任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第十八話 ほのぼの、ほのぼの

「う〜ん……」

夜…。真子は、机に向かって眉間にしわを寄せて悩んでいる様子。

「難しい…。まさちんに聞いても駄目だろうなぁ。むかいん…くまはち…
 …う〜ん……。どうしよう」

考え込む真子は、何か閃いたのか、参考書とノートを手に持って、部屋を出ていった。廊下に置いてある電話の前に座り込み、受話器を取ってボタンを押す。


ぺんこうは、その日の仕事を終えて、自宅マンションに帰ってきた。疲れの中に喜びもあるような表情で、荷物を置いた時だった。
電話が鳴った。

「もしもしぃ。……どうされました?」
『ごめんね、こんな時間に…』
「大丈夫ですよ。…で、何が解らないんですか?」

電話の相手は、真子だった。真子の口調で心情を察知するぺんこう。ぺんこうは、真子の言葉を一つ一つ丁寧に聞いていた。そして、その質問に対して、すぐに応えるのではなく、ヒントを与えながら、自分で解かせるような感じで教えていた。

「あっ、なるほどぉ。そっか。じゃぁ、こうだね?」

真子は、電話口で嬉しそうに問題を解いていた。その様子をまさちんとくまはちは、自分たちの部屋からそっと覗き込んでいた。
たくさんたくさん質問する真子。
それに優しく応えているのだろう。真子の表情を見ているだけで、ぺんこうの優しさがまさちん達に伝わっていた。その真子の向こうに、真北が立っていた。まさちん達は、気が付いていたが、真子は、気が付いていなかった。

「ありがとう、ぺんこう。ところで、担任はどう? ちゃんと先生やってる?」
『やってますよ! そんなこと言っていたら、入学早々、厳しくいきますよ!』
「そんなぁ、意地悪言わないでよぉ」
『嘘ですよ。でも、しっかりと頑張ってくださいね。待ってますから』
「うん。ありがとう。じゃぁ、お休みぃ」
「お休みなさい」

ぺんこうは、名残惜しそうに受話器を置き、しばらく電話を眺めていた。

「電話を切った後に、こんな気持ちになるのって、大学に通い始めた頃
 以来だなぁ。さてと!」

ぺんこうは立ち上がり、お風呂の用意をし始めた。



真子は、受話器を置いた後、その場に座ったまま、何かを書いていた。

「忘れないうちに…もう一度……」
「組長、体を壊しますよ、そんな所に座りっぱなしでは」
「真北さん、いつ帰ったの? お帰り。お疲れさま!」
「只今帰りました。住職、組長に逢いたがってましたよ」
「ふ〜ん。お元気でした?」
「はい。相変わらず元気でしたよ。…いいや、更に元気と言った方が
 正しいかもしれませんね」
「パワフル…ね。住職らしいや」
「ぺんこうに電話ですか?」
「うん。解らないところたくさんあったから。真北さん居なかったし」
「まさちんや、くまはちやむかいんに聞けば…。大丈夫ですよ。
 あいつらも、解るように言ってますから。な、お前ら」

真北は、ドアの隙間から様子を伺っていたまさちん達に声を掛けた。まさちん達は、ゆっくりとした雰囲気で部屋から出てきた。

「は、はぁ……」

真北の言葉に、しゃきっとした返事をしないまさちんとくまはち。

「あのなぁ……俺が居ないとき、もしもの時は、ちゃんと応えるようにって
 言っただろがぁ」
「す、すみません…」
「組長、まさちんとくまはちは、無理でもむかいんが…」
「むかいん、勉強に忙しそうだから…」
「むかいんも勉強ですか?」
「うん。新メニューを考えてるみたいだもん」
「それでですか。台所がなんだか、騒がしかったのは…。組長の声が
 していたので、先に二階に上がってきましたから」


むかいんは、台所で、楽しそうに鼻歌混じりに何かを作っているようだった。真子、真北、まさちん、くまはちは、こっそりと台所を覗き込む。
テーブルの上に、何か乗っているのが見えた。目を凝らしてみると……どうやら、新メニューが完成しているようだった。最後の飾り付けを終えたむかいんは、ガッツポーズを取っていた。
ふと、目線を移すむかいん。
ガラス張りのドアの向こうに、四人のシルエットが…。

