第十七話 真北家の家族旅行・初日の夜 時刻は夜の八時。 この時間は、まだ、ランド内で夜のイベントを楽しむ人たちが居る為、ホテルも、まだ、のんびりとした雰囲気だった。 そんな中、真子達は……。 シャレトルンホテル・スペシャルルーム! 夕食を終え、部屋に戻って、暫く時間が経った。 「では、私達は、温泉に」 「はぁい。ゆっくりと浸かってきてねぇ!!」 「行ってきます」 真子に見送られて、部屋を出てきたのは、真北、むかいん、くまはちの三人だった。見送った真子は、部屋のドアを閉め、ソファに戻ってきた。 「ほんとに、いいん?」 真子が話しかけた人物。それは、温泉に向かわなかったまさちんとぺんこうの二人だった。温泉を嫌う(他人に肌を見せるのを嫌う)真子を一人っきりにさせられないということで、 一緒に部屋に残っていた。 「部屋でのんびりしたいんですよ。な、まさちん」 「そうだよなぁ、ぺんこう」 なんとなく、ぎこちない二人。微笑み合っているものの、顔は引きつっている……。 「はぁ、まぁ、いいけどねぇ。こんだけ広い部屋だから、のんびりしないと もったいない気がするもんねぇ。…だけど、いつものようにしないでよぉ」 「しませんよぉ。なぁ」 まさちんとぺんこうは、同じようにそう言って、仲良く首を横に傾げた。 「なんか、こわ…」 「これからの予定は?」 「明日に備えて、じっくりと計画立てるぅ」 「そうですか…」 真子に尋ねたぺんこうは、今日一日のことを思い出しながら、何かを考えていた。 「明日は、各所で行われているショーや、パレードを全部見るぞぉ!!」 そう言ってガイドブックをテーブルに広げた真子の気合いは、相当すごい…。 温泉。 まだ、人はまばらだった。真北達は、風呂道具を手に、脱衣場からお風呂場へと入っていく。 体の引き締まった男達。普通なら、少し目立つ感じの三人だが、すでに風呂場で、くつろぐ男達も、同じような体格…。 「お疲れさまです」 「おう。お疲れさん。明日もよろしくな」 真北と親しく話す男達…ランドマニアに変装していた男、大学生に成りすましていた男二人、そして、ガラの悪い役をしていた男達五人…。 「他の客は?」 真北は、一般市民が居ないことに疑問を持ったのか、男達に尋ねる。 「お嬢さんも、こちらに来ると思いまして、貸し切らせてもらったんですよ」 「そこまで、せんでもええぞ。部屋でくつろいでるから。それに、入るのは、 向こうやろがぁ」 「…そうでした…」 「おいおい…」 真北は呆れたような感じで言った。 「では、解除させます」 「ん? せんでもええで。のんびり入りたいからな」 「駄目ですよ、真北さん。それは、規約違反です」 「…解ったよ、ったく。人混みで一日過ごしたから、のんびりしたかった だけだよぉ。解除せぇ」 「はっ」 ランドマニアが、風呂場を出ていった。 真北、むかいん、くまはちは、体を洗っていた。 湿り始めた髪が、しなぁっとなってきたくまはちは、すぐに髪を洗い、そして、泡を流し、露天風呂へと向かっていく。 一般の客が、入ってきた。少し賑やかになり始めた風呂場。 真北は、体を洗い終え、立ち上がった。 湯船に向かう真北の胸には、少し大きめの傷跡があった。それは、銀行強盗事件の爆風で飛んできたガラスが刺さった所。真北は、自然とその傷跡に手がいくようで…。 そして、真北は、湯に浸かった。 「ふぅ〜」 湯に浸かると誰もが、口にする言葉。真北は、肩が凝っているのか、首をコキコキと動かしていた。 そこへ、ガラの悪い役をしていた男が二人、近づいてくる。 