任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第三十八話 同窓会の悲劇

寝屋里高校・1学期の終業式の日。
生徒達は、待ちに待った夏休みを目の前にして、はしゃぎまくっていた。

「おうし、お前ら、無茶だけはすんなよぉ。補導された時の鉄拳、
 よぅ覚えておけよぉ。ほな、おしまい」
「さようならぁ」

終礼を終えたぺんこうのクラスの生徒達は、鞄を持ち、教室を出ていった。ぺんこうは、一人一人に声を掛けながら、生徒達を見送っていた。全員が教室を出ていった。ぺんこうは、戸締まりのチェックをして、教室を後にする。

「山本ぉ〜」

廊下で声を掛けられて振り返るぺんこう。

「…呼び捨てすんなって言ったやろ、青野さん」
「ええやん別に。うちと先生の仲やん」

ぺんこうに声を掛けたのは、青野という女生徒で、以前より、ぺんこうが真子に話していた、真子に似た生徒だった。
二人は、並んで廊下を歩く。

「…お礼せんとな」
「ん?」

青野が、話を切り替えた。

「だって、ほら、あのやくざたちが、うちを助けに来たんやで。
 尋ねたら、先生が頭下げに来た…言うたで」
「そりゃぁなぁ。休まない生徒が休んで、連絡取れなかったら、心配やろ」
「…阿山真子、関わったんちゃうん?」
「まぁ、少々…」
「ありがと言うといてな」

ぺんこうは、驚いた表情で青野を見つめた。

「なんやぁ、先生、そんな顔せんといてや。お礼言うのは当たり前やろ」
「…伝えておくよ」
「先生、同窓会近いんちゃうん?」
「そうや。8月の第一日曜日。組長も楽しみにしてるよ」
「いつか、聞かせてや」
「何を?」
「阿山真子との仲や。…こないだ、ラブラブやったんやろ!」
「…青野!!!」
「ほななぁ!」

職員室前で、青野は、ぺんこうをからかって、帰っていった。

「…ったく、…誰やぁ、んなこと言ったのはぁ」

呟くぺんこう。

「学校中、その話題でもちきりですよ、山本先生」
「…あんたやなぁ?」

ぺんこうに声を掛けてきたのは、数学の先生だった。ぺんこうは、睨む…。

「早く帰らないと、猪熊さん、怒りますよ」
「…そうやった。お先です」

慌てたように、職員室へ入っていくぺんこうだった。

校門のところでは、くまはちが、職員室を見上げていた。その目線を一階へ下ろす。

「ったく、俺が待つのは5分までやでぇ」

ぺんこうは、玄関で靴を履き替えている。そして、急いでくまはちに駆け寄った。

「悪ぃ〜」
「7分遅刻。遅い」
「ええやないか」
「…ったく…待つ身にもなれって」
「必要ない言うてるのになぁ」
「組長が心配するからな。…水木さんは、未だに意識回復してへんけど、
 組員がな…密かに何かを始めようとしてるらしいよ」
「…そりゃぁ、親分を目の前で叩きのめされたら、報復したくなるやろ。
 その相手は、お前とまさちんなんやから、俺は大丈夫やって」
「原因を探っていけば、必然とお前にも向けられるって」
「俺は、大丈夫やけどなぁ…わかったって。で、組長は?」
「明後日退院だよ」
「そうか…」

