任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第三十六話 長かった抗争への終止符

真子愛用の病室。
ぺんこうは、真子の額に浮かぶ汗を優しく拭く。
時々、表情を強張らせ、体に力を入れる真子をそっと抱きしめる。すると、真子は、穏やかな表情へ変化する…。

「……ぺんこう…」
「はい?」

真子の寝言だった。
ぺんこうは、微笑み、真子の頭を優しく撫でる。

そんな穏やかな雰囲気とは、裏腹に、緊迫した場所…
それは、水木組組事務所だった。

水木の胸ぐらを掴みあげるまさちん。

「もう…わかってるよなぁ」
「あぁ。…だけど、その前に言わせろ」
「発言の権利はないと…言ったろ?」

くまはちが、言う。

「…ある。まさちん、お前が桜と寝た事や」
「それは、俺と桜姐さんとの関係で、組長には、関係ないやろ。なのに、
 あ? なんや? それも条件に加えただとぉ? 矛先は俺に向けろよ」
「そう…やな」

水木は、まさちんの腕を下から払い、素早く蹴りを入れた。しかし、まさちんには、効いていない。

「…それで、ええんか?」
「お前をやっても、しゃぁないな」
「どっちにしても、その方向へ走るのか。水木…あんた、最低だな」
「あぁ。最低の男や。親を抱きっぱなしやったからな。…それとも、何か?
 好きな女を寝取られて、怒るというのなら、素直に受け入れ…!!!」

ドカッ! バキッ!! ドン!!

水木は、まさちんから、拳を頬に受け、ソファ毎、後ろにひっくり返る。水木は、体を起こしながら、まさちんを睨んでいた。

「先に…手を付けとけよ。いつまでも、躊躇してるから、こうなるんや。
 まぁ、酒だけじゃなく、男も教えた俺のことは、これから先、ずっと
 組長の頭に、心に、残っているだろうなぁ。…ぺんこうのように、
 素敵な思い出とは、ならんやろうけど」

水木は、何かを思いだしたように、笑い出す。

「…俺の腕に抱かれていた時、ずっと、口にしてたぞ。
 『ぺんこう、ぺんこう』ってな! はっはっは!!」

まさちんは、拳を握りしめる。そして、静かに語り出す。

「言いたいことは、それだけ…か?」
「…桜を頼んだよ」

水木は、静かに言った。
まさちんは、立ち上がった水木の膝の後ろを蹴り、水木を跪かせる。そして、髪の毛を引っ張り上げた。

「さぁて。本当なら、何も言わさず、殺るんだけどなぁ。それは、割にあわんやろ。
 俺とくまはちは、あんたの大切な人と寝てるんだからな。だから、そこまでは
 しないでおこうか。しかし、条件がある」
「条件?」
「組長への条件は10日だったよな」
「…10日殴り続けるのか?」
「いくら、俺らでも、そこまでは、体力ないぞ。…だから、10時間にしようと思った。
 それだと、確実に、あんたが、死ぬ。死なれては困るからな。…だから、分にした」
「分?」
「10分間、無抵抗。少しでも抵抗したら、1分増える。それを俺とくまはち
 二人分かな。…合計20分。この条件でどうだ?」
「…たった、20分か…。かまへんで。やれよぉ」
「…俺達のこと、知らなさすぎですよ、水木さん。…今回、誰が関わってますか?」
「…組長…!!!!」

その瞬間、水木は、まさちんの差し出す条件をのんだことを後悔した。
しかし、この世界で生きてきた人間は、一度受け入れたことは、断らない。
水木は、意を決した。

「やれよ」

水木の言葉に、まさちんは、にやりと笑った。

「開始や」


まさちんは、そう言うと同時に、水木の腹部に拳を連打する。
前のめりになる水木の襟を掴みあげ、脇腹に膝蹴りをする。
水木は、手でガードをしようとするが、その手は、まさちんに掴まれ、ひねり上げられた。
後ろ手にした水木を壁にぶつける。
水木は、額を強打し、その場に座り込む。
座り込む水木に、容赦ない蹴りを炸裂。
水木の口、鼻から、血が流れ出した。
胸ぐらを掴みあげられ、部屋の中央へ放り投げられた水木は、割れたガラステーブルの上に着地する。
その際、手を突いたが、そこは、ガラスの上。両手、両腕を、ガラスの破片で、深く切った。
その右手を踏みつけるまさちん。
鈍い音がした。
手の傷を痛がる水木は、血を吐き出した…。



