任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第三十五話 熱き魂

真夜中。
橋総合病院・真子愛用の病室に、真北と橋の姿があった。二人が見つめる前には、真子が苦しそうな表情で眠っていた。

「襲われたに…近い? どういう事や?」

真北が静かに尋ねると、橋は、ため息混じりに応えた。

「…お前、水木に何を言った?」
「何も…」
「厄介事って、言わんかったか?」
「…そう言えば、桜さんの再手術の時に、言ったな」
「…水木のゲーム、覚えてるか?」
「あぁ。感情が高ぶった時に、やるゲームやろ。あいつが抱く相手が
 みんな、壊れていくから、俺は、止めるように注意した。水木は、
 二度としないと誓った」
「それをしてたと言ったら?」
「許せんな」
「その相手が、真子ちゃんだったら?」
「………橋、何が言いたい?」

静かに言う真北の言葉が、少し震えた。

「…布団めくって、真子ちゃんの体…確かめろ」
「悪い冗談…やめろよ、橋」

真北は、脳裏を過ぎった考えを否定した。
そんな真北の目の前で、枕元の電気を付けた橋は、真子の布団をめくり、真子のパジャマの前のボタンを外し、肌を見せた。
真子の体にある無数の赤いあざ、無数の引っ掻き傷。爪の痕。
真北は、ゆっくりと真子に歩み寄る。

「どういう…ことだ…よ」
「水木のゲームの相手だよ」

橋は、静かに応えながら、真子のパジャマのボタンを留め、布団をそっと掛けた。

「なんで、真子ちゃん…なんだよ」
「…水木組組員を抑える為…」
「抑える?」
「桜さんの怪我の原因が、ぺんこうだと知ったら、あいつらの事だ。
 ぺんこうを襲うに決まってる。しかし、相手は、ぺんこうだろ。
 あの日…桜さんが怪我をした日、真子ちゃんが、ぺんこうの
 目覚めた魂を納める為に、その身を捧げただろ?」
「……あぁ」
「ぺんこうを狙って、再び、その魂が目覚めたら……真子ちゃんの
 行動が無駄になる」
「………無駄?」
「水木は、組員を抑える事を条件に、ゲームを…」
「…たった、それだけのことで…か?」

その言葉に、橋は、真北の胸ぐらを掴み上げた。

「そのきっかけを作ったのは、お前の言葉だぞ!
 厄介事…。確かに、お前の立場、そして、育った環境からしたら、
 お前にとっては、厄介事だろうがな…。桜さんに対する水木の思いは…
 お前は、全く理解しようとしない。…お前の言葉で、水木自身が抑えた
 感情が、再び目覚めた……お前に…仕返しするために、ぺんこうの事を
 条件付けて……それで…」
「だからって、真子ちゃんが受けること…ないだろがっ!」

真北は、橋の手を払いのけた。

「水木の怒りなら、俺が直接……」
「これは、誰だ?」
「真子ちゃん」
「真子ちゃんは、なんだ?」
「阿山組五代目組長」
「お前らの親が、子の不始末を償っただけだろ」
「償うって…」

真北は、真子を見つめた。
真子は、何かを我慢しているかのように、表情が強張っていた。

「…お前を狂わせようとしたらしいぞ」
「俺を?」
「大切な娘をボロボロにされたことを知った親の狂う姿を
 見たかったらしいな。…どうや、狂うか?」
「…狂わない方が、おかしいやろ…。…で…なぜ、抑制してる?」
「期間を終わってない」
「期間って…」
「10日間。昨日で9日目や。終わってないと言ってな、ここに運ばれて来た時、
 水木を追いかけようとしとったからや。…40度を超える熱を出してるのにな。
 それで、体中に痛みを感じながらも、条件を満たそうとするんだよ」
「…水木は…?」
「その時の真子ちゃんを観て、水木は恐れて、逃げてしまった。
 …俺だって驚くよ。こんな小さな体のどこに
 そんな強じんなものが備わっているのか…」
「…気が付かなかった…気が付いて…あげられなかった…」

