任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十七話 その日だけは…

派手やかに、AYビルの完成式典が始まった。ビルの前は、たくさんの花が飾られ、たくさんの人達が集まっていた。そして、テープカットが行われる。関係者が大勢集まった中、まさちんが、たくさんの祝辞を述べていた。

「……から、ご祝辞をいただきました。また…」

ブティックのママ自慢のマリンブルーのスーツを着ている真子は、この様子を後ろの方で見つめていた。
見た目には、中学生に見えない真子だが…着慣れない服を着て、少しぎこちない感じで立っていた。



ビルの一室で、立食パーティーが始まった。
あちこちでお偉いさん方が、話し込んでいたり、挨拶が行われていたり…。丸いテーブルに並べられている料理をほおばっている者も。
もちろん、その料理は、むかいんたちが作った物。
料理のおいしさに、むかいんの店のオープンを楽しみにしているという話し声も聞こえてくる。
そんな中、真子とまさちんは、ビルの顔となる受付の仕事をする春野明美と夏水ひとみに近づいていった。真子は、まさちんの後ろをそっと付いていく。

「春野さん、夏水さん、これからよろしくお願いします。
 このビルの顔ですから。たいへんだと思いますけど……」
「地島さん、なんだかプレッシャー感じるんですけど」

そう言ったのは、活発そうな夏水だった。まさちんと受付嬢の二人は、かなり前から顔見知りなのか、親しく話し込み始める。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

ちょっぴりお上品そうな、春野は、まさちんの後ろにいる真子が気になった。

「地島さん、そちらの方は?」
「えっ、その……」

まさちんは、言葉を濁した。

「ねぇねぇ、地島さん、阿山組の組長さんって、どんな方ですか?
 確か、このビルって、阿山組経営でしたよね? 組長さんって、
 怖い方? やっぱり、やくざでしょ?鋭い眼光で、ごつくて……」

夏水が、まさちんに興味津々で問いかけてくる。

「一度でいいから、お顔を拝見したいです」
「と、申しておりますが、どうしましょうか? 組長」

まさちんは、後ろの真子に尋ねた。真子は、突然、声を掛けられ、目を丸くしている。

「えっ、そんな、今? いいの? まさちん。…まっ、いいか。
 初めまして。阿山組五代目組長の阿山真子と申します。
 鋭い眼光で、ごつい組長ですが、よろしくお願いします」
「組長さんって、女の子?!?!」

想像していたのと、全く違った組長の姿を見て、春野と夏水は、口をあんぐりと開けたまま、驚いていた。その二人を見て、少し照れている真子。笑いを堪えていたまさちんは、とうとう吹き出してしまった。

「ご存じない方が多いんですよ。まぁ、これも我々の世界では
 よくあることですけどね。…命を狙われやすいですから」
「…なら、こんなに大勢の所に居ては、かえって…」

春野が、心配顔で言う。

「大丈夫ですよ。…あの、お名前は?」

真子は、かわいらしく尋ねた。

「春野明美です。宜しくお願いいたします」
「夏水ひとみです。宜しくお願いいたします! 組長さん、おいくつですか?」
「十五です。もうすぐ中学三年生になります」
「十五才って……。信じられませんよぉ。
 組長さん、歳を誤魔化しておられるのでは??」
「…あ、あの…、真子と呼んで下さい…。組員以外に
 組長って呼ばれるのは、ちょっと嫌なので…」
「ご、ごめんなさい」
「それと、…普通で構いません…。……まさちぃん…」

なぜか、まさちんの後ろに姿を隠す真子。そんな時、まさちんはいつも、

「はいはい。わかりました」

と優しく応えるのだった。
真子は、初対面の人に対しては苦手。それにも増して、同業者以外にあたる一般市民の方々とは、どのように接して良いのか解らない。
それは、生まれてから今まで、真子の周りの影響が強いのだが……。

「組長とは、仲の良いお友達のようにお付き合い下さい。
 明美さんやひとみさんは、我々組員と違いますので」
「じゃぁ、真子ちゃん」

ひとみの方が、真っ先にまさちんの言葉を理解したのか、親しげに呼んだ。

「は、はい」

真子は、緊張しているように返事をする。

「中学校、楽しい?」
「はい。楽しいです」

笑顔で応えるが、なんとなく丁寧語になる。

「…ただ、学校には、真北ちさととして通っているんですよ。
 …阿山真子だと、命を狙われやすいでしょ? それに、
 他の生徒に迷惑がかかるし…」

真子は、矢継ぎ早に話し始めた。
大阪で過ごすことになり、そして、体調を崩して長期入院したことから、中学生を四年もしていると…。そういうことまで、可笑しく語っている。
真子の突然の姿に、まさちんは驚いていた。