組長室の外では、組員達が、中から聞こえてくる音で、何が起こっているのか把握し、それぞれが、手に武器を持ち、中へ入ろうとドアを開けた。

部屋の中央では、まさちんから、容赦ない蹴りを入れられ、体中が真っ赤になっている水木の姿があった。ドアが開いた気配で、水木は、ドアに目を向ける。

「西田ぁ…入るな、言うたやろ」
「しかし、兄貴…」
「お前らが、手ぇ出したら、それこそ、怪我人が増える…俺だけでええ……うっ!」

水木を蹴り上げるまさちん。その足で、上向きになる水木の腹部を踏みつける。
口から吹き出す血。
それに反応するように、体を動かす組員達。
その組員の動きに気付いたくまはちが、ゆっくりとサングラスを外し、ポケットになおしながら、組員達に歩み寄っていく。
くまはちの雰囲気に、組員達は、後ずさりを始め、部屋を出た。

「…いい子や」

ドスを利かせたくまはちは、微笑んで、ドアを閉め、鍵を掛けた。

「まさちん、あと2分やで。…俺の分、残しておけよ」
「こんだけじゃ、くたばらんやろ、この人は」

まさちんは、水木の胸ぐらを掴みあげ、立たせる。
しかし、足に力が入らないのか、すぐにふらふらとし始める。

「立てよ。…組長は、それでも、俺の前では、普通を装っていたぞ。
 根性が足らんなぁ、水木。それでも、長年、この世界で生きてきた男か?」

その言葉に反応するかのように、水木は、足に力を入れる。そこへ、まさちんの拳が腹部に入った。

「まだ、くまはちが残ってるんだけどなぁ」

そう言いながら、水木の腹部を蹴り上げる。
水木が、まさちんにもたれるように、倒れた所で、時間が来る。

「交代や」

その声と同時に、まさちんは、水木をくまはちへ差し出した。
くまはちは、サングラスを掛ける。
本気じゃない。

…ということは、遊び…か?

水木は、微かに残る意識で、それを悟る。
しかし、それは甘かった。
まだ、本気の方が、ましだった。
くまはちに遊ばれる感じで、蹴りや拳を頂くということは、どういうことか、把握した。

地面に足がつかない。

くまはちは、本当に怪力だった。
まさちんから、受け取った水木の体を宙に蹴り上げ、落ちていく体は、地面につく前に、直角に壁にぶつかる。
水木は、首を鷲掴みされた。
水木の脳裏に撫川の時のことが過ぎる。

へし折られる!!
そう思い、身を縮めた。
しかし、それは、違っていた。
くまはちは、水木の服を引き裂き、全裸にした。
水木の体に残る爪の痕。それは、真子がつけたもの。
その深さに、どれだけ激しかったのか、把握したくまはちは、ゆっくりとサングラスを外した。
くまはちは、側にあるガラスの破片を手に取った。そして、先を水木の体に向ける。
ガラスの先は、水木の体にある全ての爪の痕の上を切り裂いていった。
そして、ある部分でその手は停まる。

「どうしようか…なぁ」

くまはちは、水木の耳元で呟いた。

「それだけは…やめてくれ…」
「…組長、拒まなかったのか? 嫌がらなかったのか?」
「…5日目で、嫌がったよ…。だけど、俺を優しく…抱いてくれた…。
 甦った俺のこの感情を眠らせてくれと頼んだからな…」
「眠らなかったんだろ? その後、3日も続けたからなぁ。…って、水木ぃ〜
 まだ、話す力があるんか。…しゃぁないなぁ」

くまはちは、そう言って、手に持つガラスの破片を水木の右腕に突き刺す。

「ぐわぁぁっ!」

水木の叫びと同時に、くまはちは、水木の右腕を取り、曲がり得ない方向へ曲げた。

バキッ!

