任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第二十六話 教師・山本を探る

AYビル・会議室。

「では、他に意見がないんでしたら、終わりますよぉ」

真子の声と同時に、須藤達は書類を手に会議室を出て行く。真子も目の前に広がる書類を片付けて、

「まさちん、先に降りてるよ」
「はぁ」

会議室を出ていった。
エレベータホールで待っていた須藤、水木、谷川に追いついた。

「あれ、組長、事務室には寄らないんですか?」

水木が尋ねた。

「ちょっと下に用事ぃ」
「それはそうと、先日はお世話になりました」

須藤が、恐縮そうに真子に言った。

「それは、私の方ですよ。久しぶりに楽しく話せて嬉しかったですよ」

真子は、にっこりと笑って応える。
エレベータが到着し、四人は一緒に乗り込んだ。

「私の手料理じゃなくて、ぺんこうの手料理で悪かったなぁと
 思ってるんだけど…」
「組長の手料理をいただくなんて、恐れ多いと言って、
 それで、一平のやつ、あたふたしてましたよ」
「一平君って、高校生の頃と変わらないですね」
「いつまでも、子供ですよ。少しは組長を見習って、
 早く大人になってもらいたいですね」
「そんなことないぞ、須藤。こないだ観たとき
 大人っぽくなって、たくましく思ったけどな。
 あの頃は、子供子供してたやろ」

水木が二人の会話に割り込んでくる。

「毎日のように観ていると、変化に気がつかないもんですよ。
 ましてや、親はね。それに、親だけですよ。いつまでも、
 子供扱いしてるのは」

谷川が、まるで知っているような口振りで言った。

「だって、子供でしょ?」

真子が言った。

「ん? そうですね。ははは」

エレベータ内は笑いに包まれた。
一階に着いたメロディーが流れ、ドアが開く。そして、四人が降りてきた。

「…組長、やはり、これは、止めましょう」

須藤が静かに言った。

「なんで?」
「やはり、到着音は、『チン!』でしょ」
「いいやんメロディーでも。AYビルの名物にしようと思ってるのにぃ〜」
「……わかりました。では、我々は、これで。まさちんが来るまで
 いつものところで時間つぶしですね」

水木が、微笑みながら言った。

「当たりぃ〜。ほな、気ぃつけてなぁ。お疲れさま!」

須藤、水木、谷川の三人は、笑顔で真子と別れ玄関に向かった。真子は、受付でいつものように、足を止める。

「ほんま、楽しそうやな」

水木が、真子を見つめながら言った。

「お前、やめとけよ。痛い目に遭うぞ」

須藤が何かを忠告するような口振りで言うと、

「大丈夫やぁて」

水木は、ふざけたように応えた。

「ちゃうちゃう。桜さんや。お前、知ってるんか?」
「何が?」
「…ぺんこうに、目ぇつけてるらしいやないか…」
「ほんとか?」

水木の表情が焦ったようなものへと変わる。

その時だった。

「よぉ、須藤」

須藤は名前を呼ばれて振り返る。
見つめる先は、ビルの玄関。そこには、南川組組長・南川と松宮組組長・松宮が立っていた。

「南川…。久しぶりやのぅ。えらく貫禄ついて。十年以上になるか」

須藤が、懐かしそうな表情で応えた。

「お前もだよ。家族みんな、元気か?」
「あぁ」
「しかし、お前の笑顔、初めてみたよ」
「わしもじゃ。水木と谷川の笑顔も、初めてやな。いっつも睨みあっとったからのう」

松宮が言った。

「そうやな。…このビルで、やくざみたいな顔をしとったら、怒られるんでね」

水木が、笑顔のまま語り出す。

「って、やくざやろ? お前ら」

松宮が、呆れた顔で言った。

「このビルは、わしらだけが使ってるんじゃないからなぁ。
 一般市民も使ってるんでね。笑顔を大切にしろって、組長に」

須藤も笑顔を絶やさずに話していた。

「…気持ち悪いって。そういや、須藤って阿山組系だったよな」

南川が、須藤達の笑顔につられたのか、はにかんだ笑顔で言った。

「そうやけど。ところで、こんなところに何しに来た? 争いは御免やで」
「阿山組の組長さんに逢いに来たんだよ」

松宮は、強面のままだった。

「組長ですか? 組長…ねぇ〜」

そう言いながら、須藤が目線を送ったところは、真子がひとみと話し込んで、そこへ、掃除のおばさんと、休憩に入った警備の堂山が参加して、更に話が弾んでいる受付だった。須藤の目線に合わすように、南川と松宮が受付を観た。

