任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第三十七話 真北にも甦る昔の感情

少し暗がりの部屋に、一人の男が座っていた。
目の前にある机の上に、免許証、保険証、財布、筆記用具、ハンカチ…そして、封筒が次々と置かれていく。
封筒を手にする別の男が中身を出した。

「同窓会ご案内…。ほほぉ、お前、寝屋里高校出身かぁ。
 …なんか観たことある高校の名前やなぁ。…そういや、昔、
 阿山真子と真北ちさとが同一人物やぁ言う報道があったなぁ。
 …その学校か? 寺岡克之くん」

男に尋ねられたのは、真子の同級生・寺岡克之。
ソファーに震えながら座る寺岡を囲むように立っているのは、どう見ても、真子と同業者…やくざな雰囲気の男たちだった。

「…阿山真子…知ってるか?」
「知ってます」
「同じ学校やったら、面識あるわなぁ。…一つ違いか。阿山真子の後輩ねぇ」
「同級生です。そして、その同窓会に、来るはずですよ」

寺岡の言葉に、ぴくりと反応する男達。

「そうかぁ。…借金、チャラにしたるから、一つ、頼まれてくれへんかぁ?」
「…借金が、チャラになるんやったら、何でもする! 何をしたらええんや?」
「…ほんまに、するんか?」
「あぁ。もう、これ以上、殴られるのは嫌や、脅されるのも、嫌やぁ」
「ほうかぁ。…じゃぁ、なぁ」

男は、寺岡に顔を近づけ、睨み付ける。

「…阿山真子を…殺せ」
「えっ? だって、真北は、あんたたちと同じやくざ…」
「同業やけどなぁ、敵やぁ。寺岡くん、俺達の世界、知らなかったのかなぁ?
 何でもするって…言ったよなぁ。…やるのか? …あ?」

寺岡は躊躇する。
襟首を掴みあげられる寺岡。
恐怖で、顔が強張る。

「3000万…チャラになるで〜? 一刺しするだけや」
「できません…」
「こいつら、サポートしよるから。そっちに気が逸れている間に、
 グサァ〜っとするだけや。それで、3000万がチャラや。…それとも何か?
 明日までに、指揃えて返せるっつーなら、頼まんけどなぁ〜。…どうやぁ?」

男達の醸し出す雰囲気。それは、一般市民の寺岡にとっては、途轍もなく恐ろしいものだった。
寺岡は、震えながらも首を縦に振った。

ビリッ!

「チャラや。…わかったな…」

借用書を破り捨てた男は、何かをテーブルの上に、そっと置いた。
それは、鋭い刃物だった。
寺岡は、躊躇しながらも、刃物に手を伸ばす。そして、手に取った途端、素早く鞄の中に入れた。テーブルの上に置かれている自分の物にも手を伸ばす。

「おーっと、これは、預かっておくよ」

免許証と保険証を取り上げる男。

「見事、仕留めたら、返してやるよ。わかってるよな」

寺岡は、唇を噛みしめ、頷いた。そして、その場を走り去っていった。

「…ええんか?」
「組長!」
「そんな素人使こても、阿山真子は、死なんやろ」
「…やってみないと解りませんよ」
「…なるほどなぁ。…森下ぁ〜。お前に任せるで」
「お任せあれ。…得意ですよ、こういう手口は。松宮組長!」

にやりと笑うその男こそ、松宮組組長・松宮と組員の森下だった。
何かが起こる…。





真子の病室。
丸一日眠り続けた真子の熱は、かなり下がった。体を起こしたいが、節々の痛みや、足腰に力が入らないなど、後遺症が出始めていた。まさちんが、付きっきりで、真子の世話をしていた。

「ぺんこうは、仕事ですから」
「ほんとに、大丈夫なのかな…」
「大丈夫ですよ」
「だって…」
「終わったことです。…取りあえず、くまはちがガードしてますから、
 ご安心下さい。それに、あいつらも、勝手に行動できないでしょうから」
「…ありがとう」
「しかし…」
「なぁに?」