変な方向へ曲がる腕。水木は、その腕に、自分の手を添え、あまりの痛さにのたうちまわった。
しかし、くまはちは、もう一つの水木の手を取り、同じように別の方向へ曲げた。
骨が、皮膚を突き破った。
再びサングラスを掛けたくまはちは、水木の髪を引っ張り、床を引きずり、部屋の中央に放り投げた。
横たわる水木の体。

残り1分。

くまはちは、水木の首を鷲掴みした後、ドア目掛けて投げつけた。

ドッカァァン!!! バタァァ…。

外で待機していた組員達は、水木の体が、ドアを突き破って出てきた事に驚き、腰を抜かす。
ドアが、水木の上に倒れかかった。
と同時に、水木の体毎、ドアを踏みつけるくまはち。
タイムアウト。

「まさちん、帰るぞ」
「あぁ」

腰を抜かす組員の間を歩き出す二人は、水木組組事務所を出ていった。そして、車に乗り、去っていく。

「兄貴!!」

倒れるドアをどけ、その下に居る水木に手を差し出す西田と組員達。水木は、微かに意識があった。

「救急車、呼べ!!」
「へい!」

組員が、急いで電話をする。
水木の姿を見て、何もできない組員達。

「…西田ぁ…抑えておけよ…こいつらを……」
「わかってます」
「…抑えておかな…俺のようになるぞ…、…てめぇら…ええ…か……」

水木は、そこまで言って気を失った。

「兄貴!!!」

西田達の声が、遠くに聞こえる水木だった。





橋総合病院・ICU前。
西田が、ガラスの向こうに眠る水木を見つめていた。
少し離れたところには、真北を始め、まさちん、くまはちが、立っていた。

「お前らも、甘いな」
「あれ以上だと、確実に、死にますよ」

まさちんが、言う。

「それでもよかったんやけどな」

真北は、怒りが納まっていない。

「橋先生には?」
「ん? …あの姿見て、わからんか? …ちゃんと仕事しよった」
「仕方ありませんね。医者ですから」
「そうだな。で、くまはち」
「はい」
「斬るのもええんやけど、なぜ、落とさなかった?」
「哀願されましたよ」
「ほぉ。水木でも、哀願するんか。まぁ、男なら、そうやろな。
 …復帰したら、女抱くつもりやな、それは」
「そうでしょうね。でも、切り落としたら、ぺんこうも…なりますけど…」
「かまへん」

真北は、そのことに対しても静かに怒っている。

「組長は?」

くまはちが、尋ねた。

「ぺんこうが視てるよ」
「おれ、行ってきます」
「あぁ。頼むよ」

くまはちは、本来の仕事に戻る。
真北とまさちんは二人で、西田を見つめていた。

「真北さん」
「ん?」
「ぺんこうは、何故、組長を?」
「…お前、知ってたのか?」
「組長の姿見れば、気が付きますよ。真北さんより、俺の方が、
 一緒にいる時間が長いんですから。…なぜ、俺に黙っていたんですか?」
「お前、ぺんこうを殴るやろ。それは御免だからや」
「…まぁ、そうしていたでしょうが…」
「あいつと俺の関係、お前には、話してなかったな」
「…以前、ぺんこうから、直接聞きました。…みんなで、むかいんの店に
 集合したあの日に…ぺんこう、静かに語ってくれました」
「そうか。なら、俺に対するあいつの感情、知っているだろ?」
「大切な人を奪う…でしたよね。…それが、組長?」
「昔の感情が目覚めたなら、遂げればいいと…真子ちゃんが言ったそうだよ。
 それで、そのまま…な」
「それで、発砲を…」

真北は、あらぬ方向を見る。
そこへ誰かがやって来た。

「…ぺんこう」
「…水木さんの具合…どうですか?」
「さぁな」

真北は惚ける。

「ったく」

ぺんこうは、そう言って、ICU前の角を曲がっていった。

「あっ…しまった……やばいな…」
「真北さん、なぜですか?」
「あいつと西田を会わせたくない…」

真北は、慌てたように歩き出すが、顔を合わせた二人の雰囲気を見て、歩みを停めた。


ぺんこうと西田は、肩を並べてガラスの向こうにいる水木を見つめていた。

「無事でよかったよ」

ぺんこうが静かに言った。

「怪我はひどいんですけどね。…兄貴が悪いですから」
「…西田…あんたのことだよ」
「俺? …俺は、何も……!!!」

ぺんこうは、西田を見つめる。

「悪かった」
「ぺんこう…さん…」
「俺のこと、知ってるんか?」
「姉貴から…姐さんと一度、学校前に…」
「そうか…」
「あなたが、…あの緑だったとは…。姐さんから聞きました。
 そして、今回の事件の真相も。…結局、水木組は、阿山組に
 頭が上がらないということですね」

