任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第十話 真北の行き先

橋総合病院。
本部から帰ってきた次の日、休む間もなく、真子は、真北に強引に連れてこられていた。
もちろん、いつも以上のふくれっ面で橋の前に座る真子。
橋は、にっこりと笑っていた。
その笑いには、『怒り』が含まれていることに気が付いている真子。
橋は、心の声で、真子を怒鳴っていた。
もちろん、真子は、橋の『心の声』を能力で聴いていた…。そうでもしないと、真北が側にいる…ばれてしまう…。
その時だった。
真北の携帯電話が鳴った。

「もしもしぃ」

真北は応対しながら、橋の事務室を出ていった。
真北が居なくなった事務室。橋は、待ってましたと言わんばかりに、真子に話しかける。

「原田から、全て聞いたんやで」
「だけど…」

真子は、言いにくそうに俯いていた。
そんな真子の腕を取って、服をめくった橋は、深刻な表情になった。

「真子ちゃん、二つ打たれたんか?」
「…わかんない。一つは覚えているけど、恐らく、意識が朦朧と
 してた時かな。…でも、解毒剤打ったんだけど…」
「これだけ跡が残ってるっつーことは、真子ちゃん、未だ
 本調子やないんやろ。無理すんなっつーたろがぁ」
「…ごめんなさい…」
「こら、あかんな、素直や…ほんまに調子悪いんか」

真子は、ゆっくりと頷いた。

「でも、倒れる程じゃないから…」
「はふぅ〜。真北にばれたら、ほんまに……!!!!」
「…どしたの、橋先生……」

真子は、橋の目線に合わせて、振り返った。

「うげっ!!」

真子は、驚いて立ち上がり、慌てて服を元に戻した…が、既に遅し…!!!
真北は怒りの形相。そして、素早く真子の腕を取り上げ、服をめくった。

「組長、このあざは? これは、高純度の麻薬…それも、
 龍光一門が裏でさばいている代物じゃありませんか!!!
 顔色が優れないのは、このせいだったんですね…」
「ま、真北さん…その…」

真子は、真北の手を離そうと、もがいているが、真北は、真子の肌が白くなるくらい、力一杯握りしめていた。その腕から伝わる、真北の怒り……。

「橋…、知っていたんか? まさちんも、まさも知っていて…。
 俺に、隠し事かよ…。他にまだ、ありそうだな。…橋…?」

言葉の語尾を上げる真北。真北の怒りは相当、きているようだった。

「ないよ…。何にもない、…何もない!!!!」

真子は、橋が声を出す前に、叫ぶように言って、真北の手を振りきった。

「何もない…。真北さんに隠し事なんて…もう、ないから…。
 これは、私が悪いの…だから、まさちんも橋先生も、まささんも
 悪くないの。だから…だから…怒らないで…真北さん…。
 怒らないでよ…。…おこら…ないで……お願い…ごめんなさい…」

真子は、床に座り込んで泣き出してしまった。

「怒らないで…おこら…ないで……真北さん…」
「…真北ぁ、泣かすなよなぁ」

橋は、泣きじゃくる真子をそっと椅子に座らせた。

「真子ちゃんも、真北の心を覗かない」
「ごめんなさい…。突然だったから…」
「…あいつら…ただじゃ、済まさねぇぞぉ…」

真北が事務室を出ようとドアノブに手を掛けるよりも先に、真子がドアの前に立ちはだかった。

「…誰を…? まさちん…? まささん…? …龍光一門…?」

涙で濡れた真子の顔。その目には、怒りと哀しみが含まれていた。

「組長…」
「これは、真北さんには、関係無いことでしょう? それに、まさちんには、
 既に鉄拳を振るったんじゃないの? そして、今、くまはちと何をしてるの?
 …私が知らないとでも? 真北さんは、私やみんなに隠し事してるって怒るけど、
 真北さんだって、私に隠し事してるでしょ!」

