第十九話 真北家の家族旅行・二日目 危ない夜 夕方六時半。 真子達は、ランド内にある高級レストランへやって来た。 店の奥、人目に付きにくい場所へ案内された真子達。六人掛けの四角いテーブルに、奥から、真子、まさちん、くまはち、真子の向かいには、ぺんこう、むかいん、真北が座って、ウェルカムドリンクを口にしながら、前菜が来るのを待っていた。 コックが、歩み寄ってくる。 「ようこそ、いらっしゃいませ。本日の担当は、私・宝沢でございます。 当店自慢の料理で、今宵は、おくつろぎくださいませ」 宝沢は、真子達一人一人を見つめ、深々と頭を下げた。 「宜しくお願いします」 真子は、立ち上がり一礼した。 宝沢は、真子の仕草に優しく微笑み、 「お客様、そのようなことは、なさらなくても…」 そこまで言った時、自分の視野に入った一人の男が気になったのか、目線を移し、少し首を傾げた。 まさかな…。 宝沢は、直ぐに姿勢を戻し、 「それでは、前菜を御用意致しますので暫くおまちください」 と静かに告げて、厨房へと戻っていった。 「むかいん、宝沢さんって人…」 真子が、むかいんを観ながら、ぼそっと呟いた。 「その例の男ですよ」 「むかいんに、気が付いたんかなぁ。ちらっと観て、首を傾げてたよ」 「さぁ、どうでしょうか…」 むかいんは、ドリンクに手を伸ばす。 「でぇ〜、まさちん」 「はい…?」 怒りを抑えたような感じで話しかける真子に、少し恐怖を覚えたまさちん。真子の手が、まさちんの懐に伸び、何かを取り上げた。 それは、かわいい柄の封筒。 「あっ、それは!!!」 まさちんは、慌てたように、真子に手を伸ばす。 真子は、素早く封筒を開け、中にある手紙を取りだした。そこには、かわいらしい文字で、数字が書いてあり、名前も書いてあった。丁寧に、ハートマークまで添えられている。 「何よぉ。これはぁ」 「組長には、関係ありません!!」 まさちんは、小声で言って、真子から封筒と手紙を取り上げ、急いで懐にしまいこむ。 「案内してくれた店員さん、確か、予約したときの人だよね?」 真子は、目を細めて、まさちんに言う。 「でぇ、どうするつもり? 今夜…時間空いてるしねぇ〜」 「ほっといてください」 「うん。ほっとくよ。好きにしたらええやん」 真子は、ふくれっ面でそっぽを向いた。そんな真子を気にして、焦ったような表情をしているまさちん。急に目線を移し、ぺんこう、むかいん、くまはちと順に睨んでいった。そして、左手で、自分のスネをさすっていた。 どうやら、真子がそっぽを向いた途端、テーブルの下で、三人から蹴りをもらった様子…。 前菜が運ばれてきた。 真子は、そっぽを向いたまま、前菜に手を付けない。 「組長、食べましょう」 真北が優しく声を掛けた。 真子は、ふくれっ面のまま。 「そんな表情では、素敵な料理も、泣いてしまいますよ」 むかいんが、笑顔で真子に言った。 「…うん…」 真子のふくれっ面が、少し小さくなった。そして、真子は、前菜に手を伸ばし、口に運んだ。 「…不思議な味ぃ」 「あいつの得意とする料理ですから。これで驚いていては、 これからが大変ですよ。メインなんて、もっと凄いですからね」 「へぇ〜」 真子の表情は、和んでいた。 厨房では、宝沢が、調理に夢中。メインが仕上がり、トレーに乗せて、厨房を出ていった。 真子達のテーブルに近づきながら、気になる男をじっと見つめていた。笑顔で、真子と話しているむかいん。どうやら、宝沢の学校時代の話をしている様子。 「お待たせいたしました。メインの…」 宝沢は、テーブルに料理を並べていく。再び、むかいんを見つめる宝沢。むかいんは、笑顔で宝沢に言った。 