任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第二十三話 闇の扉に手を伸ばす

新幹線が、新大阪駅に到着した。
新幹線に乗っていた客が降り始めたその中に、真子達も含まれている。
眠っている真子は、えいぞうに抱きかかえられていた。その後ろを、恨めしそうな表情で降りてくるのは、健だった。健は、えいぞうに何かを言って、急いで階段を駆け下りていく。

「真北さんには、言うなよ、ぺんこう」
「言わないよ」

慌てたような言い方をするえいぞうに短く応えるぺんこう。二人の会話に疑問を持つまさちんが、尋ねた。

「何を慌ててんねん」
「組長に触れる事が、許可されたといってもな、俺は、昔っから
 真北さんに怒られてばっかりやからなぁ。特に、組長の事に関しては」
「くまはちと違って、不真面目なボディーガードやもんな」

むかいんが、珍しくはっきりと言う。

「ほっとけ。……組長…」

真子は、えいぞうの首に手を回して、しがみついていた。それでも眠る真子。

「ったく…」

まさちんは、自分の上着を脱いで、真子の肩にそっと掛ける。そして、五人は、階段を下りていった。

真子は、車に乗っても、眠っていた。目を覚ましたのは、自宅の自分の部屋のベッドの上だった……。


「お目覚めですか?」

まさちんが、真子の服を片づけていた。

「あれ? 新幹線じゃないん?」
「あのまま、ずっと寝入ってましたよ」
「あらそぉ〜」

真子は、寝ぼけ眼で起き上がる。

「何してるん?」
「片づけと、明日の用意です」
「明日?」
「はい。AYAMAの試作品の検討会…」
「……まだ、見てないよ…しまった…」

真子は、慌ててベッドから下り、机の上の書類を手に取った。

「延期致しましょうか?」
「大丈夫。今からする」
「わかりました」

真子は、まさちんが返事をし終わる前に部屋を出ていった。

「早起きするからですよ」

まさちんは、安心した表情で、真子を見つめていた。



ぺんこうは、自分の部屋で、明日の準備をしていた。机の上には、ランド内での写真と真子からもらったネクタイを飾っている。ネクタイには、小さいアヒルキャラクターが無数に散りばめられていた。

「楽しかったですね。また…行けるといいですが…」

ぺんこうは、微笑んでいた。
廊下を歩く足音が去っていく。

「お目覚めですか」

ぺんこうは、階段を下りていく足音に耳を傾けていた。



リビングに入ってきた真子は、キッチンテーブルの上に何かが置いてあることに気が付いた。そっと近づき、それを確認する真子。

「ったく、ぺんこうはぁ」

テーブルの上には、夕食とメモが置かれていた。

『ありがとうございました。楽しかったです』

真子は、椅子に座り、手を合わせ、

「いただきます」

直ぐに箸を運んだ。


『組長』

リビングに、まさちんが入ってきた。

「なぁに?」
「お食事中でしたか…すみません」
「まさちんは?」
「帰ってきてから直ぐに、食べましたよ」
「こんな時間だもんね」

時計は、夜の八時を廻っていた。

「むかいんは?」
「駅から、店に直行で、今夜は帰れないと連絡ありました。
 明日、パーティーがあるそうです」
「益々張り切るね、むかいんは。…ごちそうさまでした」

真子は、食べ終わった食器類を洗い始めた。

「私がしますよ」

まさちんが、真子の後ろからスポンジを手に取り、真子を腕の中に置いたまま、食器を洗い始めた。泡の付いた指で、真子の鼻を軽く触る。
鼻の頭に泡が付いた真子は、ふくれっ面でまさちんを見上げた。

「ったくぅ〜」

まさちんは、微笑みながら、真子を見ていた。

「試作品、私もお手伝いいたしますよ」
「いいよぉ。今度のは、私一人でできそうだから。部屋でゆっくりしときぃ。
 疲れたやろぉ。私を抱えて…」
「えいぞうですよ」
「へっ?!???? えいぞうさん…なん?」
「えぇ。久しぶりだから、えいぞうらしくなかったですよ。そこが
 また、おもろかったんですよ。健と激しく言い合いしてましてね」
「全く知らんわ…」