まさちんが、口を噤んだことを気にする真子が尋ねる。
まさちんは、話を誤魔化したように、時計を見る。

「組長、業務連絡してきます。…一人で、出掛けないでくださいね。
 大丈夫ですか?」

まさちんが、優しく語りかける。

「ん。…カーテン、開けてて。空…見たいから」
「かしこまりました」

まさちんは、カーテンを開け、真子の頭を撫でて、病室を出ていった。
真子は、空が見える位置に寝返りを打つ。

「ふぅ〜」

真子は、空を見ながら、何かを考えていた。




まさちんは、病院の玄関先で、携帯電話で、どこかに連絡をしていた。
その表情は、真剣だった。

「私達は、いりませんよ。素手でいけます。…性に合いませんよ。
 …くまはちのは、真北さんからのんですよ。…わかりました。
 しかし、今は、戻れません。……えぇ。そのように致します」

まさちんは、電源を切り、ため息をついた。一呼吸置いた後、病院へ入っていった。



真子の病室のドアを開けるまさちん。

「…居ない…。ったく、あの体でぇ」

まさちんは何かに集中する。そして、ある場所目指して歩いていった。



ICU前。
真子は、ソファに座って、ガラスの向こうで眠る人物を見つめていた。
その眼差しは、五代目を醸し出している。
不適な笑いを浮かべる真子は、

「組長」

声を掛けられ、その声にゆっくりと振り返った。

「ったく、お一人での行動は慎むように、言われたでしょう!!」

真子は、何も言わず、再びガラスの向こうを見つめる。
まさちんは、真子の側に歩み寄り、真子と同じ方に目をやった。

「意識は、まだですよ」
「それでいい。…私の方が、まだ…だから。どう…しようかな。
 水木組解散は、できない。謹慎といっても、組員が、行動を起こしそう。
 …桜姐さんの退院は?」
「あと一週間は、かかるかと…」
「須藤さんには、頼めない。…かといって、まさちんやくまはちも駄目だね。
 …えいぞうに…頼むか…」
「…血…見ますよ」
「かまへん。それが、えいぞうだから」
「そうですね」

まさちんは、静かに返事をする。
真子は、ため息を付いて、壁にもたれかかる。

「組長、戻りましょう」

真子は、首を横に振った。
まさちんは、真子の考えが解ったのか、真子を見上げるように前にしゃがみ込んだ。

「まだ、何か?」
「…残ってるの…」
「はい?」
「体に…残ってる。消したいけど、消えない…感覚……」

真子は、自分を包み込むように腕を回し、震えていた。

「ぺんこうの時と違う。…嫌な感覚…。どうすることもできなかった…」
「組長…」
「条件だと言われて、されるまま、抵抗もしなかった…できなかったの…。
 …もしかして、私、どこかで、それを望んでいたのかな…」
「それはありません。望んでいたのなら、組長は、あのような目をしません」
「目?」
「五代目を醸し出す…目つきですよ」
「五代目…だよ?」
「本能です。組長の。組長の本能が現れる時は、拒絶反応をする時ですから」
「拒絶反応…」
「特殊能力の潜在意識も、関わっているのだと思いますよ」

まさちんは、真子の腕にそっと手を添え、優しくさすり始める。真子は、その手を拒んだ。

「ぺんこうだけでなく、水木さんとも寝るような私だよ…。…まさちんに、
 優しくしてもらうこと…」
「なぜですか?」

まさちんは、真子の言葉を遮った。

「…組長、また、ご自分一人で、何もかも背負おうとしておられる。
 いつも申しているでしょう? …私にも、その苦しみ、分けて下さい。
 ご自分一人で、背負い込まないでください」