「いただきます」 「……やっぱり、涼だよな? 料理学校時代の俺の…ライバル、向井涼!!」 「…いただきます」 「無視するなよぉ。…元気だったんだな。安心したよ」 「…覚えていたとは…驚きだよ。あきら!」 むかいんと宝沢は、お互いの手を合わせ、再会を喜んでいた。 「俺の味、衰えてないだろ?」 「あぁ。そんなことより、仕事に戻れぇ」 「お前、暇やったら、手伝えよぉ」 「俺は、客」 「はいよ」 宝沢は、むかいんに笑顔で応えて、厨房へ戻っていった。 「むかいん、宝沢さん、覚えてたね」 「そうですね。驚きましたよ」 「ライバルって言ってたけど、どういうこと?」 「色々と張り合った仲なんですよ」 「ふ〜ん。で、ゆっくり話せば?」 「それは…」 「自慢したりぃ」 真子は、親の目でむかいんを見て、そして、独特の笑顔を向けた。 「はい。たっぷりと」 むかいんは、真子の笑顔に応えた。 真子達は、夜のパレードを観るため、特等席を陣取っていた。 もちろん、その周りは、私服刑事たちが囲んでいる……。 むかいんは、真子達から少し離れた所で、先程のレストランで働くコックの宝沢と並んで立っていた。 「まさか、こんなとこで、再会するとはなぁ」 宝沢は、休憩に入ったのか、私服に着替えていた。 「お前が俺を覚えていたとは、驚いたよ」 「忘れるもんかぁ。お前とは、まだ決着ついてないしな」 「俺は、逃げた時点で負けてるよ」 「いいや、それは、お前が思ってるだけさ。で、今は、何をしてるんだ?」 「好きな仕事」 「料理の道か?」 「あぁ。大阪のAYビルにある料理店の料理長さ。…俺の店。長年の夢」 「よかったな。ま、俺も、ここが、俺の店だけどな。お互い夢は叶ったわけか」 「おめでと」 むかいんは、素敵な笑顔を宝沢に向けていた。 「…変わったな」 「ん?」 「あの頃の涼は、そういう風に笑わなかった。いっつも怖い表情で…」 「そうやなぁ。あの頃の俺、荒れすぎだったもんなぁ」 「なのに、料理の腕は、一番でよぉ」 「それは、あきらだろ?」 「涼だよ」 二人は、微笑み合う。 パレードのフロートが、真子達の前へやって来た。ネオンが色とりどり。素敵に光るフロート。 真子は大はしゃぎ! フロートが途切れた時、真子が、むかいんの方を振り返っていた。隣にいるぺんこうと何か話し、笑顔で手を振っている。むかいんも、笑顔で手を振った。 まさちんが、次のフロートが来たと真子に伝えたのか、真子は、再び正面を向いて、フロートを観ていた。 「で、あの女性は?」 「気になるか?」 「あぁ。お前よりも素敵な笑顔だな。一礼された時は、驚いたよ。 他の客は、立ってまで一礼しないぞ」 「いつもそうだよ。その人の優しさには、きちんと応える方だ」 「好きな人か?」 「恐れ多いことを…。俺が、料理を作りたい人、俺に笑顔をくれた人。 そして、俺の命よりも…この腕よりも大切な人だよ」 むかいんは、自分の両手を見つめて、そう言った。 その雰囲気は、とても温かく、宝沢の心は、和んでいた。 「なるほどね」 宝沢は、むかいんの頭を撫でる。 「なんだよぉ」 「良い方に変わって、嬉しくてな」 「そんなこと、ないさ。俺は、昔のまんまだよ。ただ、仕事上、こうなだけ。 それに、あの人の前では、笑顔で過ごしておかないと、俺が怒られる」 「頭の上がらない人ってことか。…お前でも」 「一言多い!」 パレードの最後のフロートが、去っていっても、真子は、そのまま、その場に座っていた。この後、花火があるからだった。真子達が、パレードで陣取った場所は、ランドの中心部であるお城の前辺り。 花火は、このお城の上辺りに上がる為、絶好の場所だった。 