任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第二十八話 目覚めた魂に揺るがされ…


夜七時。
ぺんこうは部屋の隅で頭を抱えて座り込んでいた。

『ぺんこう、入るよぉ』

そう言って真子は、躊躇いもなく、ぺんこうの部屋へ入って来る。そして、部屋の隅に座り込むぺんこうにゆっくりと歩み寄り、そっと声を掛けた。

「大丈夫?」
「えぇ。…なんとか…」
「ったくぅ、桜姐さんにも困ったもんだなぁ。あれ程言ってるのにぃ」
「すみません、気を遣わせてしまって…」
「…やっぱり、変だよ。ぺんこう」

真子は、そう言ってぺんこうの額に手を当てた。

「熱、ないよ」
「…平熱くらいはありますよ」

ぺんこうは、少しばかりボケてみせた。

「…へへへ。大丈夫だね。安心した」

真子は、にっこりと笑う。

「で、私に何か?」
「虎来さん、動いたみたいだから、報告を…と思ってね。
 軽い怪我だけだったって、あの少女。橋先生のとこに居るみたいだけど、
 どうする?」
「後は、私の仕事ですから。…組長、ありがとうございました」
「うん」

真子は、安心した表情で、ぺんこうに言って部屋を出ていった。

「ふぅ〜……」

ぺんこうは、大きなため息を付いた。

真子は、ぺんこうの部屋を出たその脚でまさちんの部屋へ入っていく。

「うわぉう! 組長!!」

まさちんは、着替えの真っ只中…。

「桜姐さんに、ここに来るように連絡してちょぉ」
「は、はぁ…」

まさちんは、突然の真子の発言に戸惑いながら、机の上に置いた携帯電話を手に取り、桜に連絡を取った。
電話をしている間、終始顔が緩みっぱなしのまさちんを見ていた真子は、こめかみがぴくぴくしていた。

「すぐに、来るそうです。…って、組長?」
「あっ、そう。ありがと…!!!!!!」

バシッ!!!!!!!

真子は、思いっきりドアを閉めて部屋を出ていった。

「…って、組長ぅ〜。いてぇ!!!!」

着替えの最中のまさちんは、上半身裸。そのまさちんの背中に、くっきりと真っ赤な紅葉が付いていた。



真子は、玄関に突っ立って、誰かを待っていた。そこへ、高級車が到着する。
門の前に停まる車の後部座席に、真子は、素早く乗り込んだ。
中には、桜が乗っていた。

「真子ちゃん、急用って?」

真子は、桜に目を合わそうとしないまま、静かに告げる。

「…桜姐さん。私、お願いしませんでした?」
「何を?」
「一般市民に手を出さないようにって…」
「あ〜、ぺんこうに迫ってること、怒ってるん?」

軽い口調の桜を真子は、ギロリと睨み付けた。

「ぺんこう、真面目やなぁ。あんだけ、色香で迫っても、落ちてくれへん」
「あのね…」

真子の睨みは効いてないらしい。

「さっきも迫ってんで」
「やっぱり…」
「今回、脅したったわ」
「だからぁ、桜姐さん!!!」
「『そんなに拒むんやったら、五代目と寝るで』ってね」

真子は、ギクッとしたのか、少し身を引いた。

「冗談やん。五代目に手ぇ出したら、うちがあん人に怒られるやん」

桜自身、本当に冗談だったようで、真子には、いつも楽しく話すような雰囲気で語りかけていたが、

「…その条件…のんでくれますか?」
「は?」

真子が、真剣な眼差しと口調で、応えてきた。

「私と寝たら…ぺんこうには、これ以上、手を出さないって事」
「…本気か?」

真子は、ただ、桜を見つめるだけだった。

「五代目、なんでそこまで、ぺんこうを守るんや?」
「……一般市民…ですから」

そう呟いた真子は、窓を開けた。

「まさちん!!」

まさちんは、真子に呼ばれて、家から出てきた。

「はい。姐さん、こんにちは」
「今夜は、桜姐さんと楽しく過ごすから」

真子は、口の端を少しだけ上げて、窓を閉めた。

「組長? 突然…って、組長!!」

まさちんは、去っていく車を見送るだけだった。

「ったく、何なんですかぁ」

まさちんは、ふくれっ面になりながら、家へ入っていく。玄関には、ぺんこうが、立っていた。

「なんや、ぺんこう」
「今、誰か来てたんか?」
「あん。姐さん。組長が話あるっていうから来てもらったんや。そしたら、
 急に出掛けた。まぁ、二人のことやから、また、楽しむんやろな」
「そうか…」