真北は、呟いた。

「…ベルト…外してくれよ」
「…あぁ」

橋は、真子を抑制しているベルトを外し、容態を診る。

「少し下がったくらいやな」
「傷は、どうなる?」
「暫くは残っているだろうよ。まぁ、いつもの如く、熱が下がれば傷も
 すぐに消えるだろうがな」
「あぁ」

真北は、ゆっくりと真子の横に立つ。

「…真子ちゃん……」

真北は、横たわる真子に手を伸ばし、優しく抱きしめた。
橋は、そんな真北を見て、静かに病室を出ていった。
真子から手を離し、そっとベッドに寝かしつける真北は、慈しむように真子の頭を撫でる。

「そんなに芯のことを……」

真北は、俯き、涙を流す。

「…馬鹿ですよ…」




病院内が忙しくなる時間。
真北は、朝日が昇っても、病室の隅にあるソファに腰を掛け、俯いていた。
病室のドアが開き、誰かが入ってくる。

「組長…」

まさちんとくまはちだった。
ふと、人の気配を感じ、振り返る二人。

「真北さん」
「…お前ら…」

真北は、真子のことを、誰にも伝えなかった。
どう伝えれば良いのか、言葉を選んでいた。しかし、その言葉が思いつかない。
悩みに悩んでいるうちに、朝を迎えたのだった。
だからこそ、二人が来たことに驚いていた。

「…西田から、連絡あって…。組長が、高熱出して、運ばれたと」

真北の落ち込む様子に疑問を持つ二人は、真北に歩み寄る。

「…ひどいんですか?」

くまはちが、尋ねる。

「ったく、一体何をしていたんだか…。これは、水木に訊くしか…」

まさちんが、ふくれっ面になりながら、嘆く。

「水木?」
「えぇ。おとといの夜、水木さんと飲むと言って…」
「飲む?」
「あっ……!!!! な、なんですか?!」

真北は、まさちんの胸ぐらを突然掴みあげた。

「てめぇ、知らんかったとは言わせんぞ! あ?」
「ま、真北さん?!」
「俺が留守にしていた間、真子ちゃんの行動は?」
「水木と…遊び廻ってました…」

真北の勢いに、内緒と言われていた事を話してしまった。

「その間、真子ちゃんの体調は、どうだったんだよ」
「飲み過ぎて、お疲れの様子で…」

ドカッ! ドカッ!! バッ!!

「真北さん、どうされたんですか!!」

くまはちが、真北の腕を抱え込むように、まさちんを殴る手を阻止する。まさちんは、床に倒れていた。

「飲み過ぎだと? それなら、側に居たら、酒のにおいで解るやろ!
 よう見てみろ。水木の野郎が、真子ちゃんに何をしていたか…
 一目瞭然や!」

真北の言葉に、二人は、真子に近づき、見つめた。
首筋に、赤いあざ、そして、ひっかき傷。それは、服で隠れる部分まで繋がっていた。

「…まさか…組長を?」
「10日間。感情が高ぶった時に、抱く。…拒むな、周りに悟られるな。
 その条件を満たした時に、…ぺんこうから…手を…引くと…」

バン!!

真北は、壁を平手でたたく。

「ゲームのコマにしやがった…」
「ここ数日、水木との行動が多かったのは、解っていた。
 それに、組長は、俺と接している時は、変わらなかった。
 …いつから…ですか?」
「昨日で9日目だと」
「…俺が…水木の店で、寝入った…次の日から…」

まさちんは、真子と水木のここ数日の行動を思い返していた。
水木邸へ連絡を入れた日の水木からの伝言。

『最中や』

その相手が…。

「くそっ、組長から、離れなければ…」
「離れ…なければ…? …てめぇ、ボディーガードだろ。離れないのが
 当たり前だろが!! くまはちは、いつもの如く、別行動させられて
 いたらしいしな。…真子ちゃんが、くまはちを離す事を考えれば、
 裏の行動解って当然だったよな…。…俺も、油断していたよ」