真子は、俯き、まさちんにもたれかかって、まさちんが洗う食器を眺めていた。

「組長」
「ん?」
「ありがとうございました。すごく楽しかったです。組長と遊園地で
 過ごすのは、久しぶりでしたね」

真子は、再び、まさちんを見上げる。まさちんは、真子を見つめ、微笑んでいた。

「そだね。…楽しかった」

真子は、とびっきりの笑顔で、まさちんに応えた。

「ネクタイ。ありがとうございます。…あれは、私たちを
 束縛する…おつもりなんですか?」
「なんで?」
「首にくくるものですからね」
「繋ぎ止める…ってこと?」
「そういう意味にもなるということですよ」

まさちんは、食器を洗い終えた。

「知らんかった…。そんなつもりとちゃうねんで。感謝の印なのに。
 それに、男性へのプレゼントは、ネクタイが一番やぁって
 理子が言ってたもん…」

まさちんは、少し濡れた手で、真子のふくれっ面の頬をへこました。

「嬉しかったです」
「…ありがと」

真子は、振り返り、まさちんに抱きついた。

「組長?」

まさちんは、真子の行動に驚いていた。

「じゃぁ、試作品を検討するから。まさちんは、部屋でくつろぎやぁ」

真子は、まさちんを見上げる。
その目は、五代目…。
まさちんは、ため息を付いて、真子に応えた。

「かしこまりました。では、お言葉に甘えて……!! すみません…」

真子に蹴りをもらうまさちんだった。



真子は、リビングで、AYAMAの試作品を検討中。眉間にしわが一本。どことなく、真北がする表情に似ていた。



まさちんは、自分の机の前に座り、腕を組んで、一点を見つめていた。
『阿山組日誌』
何を書こうか悩んでいる様子。
ペンを取り、何かを書き始めた。

『二泊三日の旅行も、無事に…とは言えなかったが、終了。
 組長にとっても、楽しい時間だったろう。何年ぶりか。
 組長と遊園地で過ごしたのは。あの頃の感情が甦る…』

…だから、まさちん。それは、日記だって…。




夜十時。
真子は、リビングにあるテレビで、AYAMAの試作品をチェックしていた。そこへ、真北が、少し疲れた表情で帰ってきた。

「お帰りなさぁい。…あれ? くまはちと一緒じゃなかったの?」
「何やらすることを思い出したようです。明日までと言ってましたよ」
「はぁい。わかりましたぁ。お疲れさまでした。で、急用は、
 一段落したの?」
「はい。ありがとうございます。…AYAMAの試作品ですか?」

真北は、上着を脱ぎながら、真子の隣に腰を掛けた。

「うん。旅行前に観ておかなあかんかったんやけど、体調崩してた
 でしょぉ、明日提出予定だからね。ちゃんとしないと駿河さんに
 怒られちゃうもん」

真北に話ながらもチェックを欠かさない真子。真北は、そんな真子の頭を優しく撫で、キッチンへ向かっていった。
自分のお茶と真子のオレンジジュースを用意して、リビングへ戻ってくる。

「こちらにおいてますよ」
「うん」
「あまり根を詰めたら、疲れが取れませんよ」
「そういう真北さんの方が、疲れてるみたいだよぉ」
「少しばかり…」
「やっぱり、二泊三日はきつかった?」