まさちんは、突っ立っているぺんこうを置いて、リビングへ入っていった。ぺんこうは、何か思い当たる事があるのか、その場に立ちつくし、考え込む。

『五代目と寝るでぇ〜』

ぺんこうの脳裏に桜の声が過ぎった。

リビングへ駆け込んだぺんこうは、ソファでくつろぐまさちんの胸ぐらを掴みあげた。

「なんだよ、ぺんこう!」
「組長、どこに向かったんや!!」
「えっ、いや、その…。恐らく、桜姐さんのマンションのどれか」
「どれだよ!!!」
「知らんわい!」

まさちんは、ぺんこうの腕を振りほどく。

「くそ…。あのアマ……」
「ぺんこう?」

呼ばれたぺんこうは、ちらりと振り返る。その眼差しは、恐ろしい何かを醸し出していた。

「…ぺんこう、待て!!」

まさちんは、急にリビングを飛び出したぺんこうを呼び止めたが、ぺんこうは、そのまま、玄関の扉を開けて、車に乗り込み、何処かへ出ていった。

「ぺんこう! …ったく、どうしたんだよ、あいつ」

ぺんこうが去っていった方向を見つめるまさちんだった。



組長…組長!

ぺんこうは、呟きながら、車のスピードを上げた。そして、車に搭載されている電話で、どこかに連絡を入れていた。




真子を乗せた桜の車は、マンションの地下駐車場へと入っていった。
そして、桜と真子は、マンションの一室へ入っていく。

「ほな、先に準備しといてんか」

真子は、そのまま、奥の寝室へ入り、シャワールームの扉を開けた。
桜は、棚からアルコールとグラスを取りだし、ソファに座って、飲み始めた。

「なんで、そこまで、するんかなぁ、五代目は。冗談やのにぃ。
 ま、でも、いいかぁ。あん人が手を出す前に…」

桜は、笑みを浮かべると、シャワールームから水の音が、聞こえてきた…。




ぺんこうが運転する車が猛スピードで都内の道路を走っていた。いつもなら、安全運転をするぺんこうだが、この時は違っていた。
赤信号を無視、ちんたら走る車をパッシング、強引に追い越す…。
まるで、心が現れたような運転だった。

間に合ってくれ……。

そう心で思うと同時に、更にアクセルを踏んだ。




桜のプライベートマンション。
シャワールームから、水の音が聞こえていた。
桜は、ソファーに座り、アルコールを口にして、深く考え込んでいる。
水の音が止まった。
暫くして、シャワールームのドアが開く。そこから出てきたのは、バスローブを着た真子だった。寝室のドアが開き、桜が入ってくる。ドアを閉め、後ろ手で鍵を閉めた桜は、バスローブ姿の真子を上から下まで舐めるように見つめ続けた。

「…桜姐さん…約束ですよ」

桜を見つめる真子の目は、五代目を醸し出していた。

「その前に、なんで、そこまでせなあかんのか訊きたいなぁ」
「……言えませんね…」

真子は、静かにそう言って、ベッドに歩み寄り、バスローブを脱いで、布団にスゥッと潜った。
桜は、不気味に微笑み、シャワールームへと入っていく。
水の音が聞こえてきた。
真子は、布団の中で、真っ直ぐに寝転び、天井を見つめていた。

「……ぺんこう……」

真子は、そう呟いて、目を閉じた。




ぺんこうの車が、とある高級マンションの地下駐車場に猛スピードで入ってきて、マンションのエレベータホール前に急停車した。
車から降りてきたぺんこうの顔は、いつもの優しさ溢れる表情をしていなかった。
どことなく、暴れていた頃の表情に似ていた。
オートロックの暗証番号を押し、ドアが開くのを待ちきれない感じで、潜り込み、エレベータに乗り込んだ。
『5』のボタンを押したぺんこう。
エレベータが上昇する圧力を体に感じながら、俯き加減で一点を見つめていた。
五階に到着すると、エレベータのドアが開いた。
顔を上げたぺんこう。その表情は、
…血に飢えたヒョウ…





