任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十六話 新たな生活へ

雪が降ってきた。世間では、新たな年を迎える準備に大忙し。
病院内は、少し寂しく感じる頃、真子の病室では……。

「…まさちん、ホテルに戻りなよぉ」
「いいえ」
「毎日そんなところで寝ていたら、体に悪いでしょぉ」
「大丈夫ですよ。それに、私には、ホテルのベッドより、
 こうして、組長の側に居る方が、体に良いんですよ」
「…だけどさぁ。折角、部屋をとってるのに、もったいないよ」
「くまはちとむかいんが、寝泊まりしてますから…」

そう言ったまさちんは、何かに気付いたような表情をする。

「…まさか組長、……私と一緒に居るのが、嫌なのですか…?」
「そうだよ」

まさちんは、真子の言葉に衝撃を受け、肩の力をがっくりと落とした。

「うそうそ! まさちんが、側にいる方が、安心できるもん。
 だけどね、その反面、まさちんに便りっきりになるから…。
 自分のことは自分でしないといけないでしょ?」
「そうですが、未だ、橋先生から、許可は出てないのですよ。
 頭の管がとれるまで、なるべく負担をかけないようにと
 おっしゃってるんですから」
「一体、いつになったらとれるん?」
「出血が止まるまで」
「なかなかだねぇ」

真子の頭の傷からは、未だに出血があった。
自分の頭から出ている管が赤いのを見た真子は、寂しげな表情になる。
突然、まさちんは、話を切り替えた。

「組長、そろそろお正月ですね」
「ほんとだね。早いねぇ。お正月は、患者さんも帰るんだね。
 知らなかった。なんだか、病院内が寂しくなってきたね。
 お正月だというのにね。あっ、そうだ。まさちん」
「はい」
「お年玉、弾んでよね」
「前回よりも…ですか?」
「当たり前でしょぉ」
「そんなにもらうと、真北さんに、また怒られますよ」
「…真北さんと、くまはちにも…うっふっふっふ!」

真子は、まさちんの話を聞いていない様子。
一体、真子は、どれくらいの金額を毎年もらっているのか…。
以前、百貨店での買い物の時のまさちんの所持金を想像すると……。

「あっ、むかいんは、何してるの? 腕がうずうずしてるんじゃないかなぁ」
「それは、大丈夫ですよ。ホテルの支配人に頼んで厨房で
 バイトさせてもらってますよ」
「よくさせてもらったね。むかいんの腕を見たら、そのホテルの料理長、
 黙ってないんじゃないかなぁ」
「その辺は、知らないんですけどねぇ〜。そう言えば、そろそろ
 例の件、最終段階に入りましたよぉ」
「ほんと? うはっ! 楽しみだね」
「えぇ」

真子とまさちんは、お互い笑い合っていた。
二人が言った例の件とは……。



むかいんは、真子のベッドの側に、呆然として立ちつくしていた。

「………組長……」

片手に持った封書と文書。
むかいんは、真子からもらった手紙を目の前で開けるように言われ、中に入っていた文書を読んだ後、戸惑ったように真子を見つめ、そして…、

「私からのプレゼントだよ」

と真子から、笑顔と同時に言われた途端の出来事だった。

「組長……しかし、私には…」
「…私には無理…って言いたいの?」
「はい」
「そんなことないよ! だって、むかいんの腕は
 誰もが喜ぶものだもん。……もしかして、
 嫌なの? ………お店持つ事…夢だって…」
「そうですが、その……私は…」
「むかいん」