真北が、ベッドに歩み寄る。

「真子ちゃんも、真子ちゃんだ…。まさちんと桜さんのことにも
 責任を負わされて…。子の不始末を親がするのが、当たり前やと
 言われたら、責任を取ろうとするに決まってる…。真子ちゃんの…
 性格から考えるとな…」
「だからって、体を…」
「女は、体やろ」

くまはちが、静かに言った。

「くまはち!」

まさちんが、くまはちの胸ぐらを掴みあげる。

「…み……水木…。逃げる…な…!!!!!」

真子が目を覚まして、ガバッと起き上がった。

「組長!」
「…逃がすか…水木…」

真子は、ベッドを下りようと体を動かす。そんな真子の肩に手を置いて、真子の行動を停めたのは、まさちんだった。
真子は、その手の先にいる人物を見上げる。
その目は、哀しみと怒りに包まれていた。

「離せ…」

真子は、五代目を醸しだしたと思ったら、急に変わった。

「…まさちん、…なぜ、ここに?」

自分を抑えるのがまさちんだと気が付いた真子は、驚いていた。

「組長が、倒れたと連絡を頂きまして」
「ご、ごめん。心配掛けた。大丈夫だから…出掛ける」
「……ゲームは、終了です」
「えっ?」
「…全て聞いてますよ。…組長」

真子は、その声の方へ振り向く。そこには、真北とくまはちが立っていた。

「…真北…さん? くまはちも…!!」

真子は、目を見開いて驚いた。

「…真北さん…まさか…」

バシッ!

真北は、真子と目を合わした途端、頬を叩いてしまった。
再び手を挙げる真北に気付き、

「真北さん!」

くまはちは、慌てて真北を羽交い締めにした。
まさちんは、真北の視界から真子を隠すように前へ出てくる。
真北は、唇を噛みしめ、震えていた。

怒りを…抑えている…?

真北の思いに気付いたくまはちは、真北を病室から連れ出した。

「…ったく…」

まさちんは、真子に振り返り、真北に叩かれた真子の頬へそっと手を伸ばした。

「…怒られちゃった…」
「当たり前です。…私でも、怒りますよ」
「…ごめん…」
「調子は、どうですか?」

まさちんは、真子の額に手を当てる。

「まだ、熱は、下がってませんね。…お休みください」

まさちんの手は、そのまま真子の目をそっと塞ぐ。

「…どれくらい、寝てたの?」
「…一日ですよ」
「…一日……」
「組長、何も考えず、ゆっくり……お休みください」

まさちんは、そっと言った。




廊下に出てきた真北とくまはち。
真北は、くまはちの腕から逃れるかのように、体を動かした。くまはちは、手を離す。

「…真北さん」
「…怒って当然だろが…」
「組長の心を考えてのことですか?」

真北は、何も言わなかった。窓に歩み寄り、空を見上げる真北。

「…俺の…せいだな…」

ちさとさん……。

真北は、何かを堪えるかのように、目を瞑った。



真子の目を手で覆っているまさちんは、何かを感じ、そっと手を離す。
真子は、眠っているが、その目から、涙が溢れ、流れていた。
優しく拭うまさちん。
真子を見つめるその目には、怒りが現れていた。

「私が怒る相手は……」

まさちんは、そっと病室を出ていった。
ドアが開く音で、振り返る真北とくまはち。

「どうや?」

くまはちが、尋ねる。

「眠った。…氷で、冷やさないと。腫れてきますよ」
「橋に…言っておくよ」

暫く沈黙が続く。
まさちんとくまはちは、目を合わせ、頷いた。

「では、行ってきます」
「…行くって、何処だよ。今、お前らまで、離れたら、真子ちゃん…、
 って、まさか…」

二人は、にやりと口元をつり上げる。

「橋先生に、頼んでおいてください。手を抜くように…と」

まさちんが言う。

「お前ら…」
「真北さんは、何もしないで下さいね。…ほんとに殺りかねませんから」

くまはちが、静かに言う。

「組長は、暫く起きませんよ。では」

まさちんは、そう言って、一礼し、くまはちと去っていった。

「…俺に任せるなよ…。どの面、下げて、真子ちゃんに逢えば…」

真北は、真子の病室を見つめ、歩み寄る。
ドアノブに伸ばす手は、少しためらいを見せていた。
その手をポケットに突っ込み、口を尖らせながら、ドアを見つめ、そして、その場を去っていった。