「組長、真北さん、まさちん、くまはち、待ってましたよ。どうぞ!」
「ば、ばれてた?」

そう言いながら入ってきた真子達に、優しい笑顔で頷くむかいん。真子は、テーブルの上にある料理に目をやった。

「おいしそぉぉぉっ!!!」

いち早くテーブルについた真子は、早速料理に手を付ける。

「……声にならないほどの…おいしさ……」

おいしさのあまり、真子の目はうるうるとしていた。真北達も料理に手を伸ばす。

「むかいん…また、腕を上げたね……」

むかいんは、背伸びをして腕を上げていた……。

「組長にそう言っていただけると、嬉しいです。
 これで、また、みなさんの笑顔が増えそうです」
「うん。私が保障する!」

夜も十時を廻った頃。真北家の食卓は、昼間かと見間違えるほど明るく輝いていた。

「来年こそ、みんなで東京に戻ろうね!」

真子が突然発した言葉に、真北達は驚いていた。

「そうですね。組長の元気な姿。みんなに見せないと」

まさちんが言った。

「そうだよ! だから、私、頑張るもぉん。絶対にトップで合格してやるんだから!
 そのためにも、まさちん、くまはち、むかいん。お世話になります!」
「任せて下さい!」

まさちん、くまはち、むかいんは、同時に応えた。それを見逃すわけがない真北。

「よく言った。これからは、組長がわからないところは、絶対に、応えること。
 ……わかったな?」

真北の恐そうな雰囲気に一同、震えながら細かく頷いていた。

「はっはっはっはっは…はぁ〜。おかしいぃ」

真子が腹を抱えながら笑っていた。真北達もつられたように笑っていた。

こんなアットホームなやくざな家が、ずっと続けばいい。
いや、続いて欲しい。

真子は、嬉しくて仕方がなかった。



梅雨が明けて、太陽が眩しい夏がやって来た! 世間では、涼しさを求めて、水辺で遊びまくり…。海やプールは大にぎわい。
そして、真子は…?

「涼しいぃ〜」

AYビルの事務所で、組関係の仕事?…参考書を広げて、受験勉強中。そして今、休憩に入ったところ。オレンジジュースを飲みながら、涼しげな顔をしていた。

「組長、勉強なら、自宅でもできるのでは?」
「今日は誰も居ないでしょ。それに、周りが建設中
 だから、うるさくてさぁ。ここなら、静かだもん」
「そうですけど…」
「それに、組の仕事は、まさちんがするしぃ」
「はいはい。そうですよ。でも合格したら、組長に代わっていただきますから」
「まだ、先だよぉ」

真子は、オレンジジュースを飲み干した。

「ごちそうさまぁ」

そう言って、真子は、再び勉強し始める。まさちんは、真子の様子を見つめながら、空になったコップを手に取り、お盆にのせて、真子の事務所をそっと出ていった。

まさちんが、自分の事務所で仕事をしているときだった。ドアがノックされた。

「どうぞ」
「おっす」
「お疲れさん。どうだった、東北は」

少し不満げな表情のくまはちが、まさちんの事務室に入ってきた。抗争が勃発した東北からたった今、帰ってきたところだった。

「やはり、長引きそうだよ」

ため息混じりに言いながら、ソファに腰を掛ける、くまはち。

「まぁ、今のところ、なんとか、静けさを保っているけどな、
 相手は話し合いで解決できる器じゃないからなぁ」
「仕方ないだろ。今までがそうだったんだからな。
 全てを力でねじ伏せてきていたんだろう?
 でも、どうして、解ってくれないんだろうな。
 先代と組長の考えが全く違うってことをよぉ」
「頭が固い連中は、無理だろうなぁ」
「鳥居は? あいつも喧嘩っ早いだろ」
「あぁ。別の方法で解決できないか検討してるよ」
「なんとか、このまま自然に終わってくれないかなぁ」
「それが無理な世界が、この世界だからな」
「そうだな」

まさちんは、椅子にもたれ掛かって、大きなため息をついた。

「周りにこれ以上迷惑を掛けなければいいがなぁ」

まさちんは呟く。
暫く沈黙が続いた。
まさちんは、何かに気が付き、急に立ち上がる。

「どうした、まさちん」

くまはちに呼ばれても返事をせず、まさちんは、入り口のドアをそっと開け、廊下を覗き込む。
廊下には、真子が事務所の鍵を片手に持って、くるくる回しながらエレベータに向かって歩いてる姿が見えた。まさちんは不思議に思いながら、廊下に出る。くまはちも同じように廊下に出てきた。
ふと背後に何かを感じのか、真子が振り返る。そして、驚いた顔をして、慌ててエレベータに乗り込んだ。