「もみましょうか?」 「ん? 遠慮するよ。部屋に帰ってから、組長に頼むさ」 「素敵なお嬢さんですね。あの笑顔、やくざの親分とは思えませんよ。 うわっ! ゴボゴボゴボ…」 真北は、男の襟首を掴み、湯に沈めた。もがく男。 真北が手を離すと、男は直ぐに湯から顔を出した。 「ぶはっ!!! 何するんですか!!」 「笑顔までは、許すけどな、その後の言葉は、許さないぞ」 「すみません…」 「明日は、パレードとショーを見て廻るとさ」 「更に疲れますね」 「ほんとか? 待ち時間がないから、大丈夫だと思ったけどな」 「ショーはともかく、パレードは、場所取りに大変ですよ」 「そう言えば、ござを敷いて、陣取りしてた雰囲気の客が多かったな」 「少しでもいい場所で見たいという心ですね」 「ほな、かなりの人か?」 「えぇ」 「対策は?」 「離れないように周りを囲んでおきます。ですから、今日のような 突然、居なくなるようなことは、なさらないでください」 男は、真剣な眼差しで言った。 「…わかったよ…ったく」 バシャッ!! 真北は、男にお湯を掛け、露天風呂へ出ていった。 男達は、真北の照れたような雰囲気を感じたのか、微笑んでいた。 「こいつはぁ…」 一人で露天風呂に居たくまはちが、泳いでいた……。 「真北さん」 くまはちは、驚いたように動きを止める。 「あのなぁ、泳ぐなよ」 「すみません」 「体鍛えるんやったら、トレーニングルームに行ってこい。 確か、別館にあったやろ」 「あれでは、足りませんから」 「……前来た時に、やったんか?」 くまはちは、頷いた。 「お前専用に、特別に作ろうか?」 「いいえ、あれで充分ですから」 「もうそろそろ段を上げた方がええか?」 「そう…ですね…」 くまはちは、苦笑い。 くまはちの言葉にあった『あれで充分』とは、真北が、用意したトレーニングルーム。それは、例の仕事に就く男達が、利用している極秘の場所。そこに、くまはち用の特別室を作っていたのだった。だから、くまはちは、時々、真北の仕事に力を貸している…。 それは、真子には内緒の話。 露天風呂で、くつろぐ真北とくまはち。二人は、昔話に盛り上がっていた。 まさか、この時、真子に身に、大変な事が起こっているとは、知る由もなく……。 シャレトルンホテル・スペシャルルーム。 真子が、冷蔵庫から、アルコール類を手に取り、ソファへ持ってきた。 「組長、駄目ですよ、アルコールはぁ」 ぺんこうが言うと、 「いいやん。お疲れさまぁの意味でだよぉ」 と真子が笑顔で応える。 「これは、湯上がりの方がよろしいかと…」 まさちんが、ボソッと言った。 「飲む気なんやね…」 まさちんは、にっこりと笑って応えるだけ…。 「ほな、先に入っておいで」 「組長、お先にどうぞ」 「私は、寝る前にする」 「では、お言葉に甘えて」 まさちんは、シャワーを浴びに、シャワールームへ。 そうなると、部屋には、真子とぺんこうの二人っきり。 「ぺんこうも飲むでしょ?」 「組長から、その言葉が出るとは思いませんでしたね」 「そう? ま、私も大人になったってことかな?」 「まだまだ子供ですよ」 「また、それを言うぅ〜。今度言うたら、私から襲うからなぁ」 「ですから、条件は、まだでしょう!」 真子はふくれっ面。そんな真子を見つめるぺんこうは、微笑んでいた。 「氷、いるよね」 「そうですね。のんべぇが、かなりいますから」 「…みんなだね…」 そう言いながら、冷蔵庫の周りで何かを探している真子に、ぺんこうが歩み寄る。 「何をお探しですか?」 