任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第二十二話 二人の仲

阿山組本部。
真子は、お風呂に入っていた。
本部にある真子専用の風呂は、大阪の自宅の風呂の三倍ほどの大きさ。
真子が五代目を継ぐ前までは、父の慶造や真北が使っていた。
言わば、組長専用の風呂。
真子が幼い頃は、母のちさとと一緒に入っていた場所でもある。
二、三人で入るなら、ちょうど良い広さだが、一人で入るには、広すぎて、寂しすぎる。
それでも真子は、本部に帰ってきた時は、一人で入っていた。

「ふぅ〜〜」

湯に浸かった真子は、ふと、風呂に入る前のことを思い出し、笑みを浮かべていた。



〜回  想〜

夕食を終えた真子は、むかいんと後かたづけをしながら、ランド内で知り合ったむかいんの友人・宝沢の話で盛り上がっていた。
まさちんとぺんこうは、片付ける二人を横目に、食堂にあるソファにやって来る。

「ここ、変わらないんだな。今は、誰が使ってるんや?」

ぺんこうが、懐かしむように、まさちんに尋ねる。まさちんは、テレビのスイッチを付けながら、

「組長が戻ってきている時は、俺達だけど、その他の日は、
 若い衆が使ってるらしいよ」

応えた。

「へぇ〜。…おぉ、この本、まだ置いてあるんか」

ぺんこうは、棚から本を取りだし、まさちんから一人分距離をおいて、ソファに腰を掛けた。

「かなり昔っからあるけど、誰の?」
「俺の。懐かしいなぁ」

ぺんこうは、本を読み始めた。
まさちんは、少し気になったのか、ちらりと目をやって、ぺんこうの読む本を覗き込む。覗き込んだものの、つまらないのか、軽くため息を付いて、テレビの画面に目線を映した。



「あとは、私が」
「いいの?」
「はい。ありがとうございました」

むかいんは、笑顔で真子に言った。
真子は、ソファに向かっていく。

「パァンチ!!」

バシッ。

真子は、テレビを観ているまさちんに左拳を、俯き加減のぺんこうに右の拳を同時に差し出した。しかし、それは、二人に受け止められる。

「あまいですよ」

二人は、同時に呟き、再び、自分たちの世界に入っていった。

「つまんないなぁ〜。あっ、ぺんこう、見つけたん?」
「懐かしいですね。まだ、置いてあるので驚きました」
「うん。みんなにも読んでもらいたいからね。私も時々読むよ。
 まさちんは、読まないだろうけどね」
「まさちんには、不向きですから」

ぺんこうと真子は、微笑み合っていた。もちろん、まさちんは、ぺんこうに蹴りを入れる。ギロリと睨むぺんこう。その二人の間に割り込むように、ソファを乗り越えて、真子が腰を掛けた。

