのイメージとは、かけ離れた雰囲気のちさとさんに…俺は…
 …いつの間にか惹かれていった。そんなちさとさんが、なぜ、姐さんを…。
 その時、知ったのは、…やつらも俺と同じ思いで動いているということだった。
 命を粗末にしたくない……命を失った時の哀しみは良く知っていると…」

真北の話は続いた。

「暫く、阿山組と共に過ごしていた。ちさとさんと慶造の間に、
 娘が出来た。それが、真子ちゃんだ」

真北の目線はICUに眠る真子に移る。

「真子ちゃんには血で血を争うような世界で育って欲しくないと
 ちさとさんは常に言っていた。なのに。ちさとさんは……。
 俺は、ちさとさんの思いを大切にしたいだけだ…。
 俺の思いでも……あるからさ…」

真北は、懐から、手帳を取り出した。

「俺の仕事だ」

その手帳は、特殊任務に就いている証のもの。橋は、それを手に取り、確認し始める。

「俺は、刑事であり、やくざでもある。そして、刑事でもなく、やくざでもないんだ…」
「…どういうことだよ……」
「…宙ぶらりんの世界に生きているんだよ…」

真北は笑っていた。橋には、真北が笑っている意味を理解できなかった。

「…真子ちゃんは、知っているのか?」
「…知らないよ…。俺のことを知っているのは、ごく一部だ。
 俺が、自由に警察を操れる立場にいることを知っているのはな…」
「真子ちゃん、医者の他に、警察も嫌いだったろ? どうするんだよ」
「さぁなぁ」
「…なんで特殊任務に就いたんだよ」
「……さぁ、それは…解らない」

いい加減な返事をする真北。
なんとなく、誰かを感じる。

「血で血を争う世界で生きて欲しくないのに、なぜ、真子ちゃんを、
 組長に?? 俺には、ようわからん」
「慶造がな、真子ちゃんにこの世界を任せるって…新たな世界を
 築き上げるだろうってな……。組員同士の争いを力でなく、
 相手の気持ちを考えてから、行動しろって…。あのむかいんと
 えいぞうの弟分の健との争いを鎮めたんだよ」
「むかいんって、そんなに厄介な奴だったのか? 見えないなぁ」
「真子ちゃんの説得のおかげ…かな? むかいんの手は、人を殴る為に
 あるのではなく、料理を作る手だろうって…。そんなこと、やくざな奴らには
 言えないことだろ? そんな真子ちゃんの見えない力を瞬時に悟った……。
 だから、俺が、五代目を推したんだ…。…俺の目的、そして、ちさとさんの意志
 …両立させる為にな…」
「…真子ちゃんは、お前の犠牲か?」

橋が静かに尋ねる。

「…そうなるかなぁ…」

真北は呟くように応えた。

「非道い男だな、お前って奴は」
「非道い男だ。自分の正体を隠してるんだからな…」
「どうなっても知らんぞ」
「…これは、俺の問題だ…」
「…手は貸さないよ……」

そこへ、えいぞうを筆頭に水木、須藤達がやって来た。

「えいぞう…」
「……真北さん…。これは、どういうことですか? 間に合わなかったんですか?
 …なぜ、組長は…」

えいぞうは、真子の姿を見て、哀しみと怒りに震えている。

「…撃ったのは、まさちんだ」

橋が静かに言った。

「なに? …地島の奴、やはり……」
「橋ぃ〜、てぇめぇえぇぇぇ〜」
「うわっ! なんやねん!! お前とは争いたくない!!」

橋は真北に胸ぐらを掴み上げられた。

「一言足りねぇんだよ!!」

真北が怒鳴る。

「す、すまん……。まさちんは、奴らに薬漬けされていてな…。今、治療中だ。
 そして、奴らを壊滅させたのは、真子ちゃんだよ。これでええんか?」
「…まぁ…な……」

真北は、橋から手を離した。

「真北さん、組長を一人で行かせたのは、何故ですか?」

水木が、怒りを抑えながら真北に尋ねた。

「…追いかけたけどな、…俺、怪我人だし、追いつかなかったんだよ。
 駆けつけたときには、組長、奴らを片づけた後だったんだ。
 まさか、まさちんが、薬漬けにされていたとはな…。不覚だったよ」