「組長、どちらへ!」

まさちんが真子を追いかけて走り出すが、エレベータは、下りていったところ。

「ったく、また、お一人でぇ」

まさちんは、エレベータのボタンを押し、待っていた……が、なかなか上って来なかった。
それもそのはず。真子は、一階でエレベータを停めていた。

「暫く、動かさないでね!」

一階のエレベータホールに待機している須藤組の組員に、にこやかに話しかけ、受付に向かって歩いていった。そのエレベータは、三十六階から三十八階専用の為、来るはずのないエレベータを待っているまさちんは、イライラし始め…。

「…一階に停まったままかよぉ。…やられた!」

まさちんとくまはちは、近くの非常階段を下り始めた。
三十五階まで下りた二人は、何事もないというような表情でエレベータホールへ行き、ボタンを押した。三十五階は、すでに一般企業が入っているところ。恐い顔でうろついては、それこそ真子に怒られる…………。


一階にエレベータが到着した。ドアが開いて、中から出てきたのは、鋭い目つきをした二人の男・まさちんとくまはちだった。
まず先に目線を移したのは、一階で停まったままになっているエレベータ。まさちんとくまはちの鋭い目つきに気が付いた組員は、おそるおそる後ずさりをして、停めていたエレベータに乗り、ドアを閉める。もちろん、エレベータは三十八階へ向かっていった。
…そして、二人の向かう先は……。


「きゃはははは!」
「それでね、その人……あっ……」
「ん? 何、どうした…の……げっ……」

受付のひとみと楽しく話し込んでいた真子は、背後に忍び寄る気配に振り返る。そこには、鋭い目つきのまさちんとくまはちが、立っていた。

「組長……。こっそりとどちらへ行かれるのかと思ったら。
 こちらで、何をしておられるのですか?」
「えっ? その…解らないところを……」
「誤魔化しても無駄ですよ…」
「ほんとだって」
「それなら、どうして、エレベータを停めていたんですか?」
「えっ? そ、そ、それは……。うきゃっ!」

まさちんは、真子の襟首を掴み上げた。

「解らないことを聞きに来るのは、構わないんですが、
 なぜ、きゃはははは!と笑っておられるんですか?……組長?」
「ご、ご、ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
「それに、ひとみさんは、お仕事中なんですよ。それなのに、長い時間、
 話し込んでどうするんですか! お仕事の邪魔をしてはいけません!!」
「ごめんなさいぃぃぃ」

まさちんと真子のやりとりを観ていたひとみは、突然、大笑いした。

「ひとみさん、どうしたんですか?」

まさちんが、ひとみに驚いたように尋ねる。

「はははは! す、すみません……。なんだかね、お二人のやりとりが
 おもしろくて…はははは。とても主従関係に見えないんだもん!
 …はっはっはっは! なんだか、仲の良い兄妹みたいですね」
「兄妹?!?」

真子とまさちんは、顔を見合わせていた。少し間があったあと、まさちんは慌てて真子から手を離す。

「す、すみません、組長…。あの、その…」
「ひとみさん、どういうことですか」

真子がひとみに尋ねた。

「そういうことよ」

ひとみは、ただ、微笑んで、真子に応えた。
ふと我に返った真子は、まさちんとくまはちの間をすり抜けてその場から逃げていった。

「あっ、組長!」

真子は、エレベータホールの角から顔を出して、あっかんべーをしていた。そして、丁度三十八階から下りてきたエレベータに乗り込んだ。

「く、組長…」
「三十八階!」
「は、はい!」

乗ったままの組員は、真子に言われるまま、38のボタンを押し、閉のボタンを押した。まさちんとくまはちが急いで走ってきたが、またしてもドアが閉まって、上昇していったところだった。

「…なんで、逃げるかなぁ」
「何か、気まずいことでもあるんじゃないか」
「……遊んでいる場合じゃないような……」
「…そうだよな……」

この時、二人は、重要な話をしていたことを思い出した。

東北では、抗争中だというのに、本部、大阪、どちらも、こんなにのんびりしていていいのか?
組長は一体、何を考えているんだろうか…。
受験のことだけでなく、東北のことも気にしているはずなのに…。

項垂れるまさちんを呼ぶ声がする。

「地島さぁん!」

ひとみが追いかけてきた。

「真子ちゃんの忘れ物です」
「ありがとうございます」

ひとみが届けた真子の忘れ物とは、数学の参考書だった。まさちんは、手にした参考書を見て、言葉を失ってしまう。

…高校の数学……????