「…大変だね。だけど、楽しく通っているんだ。いいなぁ」
「どうしてですか?」
「だって、私、グレてたもん。親との仲も悪かったし。
 だから、あまり良い思い出ないんだなぁ。…だから、真子ちゃん、
 残り一年、思いっきり楽しんでよね!」
「そっか。あと一年だ…。早いなぁ」
「私は、楽しかったけどなぁ」

明美が、真子とひとみの会話に入ってきた。

「成績優秀。いっつも先生にほめられていたんだけど、
 それが、嫌だった。成績より友達と楽しく遊ぶ方が
 気になって仕方なかったもん」
「楽しく遊んだんですね、明美さん」
「そうだ。楽しい遊びを教えようか?」
「うんうん。教えて!!」

真子と明美、そして、ひとみは、パーティーそっちのけで、はしゃぎまくっていた。

やはり、組長には、同じ年代の人や、同姓とのお付き合いも必要なんだ…。

優しい眼差しで真子を見つめながら、まさちんは、そう思っていた。



パーティーも終わり、会場の後かたづけの中、真子とまさちんは、厨房に顔を出す。
パーティーの片づけに負われている厨房。その中に、むかいんがすごく満足した顔で働いていた。

「組長」

忙しさで、真子とまさちんに気づくのが、かなり遅れたむかいんは、素早く真子に近寄ってくる。

「すみません。何時からでした?」
「…今来たところだもん。大丈夫だよ。それより、ごめん、むかいん。
 そっと様子を観てから帰るつもりだったのに…」
「それは、私が困ります」
「あのね、あのね、むかいん」
「はい」

突然、はしゃぐように言う真子に、むかいんは、優しく返事をする。

「会場のお客さん、おいしいってずっと言ってたよ。お店のオープンを
 楽しみにして帰っていった。満足そうだったよ。…みんな、笑顔だった。
 流石、むかいんだね。ありがとう」
「組長、これからです。私、一生懸命がんばります」
「うん。その調子! ただし、その手は、料理を作るための手だからね。
 解ってるよね?」
「はい。それは、もう、充分に!」
「へっへぇん」

真子は、照れたような笑顔をむかいんに向けていた。

「ごめんなさい。忙しいところを。…帰りは遅くなりそう?」
「はい。片づけ終われば、我々で小さなパーティーをしますので」

その時、コックの一人が声を掛けてくる。

「料理長、お二人も参加していただけば? この店には欠かせないお二人でしょ?」
「組長、お時間よろしいですか?」
「どうしよう、まさちん」

真子は、参加したいけど、騒がしいのは嫌いだった。だけど、こんなお祝いの席の誘いは断れない……。
むかいんの笑顔が輝く場所で…。
真子は、なぜか、自分で決めかねていた。

「むかいん、よろしく」

まさちんは、真子の気持ちを察する。
「まさちん!」

真子は、嬉しさのあまり、まさちんに抱きついていた。
「では、組長、こちらに…。店長!」
「ご案内致します。どうぞ」
「ありがとう」

後は、オープンを待つだけの店内の中央の席に案内される真子とまさちん。

「お手伝いしますよ」

真子は、席に着く前に店長に言う。

「駄目ですよ。料理長の大切なお客様ですから。
 それに料理長は、他の者に厨房を触らせませんよ!
 私、以前怒られましたから」
「解りました。こちらで、待ってます」
「組長さん」
「真子と呼んでね」
「あっ、すみません。では、真子様。パーティーの時間まで、
 少々お待ち下さいませ。お飲物は、何が?」
「オレンジジュースお持ち致しました」

絶妙なタイミングで、むかいんがオレンジジュースを持って来た。

「ありがとう。むかいん、素敵な店だね!」
「ありがとうございます。では、私は、厨房へ。
 ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「…むかいん、俺の分は?」

厨房へ向かうむかいんに声を掛けたまさちん。

「無し」

むかいんは、冷たく応えた。
ふてくされるまさちん。
そんな二人のやりとりを観ていた店長は、絶妙な間に大笑い。

「おもしろいでしょぉ。いっつもこうなんですよ。
 私、笑い疲れてしまいます」

真子は、困ったような、照れたような、それでいて嬉しいような表情で言った。そして、真子は、店の中を見学するようにいろいろと見て回る。何やら想像して、一人で楽しんでいる様子。