「なるほどな。一般市民ねぇ。多いわけかぁ」

松宮が言った。



まさちんが、エレベータから降りてきた。そして、受付にちらりと目線を送る。

「…ったくぅ〜。組長!」

まさちんは、真子が受付で話し込んでいる姿を見て、怒り心頭。ずかずかと真子に近づき、襟首に手を伸ばした。

「いやぁん、まさちぃぃん」
「いっつもいっつもいつもいつも言ってるでしょ!!!!
 すみません。みなさん」

まさちんは、真子の襟首を掴んだまま、駐車場へ向かって歩き出す。真子は、嫌がりながら、ひとみ達に手を振っていた。ひとみ達は、真子の様子を見て、笑っていた。

「ほな、明後日ねぇ〜!」
「お疲れさま!」

真子は、ひとみに言った。そして、まさちんの手を払いのけようともがいていた。

「まさちんさん、放してあげなよ!」

堂山が、笑いながら、言った。

「だめです!! みなさん、お仕事中なのに、いっつもいつもぉ〜!!
 あれ、須藤さんたち。まだ、こちらに。……松宮さんに、南川さん…」

まさちんは、真子から手を放した。真子は、服を整えながら、玄関先に突っ立ったままの須藤達を観て、不思議に思い、尋ねた。

「…どうしたんですか、ここで」
「えっ、その…」

須藤がちらりと目線を移した先にいる人物は、まさちんを見て、話しかけている。

「阿山組のぉ、…ちょうどよかったよ。組長さんおられるかな」
「南川さん…。組長、おられるか…って言われましても…」

目の前にいるんだが…。

まさちんは、返答に困ってしまう。

「次の会議には、どうしても参加していただかないと本当に、
 大変なことになりますよ」

…やば…。

真子は、まさちんと話す南川の言葉を聞いて、そっと後ずさりを始めた。

「どういうことですか、組長〜」

水木が真子の進路を遮るような感じで立ちはだかる。

「先日の会議は、必ず参加するとおっしゃっておられたのに、
 参加してなかったんですか? 組長。どうしてですかねぇ、組長〜!!」

谷川が、真子の前で仁王立ち。

「組長って???」

南川と松宮は、声を揃えて驚いていた。
目の前にいる、一般市民の女性。
その女性に向かって、水木と谷川が強調して言っている『組長』という言葉…。

「まさか…」
「この女が?」

南川と松宮は、突拍子もない声で、言った。

「は、初めまして…。阿山真子です…はい」

真子は恐縮そうに言って、はにかんだ笑顔を向けていた。

「組長!!!」

水木と須藤の怒鳴り声が、一階に響き渡った……。




水木と須藤、そして、谷川は、地下駐車場へ降りてきた。そして、須藤の車に乗り込む。

「…あれは…」

水木が、目をやったところ。そこには、松宮組と南川組の組員達が、車から降り、殺気立っていた。

「どうする〜、須藤」
「さぁなぁ」
「ぴりぴりしとんぞ。水木ぃ」
「そういうなら谷川が、なんとかせぇよ」
「場所が場所やから、そうなってるだけちゃうか?」

須藤はそう言って、車を発車させた。

須藤の車が去っていった後、殺気立っている二つの組の組員が、エレベータに乗って、三十八階へ向かっていった。




三十八階に到着したエレベータから、強面の男達が降りてきた。

「なんやわれ」

エレベータの前で見張りをしている須藤組組員の一人が、男達を見て、怒鳴りつける。

「うるせぇ。組長を返せよ」

そう言って、須藤組組員の胸ぐらを掴みあげるのは、松宮組組員の森下だった。

「誰だよ、あんたらは」
「松宮組の森下だよ。組長が戻って来ないんだけどなぁ、
 まさかと思うけど、あんたとこの組長が、拉致してないか?」

森下は、須藤組組員を蹴り上げた。それが合図となったのか、須藤組組事務所から、組員がわんさか出てきた。そして、お互いがもみ合い始めた。

「なんだよ、この塊はぁ」

そう言って事務所から出てきたのは、よしのだった。よしのは事態を把握したのか、両手を広げて、怪しい団体を止めようとしていた。


「あいつら…。松宮組と、南川組の…」

まさちんの声で、よしのが、振り返りながら、言った。

「組長を返せと言ってます」
