任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十五話 一つの山場を乗り越えて

真子の二度目の手術が成功した。呼吸も自発呼吸を始めていた。
頭の傷も、それ程ダメージを受けていない様子。
後は、意識の回復を待つだけだった。

ぺんこうが、橋総合病院にやって来た。そして、真っ直ぐICUまで脚を運ぶ。

「まさちん、…ここにいたのか…」

まさちんは、声のする方を力無く振り返った。

「あぁ。……」
「ったく、お前は、怪我人だぞ」

まさちんは、無言で真子を見つめていた。

「…ずっとここに居るんだろ。後は、俺に任せろ。お前は、寝ておけ」
「嫌だ」
「お前なぁ。…組長が目を覚ました時、やつれたお前を見たら、
 心配するだろ。そんな組長に…心配掛けさせてどうする…」
「しかし…」
「しかしもへったくれもないだろ。橋先生に頼んで、抑制してもらうよ。
 それとも、俺に殴り倒されたいのか?」

ぺんこうは、まさちんの腕を掴み、ほとんど引きずるような感じで病室に連れていった。まさちんは、半ば諦めたような表情でぺんこうに身を任せてしまう。

「いくら、不死身のお前でも、そんなやつれた表情で、組長に
 逢わせるわけにいかないな…」
「俺が、組長を撃ったんだよ…」
「それは、お前の意志じゃないだろ?」
「俺が、捕まったばかりに…組長を…」
「あの状況じゃお前でも、どうすることもできなかったんだよ。
 …まさちんのせいじゃないだろ? そんなに自分を責めるな」
「組長を……守ると…決心したのに…。なのに、俺が…」
「…まさちんも、真北さんも、どうして、そんなに自分を責めるんだよ。
 …俺だって、あの時……組長を、守れなかった」

切ない言葉。しかし、ぺんこうは、気を取り直して話し続けた。

「しかし、こうして、組長は、生きているだろ?
 意識の回復を待つだけなんだろ?」
「あぁ。だから、俺は、組長の側で待っているんだよ…」
「…その前に、お前の傷を治すことが先…だろ?」

まさちんは、ぺんこうの優しさを肌で感じたのか、目が潤んでいた。それを隠すように布団を頭まで被ってしまう。まさちんの仕草を見たぺんこうは、そんなまさちんがなぜか、かわいいと思っていた。

「ぺんこう…。腑に落ちないことがある…」
「何?」
「俺は、自分の意志では無かった行動をとっていたときの記憶がある。
 そこで、真北さんが、…警察に指示を出していたように思えて仕方がない。
 真北さんが、なぜ、警察に指示を? ぺんこう…何か知ってるか?」
「そ、それは……。…真北さんに、直接聞けばいい。ね、真北さん」

真北が、まさちんの病室に入ってきていた。まさちんは、その雰囲気を察したのか、かばっと起きあがる。

「しゃぁないか…」

真北は、頭を掻いていた。そして、ポケットに手を入れ、口を尖らせながら、まさちんに近づいた。

「俺は、刑事だ」

まさちんの目つきが変わる。

「そう睨むな。やくざでもあるんだからな」

まさちんは、怪訝そうな表情になる。

「……警視庁黙認の特殊任務っつうーのがあるんだよ。裏社会の始末屋だ。
 こんな言い方だと、かっこつけてるようだな…。市民を守る為に、やくざに
 身を売ってると言った方が、いいかもな…」
「それでは、刑事でもやくざでもないんじゃ…」
「あぁ、そうだ」

暫く沈黙が続いた。まさちんが静かに言った。

「…ぺんこうは、知っていたのか?」
「あぁ」

静かに応えるぺんこう。その表情には、少し怒りが含まれている。

「…組長は?」
「知らないよ…」
「…怒りますよ、組長は」
「そうだな…」

まさちんの病室は、なんだか、暗い雰囲気に包まれていた。



真子の症状はかなり安定してきた。まさちんもすっかり治り、あとは、橋の退院許可を待つばかり。
まさちんとぺんこうは、真子の様子を伺いにICU前に今日も来ていた。

「お前、仕事は?」
「休みにした」
「いいのか? 組長が怒るぞ。…あっ」

真子が起きあがった。ガラス越しにいる二人に気が付いた。そこへ、真北の姿が現れる。

「真北さん」
「組長は、かなり良くなったな。明日にも、一般病棟に移れ……!!」
「組長」

ICUのガラスに何かがぶつかった。真子が、ベッドの周りにあるものと真北に向けて投げつけていた。看護婦達が真子を止めに入るが、一向に止まない。ガラスにひびが入った。