真子が静かに言う。
その口調は、五代目の威厳が現れていた。

「は、はい」
「むかいん、よく聞いてね。むかいんのその腕で、
 世間の人達を笑顔にさせて下さい。そして、
 心を和ませてあげてください。宜しくお願いします」

真子は、ベッドの上に座ったままだったが、頭を深々と下げていた。

「…組長……」

むかいんは、戸惑いながらも真子を見つめ、そして、少し離れた所に立つまさちんに目をやった。

正直になれって。

まさちんの目が、そう語っていた。

「組長。了解致しました。この私の腕で、みなさんの心を和ませてみせます」

晴れ晴れとした表情で、むかいんは応えた。
真子が顔を上げ、そして、嬉しそうに微笑んだ。

「ということで、お店の方は、むかいんが、仕切ってね!
 むかいんの好きなようにしていいから。レイアウトから、
 メニューまでね。…ちょっとしんどいかな?」
「平気ですよ。…私の夢ですから」

むかいんは、両手に力を込めて、そして、言った。

「がんばります!」

勢い余ったのか、むかいんは、病室を出ていく。

「あぁあ、むかいんがあんなに張り切るなんて…。
 ちょっとびっくりですね、組長」
「ずいぶん昔に、聞いたんだもん。むかいんの夢。
 お店を持つこと。…お父様に感謝しなきゃね。AYビルのこと。
 ビルがなければ、思いつかなかったよ」
「しかし、組長。むかいんは、組長の為に料理をって言っていたにも関わらず…」
「もったいないよ。他のみんなにもむかいんの料理を
 食べてもらいたいじゃない。…それに、むかいん……
 少し寂しそうだったでしょ。あの事件以来」
「そうですね」
「きっとね、思うように手が動かなかったんだと思うの。
 でもさ、これで、きっと元に戻るよね。…あの事件だって、私の……」
「組長、それは、もう言わないことにしましたよね?」

まさちんが真子の言葉を遮る。

「そうでした。ごめんなさい。…まさちん」
「なんでしょうか」
「楽しみだね、むかいんのお店」
「えぇ」
「…私、早く退院したいな」
「…もうすぐですよ」

まさちんは優しく微笑む。

「うん」

真子は、まさちんの優しさに応えるように微笑んでいた。




梅の花が咲き乱れ、桜も咲こうとし始める頃、AYビルの建設工事が終わった。


「AYビルの建設が終わったみたいだな」

阿山組本部で、山中、そして、幹部の連中が話していた。

「それは、そうと、組長の具合は?」
「そろそろ退院って聞いたけどなぁ」
「しかし、頭に喰らって、生きてるなんて、すごいな」
「医者の腕が良かったのと、組長の生命力だな」
「それよりも、山中、いいのか? 例の若造。
 得体の知れない奴を組に入れて…」
「気になるのか? 大丈夫だよ。あいつなら、よく働くよ」
「気を付けてくれよ。幸いにも組長は本部におらんのだがな」
「わかってますよ」

その噂の純一は、真子の部屋を掃除していた。一通り掃除が終わり、部屋を一望する。ソファの正面にある棚に写真が飾っていた。素敵な山の風景と女性の写真だった。

「五代目の部屋かぁ。…俺と同じ年とは思えない部屋だなぁ。
 同じ年の女の子なら、かわいいぬいぐるみとか、アニメの
 キャラクターとかのグッズが置いてそうなのにな。
 まだ、本部に来たばかりだ……もっと信頼してもらわないと
 計画が……でも、…なぁ〜……」

純一は、部屋を出ていった。その後ろ姿は、少し寂しさが漂っていた。



橋総合病院。
そこにある、素敵な庭。入院患者や、看護婦、医師、そして、患者の家族や友人たち、いろいろな人達が行き交う庭に、右足を少し引きずるように、ゆっくりだが、真子が歩いていた。

「くみちょぉぉぉぉっ!!!!」
「あん??」

真子は、声が聞こえた方を振り返る。まさちんがものすごい勢いで真子に向かって駆けてきた。

「まさちん、どうしたの? 急用?」
「いけませんよ!!! お一人で、それも、歩いて!!」
「少しなら、いいって橋先生が言ったんだよ。だから」
「それでも、もしものことが遭ったら、私が…」
「ごめんごめん。…だって、まさちん、疲れてるでしょ?」
「…疲れてませんよ」
「私の代わりに、組の仕事であちこち駆け回ってるし、
 仕事終わったら、私の為に、こうして、駆けつけてくるし…。
 夜は夜で、私を守るために起きてるし…。私のことばかり気にして、
 自分の時間作ってないし…。そんなことで、いいの?」