「お行儀悪いですよ、組長」

ぺんこうの一言に、真子は、軽く舌を出す。

「まさちん、何観てるん?」
「ニュースですよ」
「事件あったん?」
「気になる物はありませんね」
「ふ〜ん」

部屋のドアがノックされた。

「失礼します。組長、お風呂の用意ができました」

ドア越しに、若い衆が声を掛ける。

「はぁい。ありがと。ねぇ、ぺんこう」
「はい」

ぺんこうは、本から真子へ目線を移す。

「久しぶりに、一緒にお風呂入ろっか?」
「そうですね。では」

ぺんこうは本を閉じ、立ち上がった。
真子も同じように立ち上がるが…、まさちんが、二人の会話に水を差すように立ち上がり、間に割り込んできた。

「うわっ! とっとっと」

真子が、ドア付近まで押し飛ばされたのは言うまでもない。

「お前なぁ〜」
「昔は、よく一緒に入っていたんだよ。ね、組長」
「うん。そだよ。ねぇ、ぺんこう」

真子とぺんこうは、気が合っている。
そんな二人の会話に焦ったような、怒ったような感じで、まさちんが震え始めた。

「…まさちんも一緒に入ったら、ええやん」

むかいんが、会話に入ってきた。

「む、む、むむむむ……むかいぃぃん!!!!!」

戸惑いを隠せないまさちんが怒鳴る。

「冗談やないかぁ」
「…なんや、冗談か」

そう言ったのは、戸惑っていたはずのまさちんだった。

「…まさちん、お前、まさか…本気…か?」

ドスを利かすぺんこう。

「ええやん。三人一緒で」

あっけらかんと言うまさちん。
案の定……。

バッ! バッ!……

お互いの胸ぐらをつかみ合うまさちんとぺんこう。掴んでは阻止され、阻止しては掴み、掴んでは阻止され……の繰り返し。

「食後の運動かなぁ〜」
「そうでしょうねぇ」
「そろそろ…脚だね」
「そうですね…思った通りですね」

真子とむかいんの会話通り、まさちんとぺんこうは、蹴り合いに変わっていた。

「いつまで観とくぅ、むかいん」
「そろそろ飽きてきましたね、組長」
「ほな、むかいん。一緒に入ろう」
「お言葉に甘えます」

まさちんとぺんこうは、手を止めた。そして、ゆっくりとむかいんを睨み付ける。

「なんだよぉ」

むかいんが言う。

「お前なぁ〜」

二人は同時に言う。

「冗談やん」
「…冗談にも、ほどが、あるぞぉ〜」

怒りのオーラが、メラメラと……。

「ほな、みんな一緒に入ろうよぉ」
「そうですね…って、組長、いい加減にしてください!!!!」

まさちんとぺんこうは、同時に怒鳴る…。

「きゃはははは! ごめんなさぁい!!!」

真子は、はしゃぎながら、去っていった。

「…ったく」

三人は、優しい眼差しで真子を見送っていた。

「ぺんこう…、ほんまなんか?」
「ん? 何が?」
「組長と一緒に風呂に入ってたってことや」
「まぁな」
「…俺が来る前までか?」
「う〜ん、関西との抗争の後は、暫く一緒だったっけ」
「そうやな」

むかいんが応える。

「いつまでや?」
「俺の方も忙しくなって、あの人も長期外出の頃だから、
 お前が来る半年前くらいかな…」
「公認か?」
「あの人もだよ」
「むかいんは?」
「あるわけないだろ」
「…そっか…」

まさちんは、俯いた。

「うらやましいんか?」

むかいんが尋ねる。

「少しな。だけど、今は無理やろ。それで、解決した」
「何が?」

まさちんの妙な納得に疑問を抱くぺんこう。

「組長の体の洗い方」
「洗い方?」
「髪、顔、そして、体。いっぺんに洗ってるようだからさぁ」
「そりゃぁ、そうやろ。俺が教えた。なんたって、組長は俺の教え子……」

ぺんこうは、何かに気が付いた。

「まさちん、なんで知ってる?!」
「何が?」

ぺんこうの驚きを不思議に思うまさちん。

「組長の体の洗い方だよ」
「組長に聞いた。…言っとくけどな、…覗いてへんぞ」
「当たり前や!!!」

そんな男達の会話をよそに、真子は、お風呂に入る準備をしていた……。

〜回 想  終〜



湯上がりでホカホカ体の真子は、頭にタオルを巻いて、タンクトップとTシャツで、部屋に向かって歩いていた。
途中、むかいんの部屋の前を通る。

「むかいぃん、ジュースぅ〜」
『すぐお持ちいたします!!』

真子は、廊下を曲がった。そして、まさちんの部屋の前を通る。

「まさちん、明日何時に出発ぅ?」

まさちんは、急いで部屋のドアを開けた。

「…って、組長、いくらなんでも、その格好は…」
「いつでも、襲ってや」
「では、すぐ。…いてて!!!」

まさちんは、真子の冗談にのって真子を襲う格好をしたが、一緒に部屋に居たぺんこうに阻止されていた。

「組長、言っていいことと、悪いことがあると申したでしょう?
 もし、そうなったら、どうされるつもりですか?」

ぺんこうは、いつになく、真剣な表情…。

「するつもりなん?」

ふくれっ面で尋ねる真子。
ぺんこうは、まさちんから手を離し、真子の肩に手を掛け、そして、壁に押しつけた。
真子を見つめるぺんこう。
それに抵抗しない真子。
いつにない二人の雰囲気に、どうすることもできないまさちんは、二人をただ見つめるだけ…。廊下の先には、むかいんが、お盆にオレンジジュースを乗せて、突っ立っている。
ぺんこうの顔が、ゆっくりと真子の顔に近づいていった……。

ボカッ!