真子は起きていた。病室の壁に掛かっているカレンダーに目をやる。

「…一日…。一日あったら…」

真子は、体を起こした。

「…ぺんこう…に……」

真子は、ゆっくりとベッドを下りる。

「っつ……」

体に痛みを感じ、座り込んだ。
ゆっくりと息を吸い、そして、床に付く手に力を入れて、立ち上がる。ふらふらとした足取りで、真子は、病室を出ていった。

「…ぺんこう……ぺんこう……」

真子は呟きながら、何処かへ向かって歩き出し、病院を後にした。




真北は、屋上に居た。風を頬に浴びながら、フェンスにもたれかかり、空を見上げていた。
ネクタイを弛め、シャツのボタンを二つ外して、少しだらけた格好。口には、細い何かをくわえていた。
口から吐き出す煙に目を細める。

「珍しいな、吸うなんて」

その声に、目だけを向ける真北。
そこには、橋が立っていた。
真北は、何も言わず、フェンスの方を向く。

「痛いほど、お前の気持ちが解るで。…どうするんや、これから」

橋は、真北の隣に立つ。真北は、何も言わずに、煙を吐き出した。

ガッ!!

突然、橋は、真北の髪の毛を引っ張り上げた。

「悩むことあるんか? …この世界では当たり前ちゃうんか?
 そこまで大切やったら、なんで、この世界に引き込んだんや。
 この世界に引き込んだからには、最後まで見たれや。
 隅々まで教えるんが、当たり前やろ? ええ加減にせぇよ。
 お前が、中途半端やから、真子ちゃんも、ぺんこうもこうなるんやろ」

真北は、目だけを橋に向ける。

「…わかってる…それくらい。未だに迷ってるだけや」

銜えタバコで橋に言う真北。

「10年近くも…か? …お前らしないな。…真子ちゃんが絡むからか?」
「そうや」

橋は、真北から手を離し、その手で、真北の口にあるタバコを取り上げる。

「体に悪いから、やめとけ言うたやろ」

側にある灰皿でもみ消す橋は、真北の胸ポケットから、箱を取り上げる。

「…そうや。橋…氷用意してくれよ」
「氷?」
「あぁ」

真北は、困ったように俯いた。
その表情で真北の心境を察する橋。

「娘を殴る奴がおるか…あほ」
「気が付いたら…」
「…真子ちゃんには、誰が付いてる?」
「一人や」
「…二人は?」
「…お前に手を抜くようにと言って、向かった」
「……言われなくても、そうするって」

橋の言葉に、真北は、フッと笑った。

「悪い医者やな」
「お前に言われたないな」

真北は、橋の手から箱を取り返し、一本取りだした後、火を付け、煙を吐く。

「ヘビー野郎が」
「うるせぇ」

ぽつりぽつりと雨が降り出した。





その頃、真子は、雨に濡れながら、一人で、歩いていた。
見慣れた景色、通い慣れた道。

ぺんこう……。

真子が向かう先は……。





寝屋里高校。
この日は、一学期末テストの最終日。生徒達は、午前中には下校し、クラブ活動の生徒達もまばらだった。職員室では、教師達がテストの採点で、慌ただしく働いていた。もちろん、その中に、ぺんこうの姿もあった。

「ふにぃ〜。終わったぁ」
「お疲れさまです」
「…ですから、なんで、私が数学の採点を手伝わないとあかんのですかぁ」
「ええやないですか」

ぺんこうは、隣の席に座る数学の先生をちらりと観た。
突然、雨が強く降り出す。

「あぁ。強く降ってきましたよぉ。そうなる前に帰りたかったのになぁ」

ぺんこうは、座ったまま、窓の外へ目をやった。

「帰り、駅までお願いしますね」

数学の先生は、にっこりと笑って、ぺんこうに言った。

「ったくぅ…。予定があるんですよぉ。それでなくても早く帰りたいのに」
「またまたぁ、彼女とデートなんでしょぉ?」
「なんで、そういう話になるんですか?」
「…山本先生の雰囲気が、少し変わった感じがしてますよ」
「変わった?」
「弾けたというか…」
「私は、変わりませんよ。さてと」