真子は矢継ぎ早に言った。

「組長……」
「ぺんこうも、むかいんも、くまはちも、そして、真北さんも
 自分の時間を作ってるんだよ。なのに、まさちんは…」
「…これが、私の時間ですから」

まさちんは、さらりと言い放つ。

「でも…」
「…私は、組長をお守りすることが生き甲斐ですから。
 あの日、そう決めたんです」
「…まさちん…」

まさちんの言ったあの日。
それは、初めて青い光に助けられた日のこと。

真子は、まさちんの正体を知っていながらも、まさちんのことを常に考えていた。そんな真子へのお礼として…。
封じられた真子の記憶が解き放たれたことによって、あの日の事をこうして、語り合えるのだった。

「ありがとう、まさちん」

ちょっぴり頬を赤らめて、真子は言った。

「だけどね…私は、まさちんには、自分の時間をちゃんと作って欲しいんだ…」
「…ちゃんと作ってますよ!」
「ほんと?」
「えぇ。趣味の時間は、きちんと作ってますよ!」
「……じゃぁ、新作のお話してくれる?」
「どれにしますか? アクション、ラブロマンス、コメディ、たくさんありますよぉ」
「じゃぁ、コメディ。もう、笑っても大丈夫でしょ?」
「そうですね。では……」

真子に腕を貸しながら、庭を歩くまさちんは、最近観た映画を話し始めた。少し歩いた所にあったベンチに腰を掛け、楽しく可笑しく語り始める。
真子が笑う。
その笑い声が気になるのか、庭を散歩している患者達が、真子の周りに集まり始めた。まさちんの映画の話は、とても面白く……。

「なんや、あの人だかり」

橋が事務所から窓の外を見た時、庭の人だかりに気が付いた。
橋の事務所でくつろいでいた真北も同じように下を見る。

「真子ちゃんとまさちんだな」
「…何しとんや?」
「まさちんが映画の話をしてるんだろ」

真子の笑顔を見ただけで把握する真北は、優しく応えた。

「優しい口調に、何となく…感じるぞ…」
「何を?」
「嫉妬」

橋の言葉に、真北の眼差しが鋭くなる。

「図星……か」
「うるさいっ」

そう言って、真北は再び、庭にいる真子を見つめた。
その目が急に塞がれる。

「!! 何すんねん!」
「何となく…俺が…嫉妬」

真北は、橋の手から逃れるように体を動かし、そして、橋を見つめた。
橋も、真北を見つめる。

「………いつの間に…鞍替え…」

何かに恐れたように、真北が言う。

「あほ」

そう言って、デスクに戻り、真子のカルテに何かを書き始めた。

「もう少し、様子を見させろよ」

静かに橋が言った。

「解ってる」

橋の言葉に関西弁が含まれていない。そのことで、真北は把握する。
たったそれだけの会話で、二人はお互いを理解し合っていた。
二人の距離も、徐々に近づいている……。




「やったぁ〜〜っ!!!!!!」
「お疲れさまでした」

真子は、やっとこさ退院した。待ちに待った退院の日、病院の建物から出るや否や、雄叫びを……。

「真子ちゃん、たまには、遊びに来てや。真北には、内緒でやで」
「…橋先生は、病院から外出しないんですか? 私、ずっと
 不思議に思っていたんですけど…」
「医者やしな」
「…たまには、外に出て、陽に焼けた方がいいと思うよ!」
「ご忠告ありがとう、真子ちゃん。退院しても、暫くは、
 暴れたりしたら、あかんで。そうなったら、即入院」
「先生、ご忠告ありがとうございます」