西田の言葉に、ぺんこうは、何も言わなかった。
暫くして、ぺんこうが、口を開く。

「ありがとな」
「はい?」
「西田が、言わなかったら、組長は、今頃、壊れていた。感謝するよ」
「組長の笑顔…失いたくなかったんです。だから…あの時…」

西田は、自分の右腕を見つめる。

「ビルで、組長にゲームをやめるように言った時、組長にこの傷を
 知られてしまいました。組長も御存知だったようで…」
「あぁ、桜さんが怪我した日に、知ったようだけどな」
「この傷のこと、尋ねられたんです。…本当のこと、言えなかった。
 あなたに斬り落とされたとは…。事故だと伝えました。…もし、本当のことを
 言ったら、組長…そして、あなたが、傷つくと思って…」
「俺は、傷つかないよ。組長は違うけどな」
「…怖かった。俺は、あの日から、毎日、あなたのあの表情が夢に出てきて、
 眠れなかった。…だけど、真北さんに言われて、徐々に治りました。
 俺自身も悪かった。だって、俺が、この腕を斬り落とされたのは、組長の父を
 狙った時ですから。…そこまで、組長に知られてしまうと思うと…、
 私は、自然と嘘を付いていた」
「嘘付いて、正解だったな」
「でも、最悪な結果になりましたね」
「そうだな。…終わったと思っていた抗争は、まだ、続いていたんだ…」
「…これで、終わりましたよね」
「…あぁ」

西田は、安心したのか、涙を流していた。

「あっ、すみません…俺……。なんで、水が…」

その涙を慌てて拭う。
そんな西田を見つめていたぺんこうは、西田に手を伸ばし、腕の中に優しく包み込んだ。

「我慢は…良くないぞ」

ぺんこうの言葉が、西田の何かを動かした。

「うわ…うわぁぁぁあ」

西田は、ぺんこうの腕の中で、わんわんと泣き出した。
そこへ、誰かがやって来る。水木の事を橋に聞いた桜が足を運んでいた。
角を曲がる前に、ぺんこうの声を耳にした。その後に、西田の泣き声が聞こえてくる。
そっと顔を覗かせると、西田が、あれだけ恐れていたぺんこうの腕の中で、子供のように泣いている姿が目に映った。

椿……。

ぺんこうは、桜の気配を感じたのか、そっと西田を解放し、ゆっくりとその場を去っていった。

「ぺんこう…」

呼び止める桜。
ぺんこうは、歩みを停める。

「堪忍な…。それと…ありがとう」

ぺんこうは、ちらりと桜に目をやり、微笑み、その場を去っていった。

「椿!」

桜は、西田を抱きしめる。

「兄貴が…」
「ええねん。自業自得や」
「姉貴ぃ〜」
「うち、止めに行ったやろ。だけど、これやん」
「それでも…」

泣きはらした目で、桜を見つめる西田。
桜は微笑んでいた。その微笑みに応えるように、西田も微笑む。
あたたかな雰囲気が漂うICU前を真北とまさちんは、柔らかな表情で見つめ、そして、去っていく。

「…あとは、真北さんですよ」
「…あっ……」

真北は忘れていた。
真子の頬を叩いてしまったこと。

「…まさちん、ヘルプ」
「ご自分で解決してください」
「…お前、ぺんこうみたいなこと言うようになったなぁ」
「長いつきあいですからね」
「やっぱし、仲ええんやろ?」
「よくないですよ」
「うそこけぇ」
「ほんとです!!」