まさちんは、真子の顔を両手で挟み、顔を自分の方へ向けさせた。真子は、まさちんの手を掴んで、嫌がる。

「いいよ、もう…」
「よくありません。あの夜、水木に、何をされたんですか?」
「あの夜?」
「私が、水木の店で寝入ってしまった夜です。…いくらなんでも
 私が、朝まで熟睡するとは思えませんから。…薬…」
「…筋弛緩剤と睡眠薬を少しずつ…。まさちんのには、睡眠薬を
 たっぷりと……。そうでもいしないと、まさちんが起きるからって。
 カウンターで急に眠くなった。その時は、すでに、まさちんは、
 眠っていた。…目を覚ましたのは、店の奥にある部屋のベッドの
 上だった。水木さんが、私の上に居た。目覚めるのが早いって
 言われたよ。…中に入ってから目覚める予定だったのに…って」

まさちんの表情が曇る。真子は、淡々と続けた。

「…抵抗したよ。だけど…力が入らなかった…そのうち、水木さんに
 すべてを剥がされた…。…条件を言われた。次の日からだというのに、
 …私を……ゲームの前に…あの夜に、私は、何度も抱かれた…。
 怖かった…。抵抗したくても、できない…。水木さんに…何度も…何度も…。
 ゲームの時だって…そうだった。拒まない…それが、条件だったけど、
 …嫌だった。気が付いたら、呟いていた…ぺんこう…って」

真子は、自分の両手を見つめた。手は、震えている。

「人によって、違うんだな…って思った…そういう自分が怖くなった。
 …気が付くと、自分に無茶をしてた。…とことんまで、やってやるって
 そう決めていた。だから、熱だしても、ここに運ばれても、私は、
 水木さんに、迫っていた。…本能じゃない…潜在意識でもない。
 自分の…意志だよ。水木さんを…求めていたのは」

真子は、俯いた。そして、一息つく。

「…嫌いに…なる?」

真子は、静かに言って、まさちんを見上げた。
まさちんは、じっと真子を見つめ、そして、微笑んだ。

「私は、あの日から…あなたに惚れてます。ですけど、二人の関係は、
 主従関係です。…私から、あなたに、手は出せません」

まさちんは、そっと真子を抱きしめる。

「嫌いにはなりません。…なれませんから…。あなたが、私を
 嫌いになっても…。私は、なりません…」
「まさちん…」
「そんな感覚…私の手で消してみせますよ」

真子の体が、硬直する。

「でも…それは、私の心に残るものが、消えてから…」

そう続けたまさちんは、真子の額の傷にそっと触れた。

「…まさちん…」

真子の目から、涙が溢れ、頬を伝って流れ始めた。

「ありがとう」

真子は、静かに言った。
まさちんは、微かに震える真子を強く抱きしめる。

「その時は…優しく抱いてあげますよ」

まさちんは、真子の耳元で、そっと呟く。真子は、照れたように顔を伏せ、まさちんに軽く蹴りを入れる。

「……あほ…」

真子は、くすくすと笑い出した。それにつられるように、まさちんも笑い出す。

「…あの日って?」
「組長が、学校の前で、私に手を差し出した、あの日ですよ。
 ぎこちない表情が、すごく印象に残ってますよ」
「…微笑んだんだよ」
「笑ってませんでしたよ」
「…笑い方、忘れてたのかも…。でも…まさちんが、楽しいことを
 たっくさん教えてくれたから…。…これからも、教えてね」
「なんなりと!」

二人の会話が途切れる。
お互い、どうしていいのか、戸惑っていた。

「…病室へ、戻りますよ」
「うん」

まさちんは、抱きしめる真子をそのまま抱きかかえ、ICU前を去っていった。



真子は、まさちんの腕の中で、眠り始める。真子の病室に付いたまさちんは、真子をそっとベッドに寝かしつけ、優しく頭を撫でていた。
病室のソファに、人の気配を感じ、顔を向けた。