ささやかながらもパーティーが始まった。
真子は、目一杯楽しんでいる。コック達や店員さん達のおかしな話に聞き入り、終始笑いっぱなしの真子だった……。




「はしゃぎすぎですね」
「いいんだよ、これで。組長が楽しければな…」

むかいんとまさちんは、ビルの地下駐車場に向かって歩いていた。真子は…楽しんで疲れて、寝入ってしまった為、まさちんに背負われていた。
まさちんは、真子を後部座席に寝かしつけ、自分の上着を真子の体にそっと掛けた。その間に、むかいんは助手席に座り、シートベルトを締める。まさちんが運転席に座り、そして、車を発車させた。
まさちんとむかいんは、他愛ない話をしながら、時々、後部座席で眠る真子の様子を伺っていた。
真子は微笑んでいる。

「これからが、楽しみだな」

まさちんが呟くように言った。

「俺……頑張るよ。…組長の笑顔の為にな」
「応援してるよ」
「…ありがとな」

車は、真子の自宅に向かって走っていった。




阿山組本部。

「今年も戻られないのか…」
「真北さんだけらしいですよ」
「やはり、後遺症とか…」
「頭に弾喰らってんだよ?」
「そうだよな。でも、元気でおられるんだろ?」
「あぁ」
「お帰りっす」
「ただいま」

下足番たちが、玄関の掃除をしながら、真子の話をしているところへ、買い物帰りの純一が、通っていった。いつの間にか、山中に気に入られ、仕事も真面目にやる純一は、なぜか、若い衆のリーダーとなっていた。
純一は、帰ってきたその脚で、山中の部屋へ入っていく。

「只今帰りました」
「んー」
「こちらに置いておきます。それでは、失礼します」
「…純一」
「はい」

部屋を出ようとしていた純一は、山中に呼び止められ、素早く山中の側へ近寄った。

「組長な、今年も戻らないそうだ。だから、挨拶は、
 まだ、先になるけど…。気にするなよ」
「はい。…まだ、体調がよくないのですか?」
「そのようだな」
「そうですか…」

そう言って純一は、頭を下げて、部屋を出ていった。




真子、中学三年生になった。
真子は…………猛勉強中???

「寝屋里高校?」
「そうですよ。ぺんこうは、なんとか非常勤講師として働けるようです。
 ま、中学校の校長先生と幼なじみの方が校長をなさっているようで、
 組長とぺんこうの話を聞いていたそうですよ」
「進学校?」
「それほど、勉強には力を入れなくてもいいみたいですけどね」
「…真北さん、学校は、勉強しながら、お友達と楽しく教え合って、
 楽しく過ごすところでしょ? どうして勉強に力を入れなくていいのよ…」

真北は、真子の怒ったような口調ににやけていた。

「真北さん、どうして、にやけてるの?」
「あっ、すみません。組長のその言葉を聞いて、
 安心したんですよ。勉強するところ…」
「当たり前でしょぉ。…あれ? どうして、高校の校長先生は、
 ぺんこうをすぐに採用してくれなかったんだ??」

真北の言葉を遮るように言った真子は、ちょっぴり残念そうだった。

「教師っぷりを確認してからだそうですよ」
「なら、大丈夫だ。だって、ぺんこうは教師だもん」
「えぇ」
「じゃ、私も張り切って勉強しないとね!」
「お教えいたしますよ」

真子の爛々と輝く目を見て、真北は嬉しそうに微笑み、そして、真子に猛勉強を……。
眉間にしわを寄せながら、真北の側で勉強をしている真子だった。




AYビルオープンから既に四ヶ月が経った。
ビルの周りにある木々は既に青々と茂っていた。都会を感じさせないような雰囲気に、人々は和んでいた。
ビルの周りの木々は、真子の案。
橋の病院での影響が強いようで、自然の壮大さを身近に感じたかっただけなのだ。

「真子ちゃん、お疲れぇ!」

それは、受付嬢のひとみだった。地下駐車場の階段を上がってきた真子をいち早く見つけ、声を掛けた。

「どうですか? 様子は」
「大丈夫よ。かなりハードだけど、もう、慣れた」
「でも、あんまり無理しないでくださいね。ところで、明美さんは?」
「今日はお休み」
「一人で大丈夫ですか?」
「今のところはね!」
「わかりました。…では、また!」