「真子ちゃん、やめなさい!!」

橋が止めに入ってきた。

「うるさぁい!! 大っきらい! 真北さんのうそつき!
 刑事だったんでしょ? 私を騙して…!」

まさちんがICUに入ってきて、暴れる真子の両手を掴んだ。

「組長」
「まさちん、……放してよ」

真北とぺんこうも入ってきた。真子は真北を見て、叫ぶ。

「真北さんなんか、大っきらい! 私の前に来ないで! 来ないでよ!
 私を騙してた。刑事だったんだ。私を騙して、捕まえて…そして…」
「…確かに、私は、刑事です。組長に黙っていたのは、訳があります。
 だけど、今の組長には、申し上げられません」

真子は、まさちんの腕を振りほどいて、側にあった椅子を真北に投げつけた。
椅子は、真北のギブスに当たる。顔がゆがむ真北。それを見ていたまさちんが、

「組長、何をするんですか!」

真子に怒鳴ってしまう。それには、周りの誰もが驚いてしまった。

「……組長。よくお聞き下さい。真北さんが刑事だということを
 黙っていたのは、訳があります。真北さんの事情があるんです。
 私も今まで知らなかったんです。でも、今、そのように荒れている
 組長には、申し上げられません」

真子は、唇を噛み締め、一筋の涙を流した。

「……もう、もうこんな弱々しい私を…こんな小さな私を組長と呼ばないで!
 大人達が、こんな私に、組長、組長って、ぺこぺこして…馬鹿みたい。
 私をからかってるんでしょ? 真北さんは、刑事だってこと、黙っているし、
 …組長の私に、隠していること、まだあるんでしょ? 何も知らない私を
 利用して、何かたくらんでるんでしょ? もう…もう、いい加減にしてよ!!」

ばしっ!!

まさちんが真子の頬をぶっ叩いた。真子は、驚き、目を見開いて頬に手を当てながら、しゃがみ込んだ。

「からかってなんか…いませんよ…。私たちは、組長のことが大事なだけです。
 …命を粗末にするなと組長は、我々に仰った。組長の命を己の命を
 犠牲にしてまで、守るな…そう仰ったんですよ?」

まさちんは拳を握りしめる。

「………どんな小さな子供でも、その優しさには、お応えすべきでしょう?
 嫌々頭を下げているんじゃありません。大切…だから。組長が大切だから、
 ……だから…」
「……うわぁ〜〜ん!!!」

真子は、泣き叫びながら、ICUを飛び出していった。

「ぺんこう!」
「はい!」

真北の声と同時にぺんこうは真子を追いかけていった。まさちんは、俯き、拳を握りしめていた、真子を叩いた手を哀しそうに見つめていた。

「まさちん…。ごめん」

真北が呟くように言った。

「…いいんですよ。…たまには…ね…」

まさちんは、苦笑いをしていた。

「追いかけなくていいのか、真北」
「あぁ。しばらくは、ぺんこうに任せるよ…」

真北は、ギブスの腕をさすりながら、ICUを片づけ始めた。




「組長!」

ぺんこうが真子を追いかけて、屋上までやって来る。ぺんこうの姿に気が付いた真子は、逃げようと立ち上がり、ふらついた。

「まだ、走ってはいけませんよ」
「うるさいっ! ほっといてよ」
「だめです。……こういうところが、まだ、変わってないですね。
 むかしのままですよ、頑固もの」
「ふん! 私だもん」