真子は、チラリと振り返った。 「むかいん、楽しそうだね」 隣に居るぺんこうに話しかける真子。 「えぇ」 「知らんかったぁ。むかいんに友人が居たなんて。そんな話、しなかったもんね」 「そらそうでしょ。むかいんは、組長の前では、昔のこと話したがらないですから。 嫌がってますよ。あまり、良いと言える過去ではないってね」 「あんな素敵な人がいるのにね」 「恐らく、宝沢さんも、むかいんの過去を知っていると思いますよ」 「ふ〜ん。…むかいんが、料理以外で輝くのって、初めて見た」 「新たな一面を観たってことですね」 「うん。…安心した」 「ったく」 ぺんこうは、少し目を潤ませている真子の頭を優しく撫でていた。 『ショータイム!!!』 その声と共に、お城の上辺りに、花火が上がった。 「始まったよ!!」 真子は、待ってましたと言わんばかりの表情で花火を見上げていた。真子につられて、まさちん、ぺんこう、くまはち、そして、真北も、心を和ませていた。もちろん、再会を喜び合うむかいんと見慣れている宝沢も心を和ませて、見上げていた。 色とりどり、色んな形の花火が、夜空を飾り立てる……。 その間も、あちこちで人だかりが、変な(?)行動をしていたことは、言うまでもない。 夜十時・シャレトルンホテル内の温泉。 真子、ぺんこう、くまはち、真北の四人が、お風呂の道具を手に持って、温泉の前までやって来る。真子が、のれんの前で歩みを停めた。 「どうされました?」 ぺんこうが、尋ねた。 「…ちょっと…ね」 真子は、躊躇っている様子。 本当なら、この日も部屋のシャワーで済ませるつもりだったが、真子が部屋に残るなら自分も残るとぺんこうが、言った。しかし、部屋に二人っきりというのは、駄目だと真北が、ぶつぶつと言った為、真子が、 『ほな、私も温泉行く…となったら、ぺんこうも行くでしょ?』 と言ったのだった。実は真子、折角の旅行なのに、あまりくつろがない(ハメを外さない)ぺんこうの事が気になっていた。 「大丈夫ですよ。恐らく、この時間は、お客が少ないでしょう」 真北が、何かを隠す感じで真子に言った。真北の言葉に、ちょっぴり不安が取れた真子は、三人ににっこりと笑った。 「じゃぁ、くつろいでくるね。みんなもゆっくりしてね!」 「ありがとうございます」 真子は手を振りながら、のれんをくぐっていった。 真北達は、真子の姿が見えなくなるまで、その場から動かなかった。 「さてと、俺らも入るぞ。…くまはち、今日は泳ぐなよ」 「解ってますよ」 くまはちは、ふてくされた表情で、真北たちとのれんをくぐっていった。 女湯。 真子は、脱衣場を見渡し、人目が付きにくい場所に歩み寄った。脱衣場、そして、ちらりと観た温泉の方のどちらとも、お客は少ない様子。真子は、直ぐに服を脱いでロッカーに入れ、風呂道具を持って、さっさと温泉へ入っていった。 温泉でも、人目の付きにくい場所に腰を下ろし、頭から洗い始めた。 泡の付いた髪。前髪が上がっている。…額には、うっすらと傷があった。鏡に映った右肩にも、傷…そして…。 頭、顔、体の全てを一気に洗う真子。そんな真子と同じような洗い方をしているのが、男湯に一人。 ぺんこうは、頭、顔、体と一気に洗い、勢い良く泡を流した。そして、洗面器に水を入れ、頭からかぶる。 まるで、動物が水を弾くような感じで、頭を振り、髪の毛の水分をある程度飛ばした。そんなぺんこうの周りは、誰も居ない…。 「あいつの隣に居たら、こっちが、悲鳴を上げなあかんからなぁ。 …ったく、誰に似たんだか…」 真北が、隣で頭を洗うくまはちに呟くように言った。 「昔っからですよね。