ぺんこうは、帰る用意を始める。

「ほんとに、送って下さいよぉ」
「嫌です」

ぺんこうは、はっきりと断り、数学の先生を見る。
数学の先生は、うるうる目をして、ぺんこうに訴えている。

「…わかりましたよぉ。ったく。駅までですよ」
「お世話になります」

数学の先生は、にっこりと笑う。

「…って、更に激しく降ってきましたよぉ…………!!!!!」
「山本先生?」

ぺんこうは、背後に何かを感じたのか、鋭い目つきで立ち上がり、素早く窓に駆け寄った。




「…ぺんこう……ぺんこう……」

真子は、そう呟きながら、どしゃぶりの雨の中、寝屋里高校の門へ目指して歩いていた。壁に手を突きながら、門まで歩いていく…。門が見えてきた。真子は、門の所から見える職員室を見上げた。

「…ぺんこう……」




ぺんこうは、職員室の窓から、気配を感じる所を見下ろした。

「…組長!!」

ぺんこうは、感じた気配の主が、門の所で、びしょ濡れになりながら、見上げる真子だと気が付いた途端、窓を開け、飛び降りた。

「…って、山本先生!!!」

ぺんこうの行動に驚いた数学の先生は、叫びながら窓に駆け寄る。
その声で、職員室に居た教師達が、何事かと、一斉に振り返り、駆け寄ってきた。



ストン…。

真子は、目の前に何かが降りてきた事に気が付いた。
ゆっくりと目をやると、そこには、二階の窓から飛び降り、綺麗に着地したぺんこうの姿があった。
ぺんこうは、立ち上がった。

「組長」
「ぺんこう…!!!!!」

真子は、ぺんこうの姿と声を聞いた途端、安心したように抱きついた。

「無事でよかった…」
「えっ?」

ぺんこうは、真子の言葉を理解できなかったが、真子が入院していたことを知っていた為、驚いたように真子に尋ねる。

「組長、病院を抜け出したんですか! …って、…歩いて?」

真子は、裸足。その足は、汚れて黒くなっていた。ぺんこうは、ジャージの上着を脱いで、真子の頭からすっぽりとかぶせた。

「ったく、帰りに寄るとまさちんに言ったんですけど…」

ぺんこうは、異様な目線を感じ、その方へ目をやった。
職員室の窓からは、教師達が、真子とぺんこうのアツアツな雰囲気を観て、冷やかしの目を送っていた。

「…兎に角、保健室へ」

ぺんこうは、そっと真子を抱きかかえ、玄関から保健室へ目指して歩き出した。

「なんで…わかったん?」
「組長の声が聞こえましたから」
「昔も…そうだったね」
「大学の門の前の時ですか?」
「うん。…なんで、飛び降りてきたん?」
「その方が、早いですから」
「そだね。…ありがと…」