ぺんこうの表情が暗くなる。真子のことを考えている様子。

「暗くなるなよぉ」
「なるよ…。もっとしっかりしないとな…」
「…これ以上、組長に負担を掛けるようなら、…今度は俺が、許さない…」
「くまはち…」

くまはちから、醸し出される雰囲気に気圧されるぺんこう。

「俺…ボディーガードだぜ?」
「組長命令に逆らえない…な」

くまはちは、ぺんこうに睨まれている。
火花が散りそうな予感…。
ぺんこうは、フッと元に戻った。

「組長を守ると言っておきながら、俺が守られてるんだよな…」

ぺんこうは、ため息を付く。

「一番、気にしておられるからな。お前と真北さんのことを…な」
「身にしみて解ったよ。……俺、抱かなきゃよかった…。そうしたら…」

くまはちは、ぺんこうの眼鏡を外し、目を覆う。

「もう、振り返るな。お前は、組長の知っている自分を取り戻せよ。
 その方が、組長は、喜ぶ」
「くまはち…」
「お前より、俺の方が、組長との付き合い長いからな。組長の考えることは、
 一番わかっているよ。…だけどな、俺、組長に逆らえないからな。
 その為にも、お前が必要なんだよ。頼りにしてるんだからな」
「…わかったよ」

ぺんこうは、自分の目を覆うくまはちの腕を掴んで、離した。
ぺんこうの目は、少し潤んでいたが、その奥に秘められるものは、力強いものだった。
それに安心したような表情で、くまはちは、ぺんこうを見つめ、眼鏡を返す。
ぺんこうは、受け取った眼鏡を掛け、くまはちの車に乗り込んだ。

「家に戻るで」

運転席に乗り込むくまはちは、そっと言う。

「そうやな。まとめなあかんのん多いからな。それに、俺、組長に
 逢うこと、同窓会の日まで、禁止されとるし…。ま、しゃぁないやろ。
 顔つき合わせたら、つい……なぁ」
「真北さんでなくても、怒るよ。…ったく、それだけは、眠らなかったんやな。
 ……キス魔」
「…言っとくが、真北さんもやぞ。…俺、しょっちゅうされてたんやからな」
「それは、昔やろ」
「まぁ…な」
「…真北さんにも、注意せんとな…」

くまはちは、ブツブツ言いながら、自宅に向けて車を走らせていた。





橋総合病院・真子の病室。
まさちんが、真子の世話をしっぱなし。真子は、それに頼りっぱなしだった。パジャマを着替える真子の背中に残るもの…。かなり減っていた。まさちんは、そっと真子の背中に目線を移す。

「まさちん…」
「はい!?」
「…何処まで、知ってる?」
「私たちと、桜姐さんと西田です。幹部には、水木重体の真相は
 知られてません」
「…でも、ばれるのも時間の問題だよね」
「組長、尋ねられた時ということで…」

真子は、一点を見つめている。そんな真子に近づき、パジャマの上をそっと真子の肩に掛け、腕を通す。そして、真子の背中越しに、ボタンを閉めていく。

「幹部達も組長のこと、心配しております」
「そのためにも、早く復帰せんとね」
「退院も、もうすぐですから」
「…したく…ない…」
「組長…」
「だって…例の総会の話が出そうやん…。いやや」
「…そちらですか……今回は、絶対に出席していただかないと…。南川さんと
 松宮さんと約束してますよ」
「そうだったね…。ほな、原稿考えといてや」
「私が…ですか?」
「うん」

そう言いながら、真子は、ベッドに腰を掛ける。まさちんは、ふくれっ面。真子は、まさちんの表情を見て、にっこりと笑っていた。

落ち着いたかな…?

まさちんは、真子の笑顔を見て、安心していた。




真子が復帰したのは、7月下旬。
AYビルにて、仕事をしていた。
たまりすぎた仕事を全てやり終え、AYAMA社へと足を運ぶ。
半月の間に起こった出来事を忘れたかのように、笑顔で過ごす真子。
その笑顔が曇るのは、幹部会だった。

重々しい雰囲気が漂う会議室。
真子が言ったように、水木重体の真相は、須藤達に、ばれていた。しかし、ぺんこうが狙われていた事までは、知られていない。
どうやら、桜が抑え込んだらしい。
須藤が口を開く。

「組長、水木組は、解散ですか?」
「解散はしない。謹慎だ」
「水木がしたこと、万死に値することですよ。なのに、生きている。なぜですか?
 それは、組長自身の意志…ですか?」
「須藤、てめぇ〜」