一緒に入っていた頃、逃げたいくらいでしたから」 どうやら、本部に居た頃、くまはちとぺんこうは、一緒にお風呂に入っていた様子。 「からすの行水。そろそろ湯に浸かって、上がるぞ」 真北が言った。 「ゆっくりすりゃぁいいのに…」 「…しかし、くまはちぃ、益々筋肉質な体になっていくなぁ」 「これ以上筋肉を付けると、今度は、体が思うように動かないので、 これを維持していくつもりですよ」 くまはちは、力こぶを作った。真北は、泡の付いた手で、くまはちの力こぶをぐっと握る。 「なるほどなぁ」 そんな二人を気にせずに、ぺんこうは湯に浸かった。何かを考えているのか、少し俯き加減になっていた。 真子達が、温泉でくつろいでいる頃。温泉メンバーに入っていない二人は、一体…どこで、何を?? 話は、ランド内の花火が終わった頃にさかのぼる。 ーーーーーーーーーーーーーーー 真子達が、花火を見終え、後ろの方に居たむかいんと宝沢に歩み寄った。 「帰るけど、どうする?」 「は、はい。じゃぁ、あきら、またな」 そう言うむかいんは、名残惜しそうな表情をしていた。 「宝沢さん、お仕事は終わりですか?」 「十時まで仕事なんですよ。その後は、帰宅するだけです」 「十時から、時間があるんですね? …だったら、二人で積もる話も あるでしょうから、もし、こんな乱暴な奴でよろしければ、 今宵は、付き合ってあげてくださいませんか?」 「あ、あの、その、それは…」 焦るむかいん。 「はい。朝まで付き合ってやりますよ!」 宝沢は、笑顔で真子に応えていた。その笑顔に応える真子。もちろん、真子の笑顔を観て、宝沢は、心臓が高鳴る。 「じゃあさ、このまま、ここに残ってたら?」 「よろしいんですか?」 「思う存分、楽しんでおいでよ」 「ありがとうございます」 「では、帰ります。宝沢さん。今日はありがとうございました。 明日は、午前だけお土産屋さんでうろつく予定なので、素敵な料理、 先になると思いますが、また、味わいに来ますね!」 「いいえ、こちらこそ。懐かしい奴に出逢えて嬉しいです。 次、ランドに来た際も、当店へお越し下さい」 「その時は、お世話になります」 真子は、深々と頭を下げて、むかいんに手を振って、ランドのゲートへ向かって歩き出す。むかいんと宝沢は、真子達を見送っていた。 「…どっかのお嬢様やろ。品がある」 「想像に任せるよ。じゃぁ、俺、お前の仕事が終わるまで、外で 待たせてもらうよ」 「一緒に来いよ。大丈夫だからさ」 「ほな、お言葉に甘えて」 むかいんと宝沢の会話は、思いっきり弾んでいた。 ーーーーーーーーーーーー そして、夜十時過ぎ、仕事を終えた宝沢とむかいんは、人気の少なくなったランド内をゆっくりと歩きながら、従業員専用出入り口から、出てきた。少し歩いた所に最寄り駅があり、その駅の下にある商店街をぶらつき、明け方まで開いている喫茶店へ入っていった。 そこに入った二人は、驚く人物と鉢合わせ。 「お前、ここで何してるんや!?」 鉢合わせた人物こそ、まさちんと、高級レストランの女性店員・園原奈々美だった。 「…何って、…夕方のほれ、それで…」 「一緒に戻ったんとちゃうんか?」 「あの後からずっと、俺は話してもらわれへんのや。だから、こうしてだな…」 「だからって、あのなぁ〜。…ま、ええわ。好きにしぃ」 そう言ったむかいんは、宝沢を観た。 宝沢は、まさちんと一緒に居る園原をじっと見つめている。園原は、そっぽを向いていた。 同じ職場なのに、…何故? むかいんは、そう思いながら、まさちんたちとは、かなり離れた場所に座った。 真子は、湯船の隅の方に居た。他の客を警戒しているようだが、表情は、穏やかだった。