真子は、まさちんが駐車場から上がってきたのを見て、エレベータホールへ向かって歩いていった。

「こんにちは、地島さん。ご苦労様です」
「ひとみさん、お一人ですか?」
「…地島さん、その言い方だと、ナンパしてるみたいですよ」
「そうですか? うぉっ!」
「…まぁさぁちぃぃぃんっ!!!」

まさちんは突然、腕を引っ張られた。それは、真子だった。ひとみと楽しそうに話して、中々エレベータホールへ来ないまさちんを見かねて、真子は、拗ねていた。

「すみません、お仕事中なのに」
「気にしないでね、真子ちゃん」
「ではぁ」

そう言って真子は、まさちんを強引に引っ張って、到着したエレベータに乗り込んだ。

「組長、少しくらいはいいと思いますけど…」
「駄目でしょ! ひとみさんはお仕事中なのに。次からは、気を付けてよ」
「すみません…」

まさちんは恐縮そうに真子に言った。
しかし、後日、この二人の台詞は、入れ違うことになるとは、この時、真子もまさちんも気づかなかった……。



「ところで、今日の議題は?」

大阪の阿山組系の幹部達が集まって会議中。
滅多に会議に出席しない真子は、この日、自分から率先して会議に出席していた。議題は、最近特に問題視されている治安の悪さだった。阿山組が、大阪の中心部を見回り、悪ガキや違法行為の者達を追い払っていたが、再び、ヤクザ同士の縄張り争いが始まり、一般市民に危険が迫りつつあったのだ。
その事に、真子は頭を抱えていた。

「特に問題のあるのは?」
「やはり、青虎組です。末端の組員が原因ですね。
 昨日も、小競り合いがありまして、
 須藤さんとこの組員が怪我をしましたよ」
「あまり、暴力行為に出ないように言われてますのでね」

須藤が応える。

「…そうだよ。相手が弱いなら尚更でしょう。だからと言って
 暴力を正当化しようとしてないでしょうね?」
「しませんよ。それこそ、組長に怒られますから」
「もっと自重してくださいよ…」

真子は、何でも知っているというような口調で須藤に言う。須藤は、それ以上何も言わなかったが…。

「青虎組にも困りますねぇ。ところでまさちん、うちの組は、
 そんなことないよね? 末端の組員なんて、いないでしょ?」
「はい。傘下の組は、ほとんどが、自立しましたので」
「私の代になっても私に付いてきてくれるような傘下の組は、
 自立の意志がないのかなぁ」
「…組長の怒りに触れたくないだけですよ…うぐっ…」

まさちんは、言い終わるか終わらないかで、真子から、強烈な拳を腹部にいただいていた。

「兎に角、気を付けて……」

会議室の内線が鳴った。まさちんが受話器を取り、応対する。
顔色が変わった…。

「まさちん、どうしたの?」

受話器を置いたまさちんに真子が尋ねた。

「…東北で…抗争が勃発しました…」
「まさか…鳥居さんとこと……」
「…はい。千本松組です」
「とうとう…か…。周りの住民に迷惑が掛からなければいいのですが……」

真子は、机に肘を付いて頭を抱え込み、沈んだ表情になった。




「いいか、もう、連絡をよこすなよ。必ず仕事を終えてから帰ってこい。わかったな…」
「あぁ」

少し暗い顔をした純一が、本部近くの公衆電話から電話を掛けていた。受話器を置いた純一は、すぐ目の前の公園に入っていく。
ブランコでは子供達が揺れている。その子供達を優しく見守る親達。砂場では、山を作ってトンネルを掘っている。滑り台から、滑り下りる子供。嬉しそうに再び滑り台の階段を上っていた。ベンチには、おばあちゃんが座っていた。公園の様子をのんびりと眺めていた。
純一は、公園を一通り歩いた後、本部へと戻っていった。その道すがら、花を供えてある場所があった。何気なくその場所を通り過ぎた時だった。

「純一、散歩か?」
「山中さん…。どちらへ? …それは?」
「ん? これか…。これはな…」

そう言って山中は、花を供えてある場所に近づいた。

「もう、誰か来たのか」
「あの…、その場所は?」

山中は、花を置いて手を合わせていた。暫く沈黙が続いた後、山中は静かに話し始めた。

「ここで、ある事件があったんだよ」
「事件?」
「…私たちの抗争中に、この場所で一つの命が失われた。
 今日が、その方の命日にあたるんだよ」
「その方…とは?」
「俺達、阿山組組員にとって大切な人だった。その時、一人の子供が居たんだよ。
 その子は、しばらくの間、感情を失い、生きているのか死んでいるのか解らない
 状態だった。しかし、その子も今は、立派に生きておられる」
「…まさか…」
「…組長の母、ちさとさんだよ。あまり公にしていないから、
 こうして、この日に、花を供えるだけなんだけどな…」
「山中さんの他に、誰が…」
「…誰かは解っているよ。…それよりも、純一は、何をしていたんだよ。
 重要な会議があるというのに…。東北で抗争が勃発したようでな。
 相手は、千本松組だ! あいつら、今までおとなしくしていたのに…なぜ、また、
 こんな時に。これ以上、命を粗末にしたくないのにな…。困ったもんだよ」