ぺんこうは、真子をベンチに座らせた。そして、大きくため息をつく真子に、水で濡らしたタオルを渡す。

「頬、赤いですよ」

真子は、まさちんに叩かれた頬に触り、ぺんこうからタオルを受け取り、頬に当てる。
しばらく沈黙が続いた後、真子が口を開いた。

「ねぇ、ぺんこう」
「はい」
「……私って、ヤクザに向いてないのに、大っ嫌いなのに、なんで、
 組長になんかに……。自分でも不思議なの。あんなにお父様が
 嫌いだったのに、なんでだろう。やっぱり、血筋かなぁ。……あの日、
 お父様の葬儀の日、……自分でも、不思議だったの。あんな部分があったなんて」
「…お嬢様は、自分でも、お気付きになっていないでしょう。先代が、
 おっしゃっていましたよ。『真子は、組長に向いている』って」
「やだな、そんなこと、言ってたんだ」
「私は、ヤクザですけど、嫌いですか?」

真子は、横に首を振った。

「まさちんは?」

真子は、再び首を横に振り、

「ヤクザってね、人を平気で傷つける、命を大切にしない……。
 人が死ぬって、嫌なことなのに、哀しいことなのに。親分の為に、
 命を投げ出す。そんなのって、いやだもの。私の為に、また、
 誰かが死ぬのって、……いやだもん。もう、もう……」
「お嬢様は、お嬢様の思うように、なさればいいんですよ。
 それに我々組員は、従うだけです。組長の命令には逆らえませんから。
 …これは、言わなくても、もう、ご理解されてますよね」

真子は、しばらく考え、そして、何かひらめいたような表情をし、ぺんこうに言った。

「組長命令は、絶対なんだね、ぺんこう」
「はい」
「ようし、私を阿山組組長にしたこと、後悔させてやる。ぺんこう、戻るよ!」
「はい、組長」

真子は、笑顔でぺんこうの手を引きながら、エレベーターへ向かって行く。
この様子を、真北と橋、そして、まさちんが影から見ていた。

「流石だな、ぺんこうは」

真北は呟くように言い、

「さてと、俺も腹をくくるかっ!」

そして、気合いを入れた。

「俺は、仕事に戻るで。これは、お前らの問題やろ?」
「橋、それよりも、組長の診察してくれよ。あの調子だと、また、ぶりかえすだろ?」
「大丈夫やろ、真子ちゃんの回復力は、怪人なみやし…」
「組長を怪物みたいに言うなよ」
「ふっふっふっふ…」

橋は、何故か笑っていた。

「何笑ってるんだよ」
「あぁ、なんかな、お前の顔がすっきりしててよぉ。おもろくてな」
「…人の顔を見て、笑うな…。でも…確かに、吹っ切れたよ…。
 ところで、俺のギブスは、いつ取れる?」
「まだ、先だよ」
「そっか……」

少しがっかりしたような表情で歩いていく真北の後ろを橋とまさちんが付いていた。

「あぁでも言っとかないと、あいつ、無茶するしな…」
「橋先生、ほんとは?」
「完治してるよ」
「そうですか」
「そうやねん」

橋とまさちんは、なぜか、笑っていた。

「何笑ってるんだよ」
「内緒!」
「内緒ですよ」
「お前らなぁ」

ほんわかムードの三人は、ICUに向けて歩いていく。

ICUでは、真子がおとなしく眠っていた。側には、ぺんこうが付き添っている。
真子の表情はとても穏やかだった。
それを眺めるぺんこうの表情には、優しさが溢れていた。




真子はICUから個室に移された。
少し元気のない真子。
そんな真子にはまさちんが、付きっきりだった。まさちんは、何か言いたげな顔をしている……。

「く、……組長…、あの…その…申し訳ありませんでした」

まさちんは、やっとの思いで口を開いた。真子は、そんなまさちんに冷たい目線を送る…。
その目は、何かを訴えているように思えた。
ICUでの一件以来、まさちんは、気になって仕方がなかった。
……真子の頬を叩いた。
そのことで、真子は、再度手術したのだった。無理に動いたことと、頭への打撃…。頭には、痛々しく包帯が巻かれ、口は一文字に。
まさちんは、どうすればいいのか、悩んでいる。
その時だった。
真子が突然、一筋の涙を流した。