「…そ、そうなさる…おつもりだったんですね…」

腹部を抑えながら、ぺんこうは座り込んだ。

「しなくて、正解やった…」

まさちんが、呟く。

「組長、お待たせ致しました」
「ありがと。ほな、お休みぃ〜」

真子は、むかいんからお盆を受け取り、まさちんの隣にある自分の部屋へと入っていった。

「お休みなさいませ」

まさちんとむかいんは、そう言った。

「あっ、組長、明日は午後三時出発ですから」
『はいよぉ。ゆっくり寝るからねぇ』

真子の返事に微笑むまさちん。一方、ぺんこうは…。

「…生きてるか?」

むかいんが尋ねると、頷くだけだった。




朝六時。
本部の庭に面した廊下に、若い衆が、徐々に集まり始める。若い衆の目線は、庭の一点に集中している。

シュッ。シュッ。バッ!

何かが空を切る音と、服が風を切る音が聞こえていた。
ぺんこうが、武術の形を作って、体を動かしていた。その姿に魅了されている若い衆。
注がれる眼差しに気付いているのかいないのか、ぺんこうは、体を動かし続けていた。
珍しく早起きをした真子が、若い衆が集まっている事に気付いて、近づいた。

「どしたん?」

庭を観る若い衆に尋ねる真子。

「おはようございます」
「おはよ」
「…組長、あの方は…?」
「そっか。初めてだっけ。私の先生だよ」
「…では、あの方が、教職に就いた組員の…」
「ぺんこうだよ」

真子は、体を動かすぺんこうを観ながら応えた。

「昔、毎朝観られた光景だけど…珍しい?」
「素敵なフォームに、魅了されました…」
「なにせ、格闘技マスターって言われてるくらいだからね。じゃっ!」
「……って組長?!」

真子は、若い衆に軽く手を挙げて、縁側に出た。
ぺんこうの腕が、足が空を切る。
その時だった。

シュッ! ガツッ! バッバッ! シュッシュッ!シュッ!

「背後はいけませんと申したでしょう?」
「ぺんこうだから、大丈夫だと思ってね」

真子が、ぺんこうの背後に忍び寄り、拳を向けた。その拳を見事に受け止めたぺんこうは、腕を返し、拳を二発、蹴りを一発、真子に向けていた。
真子とぺんこうは、微笑み合うが……、

「あっ…みんな、見慣れてないんだっけ…」

真子は、しまった!という表情になる。
ぺんこうが、拳や蹴りを真子に向けた途端、若い衆が一斉に、庭に駆け下りていた。しかし、その歩みは、微笑み合う二人を観て止まっている。

「く、組長…」
「だからぁ、ぺんこうは、私の師匠なんだからぁ。大丈夫なのぉ」
「し、しかしぃ」

戸惑う若い衆。

「組長、手加減はいけませんと申したでしょう?」
「えいぞうさん。いつの間に?!」

若い衆と同じように庭を観ていたえいぞう。まさか、本部に来ているとは思っていなかった真子は、驚いていた。

「それより、組長、久しぶりに手合わせされては…どうですか?」

えいぞうが、何かを楽しむかのように、言った。

「そうやねぇ〜。えいぞうさんの言う通り、手加減なしっつーことで…」
「えぇ。私もしませんよ」
「では」
「はい」

真子とぺんこうは、位置に付いて、礼をし、そして、構える…。

「やっ!」

真子が先に仕掛けた。もちろん、ぺんこうは、真子の攻撃を全て視きって受け止める。
真子が構えなおした時、ぺんこうが、すかさず攻撃を仕掛けた。
真子は、全て避ける。

「は、早い……」

二人の素早さに驚く若い衆。そんな光景をにやにやしながら見ているえいぞう。

「…ぺんこう、体が鈍ってるんちゃうかぁ?」
「うるさい!」

ぺんこうは、真子に回し蹴りを仕掛けながら、えいぞうの言葉に応えていた。

「昨夜の組長の、拳を受けて、解ったんですよ」

ぺんこうは、真子の蹴り技を避けながら言った。

「何が?」

真子は、ぺんこうに拳を向けた。

パシッ!