橋の口調を真似て、ちょっぴり嫌みったらしく、真子が言う。それには、橋は苦笑い。

「ほな、気ぃつけてな」
「世話になったなぁ。組長だけでなく、俺達も」

真北が、笑いながら言った。

「ほんまやな。お前との再会がこんな形やったとは、
 ちょっと、寂しいけどな。まぁ、これからもよろしくな。
 あんまし、怪我すんなよ。俺の仕事が忙しくなるからな」
「そう言いながらも、心では待ってるだろがっ。仕事好きっ」
「じゃかましぃっ! うぉっ!」

橋のポケベルが鳴った。

「急患だっ」

爛々と輝く目で、橋が言う。

「無理はするなよ! じゃぁな」

真北は、橋に、軽く手を挙げた。橋も同じように手を挙げ、到着した救急車に向かって走っていく。
その後ろ姿は、外科医だった。

「橋先生、活き活きしてるね」
「当たり前ですよ。あいつの夢ですから」
「外科医かぁ。夢ねぇ〜。……真北さん、私、頑張るから。
 私の夢、真北さんの夢…そして、お母さんの夢。
 実現させるからね。…だから、応援してよね!」

真子は、とびっきりの笑顔で、真北、そして、まさちんに言う。その笑顔に二人は、魅了されていた。

「組長、帰りましょうか」
「うん! 新居でしょ?」
「そうですよ。ちゃぁんと組長のご希望に添えた家ですから」
「楽しみだぁ!!」

真子、真北、そして、まさちんは、車に乗って、橋総合病院を後にした。
向かう先は、新たな家。
その家に近づくにつれ、真子の表情が明るくなっていった…。




「行ってきます!!」

真子は、制服姿で家を飛び出していった。

「組長! 忘れてます!!」
「あぁ〜!! ありがと、むかいん。行ってきます!」
「お気をつけて!」

向井は、自分が作ったお弁当を真子に手渡し、そして、見送った。
中学二年生は二度目だけど、再び『真北ちさと』として、学校に通い始めたのだった。
約半年の闘病生活。
それは、校門前で襲われた時の傷の治療と『偽って』。もちろん、同じクラスだった野村は、一学年上になっていた。それでも、二人は、楽しく過ごしていた。
しかし…、体育の授業は、真子は見学。激しい運動は避けるようにと言われていたからだった。つまらなそうに見学する真子を、心配そうに見つめながら、授業を進めるぺんこう。そんな二人の様子をしっかりと見つめる校長先生。この三人の奇妙な関係は、その年の夏までしか続かなかった。



真子とぺんこうが、一緒に校門から出てきた。
真子の足取りは、ちょっぴり重たい。それは……。

「寂しいなぁ」
「仕方ありませんよ。組長が、高校進学を希望しておられるのですから、
 安全な高校を探さないといけませんからね。何事もなく、無事に学生生活を
 過ごせるようにね」
「ぺんこう、よろしくね。ぺんこうが薦める学校に合格するように、がんばるから」
「学力が高い方がよろしいですね?」
「…………楽しさが一番」

真子は呟く。

「…真北さんに相談してからですね」
「…いじわる」

真子の言葉に、ぺんこうは微笑む。

「私が居なくても、もう、大丈夫ですね?」
「心配だけどぉ…。校長先生が居るから、安心してる」
「そうですね。校長先生には、感謝してもしきれませんね」
「うん。私の正体を知っていながらも、こうして、真北ちさととして、
 過ごせるんだもん。嬉しいよ」

真子は、微笑んだ。その微笑みは、ぺんこうの元気の源になっていた。

「こんな素敵な日がいつまでも続くといいね、ぺんこう!」
「続きますよ!」
「楽しむよぉ!!」
「組長、その意気です! …組の方も頑張って下さいね」
「…それは、暫くは、まさちんの仕事だもん。私は、真北ちさとを満喫するのだぁ!!」