「それと、真子ちゃんに伝言お願いします。
 中学生用の参考書をちゃんと購入するようにと」
「…ですよね? これ、高校生用ですよね…」
「…真子ちゃん、勘違いしてるんじゃないかなぁ。
 高校受験には、高校のものを勉強しないといけないって」
「…はぁ…。伝えておきます」

エレベータが一階に到着した。まさちんとくまはちは、急いで乗り込み、三十八階へ向かって上っていった。




夏休み。補習や講習、そして、クラブ活動で賑やかな寝屋里高校の職員室で、ぺんこうと数学の先生が話し込んでいた。

「……そうやんなぁ〜」
「どうされました? 山本先生」
「いや、そのね…中学三年生の知り合いに数学の質問を
 受けたんですよ。その時は、普通に受け答えしていたんですけどね、
 電話を切って、ふと思ったんですよ」

ぺんこうは、電話口でメモ用紙に書き留めた問題を数学先生に見せる。

「…その問題、高校一年生で習うところですよ」
「そうですよね。…それとも、今の中学生は、このような数学を??」
「それはありませんよ」
「ですよねぇ」

腕を組んで、そのメモをマジマジと眺めていた。
チャイムが鳴った。
ぺんこうは、そのメモをポケットにたたんでなおし、職員室を出ていった。




AYビル・三十八階。
真子は、事務所の前で、何かを探しているのか、ポケットを必死で探っている。

「組長、捜し物は、これですね?」

その声に振り返る真子。そこには、まさちんとくまはちが立っていた。

「あっ」

まさちんは、真子の目の前に、ネコのキーホルダーが付いた鍵を差し出す。

「エレベータの中に落ちてましたよ」
「…ありがとう」

真子は、差し出された鍵を静かに受け取った。

「それと、これ…」
「うわっ!」

真子は、驚いたように声を張り上げる。まさちんは、ひとみから預かった参考書を真子に差し出した。

「それと、ひとみさんからの伝言ですよ」
「伝言??」
「…これ、高校生用の参考書ですって……。組長が今、必要なのは、
 中学生用の参考書ですよ」
「だって、高校受験するんだよ。高校のものを勉強するのが
 当たり前じゃないの? 中学生用の参考書は、必要ないでしょ?」

やっぱり……。

まさちんは、そう思って、項垂れた。そして、真子に優しい口調で話し始めた。

「高校受験は、中学校で勉強したことが問題に出るんですよ。
 そして、合格して、その高校に入学して、初めてその参考書が
 必要になるんですから。今は、中学生用の参考書をご購入してくださいね」
「…そんな簡単なことでいいの?」
「へ????」
「たくさんの高校入試の問題を解いてみたけど、
 どれも簡単で呆気なかったから…。
 自分のしてること、間違っていると思って、
 これを購入したんだけど…」

これは、昔の影響なのか……?

くまはちは、ふと思った。
その昔、真子に勉強を教えていた事があった。その時から、真子は年齢以上の物を覚えていた。
そんなくまはちとは反対に、まさちんは、首を傾げている。

入試問題って、かなりひねくれた問題が多いはずだよぉ。
それが、呆気なかったってことは、組長は、かなりのひねくれものか?

くまはちには、まさちんの考えが解っていた。
思わず、まさちんの足を蹴る。

「…っ!! って、くまはち、なんやっ!」
「なんとなく」

静かに応えるくまはち。
そんな二人に脇目もふらず、真子は事務所の鍵を開けて、入っていった。

「あっ、組長!」

真子を追いかけるように、二人も入っていく。

「東北の状況を御報告致します」

デスクに着き、五代目の表情を現した真子に、くまはちが、東北の状況を詳しく伝え始めた。



夏期講習の授業を終え、職員室に戻ってきたぺんこうは、先ほどのメモ用紙を取り出して、再び悩み始めた。

「俺のヒントを基に、スラスラと解いていったよなぁ。
 ……そっか。そうや。きっとそうやなぁ。…ふふふ。
 俺って頭良いのか…いや、教え方が良かったんだよ。
 きっとそうだ! うん」