「氷」 ぺんこうは、氷入れを見つけ、手に取った。それは、空っぽ。 「確か、製氷器が、廊下にありました。取ってきましょう」 「いいよぉ。私が行くから。すぐそこやろ」 「しかし」 「大丈夫だって。ホテルなんだから。ほなねぇ」 「あっ、組長!!」 ぺんこうが引き止めるのも空しく、真子は、氷入れを手に、部屋を出ていった。 「ったくぅ……組長…鍵を持参しないと…」 そう呟いて、ぺんこうはソファに戻ってきた。その時、まさちんがシャワールームから出てくる。髪を拭きながら、ぺんこうに尋ねた。 「組長は?」 「…氷取りに行ってるよ…って、お前なぁ、その格好はやめとけよぉ」 「…あっ、思わず…」 まさちんは、ナイトガウンを羽織っていた。 「棚にあったから、思わず着てしまった」 「組長が戻るまでに着替えておけよぉ」 「あいよぉ」 次にぺんこうが、シャワールームへと入っていく。まさちんは、慌てて部屋着に着替え始めた。 その頃の真子は…。 「ここかぁ」 製氷器のある小さな部屋を見つけた真子は、中へ入っていった。機械の前で、一点を見つめながら、突っ立ってしまう。 どうやら、氷の出し方がわからないらしい。 一生懸命説明書を読んでいる真子。 取り敢えず、描かれている絵と同じようにしようと試みたらしい。 手にした器を機械にセットする。 そして、ボタンを押した。 機械が動き始めたのか、大きな音を立て始める。 ガランガランガラガラガラガラ……。 「えらい、うるさいなぁ」 真子が、器に入っていく氷の様子を眺めるように、前屈みになった時だった。 ドッ!! 「きゃっ!!」 ドサッ!! 真子は、腹部に衝撃を受け、後ろの壁に背中から思いっきりぶつかってしまった。そして、視界に何かが飛んでくるのを感じ、体を丸めるようにしゃがみ込んだ。 ガッ! 「…流石、反射神経は、いいのぉ」 「!?!??」 声に驚き、真子は顔を上げた。 そこには、男が三人、狭い部屋の入り口を塞ぐように立っている。 「お前らは…!!!」 真子が、口を開いた途端、男の蹴りが、真子の顔に目掛けて飛んできた。 真子は、素早く横に避け、立ち上がる。しかし、別の男の蹴りが、腹部に入った。 「うぐ……」 腹部を押さえながら、座り込む真子。 「スキだらけやなぁ。それでも、やくざの頭かぁ、阿山真子ぉ」 顔は痛さで歪んでいるにも関わらず、真子は、男達を睨み上げていた。 男の手が、真子の口を塞ぎ、真子を壁に押しつけた。 不気味に、笑う男達…。 真子の目は、見開かれた…。 ぺんこうが、シャワールームから出てきた。 「あれ? 組長は?」 「まだだよ。一体何処まで行ってるんだか…」 「まさちんの気持ち、わかるよ。俺も思わず着るところやった」 「だろ? やっぱし、ホテルに泊まったら、そうだよな」 「まぁな。しかし、そんな格好してたら、それこそ、あの人に怒られるよ」 「そうだよな」 そんな話をしているまさちんとぺんこうは、自宅にいる時と同じ部屋着姿になっていた。 温泉。 真北、むかいん、くまはちは、お風呂から上がり、くつろいでいた。無料で使用できるあんま機を見つけた真北は、思わず腰を掛け、スイッチを入れていた。 「やっぱし、買おうかなぁ」 気持ちよさそうな表情で、呟く真北。そんな真北を鏡で見ながら、ドライヤーで髪を乾かすくまはち。むかいんは、丁寧に荷物を整えていた。 真子は、製氷器のある小さな部屋の床に腹部を押さえてうずくまっていた。そして、必死に体を起こそうと壁に手をついて体を支えていた。そんな真子を見下ろす男達。 