言い合いながら、真子の病室へと向かっていく二人だった。

…ほんまに、どないしよ……。

真北は、悩む…。



真子の病室へ向かって、ぺんこうは、歩いていた。その表情は、どことなく、清々しかった。

『ですから、すぐに戻ってきます』
『…ぺんこう、何処? ね、くまはち、ねぇ!』
『少し出ると言っただけですから。もうすぐ戻りますよ。
 ご安心ください、組長』

ぺんこうは、真子の病室から漏れてくる真子とくまはちの声を聞いて、慌てて病室のドアを開けた。

「ぺんこう!!!」

ベッドから乗り出すかのように手を差し出す真子。落っこちそうになる真子に、くまはちは、慌てて手を差し伸べた。

「組長!!」

真子は、近づくぺんこうにしがみついた。

「…何処にも…行かないでよ……。心配掛けないで…」
「外の空気を吸いに行っただけですよ。ご心配をお掛けして…」
「無事なら…いい」

真子は、ぺんこうにしがみついたまま動かない。
くまはちとぺんこうは、顔を見合わせて微笑んでいた。

「何処にも行きませんから。まだ、熱が下がってませんよ」

ぺんこうは、そっと真子をベッドに寝かしつける。
枕に頭を付けた途端、真子は、ぺんこうに微笑んでいた。ぺんこうも微笑み返す。
ぺんこうの顔が、真子の顔に近づいていく……。

カチャッ…カシャッ…。

「!!!!!!!!」

ぺんこうの頬を冷や汗が一筋伝っていく…。

「…俺、言ったよな…。俺の目の前で…って」
「居なければ…よろしいんですか…?」

ぺんこうは、背後の気配に苦笑い。
ぺんこうが、真子を寝かしつけたと同時にドアを開けて、真子の病室へ入ってきた真北とまさちん。
真北は、懐から銃を取りだし、真子に唇を寄せそうなぺんこうに向けていた。

「…ぺんこう…弾けすぎやぞ」
「…そういう、あなたこそ、弾きそうですね」
「…弾こうかぁ?」
「真北さん!!」
「真北ぁ!」

ガツッ!!

まさちんが停めるよりも先に、真北は、ちょうど病室へ入ってきた橋に思いっきりゲンコツをもらった。



真北の頭の上に氷のうが乗せられていた。
ふくれっ面の真北は、

「入ってくるなり、ゲンコツは、いらんわい」

ふてくされていた。

「じゃかましぃ。病院で怪我人を出してどうすんねん」
「お前が、言うな!!」

真子の診察をしている橋は、拳を振るわせながら、真北に振り返る。
真北は、恐縮そうにしながら、病室の隅にあるソファに腰を掛ける。くまはちが、そっと真北の頭に乗っかる氷のうを持った。

「真子ちゃん」
「…はい」
「もう、心配することないからな、自分の事だけ考えて、ゆっくり休みぃ」

橋が優しく語りかけた。

「でも…」
「これ以上、真北に始末書を書かせるようなこと、させんなよ。俺が困る」
「なぜ、橋先生が?」
「あいつを注意するんは、俺やで」
「…ごめんなさい」
「ん?」
「…橋先生に…怒鳴りつけてしまった…。ごめんなさい…」
「ほんま、驚いたで。襟首掴まれて、俺、殴られる思たで」
「ごめんなさい…」

真子は、布団を頭まですっぽりとかぶってしまった。
その布団越しに、真子の頭を優しく撫でる橋の目は、真北を睨んでいた。

「なんで、睨むんや…」

真北は、呟いた。

「橋先生…」

布団の中から、そっと顔を出す真子。

「なんや?」
「桜姐さん…どう?」
「…真子ちゃん、何処まで記憶あるんや?」
「水木さんのマンション…それから、桜姐さんの腕の中…。そして、ここで、
 橋先生に…。学校…病院の廊下でぺんこうに停められたことから、ずっと…」
「その前のことは…?」
「……ある…よ」

