任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第二十四話 須藤の悩み事

むかいんの店は、夕食を楽しむお客で賑わっていた。そこへ、真子と桜がやって来た。店長が真子の姿に気が付き、

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

丁寧に迎えた。

「こんばんは。宜しくお願いします」
「こんばんは、店長さん。お久しぶり」
「桜さん。今夜はとびっきりの料理をご用意しておりますよ。
 料理長も、張り切っております。では、こちらへ」

店長は、二人を店内へ招き入れた。
その時だった。
食事を終え、会計をしている男三人のうち、一人が、店内に入ってきた真子を見て、声を掛けてきた。

「組長」
「ありゃ、ぺんこう。どしたん、珍しいやん」

眼鏡を掛けたぺんこうだった。

「今からですか」
「うん。ぺんこうは、終わったんやね」
「えぇ。これから、こいつらを見送りに駅まで行きますよ。
 それからの帰宅ですから」
「こいつら??」

真子は、ぺんこうが指を差す人物を見た。お金を払い終えた二人は、ぺんこうの横から、顔を出す。真子は、目をパチクリさせ、少し首を傾げた。

「…覚えてませんか?」

ぺんこうが、真子に尋ねた。ぺんこうの後ろの二人は、どう見ても、ぺんこうと同業者…。

「確か…真子ちゃん?」
「だよな、芯を立ち直らせた少女…」
「わたる・かけるコンビ?」

真子が、言った。

「正解です」
「…芯、お前なぁ、どんな紹介してたんだよ」

『真子ちゃん』と言った男性・内海 航(うつみわたる)が、ぺんこうを小突きながら言った。

「普通に話してたで」
「少女というより、素敵な女性だな」

素敵な笑顔で言ったのは、空広 翔(そらひろかける)という男性。

「覚えてくれてたんですね」

何かを懐かしむように翔が言った。

「人の顔は、一度見たら、忘れませんよ」
「確か、小学生だったよね」
「そうでした…ね」
「お前らぁ、思い出すなよ」

慌てるように二人の言葉を遮るぺんこう。

「あっ、ごめん」

翔と航は、同時に言った。
何やら、嫌な思い出のある時期の様子…。

「真子ちゃん、誰?」

一緒にいた桜が、尋ねた。

「あっ、すみません。ぺんこうと、ぺんこうの親友…違った、悪友の
 わたるさんとかけるさんです」

真子は、桜に三人を紹介し、ぺんこうを見た。

「ぺんこう、こちらが、まさちんの桜さん」

どんな紹介を……。

「存じてますよ。こんにちは」

ぺんこうは、素敵な笑顔を桜に向けた。
桜のスイッチが入った様子…。

「で、今日は、何が遭ったん?」
「研修。こいつらが、私の休みの間、寝屋里高校に来てたんですよ。
 今日で終わりだから、久しぶりに話に花を咲かせてました」
「ふ〜ん。…ってことは、お二人も、教職に?」
「だから、芯と同じ大学だったんですって」
「そっか。そだね、はははは」

真子は、笑っていた。
ぺんこうは、時計を見る。

「組長、すみません、時間ありませんので、失礼します」
「家に帰ったら、お二人の話聞かせてね!」
「何なら、一晩中」
「うん。では、わたるさんとかけるさん、お気をつけて。
 また、こちらに来た時は、寄って下さいね!」
「はい。真子ちゃんも、あんまり無理しないようにね」

翔が言った。

「今度は、俺達と食事しようね」

航も言ったが、

「…あの…私、これでも二十五になるんですけど…」

真子は、ちょっぴりふくれっ面。
二人の話し方は、幼い子供に話しかける感じだった。

「そっか…。じゃぁね」
「ごきげんよう!」

真子は、三人を笑顔で見送り、桜に振り返った。

「すみません、桜姐さん」
「うちは、かまへんよぉ。しかし、むかいんの店って、色んな人が
 集まるんやなぁ」
「だいぶ前は、別行動してた真北家のみんなが集まったんやで」
「そら、集まるわなあ、むかいんの笑顔、素敵やもん。心和む料理やしなぁ」
「お褒めに与り、光栄です」

