任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第二十七話 胸に秘められた思い

寝屋里高校・職員室。
ぺんこうが出勤してきた。

「おはようございます」
「おはようございます、山本先生。お話が」
「は? ほへっ?!?!」

ぺんこうは自分のデスクに着く前に、英語の教師に廊下へと連れ出された。


「実は、生徒達の間で、噂が広まっているんですよ」
「噂?」
「その……」

英語の教師は、ぺんこうに耳打ちする。ぺんこうは、眉間にしわが寄った。

「…で、私に、どうしろと?」
「山本先生にお願いできないかと思いまして…」
「どうして、私なんですか?」
「…その…いいにくいんですが…、大切な教え子さんの職業が…その…、
 そっち方面でしょう? …ですから…」

ぺんこうは、英語の教師を睨み付ける。
その目におびえる英語の教師だが、

「し、しかし…その…」

何やら諦めない様子。

「…難しい問題ですよ」

ぺんこうが静かに言った。

「どうしてですか?」
「もし、仮に、その噂が本当で、私が組長に相談するとしましょう。
 すると、相手が相手だけに、組同士の争いになる可能性があります。
 それだけは、避けたいんですが…」
「青野さんと連絡取れないんですよ。単なる噂とは思えなくて…」
「ふぅ〜〜。困りましたね…。わかりました。行方だけでも
 捜しておきますよ」
「お願いします。担任の私より、山本先生の方になついてますからね、
 青野は。なんででしょうか」
「さぁ」

ぺんこうは、職員室に入ろうとしたが、急に振り返った。

「言っておきますが、今回限りにしてくださいね。私は、あっちの世界とは
 縁を切りましたから」
「はい。わかっております」

英語の教師は、笑顔でぺんこうを見送った。そして、ふと何かに気が付いた。

「縁を切った?!????」



その日の夕方。
ぺんこうは、青虎組本部の前にやって来た。大きな門をくぐって、中へ入っていく。

「待てやぁ」

邸内を見回りしていた組員が、ぺんこうの姿に気が付いて、呼び止めた。

「なんやわれ」

凄みを利かせて尋ねてくるが、相手はぺんこう。

「寝屋里高校で教師をしてます山本と申しますが、虎来さんに尋ねたい
 ことがありまして…」

普通に尋ねていた。

「組長に何を尋ねるんや? それに、高校のセンコーが、何の用や!」
「ですから、尋ねたいことが…」

組員は、ぺんこうの胸ぐらを掴みあげ、睨み付ける。しかし、ぺんこうは、ひるみもせずに、ため息を付いて、組員を見つめた。

威嚇されてもなぁ〜。

ぺんこうが、そう思って、気合いを入れた時だった。

「何しとんじゃ」
「わ、亘理さん」
「…だれ、それ」
「高校の教師ですよ、組長に用事とか…」
「ど、どぉもぉ、亘理さぁん」

はにかんだ笑顔を向けるぺんこう。亘理は、組員が胸ぐらを掴みあげている人物の正体を知った途端、焦ったように駆けつけ、組員の手から、ぺんこうの胸ぐらを引き離す。

「あほ、お前、怪我すんぞ!」
「はぁ?」

組員は、亘理の言葉を理解できなのか、首を傾げる。亘理は、組員が尋ねる前に、ぺんこうを屋敷内へ案内した。

「なんで、センコーに怪我させられるんや?」

きょとんとしたまま、亘理が向かった方を見つめていた。




応接室に通されたぺんこうは、亘理に深刻な話を始めた。

「先生、確かに、その子と百貨店で逢って、家まで送りましたよ。
 でも、それは、10日前です。それから、逢ってませんよ」
「では、また別のやくざ?」
「しかし……」

亘理は、何か思い当たる節があるのか、考え込んだ。

「そう言えば、1週間前、変な手紙が届いた。女をあずかっている、
 そういう内容だったなぁ」
「女をあずかっている?」
「敵対している組からだったよ。だけど、俺達は、自分の身に災いが
 降りかからないように、あんまり女を寄せつけないようにしているんだよ。
 なのに、そんな内容の手紙を……」
「どこの組の者だ?」