純一は、何も言えない表情をする。

「…帰るぞ」
「は、はい」

純一は、花の供えられた場所をちらっと振り返って、山中の後を追って走っていった。


公園のベンチに座っていたおばあちゃんが、歩いてきた。花を供えた場所で立ち止まり、そして、手を合わして呟く。

「今年も山中さんが、来たんだね。…でもどうして、あの子は来ないんだろうね…。
 やはり、あの日のこと、まだ……。でもいつかきっと、ここに来るよ。今はまだ、
 無理だろうけどね。…私の息子も帰ってくるような事を言っていましたよ。
 こちらにも来るように言っておりますから。それでは、私は、大阪に帰りますよ。
 真子ちゃんが楽しく暮らしている場所に…」

おばあちゃんは、何かを思い出したような表情をして、花を見つめていた。そして、再び歩き出す。おばあちゃんの後ろには、黒服の男が付いていた。まるで、このおばあちゃんのボディーガードのように……。



純一は、縁側に座って庭を見つめていた。何か思い詰めたような表情をしている…。

「…命を粗末にしたくない…か…。誰だって、そうだよ。
 しかし…俺は……。また、先に延びたけどな……」

純一は、空を仰いで、ため息を付いていた。




AYビル・真子の事務所。真子は、仮眠室のベッドの上で寝ころんでいた。
じっと天井を見つめる真子。
真子の脳裏に、あの日の事が蘇っていた。

目の前で真っ赤に染まっていく母・ちさと。自分の両手はいつの間にか、ちさとの血で真っ赤になっていた。
止めようとするが、止まらない血。真子は、右手を見つめた。その手が仄かに青く光り始めた時に……。

……お母さん……

真子は、目の前で両手をぐっと握りしめた。自然と涙が一筋、頬を伝っていた。



「組長、そろそろ帰宅時間ですよ」

夕日で空気が赤く染まった頃、まさちんが仮眠室へ入ってきた。真子は、握りしめた両手をクロスにして顔を覆っている。

「…そっか…今日は……」

まさちんは、真子の頬にある涙の跡に気が付いた。真子が以前、少しだけ話した母のこと。少ししかない想い出を途切れ途切れに話していた。その時も両手を見つめ、母の最期の姿を思い出していたようだった。
まさちんは、そっと部屋を出ていった。そして、真子の事務所にソファに腰を掛けて………。



「まさちん、まさちん?」
「は? はい?」
「どうしたの? 眠りこけて…。帰る時間過ぎてるでしょぉ」
「あっ、すみません…。すぐ支度します」

真子は、ソファに眠りこけていたまさちんを笑顔で起こした。既に外は暗くなっている。まさちんは、起きあがり服を整え、帰る支度をし始めた。
真子は、そんなまさちんを優しい眼差しで見つめていた。真子の目線に気が付き、まさちんが振り返る。

「組長、何か?」
「ん? 何もないよ。帰ろ!」

真子は、まさちんの腕を引っ張って、事務所を出ていった。

「お疲れさま!」
「お気をつけて」

エレベータ前で警護をしている須藤組組員と、笑顔で挨拶を交わしてエレベータに乗り込む。真子は、きょとんとした表情をしているまさちんを見つめていた。
真子は、まさちんが仮眠室に入ってきたことを知っていた。
静かに部屋を出ていったまさちんの気持ちにも気が付いていた。

 まさちん、ありがとう。私、もう、大丈夫だから。
 あのような事、絶対、みんなにして欲しくないから。
 私の為に…生きて欲しい……。

真子は、心の中でまさちんに話しかけていた。もちろん、まさちんにはその声は届いていないが、自分を見つめる真子を見て、真子の言いたいことは解っていた。

「解ってますよ、組長」

まさちんは、静かに応える。
その言葉は、力強く、そして、優しく…。
真子は、まさちんに微笑む。
まさちんは、その笑顔に、応えるような笑顔をして、真子の頭をそっと撫でた。