「……いつ?」

まさちんが驚いたように声を掛けた。

「入ってくる少し前」

そこには、真北が座っていた。

「そうでしたか。すみません」
「何処に居た?」

真北は、静かに尋ねる。まさちんは、真子に布団を掛けながら、静かに語りだした。

「ICUですよ。業務連絡で、組長から少しの間離れたんです。
 お一人で、水木のことを考えておられました。…五代目として…」
「ったく、あれ程、離れるなと言ったのにな」
「付きっきりも、組長に負担を掛けるかと…。すごく気になさってますから。
 そういう行動に出たことで、周りが、自分を嫌うんじゃないかって」
「そんなこと、ないのにな」
「…組長ですよ。そう考えてしまうのも、当たり前じゃありませんか。
 何でもかんでも、ご自分で背負い込むんですよ。真北さんも御存知でしょう?」
「あぁ」

まさちんは、真北を見つめていた。

「…まだ、本調子では、なさそうですね…」
「まぁな」
「何をそんなに悩んでおられるんですか?」
「あいつだよ。真子ちゃんを見る目が変わり始めた」
「それは、昔と変わっていないだけでしょう?」
「そうだけどな…。自分の為に体を張った。その事が、頭にこびりついている
 ようなんだよ。…あいつこそ、無茶しなければいいんだけどな…」
「ぺんこうは、もう、大人ですよ。人を教育する立場ですよ。
 そんなことで、変わるとは思えません。真北さんこそ、変わったのでは?」
「かも…しれないな。真子ちゃんに、どう接すればいいのかな…」

真北が呟くように言った。

「いつも通りでよろしいかと…。組長、すでに、元に戻りましたから」
「…また、お前の力か…。おいしいとこばかり、とりやがって…。
 だから俺は、お前だけには、真子ちゃんを抱いて欲しくないんだよ」
「他の男なら、いいんですか?」
「…撃ち殺すぞ…」

真北は、そう言って、病室を出ていった。

「あかん…ほんとに、性格が変わってる…。それとも、あれが、本性かな…」

まさちんは、呟きながら、ソファに腰を掛け、背もたれにもたれかかった。

「…いつになったら、組長をこの腕に抱く勇気が出るのかな…」

まさちんは、両手を上げて、その手を見つめていた。



まさちんは、安心したように眠る真子を見つめたあと、病室を出ていった。
まさちんが、向かう先は、病院の屋上だった。屋上のドアを開けて、外に出たまさちんは、誰かを捜すように辺りを見渡した。そして、とある一カ所を目指して歩き出す。
フェンスにもたれかかり、空を見上げ、口から煙を吐き出している人物の前に立つ。

「…組長に、全て聞きましたよ」

まさちんに声を掛けられた人物は、目だけをまさちんに向けた。
その眼差しは刑事・真北。

「…で?」
「ご想像通り、薬…使ったそうですよ。俺には睡眠薬たっぷり、そして、
 組長には、筋弛緩剤と睡眠薬を少し。寝入った組長を奥の部屋に連れ込んで
 やったそうですよ。…組長、抵抗したけど、力が入らなかったそうです」
「…犯罪やな」
「そうですね。…どうされますか?」

真北は、煙を吐きながら、フェンスの向こうに見える街を眺め、そして、口にくわえているたばこを指で挟み、灰皿でもみ消した。ポケットから箱を取りだし、新たな一本を口にくわえる。

「…ほんと、ヘビーだったんですね。再び始めた理由は?」
「娘の成長。…お前も吸うか?」

真北は、まさちんにタバコを勧める。まさちんは、素直に受け取り、口にくわえた。真北が、火を付け、自分の分にも火を付けた。
二人は、同時に煙を吐き出す。

「…えいぞうと健に、任せるか…」
「よろしいんですか?」
「…これ以上、俺が行動すると、俺自身が変わってしまうよ。…昔の…感情。
 慶造と知り合う前の刑事だった…あの感情に…な」
「やくざを壊滅させる…」
「真子ちゃんを敵に回したくない」
「真北さん…」
「…やくざを嫌っていても、真子ちゃんの血は、そのものだからな。
 俺が昔の感情に戻ったら、真子ちゃんは、どっちを選ぶかな…。
 俺一人か、お前ら大切な子供たちか…」