真子は、ドアを思いっきり叩いた。

「私は、誰? …阿山組五代目だよ…。…みんなして…、
 勝手なことはしないで…欲しいなぁ…」

真北を見上げる真子の目つき…それは、五代目を醸し出していた。

「真子ちゃん…」

真北と橋は、真子の姿を見て、同時に呟いた。
真子は、真北の見開かれた目を見て、ハッと我に返り、真北から、目を反らす。

「…わ、私……」

自分の行動に驚いた真子は、口に手を当てて、壁を滑るように座り込み、ガタガタと震えだした。そして、頭を抱え込み、何かを呟き始めた。

「真子ちゃん…、橋! お前、何を診てるんだよ!!!」
「診る前や。お前が、あんなことせんかったら、こうなってない!」
「うるさい!! くそ…。後遺症出てるじゃないかよ…。だから、俺は、
 …真子ちゃんの本能に対しては、注意してるんだよ…」

真北は、座り込む真子にそっと手を差し延べた。

バシッ!

「真子ちゃん…」

真北は、差し延べた手を真子に跳ね返された。真北は、困ったような表情で、真子を見つめ、頭を掻く。

「真北…席外せ」
「…解ったよ…」

橋は、ドアの前に座り込む真子を抱きかかえ、真北を追い出すような感じで目を向けた。
『頼む』
そっと目で合図した真北は、静かに出ていく。ドアを閉めた真北は、暫くドアの前に佇み、足取り重く、一歩を踏み出し、去っていった。


「…ごめんなさい…」
「気にせんでもええって。真子ちゃんに打たれた麻薬は、
 隠れた何かを引き出すらしいんだよ。だから、そのせいやろ」

橋は、薬品棚の鍵を開け、中から、まさが持っていた物と同じ箱を取り出し、真子の前に座った。

「…実はな、これと同じやつを、原田が持っているんだよ。
 真子ちゃんが天地山に居たときに、話を聞いてな、原田も
 これを用意していたらしいんだよ」
「これは?」
「解毒剤。高純度のやつのな…。あの時のまさちんにも、これを使って
 治療した。だから、すぐに、元に戻ったんだよ。…だけどね…。
 黒崎さんとこの薬なんだ…。まさも、相談を受けたまさちんも
 悩んだらしい。…まさちんは、これ以上、真子ちゃんには、
 黒崎さんとこの薬を使って欲しくないと、言い切ったんだって」
「まさちんが…?」

真子は、黒崎に関する今までの事件を思い出していた。そして、まさちんの気持ちを察したのか、真子は、橋が尋ねる前に、言った。

「大丈夫…私は、大丈夫だから。…特に問題ないんでしょう…?」
「ないよ。あの時の薬は、特別なものだったからね。…いいんか?」
「…うん。…これ以上、真北さんに反抗的になったら困るから」

真子は呟くように言った。そして、腕をまくり、橋に差し出す。橋は、何も言わずに、箱から薬を取りだし、真子の腕を消毒し、そして、注射した…。



庭を一周した真北は、車に乗り込み、運転席の座席を倒して、腕で顔を隠すように寝転んだ。



橋は、真子にオレンジジュースを差し出した。

「いただきます…」

ここは、橋の事務室の奥にある部屋。橋は、自分が飲むお茶を用意して、真子の前に座った。

「どうや、調子は」
「かなり…よくなった」
「解毒剤は、一つ分やったみたいやな」
「そこんとこ、よく覚えてない…。……真北さん、怒ったかな…」
「驚いたんやろ。初めて娘に反抗されて」

橋は、笑っていた。それとは反対に、真子は、落ち込んだ様子だった。

「どうしよう…」
「真子ちゃんが、心配することないやろ。真北も薬の影響や言うてたしな」
「…このあざ、診ただけで、何かわかるの?」
「俺は医者やで。真北は、職業上やろ。原田も医者の知識あるからなぁ。
 くまはちは、そっち方面のことも詳しいんやろな。…ったく、真子ちゃんの
 周りの奴は、強者ぞろいやな。向かうとこ敵なしやで」

橋は、お茶を一口飲む。

「私も、もっと強くならないとね…」
「それ以上、真子ちゃんは強くならなくてもええやろ」
「でも、心の何処かに、弱さがある…」
「それは、誰でもあるよ。俺も、真北も。だけど、それを表に出さないだけ。
 真北は、昔っから、そういうとこあるんや。それを聞き出すんが、
 俺の仕事。内に秘めとったら、それこそ、あいつは、暴走するからな」
「…私にも相談して欲しいんだけどな…」