ぺんこうは、保健室の扉を開け、中へ入っていった。


「あついねぇ〜」
「熱血教師やもんなぁ」
「で、誰?」
「…真北…」

教師達は、お互い目を見合わせて、そして、野次馬根性丸出しで、職員室を出ていった。




橋総合病院・真子愛用病室。

「…居ない…」

心配になった真北が、片手に氷を持って、真子の病室へやって来たが、真子の姿は、見あたらず…。頭を掻いて、悩む真北は、携帯電話で、連絡を取り始めた。




寝屋里高校・保健室前には、ぺんこうの熱い抱擁姿を見た教師達が、ドアの所で聞き耳を立てて、中の様子を伺っていた。



真子は、毛布にくるまって、ベッドに座っていた。

「どうされたんですか。ったく…」

ぺんこうは、保健の先生から飲み物を受け取り、真子へそっと渡した。

「ココアです。体の芯から温まりますよ」

真子の前にしゃがみ込み、真子の横に手を付き、真子を見上げるぺんこうの表情は、とても優しかった。

「こっそりですね」

真子は、ココアの入ったコップを両手に持ったまま、頷いた。

「ったく…」

ぺんこうは、立ち上がり、真子の頭を軽く叩いた後、保健室に備え付けている電話で、何処かに連絡を入れる。

真子は、そっとココアを飲む。
保健の先生が真子の足下に、温かい湯を入れた洗面器を置いて、真子の脚を洗い始めた。

「洗ってから、治療するね」
「…すみません…」

真子の脚の裏は、皮膚がめくれ、切り傷もあった。

『さっさと連れて来い!!』

電話の向こうから、怒鳴り声が聞こえてきた。

「着替えさせて、治療してからですよ。…わかってます。
 怒鳴らないで下さい。真北さん、そこ、病院でしょうがぁ!」

ぺんこうは、受話器を当てていた耳を気にしながら、電話を切り、ため息を付いた後、真子に振り返った。

「組長、私のジャージしかないんですが……。あっ、先生、私がします」

ぺんこうは、保健の先生と替わり、真子の脚を洗い始めた。
当然の如く……。

ドカッ…。

「ふんぎゃ!」

ぺんこうは、しりもちをついた。
真子は、ぺんこうを観て、くすくすと笑っていた。

「組長、脚癖悪すぎますよ。放り出しますよ!」

真子は、ふくれっ面になる。
ぺんこうは、消毒液と塗り薬、そして、包帯を棚から取りだし、真子の脚の治療を始めた。

「一体、何を慌てて…」
「…ぺんこうに、逢いたかっただけ…」
「体調も良くないとお聞きしましたよ。あれ程申しているのに、
 無茶しないでください」
「ごめんなさい…」
「…素直ですね。ったく」

二人のやり取りを見つめていた保健の先生は、突然、笑い出す。

「先生、どうしました?」
「山本先生がね」
「…私ですか?」
「いつも観る姿と全く違うんやもん。阿山さんの前じゃ、
 優しいんですね」
「そんなことありませんよ。いっつも厳しいですから。
 組長、私は、荷物を取ってきますので、その間にそれを飲んで、
 体を温めておいてくださいよ」
「うん…」

真子は、ゆっくりとココアを口に運んでいた。ぺんこうは、真子に気を配りながら、保健室を出てきた。

「……って、先生方、こんなとこで、何を…?」

保健室の前には、まだ、職員達が、聞き耳を立てていた。

「いや、その…。山本先生が、突然…」
「あついねぇ〜」

教師達が、ぺんこうをからかう。
しかし、急に口を噤んだ。
ぺんこうの眼差しが、教師からやくざに…変貌…?