桜が、何も身につけずにシャワールームから出てきた。そして、ゆっくりとした足取りで、ベッドに近づき、布団に潜り込む。先に布団に潜っていた真子の隣に寝転び、少し体を起こして、真子を見つめていた。真子は、ゆっくりと目を開け、天井を見つめたまま、静かに言った。

「約束は…守って下さいね」

真子は、目だけを桜に移した。桜は、にっこりと微笑み、真子の頭にそっと手を運ぶ。

「五代目…ほんまに…ええんか? 最初に抱かれたのが、うちでぇ」
「…体は許しても、心は、許してませんよ」

真子は、冷たく言った。

「ふふふ。そう言った奴は、必ず、体も心も一体化するんやで。
 まだまだ、この世界の事、知らなさすぎるわ、五代目は。
 まぁ、無理もないやろなぁ。真北さん、お堅い人やし、教育係の
 ぺんこうは、真面目な人やしね…。それに、五代目の周りの人間で
 生まれついてのやくざって、くまはっちゃんくらいやもんなぁ。
 ふふふふ。ボディーガードは主人に手ぇ〜出されへんもんなぁ」

桜はそう言いながら、真子の顔の上に自分の顔を近づけ、真子の頬を撫で回していた。
真子は、桜から目を反らしていた。

「うちが…素晴らしい世界へ…案内したるぅ」

桜の唇が、真子の唇に近づいていく…。




508とプレートが付いたドアの前に立つぺんこう。ドアノブに手を掛けた。
やっぱり、鍵は掛かっていない。
ぺんこうは、勢い良くドアを開けた。


物音に気付いた二人。
そして、その直ぐ後に聞こえてきた、

『組長!!!!』

という声。ぺんこうの叫び声が寝室まで届いていた。
真子の唇に触れる寸前、桜はその声に驚き、体を起こした。寝室へ、足音が近づいてくるのが解る。そして、ドアノブを回す音が聞こえてきた。



「くそっ」

ドアノブを回すぺんこう。鍵が掛かっている為、ドアは開かない。
ぺんこうは、焦った様な感じで叫ぶ…。

「組長! 返事…してください!! 組長!!!」
『ぺんこう、帰れ!』

真子の声が聞こえた。その声で少し安心したぺんこう。
しかし、次の言葉で、ぺんこうが体の奥に眠らせた何かに火が付いた……。

『条件や。ぺんこう、あんたが、うちに身も心も許さへんからやで。
 五代目が、うちに体許す代わりに、うちは、あんたには手ぇ出さへんという
 条件なんやで。そんなに、大切やったら、うちと…寝るか…?』
『桜姐さん、それは、誰にも言わないと…。…ぺんこうは、一般市民だから…、
 そのぺんこうに迷惑を掛けた…これ以上、そうならない為には…』

二人の言葉が、ドア越しに聞こえてくる。その会話にある言葉に、更に怒りを覚えたぺんこうは、

ドン!!

ドアに拳をぶつけた。

『ぺんこう?』
「…そうやって…いつも…自分を犠牲にしてまで、周りを守ろうとする…
 組長…それは……あなたの…悪い……癖ですよ!!!!」

ぺんこうは、ドアの向こうに居る真子に、怒りを抑えながら言った。そして、一瞬の間の後…。

ガン…ギィーーーーバタン!!!

寝室のドアが外れ、床に倒れた。
そして、そこに立っているのは、怒りのオーラがメラメラと体から発せられるぺんこうだった。ゆっくりと顔を上げ、ベッドの上に居る二人を睨むその眼差しこそ、血に飢えたヒョウだった。

「ぺんこう…」

真子は、少しだけ体を起こし、ぺんこうを見つめた。

「桜ぁ〜、俺の大切な人に…手ぇ出すとは、どういうことやぁ〜…あ?」
「さっき言った通りや」
「俺…言ったよなぁ。これ以上、組長を悩ませるような事をしたら、
 次は、何が起こるかわからない…ってね…。忘れたのか?」

静かに言うぺんこう。そんなぺんこうを恐れずに、いつもの調子で話す桜。

「そんなん、五代目が言うてきたんやもん。あんたの代わりに…」
「俺の…代わりぃ〜? 組長は、俺の代用品と違うぞ…あんた、何を考えてる?」
「いろぉんなことぉ」

ガン! …バラバラバラ…。

「ふざけるな…」

ぺんこうは、ドアの横の壁に拳を思いっきりぶつけた。
その威力は、壁にひびが入り、小さな破片が床に落ちるほどだった。
ぺんこうが、怒りを抑えている。
ぺんこうが醸し出すこの雰囲気…あの時に…感じたものより、遙かに強い…。