ぺんこうの口調が変わった。
それは、『先生』から『やくざ』への変身だった。
亘理は、今まで普通に話をしていたぺんこうを見て驚いた眼差しに変わる。

「荒本組だよ」

静かに告げた。

「……まだ、対立しているのか?」
「はぁ?」
「早く手を打たないからこんなことになるんだよ! ばかやろっ!」

ぺんこうは血相を変えて部屋を飛び出していった。
亘理は何がなんだかわからない表情になる。

「女って、その子のことだったのか」

青虎組組長・虎来がやって来る。

「虎来、お前、聞いてたんか」
「流石、阿山組の者だな。たった、それだけの情報で
 そういう考えにもっていくんだからな」
「阿山組って、あの阿山組か? 阿山真子の…」
「阿山組って他にあるか?」
「ないな…。で、阿山組…???」

亘理は、疑問符だらけだった。

「あぁ。あの教師がな…って、気付いてなかったんか?」
「一般市民に手を挙げていると思ったからな……。
 ははぁん、それで、あの変身か。驚いたよ。急に変わったからな。
 で、どうする? 虎来」
「関係ないだろ」

虎来は、冷たく言い放った。それとは、反対に、亘理は、少し気がかりだった。




真子の自宅・リビング。
真子はAYAMAの仕事をしていた。

「なぁ、まさちん、これはぁ?」

真子の言葉に、顔を上げたまさちんは、

「ジャンプ」

短く応えて、再び戻る。
まさちんは、真子の代わりに、組関係の仕事中。
眉間にしわが寄っている…ということは、かなり深刻な内容の様子。
そこへ、ぺんこうが帰ってきた。

「お帰りぃ」

真子はテレビ画面を見つめたまま、言った。

「…組長、ご相談が……」

いつになく、深刻な眼差しと口調に、真子は手を止めて振り返った。


真子とぺんこう、そして、まさちんが深刻な表情をしてソファに座っていた。
ぺんこうは真子に、学校で受けた相談を話した。

「…解っているんですが……」

そう口にしたぺんこうは、目を伏せる。

「よその組の対立に手を貸せないよ。だけど、関係のない一般人が
 巻き込まれるのは、許されないなぁ。で、虎来さんは、なんて?」
「関係ない、と」
「正しい答えだね。確かに、その子とは関係ないもんね」
「だけど、ぺんこうの考えが正しかったら、どうするんですか?」

まさちんが尋ねた。

「家まで送ってもらったところを見て、『彼女』と
 勘違いしているという事だろ。しゃぁないなぁ。
 なるべく早めにと思うから、まさちん、明日の朝早くに行くよ」
「はい」
「ぺんこうも行くでしょ? 日曜日だし」
「はい。…組長、すみません」
「気にせんといて。相談してくれて、ありがと」

真子は、優しく微笑むが、ぺんこうは、ため息を付くだけだった。





青虎組本部。
まさちん運転の車が門の前に停まった。
いきなり同業者っぽい高級車が停まった事で、門番達が、一斉に車を囲み始める。一番はじめに降りてきたのは、ぺんこうだった。

「あっ、昨日のセンコー」

昨日の組員が居たようで、ぺんこうの姿を観た途端、指を差して、そう言った。

「おはようございます。虎来さん、居ます?」
「お前、昨日、来たやないか。まだ、用事なんか?」
「あっ、その、今度は、別に二人が……」

ぺんこうが目をやった先。そこには、車から降りてきたまさちんと、真子が立っていた。
二人の姿を見た途端、緊迫した状態になる門の前。

「おっはよぉ!!!」

その緊迫した空気を破るかのように、真子が明るい声で挨拶をし、門をくぐっていった。

「…あ、あ、阿山組や!!!!!」

その声と同時に、更に組員が集まり始めた。一度訪れたことのある青虎組本部。迷うことなく玄関まで脚を運ぶ真子達。
玄関先には、真子達を待っていたかのように、亘理が立っていた。

「ったく、あんたも無茶する奴だな」
「お互い様でしょ?」

真子は、亘理に、にっこりと笑って応える。

「どうぞ、こちらへ」
「お邪魔します」

真子達は、亘理に案内されて、奥の応接室へと歩いていった。



テーブルにそっとオレンジジュースとお茶が置かれる。
ぺんこう、真子、まさちんが並んで座る向かいには、虎来と亘理が座っていた。

「お話は、すでに、山本から聞いていると思いますが…」
「だからと言って、我々が行くことはないと思うよ」
「そう言うと思っていましたよ。それが青虎組ですから。だけど、
 一人の一般市民の命がかかわっているんですよ。
 放っておく虎来さんではありませんよね」