「なんでやねん…ったく…」

まさちんが呟いた。その時、全員、動きを停めた。
まさちんは、振り返る。

「組長」
「まさちん、一体何が起こってるんだよ」
「それが、松宮さんと南川さんを返せと…」

真子は、呆れた表情になる。松宮組の森下が、銃を懐から取り出して、真子に向けていた。

「わしらの組長を、返してもらおうか?」
「…単なる話し合いをしているのに、そんな物騒なものが出てくるわけ?」

森下は、よしのを押しのけて、更に真子に近づいてきた。
まさちんが、真子の前に出てきたが、真子は、まさちんを押しのけて、前に出た。

「組長!」

森下は、真子を睨む…。
真子は、笑顔で森下を見つめていた。

「…あんたが、阿山真子でっか。ええとこに出てきましたな。
 …タマ、とれ、言うてるもんでっせ」

松宮は、真子の額に銃を突きつけた。それでも、真子は笑顔だった。

「…松宮さん、今日は、殺し合いに来たんですか?」
「…森下、…誰が、そんなもんを出せと言った?
 誰が、タマとれ、言ったんだよ…」

松宮が言った。

「しかし、組長!」
「…ということだ。それを納めてもらおうかな? も・り・し・たさん!」

真子は、笑顔を絶やさずに、額に当たる銃口に手を当てた。
森下は、そんな真子の笑顔に、少し恐怖を覚える。
銃を懐に、そっとしまい込む。

「まさちん、お茶、追加ね」

そう言って、真子は、部屋に戻っていった。

「かしこまりました」

そんな二人のやりとりに、呆気にとられている松宮達。真子に続いて、まさちん、南川と松宮、そして、ゾロゾロと部屋に入っていく松宮組と南川組の組員達。

「…ったく、組長の考えは…わからないな…」

よしのは、静かになった廊下に立ちつくし、真子の事務室の方を見つめて呟いた。





誰も居なくなった真子の事務室。真子は、ソファに腰を掛け、大きく息を吐いた。
オレンジジュースがテーブルに置かれた。

「ありがと」

真子は、目の前に置かれたジュースに手を伸ばし、口に含む。

「組長、いくらなんでも、あの距離は、無理がありませんか?」

まさちんが、心配そうに口を開く。

「あの発言のあとでしたので、私、気が気でありませんでしたよ」
「ごめんごめん。心配掛けて。…実は、まさちんが側にいたから、
 安心していたんだ…。だめだった??」
「組長…」

真子の発言に呆れたような驚いたような感じで、まさちんは項垂れる。

「あーーー!! 駄目だ駄目だ! 平和ボケしてるのは、私の方だね。
 自分の身を他人任せにするとこだった」
「組長、私を他人扱いしないてください」
「まさちん……」
「ところで組長、これからなんですが…」

まさちんは、懐から小さな紙切れを取りだし、真子に見せた。

「あぁ〜!! 行く! 観に行く!!」

真子は、まさちんが片手に持っている物を見て、嬉しそうに叫ぶ。
それは、今、話題の映画のチケットだった。
真子の喜ぶ表情を見て、まさちんは、優しく微笑んでいた。
そして、二人は、映画館へと向かって行った。



指定席に座り、映画を観る体制に入っていた真子に、まさちんが話しかける。

「久しぶりですね」
「ん?」
「こうして、組長と映画を観に来るのは」
「ほんとだね。んで、チケット、どこで手に入れたの? それも、こんないい席」
「須藤さんからですよ。なんでも、ここの関係者の手助けをしたら、くれたそうで」
「一平くんに渡せばいいのにね」
「私もそう言ったんですけど、一平君はこの映画をもう、観たそうで、
 組長にと一平君が、おっしゃったそうですよ」
「いつまでも、優しいね、一平君は」

素敵な笑顔で真子が言った。
まさちんは、真子の言葉に、何故か、嫉妬していた。

…あかんあかん……。

まさちんは、頭に過ぎった考えを、首を振ることで否定した。
館内が暗くなり、映画が始まった。





寝屋里高校。
グランドで、体育の授業をしているクラス。真面目に取り組む生徒、ただ突っ立って、友達としゃべくりしている生徒などなど、まちまちだった。なのに、体育教師ときたら……。