「噂通りの女やな…。痛めつけても倒れない…」 真子は、男達を睨んでいた。 「…まぁ、ええやろぉ」 一人の男が、真子の目線に合わせるようにしゃがみ込み、真子の髪の毛を引っ張り上げる。 「俺らのことは、すでに、解ってるよなぁ」 「龍光一門…の…既に…終わった…はず…」 「終わる直前に、命令が出てなぁ。阿山真子の命を取ったものが トップになれるってことさ…。だから、それぞれが、個人的に 動いているんだよ」 「それで…」 真子は、髪の毛を掴みあげる男の手を握りしめた。しかし、男は、更に真子の髪を引っ張り、腹部に拳を入れる。 「うぐ…」 前のめりになる真子の髪を引っ張り上げた男は、その手で真子の顎に手を掛け、自分の方へ真子の顔を向けた。 「ランド内で、狙った男達、ゲート近くで狙った男達。まぁ、他に たっくさん居たんだけどなぁ。ボディーガードが、ずっと付いてただろ。 そんなところを狙おうとするなんてなぁ。無茶に決まっとるやろぉ。 ま、あいつらは、トップになれるような器じゃないからなぁ。 俺達は、こうして、あんたが、一人になりそうなホテルを選んで 密かに様子をうかがっていたんだよぉ。思った通り、一人でのこのこと やって来た」 「…そんなのを…持っている…んなら…、一発でしとめろよ…」 真子は、男の懐にある鉄の塊に気が付いた。 「おもしろくないだろう? あんたが苦しみながら、倒れる姿を じっくりと見てみたいんだよなぁ」 ドス! 男は再び、真子の腹部に拳を入れ、真子から手を離した。そして、ゆっくりと立ち上がり、真子を蹴り上げる。何度も蹴り上げる男。その足を止めるかのように、真子は、その男の足にしがみついた。 「うっ!」 別の男が、真子の背中を蹴った。真子は、弾みで男の足から離れてしまう。それが、合図となったのか、男達は、容赦なく真子の腹部や背中を蹴り始めた。 真子は、両手は、自分の頭を守るかのように自然と動いた。 頭しかガードをしない真子。 …なぜ…反撃に出ない? 部屋で、真子を待っているまさちんとぺんこうは、待ちくたびれていた。 「組長、遅いなぁ」 「…何か、遭ったのかな…」 「ホテルだからって、安心してて、ええのかな…」 「…そうだよな…」 まさちんとぺんこうは、ルームキーを手に持って、部屋を出ていった。 製氷器があるだろう場所まで、ゆっくりと歩き出した。 「もぉええやろぉ。これ以上やったら、俺らが、くたばる」 「そうだなあ」 「ほな。そろそろ…」 男達が、懐から何かを取りだす。それは、銃だった。その銃に、サイレンサー装置を付け始めた、その時だった。 「おい、懐くなよぉ」 入り口直ぐに立っていた男が、前の男にもたれかかってきた。もたれられた男は、振り返った。 「!!!!」 「…あん? んて?!?!!!!!!」 男達は、重なり合うようにその場に倒れた。その男達の向こうには、真子が、何かを我慢しているような感じで、頭を抱えてうずくまっている。 ふと顔を上げた真子の視界に、別の男の足が見えた。その男の足は、倒れている男達を踏みつけながら、真子に近づいてくる。 新たな…?? そう思いながら、足の人物をゆっくりと見上げる真子の視野が、突然、高くなった。 「ご無事ですか?」 「ぺんこう……まさちん…」 それは、暢気に廊下を歩いていたぺんこうとまさちんだった。 製氷器の辺りから感じる異様な雰囲気に、二人は、足音を忍ばせ近づいていく。そんな二人に気が付かない男達の口を塞ぎ、そして、喉を突いて気絶させたのだった。 ぺんこうは、うずくまる真子を抱きかかえた。