「く、組長? どこか痛みますか?」

慌てるまさちんに、真子は、ゆっくりと首を横に振り、涙声で応えた。

「違うの…違う…痛まない…。大丈夫……。安心しただけ…。
 だって、まさちんが…元に戻ったから…。恐かったんだよ…。
 まさちん…恐かったんだから…」

真子は、わんわん泣き出した。そんな真子の手を優しく握りしめるまさちん。そして、真子の目線までしゃがみ込み、涙を拭った。

「もう、泣かないでください。組長も私も、こうして、無事に
 生きているんですから。ですから、もう、泣かないでください」
「まさちん…」

真子は、左手でまさちんの頬をつねっていた。

「あ、あの…くみちょひょ(くみちょう)?」
「へ…変な、顔ぉ〜」
「くみちょひょ(くみちょう)がひっはってるんでひゅよ(引っ張ってるんですよ)…」

それは、真子の照れ隠しの仕草。真子には、照れたとき、毎回、相手の頬をつねる癖があるようで…。
二人はいつものように、じゃれ合い始めていた。その時、まさちんは真子の異変に気が付く。

「…組長、もしかして…右手…」
「ん? 何にもないよ」

まさちんは、真子の右腕を掴み、そっと放す。真子の右腕は、力無くベッドの上に落ちた。

まさか……。




「…俺としたことが……」

橋は、まさちんに真子の症状を聞かされて、落ち込んでしまった。
真子の右半身に異変が現れたのだった。それは、左の額を撃たれ、脳で弾丸が停まったことによる障害だった。橋には気が付かなかった場所で神経系に障害が起こったようだ。
橋をはじめ、まさちん、真北達は、真子の障害に落ち込んでいたが、当の真子は、あっけらかんとしていた。

「どうしたのよぉ、みんな。大丈夫だって。生きているだけでも、よかったでしょ?」

真子は、みんなの前でそう言い切った。
真子は、誰よりも強かった。
そんな真子に、真北が自分の事を打ち明ける日が来た……。



真北は、深刻な顔をして、ベッドに座っている真子を見つめていた。周りには、既に真北の事を知っているまさちん、くまはち、むかいん、そしてぺんこうが立っていた。
沈黙が続く。
誰もが息を飲み、その瞬間を待っていた。
そして、やっと真北が口を開く。

「今まで…隠していて申し訳ございませんでした。
 …組長…いいえ、真子ちゃん。私が、私のことを真子ちゃんに
 話すことで、これからどうなるのか、検討がつきません。
 真子ちゃんの考えもです…」

真子は、俯き加減で真北の話を聞いていた。

「真子ちゃんが生まれる前、私は、阿山組と壊滅させようとしていた刑事の一人でした。
 しかし、壊滅寸前、抗争に巻き込まれ、深手を負ってしまった。幸いにも一命を取り留めた。
 …仲間は還らぬ者となってしまったけど…。その時、看病をしてくれたのが、ちさとさんだった」

真北の表情が柔らかくなる。

「それがきっかけとなって、私は阿山組とつき合いが始まった。その頃だった。
 警視庁に、特殊な任務があることを知ったのは。裏の世界には法で裁くことが
 むずかしい事件が数多くある。そんな法で裁けないことを片づける任務だ。
 それには、裏社会のリーダーの協力が必要だった。それが、阿山組…。
 阿山組と深く付き合うようになった頃、俺は、ちさとさんの意志も知った。そして、
 銃器類を体の一部のように扱っていた阿山組の本心も悟った」

真北は、何かを思い出すような表情で話を続けた。

「そんな阿山組の協力で、この任務に就くことを決心した。これが、その証です」

真北は、真子に特殊任務の証である手帳を見せる。

「…俺は、決して、真子ちゃんを裏切ったわけではない。このことは、
 ちさとさんも、…慶造も知っていた。そして、真子ちゃんには、いつ話せばいいのか、
 その機会を待っていた。真子ちゃんは、大きくなるにつれ、警察や医者、やくざを
 嫌っていった。そんな真子ちゃんに、正体を明かすことに、俺は戸惑ってしまった。
 …真子ちゃんに、嫌われたくなかったんだよ…。今まで、…自分の娘のように
 かわいがってきた真子ちゃんに…。だから、今まで…」

深刻な表情の真北を真子は、冷たい表情で見つめた。

「ひどいよ、真北さん…許さない…」
「ま、真子ちゃん……」
「騙すなんて…ひどい…ひどすぎる…」

真子の目に怒りがこもっていた。

「…騙すつもりは、無かったんです…。真子ちゃん…」

真北は、困った表情を現す。それを観た真子は、急に俯き、そして、肩を震わせて笑い始めた。

「っくっくっくっく……あっははっははははは!!!」
「く、組長?」

急に笑い出した真子を見て、まさちん達は、真子は気が触れたと思った。
無理もない。
脳の手術をした後だ。右半身だけでなく、脳障害が現れたと誰もが考えてしまう。
だが……、