真子は、ぺんこうに体当たり。

「組長、駄目ですよ!! 刺激を与えちゃぁ」
「今日は、調子がいいの!」
「組長ぉ〜」

真子は何度も何度もぺんこうに体当たりをしながら帰路に就いていた。ぺんこうには、真子の嬉しさと喜びが、ひしひしと伝わってきていた。その半分、体当たりによる痛みだったが……。



夏休みは、目にも留まらぬ速さで終わり、二学期が始まった。
休み明けでだらけた様子で登校する生徒達。その中に、ちょっぴり寂しそうな顔をして歩いている真子の姿もあった。

「はふぅ〜。ぺんこう居ないし、冬には天地山に行けないし。
 体調は徐々に良くなっているけど、まだまだ完全じゃないし、
 ……あぁあ〜なんだかなぁ」
「真北さぁん! おっはよ!」
「野村さん、おはよぉ。夏休み、どうだった?」

野村に声を掛けられた真子は、急に明るい表情になる。

「楽しかったでぇ、あちこち行きまくった。真北さんは?
 やっぱり、自宅療養なん?」
「検査通院もだけどね…。もう、すっかり色白。
 日焼けしたみんなの中に居たら、目立って仕方ないな」
「いいやん。色が白い方が真北さんらしいもん」
「そうかなぁ」
「そうやで。ほな、またねぇ」
「勉強頑張ってね!」

真子と野村は笑顔で手を振って、それぞれの教室に向かって行った。
真子はちょっぴり寂しそうな顔をしていた。

本当なら、あの教室で……。



AYビルは、引っ越し作業で慌ただしかった。阿山組系須藤組もその中で忙しく動いている。そして…。
AYビルの二階にある店の一つにも、荷物が運び込まれていた。その様子を、むかいんが見つめている。
ここは、むかいんの店。
真子の言葉に甘え、そして、自ら企画も行ったむかいん。
他の誰よりも、張り切っていた。

「搬入完了です。ありがとうございました」
「お疲れさまです。これ、少ないですけど…、それと…」

むかいんは、二つの封筒を手渡した。一つは謝礼、もう一つは…。

「楽しみにしてます」

運送屋は、帰っていった。もう一つの封筒は、むかいんの店への招待状が入っていた。もちろん、真子のサイン入り。
むかいんは、店を一望する。そして、納得したような表情をして、厨房へ入っていった。
調理器具一式を念入りにチェックし、コンロや水道、冷蔵庫、オーブンなどもしっかりとチェック。そこへ、何人かの男達がやって来た。

「こんにちは。宜しくお願いいたします」

それは、むかいんの店で一緒に働くコック達だった。むかいんが世話になっていたホテルの厨房でバイトをしていた時、むかいんの話を聞いて、一緒に働きたいと言ったコックの中で、むかいんが抜粋したコック達。もちろん、見習いの者も居る。むかいんは、徹底的に仕込むつもりで、引き抜いたコック達。今までとは違った、素敵な表情をしているむかいんだった。

「これから、長い間だけど、…こんな私に付いてきてくれるみんなに、
 一言言っておきます。…私はやくざです。もちろん、このビルにも居ます。
 しかし、料理に関しては、やくざも、一般市民にも口うるさい者がいます。
 だけど、お客様は、平等です。私は、料理によって、お客様に笑顔を
 …心の安らぎを与えたい。みんなも、それを肝に銘じて調理に
 当たって欲しい。お願いします」
「改めて言わなくても、解ってます」
「俺達は、そんな向井さんと同じ気持ちですから」
「それに、向井さんは…やくざではありませんよ。料理長です」
「…ありがとう。みんな、ありがとう」

むかいんは、仲間に深々と頭を下げた。

「意見の食い違いもあると思う。それは、それぞれの料理に対する気持ちだから。
 大切にしたい」
「はい」

それぞれの返事は、とても力強かった。

「では、大きな仕事から、始めるよ! オープン記念のパーティーだ!
 みんな、楽しんで作ろう!」
「おーーー!」

…なんで、『おー』なんだろうと、コック達は思っていた。もちろん、むかいん自身もだった。不思議な間があった後、誰ともなしに、笑い出す。
AYビルでは、むかいんの店だけでなく、あちこちでオープンに向けての準備は、着々と進んでいった。