ぺんこうは、真子の拳を平手で受け止める。

「ここ数年、形をしてないなぁと。瞬発力が劣りはじめたかも
 しれないと思いましてね」

ぺんこうは、受け止めた真子の拳をそっと握りしめていた。

「そう言えば、自宅では観ないね」
「教職で動かすだけでした」
「体育教師が、それじゃぁ、たまらんわい」
「本当のこと、言わないでください」

ぺんこうは、優しく微笑んでいた。

「組長こそ、寝起きで動きが遅すぎますよ」
「うるさぁい!!」

真子は、ぺんこうに蹴りを入れた。もちろん、ぺんこうは、簡単に受け止める。


「…あれで、鈍いって…」
「本気だったら…俺達の目には、留まらないよ…な」
「あ、あぁ…」

驚きっぱなしの若い衆を横目に観るえいぞう。
真子とぺんこうは、礼をして、終了。そして、楽しそうに笑いながら、縁側に座り込んだ。

「懐かしいですね」
「そだね。…ぺんこう、昔は手加減してたんやろぉ?」
「してませんよ。組長が、めきめきと力を付けていっただけですよ」
「そんなことないぃ〜。絶対手加減してたって!」
「してませんよ」

仲むつまじく言い合う二人。その二人の間に入れない若い衆。しかし、一人だけ、二人の間に割り込む者が居る…。まさちんだった。ぺんこうの後ろから蹴りを入れた。

「…後ろからは、やめろと言っとるやろがぁ!!」

まさちんの胸ぐらを掴み、庭に引きずり下ろすぺんこう。
まさちんは、ぺんこうに拳を向ける。
受け止めるぺんこうは、反撃。もちろん、まさちんも……。
目にも留まらぬ早さで、蹴り合い、拳のぶつけ合いを始めたまさちんとぺんこう。
唖然とする若い衆。
えいぞうは、まさちんとぺんこうを観ながら、真子に歩み寄った。

「いつものことですか?」
「そだよ。もう、停めるのも飽きた」
「若い衆、驚きまくりですよ」
「恐らく、私の時みたいに、体は鍛えてないんやろな。ま、しゃぁないか。
 教える人、居ないからね。昔は、えいぞうさんのおじさんか、くまはちの
 おじさんだったもん。…えいぞうさん、みんなに教える?」

真子が、にこやかに尋ねたら、

「組長以外には、教える気はございませんよ」

えいぞうは、さらりと本音を言った。

「えいぞうさんらしいね。…って、何時来たん?」
「組長が旅行から帰って来る少し前でしたよ」
「知らんかったぁ。…健も、一緒?」
「あちらに」

えいぞうがそっと指差したところ。庭から少し離れた廊下の窓に何か光る物を向けている人物発見…。

「…隠し撮り…?」

真子の目が光った。
えいぞうは、あらぬ方向を観ている…。
真子は、その場所を見つめた。
そこに居る人物こそ、カメラを手に、真子の姿を撮り続けている健だった。真子に目線に気が付いた健は、嬉しそうに手を振ってくる。
真子も手を振り返す。
その時だった。

『組長、朝食できましたよぉ』

むかいんの声だった。健の頭をこづきながら、真子達の居る庭に歩いてくるむかいんは、庭の光景を見て、おもむろに庭に降り、二人の手と足をそれぞれ、掴んでいた。

「ギョッ!!!」

またまた驚く若い衆。

二人の蹴りをいとも簡単に停めるむかいんさんって……。

誰もが心に思っていた。

「…いつまで、続ける?」

むかいんは、二人に、尋ねる。

「お前が、停めるまでや…」

同時に呟いた二人。
息ぴったり…。

「ご飯や」

むかいんは、冷たく言い放ち、背を向けた。

「組長、手を洗ってうがいをしてからですよ」

むかいんが言う。

「わかってまぁす」
「珍しく早起きでしたから、慌ててしまいましたよ」
「ごめん〜」

そんな会話をしながら、食堂へ向かう真子とむかいん。放ったらかしにされているまさちんとぺんこうは、驚き立ちつくす若い衆を横目に、真子達を追って食堂へ向かった。
初めて見る光景、初めて見る真子と真子の周りの男達の勇姿、
若い衆は、呆気にとられっぱなしだった。