真子は、無邪気な顔で真北に振り返り、

「マッサージしてあげる!」

そう言って、試作品チェックの手を止め、立ち上がった。

「そこに寝転んでぇ〜」
「は、はぁ」

真北は、真子に言われるがまま、ソファに寝転んだ。

「まずは、腰からねぇ」
「お願いします」

真子は、真北の腰辺りをマッサージし始める。真北は、そっと目を瞑り、気持ちよさそうな表情をしていた。

「ぺんこう直伝ですね。気持ちいいです」
「真北さん、働き過ぎだよぉ。凝ってる」
「無茶はしてませんよ」

真子は、優しく微笑みながら、マッサージを続けた。

「組長」
「なぁに?」
「ぺんこうから、聞きましたよ」
「二人の秘密を?」
「えぇ。それと、もう一つ」
「もう一つ?」

真北は、体を起こし、ソファに座り、ソファの前に正座をしている真子を抱えて、ソファに座らせた。

「組長が、子供っぽさを見せていることですよ。以前から、不思議には
 思っていたことなんですが、大人になるにつれ、子供っぽさが
 現れていること…。幼かった頃、大人びていたことが、跳ね返って
 今に現れたと思っていたんですが……違っていたんですね」

真北は真剣な眼差しを真子に送っていた。真子は、真北から、顔を背ける。

「すみませんでした。組長の気持ちに、気が付かないで…」
「…ぺんこうから、何を聞いたの?」
「我々男性陣を惑わせないようにと気を使われていると…」

真北は、真子の顔を自分の方へ向けた。

「私や、ぺんこう、まさちん、むかいん、くまはち…それぞれに、
 組長は、何を申してるんですか? …自宅に居るときは、何も気にせず、
 自分の時間を作って、のんびりと過ごせと…。なのに、組長は…」
「私は作ってるよ。ちゃんとくつろいでるもん」
「自然になさってください。そのままでは、本部に居た頃と
 変わらないのではありませんか? 組長には、心も体も
 ゆっくりとして頂きたいと思って、大阪で暮らすようにしたんですよ。
 あのまま、本部で暮らしていたら、それこそ、笑顔を失って
 いたでしょう。ですから…」
「くつろいでるのに…」
「組長」

真北の目は怒っている…。真子は、シュンとしてしまった。

「みんなを惑わして、もしも…ってなったとき、絶対に怒るもん…。
 真北さん…落ち着きを失いかねないもん…」
「恐らく、そうなるでしょう。しかし、組長は、もう大人です。
 ご自分で判断して、行動してもよい年齢ですから。…落ち着きを
 無くすかもしれませんが、怒りませんよ」
「まさちんと…でも?」
「まさちんとは、許しません。…その…おつもりなんですか?」
「……わかんない…。恋愛の気持ちが…わからないんだもん…。
 側に居て欲しいと思うけど、それが、愛なのか、恋なのか、
 それとも、ただ、毎日のように側に居てくれるから、
 なくてはならないだけなのか…」
「そうでしたね…恋愛については、理解されてなかったんですね…」
「うん…。男女の関係なら、理解したけど…」

真子は、照れたように俯いた。真北は、安心したような表情で、真子を見つめ、そっと頭を撫でる。

「その反応が、当たり前なんですよ。平気に振る舞う人たちは、
 慣れているのか、平気な振りをしているのかですよ」
「時々、まさちんやぺんこうをからかってるけど…、その…
 肩を押さえられたりしたら、ドキドキする…。もちろん、二人とも
 冗談だろうけど…。…その時は、どんな気持ちなんだろう…」
「組長の冗談がすぎるのも、ぺんこうから教わったことが関わって
 いたんですね…。ったく、善し悪しですよ」
「…ごめんなさい…」
「あいつらも、わかってます。恐らく、組長と組員の関係を保とうと
 しているんでしょう。そうでなかったら、今頃は…」
「血を見てる?」
「そうですね」

真北は、言いたいことを真子に悟られた事に、苦笑い。

「先日、その話をしていたんですよ。組長が、子供っぽさを
 見せていることをね。まさちんも気にしてました」
「そうだったんだ…」
「で、これは、私からのお願いです」
「はい、何でしょう」
「組長は、自然に振る舞うこと。それで、あいつらが、組長の魅力に
 惑わされたら、あいつらの根性が足りないということで…」
「…いいの? もしも…ってことになっても」
「組長が、そう思ったのなら、仕方のないことです。ですが、わざと
 そのように振る舞わないことを心がけて下さい。あくまで
 自然体です」
「…はい。解りました」