真子は、オレンジジュースを飲み干した。

「照れとんねんって」
「なんでぇ」
「真子ちゃん、益々魅力的になってくからな」
「変わらないと思うけどなぁ」
「あいつの真子ちゃんに対する態度がな、好きな人に対する態度と
 似てきてるんだよ。やはり、恋人なんやなぁ」
「そうだもん…。…どうしよう…」

真子は、困っていた。

「大丈夫やって。あいつは、自分で解決しよるからな。いつものように、
 笑顔を見せてあげるだけで、大丈夫やから。ただ、ショックやったんやろ」
「…反抗されて?」
「そうやなぁ」
「そんなつもり…なかったのにな…。気が付いたら、あんなこと
 あんなひどい言葉を口に…していた…。…って、あの薬、
 隠された何かを引き出すって、橋先生、言ったよね」
「言ったなぁ」
「…ってことは、私…真北さんのことを、あんな風に思っていたの…?」
「あらら…」

橋は、真子の言葉に納得したのか、口を開けて驚いていた。
真子は、益々落ち込んだ…。

「ま、ま、真子ちゃん、オレンジ、おかわりいらんかぁ?」
「…ちょうだい…」

真子は、グラスを橋に差し出した。橋は、オレンジジュースをグラスに注ぐ。

「どんどん飲んでやぁ」

真子は、どんどん飲んでいき…そして、眠ってしまった。

「…大成功っと」

橋は、真子のオレンジジュースに睡眠薬を入れていたようだった。
橋は、ドア付近に目をやった。
そこには、怒りの形相の真北が立っていた。

「こうでもせんかったら、真子ちゃん疲れるやろ」
「…で、使ったんか?」
「真子ちゃんの意志」
「…帰ったら、まさちんとくまはちにお見舞いせんと、気がすまんわい」
「そんなことしたら、お前、暫く口を利いてもらえへんぞぉ」
「それは、…困る…」

真北は本当に困っていた。橋は、真北を観て、思わずにやりと笑ってしまう。

「お互い困っとけって」
「うるさい!」

真北は、側にある毛布を手に取り、真子に優しく掛け、そして、微笑んだ。

「…初めて反抗されて、驚いたやろ」
「まぁな。まさちん達が、真子ちゃんに逆らえないことがわかったよ。
 五代目の貫禄…。いつ身につけたんだろうなぁ」

真子の頭を優しく撫でながら、真北が言った。

「お前が知らんうちに、教えてたのかもな」
「俺だけちゃうぞ。ぺんこう、えいぞうも加わってるからな」
「そやけど、一番の影響は、お前やな。頑固さも」
「ほっとけ」
「で、どうする?」
「なるようになるさ」
「さよか」

真子の『なるようになる』の精神は、真北から伝わったものかもしれない…。
実際、その言葉が出た時は、本当になるようになっているんだが…。

「で、キャラクターランドに行く話、ほんまなんやな。
 お前らに、絶対似合わない所やろ」
「行ってみないと、わからないさ」
「…思いっきり楽しみにしとるな…その目は…」
「そらなぁ、家族旅行みたいなもんやしな」
「…大変そうやな…」

橋は、気の毒そうな表情で、真北を見ていた。真北は、そんな橋の表情に気付くはずもなく…真子の寝顔をいつまでも見つめていた。

「あかんわ…」

橋は、呆れた様子。





帰路の車の中。
真子は、終始俯いていた。

「ですから、組長…」
「…ごめんなさい…」
「組長が、素直だと、怖いですね」
「だって…」
「…これからは、隠し事は止めて下さいね。もう怒りませんから」
「ごめんなさい…」
「私の方も、悪かったですね。龍光一門の件…。報告しますと…」
「…真北さんが、絡んでるんだったら、安心してる。だから、
 今まで通りに…無茶しない程度に、お願いします」
「組長、そう改まって言われると…。…わかりました。
 無茶しない程度に、進行致します」