沈黙が続く。

「両方、選びますよ」

まさちんが静かに言った。

「…それが、阿山真子…五代目ですから」

まさちんに振り向く真北は、まさちんの表情に驚いていた。
自分よりも、誰よりも、真子の事を考えている。それが語らずとも解る表情。

真子ちゃんが、まさちんに心を開いたのは、これか…。

「…お前には、負けるよ」

真北は呟き、そして、タバコをもみ消した。そして、ポケットに入れている箱をまさちんに差しだす。

「やる。…残り少ないけどな。俺は直ぐに止めることできるけど、お前は、
 未だに、できないんだろ? 再び口にしたら、止められないよなぁ」
「真北さん?」
「…組長には、ばれてるよ」

真北は、そう言いながら、去っていく。

「わかっております」

去っていく真北の後ろ姿に、返事をするまさちんだった。




真北は、真子の病室に戻ってきた。
眠る真子を見つめる真北。
その表情は、刑事なのか、やくざなのか、解らないものだった。

橋の言うとおり、どっちかにしないとな…。

真北は、ポケットに手を突っ込みながら、窓に近寄り、口を尖らせて、下の景色を眺めていた。




「…まさちん…喉乾いたぁ〜」

寝ぼけた声で、目覚めの開口一発が、これだった真子。目の前に差し出された物に、それにそっと手を伸ばし、差し出した人物を見る…。

「真北…さん…」

真子は、その人物が真北だと解った途端、手を引っ込めて、布団を頭まですっぽりとかぶって、身を隠してしまった。
真子の仕草を見つめる真北の目は……ものすごぉおぉく寂しそうだった。

「組長」
『……はい…』
「早く飲んで下さい。発熱の際の水分補給は、大切ですよ」

少し間があく。
布団の中から、真子の手が、にょきっと出てきた。真北は、その手にしっかりと飲み物の容器を持たせた。
手は、布団の中へ…。

ガバッ!!!!

「ぷはぁ」

真子が、勢い良く布団をめくって、起き上がった。

「…ありがと。…全部飲んじゃった」

真子は、照れたように俯き加減で、真北へ容器を差し出した。

「新しいのん、補給しておきます」

優しく語りかけながら、真北は容器を受け取った。
ちらりと目線を真北に移す真子。
真北は、真子に背を向けて、容器に水分を補給していた。

「…ごめんなさい…」

真子が呟いた。

「はい?」

真北には、真子の呟きが聞こえていなかった。ゆっくりと振り返る真北は、真子を見る。

「…ご心配ばかり、お掛けして…申し訳ありませんでした」

真子は、ベッドの上に正座して、深々と頭を下げていた。

「く、組長?!」

真子の行動に驚く真北は、慌てたように真子に近づき、両肩に手を掛け、体を起こした。
真子は、必死で涙を堪えているのが、解る程、唇を噛みしめていた。
真北は、真子を抱きしめる。

「ごめんなさい…」

真子は、真北の胸に顔を埋めて、堪えていたものを流してしまった。
真北は、何も言わず、真子を力強く抱きしめていた。
真子の心に、真北の気持ちが、流れ込む…。



真子の病室のドアに、鍵が掛かった。
真北は、ドアからベッドに歩み寄る。
ベッドの上に腰を掛け、足をプラプラさせている真子の隣に、真北は腰を掛けた。
真子と同じように足をプラプラし始めた真北。そんな真北の行動に、笑い出す真子。