エレベータは、地下駐車場に到着した。
エレベータのドアが開くと同時に、真子とまさちんは、ふざけ合いながら、車に向かって歩いていく。
二人の不思議な絆が、少し見えたような雰囲気だった。




雨が降る中、黒服を着た大勢の強面の男達に囲まれている笑心寺では、密やかに阿山慶造の法要が行われていた。山中をはじめとする阿山組の幹部達が参列していた。その中には、真北の姿もあった。

法要が終わり、真北は住職と深刻な話をしていた。

「そうですか。真子ちゃんは楽しく過ごしてますか」
「えぇ。ご心配をお掛けして…」
「久しぶりに、逢いたいね。私の中には、まだ幼い頃の真子ちゃんしか
 いませんから。ちさとさんと楽しそうに遊びに来ていた頃の…ね。
 随分、かわいくなったでしょう」
「私の口から、お聞きになりたいんですか? 住職」
「ほっほっほっほ。止めておきましょうか」
「そうですかぁ?」

真北と住職は、笑い合っていた。

「では、これで。今年もお世話になりました」
「お気をつけて。真子ちゃんによろしく」

真北は住職に深々と頭を下げて笑心寺を後にした。



阿山組本部。

「初めまして。純一と申します」

真北の部屋に山中と純一がやって来る。初めて逢う真北に少し緊張している純一。真北の噂を聞いていたので、恐い印象があった。しかし、第一印象は、違っていた。

「初めまして、真北です。宜しく頼むよ」

素敵な笑顔で返事をした真北に、純一の緊張感は何故か増してしまう。

「こ、こちらこそ、宜しくお願いいたします!!」

そして、純一は、部屋を出ていった。真北と山中は二人っきりになる。

「良さそうな子だな。この世界に似つかわしくないな」
「いいえ、それが、やるときは、やるんですよ、あいつ。
 一見、おとなしく見えるんだがな」
「…一体、何時…」
「銃器類は使ってませんよ。…使いたくても倉庫があれじゃぁね。
 それに、組員達からすべて没収。組長もすごいことしてくれましたよ」
「…俺の前で、そのようなことを言うのか?」
「…い、いや、…その…」

山中は真北の素性を知っているので、それ以上何も言えなかった。
…真北の気迫に負けていた。
廊下でその様子を伺っていた純一は、自分の前で見せた真北の雰囲気とは、全く違っていることに、少し恐怖を感じていた。

俺の正体に気が付いているのかもしれない…。

静かに去っていく純一。


「ところで、来年こそ、帰ってくるんだろうなぁ」
「わからんよ」
「わからんって、あのな、真北。せめて先代の法要の時くらい、
 帰ってくるのが、当たり前だろが」
「組長は、嫌いなんだよ…やくざが」
「…ったく…」

山中は、真北の言動に呆れ返っていた。そんな山中を見ていた真北は、肩を震わせて笑いを堪えていた。

「ほんと、変わらんな、山中は。来年は、ちゃんと帰ってくるから。
 今年はな、まだ、本調子じゃないし、軌道に乗ってきたところだからな。
 大阪を離れる訳にはいかなかったんだよ」

真北は、山中を見つめ、

「…今年は、受験だぞ…」

静かに言った。

「高校ですか…」

山中は何かを思い出したような表情をしながら、話し続ける。

「私の頃は、それ程、躍起になってまで勉強しなくても
 大丈夫だったんですが、今は違うんですね。
 やはり、組長は…………。……すみません」
「…何を謝っているんだよ…俺の言いたいこと解ったのか?」
「真北こそ、変わらんなぁ。…すぐに表情に出るところ」
「お互い様だろが」
「まぁ、そうですね。…きちんと心得てますから、ご安心を。
 ところで、ぺんこうは?」
「高校で非常勤講師として働いている姿をみて、その高校の校長に、
 正式に教師として認めてもらえたよ。今、初めてクラスを受け持っているんだよ。
 ま、その姿が活き活きとしていてな、早くも保護者の間で、良い評判をもらってるよ」

なぜか、嬉しそうな表情で語っている真北。

「組長は、その高校を受けるのか?」
「組長の成績だと、問題なく合格するってさ」
「組長は、先代に似て、頭良いもんな。いや、ちさとさんかな」
「お二人に似てるんだよ」
「全てを受け継いでいる…か。…先が恐いな」
「あぁ」

山中と真北は、同時にお茶をすすっていた。



(2005.7.16 第一部 第十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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