真子は、虎来に鋭い眼差しを向けた。

「えぇ。昨日、写真が送られてきてましたよ」

虎来は、写真を真子に差し出した。
真子の眉間にしわが寄った。
写真には、ぺんこうが心配している女の子が後ろ手に縛られ、殴られているのか、あちこちにあざがあった。
その写真を真子から奪うように取り上げたぺんこうが、立ち上がる。

「ぺんこう、早まるな!」
「しかし、組長」
「これは、青虎組と荒本組の問題だ」

真子は、静かに言った。

「私の…生徒ですよ」
「虎来さんに任せればいいんだよ。虎来さん、お願いします。この通りです」

真子は、深々と頭を下げた。

「組長……」

しばらく沈黙が続く。
真子は、頭を下げたままだった。

「わかりました。阿山さん、頭あげてください」

虎来が静かに言ったことで、真子は頭を上げた。

「虎来さんなら、そう言って下さると思いましたよ」
「阿山さんが来る前に、決心は付いてましたよ。この写真でね」

虎来の目は、殺る気に満ちている。

「でも、無茶はやめてくださいね」
「それは、わかりませんね」
「しかし、阿山さん、なぜ、そこまでその子に力を?」

亘理が尋ねた。

「ん? 私の後輩だからね。それに、先生に頼まれたから」
「組長、私は、何も…」
「私に話してくる段階で、頼まれたようなもんだって」
「はぁ…まぁ……」

ぺんこうは、頭を掻いていた。

「じゃ、帰ろっか」
「そうですね」
「朝早くに失礼しました」

真子は、深々と頭を下げて、去っていった。
虎来と亘理が、見送る中、真子達は、青虎組を後にした。

「やはり怖い女だなぁ」

亘理が、呆れ混じりに言った。

「決心が一日早くてよかったよ」
「そうですね。もし、渋っていたら、今頃…」
「そうだな」

虎来は、フッと笑って、屋敷へ入っていった。




車の中。
助手席に座るぺんこうは、終始俯いていた。

「だから、ぺんこう、大丈夫だから」
「…はい…」
「ったく。どしたん?」
「……免許証…」
「だからぁ、記憶をたどったらええやんかぁ」
「はぁ…」
「あかんわ…。免許証って、再交付してもらえるんやろ? まさちん」
「えぇ。…でも、こいつの落ち込みは、そっちじゃないと思いますよ」

運転するまさちんは、ぺんこうの落ち込みの原因を知っている様子。
ぺんこうは、後部座席の真子にわからないようにまさちんを睨み上げていた。
まさちんは、ぺんこうの目線を感じながら、少し横を向いて笑いを堪えていた。

『写真やろ?』

まさちんの口が、そう動く。
ぺんこうは、体の横で、静かに拳を握りしめ、今にも差し出しそうな雰囲気を醸し出した。そんなぺんこうの仕草に、まさちんは、笑っているのか、体が揺れていた。

「…どしたん、まさちん」
「いいえ、何も」

その時、まさちんの携帯が鳴った。まさちんは、電話を懐から出し、掛けてきたの相手を確認して、電源を押す。

「すみません、運転中です。…はぁ? はい。…ぺんこう、桜姐さん」
「俺?」
「あぁ」

ぺんこうは、不思議に思いながらも、まさちんが差し出す携帯電話を受け取り、応対した。

「もしもし」
『ぺ・ん・こ・う! 元気?』
「はぁ、まぁ。何ですか?」
『無くしたもん…あらへんかぁ?』
「…ま、まさか…」
『そのまさかやぁ。ごめんなぁ。もっと早くに気ぃついたら
 よかったんやけど、さっき見つけてんや。取りに来るか?
 こないだのマンションやから。待ってるで』

桜は電話を切った様子。

「姐さん、なんて?」

まさちんが、尋ねた。

「…いや、何も」

ぺんこうは、誤魔化した。
真子は、真剣な表情で、俯き、何かを考えている。

「組長?」

ルームミラーで、真子をちらりと見たまさちんが、真子の表情に気が付き、声を掛けた。

「ぺんこう、今日は、どうするん?」
「この道順だと、そのままビルに行かれるんですね?」
「うん」
「それでしたら、私は、隣の本屋で参考書を探してから、電車で
 帰宅します。今日は、遅くなりますか?」
「組関係だから、早めに切り上げるよ」
「組長ぅ〜」