冬の足音がやかましい十二月中旬。世間はクリスマスで大にぎわい! その中で、真子は、ガラス張りの大きなビルを見上げていた。
ビルの周りは、木々がたくさん。自分の目の高さだけをみていると、自然の中に居るような気分になる…。
このビルが、AYビルだった。
一階から三階部分は、たくさんの店舗が入る。そして、四階から六階は、いろいろな会場となっている。七階から三十五階までは、たくさんの企業が入る予定。阿山組と懇意にしている企業から、一般企業などなど…。そして、三十六階から三十八階は、阿山組の組事務所が入っている…。けれど、それは、ヒミツ、ヒミツ……。
そんなこんなで、AYビルは、近々オープン予定。

「組長、入りますよ」
「うん」

まさちんは、真子にやっとの思いで声を掛けた。
ビルを見上げる真子は、何かを考えているようで、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していたのだった。まさちんに声を掛けられて、ビルに向かって脚を運ぶ真子。

この日、真子は、一階から三十八階まで、ビルの様子を見回る予定。一階の玄関では既に警備員が働いていた。

「こんにちは。お世話になります」

真子は、ハキハキとした挨拶をしていた…が…少し緊張気味の様子…。

「警備の山崎です。あの、地島さん、こちらの方は?」
「ごめんなさい…。阿山真子です。初めましてでしたね」
「初めまして。このビルの警備を任されている山崎です。
 お嬢さん、かわいいね。地島さんの、これですか?」

小指を立てている山崎は、真子の正体を知らない様子。山崎は、ビル完成まで、まさちんとしょっちゅう逢っていたので、仲良しさんになっているようだった。そして、真子のことをまさちんの彼女と勘違いしていた。

「山崎さん、あの…」
「そうです。今日は、このビルの見学をお願いしちゃったの」
「特別ご招待ですね? 素敵なビルですよ。目一杯、案内してもらってね」
「はい! では!」

真子は、まさちんの言葉を遮ってまで、山崎の話にのっていた。
玄関前から奥へ歩いていく真子とまさちん。山崎は、警備の仕事に戻っていた。

「組長、いいんですか、そんなこと言って…」
「いいんじゃないかな。…そんなに自分の正体を証したくないし…」
「って、この先、組長のことを知った山崎さんの表情を
 楽しもうって思っているでしょう?」
「ばれた? ちょっとね。でも、素敵な人だね」
「えぇ。あの道、二十年と言ってましたよ。プロですね」
「まさちんとどっちが上なんだろうね!」

真子は、微笑んでいた。

「組長?」
「あらぁ〜、真子ちゃん〜〜。元気になってよかったわぁ」
「あ、あはは、ど、ども…ママさん、今日、いらしてたのですか。
 …お店の方は、どうですか?」

真子に明るくでっかい声で話しかけたのは、ブティックのママだった。
以前、お世話になった百貨店にお店を構えていたママは、第二店舗として、ビルにも店を構えた様子。というより、真子のことを一目見て気に入ったママは、ビルの店舗募集の話を百貨店のオーナーから聞いて、真っ先に名乗り出たのだった。

「嬉しいわぁ。こうして、真子ちゃんの側で働けるなんてぇ〜。
 お洋服のことなら、いつでも言ってね! 素敵な服を作るわよぉ。
 あっ、そうだ。新作の試着、真子ちゃんに頼もうかしら? ね、どう?」
「あ、は、は…はい。構いませんよ。お願いします」
「やったっ! では、早速、どう? お時間あるかしら?」
「すみません、ママ。今日は、時間がありません。三十八階まで、
 見回らないといけませんので…」
「あら、私なら、遅くまで大丈夫よ。待ってるからね!」
「は、はい…」