一方、まさちんは、足下に転がる男達を足で、隅の方へ追いやりながら真子に近づいていた。 「っつーー…」 「何処か、痛むんですか?」 「大丈夫だよぉ。下ろしてよ」 「は、はぁ」 ぺんこうは、真子を下ろした。真子は、何事もなかったように、製氷器から氷入れを取りだす。 「あの、組長?」 「ん? 戻ろっか」 真子が言う。 「そうですね…組長!! ったく、一体、こいつらに何をされたんですか!」 真子は、一歩踏み出すことが出来ず、壁にもたれかかるように、しゃがみ込んでいた。驚くぺんこうとまさちんは、同時に叫ぶ。 「えっ? はぁ、蹴りと拳を腹部と背中にたんまりと…」 真子は、苦笑い…。 「ったく、組長!! 笑ってる場合とちゃいます!!」 ぺんこうが、真子を抱きかかえた。 「先に、戻っててくれ」 まさちんの声が少し低くなる。それに気付いたぺんこうは、この先の、まさちんの行動を予測した。 「あぁ。…ホテルを汚すなよ」 怒りを抑えたような声で、ぺんこうに告げるまさちん。この後のまさちんの行動を予測したのは、ぺんこうだけでなく、真子もだった。真子の考えがわかるぺんこうは、真子に発言の余裕を与えずに、部屋へと素早く戻っていった。 「さてと…」 まさちんは、指を鳴らしながら、小さな部屋で横たわる男達を見下ろし、にやりと笑った。 次の瞬間…!!! 「冷たい!!」 「仕方ありませんよ、ったくぅ」 「ごめん…」 真子は、ソファにうつ伏せになり、背中を氷で冷やしていた。 「飲むための氷なんだけどなぁ」 真子が呟く。 「何も言わないでください」 「だから、ごめんって…ぺんこう…」 「で、例の如く、真北さんには、内緒なんですか?」 「うん…これ以上、真北さんだけでなく、他のみんなに迷惑…」 「明日は、絶対にお一人での行動は慎んで下さい」 ぺんこうは、真子の言葉を遮るように強く言った。真子は、それ以上何も言えず、クッションに顔を埋めてしまう。そこへ、まさちんが、戻ってきた。 「取りあえず、片づけてきたよ」 「汚してないよな」 「あぁ。まぁ、生きてるかな…」 「おいおい…」 「様子は?」 「背中と腹部の打撲。特に背中がひどいな」 「飲むための氷を自分で使うとは…!!! 元気なんですね」 真子は、自分が顔を埋めていたクッションをまさちんに投げつけた。 「ほっといてや…ほんまに」 そう言いながら、体を起こす真子。 「組長、暫く安静にしてないと」 「そろそろ戻ってくるやろ、真北さんが」 「そうですね。しかし、安静にしていた方が…」 ぺんこうは、凄く心配した表情で真子を見ていた。 「疲れたということで、寝室へどうですか?」 まさちんが、ひらめいたように言った。 「そうやな。組長、寝室へ」 「うん…。寝れば直ぐに治ると思うからぁ」 そう言いながら、真子は、まさちんに両手を差し出す。 「ったく」 まさちんは、真子を抱きかかえ、ぺんこうから、氷を受け取り、真子を寝室へと運んでいった。 真子は、寝室で熟睡中。 別の部屋には、真北が、ソファに座り、その向かいのソファーには、ぺんこうとむかいんが座っていた。 くまはちとむかいんは、少し離れた所に立ち、三人の様子を伺っていた。 「…それで…?」 「片づけてきました」 「はふぅ〜。で、組長は、いつもの如く、俺には、内緒ってか?」 「はい」 真北達が、温泉から帰ってきた。そして、まさちんの雰囲気に気が付き、仕事柄、その口調で二人に尋ねる。ソファに腰を掛け、まさちんとぺんこうに事情を聞いた真北は、困ったように頭を掻いた。 