真北は、ルームミラー越しに見えた真子のふくれっ面を見た為、自分の言葉を濁す。
そして、車は、自宅に到着した。
真子と真北は、二人揃って玄関へ向かって歩いていく。

「たっだいまぁ」

真子の元気な声が、家に響き渡っていた。

「…って、誰も帰ってないやんか…」
「まだ、夕方ですから」
「そっか」

真子は、少しふくれっ面になりながら、靴を脱いで、二階へ上がっていった。

「組長、早めにお風呂…」
「今日は、入ったらあかんって、言われたでぇ」
「そうですか。夕飯は、私が作りますが…」
「いいよぉ」

真子は、二階から叫んでいた。そして、ドアの閉まる音が聞こえた。

「…しまった…連絡忘れてた…。…原の奴、怒るかな…。しかしなぁ〜」

真北は、困っていた。
橋の事務室に居たときに掛かってきた電話の相手は、原だった。原には、署に戻るようにと言われ、それを橋に告げようと事務室に入った途端…真子のことで、すっかりその事が吹っ飛んでしまったようだった。
真子を一人にさせられない。
まさちんは、例の会議に出席中。
くまはちは、龍光一門の件で、行動中。

「…そっか。もう少し待っておけばええか」

真北は気が付いた。もう少しすれば、あいつが帰宅する。

「それまで、原には待ってもらおうかな」

真北は、そう呟きながら、冷蔵庫のドアを開け、食材を探していた。
真子が、二階から降りてきた。台所に居る真北の姿を見て、真子は尋ねる。

「真北さん、橋先生のとこで、何か言いたかったんじゃないん?」
「えぇ。先程思い出したんですよ。原が、署に戻るようにって
 連絡くれたんですけど…」
「だったら、早く行かないと」

真子は、そう言って真北と台所を変わろうと歩み寄った。

「組長を一人には出来ませんから。待たせてても大丈夫ですよ」
「私なら、大丈夫だよぉ。もうすぐ、ぺんこうも帰ってくるし」
「では、ぺんこうが帰ってくるまでということで」
「…本当にいいの? 原さん、怒ってるんじゃない?」
「原は、組長みたいに反抗的じゃぁないですから」
「…ひどぉ〜」

真子はふくれっ面になっていた。そんな真子を見つめる真北の目は、とても温かかった。

玄関のドアが開く音がした。

『ただいまぁ』

ぺんこうが帰ってきた。

「お帰りぃ」

真子は、リビングに入って来たぺんこうに元気な声で言った。

「組長、調子が戻ったようですね」
「うん」
「安心しました」

ぺんこうは、どうやら真子の体調のことに気が付いていたらしい。真北は、直ぐに出掛ける用意を始める。

「ぺんこう、俺、署に戻るから」
「今からですか?」
「原に呼ばれてたこと、忘れてたんだよ」
「わかりました。お気をつけて」
「では、組長、行ってきます」
「無茶したら、あかんよぉ」

真北は、素敵な笑顔を真子に向けて、リビングを出ていった。ぺんこうは、二階に上がるついでに真北を見送りに来る。

「お前は気が付いてたんやな」
「あなたこそ」
「…俺は気付いてなかったんだよ。まさか、薬を打たれていたとはな…」

真北は靴を履いて、ドアノブに手を伸ばす。

「…で、休み…取れたんか?」
「改めて訊かなくても、御存知でしょう」
「…まぁな」

真北は、ドアノブに伸ばした手を、ポケットに突っ込んだ。
どうやら、ぺんこうの休暇に関しては、真北が一枚噛んでいる様子。

「遅くなるのですか?」
「内容によっては、帰りは明日かもな。…恐らく、上層部からだろう」
「噂は…本当なのですか?」

真北は、そっと頷いた。

「阿山組五代目の流儀なら、問題はないんだが、ここんとこ、
 やばいことばかりしてるからな。俺も含めて…な」

真北は振り返り、ぺんこうを見つめた。
ぺんこうの目は何かを言いたそうな雰囲気を醸し出している…真北は、フッと笑い、ぺんこうに言った。

「心配すんな。あのような事はもう、ないから」

真北は、ぺんこうの肩を軽く、ポンと叩いて、ドアを開けて出ていった。
外はすっかり、真っ暗になっていた。
静かに閉まるドアをいつまでも見つめるぺんこうは、気を取り直して、二階に上がり、部屋着に着替えて台所へやって来た。