いつの間にか、真子と桜の後ろに立っていたむかいんが、二人の会話に入ってきた。

「びっくりしたぁ」
「いらっしゃいませ。当店へご予約いただき、ありがとうございます」
「むかいん、堅苦しい挨拶いらんいらん」

桜が言った。

「お客様は、平等ですから」
「真子ちゃんの時も、こうなん?」
「そだよ。だって、客だもん」
「では、早速、お持ちいたします。…組長、アルコールは駄目ですよ。
 桜姐さんもです」
「なんで?」

真子と桜は同時に言った。

「まさちん、真北さん、水木さん、それぞれから、注意されました」
「…解ったよぉ。いつものん」

真子は、ふくれっ面。

「少しはええやろ?」

桜は、色っぽく責める…。

「駄目です」

むかいんは、二人の態度に、負けなかった…。



食事が進む中、真子は、旅行の話を楽しく愉快に話していた。

「うちも行きたいなぁ」
「水木さんとご一緒にどうですか?」
「あん人の、あの面やで。似合わんやろ?」
「それは、言えてる!」

真子は、笑っていた。それにつられるように桜も笑う。

「さっきのぺんこうって、教師の?」
「うん。そだよ。…桜姐さん、ぺんこうは、一般市民だから、
 手をつけたら、あかんで!」
「まさちんやくまはっちゃんは、ええのに?」
「二人は、同業者ですからね」
「真子ちゃんに、そう言われたら、これ以上、何もできへんわ」
「気になさらないでください」

真子の目は五代目の雰囲気を醸し出していた。

「さぁてと。むかいぃん」

真子は、雰囲気を変えるかのように、むかいんを呼ぶ。

『はい、すぐに』

むかいんの元気な声が聞こえてきた。




真子の自宅。
真子は、リビングで、今夜もAYAMAの試作品を検討中。
テーブルの上には、組関係の重要書類が置かれたまま、手を付けていない様子。既に帰宅して、自分の部屋で仕事を終えたぺんこうが、リビングへ入ってきた。

「組長、今夜もですか?」
「うん…」

真子は、真剣。ぺんこうは、そんな真子を優しく見つめながら、キッチンへ行き、冷蔵庫のドアを開けた。

「コンビは無事に帰ったの?」
「はい。二人も驚いていましたよ。なんで、覚えてるんやろって」
「そりゃぁ、大学の門の前で、あんな素敵な笑顔を向けられたら、
 印象に残るって。あの日、凄く不安だったのに、あの笑顔で少しだけ
 和んだもん」

ぺんこうは、真子と話ながら、オレンジジュースをグラスに注ぎ、リビングへ戻ってきた。そっとテーブルの上に置く。

「置いてますよ」
「ありがと。それにしても、二人とも、変わってないね」
「あいつらは、組長が素敵に変わったと驚きっぱなしでしたけどね」
「小学生の頃と比べたらあかんって」
「私も言っておきました」
「研修って? ぺんこうが、行ってることになってたやつなん?」
「はい」
「そういう時期やったんや。真北さんの手口もすごいなぁ」

真子は、画面に釘付け。ぺんこうは、テーブルの上に無造作に置かれている組関係の書類に目を通し始めた。

「ほっといてええで、それ」
「…会議ですか」
「そやねん。三カ月ごとに開始されてるやつやねんけどな、私が
 今更顔を出してもさぁ」
「水木さんも須藤さんも、次こそ…ってな勢いですね」
「二人は毎回そうやもん」
「参加されるんですか?」
「その時の気分〜」
「重要な会議なんですよね、確か」
「知らん」

真子は、本当に知らない様子。ぺんこうは、そんな真子の後ろ姿を見つめていた。

「終わったぁ」
「お疲れさまです」

ホッとした表情で振り返る真子に、優しく微笑むぺんこうだった。真子は、オレンジジュースに手を伸ばし、飲みながら、組関係の書類に目を通し始めた。もちろん、ぺんこうの助言を聞きながら…。