「変なのぉ〜」

真子は、プラプラを速める。
真北も速める。

「…って、組長、まだ、完全ではないでしょうがぁ!!!」

そう言いながら、真北は、ベッドから下り、真子を抱きかかえ、ベッドに寝かしつけた。
そっと額に手を当てる。しかし、その手を離し、自分の額を真子の額に当てた。

「…少し…高いくらいですね。…安心しました」

真子の顔に近づいたまま、真北は微笑む。真子は、真北の首に腕を回して、しがみついた。

「…今度は、私が襲いますよ」

真北は、真子の上に四つん這いになる。

「もう、無茶はしないもん。…ガタガタになっちゃうから…ね」
「一体、この体の何処に、そんな強じんな物が備わっているんですか」
「知らないよぉ。…負けたくなかったもん」
「ったく」

真北は、真子の隣に寝転んだ。

「急に成長しないで下さい。…私が戸惑いますから」
「…親心?」
「えぇ…」
「…真北さん??」

真子は、急に静かになった真北が気になり、振り向いた。

「寝てなかったんだね…」

真北は、寝息を立てて眠っていた。真子は、体を起こし、真北にそっと布団を掛け、自分は隣に潜る。

「…懐かしいにおいだなぁ。…何年ぶりに吸ったんだろ。
 20年以上になるかな」

真北の体から微かに感じるタバコのにおい。真子は、遠い昔に記憶があった。
真子三歳。まだ、母・ちさとが、健在の頃…。

「このにおいをかぎながら、眠ってたっけなぁ…」

真子は、嬉しそうに微笑みながら、真北の体に顔を埋めて、眠り始めた。
真北の右腕は、自然と真子の枕となり、左腕が、真子を優しく包み込むように動いていた。





「………」
「…………」
「……本性やな…」

真子と真北が寄り添って眠っているベッドの側に、立ちつくす男が三人。
なぜか、嫉妬を覚える男・まさちん。
懐かしいものを見る感じを醸し出す男・くまはち。
そして、
持っている鍵を見つめ、後悔している男・橋の三人だった。



まさちんが、真子の病室に戻ってきた時、病室の前で、困ったような表情で立ちつくすくまはちと出逢う。

「どしたん?」

まさちんが、尋ねた。

「鍵…掛かってる…」
「ほんまか?」

まさちんは、ドアノブを回す…鍵が掛かっている。

「…なんで? …というより、お前、ぺんこうに付くよう言ってあるやろ」
「そのぺんこうは、帰宅してるよ。明日終業式。そして、学校は夏休みになる」
「もうそんな時期かぁ」
「自分より、組長を…って、追い出された。本来の仕事しろってね」
「なるほどなぁ。…で、なんで、鍵?」
「中に、二人の気配があるんやけどなぁ。一人は、組長やけど、もう一人は?」
「……橋先生に連絡や」

まさちんとくまはちは、急いで橋の事務室へ……。


そして、


「まぁ、こいつ、ここ数日寝てないんや。真子ちゃんとよりを戻したことに
 安心したんやろな。…表情見たら、解るわ」

穏やかな表情をして、真子をしっかり抱きしめて眠る真北。

「暫く、そっとしといたれや。…出るで。…んで、鍵閉めるぞ」

そう言って、橋達は、そっと病室を出ていった。
鍵が、静かに閉まった。

「…ありがとな…橋」

やっぱり起きていた真北は、自分の腕の中で眠る真子を見つめて、心を和ませていた。

「あいつと違って、手は出さないよ、慶造」

呟きながら、再び眠りにつく真北だった。




「…意識は未だ?」
「あぁ。1週間は無理やろな」
「…お前ら、手加減せぇへんかったんか」
「…した…」
「ほな、俺は、目覚めた頃に…と言うことで、組長には、内緒な」
「解ってるって。健まで、そうなってること知ったら、組長、嘆くからな」
「……まさちんのあほぉ」
「なんでやねん」