「ぺんこう、今日は早かったんだね」
「なんとなく予感がしたので、早めに切り上げました」

ぺんこうは、真子と語りながら、真子と一緒に夕食の用意を始めた。

「まさちんもくまはちも、むかいんとこで、食べてくるでしょう。
 恐らく、まさちんが、愚痴ってますよ」
「なんでぇ〜」
「いっつもこの時期はそうですから。
 『いつになったら、組長は、会議に参加されるのかぁって
  親分衆に、せっつかれるんだよぉ』
 という具合にですよ」
「まさか、ぺんこうにも?」
「はい」
「…参加しても、こんな私じゃ、何を言われるか…」
「大丈夫ですよ。いつものように、なされば。立派な五代目ですから」
「…ぺんこうぅ〜!」
「はっ…しまった…っっつ!!!!!」

ぺんこうが、そう呟いても既に遅し。
真子の蹴りが、ぺんこうのすねに入っていた。

ダンダンダンダン!

キャベツを刻む音に、怒りがこもっていた。

「組長、それでは、おいしいものが……」

真子は、ギロリとぺんこうを睨んでいた。

「すみません…」

ぺんこうの声は、弱々しかった。





むかいんの店。
むかいんが、料理を持って、特別室へと入っていった。

「お待たせぇ」

むかいんが、料理を置いたテーブルには、仕事を終え、すっきりとした表情のくまはちと、テーブルに突っ伏して、疲れ果てた様子のまさちんが座っていた。

「ほら、まさちん。起きろ。食べたらすっきりするって」
「ふんにゃぁ〜?」

まさちんは、本当に疲れ果てているのか、返事もヘナヘナ…。
くまはちは、そんなまさちんをほったらかしにして、料理に手を伸ばし、口に放り込んでいた。

「組長は?」
「ぺんこうが、一緒」

くまはちは、むかいんの質問に短く応えただけだった。

「なら、ゆっくりしてけぇ」

そう言って、むかいんは、部屋を出ていった。
まさちんの箸を運ぶ手は、すごくゆっくりな事に、くまはちは、

「お前、ほんまに、大丈夫か? 疲れすぎやぞ。…何があった?」

思わず心配して声を掛けてしまう。

「…会議なぁ…。いつもの如く、組長は、まだ出席しないのかぁって…。
 それに、桜姐さんのこともなぁ…」
「あぁ、例の噂なぁ」
「桜姐さんの幼なじみという姐さんが居たんだよ。それで、
 なぜ、桜姐さんと親密な関係を築かないんや…言われてな…」
「襲われたんか?」
「…それに近い…」
「ぶわはっはっはは!」

くまはちは、大笑い。

「笑うなよぉ。気力、体力共に、ダウンや…」
「…疲れ知らずのまさちんが、ほんまに、ダウンやねんなぁ」

くまはちは、料理を口に運びながら、ダウン状態のまさちんを楽しみながら見つめていた。

「いっそのこと、桜姐さんと、親密な関係になれや」

くまはちが、言った。

「…あのなぁ…」
「気ぃ、済むで」
「!!!! まさか、くまはち、あの時…」

まさちんの言葉に、くまはちは、ただ、微笑んでいるだけだった。
まさちんは、箸をテーブルに投げる。

「やってらんねぇ〜」

テーブルの上の料理は、全て、くまはちに、たいらげられていた。

「むかいん、遅いなぁ〜。次ぃ〜」

そう呟くと同時に、むかいんが、たっくさん料理を持ってきた。

「お前が、早すぎるねんって、くまはち」
「いつものことやろぉ」
「そう思って、たんまり持ってきたからな。…いつものように、
 払いは、倍な、まさちん」
「……何倍でも払ったるから、どんどん持って来い!!」

まさちんは、何故か、怒っている様子…。

「まさちんに、何か遭ったんか? さっきとえらい違うやん」

むかいんは、まさちんを指差しながら、くまはちに尋ねた。

「スケやぁ」

くまはちが、呟くように言った。

「なるほどなぁ」

まさちんは、ほとんど妬け食い状態に陥っていた……。


くまはちとむかいんの会話でも解るように、真北と真子が居なければ、常に、そのような会話をしている様子。
ま、こんな話(大人な会話)は、真子の前では、絶対に出来ない……真北の鉄拳が落ちるから…。