まさちんが、須藤の言葉に怒りを覚える。

「まさちん、やめろ」
「しかし…」
「私は大丈夫だから」

真子は、まさちんにしか聞こえないように呟いた。
まさちんは、唇を噛みしめ、我慢する。

「私の意志…? …それはない。殺しはしない…命を絶つこともさせないさ…。
 生きて…苦しんでもらう…そのつもりだ」

真子の声が低くなっていく。

組長……。

まさちんに、不安が過ぎる。

「…私が、楽しんでいたとでも、思うのか?…私は、この数日、苦しかったよ。
 親の責任…、そして、拒むなと言われ…。それが、この世界では
 当たり前やと言われ…。なぜ…そういう気持ちになるのか……、
 考えが生まれるのか…私には解らない。…男って、そういうもの…なんですか?」

真子が、幹部達に質問をした。
その言葉は、真子の口から出る事態、不思議なことだった。
幹部達誰もが、真子の気迫に恐怖を感じる…。
何かが、変わった…。
幹部達は、口を慎んでしまう。

「水木が私を思う気持ちは知っている。言っておくが、私は、それに
 応えたのではないからな。勘違いはしないで欲しい。水木に対する処分は、
 まだ先になる。それまでは、水木組の分、谷川さん、御願いしてよろしいですか?」
「は、はぁ。街の方は、お任せ下さい。しかし、水木組組員の跳ねっ返りに対しては
 責任持てませんよ」
「そこが、悩むところなんですよ。…えいぞうには、頼めないでしょう」

その時、会議室のドアが開いた。

「それは、うちに任せてんか」

ドアを開けて入ってきたのは、桜だった。

「桜姐さん!! まだ、退院は無理だと…」
「いつまでも、うだうだ寝てられへん。あん人の代わりは、うちにさせてんか。
 うちの組のことや。他の者には、頼めんやろ。五代目、御願いします」

桜は、頭を下げる。
そんな桜に、冷たい目線を送ったのは、真子だった。

「水木組は謹慎。行動を起こすことは許しません。ですが、組員だけは、
 しっかりと抑えてください。恐らく、まさちんとくまはちを狙うでしょう。
 そして、発端となったぺんこうまで…。もし、そうなったら、今度は、
 私が許しませんよ。桜さん」

真子の低い声に、桜は身を縮める。

「抑えきれなかった場合は、…ゲームの話、してください」

ゲーム?

真子の言葉を耳にした須藤たちは、自分達が掴んだ情報に含まれていない内容に驚いた表情を見せた。

「組長、水木の野郎…ゲームを……」
「組長!!」

まさちんは、須藤の言葉を遮った。

「本当のことやろ。口出すな!」

まさちんに怒鳴りつける真子。その気迫に誰も何も言えない…。

「桜さん、よろしいですね?」
「はい」

桜は、深々と頭を下げて、会議室を出ていった。
真子は、大きく息を吐いて、頭を抱える。

「…あかん…抑えられない…」

真子は、そう呟いて、席を立ち、会議室を出ていった。

会議室が沈黙に包まれる。
真子の変化に誰もが戸惑っていた。真子の側に居る時間が長い、まさちんでさえ、真子を追いかけることが出来ないでいた。



真子は、事務室へ入り、ドアに鍵を掛けた。そして、ドアにもたれかかるように座り込み、頭を抱え込む。
その手は震えていた。

「やだ…な…。こんな自分が…」



会議室。
真子が出ていった後、誰も口を利かなかった。
まさちんが、ゆっくりと立ち上がると、その仕草に幹部達が反応した。

「…まさちん、本当の事、言えや」

須藤が静かに尋ねてきた。まさちんは、須藤に目をやった。
須藤の眼差しの奥に、何かを感じ取ったまさちんは、フッと軽く息を吐く。

「本当の…事とは?」
「水木のゲームや。…あいつ、五代目をコマにしとったんか?
 それに怒ったお前らが、制裁した。だが、桜さんとのことが
 あるから、あれで留まった…そうなんか?」
「…えぇ」
「コマにされた理由は、お前らのことか?」