AYビル。
真北家の旅行から一週間が経った。世間は、そろそろ大型連休に入る為、色々な準備で大忙し。もちろん、真子も組関係で大忙しだった。処理しきれない書類の山、山、山。幹部会も長引く。AYAMAの方は、既に休みに入っている為、組関係の方に集中できるものの…。

組長、普通の暮らし……。

まさちんは、休まずに書類に目を通す真子を見つめながら、思っていた。

「ふぅ〜。なかなか終わらないね」
「ですから、私が」
「あかんって、まさちんがやったら。もっとたまるやん」
「組長ぅ〜。言い過ぎですよぉ。確かにそうですけどね…」

まさちんは、時計を見た。時刻は、お昼の十二時を廻っていた。

「お昼は、どうされますか? むかいんのところへ?」
「ごめん。行く時間もこっちに回したいから、いらないよ」
「駄目ですよ。一日三食、きちんと食べないと、体力が持ちません。
 むかいんに何か作ってもらいますから」
「むかいんに悪いよぉ。忙しいやろ?」
「忙しくても、あいつは、断りませんよ!」

まさちんは、笑顔でそう言って、真子の事務室を出ていった。

「…ったくぅ。…ほんまに食欲ないんやけどなぁ」

真子は、ブツブツいいながらも、書類に目を通していた。



まさちんは、むかいんの店へやって来た。真子の言うとおり、お客のお待ちがかかっている状態だった。
列の横を通り抜け、従業員専用のドアを開け、中へ入っていく。
厨房は、慌ただしかった。
そんな中、むかいんは、まさちんの姿に気が付いた。軽く手を挙げて、挨拶を交わす二人。むかいんは、まさちんの言いたいことが解ったのか、コックの一人に、何かを告げ、違う料理を作り始める。
待っている間、まさちんは、厨房の様子を眺めていた。一人一人が、楽しむように、笑顔で料理を作っている。出来上がっていく料理を見るだけでも、心が和んでいた。

「お待たせぇ。って、組長、食欲ないって言わなかったか?」
「いらないって言ったよ」
「だと思ったから、量は少な目で、栄養たっぷり、疲れが取れるやつに
 しておいたからな。…お前の分は、量たっぷりやからな」
「ありがとな」
「気にするな」

むかいんは、素敵な笑顔で、まさちんに告げ、そして仕事に戻っていった。若いコックに指示を出しながら、優しく指導するむかいんを横目に、まさちんは、真子の事務室へと戻っていった。
三十八階に到着。
エレベータから降りてきたまさちんが、須藤事務所の前を通った時だった。
ドアが急に開き、呼び止められた。

「まさちん、ちょっと」

須藤だった。

「急ぎですか? これ、組長に…」
「すぐや。緊急」

須藤は、何か慌てている様子。まさちんを強引に事務所へ引き連れ、耳元で何かを告げた。まさちんは、須藤の言葉に笑い出す。

「笑い事ちゃうやろ。俺、困ってるんや」
「いいんとちゃいますか。お二人のことには、我々は、関与できませんよ」
「そんなん言うてもなぁ」
「ったく、一平くんのことになったら、須藤さんも形無しですね」
「うるせぇ。真北ほどとちゃうやろ!!って、まさちん!! どうにかせぇよぉ!」

須藤の言葉を聞いているのかいないのか、まさちんは、須藤の姿、表情を思い出しながら、須藤事務所を出ていった。




真子は、机に両肘をついて、頭を抱えていた。

「組長、お疲れですか?」
「ん…あ、あぁ。ごめん、ちょいと悩むことが…ね」
「どれですか?」

まさちんは、お昼ご飯をテーブルの上に置いて、真子に歩み寄った。
真子は、まさちんに一枚の紙切れをピラピラと見せた。
それは、例の会議の連絡書。出欠の報告、議題内容など、重要なことが書かれているものだった。