何か、変に納得したぺんこうは、メモ用紙を鞄に直し、そして、帰路に就いた。
真子の頭の良さは、自分の教え方が良かったから。
この変な納得は、ぺんこうの教師としての自信に繋がっていたことは、いうまでもない。
そんな夏の怪談(?)もあり、陽射しの眩しい季節は、あっという間に過ぎていく……。



「……あちぃぃぃぃ〜」
「……何も…言うなぁよぉ〜〜」
「…うるせぇ〜〜」

阿山組本部にいる若い衆は、夏が過ぎてもまだ、暑いので、だらけまくっていた。そんな若い衆の横を涼しげな顔で通り過ぎる純一。

「だらしないなぁ。山中さんや組長に見られたら、
 怒られるのは、お前らだぞ」
「純一さんは、暑くないんですか?」
「あぁ、暑くないよ」

そう言って、奥へ入っていった。
純一は、暑さを知らないのだろうか……。
純一もまた、怪談のひとつ……?




『台風12号は、以前勢力を衰えず、北東方向に時速7キロで上昇中……』

真子は、家の中でたいくつそうに外を眺めていた。
激しい雨が斜めに降っている。葉っぱやゴミがその雨に混じって舞っていた。台風の影響で、学校は休校。遊びに行くにも、外がこんな天候では、遊びに行けない(のは、当たり前)。リビングでは、まさちんとくまはちがテレビを観ていた。どこの局でも台風情報を流していた。
観たい番組は、中止。
だらけている二人とは、正反対に、台所では、むかいんが、またまた新メニューの勉強中。
真北は、こんな天候でも仕事。それは、当たり前?

「むかいん、まだ出来ないんかぁ?」

まさちんが、からかうように言った。

「今ひとつなんだよなぁ。…何か足りない…」
「おいしさの中に、楽しさもいるぞぉ」

くまはちが珍しくむかいんの料理に意見する。

「…楽しさねぇ……」

その時、二階で、ものごっつい激しい音が響き渡った。

「組長!」

まさちんとくまはちが、急いで二階へ駆け上がっていった。むかいんも、コンロの火が消えているのを確認して、駆けていく。

「いてて……」
「組長、何か?!?」

真子の部屋に駆け込んだ。真子の部屋は、乱れていた。…タンスや机が部屋の中央に移動していた。そして、本棚の本が、床に散乱していた。その本の上に真子が座り込んでいた。

「ポ、ポルターガイスト??」
「…あははは…。つまづいちゃった!」
「組長、大丈夫ですか?」

まさちんが、真子に近づいて抱き起こす。

「一体、何をなさってるんですか?」
「たいくつだから、部屋の模様替えをしようと思って…。
 本棚重いから、本を下ろして棚を移動してたら…。本につまづいたの……」
「慣れないことするからですよ…」
「そうだよね…」

真子は、照れていた。そして……。

「これは、どこですか?」
「そこ。机は、ここに。本棚はその横。ベッドは……」

真子の部屋の模様替えは、まさちんとくまはちがすることになった。真子は、家具の位置を伝えるだけ。
真子の言うとおりに家具の位置が変わった。真子は、部屋を一望した。眉間にしわが寄っていた。

「組長、どうですか?」
「う〜ん……なんだかなぁ。前の方が良かったかなぁ」
「では、元に戻しましょう」
「うん……」

まさちんとくまはちは、てきぱきと家具を前の位置に戻していた。そして……。

「やっぱり、さっきの方が……」
「気分転換に、よろしいかと…」
「そだね…」

まさちんとくまはちは、てきぱきと家具をさっきの位置に移動した。そして…。

「う〜ん。…見慣れないと、落ち着かないなぁ」
「では、元に戻します」
「うん…」

まさちんとくまはちは……。(エンドレス…)


外はいつの間にか雨も上がり、風も止んでいた。静けさが漂う中、真子の部屋では、息を切らしたまさちんとくまはちが、汗だくで座り込んでいた。
真子は、部屋を一望する。

「うん。これでいいかな?」
「終わりましたかぁ〜??」

まさちんが力無く言った。

「ありがと!」

真子は、かわいらしい笑顔で二人に言った。

「…組長、ひとつ聞いていいですか?」
「なぁに?」
「…どの辺りから、お遊びでしたか?」
「ん? 二回目」
「そうですかぁ……」
「……気が付いたのは?」
「五回目辺りです」
「…やっぱり気づいていたんだ……」
「当たり前ですよ」