「ったく、組長には困ったもんやけど、まさちん、お前もや」 「すみません…」 「で、何処に片づけた?」 「原さんを見かけたので、預けました」 「っつ、原の奴…連絡もせんと…」 真北の怒りが、頂点に達しそうな予感…。 「ぺんこう、お前も、一度ならぬ、二度までもぉ〜」 真北は、テーブル越しにぺんこうの胸ぐらを掴みあげた。ぺんこうは、真北に怒られる覚悟をしていたのか全く抵抗しない。 今にも…!と思われたが、珍しく、真北は、ぺんこうを突き放すような感じで手を離した。 「今回は、旅行に来てるんだ。争いは御免だよ。で?」 真北は、真子が熟睡している寝室を指差した。 「はい」 真北は、真子の側へ静かにやって来た。真子は、真北の気配に気が付かない程、眠っている。 「組長…すみませんでした。私が、くつろいでいる間に……」 真北は、真子の頭にそっと手をやり、撫でていた。 時は、夜十一時。 真北は、ソファでくつろぎ、アルコールを口にしていた。グラスの中の氷の音が弾ける音が聞こえるくらい、静かな部屋で、男達は悩んでいた。 「で、どうやって寝る?」 「私は、ここで構いませんよ」 くまはちも、真北と同じようにアルコールを飲みながら、呟くように言った。 「残るベッドは、一つ。真ん中のベッドだな」 真北が言った。真子の他、すでに、むかいんも眠っている。規則正しい生活を送るむかいんも、早寝の方だった。 「私は、もう寝ますよ」 ぺんこうは、そう言って立ち上がった。 「私も寝ます」 まさちんもそう言って立ち上がる。 「…ほな、仲良い二人は、一緒に寝ろ。組長との間には、これでも 立てておけ」 真北が、指を差したのは、籐でできたついたてだった。 「わかりました。お休みなさいませ」 まさちんとぺんこうは、声を揃えて、ついたてを持ち、寝室へ入っていった。 真子が寝るベッドと自分たちが寝る予定のベッドの間についたてを置き、真子側にぺんこうが、むかいん側にまさちんが、寝転び、布団に潜った。 「手、出すなよ」 ぺんこうが、呟くように言った。 「お前こそ…な」 二人は、にらみ合って、お互い背中を向けて眠りについた。 真北とくまはちは、まだ、飲み合っていた。 そして、ボトルが空になる。 「では、行ってきます」 「おいおいぃ、くまはち、何処に行くんだよ」 「…掃除…」 「そんなのせんでええって」 「他に、まだ潜んでいる可能性が…」 「大丈夫や。今日はもう、ないやろ。お前も寝ろ」 「しかし…」 「むかいんの横でだぞ。ええな」 真北の言葉には、深い意味が含まれていた。 『お前らは動くな』 「お休みなさいませ」 くまはちは、真北に一礼して寝室へ入っていった。 「はふぅ〜」 真北は、思いっきり姿勢を崩し、俯き加減に口を尖らせていた。 暫くして、部屋を出ていった。 真夜中の二時。 真北が、寝室へ入ってきた。もちろん、真子の寝顔を見る為に……。 真子の側にそっと立ち、真子の寝顔を眺めていた。 疲れが取れ、心が和んでいく…。 「…真北さん…。やっと寝るんだね」 真子に声を掛けられた。 「組長、起こしてしまいましたか。すみません」 真北は、頭を掻いていた。 「目が覚めただけぇ。早くぅ」 「…早く…って、…そこで…?」 真北の目は見開かれていた。なんと、真子が、布団をめくって、自分の隣に寝るようにと、真北に促していた。 「…何、照れてるん?」 「照れてませんよ。それより、体の方は?」 「…二人から聞いたね…」 「私に隠そうとしては、駄目ですよ」 真北の眼差しは、怖かった。 「ごめんなさい…。でも、真北さんもだよぉ」 「仕方ありませんよ」 「ったく。