「今度こそ、出席してくださいますよね」
「…って、私の名前書いて、出席に丸つけたのは、誰や?」

真子は、まさちんを睨み上げる。

「先日の幹部会で、全員一致で記入しました」
「…私、嫌や言うてるやんかぁ」
「駄目ですよ。今年度からは、きちんと出席する約束です」
「反古ぉ〜」
「駄目です」

まさちんは、力強く言って、真子から用紙を取り上げた。

「他の親分さんも、その気ですよ。組長が出席する日をお待ちです」

真子はふくれっ面。

「そんな顔をしても、出席は出席ですからね。むかいんからですよ。
 量は少な目で、栄養たっぷりだそうですよ。これを食べて、午後からも
 頑張って下さいね」
「ぶぅぅぅ」

真子は、ふくれっぱなしで席を立ち、ソファに腰を掛け、昼食を取り始めた。

「いただきます」

真子とまさちんは、手を合わせて、食べ始める。

「くまはちから連絡あった?」
「変わらないそうですよ」
「ふ〜ん。進展せず…か。ちゃんと休み取ってるんかなぁ」
「大丈夫でしょ。あいつは、倒れませんから」
「そうだけど…。心配だな」

真子は、箸をくわえたまま一点を見つめていた。


その噂のくまはちは……。



橋総合病院。
くまはちは、治療を終え、橋の事務室で、真北と橋の話を聞いていた。

「退院しても大丈夫や。だけど、三日後には、ちゃんと来いよ」
「はぁ…」

くまはちは、真北に頼まれた仕事(アルファーが襲われた事件)を極秘で調べていた矢先、アルファーを襲ったと思われる組織に接触、しかし、相手は、一筋縄ではいかない連中だった。
屋敷を爆破し、連中は、一人を残して、逃走。
その一人と格闘したくまはちは、左腕を切られ、重傷を負い、入院していた。
もちろん、その一人を引っ捕らえた真北。しかし、その男は、取り調べの最中に、銃弾に襲われ、即死。真北は、辛うじて怪我はしなかったものの、事件が迷宮入りになってしまったことに憤りを感じていた。

「…で、真子ちゃんには?」

橋は、診断書を書きながら、真北に尋ねた。

「内緒なんだけどな、恐らく、何かを掴んでるかもな」
「真子ちゃんやもんなあ。なんでもお見通しやしな。で、その後は?
 くまはち、動かすな。治りが遅なる!」
「すみません…」

くまはちは、怪我をした腕を動かしていた為、橋の思いっきり怒られてしまう。

「迷宮入り。後々、何か起こらなければいいんだがな…」
「そう願うよ」

橋は、真北に診断書を渡した。
真北は、手に取り、じっくりと見た後、四つ折りにして懐になおした。

「服で隠れるけど、もう暫く、真子ちゃんと顔を合わすなよ」
「無理ですよ。組長、心配なさっているようですから。これ以上、顔を
 合わせなかったら、余計に怪しまれますし、真北さんに突っかかりますから。
 …覚悟はできてますよ」

くまはちは、微笑んでいた。



帰宅途中の真北の車の中。

「…ほんま、悪かったな…」
「気になさらないでください。いつものことですから。…しかし…、
 予期できないことでした。…相手は、世界を渡ると言われる組織でしょうね」
「…恐らくな」

赤信号で車が停まった。横断歩道を歩く人たちを眺める真北。くまはちは、ふと歩道に目をやった。

「…組長?!」
「は?」

くまはちの言葉に振り向く真北。なんと、歩道を真子が歩いていた。隣には、一平が!

「…デートだなぁ」

真北は、しみじみと言い、そして、フッと笑みを浮かべて、

「恋人…取られたよ」

呟いた。

「私が、行きます」

くまはちは、シートベルトを外し、ロックを解除、そして、ドアを開けようとした。

「やめとけ」
「真北さん…。怪我のことなら、ご安心を…」
「ちゃうちゃう。よしのが付いてるよ」

真北は、くまはちの言葉を遮るように言い、顎を差した。真子と一平から、少し離れたところをよしのが、警戒しながら歩いていた。
信号が青になった。

「行くぞ。ベルト!」
「は、はい…」

くまはちは、急いでベルトをして、前を向き、バックミラーで真子を見守る感じでいつまでも、見つめていた。
真子は、楽しそうに一平と話し、そして、時々、後ろに付いてくるよしのにも話しかけていた。