真子の言葉にいち早く反応するのは、まさちんだった。

「今のところ、落ち着いてるんやろ?」
「本部のこともお考え下さい」
「山中さんからの報告を待てばええやん」

真子は、ふくれっ面になっていた。しかし、その表情にはどことなく、いつもとは違う雰囲気が醸し出されていた。
『五代目』としての雰囲気が……。

組長…? 何をお考えですか……?

真子の表情が気がかりなまさちんだが、何も言えず、車を運転していた。


ビルに到着した真子とまさちんは、玄関先でぺんこうを下ろし、別れた。ぺんこうは、その脚で本屋に入っていく。

「組長、どうされたんですか?」

地下駐車場に入っていく車の中で、まさちんが尋ねた。

「ぺんこう……」

真子は、そう呟いた。

「組長のお気持ちは、あいつにも伝わってますよ」
「……もう、戻って欲しくなかったから……。…私が出て…
 ぺんこう…怒ってたのかな…」
「どうしてですか?」
「だって……いつもと雰囲気が違ってたから…」
「大丈夫ですよ。組長が気になさる事じゃありませんよ、きっと」

まさちんは、真子が、先程の桜からの電話の事を悩んでいるのだと、思っている。だからこそ、そう応えたのだが、

「ねぇ、まさちん」
「はい」

真子が、静かに尋ねてきた。

「ぺんこう、何か隠してるよね」
「そのようですね。心配ですか?」

まさちんは、優しく尋ねる。

「うん。…桜姐さん、絡んでるのかな…」

寂しそうな表情に変わる真子。

「…到着しましたよ」

まさちんは、指定の場所に車を停め、真子に言った。
真子は、何も言わず、車を降りた。

組長……。

ぺんこうの事を心配する真子が気がかりなまさちんは、直ぐに車を降りて、真子を追いかける。そして、三十八階直通のエレベータの前にやって来た。

「あれ、今日は…」

受付に寄る気配を見せない真子に疑問を抱くまさちんは、何かに気が付き、携帯電話に手を伸ばした。

「…お待ち下さい」

まさちんは、電話の相手に告げた後、真子に携帯を手渡す。

「水木さんと繋がってます」

まさちんは、優しく微笑んでいた。真子は、そっと携帯を手に取り、微笑んだ。

「…ありがと。…もしもし、水木さん。大切なお話があるんですが…。
 ビルに到着したら、すぐに私の事務所に来て下さい。はい。
 お願いします」




ぺんこうは、電車で移動していた。そして、ある駅で降りた。
そこは、自宅最寄り駅ではなく、都会の雰囲気がする場所だった。足取り重く歩いていくぺんこうは、見覚えのあるマンションの前に立ち、見上げた。
目線は、五階。

「はふぅ〜」

ため息を付いたぺんこうは、オートロックの暗証番号を押し、中へ入っていく。そして、エレベータに乗り、五階へ降り立った。
コツコツと足音を立てながら、目指す先は、『508』。
ドアノブに手を伸ばし、ひねった。
鍵は開いていた。
ゆっくりと扉を開けると、そこには、露出度の激しい服装で立っている桜の姿があった。右手には、免許証入れを持ち、それを肩の辺りでちらちらさせていた。

「早かったなぁ。…やっぱし、これ……大事なもんなん?」

桜が、誘うような雰囲気で話しかけてきた。そんな桜に素敵な笑顔を向けたぺんこうは、

「ありがとうございます。預かっててくださったんですね。
 無くしてしまって、困っていたところなんですよ」

優しく応えた。

「…優しいな。上がりぃ。今日は休みやろ?」
「えぇ。ですが、それを受け取ったら、帰ります」
「…オートロックの番号、一発で覚えるなんてなぁ。流石、教師やな。
 それとも、うちのこと、惚れとるん?」