ありがと。で、どうするん?」 真子は、微笑んだ。 「知りませんよぉ」 ちょっぴり口を尖らせて、真北が応える。 「…何かするつもり?」 「別に、そんなつもりは…」 「昔、よく添い寝してくれたやん」 「幼い頃と、今では…」 ついたての向こうで深い眠りについているはずのぺんこうとまさちん。真子のベッドの方に、そっと寝返りを打った。そして、片目を開け、真子と真北の様子を伺っていた。 「でも、寝るとこないでしょ?」 「ソファで寝ますよ」 「体壊すよぉ」 「大丈夫ですから」 「駄目。明日もたっぷり遊ぶんだからぁ。ほらぁ」 真子は、更に促した。 「ったく、早く大人になってください」 真北は、そう言いながら、真子の隣に寝転んだ。 その瞬間、ぺんこうが、体を起こした。 しぃ〜。 まさちんは、ぺんこうを引き止め、静かに言った。ぺんこうは、渋々体を沈める。 真子と真北は、お互い向き合っていた。真北は肘をついて、真子を見つめ、布団をかけ直し、頭を優しく撫でていた。真子は、何か言いたげな目をしていた。 「何でしょう?」 「真北さん、ぺんこうを責めないでね。製氷器の件は、私が悪いから」 「ったく、いっつもそうやって、ご自分を責めるんですから。 解ってますよ。あいつも反省してましたから。怒ってませんよ。 それに、あいつに任せていれば、安心ですからね」 真北の眼差しは、優しい。 「ったく、その優しさをぺんこうにも見せてあげたらぁ?」 「そのうち…ね」 「早めにね」 真子は、微笑んでいた。 隣のベッドに寝転ぶぺんこうは、真子と真北の話が聞こえていたのか、それとも、二人の優しさが伝わってきたのか、真子達の方に背を向けた。 同じベッドに寝転ぶまさちんと目が合った。 まさちんは、そっとぺんこうの頭を自分の腕に包み込み、自分に引き寄せた。 「寝ろよ…」 まさちんは、そっと呟いた。 「あぁ…」 ぺんこうは、まさちんの胸に顔を埋めて、少し震えていた。 それは、真北に対する怒り? それとも、真北と真子の優しさに感動して…? いいや、 (…このまま、まさちんと深い仲になりそうで……。) 午前二時半・寝静まったホテル…。 いつもなら、静かなホテル内には、従業員の歩く足音しか響かないが、この日は違っていた。車がひっきりなしに到着し、ロビーは、男女で埋め尽くされていた。 「静かにしろぉ。明日の対策、それぞれ頭にたたき込んでおけよぉ」 ロビーに集まる人たちに指示を出しているのは、なんと、原だった。 「しかし、真北さんも、全員をこのホテルに集合させなくても…」 ランドマニアに変装していた男が、原にボソッと言った。 「それを真北さんに伝えろよ」 「できませんよぉ。次は、息が止まるまで、湯に沈められます」 「真子ちゃんのことを、とやかく尋ねるからや。自業自得」 原は、男の頭をコツンと叩いて、他の男達に指示を出す。 二人の会話にあったように、あの後、男は、真北に真子のことを思いっきり訊きまくり、その都度、湯に沈められていた様子…。 そんなにぎわうロビーとは、うって変わって、スペシャルルームの寝室では、真子と真北が、静かに語り合っていた。 「で、買うの? あんま機」 「買ってしまいそうですよ」 「マッサージなら、私がするのにぃ」 「ぺんこう直伝なら、かなり和らぎますね」 「うん。…いてて…」 「まだ、痛みますか?」 「ちょっとね」 真北は、布団の中で、もそもそと動き出した。 「ここですか?」 「うん」 真北が、真子の背中をさすっているのか、真子の背中の辺りの布団が、ゆっくりと動いていた。 