「…絶対、おかしいやんな」
「やんなぁ。何かあるんかな」
「恋の悩みちゃうか」
「なんでぇ」
「先生の恋の話、聞かへんもん」
「そやけど、好きな人おるんちゃうん」
「…叶わぬ恋やろ」
「そうやろなぁ。好きな相手は、親分なんやろ?」
「うちら、ようわからん世界やけど、ドラマ観とったら、そうやんな」
「御法度…っていうんやっけ」
「…あれ、阿山先輩って、先生の教え子やろ?」
「先生は、家庭教師しとったって」
「まぁなぁ」

女生徒達が、見つめる先。
そこは、フェンスにもたれて、腕を組み、少し俯き加減で口を尖らせて、何かを考え込んでいるぺんこうだった。
色々とシミュレーションをしているのか、時々、指先が動いている。

「よし。おおい、集まれぇ〜」

ぺんこうは、グランドの生徒達に声を掛けた。

「…なんや、悩んでないやん」
「結局、先生なんやなぁ」
「ほんま、真面目やねんからぁ」
「…授業やからな」

女生徒たちの噂話は、ぺんこうの耳に聞こえていた様子。
女生徒達に真剣な眼差しで、注意するぺんこう。女生徒たちは、しまった、という感じで舌をぺろりと出していた。



放課後・職員室。
ぺんこうは、机で、書き物をしていた。

「おしまい」

そう言って、机の上を片づけ始めた。立ち上がり、ふと窓の外を眺める。
ぺんこうの目は一点を見つめていた。
ぺんこうが見つめる先…そこには、高級車が一台停まっていた。

「今日もですか」

ぺんこうの隣に立って、同じように外を眺めながら、話しかけたのは、数学の教師だった。

「ん? あ、あぁ…」
「一体、誰なんですか? これ系の方でしょ?」

数学の教師は、頬に薬指を当てていた。

「えぇ」
「何かあるんですか?」
「…迫られてますよ」

ぺんこうは、ため息を付きながら言った。

「またまたぁ。山本先生は、そっち方面には関心ないんでしょうがぁ」
「…そうしてるだけですよ」

ぺんこうは、微笑んでいた。

「ひやぁ、その微笑みが、女生徒に人気があるんでしょうなぁ。
 俺も、真似しようっと」
「…あのね…」

ぺんこうは、呆れたような感じで、席に着き、荷物を持った。

「ほな、お先です」
「お疲れさまぁ」

ぺんこうは、職員室を出ていった。


靴を履き替え、玄関から外へ出た。そして、門へ向かって歩き出す。門を出るとき、ふと高級車を見つめる。ドアを開ける気配は感じない。

「今日は、大丈夫か…」

ぺんこうは、そう呟いて門を一歩、出た時だった。

「……桜さん、危険ですよ…」

ぺんこうの視野の端に、一人の女性が門の横の壁にもたれる感じで立っているのが映っていた。

「はぁい、ぺんこう。待ってたでぇ」
「はぁ…」

ぺんこうは、肩の力を落とした。そんなぺんこうの腕に腕を回す桜。

「今日こそは、付きおうてやぁ。ここんとこ、ずっと車やったろ?」
「…明日から、ずっと車にします」
「あかんでぇ」
「ですから…私は……」

ぺんこうは、桜の腕から自分の腕を抜いて、桜を突き放した。

「いやん、ぺんこう、冷たいなぁ〜」

桜は、ふくれっ面になりながらも、ぺんこうに抱きついた。

「桜さん!!」

桜は、ぺんこうに抱きついて離れない。

「生徒達に観られますから…」
「それが、嫌やったら、付きおうてやぁ」

ぺんこうは、痛いところを突かれる…。

「…わかりました」
「ほな、行こか」

桜は、嬉しそうな顔でぺんこうの手を引いて、車に向かって歩き出した。
項垂れているぺんこうを職員室の窓から眺めているのは、数学の先生の他、英語の先生、国語の先生の男連中だった。わざわざぺんこうより遅く残っていたのは、ぺんこうと桜のやり取りを見たかったようで…。