真北は、高級住宅街を車で走っていた。そして、豪邸の前に停まった。
豪邸の門が静かに開いた。
真北は、そのまま、門をくぐっていく。
門は静かに閉まった……。


「こちらでお待ち下さいませ」
「はい」

豪邸内の応接室に通された真北は、ソファに腰を掛け、俯き加減に人を待つ。
ドアが開いた。
真北は、立ち上がり、ドアから入ってきた人物に一礼する。

「申し訳ありません、こんな遅くに」
「気にするな。忙しい男を急に呼びだした私が悪いんだよ」

男は、そう言って、ソファに座った。

「その後、お嬢さんの容態は、どうだい?」
「ご心配なく」
「…それに、最近、派手に動きすぎてるぞ。始末が大変だ」
「それは、重々承知…」

真北は、恐縮そうに言った。

「お嬢さんには、ばれてないのか?」
「今日、思いっきり怒られました」
「真北ぁ。お前を怒る人物が居るとはなぁ」

男は、笑いながら言った。

「警視正、話と言うのは…まさか、例の…」

真北の言葉にあったように、真北が尋ねた男とは、真北を特殊任務に推薦した警視正だった。
警視正は、真北の言葉に静かに頷く。

「真北ぁ、警視正言うな。お前とは同期だろう」

真北は苦笑い。警視正は話を続けた。

「阿山組五代目の流儀なら、安心なんだが…。現在の行動が
 このあと、どう出るか、そこが、問題なんだよ」
「仕方ありません。その辺りを考えての行動ですから」
「…はふぅ。…お前のその目を見ていたら、何も言えないな」
「そうおっしゃらないでください」
「無理してないよな」
「無理しないといけない時もありますから」
「お前に倒れられると、こっちとしても困るからな」
「倒れませんよ。元気の源が、常にそばにありますから」

真北は、微笑んでいた。

「…お前のその精神を、他の奴らも見習って欲しいな…」

深刻な表情で、警視正が言った。

「今夜は、ゆっくりしてくれ。久しぶりだろ?」
「ありがとうございます」
「おい」

警視正の声と同時に応接室に料理が運び込まれた。次々とテーブルに並ぶ、豪華な料理。

「まぁ、真北のお薦めシェフには、劣るけどな」
「警視正、来られたんですか?」
「あぁ。一般市民を装ってな。あの味は、心が和むよ」
「むかいん、喜びますよ。では、いただきます」

真北は、丁寧にそう言って、料理に箸を付けた。





真子の自宅。
真子とぺんこうは、静かに食事を始めた。箸が茶碗に当たる音や、食器がテーブルに置かれる時の音が、聞こえるだけ…。そんな中、口を開いたのは、なんと、ぺんこうだった。

「休暇、取れました」
「ほんと? ぺんこうが、一番難しいと思ったんだけど…。平日だから…。
 もしもの為に、土日も考えてたんだけどなぁ。よかったぁ」
「真北さん、絡んでますから」
「…やっぱし…」

真子とぺんこうは、苦笑い。

「組長と旅行って、理子ちゃん達と天地山に行った時以来ですね。
 修学旅行も林間も、私は、組長に付きっきりとはいかなかったですからね」
「そうだったねぇ。ぺんこう、忙しかったもんね。色々と」
「えぇ」

再び、静かになる食卓。
そして、二人は同時に食べ終わった。

「御馳走様でした」
「御馳走様でした。組長、お願いしてよろしいですか?」
「かまへんよぉ。たっぷり仕事たまってるんやろ?」
「はい。申し訳ありません」
「終わったら、AYAMAの仕事だから、ここに居るよ」
「そうですか。なら、私は、こちらに仕事を持ってきます」
「邪魔したら、ごめんねぇ。先に謝っておくぅ」