桜は、何かを企んだように微笑んだ。

「うち、こっから、動かへんで。これ、返して欲しいんやろ?
 上がってこな、手にできへんよぉ」

そう言いながら、ゆっくりと部屋の奥へ入っていく桜。
ぺんこうは、呆れたような表情でため息をついて、部屋へ上がってきた。その姿を見た桜は、怪しげに口元をつり上げた。




AYビル・真子の事務室。
水木と真子が、深刻な表情でソファに座っていた。

「噂は、耳にしてます。しかし、一度だけだと思ってました」
「私だって、桜姐さんのお得意とする冗談だと思ってるんだけどね、
 ぺんこうが、あまりにも困ってるから…」
「すみません…桜に、充分言っておきます」
「ぺんこうのことだから、まさちんみたいに、手を出さないと思うけどね。
 ほんと、ごめんなさい、水木さん」

真子は頭を下げていた。

「私、そっち方面には、疎いんで、その世界に関しては、ちょっと…。
 好きな人、ちゃぁんとおるのに、別の人にちょっかい出すという気持ちが
 わからないんですよ…。なんでだろうね」
「はぁ、まぁ…なんででしょう…」

水木は惚けるしか出来なかった。
自分も他の人にちょっかい出しているから…。

「兎に角、注意しておきます」
「ぺんこうは、一般市民だからね。その辺を強く言っててね」
「…一般市民…ね」

水木の脳裏に、過去の嫌な場面が過ぎった。

緑の服を着て、血に染まった手で、何かを振り下ろす男の姿…。

水木は、ため息を付いた。

「…水木さん?」
「はい。…あっ、なんでもありません。…会議の時間ですね」
「そうだけど、別にいいんちゃう? みんなに任せておいて、さぼろっか?」
「組長…」

そう呼んで、優しく微笑む水木に、真子も笑顔で応えていた。

が……、



会議室のドアが、勢い良く開いた。
一斉に振り返る幹部達。その幹部達の口は、あんぐりと開かれ、指を差していた。

「お、お、遅れましたぁ」

真子は、苦笑いをしながら、そう言った。そんな真子の服は上に引っ張られている。
真子の後ろにいる水木は、真子の襟首を掴んで、項垂れ、

「まさちんの気持ち、わかるわ…」

そう呟いた。





桜のマンション。
桜は、寝室のベッドに座り、脚を組んでいた。
ぺんこうは、寝室のドアの所に立ったまま、桜を見つめている。

「はよぉ」

そう言った桜は、手にある免許証入れを自分の胸元に、ゆっくりと入れた。
色っぽく微笑む桜。
呆れたようにため息を付くぺんこうは、ゆっくりと寝室へ脚を運び入れた…。




AYビル・会議室。
険悪なムードが漂っていた。

「なぁ、この後、どうしよか、まさちん」
「そうですね。むかいんの店でのんびりしましょうか」
「そうしよう。川原さんは、どうですか?」
「ご一緒してもよろしいんですか?」
「うん。藤さん、谷川さんは、どう?」
「お言葉に甘えさせて頂きます」

二人は同時に言った。

「松本さんは?」
「すみません…本日中にチェック入れないといけない物件が山ほど…」
「ほな、時間がもったいないから、もう、いいよ」
「すみません」
「無理したらあかんよぉ」
「ありがとうございます」

そう言って、松本は、静かに会議室を出ていった。

「組長、ちょいとやばそうですよ」

谷川が、真子にこっそりと言う。

「何が?」
「いつもより激しいです」
「そう言えば…」

藤たちも思った様子。
それぞれが、同じ場所を見つめた。
そこでは、熱いバトルを繰り広げている水木と須藤の姿があった。
会議中、意見の相違から、お互いがいつものように、怒鳴り合ってしまった。
また始まった。
そう思った真子達は、停めることもせずに、ただ、見届けているだけだった。