「山本先生、断れなかったみたいやな」
「ええんかな」
「ええんちゃうか。弾けへんからなぁ、山本先生は」
「真面目やもんなぁ。誘っても行かへんし」
「ほんまやな。明日、どうやったか、聞いてみるかぁ」
「楽しみやぁ」

それぞれの先生は、怪しく笑いながら、帰る用意をはじめ、一緒に職員室を出ていった。





ぺんこうは、桜と後ろの座席に座っていた。少し距離を置いて、座っているぺんこう。

「もっとこっちに寄ってんかぁ」

そう言いながら桜は、ぺんこうに寄っていく…。

「さ、さ、桜さん!! 来ないでください!!! 飛び降りますよ!!」

ぺんこうは、ドアに手を掛けた。

「あかんって。危ないで。…わかった、近寄らへんから。
 そんかわり、約束してんか」
「何をですか!」
「…今夜は付き合うって」
「明日仕事ですよ」
「送ったるから」
「明日の準備もありますから」
「そんなもん、うちのマンションでしぃや」
「…って、マンションに向かってるんですか!?」
「当たり前やん。わからんかったんか?」
「……停めて下さい」

ぺんこうは、運転手に声を掛けた。しかし、運転手は、ぺんこうを無視して、スピードを上げる。

「あ、あの…」

ぺんこうの言葉は、空振りに終わった。



車は、桜のプライベートマンションの一つ、都会にあるマンションの駐車場に入っていった。エレベータホールの前に停まる車からは、桜が降りてきた。反対側のドアを開け、ぺんこうの腕を引っ張って、車から降ろす桜。

「諦めや」

桜は色っぽい声でぺんこうに迫る…。そして、オートロックの暗証番号を押し、ドアを開けた。桜は、ぺんこうの腕をしっかりと掴んだまま、エレベータに乗り込んだ。
『5』のボタンを押す。
エレベータが上昇する重圧を体に感じるぺんこうは、この場をどうやって逃げるか考えていた。しかし、桜は、何が何でもぺんこうを離そうとしなかった。
五階にエレベータが到着した。桜に腕を引っ張られながら、エレベータを降りたぺんこう。
508と書かれたドアの前に立った。桜は、ドアノブを回す。

「って、桜さん?」
「ん? なんや?」
「鍵…掛けないと、危険ですよ」
「ええねんって。大丈夫やもん」
「オートロックでも、危険ですよ」
「そうやなぁ、次から掛けとくわぁ。入ってんかぁ」

桜は、ぺんこうを強引に部屋へ押し込んで、自分も入って鍵を掛けた。


桜は、怪しく微笑んで、何かを見下ろしていた。そこには、押された弾みで座り込んでいる、ぺんこうの姿が…!

「あ、あの…さ、桜…さ…ん?」

桜の手が、ぺんこうの顎に伸びていった。





真子の自宅。
真子がリビングへ降りてきた。

「あれ、ぺんこうは?」
「まだ、帰ってませんよ」

キッチンで、夕飯の支度をしているむかいんが、応えた。

「今日は早いって言ったのにね」
「AYAMAの仕事ですか?」
「そう。ぺんこうに向いてるやつだからね」
「私も参加させてもらえませんか?」
「ええん?」
「えぇ。今日は、戻りませんから」
「じゃぁ、お願いする!」

そう言って、真子は、キッチンへ入り、むかいんの手伝いを始めた。

「ありがとうございます」

むかいんは、笑顔で言った。





桜のプライベートマンション。
ぺんこうは、ソファーに座って、仕事をしていた。桜が、それを覗き込む。

「へぇ、そんなんしてるんや。…うち、全然わからんわ」
「簡単ですよ」
「ふ〜ん。五代目は、確か、ぺんこうの生徒やったんよな」
「えぇ」
「どんな生徒やったん?」
「真面目で優秀な生徒でしたよ」