真子の返事は、しっかりとした口調だった。

これが…昔の真子ちゃんだ…。

「もし、真北さんが、惑わされたら?」

真子は、痛いところを突く…。

「真子ちゃんが、いいと思うならね」
「その時にならないと解らないかなぁ」
「そうかもしれませんね。でも、娘に手を出す気はありませんから」
「娘ぇ〜? 恋人じゃないん?」
「恋人ですよ。…って、組長、まだ、あの時の言葉を覚えているのですか?」
「そうだよぉ。お母さんには、内緒だったもん」
「そんなことまで、覚えてるんですね」
「はい」

真子は、にっこりと笑っていた。真北は、真子の笑顔につられて笑ってしまう。

「では、明日から、自然に振る舞います」
「私も気をひきしめないと!」
「…やっぱし、自信ないん?」
「そりゃぁ〜ねぇ〜。組長は、益々、ちさとさんに似てきましたからね。
 ちょっとした仕草に、惑わされそうになりますから」
「真北さん、お母さんが好きだもんね」
「…ですから、それは、言わないで下さい!!!」
「言ってやるもぉん!」

真子は、真北をからかっていた。

「ほらぁ、まだ終わってないんやで。寝転んで!」
「はいはい」
「返事は、一つ!」
「はい」

いつも言われる言葉を真北に返す真子だった。
真北は、真子に言われるがまま、ソファに寝転び、真子は真北へマッサージを始める。
暫く、マッサージを続けていた時だった。
真北の右手が、素早く伸び、真子を抱きかかえるような感じで、引っ捕らえ、ソファに押し倒した。

「むわぁきたさん!??!」

真子の上に四つん這いになる真北は、目を見開いて驚く真子を見て、笑っていた。

「次は、私の番ですよ」
「えっ?! えっ、えっ?!??」

真子をうつ伏せにし、背骨に沿うようにマッサージを始めた真北は、優しく真子に語りかけた。

「組長も、凝ってますよ。本部で何をしたんですか?」
「久しぶりに、ぺんこうと手合わせぇ。みんな驚いてたよぉ。
 目にも留まらぬ早さだぁって」
「ぺんこうも、かなり鈍ってきたんじゃありませんか?」
「なんでわかるん?」
「日頃の動きでわかりますよ。思い出しますね。時々見かけたんですが、
 ひやひやしてましたよ」
「ぺんこう、手加減してなかったから?」
「護身術と言っておきながら、そうじゃないんですから」
「違ってたん? 私は、そうだと思っていたのにぃ」
「護身術の中に、攻撃が加わってましたから。えいぞうだけじゃ
 なかったんですよね。恐らく、ぺんこうは、気が付いてなかった
 と思いますよ」
「ほんと?」
「えぇ。格闘技マスターと言われてましたけど、身に付いている形の
 ほとんどが攻撃だったはずですよ。組長は、自然と、それが身について
 しまったんでしょうね。あの時の姿は、未だに目に焼き付いてますよ」

真北は、慶造の告別式後に見せた、真子の勇姿を思い出していた。

「私は、望んでいなかったんですけどね…その姿は…」
「真北さんは、どう思ってたの? あの時、跡目は私だと言ってたでしょ?」
「跡目を真子ちゃんに任せてから、阿山組を解散させようと…
 私は、思っていましたよ」

真北の手が留まった。真子は、ゆっくりと真北に振り返る…。
真北は、何かを思いだしているような表情をしていた。

「真北さん?」
「…すみません…。慶造のことを思いだしてしまいました」
「お父様のこと?」
「いっつも真子ちゃんのことを考えているのに、それを表に出さない。
 かといって、真子ちゃんを突き放そうともしない。そんな慶造の
 言葉を…ね」
「私が駆けつけた時は、すでに…息を引き取った後だった…」