「暇…なんですか?」

ぺんこうは、呟きながら、去っていった。
ぺんこうの後ろ姿を見届ける教師達は、口々に呟く。

「こわぁ〜」
「怒ってますよ、あれは…」
「…照れてるの間違いやで…」
「なるほど…」

その通りだった。
ぺんこうは、耳まで真っ赤になっていた。




ぺんこうは、真子の着替えを手伝っていた。

「…組長、この傷は…?」

真子の背中の傷と赤いあざに気が付き、そっと尋ねた。しかし、真子は、何も応えず、急いでジャージを着て、立ち上がった。

「大きいよぉ」
「昔に比べたら、小さいと思いますよ」
「それは、私が成長しただけやろぉ…って、歩けるって!」

突然、抱きかかえられた真子は、驚いたように言った。

「足下ふらついてますし、熱、高いでしょう?」
「…ごめん…」

真子は、ぺんこうにしがみつく。

「ったく。では、先生、お世話になりました。お先です」
「お大事に」

ぺんこうは、荷物を手にとって、保健室を出ていった…ら、やっぱし…。

「先生方…ええ加減にしてくださいよ」

野次馬教師達が、そこに居た。ぺんこうは、真子の顔を隠すように自分の胸に顔を埋めさせる。

「お大事にぃ〜」

ぺんこうの雰囲気に何も言えなかった教師達は、呟くようにそっと言うだけだった。



ぺんこうは、真子を助手席に座らせ、運転席に廻り、車を発車させる。
車が走り出した途端、真子は、ぺんこうにしがみついた。

「組長?」
「このままで…いい?」

ぺんこうは、笑みで応え、真子の肩にそっと手を回し、頭を優しく撫で始める。
真子に何が遭ったのか。ぺんこうは、それが不安だった。




橋総合病院。
真子は、愛用の病室で眠っていた。ぺんこうは、真子の眠る姿を見て、安心した表情をしながら、病室を出てきた。廊下には真北が、立っていた。

「ありがとな」
「いきなり驚きましたよ。組長の無茶にも程があります。それと真北さん…」
「ん?」
「組長の背中の傷、あれは、なんですか? …組長に、何が遭ったんですか?」
「さぁな」

真北は、とぼけていた。そんな真北の胸ぐらを掴みあげるぺんこう。

「とぼけるな。観ただけで解る傷だろが…。あれは、誰かにひっかかれ、
 そして……考えたくないが、組長の体に…」

バッ!

真北は、ぺんこうの腕を引き離した。

「…水木だよ…」
「な…!」
「…あいつ、真子ちゃんにとんでもない条件を言いやがった…。
 昔っからのあいつの手口なんだがな…」
「まさか…」
「まさちんと桜の関係の責任を取れ…」
「それは、組長に関係ないだろ…」
「それだけじゃないんだよ…」

真北は、ちらりとぺんこうを見た。

「一般市民を守りたいなら、条件をのめ…」
「条件…?」
「水木自身の感情が高ぶった時に、抱く…。拒むな、ばれるな…。
 それを10日間続ける…。ここ数日、水木との行動が多いと思っていたら、
 まさか…そういう状況になっていたとは…俺自身…気が付かなかったよ。
 真子ちゃん、悟られないように、振る舞っていたんだよ」

真北の声は震えていた。

「一般市民…って?」
「桜さんを怪我させた責任…」
「…あ、あれは、桜さん自身で…」
「その矛先を真子ちゃんに向けていたとはな…」
「あいつ…」

ぺんこうからは、怒りのオーラが現れた。

「…その一般市民は、襲われたら、必ず、昔に戻るだろうな…」
「えっ?」
「戻らない為にも…」
「そ、それは…」

その時だった。真子の病室のドアが開き、真子がゆっくりとした足取りで出てきた。

「組長、どちらへ?」

真子は、またしても、こっそりと出掛けようとしていた様子。声の方へ振り返る真子は、微笑んでいた。

「仕事…残ってるから」
「…そう言って、水木のところに、行かれるんですか?」

ぺんこうは、怒りを堪えながら真子に言った。

「…ぺんこう…」
「自分を犠牲にしてまで、周りを守ろうとするな…私、言いましたよね」

ぺんこうは、真子に問いかけながら、歩み寄っていく。

「約束の10日まで、あと少し。時間が残ってる。だから…行かないと…。
 別に拒んだわけじゃないけど、延びてもいい。…私は、大丈夫だから」

一歩踏み出す真子の腕を掴み、阻止するぺんこう。

「離してよ、ぺんこう」
「離しません…」

ぺんこうは、真子を自分の方へ振り向かせた。真子は、わざと目を反らす。
ぺんこうは、真子の両腕を掴み、俯きながら泣き出した。

「もう…やめてください…。俺の為に、体を…体を…!!!」

ぺんこうは、ガクンと跪き、真子に頭を突きつけた。真子を掴む手に力がこもる。

「行かないで…ください。もう、いいんです…。何が遭っても、俺は…
 昔には、戻りません…。あの日…あなたをこの腕に抱いた時に…
 決めましたから…。…だから、もう……行かないでください…!!」
「…ぺんこう…」