「おかわりぃ〜!!」

朝食前に体を思いっきり動かした三人は、むかいんの予想を遙かに超える量を食べていた。むかいんは、急いで新たな料理を作り始める…。

「お待ち下さいぃ〜」




朝十時。
若い衆が、一カ所に集まっていた。そして、何やら、こそこそと話し、嬉しそうに何かを手に取り、見つめていた。その塊の中央に居る人物は…健だった。
まさか……。



真子が廊下で若い衆とすれ違った時だった。若い衆から、何かがヒラヒラと落ちた。

「落としたよぉ」

真子は、そう言いながら、落ちた物に手を伸ばした。

「…………け、け、健っ!!!!!!!!」

真子は、叫びながら、本部内を駆けめぐっていた。
真子が観た物。それは、今朝方、ぺんこうと手合わせをしていた時の姿がしっかりと納められている写真だった。
廊下の先に健の姿、発見!!
真子が追いかける、健は逃げる…。

「待たんかぁぁい、健!!!!」
「すみませぇ〜ん!!!」

ピューン、カッコーン!!!ドタッ……。

真子は、廊下に置いてあった物を、健に目掛けて投げつけた。
物は、健の頭に命中。
健が前のめりに転けたのは、言うまでもない…。

「け・ん…。本部に来てまで、何を…してる…のかなぁ?」

顔を起こした健に思いっきり近づき、素敵に微笑む真子。

「そ、そ、その……今日も…良い天気だなぁ…って」
「ふ〜ん、良い天気だもんねぇ。だから、光の加減も
 気にせずに、素敵な写真が撮れるねぇ〜けぇぇん?」

更に素敵な笑顔で健に語りかける真子。
目の前に、真子の顔がある。
真子に惚れている健の顔は、目の前の真子の笑顔が近いため、徐々に、ゆでだこの様に真っ赤かになっていった。そんな二人の光景を見ている若い衆や、組員は、微笑ましい雰囲気に包まれていく…。



本部とは、全く正反対の雰囲気に包まれている大阪に帰ってきた真北とくまはち。
緊張の面もちで向かった先は、橋総合病院だった。
橋の事務室には、項垂れるくまはちと、橋と真剣に話し込む真北の姿がある。くまはちは、手にした一枚の写真を、ただ、見つめているだけだった。

「手を尽くしたんだがな…」
「あぁ。ありがとな。しかし、お前も凄い奴だなぁ。あの写真を観て、
 俺に連絡入れるとはな〜」
「そら、そうやろ。瀕死の男と一緒に写っている人物が、くまはちと
 真子ちゃんならな、お前に何か関係あるとしか思えんやろ」
「…そうだよな…。くまはち…くまはち!」

真北の呼びかけに、やっとこさ顔を上げるくまはち。怒りと哀しみが満ちた目をしていた。

「…組長には、内緒にしていてください」

くまはちの声は震えている。

「もちろんや。あの日、元気に帰国したと思ってるからなぁ」
「…はい」

真北は、椅子にもたれかかり、口を尖らせ、

「再び海外…か」

呟いた。

「真北?」
「ん?」
「やめとけ」

橋がいつになく、真北に怒鳴る。

「な、なんだよ」
「息を引き取る前の言葉、忘れたんか?」
「…しかし…な」
「真子ちゃんが、怪しむ」

橋の言葉に、真北は、ため息を付いた。

「そうだよな…。アルファーが、日本で亡くなったことに、気付くかもな…。
 それも、あんな無惨な姿で……」

真北は、目を瞑り、何かに耐えていた。

「恐らく、黒崎も……」

真北は、膝の上で拳を握りしめる。
それは、小刻みに震えていた……。



橋総合病院の庭。
真子がいつも腰を掛けるベンチに座っている真北とくまはち。

「くまはち、大丈夫か?」
「はい…」

そう言うくまはちは、一枚の写真を手にしたまま。
真子とくまはち、そして、アルファーが写った写真。
それは、真子が、二人の再会のお祝いということで、むかいんの店で食事をし、楽しいひとときを過ごした時に撮った写真だった。
真子に負けないくらい素敵な笑顔をしているアルファー。
しかし、そのアルファーは、今朝方、息を引き取った。
最高の外科医・橋が、最善を尽くしたが、命は救えなかった。それほど、傷だらけになっていたアルファー。
再び日本へ、何しに来たのか…。それは、謎のままだった。