ぺんこうは、微笑んでいた。
桜は、そんなぺんこうの微笑みにドキッとした。
ぺんこうは、仕事を終え、片づけ始めた。それを観た桜は飲み物の用意を始めた。

「飲んでんかぁ」
「…飲めませんよ。弱いですから」
「そう見えへんけどなぁ」

桜は、グラスをぺんこうに差しだし、アルコールを注ぐ。桜は自分のグラスにも注ぎ、勢い良く飲み干した。

「なぁんもせぇへんって。飲むだけでええからぁ」

その言葉を聞いたぺんこうは、グラスに手を伸ばす。

「…これ飲んだら、帰りますよ。組長が待ってますので」
「そうかいなぁ。五代目と約束しとったんか。堪忍な」

桜は、ちょっぴり残念そうな顔をした。
ぺんこうは、一気に飲み、荷物を持って立ち上がった。

「御馳走様でした。では、失礼します」

ぺんこうは、静かに出ていった。
桜は、ぺんこうを見送り、グラスにアルコールを注いだ。そして、にやりと笑みを浮かべた。

「ちゃぁんと荷物は確認せな…な」

桜は、服のポケットから何かを取りだした。それは、免許証入れだった。





次の日の朝。
ぺんこうは、部屋で何かを捜していた。腕を組んで、口を尖らせ、何かを思い出そうとしているのか、眉間にしわが寄っている。

「…ま、まさかね…」

ぺんこうは、ちらりと時計を見た。

「…やべ、遅刻…。くまはちぃ!!」

ぺんこうは、荷物を持って、部屋を飛び出し、下へ降りていった。

「なん?」

リビングから、くまはちが出てきて、玄関で慌てて靴を履くぺんこうに尋ねた。

「悪い! 送ってくれ!」
「どしたん、お前にしちゃぁ、珍しい」
「免許が見あたらないんだよ。時間ない、はよぉ!」
「はいはい」

くまはちは、車のキーを玄関にあるキーボックスから取りだし、慌てて飛び出すぺんこうに続いて外へ出た。



くまはちの車の中。

「休みに悪いな」
「俺は、一向にかまへんで。動いてる方が性に合ってるからな」
「…そうやな。動き回ってるお前を見る方が、俺は好きや」
「…どうしたんや? なんか、ぺんこうらしくないな」
「そうか?」
「何か遭ったんか? 昨日も少し遅かったみたいやけど」
「別に何もないんやけどな」
「ならええねんけど、組長にだけは心配掛けんなよ。俺やまさちん、
 むかいんは、かまへんけどな」
「ありがとな」

車は、寝屋里高校の前に到着した。ぺんこうは、急いで車を降りる。そして、軽く手を挙げながら、校門をくぐっていった。

「ぺんこう!」

くまはちは、窓を開けて、ぺんこうを呼び止めた。

「あん?」
「帰りはええんか?」
「何時になるか、わからん。頼んでええんか?」
「かまへんで」
「いつもの時間に来てくれ。中に停めてええから」
「わかったよ。ほなな!」

ぺんこうとくまはちの会話を早めに登校する生徒達が、聞いていた。ぺんこうは、生徒達の目を気にして、早く去るように手で合図し、玄関へ走っていく。くまはちは、ぺんこうを見届けた後、車を発車させた。
反対側の道路を高級車が一台走ってきた。
いかにも同業者が乗ってますという雰囲気の車。
くまはちは、少し気になりながらも、帰路に就いた。


「今の車…」

くまはちとすれ違った高級車の運転手が、呟いた。

「くまはっちゃんやろ。…帰りもやろな。今日は、ええわ」

車の後ろの座席に座っているのは、桜だった。桜は、何かを持っていた。
それは、免許証入れだった。
その免許証入れを開く。

「ったく、ぺんこうも入れてんねんな」

その免許証入れは、ぺんこうのものらしい。
桜は、ぺんこうと腕を組んだ時に、擦り取っていたのだった。
ぺんこうの免許証と一緒に、一枚の写真が入っていた。
それは、真子の大学入学式の時の写真だった。大人っぽい服装で、真子独特の笑顔の写真。もちろん、それと同じ服装でツーショットの写真を見たことがある桜。
ちょっぴり妬いていた。

「姐さん。それ、返さないと、五代目に知れた時、大変ですよ」
「大丈夫やぁ。それより、今日は、家に帰ってんか」
「かしこまりました」
「たまには帰らな、あん人、怒るやろ」
「…それは、ないかと…」
「なん? まさか、あん人も、帰ってへんの?」
「姐さんがお戻りにならない日は、そうですよ」
「そうかいな。ほな、今日は、戻るんかな?」
「今日は、お店に大事な客が来られるとか…」
「ほな、うちも顔出そか」
「あっ、でも、それは…」