あの時…。それは、黒田と崎が、ぺんこうを拉致し、真子の術が解けたあの事件…


真子は、そう思った途端、体を起こそうとした。真子の動きに直ぐ気が付いた桜は、真子の両肩を抑え込む。

「帰ってんか。今夜は、五代目と過ごすんやからぁ。そしたら、ぺんこう、
 あんたのこと、忘れたるから。…それとも、何か? あんたがうちと
 夜を過ごすぅ〜言うんか?」
「組長から…離れろよ…」
「いややぁ」

桜は、真子を抱きしめる。

「…さ、桜姐さん…また、後日の方が…」

真子は、焦ったように小声で桜に言った。

「…後日もねぇよ…。俺の言葉…わかんねぇかぁ?」

ぺんこうは、ベッドに近づき、真子の両肩を抑え込む桜の手を掴みあげた。

「ちょぉ、ぺんこう、冗談も……」

桜は、本当に冗談のようだった。しかし、そんな冗談は、真面目なぺんこうには通じなかったようで…。
手を掴みあげられた桜は、手を掴むぺんこうに振り返った途端、恐怖を感じ、体を強張らせ、言葉を失ってしまう。
脳裏に、水木の言葉が過ぎった…。

『これ以上、ちょっかい出しとったら、怪我するぞ』


「ぺんこう…!!!」

真子が、声を発するよりも、ぺんこうの行動の方が早かった。
ぺんこうは、掴んだ桜の手をベッドの向こうに放り投げるように離した。

ドタ…。

弾みで、桜が、ベッドの向こうに落ちてしまう。
ぺんこうは、ベッドの横に置いてある真子の服を手に取り、真子に手渡した。

「私のことで、そこまで体を張らないでください…」

真子に語りかけるぺんこうは、いつものぺんこうだった。

「…でも…」
「でも、じゃありませんよ。早く服を着てください」

真子は、ぺんこうに促されながら、服を着始めた。その間、ぺんこうは、真子に背を向けていた。


ベッドの下に落ちた桜は、恐怖からか、側に落ちているバスローブを羽織り、ベッドの下に隠してある日本刀を手に取った。そして、ベッドから、そっと顔を出す。
真子は、服を着終え、立ち上がったところだった。その真子の行動に気が付いて、振り返るぺんこうは、拳の後ろで軽く真子の頭を叩いていた。

「…ごめんなさい…」

真子が呟いた時だった。桜が、立ち上がり、日本刀を鞘から抜いた。

「桜姐さん……」
「ぺんこう…あんた、冗談なんか? あの雰囲気…冗談やったんか?」

ぺんこうの変わり様に、怒りが湧く桜は、ぺんこうに、刃先をぺんこうに向けながら、ゆっくりと近寄った。
真子は、焦った。

「桜姐さん、駄目!! それは……あっ!!!!!!」

真子の言葉は、遅かった。
桜が日本刀を振りおろしたのだった。

冗談。
そう片づけられるなら、凄く簡単なことだが、事態は、そうはいかないくらいになっていく…。

一瞬の出来事。
桜の振り下ろす日本刀を足で軽く払ったぺんこうは、少しバランスを崩した桜の手から、いとも簡単に日本刀を奪った途端、桜の胸ぐらを掴み、ベッドに押し倒した。
日本刀を素早く逆手に持ち替えたぺんこうは、桜の首目掛けて日本刀の先を突きおろす…。

「!!!!!!!」

視野に映る日本刀の光。日本刀の先は、桜の首の真横、ベッドに突き刺さっていた。

「俺は、冗談言える人間じゃないんだよ…」

桜は、ゆっくりとぺんこうに目線を移す。ぺんこうの醸し出す雰囲気…それは…。

「……緑…」

桜は呟いた。

「組長、帰りましょうか」

そう言って、桜から手を離し、真子に振り返るぺんこう。優しさ溢れる雰囲気を醸しだし、真子の肩に手を掛けた。真子は安心したのか、肩に置かれたぺんこうの手にそっと触れ、微笑みながらぺんこうを見上げた。
ぺんこうも微笑みながら、真子を見つめていた。
その真子の姿がぺんこうの視界から消えた。
その途端、ぺんこうは、壁にぶつかっていた。