「ランドの話やろな」
「えぇ」
「楽しかったもんな」
「はい。遊園地なら、何度か行ったことありますが、乗り物には
 乗らなかったので、新鮮でしたよ」
「…俺もだよ。いっつも、乗らずに、見届けていただけだからな」
「そうでしたね」

くまはちは、俯き加減に言って、目を瞑った。

「大丈夫か?」
「えぇ。家まで、眠ります」
「薬効いてきたか」
「そのようですね……」

くまはちは、寝入ってしまった。真北は、優しい眼差しでくまはちを見つめ、頭をそっと撫でた。

「色々と参ってるようだな…。真子ちゃんに、怒ってもらおうかな」

夕焼けが眩しい頃、真北とくまはちは車で、真子と一平は、よしのの護衛で電車で帰路に就いていた。

須藤が、まさちんにこっそりと耳打ちしていたのは…

『一平が夕方、ビルに寄って、組長と帰るって言うんだよ。どうしたらいい?』

須藤は、何を困っていたのか…。




真子の自宅。
辺りが暗くなった頃、真北の車が駐車場へ入っていった。車がバックを始めたことで、目を覚ますくまはち。

「到着ですか…」
「あぁ。大丈夫か? ふらふらっぽいぞ」
「はぁ、なんとか…」

珍しい光景が、見られた。
車のドアを開けたくまはちは、ゆっくりとした足取りで車から降りたが、その場に座り込んでしまう。

「無理するなよ」

真北は、くまはちに肩を貸し、玄関まで歩いていった。

「お疲れさまです…って、くまはち、退院して大丈夫なんですか?」

帰宅していたぺんこうが、慌てて手を差し出した。

「組長にばれると厄介やからって、無理して退院や。
 まぁ、大丈夫なんやけどな、橋の差し出した薬やろ」
「それで。…二階まで、私が。食事の用意はできてますよ」
「はいよ。よろしく」

ぺんこうは、真北と肩を替わり、くまはちを支えながら、二階へと上がっていった。二人の姿が見えなくなるまで見届けた真北は、リビングへ入っていった。



真子と一平、そして、よしのが、自宅最寄り駅の改札から出てきた。

「じゃぁ、一平くん。あんまし、無理したらあかんよぉ」
「それは、真子ちゃんだよ。俺が誘わなかったら、ずっとビルやったろ?」
「はぁ、まぁ…ね」

真子は、頭を掻いていた。そんな仕草に一平は、微笑む。

「…家まで送るよ」
「えっ? …いや、その、すぐだし…。一平くんとは、反対方向だよ」

真子の言葉を聞いているのかいないのか、一平は、真子の家の方へと歩き出した。

「男が送らな、あかんやろ。それに、今日は、誰もおらんやろ?」
「…うん…」
「行くで」

真子は、一平の言葉に甘えた。そして、二人は、並んで歩き出す。もちろん、少し離れた場所で待機していたよしのも、二人を追うように歩き出した。



「あっ、ここやろ、野崎との待ち合わせの場所」

真子の自宅からすぐのところにある公園の前を通りかかった時、一平が、突然、話を切り替えた。

「そうやで。ようわかったなぁ」
「二人の話によう出てたもんな。ほな、すぐそこやろ?」
「うん。寄ってく?」
「えっ、いや、それは、困る」
「なんで? 折角ここまで来たのに。だって、初めてやろ?」
「そうだけど…」
「大丈夫だよ。ぺんこう帰ってるだろうから」
「先生おったら、よけいにあかんやろ」