真子の方が、真北よりも寂しそうな表情をしていた。ソファに顔を埋める真子。

「真子ちゃん…」

真北は、真子の心境が伝わったのか、ただ、名前を呼ぶだけだった。

「真子ちゃんが生まれた日の慶造の顔…写真に撮っておけば
 よかったかな」
「…なんで?」
「あんな、へにゃへにゃな表情は、あの時だけだったよ」
「へにゃへにゃ? あの強面が?」
「私以上に親バカでしたよ」
「そう思えないよ…。私の前では、いっつも怖い表情をしてて、
 山中さんたちに、色々な…恐ろしいことを命令してた…。
 …それが、…嫌だった」

真子は、仰向けになり、真北を見つめた。

「だけど、それとは、反対に、真北さんは、いつも私の前では
 微笑んでいた。厳しいところもあったけど、私には、あの場所で
 安心できる唯一の場所だった。…ここが…」

真子は、真北にしがみついた。

「それは、今でもそうだよ…」
「…何か、悩みでも?」

真子の行動に疑問を持つ真北は、そっと尋ねた。

「ごめんなさい…」
「真子ちゃん?」

何故、真子は、謝っているのか…。

「…あぁ〜、真子ちゃん、私の心を…」
「だから、ごめんなさいって…」
「ったくぅ」

真北は、真子の背中に回した手で、真子の頭を優しく撫でていた。

「私のことは、気になさらないでください。この生活が好きですから。
 真子ちゃんや慶造には、振り回されっぱなしですけどね」
「もぉ〜」

真子は、真北の胸の中で、ふくれっ面になっていた。

「だいぶ、ほぐれたぁ。真北さんは?」
「私もですよ」
「ありがとぉ。ほな、続きするぅ」

真北の腕からすり抜ける真子は、試作品の続きをはじめた。真北は、真子の後ろ姿を眺めながら、お茶に手を伸ばし、飲み干した。

「私もお手伝いしましょうか?」
「大丈夫ぅ。もうすぐ終わるもぉん」
「あんまり根を詰めないでくださいよ」
「はぁい」

真子は、真剣。そんな真子を見つめる真北からは、優しさが溢れ出ていた。真子は、それを肌で感じていた。

「ねぇ、真北さん」
「はい。何でしょう」
「…いつか、お父様のおもしろい話、してね」
「いつか、きっと」
「お父様…怒るかな?」
「大丈夫ですよ。そんなことで、怒る慶造じゃありませんから」
「…そだね」

真子は、笑顔で振り返り、真北を見つめた。
その表情に真北の心臓が高鳴った。しかし、平静を装って、真子に笑顔を返す。
真子は、正面を向いて、試作品を検討中。その表情は、少し照れたような感じで赤くなっていた。

「組長」
「はい」
「そこは、別の方法がよろしいかと…」
「えぇ〜!!! そうなん??? …もぉ!!!!」

真子の雄叫びが、家中に響き渡っていた。





AYビル。
地下駐車場へ高級車が潜っていった。その車は、1階に通じる階段の前で停まる。

「ほな、お先ぃ!」

車から、元気良く飛び降りたのは、真子だった。片手にキャラクターランドの袋を持って、真子は、弾んだ感じで階段を上っていく。途中、踊り場を通る。そこは、以前、まさちんが撃たれた場所。あの頃は、ここを通るのさえ嫌だったが、今は、もう大丈夫。そして、階段を上り…。