まさちんは、それには応えなかった。

「それよりな、まさちん、どうするんや? …本能が丸出しやで」

須藤が静かに言う。

「それくらい、あなたに言われなくても、解ってますよ。
 こういう場合は、暫く一人にするのが一番良い薬なんですから。
 そろそろ…」

まさちんは、ゆっくりと歩き出し、会議室のドアを開ける。

「まさちん」

幹部達が声を揃えて言う。
まさちんは、そっと振り返った。

「なんですか?」
「怪我…すんなよ」

須藤達の脳裏に、真子から怒りの蹴りをもらった時のことが過ぎる。しかし、心配顔の幹部達とは、全く違い、まさちんは、にっこりと微笑んでいた。

「大丈夫ですよ」

そう言って、まさちんは、会議室を出ていった。

「親に責任取らせるだけで、ゲームのコマにするとは、
 水木……あいつ、自分の感情を優先にしよったな」

呆れた様に須藤が言った。

「だからって、組長が受けて立つとは…」

それ以上、言葉にならない谷川は、何を思ったのか、身震いする。

「…本家には…逆らえないな」
「あぁ」

須藤の言葉にそれぞれが、静かに応えた。

『じゃかましぃぃぃ!!!』
ドカッ、バキッ!!
『ふぎゃぁん!』

真子の事務室の方から聞こえる声と音。
会議室に居る幹部達は、何が起こっているのか、想像できた…。
まさちん、お気の毒に…。




真子は、AYビル一階にあるブティック・ママの店に来ていた。

「じゃぁ、これにします」
「わかったわぁ。やっぱし、これくらいにしないとねぇ。大人の女性なんだからぁ。
 いつまでも、子供子供してたら、あかんもんねぇ〜。真子ちゃん益々美しく
 なっていくんだもぉん。…やっぱし、まさちんさんの腕かしら?」
「あの、ママさん。それは、絶対にあり得ませんからね」
「あら? 違うの? じゃぁ、誰かしら?」
「秘密ですよ。それより、いつ仕上がりますか?」
「5日後には、出来るわよ。同窓会には、間に合うわね!」

ブティックのママは、真子にウインクする。
真子は、にっこりと笑っていた。

「では、宜しくお願いいたします。失礼します」

真子は、そう言って、店を出ていった。

「…観る人には、解るんだろうなぁ…困ったな」

真子の変化は、廻りに居る者たちに、解るようで…。

真子は、ふと目をやる。
そこには、まさちんが、ふてくされたように、壁にもたれ、しゃがみ込んでいた。

「ちょっとやりすぎた…かな……」

真子は、まさちんに、そっと歩み寄り、真横から抱きついた。

「!!!!…って、組長!!」

まさちんは、驚いて立ち上がると、まさちんの首にしっかりと抱きついている真子は、そのまま、宙に浮いた形になった。まさちんは、真子の腕を振りほどこうと手を動かす。

「ごめん…」
「先程のことですか?」

真子は、そっと頷く。
まさちんは、真子の腕を振りほどこうとしていた手で、真子の頭をそっと撫でた。

「いつものことでしょう? 悩まないでください」
「まさちんが、辛そうだから…」
「私の悩みは、別のことですよ」
「別のこと?」
「総会の原稿」
「あぁららぁ」
「終わりましたか?」
「うん」

そう言いながら、真子は、まさちんの首から腕を解く。

「どのような服ですか?」
「内緒。当日のお楽しみぃ〜」
「解りましたぁ。…いくらなんでも、派手な服ではありませんよね?」
「それは、秘密だよぉ」

真子は、怪しく微笑む。

「では、楽しみにしておきます」

まさちんは、優しく微笑んだ。

「帰ります」
「はぁい。…明日の予定は?」
「ほとんどAYAMAですよ。くまはち、呼びますか?」
「そうだね。ぺんこうも夏休みだし。そうする。じゃぁ、まさちんは、休暇ね」
「駄目です。私は、組長から離れないようにと言われておりますから」
「…自分の時間…減っちゃったね。…ごめん」
「気になさらないでくださいぃ〜」