真子は、静かに言った。
真子の言葉に、病室にいる真北たちは、何も言えず、一点を見つめたまま動かなかった。橋は、その雰囲気をどうしようか、頭を掻く。

「何をしてたか、わかるよな」

真子は、静かに頷く。

「…水木からも、聞いた」

真子は、目を丸くして、一点を見つめる。

「水木のゲームのことも、昔っから、知ってる。だけどな、俺が疑問に思うのは
 真子ちゃんの腕力や」
「私の、腕力?」
「いくら、水木に押さえ込まれたとしてもな、真子ちゃんやったら、
 水木を反対に倒すくらいの腕力あるはずやろ。…なんでや?」
「なんで…って?」
「考えたくは、ないんやけどな…」
「水木さんの気持ち…知ってたから」

真子は、橋の言葉を遮って、静かに言う。

「だからって、何も…」
「お前は黙れ」

真北の発言を与えようとしない橋は、顎で出ていくように差す。
真北は、口を一文字にして、そっぽを向いた。

「…俺に隠し事は、なしやで」
「隠してない…」

真子の表情が強張る。
橋たちは、その表情で、全てを悟った。

やっぱしな…。

「…橋先生、今日はもう、よろしいのでは? 組長の熱がぶり返しますよ」

ぺんこうが、真子をそっと抱きしめながら言う。
真子の手は、しっかりとぺんこうの服を掴んでいた。
それを観た真北は、氷のうを持つくまはちの手を払いのけて、病室を去っていった。

「くまはち、頼んだよ」

ぺんこうが言う。くまはちは、何も言わずに真北を追って、病室を出ていった。

「…ぺんこう、お前、何を企んでる?」

橋が、静かに尋ねる。

「なぁにも」
「……変わったな。…そんなに、自分の思いを遂げたことが、嬉しいんか?」
「…嬉しいね。長年の思いを、晴らせたことがね」

ドカッ!!

橋が、ぺんこうの頬をぶん殴った。ぺんこうは、勢い余って床に倒れ込む。

「橋先生!!」
「…お前な、あいつの気持ち、解ってやったんか? あ? あいつがどれだけ
 心配して、それを悟られないように振る舞って…それを、なんや!
 あいつの傷口に塩塗りつけるようなことばかりしやがって…」

ぺんこうは、口元から流れる血を拭いもせずに、立ち上がり、真子を抱きしめる。

「…こうでも…しないと…あの人、狂ったまま…恐らく、ちさとさんが
 亡くなった日のように…狂いっぱなしになってしまう…。怒りの矛先を
 俺に向けさせれば、少しは…」
「ぺんこう…」

ぺんこうは、目の前で繰り広げられる光景に驚く表情をする真子の目を塞ぐように胸に抱き、耳を塞ぐ。

「今回の件は、すべて、私の責任なんです。それを、組長が、このように…。
 俺の力が、足りなかったばかりに、…傷つく者が、増えていく…」

真子は、自分の耳を塞ぐぺんこうの手に、そっと手を添え、ぺんこうから離れた。そして、ぺんこうを見つめ、

「一番、傷ついたのは、ぺんこうだよ…。…私が、傷つけちゃったね」

そう言った。
真子は、ぺんこうの口元にある血をそっと拭い、今にも泣き出しそうなぺんこうの頭に腕を回し、優しく抱きしめた。

「組長…」

ぺんこうの手が、真子の服を握りしめていた。

「…この件に関しては、…私が…五代目として…責任を取るから。
 まさちん、橋先生。…これ以上、首を突っ込まないで欲しい。お願いします」
「組長。…それでしたら、私もご協力致します」
「まさちん」
「私は、阿山組五代目組長の側近です。そして、あなたのボディーガードですよ。
 これ以上、勝手な事は、させません。お一人で、何もかも背負おうとするなんて
 私は、許しませんよ」
「…まさちん…。ありがとう。…だから、ぺんこう、泣かないの」
「泣いて…ません…よ」