「おっはよぉ!!!」

真子は、手を振りながら、受付へ向かって走り出し、受付へぶつかるような感じで停まった。

「おはよぉ! 旅行どうだった? 荷物届いてるよ」

元気良く挨拶をしたのは、受付嬢の春野明美だった。

「ありがとう。めっさおもろかったぁ。やっぱりね、みんなには、
 あの場所、似合わなかったでぇ。でも、楽しんでいたんだよ」

真子の目は、親の目に変わる…。

「で、…この荷物は、何? めっさおもいねんけどぉ」

そう言ったのは、奥の事務室から出てきた夏水ひとみは、台車に、届いた荷物を乗せる。

「もちろん、お土産やんかぁ」
「どんだけ買ったん?」
「ちっこいパフケーキ20個入りを30箱…」
「…誰にやるん?」
「みんなに」

真子は、そう言いながら、荷物の箱を開け、中から二箱手に取り、カウンターに置いた。

「これ、みんなで食べてねぇ〜。それと、これは、ひとみさん、
 これは、明美さん。…今日は、二人は、休み?」
「うん」

真子は、手にしている袋から、別の小さな袋を取りだし、二人に手渡した。

「預かっておくよ」
「よろしく!」

真子は、箱から、一つ取りだし、玄関へ駆けていった。警備の山崎は、真子の姿を見て、一礼する。

「おはようございます。旅行、楽しかったですか?」
「うん。これ、みんなで食べて下さい。私の大好物。って小さなケーキだけどね。
 それと、これは、いつもお世話になっているから…山崎さんに」

またまた袋から小さな袋を取りだし、山崎に手渡した。

「そんな、お気を使わなくても…。ありがとうございます」
「山崎さんも、行ったことあるんだよね?」
「はい。孫にせがまれましてね」
「また、休み取って、行ってあげたらぁ?」
「駄目ですよぉ。仕事がありますから。真子ちゃん、この大型連休も
 ここでしょ?」
「まぁ…ね。休みっぱなしだったからね!」
「無理したらあかんよぉ。ほら、まさちんさん、睨んでる…」

まさちんが、受付にやって来た。山崎は、仕事中なのに、話し込んでいる真子に怒っている様子……」

「では、今日も宜しくお願いします!」
「ありがとうございます」

山崎は、一礼する。真子は、まさちんに駆け寄り、体当たり。

「何も言わんといてやぁ」
「言わなくてもおわかりでしょうがぁ〜」
「未だやでぇ。ブティックのママとマスターに渡すんやからぁ」
「はいはい。わかってます…! って…ったく、足癖悪いんだから」

真子は、箱を手に持って、まさちんに蹴りを入れて、去っていった。ブティックのママの店の前で話し込み、喫茶店のマスターにはカウンター越しに話し込み……。

「まさちんさん、話した通り、楽しかったでしょ? ちゃんと写真撮った?」
「例の場所ですよね。組長に先を越されてしまいましたよ」
「ちゃぁんとピースした?」

ひとみが、話しかけていた。明美は接客中。

「出来なかったですよ…。あんな勢いで落ちるとは思いませんでしたから」

まさちんは、ポケットから何かを取りだし、ひとみに見せた。ひとみは、それを見て、大笑い。

「まさちんさん…乗り物弱い?」
「そんなことはありませんけどね…。久しぶりに乗ったのでね。
 組長と遊園地に行ったのは、かんなり前ですから」
「その時と比べると、かなりすごいものに変わってますからね」
「何々?」

接客を終えた明美が、気になったのか、話に加わった。

「変な顔ぉ。これなら真子ちゃん、おもしろがって買うよね」
「これは、4枚目です」
「えっ? じゃぁ、何回乗ったん?」

二人は同時に質問する。

「6回です」
「6枚あるわけ?」
「はい。そのたびに、買いましたよ」
「他にいいのんなかったん?」
「これが、一番ましでしたよ」
「はははは…」

明美とひとみの笑いにつられて、まさちんは乾いた笑いをしていた。そこへ真子が戻ってきた。まさちんが、慌てて写真を懐になおした。

「お待たせぇ〜。ほな、いこかぁ。まったねぇ〜。今日もよろしく!」

真子は、台車を押しながら、明美たちに手を振ってエレベータホールへ向かった。まさちんは、二人に一礼して、真子を追い、台車を押す手を変わった。
楽しく話す二人を見つめる明美とひとみ。

「あの二人、いつになったら、結ばれるんかなぁ」

ひとみがぼそっと言った。

「どうだろね。難しいと思うよ」
「なんで?」
「だって、ほら、親代わりの真北さんの目が光ってるって」
「そうやったなぁ。前途多難…ってわけか」
「でも、応援したいよね」
「そだね。…おはようございます」