「ごめんごめん。なぜ、みんな、そんな変な顔をしてるの?はっはははは!
 あぁあ、可笑しいぃ〜。お腹痛いぃ〜。笑わずには居られないでしょ!
 だって、真北さん、思い詰めた顔してるんだもん!!笑ってしまうよぉ。
 おあいこね、あいこ! もう全然気にしてないって。だって、真北さん、
 約束を守っていたんでしょ? お母さんとの……」

真子は急に寂しそうな顔をした。そして、にっこりと微笑んだ。

「真子ちゃん、それは…」
「…ありがとう、真北さん。打ち明けてくれて。もっと早く知りたかった。
 だって、真北さんって、一人で考え込んでしまうでしょ?それに、いっつも黙っていて、
 何も言ってくれないし。真北さん、得体の知れない人だから。気になって気になって…」

真子は、俯き加減になり、昔を思い出すような感じで話し続ける。

「まさちんや、くまはちのような人ではないかもって思っていた。……目が覚めて、
 真北さんに非道いこと言ってしまった…。ごめんなさい。まさちんも…あの時は、ごめん。
 そして、私をひっぱたいてくれて、ありがとう。あれから、こうして自分の考えを
 まとめる時間があって、よかったと思うんだ。私には、大っ嫌いなやくざの血が流れてる。
 これは、仕方ないけどね…」

真子は、まさちん、くまはち、むかいん、ぺんこうを一人一人しっかりと見つめ、力強く言った。

「…組長命令は、絶対だからね。…決して、私の為に、死なないで。
 生きて……生きていて欲しい。…絶対だよ…」

真子の表情は、五代目の表情でも、真子自身の表情でもなかった。また別の、偉大な感じのする表情だった。

「はい!」

その声は大きかった。真子の言葉は、一人一人の胸に刻まれていた。

「組長、私の二足の草鞋は……」

真北は、そっと声にする。

「真北さん、二足の草鞋なんて、履いていたの? ずっと刑事の…特殊任務の
 真北さんでしょ? そして、真北ちさとの保護者!…そうでしょ?」

笑顔で言った真子を観て、真北は、目が少し潤んでしまった。それをすかさずに真子が指摘する。

「あぁ〜! 鬼の目に涙だぁ〜!」

真北は、目頭を押さえながら、真子を軽くこづいていた。

「痛いなぁ〜もぉ〜」




「真子ちゃんもすごいなぁ。そんなことしたんかぁ」
「えぇ? 何? 橋先生、何かあるの?」

真子の診察をしながら、橋は、真子と真北の事を聞いていた。

「真北を騙したなんて、真子ちゃんも大物やなぁ。これは、絶対に根に持っているぞぉ。
 知らんぞぉ」
「根に持つって…そんなぁ。まった、大袈裟なんだからぁ」
「大袈裟なもんかぁ。あいつのことは、ほとんど知ってるからなぁ。
 ……それよりも、腕の調子は?」
「こぉんな感じ」

真子は、平気な様子で右腕を回していた。

「心配すること無かったんか…。まさちんから聞いたときは、気が気でなかったで」
「…自分で出来ることは、自分でする。これ、当たり前でしょ。
 自分の体の不自由くらい、自分で回復させないとね」
「だけど、まだ、体を動かすことには、反対だからな。脳への影響も心配だし…。
 暫くは、自分で歩き回ったりすることは、駄目だからね」

真子は、深刻な顔をして橋の話を聞いていた。

「わかりました。早く退院したいもん。…真北さんの言う通りかな?」
「あいつ、何か言っとったか?」
「…橋先生の言葉から関西弁が消えている時は、深刻なことだから…。
 って言っていたよ。…今、関西弁消えていたみたいだから…」
「ん? …早く退院したいんやろ? ところで、夜中に、何してる?」
「内緒」