真子とまさちんは、地下駐車場へ向かって歩きながら、ふざけ合っていた。階段にさしかかった時、まさちんは突然、真子を抱きかかえ、勢い良く階段を下りていった。

「ちょ、ちょっと!!!」
「遊園地の代わりです!」
「んなもん、せんでええ!」

真子は、まさちんの脇腹に手を差し入れる。まさちんは、その手を阻止する。真子は負けじと手を伸ばす…阻止する……の繰り返しの中、二人は、車に向かって歩いていった。




そして、真子が楽しみにしていた同窓会の日がやって来た!




8月第一日曜日。
真子は、鏡の前に立って、色っぽいポーズを取る。

「よし、これに決め!」

真子は、にっこりと微笑む。

『組長ぉ〜、まだですかぁ?』

階下からぺんこうが叫ぶ。

「もう少しぃ〜!!」

真子は、返事をして、荷物を手に持った。そして、急いで部屋を出て、廊下を走り、階段を下りていった。

「お待たせっ!」

真子は、口をあんぐり開けたまま、硬直するぺんこうを見て、不思議に思ったのか、

「ぺ、ぺんこう、どしたん??」

慌てたように尋ねた。

「い、いいえ、その…」
「たまにはいいでしょ? 初めての同窓会やし。こんな格好しても」
「はぁ」

ぺんこうは、目のやり場に困っていた。そこへ、まさちんが見送りに出てきた。

「組長、はしゃぎすぎないでくださいね」
「たまには、ハメをはずしてもいいやん!」
「たまには…ですよ。…いつも外してます。まぁ、今日はぺんこうが一緒ですから、
 大丈夫だと思いますが……やはりその服、激しすぎだと思います…」
「もぉ、まさちんまでぇ〜。せっかく、ママが作ってくれたのにぃ〜」

ブティックのママに作ってもらった服。
かなり薄着で、真っ白な生地に、露出の激しい服だった。
まさちんは、心配していた以上に派手だった真子の服を見て、自分自身も照れていた。

「題して、『悩殺真子』なんだけどなぁ」
「誰を悩殺するんですか?」

まさちんは呆れながら尋ねると、

「…ぺんこう」

真子は、静かに応えて、ぺんこうを指差す。

「既に、やられました」

ぺんこうは、頭を抱えて項垂れていた。

「ねっ」

真子は微笑み、元気よく声を張り上げる。

「ほな、行って来るねぇ! あと宜しくぅ。って、今日は二人とも休みか」
「はい。あまり、ぺんこうを困らせないように。お気をつけて!」

まさちんは、真子とぺんこうを見送った。玄関の戸から顔を出して、真子を見送るまさちん。真子は、とびっきりの笑顔で、まさちんに手を振っている。
ぺんこうに何かを言われたのか、前を向いて歩き出した。
真子の後ろ姿をまさちんは、笑顔で見つめていた。



まさちんは、リビングに戻り、そして、次に発売予定の新作のAYAMAのゲームを始めた。
真子は、簡単にできるとまさちんに言っていた。
しかし、まさちんには、難しいようで……。

「騙されたかな…。うむむむ……」

眉間にしわを寄せていた。





水木組組事務所。
桜が、水木の代わりに、組関係のことを行っているが、なかなか思うように事は運ばなかった。水木の意識も戻り、一般病棟に移されたものの、まだ、話すまで回復はしていない。水木の事を気にする組員達は、