一平は、何か焦っている…。
一平の焦る様子を後ろから見ていたよしのは、吹き出すように笑った。

「よしのさぁん、笑わないで下さいよ」

一平が振り返りながら、怒っていた。

「すんません、坊ちゃん。お気持ちが解るだけに…」
「ごめん、私、何も考えてなかった…」

真子は、状況を把握したのか、照れたように赤くなっていた。

「あっ、でも、真北さんも居るから…。…ご飯食べてく?
 ぺんこうの料理だけど…」

真子は、駐車場に真北の車が停まっているのを確認して、一平に言った。

「おかんが、待ってるし…」
「ここまで送ってもらったのに、何もせずに、帰すのは、私が怒られるよぉ。
 上がってって。おばちゃんには、電話したらええやん」
「いや、でも、その…親父が…」
「…一平と真子の仲に、なんで、須藤さんが関与するんよぉ。
 命令すんでぇ!!」

真子は、時々、一平とふざける際に使う『組長命令』。それは、二人の仲だから出来ること。二人にとっては、『冗談』のつもりだが、よしのには、違っていた。
顔が引きつっていた…。

「たっだいまぁ」

真子は、元気な声で玄関を開けた。

「お帰りなさい…一平君、わざわざ、ここまで…ありがとう」

真子を迎えに出てきたのは、真北だった。

「こんばんは」

一平は、丁寧に挨拶をした。

「ご飯食べるように言ったんだけど、すぐ帰るって…」
「遠慮せんと、上がって。…よしのもや」

真子と一平の後ろの方に、姿を隠すような感じで立っているよしのに声を掛けた。よしのは、一礼して、玄関へ歩み寄る。

「おじゃまします」

一平は、真子に手を引っ張られながら、家に上がってきた。よしのは、少し遅れて、真北に深々と頭を下げて、家に上がる。

「普通にしろよ」
「はぁ…」

苦笑いをしながら、リビングへ入っていくよしの。



くまはちの部屋。
ぺんこうは、くまはちの着替えを済ませ、くまはちをベッドに寝かしつけた時、階下の騒がしさに気が付いた。

「…ぺんこうぅ、組長、帰ってきたんだな…。一平くんと
 一緒か…?」
「…一平くん??? そういや、別の声がしてる。行って来るよ。
 大丈夫かぁ?」
「あぁ、寝てたら、大丈夫や…ありがとな」

寝入るくまはちを優しい眼差しで見つめながら、ぺんこうは部屋をそっと出ていった。階下に降り、リビングへとやって来る。
キッチンでは、真子と真北が、どちらが食事の用意をするのかで、もめていた。

「いいから、私がするって。真北さんは、座っててよぉ」
「それは、私が」
「だって、私のお客様なんだよ」
「それでも、あの…ね」

真子と真北のやり取りをリビングで見ている一平とよしのは、口をあんぐりとしていた。そこへ、ぺんこうが登場。

「何やってるんですか?」
「ほへ!?!」

真子と真北は、同時に声を挙げた。そして…。


テーブルに着く、真子、真北、一平、そして、よしの。四人の前に料理が差し出された。

「へえ、山本先生、料理できるんや」
「一人暮らしは長いからなぁ」

二人のやり取りに業を煮やしたぺんこうが、夕食の用意を替わっていた。

「料理は一通りできるぞ。組長よりも……」

『も』の口をしたまま一カ所を凝視するぺんこう。…真子が睨んでいた…。

「…ぺんこうぅ〜、言い過ぎやでぇ」
「…さ、さぁ、食べて下さい」

ぺんこうは、その場を誤魔化すように料理を並べ始めた。

「いただきます」

真子と一平が、楽しく話ながら食べる中、真北とぺんこうは、二人の会話を微笑ましく聞いていた…が、よしのだけは、緊張したままご飯を口に運んでいた。

おやっさんの家よりも、緊張するよ……。

「よしのさぁん、もっとのんびりしていいのにぃ」
「いや、しかし、その…」

よしのは、真北をちらりと見て、そして、ぺんこうを見た。
ぺんこうは、優しく微笑んでいる。

…確か…こいつは…。

「山本先生、今の高校は、どうなんですか?」
「どうって?」
「ほら、俺達のような厄介な生徒とかさぁ」
「厄介というより、助かるっつーた方がええかなぁ」
「助かる?!」
「俺よりも正義感が強い生徒がおってなぁ。暴力沙汰が減った減った」
「それって、以前言ってた生徒?」
「あぁ。青野って言ってなぁ、組長そっくりなんだよ」
「青野ぉ?!???」