どうやら、気持ちいい様子。ふと窓の外を見た。 「露天風呂…?」 真子は、立ち上がり、露天風呂へ向かって歩いていった。 そこには、誰も居ない。真子は、キョロキョロとしながら、湯に浸かり、空を見上げた。 星が少しだけ見えていた。 「天地山とは、全く違うなぁ」 真子は、天地山の温泉を思い出したのか、遠い目をしていた。そして、手を空に仰ぎ、何かを掴むような感じで、手を握りしめた。 隣の男湯の露天風呂に、誰かがやって来た様子。 三人…? 何やら、言い争う感じ…。真子は、耳を澄ませた。 「私は、上がります」 「もっとくつろげって」 「早めの上がって、外で待っていないと…また昨日のようなことが…」 「ったく、大丈夫やって。向こうは、女性陣で固めてるから」 「そんなことばかりして、他の客のことは、お考えですか!」 「考えてない!」 「あんたって人は…組長のことしか、考えてないんですね!」 「お前もそうやろが」 「そうですけど、周りのことも考えてますよ!」 「しゃぁないやろ!! …って、くまはち、泳ぐな言うたやろ!!」 バシャッ! 「そうやって、誰彼かまわず、湯に沈めて…」 『…あの…、騒ぎ過ぎやでぇ』 「く、組長!!!」 どうやら、露天風呂にやって来た三人は、真北、ぺんこう、くまはちだったようで、同じように露天風呂に出ていた真子は、三人の会話をしっかりと聞き、気になったのか、壁越しに声を掛けていた。 真子が露天風呂に出ていると知った真北とぺんこうは、慌てたように湯から立ち上がった。真北の手で、湯に沈められていたくまはちは、解放され、湯の中から顔を出す。 「ぷはっ!…えっ?! 何?!」 立ち上がっている二人に驚いていた。 『ねぇ、ねぇ、壁…壊そうか?』 「駄目です!」 『覗いていい?』 「もっと駄目です!!!」 『……覗く?』 「はい……ちゃう、いいえ…」 真子の言葉に声を揃える真北とぺんこう。 真北が、何かに気付いたのか、ぺんこうに振り向き、小声で怒鳴った。 「お前、組長に、何を教えている!!」 「教養です」 「ありとあらゆる…か?」 「さぁ、どうでしょうか」 「…お前なぁ…」 睨む真北ととぼけた表情のぺんこう。そんな二人から、少し離れるくまはち。 『そろそろ上がるけど、みんなは、どうするの?』 「私が上がりますよ。表で待ってますから」 『ったくぅ、ぺんこうぅ〜、もっとゆっくりしててもええのに』 「充分くつろぎましたよ」 『じゃぁ、二十分後ね』 「わかりました」 真北達は、耳を澄ませていた。真子が、露天風呂を離れた様子。 「では、私は、これで。二人で、もっとのんびりしててくださいね」 「ぺんこうぅ〜」 真北の呟きを無視するかのように、露天風呂から去っていくぺんこうだった。 「真北さん?」 「…くまはち…上がるぞ」 「は、はい」 ぺんこうを追いかけるかのように、素早く露天風呂を去る真北だった。 ランド最寄り駅前商店街。 深夜遅くまで開いている喫茶店は、夜十一時を過ぎてもまだ、賑やかだった。 その喫茶店でデート中のまさちんと奈々美が席から立ち上がり、レジで精算をしていた。そんな二人を目で追うむかいんと宝沢。まさちんは、真子に向けるものとは別の、優しさ溢れる笑顔で奈々美に話しかけ、慣れた手つきで肩に手を掛け、表へ出ていった。 「…あきら…、もしかして、あの女の子…、お前の…?」 慌てたような、焦ったような、怒りを抑えているような…いろんな表情が見え隠れする宝沢の様子を視て、むかいんが小指を立てて尋ねると、宝沢は、ゆっくりと頷いた。 「…おととい…些細なことで喧嘩したんだよ…。その時に帰ってきた言葉が、 『他に男作ってやる!!』