「えぇ〜そのぉ。お二人さぁん」
「なんや? …!!!」

怒り任せに返事をした二人の声には、ドスが利いていた。そして、声を掛けてきたのが、真子だとわかった途端、大人しくなる。

「終わりますよぉ」
「…課題は?」

水木が尋ねた。

「また、後日、ということで…」

真子が、静かに言った。

「しかし、早急に返事が…」

須藤が、慌てたように真子に尋ねる。
その途端、真子の目つきが変わった。

「早急に…欲しいなら、熱くなるなぁ!!!!!!!!」

真子の怒鳴り声が、同じ階にある須藤組組事務所にまで響き渡っていた。

「な、なんや?」
「襲撃か?!」

慌てふためく須藤組組員達。
会議室の二人は、壁にへばりついて、目を見開いたまま、真子を見ていた。

「珍し…」
「二人を怒鳴るなんて…」
「…何か…ある…」
「な、まさちん」

藤、川原、谷川が、それぞれ言った後、同時にまさちんに尋ねた。尋ねられたまさちんは、首を横に振るだけだった。





桜は、ベッドの上で、色気を振りまいて、一人の男を誘い込んでいた。

「ほらぁ、大切なものは、こ・こ・やで! ぺんこう」

桜に誘われる男・ぺんこうは、ゆっくりとベッドに歩み寄っていた。桜の前に立つぺんこうは、躊躇うことなく、桜の胸元にゆっくりと手を伸ばしていく。
桜は、ぺんこうから、距離を取るように素早くベッドの端へ移動した。

「あっ…」

伸ばした手が虚しく空を切ったぺんこうは、手を握りしめた。

「ふふふ。ぺんこう、あんた、反射神経、鈍いんやな」

ぺんこうは、桜の言葉に参ったような表情をして、頭を掻いていた。そして、桜にちらりと目線を移した。
桜は、色気を思いっきり振りまいている。

「はよぉ」

色っぽい声で、ぺんこうを促す桜。
その時だった。
桜の目線は、天井に変わっていた。その視野には、ぺんこうの顔が入っていた。
桜は、自分がぺんこうに押し倒されていることに気が付くのに時間が掛かった。

「…返して…もらいますよ」

ぺんこうは、桜の胸元に手を入れ、免許証入れを手に取った。

ガッ!