真子は、意地悪そうに橋に言った。

「内緒かぁ。…しゃぁないな。退院を延ばすか」
「ちょ、ちょ、ちょっと、橋先生ぃ〜〜」

真子は、人気が消えた夜中に、病室で体を動かしていた。トレーニングルームへ行くと、橋にばれてしまう為、こっそりと、病室で、筋力を鍛えていたのだった。しかし、橋の方が上手だった。橋には、すっかりばれていた…。



とある日の午後。天気は、晴れ。くまはち、むかいんは、退院し、そして、まさちんも退院。真北は未だ、ギブスを取ってもらえず、すねている様子。それぞれが、自宅でくつろいでいる時だった。近所の人が真北家を訪ねてきた。真北が応対に出ていた。

「…わかりました…。ご迷惑をお掛けしました」

家に戻ってきた真北に、まさちんが尋ねる。

「何かありましたか?」
「…正体がばれたよ…」
「正体って?」
「…一連の事件で、組長のことが、露見した」
「…本当ですか」

真北は静かにうなずいた。

「仕方ありませんね。次の場所を探しますか」

くまはちが、出かける用意をし始める。そんなくまはちに真北が驚いた表情で尋ねた。

「くまはち、どこへ?」
「先手必勝。これ以上、ご近所ともめる訳にはいきませんから。
 ちょいと松本のとこへ行ってきます」

まさちんは、くまはちの行動に何かを感じ取った。

「…組長にも要相談だぞ、くまはち」
「ん? わかってるよ。兎に角、急ぎます」

むかいんは、財布を持って、出かける用意をしていた。

「久しぶりの料理…出来るかなぁ」

そう呟きながら、出かけていった。

「なんだよ、ったく」

まさちんは、ふてくされていた。そして、何かを思いだしたように、立ち上がった。

「まさちん、どこに行くんだよ」

真北が、慌てたような口調で言う。

「…組長んとこですよ」
「さっき帰ってきたばかりだろ。お前も、少しはゆっくりしろ」
「俺は、組長のボディーガードですよ」
「橋が居るから大丈夫だって」
「しかしですね…」
「…俺が寂しいだろが…」

真北は、呟くように言った。寂しそうな表情をした真北を見て、まさちんは、なぜか、微笑んでしまった。
新たな真北の一面を見たようで……。
確か、橋先生が言っていたなぁ。

『あいつは、お茶目な奴だからな。』

まさちんと真北は、リビングで、真子の話で盛り上がっていた……。




阿山組本部前。
一人の男が、倒れていた。門番の組員が、その男に気が付き、本部の中へ、担ぎ込む。

「行き倒れか?」
「そのようですね」
「まだ、若いのになぁ」

山中と北野が、行き倒れの男を看病している組員と話していた。

「あっ、目を覚ましましたよ」

行き倒れの男は、突然飛び起きた。

「こ、ここは?」
「お前は、倒れていたんだよ。一体どうしたんだ?」
「えっ? いや、……よく覚えてません」
「名前は?」
「…純一といいます。ここは、どこなんですか?」
「…阿山組だ」
「阿山…組?」
「ま、兎に角、何か喰うだろ? 歩けそうなら、こっちこい」
「…ありがとうございます。お世話かけます」

純一は、深々と頭を下げた。そして、山中と北野の後を付いて歩いていった。その時、純一の目に、殺意が見え隠れしていたことに、誰も気づかなかった。
そして、純一は、山中と食事を始める。そして、いろいろと話しているうちに、山中は、純一を気に入った様子だった。

「…もし、純一さえよければ、ここで過ごすか? …ま、ここは、任侠の世界だけどな…。
 行き場所がないんだったら、ここで過ごせ」
「山中さん…ありがとうございます。宜しくお願いいたします」

純一の目は潤んでいた。
その夜……。

「くっくっく…。こんなに簡単に潜り込めるとはなぁ。
 しかし、五代目は山中じゃなかったのか…。ということは、娘…。
 姿は見えないけど、どこなんだろう……」

布団の中で、純一は呟く。
殺意を感じると同時に、少し寂しさも感じられる純一は、一体、何を企んでいるだろうか…。




橋総合病院。
真子は、車椅子に座って、寂しそうな表情で屋上から遠くを見つめている。真子の後ろには、まさちんが立っていた。

「そっか…仕方ないね」
「えぇ。楽しい日々を送れると思っていた矢先に…」
「…少しだったけど、楽しかったよ」
「そうですね。…学校の方は、そのままで大丈夫です。しかし、一年の休学後ですので、
 もう一度二年生からというお話ですけど…」
「そりゃぁ、こんな怪我して、すぐに退院なんて、考えられ……」