仕事に戻る二人だった。



三十八階に到着。
台車を押すまさちんの為に、真子がボタンを押したまま。二人はエレベータを下り、事務所へ向かった。

「会議は、十時半です。内容は、龍光一門の件ですからね」
「あぁ、まさちんが、大暴れした事ね」
「…あのねぇ〜。その後のことですよ。組長を直接襲うように命令が
 出ていたということですよ」
「解ってるよぉ。…それだけは、思い出したくなかったのに」
「す、すみません……」

真子は、ふくれっ面ではなく、寂しそうな表情をしていた。まさちんが慌てたのは、言うまでもない。

「各組に3個ずつで足りる?」
「足りないところは、早い者勝ちということになるでしょうね」
「ま、いいかぁ。そだ。桜姐さんと連絡取れる?」
「簡単に……ヂュワッ!」

まさちんは、変な声を挙げる。まさちんの返答に対して、蹴りを入れた真子は、ふくれっ面になっていた。

「早くぅ」
「は、はぁ」

事務所の前に立ち止まったまま、まさちんは、携帯電話のボタンを押した。


『まっさちぃ〜ん。おはよぉ。帰ってきたぁん?』

色っぽい声で電話に出る桜。

「…まさちん、いっつもこうなん?」

まさちんの電話を耳に当てていた真子は、桜の声を聞いて、まさちんを睨んでいた。
まさちんは、あらぬ方向を見ている…。

ドカッ!!!!

まさちんの腹部に真子の蹴りが思いっきり入っていた……。

「桜姐さん、真子です」
『真子ちゃんかいなぁ。ごめんなぁ。お帰りぃ、楽しかったやろ?』
「もう思いっきり。でね、でね、桜姐さん、時間ありますか?」
『時間?』
「お土産ぇ〜」

真子は、とても楽しそうな表情で桜と電話をしていた。腹部をさすりながら、真子の表情を見つめるまさちん。
すごく優しい眼差しだった。

「直接渡したいんだもん。そだ。むかいんの店で食事しながらっていうのは
 どうですか?」
『ほんまやねぇ。そうしよか。真子ちゃん、今日は忙しいやろ。
 あん人から聞いてるで』
「夕方には、終わらせますよ」
『ほな、夕飯がてらっていうんでどうや?』
「そうしましょ。では、夕方6時に予約入れておきますから」
『真子ちゃんの事務所に寄るわぁ』
「寄り道、なしですよ!!」
『わかっとるぅ。あん人、今から出るでぇ』
「間に合うんかなぁ」
『大丈夫やろぉ』
「では、夕方にぃ。失礼します」

真子は電話の電源を切って、まさちんに渡した。

「ったく、ええ加減にせな、私が、水木さんと仲良くするで」
「く、組長?!??」

真子の言動に驚くまさちん。

「何驚いてるんよ。はよぉ。準備があるやろぉ」
「は、はぁ」

真子に促されて、いそいそと真子の事務所に入っていくまさちんだった。


真子とまさちんは、たまった資料に目を通していた。まさちんは、旅行前に体調を崩していた真子の代わりに仕事をしていたはずなのに、仕事は減っていなかった。真子は、ふくれっ面になりながらも、仕事をこなしていた。


会議室。
真子が、片手にキャラクターランドの袋を持って、続いて、まさちんが、書類を小脇に抱え、台車を押しながら入ってきた。二人の姿に、会議室に集まっている幹部達は、目が点。

「あの…組長?」

須藤が、口を開いたが、真子は、何も応えず、ニコニコしながら、お土産の箱を開け、箱の中から、お菓子の箱を三つずつ、袋の中から小さな袋を一つずつ、入り口近くに座る松本、そして、谷川、川原、藤、水木、須藤と順番に、目の前に置いていった。
一同、目の前に置かれたキャラクターランドのお土産に凝視…。
真子は上座に立ち、周りを見渡した。