「…素敵な笑顔だな。お前も」

真北が、写真を覗き込んで優しく語りかけた。

「楽しかったですから…あの日。しかし、この後に…あの事件が…」
「そうだったな。お前の落ち込み様、激しかったもんなぁ」

わざと明るく言った真北だが、それは、空振りだった。

「すみません…」
「ん?」
「俺…初めてなんです…命が目の前で消えていくのを見るのは…。
 敵には、容赦ない鉄拳を振るって、瀕死の状態まで追い込む事は
 平気ですが、…知っている者が、亡くなるのを見ることには、
 慣れてなくて…」

くまはちの声は震えていた。

「組長も、真北さんも…こんな…つらいことを乗り越えて…」
「くまはち…」
「俺…おれ…」

くまはちの体は、震えていた。真北は、くまはちの肩に手を回し、自分に引き寄せる。

「泣けよ…。こういう時は、泣くのが一番や。我慢はよくないぞ」
「しかし…」

くまはちは、真北の目を見た。それは、とても温かく、真北の優しさが伝わってくるものだった。

「猪熊さんには、黙っててやるよ」
「…うっ…ううううう……」

くまはちは、声を殺して泣いていた。真北の肩に顔を埋めて、涙枯れるまで泣いていた。





阿山組本部。

『組長、戻りますよぉ!!!』

まさちんの声が本部内に響く。

「はぁい」

真子は、カラオケハッスル組の若い衆と話し込んでいた。

「…ほな、またね。純一にお礼言っといてな」
「はい。では、お気をつけて。次は、法要の頃ですか?」
「そだね。その時は、また、行こうね!」

真子は、マイクを持つ仕草をしていた。

「楽しみにしてます」

真子は、笑顔でその場を去っていった。
その様子を山中が、深刻な表情で、影から伺っていた。





橋総合病院・庭。
くまはちは、ベンチの腰を掛け、空を仰いでいた。

「落ち着いただろ?」

真北が、優しく語りかける。

「ありがとうございます。…ぺんこうの言うとおりですね。
 感情をうちに秘めていては、体に毒だと…」

くまはちの表情は、少しばかりすっきりしていた。

「でも、これっきりに致します。…なんだか、みっともない感じで…」
「そんなことないぞぉ。男の涙も、ええもんや」
「真北さん…? …大丈夫ですか?」

真北らしくない発言に少し驚くくまはち。真北は、ただ、微笑んでいるだけだった。

「お前は、動くなよ」
「えっ?」
「これは、警察の仕事だ。殺人事件として捜査を始めるからな。
 阿山組は関係ないことだよ。それに、アルファーと阿山組との
 関係は、世間には、知れていないだろ」
「そうですが…俺なりに…何かをしたいんです」

くまはちは、真剣な眼差しで、真北を見つめた。

「解ったよ。…ほな…いつも通りっつーことで、協力願いましょうか」
「かしこまりました」
「調べるだけだぞぉ」
「はい」

真北とくまはちは、同時に空を仰ぐ。

「あっ、そや、くまはち」
「はい」
「…あまり、慣れるもんじゃないぞ」
「えっ?」
「………今のは、聞き流せ」
「はぁ……」

くまはちは、真北の言いたいことが解らず、ただ、返事をするだけだった。

「そろそろ、新幹線に乗る頃だな」

真北は話を切り替える。

「無事に…到着するでしょうか…」
「むかいんが、疲れなければええんやけどな」

二人は、空を仰いだまま、笑い出す。
澄み渡る青い空が、今の二人の心を現しているようだった。





新幹線の中。
二人掛けの席を三つ陣取っている六人。まさちんとぺんこうが、隣同士に座っていた。
お互い、顔を背けて、険悪なムードが漂う車内。
そんな二人をほったらかして、真子とむかいん、健とえいぞうが、それぞれ隣同士に座り、楽しそうに語り合っていた。