「魔法の手」 真子は呟いた。 「ん?」 「怪我したとき、こうやって撫でてくれたやん」 「そうでしたね」 「そしたら、直ぐに痛いの飛んでいくんやもん」 「飛んでいきましたか?」 「もうちょっとかな」 「はいはい。…甘えんぼ…」 真子は、ふくれっ面になっていた。 「ねぇ」 「はい」 「隣は、誰が寝てるん?」 「まさちんとぺんこうですね」 「その向こうは、くまはちとむかいんだね」 「えぇ」 「隣、静かに寝てるん?」 「どうでしょうかねぇ」 真北は、ちらりと隣のベッドを見た。 まさちんとぺんこうは、抱き合うようにして、眠ったふりをしている。 「二人とも仲が良いんだよね」 「馬が合うんでしょう」 まさちんとぺんこうは、首を横に振っていた。 「二人を部屋に残して、氷取りに行った時、一番心配だったもん」 「それで、抵抗しなかったんですか?」 「なんで?」 「腕見ればわかりますよ」 「…っもう。なんでもお見通しは、まささんだけでじゃないんだね」 「そうですよ。ですから…あぁ……うん…」 真北は、何かを誤魔化すかのように言葉を濁す。 隣で寝転ぶぺんこうが、焦るように真子達の方を振り返った。 「どうした?」 まさちんが、呟くように言った。 「ん?…いや、何も…」 真北が、真子の能力が失われていないことを知っていることは、まだ、内緒…。もちろん、まさちんにも内緒。 「ぺんこうとむかいんって、不思議な雰囲気あるよね」 「まぁ、同じ歳っつーことで、気が合うみたいですよ」 「一緒に暴れてたもんね」 「覚えておられるんですか」 「なんとなくね」 「ほんと、あの時は、手を妬きましたよ。私だけでなく、慶造もね。 あいつら、歯止めが利かないってね」 まさちんとぺんこうだけでなく、むかいんも起きている様子。まさちんが、むかいんの方を振り返り、『ほんまか?』と口だけを動かして、尋ねた。 むかいんは、首を横に振っていた。 「それが今じゃ、料理長に、教師だもんね。二人の過去を知ったら、 みんな驚くかもね」 真子は、微笑んでいた。 まさちんは、頷いていた。そんなまさちんの脇腹に手を持っていくぺんこう。その手を阻止するまさちん。 「組長の優しさですよ」 「私?」 「えぇ。あいつら、お互いに約束してますからね。これ以上 暴れないって。組長の笑顔のために…ね」 「私の笑顔?…って、あの時、私、そんなに…?」 「そのようですよ」 「う〜ん…二人に悪いことしたかな…」 真子は、枕に顔を埋めた。 「どうですか? 痛みは」 「だいぶ和らいだぁ。…あっ、もうこんな時間だ」 「もう少しお休みください。目覚めたら、痛みもありませんよ」 「ずっとさすってくれるん?」 「お望みの時まで」 真子は、真北の顔を見て、微笑んだ。 「ありがと。じゃぁ、お休み。真北さんも、ちゃんと眠るんだよぉ」 「はい。お休みなさい」 真子は、真北の方を向いたまま、眠ってしまった。 真北は、いつまでも、いつまでも、真子の背中を優しくさすっていた。 「……あかん…」 真北が、ぼそっと呟いた。 まさちん、ぺんこう、むかいん、そして、くまはちは、体を起こし、真子の方を向いた。 静かだった…。 真北は、真子に顔を近づけて、そのまま眠っている。 眠たくなっただけのようだった。 まさちん、ぺんこう、むかいん、そして、くまはちは、真北が寝入ってしまったことに気が付き、四人は、同時に布団に潜り、眠ってしまった……。 (2006.4.17 第四部 第十七話 UP) Next story (第四部 第十八話) |