真子と真北は、同時に発した。

「ん? 何か?」
「いいや、何にも…」

真子と真北は、何か思い詰めた表情をしていた。

青野って…まさかなぁ〜。




真子と一平は、リビングで、AYAMAのゲームを楽しんでいた。そんな二人から、少し離れた場所で、見守るよしの。ぺんこうは、後かたづけを終え、チェックに入っていた。

「よしのさん、お茶、どうですか?」

ぺんこうは、振り返って笑顔で言った。

「いいえ、結構です」

よしのは、はきはきと返事をし、ぺんこうを睨んでいた。真子は、そんなよしのの雰囲気を怪しく思っていた。

「よしのさん…何かあるん?」

真子は、一平にそっと尋ねた。

「さぁ。先生が苦手なんとちゃうかな」
「学校、嫌いとか?」
「かもしれへん」

真子と一平は、微笑み合っていた。二人の会話が聞こえていたよしのは、複雑な思いを抱いていた。

「坊ちゃん、そろそろおいとましないと…」

一平は時計を見た。もうすぐ九時。

「こんな時間やん。真子ちゃん、そろそろ帰るわ」
「もうすぐ、まさちんが帰ってくるで。送ってもらいぃな」
「送ってきたのに、食事まで…そして、送ってもらうと、なんかさぁ」
「気にしない、気にしない」

そして、噂のまさちんが、帰宅する…。

「ただいまぁ…って、組長…?!??」

真子は、うるうるした眼で玄関に立つまさちんを見つめていた。



「ほな、真子ちゃん。またねぇ。ごちそうさまでした、先生」
「おう、また来てやぁ」

ぺんこうは、笑顔で言う。

「ごめんな、この休みは、仕事でね」
「ううん。気にせんといてや。また、ビルに行くし」
「次は、むかいんの店でってことで」
「野崎おらん時な」
「そだね。ほな、まさちん、よろしく!」
「はい」

まさちんは運転席から、少しふてくされたように返事をした。そして、真子が見送る中、車は出発した。いつまでも手を振る真子に声を掛けるぺんこう。

「入りますよぉ」
「はぁい。…ねぇ。ぺんこう」
「はい?」

玄関で靴を脱ぎながら、尋ねる真子。

「よしのさんに何かしたん?」
「いいえ、何も」
「なら、いいんだけど…」
「それよりも、組長、早く明日の準備しないとぉ」
「うん。…あっ、くまはちは?」
「疲れて、寝てます」

話ながらリビングへ入ってくる二人。

「また、真北さんは、くまはちをこき使ったやろぉ」

リビングにいる真北にふくれっ面で話す真子。

「使ってませんよ」
「もぉ」

真子は、リビングの片づけをしながら、ブツブツ言っていた。



まさちんの車が、須藤家の前に停まった。ちょうど、須藤も帰ってきた様子。車が一台停まっていた。

「ありがとうございました」

一平が、挨拶をしながら車から降りた。

「では」

まさちんは、軽く言って、玄関先にいる須藤に頭を下げ、車を出発させた。

「一平、結局は、お前が送ってもらったんかい」
「夕飯までごちそうになりましたよ」
「組長が?」
「いいや、山本先生の料理。真子ちゃんの料理なんて、恐れ多いやろ。
 むかいんさん直伝の味って聞いてるけどな。そんなんしたら、まるで
 俺の彼女みたいやないか」
「そうやな…。俺が、困る」

須藤は、本当に困っている様子。
このまま、付き合い始めて、そして…。

須藤の悩みをよそに、一平は、家へ入っていった。よしのに目をやる須藤。

「どした?」
「…いいえ、その…」
「あまりの変わり様に、驚いたってことか?」
「はぁ、まぁ…」
「だから、言っただろ? 今は、熱血教師だって。一平もお世話に
 なったんだからな。…あの時のあの姿は、目に焼き付いて、
 一生消えないけどな」
「えぇ」
「…俺よりも、水木やろな…」