真北が語る『嘘』。
橋は、この時、真北の素性を知っている者がほんの一部…この連中は知らないんだろうということを悟った。

「先生、組長の容態は?」
「未だ、先のことは見えていない。しかし、まさちんは、薬さえ抜ければ
 大丈夫だ。…まさちん、傷だらけだけど、不死身なのか?」
「どうして?」
「なんとなく…」
「……真北さん。この医者、腕は確かなんですか??」

えいぞうが言った。

「えいぞうぅ〜。こんな医者だけどな、腕はいいんだよ」

水木達、大阪の幹部が一斉に口にした。

「なんですか、みなさんお揃いで…」
「…えいぞう、こいつはな、本当に駄目なときは、無口なんだよ。
 こんなふざけたような口調は、大丈夫だという証拠だ。昔っから、
 こういう奴なんだよ」
「真北さんまでぇ〜」

えいぞうは呆れ返った。

「…どこの世界に、頭に弾喰らって、生きている人がいるんだよ。
 …あの状態なら、組長は、今頃……。こいつだから、組長は、
 あのように…無事とは言えないが、生きてるんだよ…」

真北は、えいぞうに説明するように言った。その真北の言葉を遮るように、

「…お前らを暴走させないために、手を尽くしたよ」

橋は、そう言って、ICU前から去っていった。

「橋……」

真北は、橋の一言で、橋の気持ちを察した。

橋になら、真子ちゃんを任せても大丈夫だ…。

「ところで、これから、どうすれば…?」
「…組長の回復を待つしかないな…」

真北は、えいぞうの問いかけに、そっと応える。そして、真子を見つめていた。



まさちんが、正気を取り戻した。

「…真北さん…俺……」
「起きるな。お前は、重傷なんだよ」
「重傷? ……俺は確か……」
「あぁ。奴らに拉致されていたよ。そこで暴行受けて…」
「組長…は? 奴ら、…組長の命を狙っていた……組長の命…??」

まさちんは何かを思いだしたのか、自分の手を見つめていた。

「…確か…組長は、俺の目の前に……」

まさちんは、飛び起きた。

「まさちん…?」
「俺、…組長の首を絞めたような……そして、……真北さん…。
 俺、確か、…銃をこの手に持って……。そして、…そして…。
 俺、どうして、ここに居るんですか? 組長は?」

真北は、一点を見つめていた。まさちんが、真北の胸ぐらを掴んで、睨んでいた。

「説明…してください…」
「…組長は、頭を撃たれて重体だ…」
「ま、まさか…」
「組長は、まさちんを助けに…そして…」

まさちんは、薬で正気を失っていたが、頭のどこかで、真子が助けに来た時の様子を客観視していたようだった。そして、突然、病室を飛び出し、ICUまで駆けだした。
ガラスの向こうに真子が横たわっていた。

「嘘だろ? …俺が、この手で…俺が……!!! くそっ!!」

まさちんは、壁を思いっきり殴った。その手から血が流れ出す。まさちんを追いかけてきた真北が、まさちんの手を優しく握った。

「まさちん、…自分を責めるな…自分の意志ではなかったんだよ」
「しかし、真北さん……俺、やっぱり、心のどこかに…まだ…。…真北…さん…?」

まさちんは、目を見開いていた。真北の目から、涙がこぼれ落ちている。

「大丈夫だよ、まさちん……。組長は、元に戻るよ…。だから、
 お前は、自分を責めないでくれ…。お前だけが、悪いんじゃないんだ…。
 俺も…俺も……」

まさちんは、何も言えなかった。
なぜ、真北が泣いているのか…。

他人に感情を見せたことのない真北が、なぜ……?



(2005.7.4 第一部 第十四話 UP)



Next story (第一部 第十五話)



組員サイド任侠物語〜「第一部 絆の矛先」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.