「…そこまで、しといて、何もせぇへんのかぁ」

桜は、自分の胸元に入っているぺんこうの手を掴む。

「何も、感じへんのは、おかしいやろ?」

桜は、掴んでいるぺんこうの手を自分のふくよかな胸に当てた。その手の人差し指と中指には、きちんと免許証入れが挟まれている。

「初めて見たとき、ぺんこうに惹かれたんやぁ。うちの気持ちわからんか?」
「誰彼構わず寝るような人には、興味ありませんから」

そう言ったぺんこうは、桜の手から、逃れるように手を動かし、立ち上がった。そして、免許証入れを開け、中を確認した。
ぺんこうの耳が真っ赤になる。

「はっはっはっは! ええやろ、それにしときぃな」

ぺんこうは、そこに入れられていた物を取りだし、ぐしゃぐしゃにして、部屋の隅に投げつける。そして、桜に目をやった。

「返してください」
「あかん」

桜は、胸元から一枚の写真をスゥッと取りだした。それは、免許証入れに挟んでいた真子の写真だった。その写真をぴらぴらさせる桜。

「返すのは、うちを抱いてからや」
「桜さん…いい加減にしてくださいよ」
「…うち、魅力ないんか?」

桜は、落ち込んだように、目を伏せる。そんな桜にため息を付きながら、近づくぺんこう。

「魅力的ですよ。私には、もったいないくらいですから。
 返してくださいませんか?」

ぺんこうは、落ち込む桜に手を差し出した。

「!!!!!!!」

桜は、一瞬のスキを見逃さなかった。
ぺんこうが、少し気を許したのがわかった途端、ぺんこうの腕を引っ張り、ベッドに押し倒し、ぺんこうの上に乗っかかった。

「あまいなぁ、ぺんこう。やっぱし、こっち方面は、疎いんか?」

ぺんこうに顔を近づける桜。

「いいえ」

ぺんこうは、はっきりと応え、桜の顔の進路を遮るように、何かを差し出した。

「返していただきましたよ」

にっこりと笑うぺんこうの手には、桜がピラピラさせていた写真が…。

「えっ? いつの間に?!」

桜は、驚いたように、声を挙げる。

「きゃっ!!!」

ぺんこうは、桜をいとも簡単に、自分の上からベッドに下ろし、跳ね起きるように立ち上がった。桜は、目の前のぺんこうの姿が一瞬で消えたことに驚いていた。

「では、失礼します。これ、ありがとうございました」

ぺんこうは、笑顔で桜にお礼を言って、寝室を出ていった。

「ま、待ちや、ぺんこう」

ぺんこうは、歩みを停め、

「なんですか?」

嫌々ながらも振り返った。

「そんなに拒むんやったら、うち、…五代目と寝るで」
「桜さん、組長は、女性ですよ」
「うちは、どっちでもええねん。ほんまやで」

桜は、怪しく微笑み、ぺんこうを見つめる。

「…ったく…。桜さん…」
「なんや? うちと寝る気になったんか?」
「組長、言いませんでしたか?」
「ぺんこうに手を出すな…やろ? わかっとるよぉ」
「…組長、悩んでいるんですから。それも、まさちんや、くまはちの
 ことでね。特に、まさちんとの関係を…」
「うちらの世界やもん。五代目が気にすることないんちゃうん」
「あのね…」
「ぺんこう、おいでぇやぁ」
「桜さぁん…。これ以上、組長を悩ませるような事をしたら、
 次は、何が起こるかわかりませんよ…。ったく」

ぺんこうは、呆れたような感じでため息をついて、首を横に振りながら、桜のマンションを出ていった。

『ほんまに五代目と寝るで!!!』

廊下を歩いている時、桜の叫び声が、聞こえてきた。

「呆れてものが言えないよ…」

エレベータの中で、ぺんこうは、まだ残る感触を拒むように手を振っていた。
桜の胸の柔らかさ。

エレベータを下りたぺんこうは、その手で拳を造り、壁を一発殴って、マンションを出ていった。
ぺんこうが拳をぶつけた箇所は、軽くへこんでいた。




「あれ、ぺんこうじゃないのか?」

車の窓から、桜のマンションを出てきた一人の男に気が付いたのは、水木だった。

「姐さんのマンションから出てきましたよ」

運転している佐野が、左折して、歩道の所に車を停めながら、応えた。水木が車から降り、ぺんこうの後ろ姿を見つめる。
ぺんこうは、歩みを停めた。
きつい視線を感じたのか、肩越しにゆっくりと振り返るぺんこう。
その眼差しは、凍り付くように鋭かった。
水木に気が付いたのか、ぺんこうは、そのまま、歩き出した。

「兄貴、下で待ってますよ」
「あ、あぁ」

佐野に軽く返事をした水木は、ぺんこうの後ろ姿をいつまでも見ていた。ぺんこうは、手をぷらぷらさせながら、歩いていく。そして、その手で拳を造り、歩道沿いの木にぶつけた。
木は、葉を揺さぶった。

「…ったく、桜の奴は……」

ため息混じりにそう言った水木は、オートロックの暗証番号を押して、マンションへ入っていった。




桜は、ベッドの上に座ったまま、そっぽを向いている。その側には、水木が立っていた。

「組長に、怒られたんやで」
「ええやん、うちの勝手やろ」
「…まさちんや、くまはちなら、構わへん。だけどな、ぺんこうだけは
 やめとけ」
「一般市民やからか?」
「それもある」
「五代目が大切に思う人やからか?」
「それもあるけどな…」

水木は、それ以上言えなかった。
あの日のことは、口には出来ない。

「…で、手ぇ付けたんか?」
「まだや。ぺんこう、真面目なんやな。誘っても堕ちへんかったわ。
 うちを押し倒して、胸元の免許証入れ取る為に手ぇ入れたにも関わらず
 なぁんもせぇへんねん。…あんな男、初めてや。うち、絶対に堕としたる!」
「桜!!」

珍しく水木が怒鳴った。その声に、体を強張らせる桜は、ゆっくりと水木を見上げた。

「…冗談や…」
「はふぅ〜。…ええな、ぺんこうだけは、絶対にやめとけよ」

念を押すように、水木が言った。

「あんた、なんで、力強く言うんや?」
「…怪我するからな…。これ以上、ちょっかい出しとったら…」

水木の言葉に、桜は諦めたような表情を見せる。
水木は、ふと寝室の隅に目をやった。そこには、何かがくしゃくしゃになっていた。
そっと手を伸ばし、それを広げる水木。

「桜…………これ……、…どうするつもりやったんや?」
「ぺんこうの免許証に挟んどったんやけど、嫌がられたわ」
「あのなぁ…」

水木が、拾った物。
それは、桜の全裸の写真だった。



(2006.4.29 第四部 第二十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
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