「ったくぅ、油断もできへんわぁ」
「すみませんでした。思わず、組長の勇姿を納めたくなりまして…」
「何も、若い衆に売りつけることないやろぉ」
「モデル料もらいましたか?」

むかいんが、すかさず尋ねる。

「もらってない…。健」
「内緒の商売ですからぁ。真北さんに怒られますよ」
「内緒なら、真北さんには、わからないやろぉ。…それより、他に
 どんな写真を持ってるんや? …写真だけか?」
「ステッカーに写真シールに、パネルなどありとあらゆる……」
「兄貴!!!」

えいぞうの口を慌てて塞ぐ健。…しかし、それは、既に遅し…。

「けぇん〜〜!!」

真子の低い声が、健の胸に響いていた。

「もう、健とは、しゃべんない!」

真子は、そっぽを向いて、席を立ち、後ろの席に漂う険悪ムードの方へと向かっていった。

「あん、くみちょぉ〜〜…」

寂しそうな表情をする健。

「自業自得やで」

えいぞうが、笑いながら言った。

「健も、そろそろやめとけばえええやん」

むかいんが微笑みながら言った。

「そんなぁ。むかいんたちと俺はちゃうねんぞぉ。俺は、
 毎日、組長と逢えないんやからなぁ〜」

健は、ふくれっ面。


険悪ムードを漂わせる二人の間に割り込むように座った真子。

「よろしいんですか?」

ぺんこうが、真子に話しかけた。

「たまにはええやろ」

まさちんは、そっぽを向いたまま冷たく言い放つ。

「ったく、二人ともぉ、すんごいオーラやで」
「土産屋の組長ほどではありませんよ…!!!」

その言葉にちょっぴり怒りを覚えた真子は、まさちんの脇腹をこしょばした。

「…どしたん、まさちん。えらい不機嫌やん」
「気になさらないでください」
「あれから、二人で何か遭ったん?」

真子は、まさちんとぺんこうを交互に見つめる。

「何もありません」

声を揃えて応えるまさちんとぺんこう。

「いいや、何か遭ったね、これは」

まさちんとぺんこうは、冷たい目線を真子に送る…。
真子は、交互に二人を見ながら、ドキドキしていた。

「な、何なん?…きゃっ!!」

真子は、二人に押されて立ち上がった。

「なによぉ、もぉ」
「二人の仲に割り込まないでください」

まさちんとぺんこうは、声を揃えて言った。

「へっ?! …二人、そういう仲になったん…??」
「そうですよ」

二人は、気持ち悪いくらいに微笑んでいた。それも、腕を組んで……。

「…え、えいぞうさぁん。怖いよぉ!!」

真子は、一番前に座るえいぞうに駆け寄った。

「どうされました?!!!」

真子の言葉に、すぐに反応するえいぞう。
昔取った杵柄(いい加減だが、これでも一応、真子のボディーガード)。
しかし、真子の表情を見て、何が遭ったのか、すぐに解った様子。

「あの二人は、そっとしといた方がいいと申したでしょう」
「うん…」

真子は、えいぞうの隣、窓際の席に座った。

「犬猿の仲。あいつらには、ぴったりの言葉ですね」

えいぞうが、少し寂しそうな表情をする真子に優しく語りかけていた。

「仲いいんだもん。なんだか、悔しいな」
「ふふふ」

えいぞうは、微笑んでいた。

「むかいんと健もだね」
「組長のおかげですよ。あの時、あの言葉がなければ、二人は
 未だにいがみ合っていたでしょうね」
「あの時は、思わず…だったんだけどなぁ。健って、恥ずかしがり屋だから
 自分の気持ちをきちんと現せなくて、むかいんに対しては、いっつも
 睨んでたんだよね」
「よく御存知で。あの頃は、健とは、あまり話さなかったのに」
「だって、怖かったもん」
「健は、組長が怖がるもんだから、寂しがってましたよ」
「ほんと? …知らんかったぁ」
「今のは、内緒ですよ。俺が健に怒られますから」