「お菓子は、それぞれの組に、小さな袋はみなさんにお土産です。
 長い間、お休みしてまして、申し訳ございませんでした」

真子は、一礼する。

「いや、その…。はぁ、ありがとうございます…」

それぞれは、戸惑ったような感じで言った。

「組長、楽しかったようですね」

水木が、優しく語りかけた。

「すんごくね! まさちんなんか、向こうでも、この調子でしたよ」
「組長、言い過ぎですよ」

書類を配っているまさちんは、ふてくされたように言った。

「困ったもんやなぁ、まさちん」

須藤が言った。

「須藤さんまで。私は、普通でしたよ」
「ということは、組長、女性を誘ってたんですね」
「水木さん、正解!!! ったくぅ〜こっちでは……あがっ!!!」

まさちんは、それ以上何も言えないようにと真子の口を素早く塞いだ。

「では、事前に連絡しておりました龍光一門のその後について、
 書類に記載してありますように…」

まさちんは、真子の口を塞いだまま、会議を始めた。
須藤達は、真子の姿を見つめたまま、まさちんの言葉に耳を傾けていた。
真子は、もがいていた…。


会議は、長引いている…。
まさちんが、むかいんの店までやって来る。そして、厨房に顔を出して、むかいんが用意するお弁当を待っていた。

「お待たせ。長引くとはなぁ。まぁ、しゃぁないか。あんだけの数なぁ」

むかいんは、まさちんに袋を渡しながら言った。

「ありがと。夕方になりそうやわ」
「あれ、組長、AYAMAの方もあるんやろ? くまはち、おらんし」
「あぁ。だから、組長は、すでに、AYAMA」
「弁当は?」
「届けるよ。ほんで、6時、よろしくぅ!」

まさちんは、後ろ手を振りながら、去っていった。

「わかってるよぉ。…少しは、休ませな、あかんやろ」

むかいんは、呟き、仕事に戻った。




まさちんが言ったように、真子は、AYAMAで、お土産を配った後、昨夜遅くまで検討していた試作品の報告をしていた。駿河も、真剣な眼差しで、真子の言葉を一言一句、しっかりと聞いていた。
その頃、まさちんたちは…。

弁当を食べながら、会議中。

「組長の気持ち、嬉しいけどなぁ、これは、わしらには似合わんやろ」

須藤は、真子の土産の小さな袋を開けていた。中には、アヒルキャラの手の平サイズのぬいぐるみが入っていた。もちろん、須藤だけでなく、水木、川原、藤、谷川、松本も…。

「それが、組長の狙いなんですよ」
「何の狙いや?」
「私たちも、5年前、もらいましたよ。その時は、手の平サイズじゃ
 なかったんですから」
「それでか、まさちんの事務室に、ちょぉんと飾ってるんわ」

水木が言った。

「よく御存知で」
「それだけが、浮いとったもんな」
「あぁ」

水木の言葉に、それぞれが、頷いた。

「で、まさちん、対策は?」

須藤が話を切り替えた。

「取りあえず、水木さんの情報を待ちますよ」
「任せときぃ」

自信たっぷりに返事をする水木だった。

「それと…本部の例の場所。扉が開きました。山中さんが手入れしております」
「……いよいよか」
「…組長にばれたら…、こないだよりも、すごいことに…ならへんか?」

松本が呟く。

「…覚悟は…できてるよ」

まさちんの眼差しは、凛としていた。




阿山組本部。
隠し扉の向こうでは、緊迫した空気が流れていた。
隠し射撃場。

「そこ、もう少し、腰を落とせ。的に当たらないぞ!」
「すみません!!」

山中が、久しぶりに銃を扱う組員達に、厳しく指導していた。中には、初めて銃を手にする者も居る。

「普段は、絶対に、手にするなよ。解ってるな!」
「はい!」

山中の表情は、いつも以上に強面だった。


純一は、真子がくつろぐ場所を見つめて立ちつくしていた。

「組長…俺、どうしたら、いいですか…」

純一の表情は、凄く、寂しげだった。
真子の為に、真子の思いに逆らって、闇の扉を開けた組員達。
真子を大切に想う者は、それぞれの思いを胸に、行動を開始した。



(2006.4.23 第四部 第二十三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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