真子は、そこまで言いかけて、口をつ噤む。

「ご、ごめん、まさちん…」
「どうしました?」
「あの、その……」
「…私なら、大丈夫ですよ。気にならないと言えば、嘘になりますけど、
 …いつまでも言ってられませんよ」
「まさちん…」

真子は、港での出来事を気にしていた。自分のせいで、まさちんを危険な目に遭わせてしまった。そして、自分を撃つ羽目にも…。
全ては自分が悪い。
…常に考えていた。
そんな真子の心情を悟ったのか、まさちんは、優しく、そして、力強く真子に応える。
暫く沈黙が続いた。

「ところで、次の家はどうなってるの?」

真子が急に口を開いた。

「松本さんが、目を付けているところがあるそうです。
 そこは、まだ、更地なんで住宅もぽつぽつしか
 建ってないそうですよ」
「間取りとか…決まったのかな…」
「まだだと思いますよ」
「くまはちは?」
「もちろん、松本さんと一緒に動いてます」
「……間取り…………うん! じゃぁ、それ、私の仕事!!」

真子は、なんだか楽しそうな顔で言った。

「組長???」

真子が何を考えているのか、解らないまさちんだった。




「このような感じでどうでしょうか?」
「う〜ん……」

真子の病室で、松本とくまはちが、新居の図面を持って、真子とにらめっこしていた。
真子は、腕を組んで、その図面を見つめている。何か思いついたのか、突然、ペンを手に取り、図面の手直しを始めた。

「…組長、AYビルもそうですけど、…設計士がまた泣きますよ」

まさちんが言うが、

「いいのっ」

真子は、手直しに必死になっていた。
…まさちんは、ふてくされる…。

「できた! こんな感じで…」

松本、くまはち、まさちんは、その図面を見入っていた。一階は、それほど手直しをしていなかったが、二階は、三部屋あったものを四部屋に手直しされていた。一部屋増えていることに疑問を持つ三人。

「組長、これは??」
「あぁ、これ? それは、ヒミツ! 兎に角、二階は四部屋なの!」

真子は、嬉しそうな顔をしていた。まさちん達は、真子が何を考えているのか、解らなかったが、兎に角、真子の意見を重視することにした。

「それと、AYビルのことなんだけど…。……やっぱりこれは、
 真北さんも交えた方がいいかなぁ」
「何ですか?」

松本が尋ねた。

「その…一つお願いがね…」

やっぱりまさちん達は、真子が何を考えているのか、解らなかった。




橋総合病院の庭。
真北は、真子の車椅子を押しながら、真子の話を聞いていた。

「それは、組長のお考えですから、右と言われれば右、
 左と言われれば左ですよ。…まぁ、たまには、右と
 言われれば、上をいく時もありますけどね」
「…組長命令は絶対かぁ。何だか、いいような悪いような…。
 でも、真北さん、どう思う?」
「私は賛成ですよ。本部に居るときから、思っていましたから」
「そうだったんだぁ。じゃぁ、後は、本人に…だね!」
「えぇ」

真北の声は、何となく弾んだ感じに聞こえた真子。

「真北さん、なんだか、嬉しそうだね」

真北に尋ねると、

「嬉しいですよ。肩の荷が下りた気分ですから」

真子に自分の立場を打ち明けた。それは、真北自身が長年、悩んでいた事だった。

「そんなに悩んでたんなら、もっと早く話してくれてよかったのに。
 真北さん、いつも一人で悩むでしょ? こんな私だけど、相談してよね!」
「組長……」

真北の目が突然、潤んだように輝いた。
真北は、真子の言葉が嬉しかったのか、それ以上、何も話さなくなった。真子は、ただ、微笑んでいるだけなのに、真北には、その微笑みが、ちさとのように思えて仕方がなかった。
真子とちさとが、重なって見えていた。



(2005.7.7 第一部 第十五話 UP)



Next story (第一部 第十六話)



組員サイド任侠物語〜「第一部 絆の矛先」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.