須藤は、遠い目をしていた。

「おやっさん……」





まさちんが帰路に就いている頃、真子の自宅のリビングには、真北とぺんこうが、お茶を飲みながら、語り合っていた。

「よしの…覚えてるようだな」
「そのようですね。睨まれましたから」

ぺんこうは、俯き加減に言った。

「しゃぁないやろ。…組長は、知らん事やしな」
「えぇ。…俺には、組長の姿の方が、印象に残ってますから。
 …二度と…哀しませるような事は、したくありません」
「あぁ」

ぺんこうは、自分の両手を見つめていた。そんなぺんこうの姿を見て、真北は、安心したような表情を見せる。

「俺も、見たくないからな、真子ちゃんのあの姿は…。
 ま、今は、大丈夫だろうけどな。自分で解決できるようになったしな。
 お前も…気を付けろよ」

真北は、静かに言った。

「わかってますよ」
「で、組長は?」
「くまはちの側」
「…ばれへんか?」
「……ばれてました…」
「あちゃぁ、…俺が怒られるやないか…。…また、話してくれへんのとちゃうか?」
「いいんじゃないですか」

ぺんこうは、にやりと笑った。




くまはちの部屋。
真子は、くまはちのベッドの側に座り込み、ベッドに顎を置いて、くまはちを睨んでいた。
もちろん、くまはちは、起きている…。

「ったくぅ。真北さんも、橋先生も、どうしてそうやって私に隠すかなぁ」
「すみません…」

くまはちは、恐縮そうな表情をしている…。

「だから、無茶したらあかんよぉって言ったやろぉ」
「すみません…」
「充分、反省した?」
「はい」
「じゃぁ、この休みは、自宅療養ってことで」
「そ、それは、組長!! …いてて…」

真子の言葉に起き上がるくまはちは、痛み止めが切れていた。

「薬飲む?」
「大丈夫……」
「…には、見えへんで。ほんまは、退院も早いんやろ?
 …ったく、私が怪しむと思って、早めにしてもらったなあ?」
「はい…」
「怪しむ、怒るの前に、ちゃぁぁんと正直に話せばいいのに…」
「掃除機に?」
「…あのね…」

真子は、呆れたように項垂れた。くまはちにしては、珍しい言動…。

「痛み止め飲んで、寝てなさい!!」

真子は、薬と水をくまはちに差し出した。
くまはちは、素直に受け取り、薬を飲む。ちらりと見えた腕の包帯。真子は、すごく心配していた。

「これは、すぐに治りますよ」

真子の気持ちを察したくまはちは、笑顔で言った。

「うん…。…じゃぁ、お休み」

真子は、気を取り直して、優しく言い、くまはちに布団を掛けた。

「お休みなさいませ」

くまはちに応えるように笑顔を見せて、真子は部屋を出ていった。そして、そのまま自分の部屋へ入り、服も着替えずベッドに寝転び、眠ってしまった。




「ったく、ここまで疲れてるのでしたら、明日は休みにしますよ」

一平達を送って帰ってきたまさちんは、真子に報告しようと部屋へ入ってきたものの、ベッドの上で眠ってしまっている真子に驚いていた。そっと真子を抱きかかえ、寝やすい体勢に動かした後、布団を掛け、部屋を出ていった。





『お嬢様!!!』
『…死んじゃう…死んじゃうよぉ!! 猪熊のおじさんと小島のおじさんが…
 死んじゃう、死んじゃうよぉ!!』
『大丈夫です。大丈夫ですから!』
『ぺんこうも…みんなも…怖い…怖いよぉ!!!』


「!!!!!!」

真夜中。
ぺんこうは、目を覚まし、飛び起きた。
耳に付いて離れない、真子の恐怖に満ちた叫び声。

「くそっ!……!!!」

壁に拳をぶつけるぺんこう。唇を噛みしめ、必死で何かに耐えていた。
眠らせていた何かが、甦りそうな…そんな予感…。

その予感は、的中した…。



(2006.4.25 第四部 第二十四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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