ICU前のソファに腰を掛けて、怪しい会話をしているのは、えいぞう、まさちん、くまはち、そして、健の四人だった。
ガラスの向こうで未だに眠り続ける男を見つめ、何やら、恐ろしい計画を立てている様子。
目覚める方がいいのか、このまま目覚めない方がいいのか…。
これからの水木の人生は、この二人の手中にあるのだった。

「しかし、痛いの嫌がる水木なのに、条件のんだんやなぁ」

えいぞうが、しみじみと言った。

「…覚悟してたんやろ、ゲームを再開した時点で」
「そうやろな。どうなるか、想像ついたやろて。なのに、続けるかぁ?」
「昔の感情やろ。…ったく、どいつもこいつも、昔の感情、感情
 言いやがって…。お前らも、そうなのか?」

まさちんが静かに言う。
それぞれは、何も応えず、一点を見つめていた。

「…そうやな」

えいぞうが、呟く。

「静まるのは、あいつにぶつけてからやな」

健は、恐ろしいまでの眼差しで、ガラスの向こうの水木を睨む。
その途端、水木の心電図の波形が一瞬、狂った…。

「…くまはち…二人…停めなくてもええんかぁ」
「真北さんの許可出てるから、ええやろ。ま、死なん程度にな」
「相変わらず、態度でかいなぁ、くまはち」

えいぞうが嘆く。

「これが、俺や、言うてるやろ」
「そうやったな。…ったく、俺は、昔っから、見下されてるし…」

えいぞうは、ふてくされる。
そんなえいぞうの表情を見て、健は、思い出したように、笑い出した。

「…そういうまさちんは、どうやねん」
「俺の昔の感情? …俺は、昔っから、こうや。組長一筋。出逢った頃からな」

まさちんの言葉には揺るぎがない…。
誰もが、それに感化される。

「言っとくがなぁ、俺、くまはち、健そして、お前という感じで
 組長とのつき合いは、長いんやからな。お前は、一番短いんや、まさちん」

えいぞうが、きつい口調で言う。

「改めて言われなくても、それは、充分、承知してます」

はきはきと応えるまさちんだった。
沈黙が続く。

「まさちん…」

えいぞうが、沈黙を破る。

「なんや?」
「桜さんとの仲…どうするんや?」
「終わり」
「そうか」
「…もう、組長以外の女には、手を付けないよ……あっ…!!!!」

思わず本音を口にしてしまったまさちん。その場に居た男達が、まさちんに鉄拳と蹴りを送ったのは、言うまでもない。




真北は、珍しく熟睡していた。
真子も同じように熟睡している。
橋は、寝入る二人を優しく見つめ、そっと真子の診察を始めた。
真北の腕が、少し邪魔に思いながらも、橋は、ゆっくりと真子のパジャマのボタンを外し、聴診器を当てる。服を少しめくり、肌の状態を診る。
あざと傷は、未だ、消えていない。
深刻な表情をしながら、真子の服を整え、そっと布団を掛けた。

「…襲うなよ」
「眠っとけ」

真北が目を覚ました。

「嫌でも起きるよ。…まだ、残ってるだろ?」
「…あぁ。かなり激しかったんだな。これが、消えるまで、退院延ばすで」
「いいや、体調が戻ったらすぐに、退院させてくれ」
「しかし…」
「水木の側には、置いておきたくないからな」
「そうか…。解ったよ。…ほな、お休み」
「お前も寝ろよ」
「ここでか?」
「…あほ…」

真北と橋は、心が通じた感じで微笑み合い、橋は、病室をそっと出ていった。
三度、寝入る真北。その表情は、綻んでいた。




朝日が射し込む病室。
真北は、ベッドに座り、自分の膝枕で、気持ちよさそうに眠る真子を見つめていた。
頭を優しく撫でる真北。

「もう、無茶はしないでくださいね。御願いします」

微笑む真北は、10日後に起こる事件で、大切な者達が、再び、心に傷を負うことになるとは、思いもしなかった…。



(2006.5.17 第四部 第三十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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