涙声で言う、ぺんこう。
真子は、優しく微笑んでいた。

「…って、真子ちゃん!!!」

ぺんこうを抱きしめていた腕が力無く、だらりとした真子を観て、橋が大慌て。

「熱、ぶり返しとる!!!」

急いでベッドに寝かす橋とぺんこうだった。
真子は、へらへらと弱った表情をしながらも、微笑んでいた。




熟睡する真子の隣には、まさちんとぺんこうが座っていた。
二人は、何話すことなく、眠る真子をただ、見つめているだけだった。


病室の外の廊下では、真北とくまはち、そして、橋が、ソファに腰を掛けて、話し込んでいた。

「何も…言わず…か」

真北は、困ったような表情で、橋を観る。

「言うわけない、言うたやろ」
「あぁ。それで、確信したな。水木の野郎…。くまはちの言葉がなければ、
 気が付かなかったよ。…まさちんの奴、まだ、俺に隠していることあるんやな。
 酒に強かったとはなぁ〜」
「私も、最近ですよ、それに気が付いたのは」
「そのまさちんが、寝入るなんてな…。薬使ったとしか考えられないよな。
 …水木の回復は?」
「かなり遅いで」
「なんやぁ? あの傷でか? 早くて一ヶ月やろ」
「いいや、三ヶ月やな」
「そんなに中の方が、やばかったんか?」
「それもあるけどな、…俺、言わんかったか? …お前に言われなくても
 手を抜くって」
「…おい、まさか…」
「縫合も、処置も、いつもの半分かな。…そして、ギプスしてへんで」
「…ほんまかい…。…悪い医者やな…こんな医者にかかりたないで」
「動脈切っても良かったんやで。…俺だって、お前と同じ思いやからな。
 大切な真子ちゃんを…な」

橋は、そう言って立ち上がった。

「そやけど、俺、医者やしなぁ。困ったでぇ〜」

橋は、後ろ手に手を振りながら、去っていった。

「ったく、やな医者や。…で、くまはち、どうする?」
「…既に、えいぞうが動いてますよ」
「えいぞうが? …ってことは、健も…か?」
「身動きが取れない時ほど、恐怖感は増しますからね…」

くまはちは、にやりと笑った。

「やっぱし、お前らに頼むんじゃなかったな。…後が、大変や」
「いつものことですよ」

静かに言うくまはちだった。真北は、呆れたような、安心したような、そんな表情をして、椅子にドカッともたれかかった。

「…あいつの優しさ…感じたよ」
「昔っから、どちらも素直じゃないから…!! …すみません…っつー」

くまはちの腹部に、真北の拳が突き刺さっていた。




真子の病室。
まさちんとぺんこうが醸し出す雰囲気が、少しずつ険悪なものへと変わっていく…。
まさちんの怒りが露わになっている。
ぺんこうが、それに反応するようにこめかみをピクピクさせている。

「…お前なぁ、もっと我慢せぇや」

まさちんが、静かに言う。

「…その件に関しては、何も言えんな」

ぺんこうは、にやりと微笑む。

「俺には、無理やな」
「気にしすぎや。…俺は、組長に愛してると言ったが、応えは、ありがとう
 だったよ。…俺にとっては、嬉しいことだがな…。だけど……なぁ」
「なんだよ」
「なんだよって、なんだよ」
「…あほらしいから、言わへんで」
「わかっとる。…だけど、早く、応えてやってくれな」

ぺんこうは、まさちんに優しく微笑んでいた。

「できたらな。…お前も、真北さんに…な」
「難しいな」
「どっちが、早いか、競争やな」
「どっちも長くなりそうやな」
「だな」

まさちんとぺんこうは、微笑み合う。

「……俺の出番なし?」
「むかいん!! いつの間に!!!!」

振り返れば、むかいんが、立っていた。

「組長、どうなんや?」
「2、3日、ゆっくり休めば大丈夫だろうって。…まぁ、じっとしてへん
 やろうけどな。5日くらいは、入院やろ。ちょうど定期検診もあるしね」
「…組長、同窓会近いんちゃうんか? それと…例の総会…」
「あっ…」

ぺんこうとまさちんは、同時に呟く。
二人とも、忘れていた様子。

色々と遭ったから、しゃぁないかぁ〜。



そして、病室には、まさちん、ぺんこう、むかいんの三人が、熟睡している真子に気を使いながらも、色んな話で静かに盛り上がっていた。
むかいんとぺんこうが話す抗争の話。まさちんは、詳しく聞いたことがなかった。
その抗争の発端、ぺんこうの事、その際の真子の狂乱。
ぺんこうとむかいんは、静かに語っていた。



(2006.5.16 第四部 第三十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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