ママは、にこやかに手を振っていた。真子は、苦笑いをして、そそくさとエレベーターホールへ向かっていく。ボタンを押す真子にまさちんが尋ねた。

「組長、一階の見回りは?」
「へっ? あっ、それは、後でいいでしょ。ママのところに寄るんだったら」
「…逃げましたね?」

静かに尋ねるまさちん。

「ま、まぁね…。苦手だなぁ、ママさんは…」

到着したエレベーターに乗り込む二人。まさちんは、真子の様子を観て、少し微笑んでいた。

組長にも苦手な人がいるんだ…。

そして、真子は、各階の様子を伺って、三十八階の自分の事務所に入っていった。
一通り見渡した後、奥にある仮眠室を覗き込む。真子は、にんまりと笑みを浮かべた。

「組長のご希望通りですか?」
「うん。すごいね、流石だね。すごいや…」

真子は、希望した通りの部屋になっていることに満足していた。
事務所の窓際中央に、ドデンと構えている机に近づき、椅子に腰を掛けた。椅子の座り心地を何度も楽しんだ後だった。

「…パソコンは?」
「まだです。オープンまでには、納入されます」
「ふ〜ん」

真子は、椅子を回転させる。

「駄目ですよ、脳への刺激はぁ」

まさちんは慌ててそれを止めた。

「そうだった…ごめん…」

真子は、頭を掻いていた。


真子は、一階を見回った後、ブティックのママのお店に顔を出す。ママは、嬉しそうに真子を出迎え、何点もある新作を真子に着せまくっていた。真子は、はじめは、あまり乗り気ではなかったが、一着一着試着するうちに、だんだん楽しくなったのか、笑い声まで聞こえてきた。
にこやかな表情でママと話している真子を見て、まさちんは、嬉しかった。
店の前にある壁にもたれて、真子をずっと見ていた。
まるで、恋人を見つめるように。

「嬉しそうですね、地島さん」

仕事を終えた山崎が声を掛けてきた。

「ん? まぁね。お時間ですか?」
「えぇ」
「お疲れさまでした」
「…ほんと、真子ちゃん、かわいいね。真子ちゃんの笑顔を観ていると、
 心が和むねぇ。また、連れてきてよ。真子ちゃんの笑顔を拝みたいからね」
「毎日のように拝見できますよ」
「毎日のように?」
「そう」

真子が、まさちんの方に振り返る。そして、手を振った。

「ねぇ、ねぇ、まさちん、どう?」
「組長、どうと言われましても、私は、皆無に近い人間ですよ」
「これ、オープンの日に着たいんだけど…。ママもお薦めしてるし…。
 ねぇ、まさちん〜!」

参ったなぁ〜。

まさちんは、困った表情をする。
ママお薦めというように、本当に真子に似合っていた。
真子とまさちんの会話を聞いていた山崎は、眉間にしわを寄せた。

「山崎さんは、どう思われますか??」

そう尋ねて真子は、一回り。山崎も、ファッションに関しては、皆無のようだったが…。

「素敵ですよ」
「本当? やった。じゃぁ、ママ、これにする!」
「これはねぇ、真子ちゃんの為に作ったのよぉ!!
 よかったわぁ、気に入ってもらって!!
 じゃぁ、少し直しをしておくわね!」
「お願いします。じゃぁ、着替えるね」

真子は、更衣室に入って行った。

「組長、今日はそんなに持ち合わせてませんから…」
「何言ってるの、まさちんさん。これは、真子ちゃんへのプレゼントよぉ。
 それに、真子ちゃんからお金取れないわよぉ。これから、もっとお世話になるのに!」
「ありがとうございます、ママさん」
「ちょっとまったぁ〜っ!! 地島さん、真子ちゃんは彼女じゃないんですか?」
「…彼女だなんて…恐れ多いことを……」
「さっきから、組長、組長って言ってるけど、まさか」
「あら? 山崎さん、ご存じなかったの? 真子ちゃんは
 阿山組の五代目さんなのよ。このビルのオーナー」
「?!?!?!?!!!?」