二人は顔を見合わせて、笑っていた。それを見ていた真子も笑っていた。
家具は結局、元の位置のまま。ただ、家具の後ろにたまったゴミを掃除しただけに終わったのだった。真子は、本棚に本を並べ始める。まさちんは、後は、任せろとくまはちには、リビングに下りるように言った。本を並べ終わった頃、むかいんがやって来た。

「組長、新メニューできました!」
「ほんと? じゃぁ、早速試食! 行こ! まさちん」
「は、はい」

まさちんは、真子に強引に腕を引っ張られて、階下に下りていく。

真子達は、向井の新メニューの試食中。今回も、好評だった。食後のデザートを食べているときだった。

「まさちん」
「はい」
「近くに、公園が出来たんだって?」
「そのようですよ。ここから駅の方向へ約50メートルの所です。
 明日にでも覗きに行きましょうか? 学校もお休みですし、
 ビルの方も特に仕事はないようですから」
「うん」

真子は、自分の言いたいことをまさちんに先に言われた事に驚いていた。そんな真子を見たまさちんは、

「組長の言いたいことは、わかりますよ!」

真子は笑っていた。

「明日はいい天気かなぁ」
「台風は去りましたから、とてもいい天気でしょう。
 だけど、公園には、葉がたくさん落ちてるでしょうね」
「…外から覗くだけだよ…。だって、地面ぬかるんでるかもしれないしさぁ」
「水はけはとても良さそうでしたよ」

むかいんが、食器を洗いながら応える。

「それなら、中に入っても大丈夫だね!」

真子は、満面に笑みを浮かべた。

「ごちそうさま!」
「組長、ありがとうございました。これも、いつものように」
「うん! また、お客が増えるね! じゃ、部屋に戻るね」

むかいんは、部屋を出る真子に深々と頭を下げていた。

「むかいん。なんで公園の事知ってるんだよ」
「俺、電車通勤」
「……そっか。運転免許持ってないもんなぁ。なんで取らなかったんだよ」
「…いらないと思ったから。それより、まさちんは、いつ取った?
 くまはちが通っていたのは知ってたけど」
「阿山組に来る前。一週間の合宿で」
「なるほど、それであの運転か」

くまはちとむかいんは、納得したように声を揃えて言った。

「なんだよ。何に納得してるんだよ」
「さぁなぁ」
「あぁ」

そう応えながら、むかいんは黙々と洗い物を、くまはちは、何事もなかったような感じでテレビのスイッチを入れる。煮え切らないまさちんは、食卓を人差し指で、コンコンと叩いていた。

「…俺、運転下手なのかなぁ」

まさちんは呟いて食卓に突っ伏した。



次の日。天気は快晴。空気が澄んでいるようだった。公園の緑の葉は、少し赤みがかっていた。落ち葉の季節がすぐそこまで来ているようだった。子供達が、はしゃいでいた。そこへ、真子とまさちんが歩いてやって来た。真子は、入り口付近で公園を覗き込むように立っていた。

「入らないんですか?」
「う、うん」

真子は、何故か躊躇している。

「組長、大丈夫ですよ」
「う〜ん。…ほんと?」
「…私が一緒ですよ」
「…そうだよね。…ようし」

真子は、公園に入るのに、気合いを入れ、一歩踏み出した。
公園は、かなり広かった。いろいろな遊具があり、砂場があり、ベンチもあり、そして、トイレもあった。
真子の心は自然と安らいでいく。
突然立ち止まり、そして、深呼吸をした。

「んーーーーー!!!」
「どうされました?」
「なんだかね、気持ちよくって」

真子の笑顔が輝く。まさちんは、真子を見て微笑んでいた。

「家の近くに、こんな素敵な公園が出来てよかったね。
 最近、都会にも自然が求められているのかなぁ。
 ビルだけでなく、住宅街にも、公園は必要だよね!」
「そうですね。これも、松本のアイデアでしょうね」
「松本さん、もしかして、AYビルの影響かな?」
「かもしれませんね」