「姐さん。本当に、親分と姐さんの報復…せんでええんですか?」

何度も口にする。

「せんとけ言うてるやろ」
「詳しいことを訊かないで、俺達に抑えろなんて、姐さん、ひどすぎます。
 いくら、組長命令といっても、まさちんさんとくまはちさんが親分にした
 仕打ちに対しては、許せませんよ。西田に聞いても、教えてくれません。
 このままだったら、俺達、何するか、わかりませんよ」
「ええ加減にせぇや、お前ら。そうやって、報復しか考えてへんのか?」
「それが、俺達の生きる世界ですよ!」
「あんたら、…未だ、解ってないようやな。阿山組五代目の流儀を…」

桜は、哀しい目で組員達を見つめる。

『抑えきれなかった場合は、…ゲームの話、してください』

真子の言葉を思い出した桜は、意を決した。

「あんたら、よう聞きや。うちが今から話す事。それを聞いてから、
 行動に移りたい奴は、移ったらええ。その後のことは、うちは、知らんからな」
「へい」
「…うちが、一人の男に迫ってたのは、知ってるな」
「はい。ぺんこうさん…です」
「ぺんこうは、一般市民や。…その一般市民に手を出そうとした私を
 五代目は怒ったらしい。もめていた時に、うちは、五代目を怪我させたんや」

桜は、敢えて、ぺんこうの昔の話を避ける。

「姐さん…」
「うちの怪我は、自分で付けたんや。五代目怪我させて、じっとしてられへんかった。
 そのことで、あん人が怒ったんや」
「返り討ち?」

組員の質問に、応えず、桜は、反対に質問する。

「あんたらが、うちに手を出したら、どうなる? うちが求めん時やで」
「親分に、めった打ちされます」
「そのことは、わかっとるよな?」
「へい」
「じゃぁ、あん人が、五代目に手ぇ付けたら、どうなるかわかるか?」
「…ま、まさか…親分…」

桜の言葉を理解した組員達の目は、見開かれていた。

「そうや、あん人、五代目をゲームのコマにしたんや。あんたらも覚えてるやろ。
 あん人が、まさちんとくまはちにやられた日の前に、しょっちゅう五代目と
 行動してたこと」
「へい…組事務所と、自宅に…」
「でも、五代目、親分に気があるから、そのような行動に…」
「そうやったら、何もあん人が、重体にならんやろ!!」
「そ、そんな……。ゲームのコマ…って」

組員達は、愕然とする。それよりも、一番心が痛いのは、桜だった。
桜は、一筋涙を流す。

「それを停められなかった、うちらに落ち度があるんや。
 これで、解ったやろ。これ以上、血ぃ…見たないで。
 あんたら…が、大切やからな。頼んだで」
「姐さん!!」

事務所内に、涙をすする声が響いていた。




橋総合病院・水木の病室。
水木は、全く動けずに、ベッドに横たわっていた。そんな水木を西田が付きっきりで世話をしていた。

「に…し…だぁ…」
「はい」
「組…長は?」
「無事に…というか、元気に退院されて、本日は、同窓会だそうですよ」
「そう…か」
「…兄貴、固定してもらえませんから」

西田は、水木の両腕を見つめて言った。

「橋…先生の…仕返し…やな」

フッと笑う水木。

「殺されずに済んで良かったです」
「そう…やな。…少し…寝るよ」
「はい」

水木は、目を瞑り、眠り始めた。西田は、水木が寝入ったことを確認して、病室を出ていった。
西田が、廊下を曲がり、姿を消した途端、廊下のソファに腰を掛けていた男が二人、立ち上がり、水木の病室へ入っていった。
静かに鍵が掛かる。
その気配で、目を覚ます水木は、目だけをドア付近に移した。