山崎は声にならないほど驚いていた。
真子が、更衣室から出てきた。

「山崎さん、ありがとう! ほんとにまさちんは、ファッションに関して、皆無だねぇ」
「…組長もですよ…」

まさちんはふてくされたように応える。そんなまさちんに真子は、走り寄って蹴りを入れた。まさちんは、腹部を押さえていたが、平気な顔をしている。

「いっつもこんな調子なんですよ」

まさちんは、驚いた表情から冷めない山崎にそっと言った。

「…真子ちゃん、非道いですよ…正体隠してるなんて」
「あれ?? もうばれたんですか?」

真子は、今度は、まさちんに拳を入れる。

「ごめんなさい、山崎さん。…だって、私、自分のこと自慢できないから…」
「そんなことありませんよ」
「…五代目組長なんて、自慢できないでしょ? だから、普通の女の子、
 阿山真子でいいんですよ」
「だけど、非道いですよ…。私、ここに来なかったら、真子ちゃん…いや、
 真子様のこと、ずっと、地島さんの彼女と間違ったままじゃありませんか…」
「…ごめんなさい……」

真子は、しゅんとしてしまった。
そんな真子を見た山崎は、いち早く真子の心情を察する。

「じゃぁ、罰として、これからずっと真子様のことは真子ちゃんと
 呼ばせていただきますよ。私には、どうしても真子ちゃんが、
 やくざに見えないんでね。かわいい女の子だから」
「山崎さん…」

真子は、山崎の言葉に優しさを感じ、素敵な笑顔を見せて、そして、元気よく、

「これからも、宜しくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ、お世話になります」

お互い、深々と頭を下げ合う。

「組長、帰りますよ」
「真子ちゃん、遅くまでありがとうね! オープンの前の日に、
 また、来てね!! 待ってるわぁ!」

ママは、ウインクしていた。真子の表情は強ばる…そして、苦笑いをして、まさちんと山崎と帰っていった。



「本当に、あのママさん、元気ですよねぇ。お店と警備員室
 かなり離れているのに、声が聞こえてくるんですよ」
「そうなんですか。私、苦手ですけど、お話していて楽しい方ですよ」

山崎と真子は、いろいろな話をしながら、地下駐車場へ下りてきた。

「あっ、ちょっと駐車場も見ておくね。あの入り口まで歩くから、
 まさちんは、車で来てねぇ〜!! じゃぁ、山崎さん、お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」

真子はそう言って、駐車場を歩き始めた。山崎は、真子を見つめる。

「地島さん。あれだけの蹴りとパンチを喰らっても
 平気な顔をしているんですけど…。痛くないんですか?
 真子ちゃん、本気で蹴ったり殴ったりしてないんですか?
 ほら、ネコがじゃれるように…」
「いいえ。普通の人が喰らったら、気絶してますよ。
 私だから、大丈夫なんですよ」
「…地島さんは、不死身なんですね」
「えぇ。痛がっていては、組長をお守りできませんから。
 これでも、私は、組長のボディーガードですから」

まさちんは、さらっと言い放つ。
山崎は、まさちんの言葉に触発されたのか、まさちんの腹部に拳を一発入れた…が、まさちんはそれを見事に受け止めていた。

「…なるほど…ね」

山崎は、呟き、体勢を整え、

「私も、この道のプロですから。負けませんよ」

力強く言った。

「私もです」

二人は、拳をぶつけ合った。そして、ニッと笑って、お互い別れた。
…ぶつけ合った拳を痛がりながら……。

真子は、駐車場の入り口の警備員と話し込んでいた。そこへ、まさちんの運転する車がやって来る。警備員とにこやかに挨拶を交わして、そして、ビルの駐車場を出ていった。



(2005.7.13 第一部 第十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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