ぺんこうは、真子の言葉に微笑みながら、リビングを出ていった。


ぺんこうが、仕事に必要な書類を持って、リビングに戻ってきた頃、真子は、後かたづけを終え、チェックに入っているところだった。

「組長、早いですね」
「ん? こんなもんでしょ。OK。ピカピカ」

真子は、台所の電気を消して、リビングへやって来た。テーブルの上に乗っているぺんこうの仕事を見つめて言った。

「そっかぁ。二年の担任やっけ」
「そうですよぉ。就職か進学かに分かれてのこれからですから、
 それを含めての学習に、大変です。組長の時もそうでしたよ」
「ふ〜ん」

真子は、ぺんこうを見つめて、微笑んでいた。

「なんですか?」
「輝いてるなぁって」
「ありがとうございます」

ぺんこうは、素敵な笑顔を真子に向けていた。




豪邸。
真北は、食後の珈琲を飲みながら、世間話をしていた。

トントン。

「失礼します。お久しぶりです」

そう言って応接室へ入ってきたのは、警視正の娘と孫娘だった。真北とは、顔なじみになっている様子。

「お元気そうで」

真北は、笑顔で応えた。孫娘が、真北に駆け寄ってきた。

「あぁ、駄目ですよぉ」
「構いませんよ。こんばんはぁ」

真北は、嬉しそうに駆け寄ってきた孫娘を抱きかかえた。そして、優しさ溢れる表情でその孫娘に挨拶をした。

「こんばんは」

孫娘も真北に、元気良く挨拶をする。

「三つになったかな?」
「うん。さんしゃい」
「私の事、覚えているのですね」
「真北さんが来られてるとお聞きした途端、急に走り出して
 しまったんです。ご迷惑を…」
「迷惑だなんて。嬉しいですよ。こんな私を覚えていてくれて」
「ほんと、お前は子供に懐かれるんだなぁ。俺は、まだまだ」
「そんな怖い表情をされているからですよ。ねぇ」
「ねぇ〜」

真北と孫娘は、気が合うらしい。

「そろそろ寝る時間だよ」
「うん。まきたさん、おやすみなさい」
「お休みぃ」
「失礼します」

真北に手を振る孫娘を連れて娘は、応接室を出ていった。

「娘の成長は、早いよな。あっという間に母親だ」

警視正が、呟くように言った。

「そうですね。あっという間に大人になって…」

真北は、真子を思い出している様子。

「お嬢さんも素敵になられたんだろうな。私のことは、もう、
 忘れてしまっただろうな。幼かったからなぁ。あれから、
 何年経った?」
「もうすぐ二十年ですね」
「あの時のお嬢さんの表情は、今でも忘れられないよ。
 無表情…。仕方ないよな。阿山ちさとさんが…な。
 その時のお前の表情も…忘れられないんだよ」
「今でも時々…」

真北は、何かを誤魔化すかのように珈琲に手を伸ばす。

「俺が行ったことで、あの場に一瞬、殺気が漂ったのに、それ以上の
 殺気がお前から発せられていたからなぁ。その殺気は、敵に対しての
 ものだったのにな。俺はあのまま、いくと思ったんだけどな」
「真子ちゃんに、停められた」

真北は、静かに言った。

「なるほどな」
「俺以上に哀しい表情をしているのに、俺の心が解っていたのか、
 それとも、真子ちゃん自身が怒りを抑えていたのか…未だにそれは、
 定かでないけどな。あの時の真子ちゃんの気持ちは、大切にしたいね」
「幼い子でも、その優しさには応える…か」
「まぁね」

真北は、少し照れたような表情をしていた。

「ほんとに、お嬢さんを哀しませることだけは、するなよ」
「わかってるよ。…そう言うお前もな」
「あぁ」

ここにも、また、誰も知らない男同士の力強い絆があった。

「あっ、そうだ。例の件だけどな、リストの人物全員にコンタクト取れた。
 みんな、真北の為ならといって、張り切ってるぞ」
「恐れ入ります」
「俺も、参加するよ」
「おいおいぃ〜。仕事は?」
「仕事だろ?」
「そうですが……」
「娘達も一緒だ。逢えるといいな」
「かなりの人数になりますから、難しいでしょうね」

真北は、珈琲を飲み干し、少し安心した表情で、微笑んでいた。



(2006.4.10 第四部 第十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
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