真子とまさちんは顔を見合わせて笑っていた。
真子が住んでいるこの住宅街。実は、松本が買い占めた場所である。
真子に万が一の事があった時を考えて、土地を購入していたのだった。前に住んでいた場所で問題が発生した直後に、引っ越し先がすぐに見つかったのは、松本の手回しが良かった事が効を成していた。
真子には内緒だったが、AYビル関係者がこの住宅街を占めている。
真子達の素性を知っても、何も言わない人達=松本が信頼している者達が集まっている住宅街。
そんな松本の優しさを真子が知ったのは、昨日のむかいんの新メニューを試食した後だった。
くまはちから、松本の気持ちを聞き、そして、改めて公園にやって来た。しかし、公園は、真子にとって、嫌な想い出がある場所。
公園からの帰りに起こったあの事件。
未だに心の奥底に眠る何か……。
真子は、公園を充分堪能した。

「…帰ろっか」
「はい」

真子とまさちんが、公園を出てくる。ちょうどその時、目の前を引越センターのトラックが通り過ぎ、左折していった。そのトラックの後ろを車が一台付いていった。その車の後ろの座席には、女の子が乗っていた。真子は、何気なく、その女の子を観ていた。

「新しい住人かな…」
「その先にある家も新たに建ちましたからね」
「そうだね。人が増えていく…。笑顔も……増えるかな…」
「えぇ。増えますよ」
「うん」

組長の笑顔が一番ですから。

まさちんの心の声は、真子に聞こえている。
ちょっぴり照れたのか、真子は何かを誤魔化すかのように口を開いた。

「ほんと、家まですぐそこなんだね。毎日でも来たいな」
「駄目ですよ。受験生ですから」
「息抜き、息抜き!」
「組長は、いつも息抜きされてませんか?」
「うるさぁい!!」

真子は、まさちんの腹部に肘鉄を食らわした。しかし、まさちんは、右手一つで見事に受け止めていた。

「あっ」
「組長の攻撃は、見切ってますよ!」
「…ふ〜ん…!」

真子は、まさちんに怪しい目線を送っていた。そして、スキをみて、まさちんの右腕を掴み、後ろ手にして、壁に押しつけた。

「じゃぁ、これからは、手加減しないよ!」
「えっ? まさか、今までは……いてっ…ま、参りました」
「そうこなくっちゃ、やりがいがないでしょ!」

真子は、まさちんの腕を放した。肩をさすりながら、真子を見るまさちん。

「だから、まさちんも、手加減しないでね」
「組長……。わかりました」

まさちんは、真子の左腕を掴み、真子にされたように真子の腕を後ろ手にして、壁に押しつけた。

「ちょ、ちょっと! 何よぉ、急にぃ!」
「手加減するなとおっしゃったので」
「だからって、こんな道の真ん中でぇ」
「誰も観てませんよ」
「俺が観てるよ……。……何してるんだぁ? こぉんな道の真ん中で!!!」
「ま、真北さん!!」

まさちんは、真子の腕を素早く放す。真子は左肩、まさちんは右肩をさすりながら、真北に振り返った。
真北の目つきは…怒っているのがわかるくらい、鋭くて………。

「一体、何を始めるのかと観ていたら…。今はまだ、この辺りには人が少ないから、
 迷惑は掛からないけど、この調子で道を歩いていたら……」

真北は、まさちんの頭をこつんと叩く。

「すみません……」
「ごめんなさい」

真北は、大きなため息をついて、十メートル先の自宅に向かって歩いていった。その後ろ姿には、寂しそうに落ち込んでいるような雰囲気が漂う。真子とまさちんは、お互い顔を見合わせて、真北の後ろを付いていく。

「はふぅ〜。これが、ずっと続くのか…。まだまだ、子供だなぁ」

真北の呟きが聞こえたのか、聞こえなかったのかは定かでないが、真子は、にこやかな顔で真北の横に歩み寄り、話しかけていた。真北は真子の笑顔に応えるかのような顔で、真子の話を聞いていた。まさちんは、そんな二人を後ろから眺めていた。

ほのぼのとした親子の雰囲気。組長が一番望んでいる暮らし。
普通の暮らし。

三人は家に入っていった。

真北は、この日、徹夜明け。部屋に入るなり、真北は、着替えもせずに熟睡する。
真子は、勉強を始めた。
まさちんは…たいくつだった。自分の部屋にある机に向かって、何かを考え込む。
そっと引き出しを開けるまさちん。
中には、古めかしい新聞の切り抜きが入っていた。それを手に取り、唇を噛み締め、

「許さねぇ」

とても低い声で、まさちんは呟いた。



(2005.7.22 第一部 第十八話 UP)



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※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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