だったんだよ……はふぅ〜」 宝沢はテーブルに額をぶつけ、嘆く。 「…だったら、追いかけるで」 「…いいんだよぉ、もぉう」 「よくない!! それは、あきらに、もっと気にしてもらいたいだけ! それに…、あいつは、よくないんやぁ!! ほらぁ。はよぉ」 むかいんは、項垂れる宝沢の腕を強引に引っ張り、喫茶店を出ていった。出たところで、キョロキョロして、先程出ていった二人を捜していた。 「あっこや!」 むかいんは、仲良く寄り添いながら歩いていく二人の姿を見つけ、走り出す。 その時だった。 シュッ!! 「まさちん!!!」 むかいんの叫び声と同時に、まさちんは一緒に歩いていた奈々美をかばうように、路地から飛び出してきた男を避けていた。 その男の手には、光る物が! まさちんが、振り返るよりも先に、男は、その光る物を、奈々美に向けた! 「奈々美っ!!!」 まさちんの腕の中で、宝沢の声に反応して、振り返る奈々美。 宝沢は、奈々美の所へ一目散に駆けだした。その宝沢に向かって、別の男が、ナイフを差し出した。 「あきらっ! 危ない!」 「うわぁっ!!!」 奈々美とむかいんが、同時に叫んだが、宝沢は、寸でで避けていた。 心配して駆けつけるむかいんは、その男から守るように宝沢を自分の後ろに押しやった。 「涼!」 「…目的は…何だよ…」 むかいんの醸し出す雰囲気が一変した。 ドスッ!! 「むかいん、やめとけ!」 まさちんが、奈々美を狙う男の顔面に蹴りを入れ、気絶させながら、むかいんに言った。どうやら、むかいんの変化に反応した様子…。 「しかし!!!!」 むかいんが、まさちんに応えようとした時だった。男が、むかいん目掛けてナイフを突きだした。 「!!?!?? …ぐわぁ!!!」 「やめろ!!」 男のナイフをいとも簡単に取り上げたむかいんは、そのナイフを男の顔に向け、差し出していた。 ナイフは、男の頬をかすっただけなのに、大きな悲鳴を挙げていた。 「その手は、何のためにあるんだよ!」 「…まさ…ちん……」 男を斬りつけそうになったむかいんの腕を掴んで、それを停めたまさちん。 むかいんの手から、ナイフが地面に落ちた時、まさちんが男の腹部に蹴りをお見舞い。男は、そのまま後ろにぶっ飛んでいった。 「涼…お前…」 むかいんの震える手を見つめる宝沢は、呟くように言った。 「…身に付いた…性…って奴だな…。俺…まだ…!!!」 むかいんは、異様な雰囲気に身構えていた。もちろん、まさちんもそうだった。 二人が見つめる先。 そこには、別の男達が、七人、まさちんとむかいん、そして、その二人の後ろに隠れるように立っている宝沢と奈々美に向かって、ゆっくりと近づいて来る姿があった。 真子は浴衣を着て、髪を乾かし、温泉の脱衣場を出ていった。 のれんから、出てきたところに、ぺんこうが浴衣を着て、背を向けて立っていた。人の気配で振り返るぺんこう。湯上がり姿が、なぜか、光っていた。 「お待たせぇ。…って、二人は?」 「置いてきました」 「なるほどぉ。ほな、二人で、楽しもうか?」 「ふふふ。そうですね。しかし、部屋は、まずいですから、 別の場所で、どうでしょうか?」 「表は、あかんやろうから、…どこにしよ…」 真子とぺんこうは、そんな話をしながら廊下を歩いていく。そして、廊下に設置されている案内板の前で歩みを停めた。 「ここは、どうでしょうか?」 ぺんこうは、とある場所を指差していた。真子は、その指先をじっくりと観て、ゆっくりとぺんこうを見上げる。 「…たまには……いいよね?」 「構わないでしょう」 「じゃぁ、行こう!」 