ぺんこうは、真子を抱きしめ、呟く。

「…あいつ以外の男に、体を…許さないでください…。大切な…体を…!!」

真子は、ぺんこうの頭にそっと腕を回し、優しく抱きしめた。

「また…ぺんこうを困らせてしまったね…。ごめんなさい…」
「く…組長……!!!」

真子は、張りつめていた物が、一気に緩んだのか、ぺんこうの頭を抱きしめたまま、気を失っていた。
力無くもたれかかる真子をそっと抱きかかえ、唇を寄せるぺんこう。そして、真子を病室へ運び込み、ベッドに寝かしつけた。

「…俺…許せませんよ…」

ドアの所に立つ、真北へ静かに話すぺんこうは、ゆっくりと振り返った。
目には怒りが露わになっていたが、醸し出す雰囲気は、昔のものではなく、今のぺんこう自身の雰囲気だった。真北は、安心した表情で、ぺんこうを見つめ、そして、言った。

「お前は行かなくてええ。俺も停められた」
「…誰にですか?」
「わからんか? お前と同じ、いいや、それ以上、真子ちゃんを大切に
 思っている二人だよ」
「まさか…あいつら…」
「不甲斐ないボディーガードだよ。ったく。水木が無事ならいいがなぁ」

真北は、フッと笑って、病室のドアを開けた。

「お前は、真子ちゃんに付いててくれよ。一番心強いからな」
「真北さん…」
「ただし、何もするなよ。…次に、俺の前でキスする姿を見せたら、
 …撃つ…」

真北は静かに言って、病室を出ていった。ぺんこうは、そっと微笑み、ベッドの側に置いてある椅子に腰を掛けた。

「組長……ありがとうございます…」

ぺんこうは、真子の手を取り、唇を寄せ、目を瞑った。





水木組組事務所。
高級車が一台、ゆっくりと停まった。ドアが開き、二人の男が降りてくる。
二人の男は、その脚で、事務所のドアを開けた。

「…水木さん、こちらに?」
「こんにちはっス。すぐお呼びします」
「呼ばなくていいよ。居るなら、俺達が、向かうから」

組員に、笑顔で話しかける男は、まさちんだった。そのまさちんの後ろには、サングラスを掛け、事務所内を見渡すくまはちが、立っていた。そして、まさちんとくまはちは、そのまま奥にある組長室へと入っていった。
ノックもせず、勢い良くドアを開けるまさちん。
水木は、ソファに腰を掛け、アルコールの入ったグラスを手に、のんびりとしていた。

「早かったな」
「…何も言わなくても…すでに…解ってるよ…なぁ、水木ぃ〜」

まさちんの眼差しが一変した。
殺る気だ…。

しかし、水木は、のんびりとしたまま、グラスに口を付けた。



ガチャーーン!

ガラスが、激しく割れる音が、事務所内に響き渡った。その音に、組員達が、組長室前に駆けつける。

「何事ですか!!……えっ…?!」

組員達は、目を見開いて、室内を見つめる。
そこには、ガラステーブルを蹴り上げ、水木の胸ぐらを掴みあげるまさちんの姿があった。

「兄貴!!」

西田が、組員達をかき分けて、入ってくる。

「…出て行け、西田。そして、ドア閉めろ」
「しかし、兄貴」

西田に目をやる水木。西田は、水木の眼差しで、全てを察した。

「出るぞ」

西田は、渋る組員達を押して、部屋を出ていき、ドアを閉めた。
水木は、軽くため息を付いて、まさちんを見上げた。

「ゆっくり飲ませろや」

水木は、ひるみもせずに、アルコールを飲み干した。

「…で、どうするつもりや? 事と次第によっちゃぁ、あいつら、
 黙ってへんで」
「発言の権利は…ないぞ、お前には…」

くまはちが、ゆっくりと水木に近づきながら言う。そして、水木の側に足を乗せ、顔を近づけた。水木の持つグラスをゆっくりと手に取り、入り口向けて投げつけた。

パリン!

ドアの外で待機している組員達は、突然の物音に、身をかがめる。

「もう…わかってるよな…」

まさちんが、静かに言う。
水木組組事務所は、緊迫した雰囲気に包まれ始めた…。



(2006.5.15 第四部 第三十五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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