運転手の焦った言い方で、何かを悟った桜は、携帯電話で、どこかに連絡を入れた。

『…姐さぁん、駄目ですよ!!』

小声で電話に出たのは…。

「まさちん、今日、時間あるか?」
『すみません、今日は、無理です…。組長の目、光りっぱなしなので…』
「そうかぁ。ほな、明日は?」
『明後日なら、大丈夫ですよ。いつも出掛ける日ですので』
「ほな、そうしよ。またな」

桜は電話を切り、嬉しそうに微笑んでいた。

「しゃぁないなぁ。あん人も楽しい時間過ごしたいやろて」
「姐さん、自宅でよろしいですか?」
「そうしてんか。今夜は宴会や! 準備しといてや」
「はい」

桜の乗った車は、水木邸へ向かって走っていった。





ぺんこうが言った、いつもの時間。
それは、真子が通っていた頃の合い言葉・下校時間の事。
くまはちは、時刻通りに寝屋里高校の門をくぐり、職員専用の駐車場へ車を停めた。そこは、ぺんこうの車を停める場所。エンジンを切って、座席を倒し、ぺんこうが終わるのを待っているくまはちは、たいくつしのぎに、バックミラーで生徒達が下校する様子を眺めていた。

「…あれが、ぺんこうの言ってた生徒かな…」

バックミラーに映った女生徒。活発そうな感じで、不良っぽい男子生徒と言い合いをしながら歩いていた。時々、男子生徒の腹部に、女生徒の拳が、飛び込んでいた。くまはちは、何かを思いだしたのか、フッと笑みを浮かべた。



職員室。
数学の先生が、窓の外を眺めながら、ぺんこうに話しかけた。

「今日は、来てませんね」
「しょっちゅう来られたら、大変ですから」

ぺんこうは、事務処理に追われている様子。

「今朝は、送ってもらったんですか?」
「まぁな。免許無くしてね」
「ほほぉ、あの後、そんなことを〜」

数学の先生は、何か勘違いをしているのか、顔がにやけていた。ちらりと数学の先生に目をやるぺんこうは、呆れたように、指を差した。

「違います。何もありませんよ」

ぺんこうの真剣な目に、真実を悟る数学の先生。

「なぁんやぁ、つまらんなぁ」
「何を期待してたんですか…って、昨日、観てたんですか?」
「唯一の楽しみやん。山本先生が、たじろぐ姿」
「あのねぇ〜」

そう言いながら、ぺんこうは窓に歩み寄り、駐車場を観た。
ぺんこうの場所に車が停まっている。
その車の窓が開き、手がスゥッと出てきた。そして、指が、三本立った。ぺんこうは、四本立てて返事をした。手は、スゥッと車に消え、顔が出てきた。

「げっ、キレかけ…」

車の窓から顔を出したのは、くまはちだった。サングラスに指をかけている。
くまはちがサングラスを外す寸前。
ぺんこうが、窓を開け、何かを言おうとした時だった。何人かの女生徒が、くまはちの車に駆け寄った。
くまはちは、慌てて顔を入れ、窓を閉める。

「くっくっくっく…助かった」
「どうされたんですか?」
「えっ、いいや、何も。早く仕上げてしまわないとね」

ぺんこうは、笑いを堪えながら、仕事をこなしていった。

それから、四十分後。
ぺんこうが、玄関を出て、くまはちの車に近づいた。くまはちは、ぺんこうの姿に気が付いたのか、車から降りて仁王立ち。
サングラスは外していた。

「暴力反対!」
「するかぁ、あほ」
「悪かったな。…っつーか、早すぎや」
「なんでやねん。いつもの時間や言うたやろ」
「…組長じゃなくて、俺のやで」
「…お前でも、そうやないかぁ!!!」

くまはちが、手を伸ばした時だった。数学の先生、国語の先生が、玄関から出てきた。

「山本先生、今、帰りですか?」

国語の先生が、声を掛けた。ぺんこうとくまはちは、少し焦ったような感じで振り返る。くまはちは、伸ばした手をそのまま、ぺんこうの荷物へと運び、荷物を手にした。
荷物を受け取る振りをして…。