「はい」 真子の笑顔につられるかのように、ぺんこうは、微笑み、そして、目的の場所へ向かって歩き出した。 そんな二人を見つめる目が、四つ…。 真子とぺんこうは、浴衣のまま、ホテル内にあるラウンジへと入っていった。入り口近くに腰を掛け、ぺんこうはマスターに注文する。そして、ドリンクが、テーブルに置かれ、真子とぺんこうは、グラスを手に取り、乾杯! キン! 「お疲れさまぁ」 「お疲れさまです」 一口飲んだ後、なぜか微笑み合う二人。 「なぁに?」 「組長こそぉ」 「さぁ」 「私もですよ」 微笑んだままの二人は、ただ静かに飲んでいた。 その頃…。 真北が慌ててのれんをくぐって、廊下に出てきた。 「…居ない…。くまはちぃ〜!」 「はい」 少し遅れてくまはちが、出てきた。 「…何処だよ」 「部屋に戻ったのではありませんか?」 「…二人っきり…かよ…」 何故か、怒りの表情の真北。きびすを返して、部屋へ向かって歩き出した真北とその真北を追うくまはち。案内板の前まで来た時だった。 「真北さん」 「あん? …あ、あぁ。どうした?」 今まで怒りの形相だった真北は、声を掛けてきたのが、大学生風カルテット役の女性二人だったことに気が付き、表情をがらりと変えた。 「お嬢様なら、こちらに、ご一緒だった男性と向かいましたよ」 女性が、指を差したところ。そこは、真子とぺんこうが、向かった場所…。 真北の表情が曇ったのは、言うまでもない…。 「お嬢様、温泉では、人目を避けるように過ごされておりましたよ。 あまり、くつろげなかったのではないでしょうか…」 心配顔で、真北に語りかける女性。真北は、そんな女性の優しさが伝わってきたのか、曇った表情から晴れやかな表情に変わり、そして、その女性に微笑んでいた。 「大丈夫だよ。くつろいでいたようだからね。ありがとう」 優しい表情で、語る真北に、少し戸惑う女性二人。 「真北さん、向かいますか?」 くまはちが、真北の耳の側でそっと尋ねる。 「…いいや。昔のように、二人で、好きにさせとこ。ほな、お休み」 真北は、優しさ溢れる雰囲気で、その場を去っていった。くまはちは、二人の女性に一礼して、真北を追いかけようとした…が、 「あ、あの…!」 その二人の女性に呼び止められた。 「は、はい」 「もしよろしければ、一緒に…どうですか?」 「そ、それは…」 「くまはち!!!」 「はい!!!」 二人の声に真北も反応したのか、くまはちを大声で呼んだ。そんな真北の声に驚いたように返事をしたくまはち。 「俺も行く」 「ま、真北さん?!」 更に驚くくまはちの腕を引っ張るような感じで、真北は、女性刑事二人とにこやかに話ながら、とある場所へ向かって歩いていった。 「こうでも、せぇへんかったら、こいつは、付いてけぇへんで」 「そうなんですか? …それより、お名前は?」 「くまはちって呼んでやったれ」 「くまはちさん…ですか。宜しくお願いします」 「こ、こちらこそ…宜しくお願いいたします…」 照れたような焦ったようなくまはち。そんなくまはちの仕草が、女性達に受けていた。 そんなにこやかな雰囲気とは、全く正反対の場所…。 ランド最寄り駅の商店街から、少し離れた人気のないところは、緊迫した状況だった…。 七人の男が、まさちん、むかいん、そして、宝沢と奈々美の四人を囲むように立っていた。 その手には、ナイフやドスが光っていた…。 まさちんとむかいんの雰囲気が、徐々に恐ろしいほどの何かへと変わっていく…。 「涼……」 宝沢は、この後に起こる出来事を想像していた。 また、あの時と同じような…涼が…? (2006.4.19 第四部 第十九話 UP) Next story (第四部 第二十話) |