「えっ?」

ぺんこうは、背後に風を感じ、振り返った。



真子の背中。
真子の左手が、自分を押している。
耳をつんざく真子の叫び声。
真子の向こうには、真っ赤な物が噴水のように飛び散っている。
その噴水を浴びて、白いバスローブを着た桜が真っ赤に染まった。
何かが滴り落ちる音と金属が床に刺さる音。

「組長?!」

振り返った自分にもたれかかるように倒れてくる真子。自然と手を差しだし、真子を支えた。

「桜姐さん…それ、ぺんこうの…起爆剤……」
「ご、五代目……」

真子を支える自分の手に生ぬるい何かが伝わってきた。手の中の真子を見つめた。
手を伝わるもの。それは、真子の血だった…。
自分の腕の中で、真子が気を失った。

『ぺんこうは、教師になるんだよ!』

遠い昔に聞いた真子の嬉しそうな声。その時の言葉が脳裏を過ぎった瞬間、何かが弾けたような景色が見えた。

鼓動が突然大きく波打った。
体の奥から、何かが飛び出しそうな感じを覚えた。
それでも…、

「組長…?」

ぺんこうは、真子の名を呼んだ。しかし、真子は目を覚まさない。

「…ご、五代目…そんな…そんなつもりは…ないで…!!!!」

桜は、倒れた真子に手を差し伸べようとしたが、それを拒んだ。
なぜなら、真子を支えるぺんこうの雰囲気が、そうさせていたから…。

ぺんこうは、真子を診た。
出血はひどいが、幸い、右腕を斬られただけだった。
ポケットからハンカチを出し、真子の腕に巻いて、止血し、真子を壁にもたれかけるような体勢にして、そっと手を離した。
ぺんこうが、立ち上がり、ゆっくりと桜に振り返る。

「…親に手を挙げるたぁ〜、覚悟は出来てるんだろうなぁ、あんたよぉ」
「そんなつもりやない言うてるやろ!」
「…俺を斬るつもりだったのか?」
「…そ、そうや! あんた…あの時の…十五年前の抗争の時の
 …緑やったんか。うちの…うちの弟の…腕を斬り落とした!!」
「腕…を斬り落とし…た…? …あぁ、あのガキかぁ」
「なんで、そんな奴が、五代目の前に…。あんな危険な男が!!!!」

ぺんこうは、桜の胸ぐらを掴みあげた。

「…で?」
「…その目や。忘れもせぇへんわ。無表情で冷酷…誰も寄せ付けないという
 その目…雰囲気…。あんたを学校の前から連れ出した日に感じたのは、
 これ…やったんか…。だから、うち、気になってたんやな…」
「だから…?」
「…弟な、あの後、大変やったんや…。赤と緑を見たら、錯乱して…。
 今は、術かけてもらったから、安心なんやけどな…うちは、
 大切な弟をあんな目に遭わせた、阿山組の緑が許せなかったんや。
 探してた。でも、あの抗争の後、ぷっつりと姿が消えとった。
 …そうか、おったんか…ぺんこう、あんたやったんやな」

桜は、床に突き刺さっている日本刀に手を伸ばした。
その手をぺんこうに掴まれる。

「組長、言わなかったか? それは、俺の起爆剤や…って。
 やくざの血…これが、組長の怒りの起爆剤のように、俺にとっては
 日本刀が、そうなんだよ…。……俺に何をしたい?」
「弟と…同じ目に遭わせたいんや…。これは、組は関係ない。
 うち個人の……きゃっ!」

桜は突然、ベッドに押し倒された。思わず目を瞑った。
両腕が締め付けられる痛みで目を開けた。
桜の目の前に、ぺんこうの顔があった。
ぺんこうに押し倒されている事に気付き、辺りを確認するように目を動かした。
両腕を掴まれ、ベッドに力強く押さえつけられている。
両脚は、ぺんこうの脚に押さえ込まれていた。
そして、バスローブの胸元がはだけている。