えいぞうは、真子に小声でそう言って、ウインクをした。真子は、微笑みながら頷いた。そして、二人は、座席と座席の隙間から、後ろの席の二人を覗き込む。むかいんと健は、昔話に盛り上がっているのか、笑いながら語り合っていた。

「健って怒ると怖いん? 私、見たことないよ」
「そりゃぁ、そうでしょう。健は、組長の前では、常に笑いを…が
 モットーですから。俺には、時々逆らいますけどね」
「えいぞうさんでも、怖いんだぁ」
「本気で怒った健は、誰も停められないでしょうね」
「私でも?」
「組長だけが、停めることできるかもしれませんよ。ま、恐らく
 健が怒ることは、ないでしょうけどね」
「一度、見てみたいな。…えいぞうさんの姿もだよ」
「私は、遠慮しますよ。もう、あんな無茶はしたくありませんから」
「ごめんなさい」

恐縮そうに首を縮める真子に、えいぞうは微笑んだ。
真子は、ちらりとえいぞうを見上げる。そして、えいぞうの笑顔に応えるかのように、微笑んだ。

えいぞうが、言った『無茶』。

それは、まだ、真子が十歳の頃、大阪との抗争が勃発した時のこと。ぺんこうが真子を落ち着かせるのに手を妬いたというあの抗争。
えいぞうの父とくまはちの父が、かなり深手を負った姿を見て、真子は、恐怖のあまり錯乱状態に陥ってしまった。そんな真子を落ち着かせようと頑張るぺんこう。ぺんこう自身もその抗争に参加していたのは、当時の真子には言えなかった。
その時、真子の哀しむ姿を見たえいぞうの怒りは、頂点に達し、単独で、大阪へ。
まだ、続くと言われた抗争が、一晩で終息した。
川原組の川原や、藤組の藤が、えいぞうを怖がるのは、そんな過去があるからだった。


真子は、えいぞうの肩にもたれかかって、気持ちよさそうに眠っていた。二つ後ろの席に座るまさちんは、えいぞうの手が、自分を呼んでいることに気が付き、そっとえいぞうに近づいていく。

「眠ってしまったんですね」
「もうすぐ、着くだろ?」
「そうですね」
「健」

えいぞうは、健を呼んだ。

「なんですか? …組長、眠ってる…。かわいい寝顔やぁ。兄貴、交代してやぁ」
「あほ。降りたら、すぐに、車回せ」
「はい」

いつの間にか、周りに集まる男達。ぺんこうが、真子の姿を見て、何かを思いだした様子。

「久しぶりやろ。組長に寄り添われるのは」
「そうやなぁ。俺も久しぶりやから、ドキドキしてるで。
 あの頃と比べると、素敵な女性になったよな」

えいぞうは、嬉しそうに微笑んでいた。

「ちさと姐さんよりも…な」

えいぞうは、呟く。

「えいぞうと健だけやぞ。ちさとさんのことを知っているのは」
「そうやな。俺が語りだしたら、真北さんよりも長いぞぉ」
「語らんでええで」

えいぞうとぺんこうが、楽しそうに話しているのを横目に、まさちんは、ふてくされていた。

「…えいぞう」
「なんや、まさちん」
「目を覚まさなかったら、お前が、抱えることになるぞ…」
「なんでやねん。それは、お前の……ほんまやな…」

まさちんが見つめる先に目をやるえいぞう。真子は、えいぞうの肩にもたれかかっているだけでなく、服を掴んでいた。

「お前らが、冷たくあしらうからやぞ…寂しがってるやないかぁ」

えいぞうは、静かに怒っていた…。

「冗談やないか……」

まさちんとぺんこうが、口を尖らせながら呟いた。

「解っとる」
「えいぞうの肩が久しぶりやから、甘えてるだけやろ」

むかいんの言葉に、えいぞうは嬉しそうに微笑んでいた。

えいぞうの表情…珍しぃぃ。
ほんまや…大丈夫か?
さぁなぁ…。

まさちんとぺんこうは、誰にも聞こえない程の声で、語り合う。
やはり、二人は、仲良し???



(2006.4.22 第四部 第二十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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