「……!!!!!」
「待ってたでぇ〜」
「ICU退院…おめでとさん、水木親分」

怪しく微笑む二人の男…それは、えいぞうと健だった。




真子の自宅
まさちんは、リビングでテレビを観ていた。ただ、ぼんやりと画面を見ているだけ…。どうやら、頭の中は、別の事を考えているようだった。

「…だから、まさちんって。起きてるのか?」
「ん? うにゃ?」
「おいおい…」

同じようにリビングでくつろいでいるくまはちが、ボケッとしているまさちんに声を掛けたが、…ほんとにぼけていた…。

「…何考えているんだよ」
「あぁ。…今頃、組長は、楽しんでいるかなぁと思うとな…。
 俺も同窓会の時を思い出したんだよ」
「同窓会かぁ。俺は、そんなこと縁もないなぁ。学校なんて、行かなかったもんな」
「くまはちは、学校に行かなかったのか?」
「当たり前だろ? 俺は、根っからのやくざだよ」
「ふふっ。そうだったな」
「…まさちん」
「ん?」
「組長とぺんこうのことが、気になるんだろ?」
「あ??」

まさちんは、くまはちの言葉に驚き、くまはちに目をやったが、くまはちは、ただ、笑っているだけだった。




「やめてくれ…」
「無理だね」
「死ねない…俺は…」
「死なさないって」

えいぞうは、水木の腕に何かを施し、容器に突き刺し、その容器を床に置いた。容器の中に、赤いものが一滴ずつ落ちていく。

「答え方によっては、これが、早まるけど…ええな?」

えいぞうの手の中には、点滴の早さを調整する器具が納められていた。

「よくない…」

水木は、力無く訴える。

「一つ目。組長の自由を奪ってまで、脅迫したよなぁ」

水木は、応えなかった。えいぞうは、器具をひと回しする。
赤いものの落ち方が少し早まる。

「…した。薬…使ったよ」
「そこまでして、組長を抱きたかったんだなぁ」
「男なら…当たり前だろ」
「それが、親…でもか?」
「それは…」
「組長は望んでいなかった。拒んだんだろ?」
「あぁ」
「組長…哀しい目をしたままなんだよ。…そのケジメはちゃんと取ってもらわな…な」
「…わかってるよ…」

えいぞうは、器具をふた回しした。
更にスピードが増す。

「このままだと、あんた、体の中の血液が空になるで」
「…他に、質問は?」
「二つ目。真北さんを狂わせたかっただけか?」
「あぁ」
「それで、なぜ、組長に手を出したのか」
「真北さんが…狂うものが…」
「組長?」
「あぁ」
「確かにな。三つ目ぇ。脅すだけで、なぜ抱いた?」
「俺の…気持ち…や」
「四つ目。お前は、組長を抱く権利あるのか?」
「…ない…」

えいぞうは、器具を回す。スピードが増す。

「五つ目。期間中、組長、喜んでいたのか?」
「いいや…。俺には、そういう仕草をしていた…しかし……
 違っていた…らしい…。嫌悪……見せていた…そうだ…」
「六つ目。ゲームを中断する気はなかったのか?」
「あった…。しかし…俺の感情が……阻止…した。愛してる…から…な」

健が、えいぞうの手の中から、器具を奪い、ふた回しする。

「あほ。こんな早さやと、確実に死ぬだろが」
「…兄貴、反対回してる。遅めるのは、反対やろ」
「ええんや。これで」

水木には、二人の会話が聞こえている。頭の中から、血の気が引いていくのが、解っていた。

確実に…殺られる…。

そう思った水木は、慌てたように口を開くが、口調は、やはり、ゆっくりだった。

「質問は…終わりか? …もう、いいやろ…?」
「まだや」
「…死ねないんだ…おれは…」
「…命乞いか…懐かしいね。あの時は、すぐに承知したよな。
 でも、今回は違うぞ。…命までは取らないと言ってるだろう?
 み・ず・き・親・分」

えいぞうは、容器を水木に見せる。

「まだ、少ししか集まってないさ。…七つ目。どう償う?」
「…それは…もう、考えている…」
「八つ目。ガキができてたら?」
「それは、ない…」
「もし…だよ」
「…ぺんこう……じゃないの…か?」
「さぁなぁ。水木、考えないんだな、そういう事は」