ま、まさか…。

桜は、何故か、恐怖を感じた。それでも、

「なんや、結局は、うちを抱きたいんか…」

口から出る言葉は、それだった。

「…ふっ…どんな状況になっても、考えることは、イロの方か…。
 あんたら夫婦は、とんでもなく馬鹿なんだな…」
「なんやて!!」
「忘れたのか? 俺をまさちんと同じに考えるな…。言っただろ?」
「優しく抱くんやなくて、激しく…?」
「…ほほぅ、冗談、言えるんだな、あんたは。それとも、作戦か? あ?」
「うちに、何したいんや? それに、男が女に手をあげるなんて、最低や。
 そういうあんたこそ、とんでもないあほなんやな」
「俺は、一般市民。この状況だと、正当防衛になるんだがなぁ」

ぺんこうの唇が、桜の耳に触れた。

「…さぁ……どうする?」

ぺんこうは、今にも殺りそうな雰囲気を醸しだし、桜の耳元で、呟いた。

「それに…あの抗争に対しての個人的な感情なら、俺も…持ってるよ。
 まだ、十歳だった組長を狙った…」
「それは、青虎やろ! それは、先代が手を下したんちゃうんか!」
「くまはちの親父さんととえいぞうの親父さんを…」
「二人は、先代のボディーガードやろ! 先代狙った時やねんから、
 しゃぁないやろ!!」
「先代を狙ったのはぁ?」
「うちの弟や。だからって、腕斬り落としてええんか!」
「うるせぇんだよ…。俺らが組本部に戻った時…十歳の組長の姿…、
 えいぞうが、単独で乗り込んできたことを考えてみろ。
 …組長がどうだったのか、想像できるだろ? …命に関して、
 一番激しい反応をする人だろ…? 猪熊さんと小島さんの
 死にそうな姿を見て…どんな状況に陥ったのか…」

ぺんこうは、両手に力を入れ、桜の腕を思いっきり握りしめた。
あまりにも締め付けられた為、桜の表情が歪んだ。

「あんたにも…見せてやりたかったよ。…もちろん、それには、
 俺のこの雰囲気も関わっていたんだがな…」

ぺんこうの両手の力が少し弛む。

「だから、俺は、もう二度と、組長にそんな思いはさせないと誓ったんだよ…」

ぺんこうの言葉に、桜は何も言えず、ただ、唇を噛みしめるだけだった。

真子が気が付いたのか、体が少し動いた。

「組長の笑顔…失いたくないんだよ…俺のことで…」
「…だから、教師を選んだんか?」
「俺の夢…だ」
「ふん…そんなオーラを持った男が教師になるとはな…。
 未だに、そんなオーラを持ってる癖に、五代目の笑顔の事
 言えるんかっ!」
「……組長が笑顔を失わないなら、このオーラ…必要ないんだよ。
 なのに、あんたが……」
「うちの…うちの思いはどうなるんや? 弟に対するうちの思いは!!」
「……真北さん…謝らなかったか?」
「謝っとった…。それと、橋先生の技術で…今、腕は元に戻っとる…」
「…それでも、俺を斬る…つもりか?」

ぺんこうの言葉に、桜は、目を瞑り、涙を流した。

「そういう考えをする人が居るから、組長は、この世界で翻弄している。
 人の為に、身を…投じてるんですよ。桜さんは、すでに、そのことを
 克服しているもんだと思っていましたよ」

ぺんこうの声が震えた。

「…俺を見て、刃物を向けるくらいだ…!!!」

ぺんこうは、突然、襟首を掴まれ、ベッドから引きずり下ろされた。

「く、組長!!」
「もぉ、ぺんこうまで、桜姐さんに手を出すつもりなん?
 あれだけ、断り続けたのにぃ。ったく。桜姐さん、無事?」

真子は、笑顔で桜に手を差し出した。
桜の涙に気が付いた真子は、

「ぺぇん〜こぉぉぉぉ!!」

怒りの形相でぺんこうに振り返る。

「あっ、いや、そ、それは…」

焦るぺんこう。

「五代目…あんた、こんな時でも、人を心配するんやな…」

桜は、そう言って起き上がり、

「…なんで、人のためにそこまで、出来るんや?」

静かに、それでいて、何かを覚悟したような口調で尋ねた。
そんな桜に、真子は、

「笑顔で過ごしたいから」

そう応えて、微笑んだ。

「うち、…五代目の笑顔…もらうには、向いてないわ…」


この後に起こる出来事は、やくざな世界を嫌う人間には、想像できないことだった。


桜は、日本刀を素早く手にして、自分の体に、突き立てた……。

「……桜姐さん!!!」

真子の叫び声が、遠くに聞こえた。



(2006.4.30 第四部 第二十八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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