「お久しぶりですね、えっと…真北の怖い方のお兄さん」
「こんにちは」

くまはちは、はにかんだ笑顔で挨拶をした。そんなくまはちの仕草がおもしろかったのか、ぺんこうは、笑い出す。
もちろん、くまはちの拳が、ぺんこうの脇腹に直撃。

「駅までどうですか?」

ぺんこうが、言った。

「お願いしてよろしいんですか?」
「えぇ。どうぞどうぞ」

ぺんこうは、くまはちの許可なしで、後部座席のドアを開け、先生方を招いた。ドアを閉めた時、くまはちの顔をちらりと見る。

「…ぺんこうぅ〜」

もちろん、くまはちは、怒りの形相。

「帰り道やないか。ええやろが」

そう言いながら、ぺんこうは、くまはちのポケットからサングラスを取りだし、くまはちに掛け、車の助手席に乗り込んだ。

「ったく、待たされた身にもなれよぉ」

ぶつぶつ言いながら、運転席に乗り込むくまはち。
本当に、待つのが嫌いだった…。




「そうですか。一緒に暮らしているんですか」
「こいつから、聞いてないんですか?」
「山本先生は、ご自分のこと、話したがらないのでね」
「こいつらしいですね」

くまはちは、笑顔で数学の先生と国語の先生と話し込んでいた。
周りは少し賑やかだった。
ここは、駅前の居酒屋。
ふてくされたように、三人から顔を背けて、水を飲むぺんこう。三人は、色々な話で盛り上がっていた。

「で、怖い方のお兄さんって、どういうことですか?」
「当時、女生徒の間では、そう呼ばれてましたよ。猪熊さんは、
 怖いお兄さんで、地島さんは、優しいお兄さん」
「優しいお兄さん?! なんじゃいそれ!」

ぺんこうとくまはちは、驚いたように同時に叫ぶ。

「いつも、怖い表情でしたから」
「それは、職業柄……!!」

と、ぺんこうが応えようとした時、くまはちのひじ鉄が、ぺんこうの脇腹に入った。
くまはちが、ぺんこうを睨み付ける。

本来の仕事は内緒だろがっ。

くまはちの目が語っていた。
ところが……。

「そうでしたね、真北さんの…ボディーガード」
「………御存知なんですか?」
「職員は、みんな知ってますよ」
「…お前なぁ〜」

くまはちは、ぺんこうの胸ぐらを掴みあげる。それを返すぺんこう。

「組長が本名で卒業したら、誰でもわかるわい!」
「その通りですよ」
「って、ことは、こいつのことも?」

くまはちが驚いたように尋ねると、

「えぇ」

二人の教師は、笑顔で応えた。

「でも、我々の前にいるこの方は、山本先生ですから」
「そうそう。真面目すぎる教師・山本ぉ」

二人の教師の言葉に、くまはちは、安堵感を覚えた。

「そうですよ。こいつは、真面目すぎる教師なんですから」
「ところで、山本先生のことに詳しそうな猪熊さん」

くまはちに小声で尋ねるのは、数学の教師。

「はい」
「山本先生の、こっち方面のお話を聞かせて下さいな」
「そうですね……」

くまはちは、殺気を感じ、ちらりと振り返る。
ぺんこうは、不気味に微笑んでいた。
その瞬間、くまはちは、襟首を掴みあげられた!

「暴力反対!! 教師が何すんねん!」
「お前は、別に決まっとろぉぉがぁ!!」

見事に強烈なぺんこうの拳が、くまはちの腹部に入る…。
くまはちは、前のめりになった。

「あ……」

ぺんこうは、気付くのが遅かった。
目の前に座るのは教師の二人。
すぅっかり忘れて思わず拳を…。

「あっ、いや、その…なんだかなぁ、はっはっはっは…」

笑って誤魔化すぺんこう。
教師二人は、何も見なかったというような素振りをして、飲み物に手を伸ばした。

「いやぁ、ほんと、素敵な先生ですよね」
「そ、そうですね。教師の鏡ですよ」
「あっはっはっは」

ちょっぴり不真面目な教師二人の乾いた笑いが聞こえていた。



水木の店。
そこには、真子とまさちんが、お客として訪れていた。
カウンター越しに楽しく話す水木と真子。
そんな二人の雰囲気に、どことなく嫉妬しているまさちんだった。
もちろん、それは、水木のまさちんに対する当てつけだが…。

真子が、違う男と話す姿を見て、嫉妬しているとは、まさちん自身、気が付いていなかった。



(2006.4.28 第四部 第二十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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