水木は、頷く。

「九つ目。組長を抱く気はあるのか?」
「もう、できないよ」
「あと1日半残ってるんだよな。…組長、続ける気…だぞ。どうする?」
「しない…できないよ…」
「最後だ。組長への忠誠心は?」
「ゲーム…の…前の時よりも……強い…さ」
「そうか…」

えいぞうは、何も言わなくなった。

「もう、いいだろう?」
「俺はな。…ただ、こいつが…ね」

えいぞうは、健に目線を移す。その目に合わすように水木も目線を移した。
健は、にやりと笑って、袖口から、小さな箱を取りだした。その箱の中には、一本の注射器と、バイアル瓶が入っていた。健は、注射器を取りだし、瓶の中の液体を接種した。そして、液体を少し出して、水木の目の前に差し出した。
水木の脳裏に過ぎる阿山組の昔の話。
健の武器…それは、薬…。

「組長にも使ったんだろ? 始まりがこれなら、終わりもこれやろ?
 なぁ、水木親分」

健は、水木の首筋に注射器を射す…。

「…!!!!!」





真子達は、ご飯を食べ終え、食べ物屋の外でたむろし始めた。ぺんこうは……真っ赤な顔と目をしていた。
真子に、飲まされてしまったのだった。

「先生、大丈夫?」

安東が優しく声を掛けた。

「大丈夫や。ありがとな」
「ほな、2次会に行くものぉ!!」

徳田の質問に、……全員が手を挙げていた。

「カラオケやろ??」

野村が言った。

「じゃぁ、久しぶりに逢った記念だから、2次会は、俺のおごりっつーことで!!」

ぺんこうが、酔った勢いなのか、大きな態度に出ていた。
そして、真子達同窓会組は、カラオケ屋へ入っていった。




水木の病室。
ベッドに横たわり身動きが取れない水木の顔色はかなり青かった。そんな水木の横にある赤いもので満たされた容器を点滴台にひっかけるえいぞう。

「自己血輸血な。ほな、お大事に」

えいぞうと健は、静かに病室を出ていった。
二人と入れ替わるように、橋が病室へ静かに入ってきた。

「あいつら、やること、恐ろしいな…。生きてるか、水木?」

水木は、ゆっくりと頷いたものの、橋を見た途端、安心したのか、気が抜けたのか、そのまま、眠ってしまった。

「…あとは、真子ちゃんだけか…。水木、生き残れるかな…」

橋は、水木の容態を診る。その時、首筋の赤い点に気が付いた。

「あいつら、何を…?」

橋は、眉間にしわを寄せ、病室を出ていった。



「単なる栄養剤なんだけどなぁ」

健は、小さな箱を指の上でくるくると回していた。

「動けない時ほど、恐怖感が増すからなぁ」

えいぞうが、得意満面に応えた。

「お前らなぁ。…ったく」

真北が、頭を抱えている。
ここは、橋の事務室。
橋から、水木の首筋の赤い点を指摘されて、えいぞうと健が、報告しているところだった。

「あとは、組長…五代目の処分か…」

真北が、椅子にもたれかかって、ため息を付く。

「その真子ちゃんは? 同窓会で、楽しんでるとこやな?」
「あぁ。今日はあいつと一緒だから、…心配や」
「ったく、もう、大丈夫やろ?」
「知らん」

真北の冷たい言葉に、橋達は、笑いを堪えるように、体を動かしていた。




大いに盛り上がった2次会。
みんな、店の外でそれぞれ和になって話し込んでいた。ぺんこうは、真子と離れて、安東達女性陣と話し込んでいた。真子は、理子、徳田、中山、野村と話し込んでいた。そこから少し離れたところに、寺岡が立っていた。

「デートの相手って、いつも学校に来とったお兄さんやろ?」
「そうだよ」
「初めは目を疑ったで。めっさ楽しそうな顔してたもんなぁ」
「そう?」

真子は、嬉しそうに微笑んだ。
その時だった。
路地の影から、いかにもやくざですという雰囲気を醸し出す男が3人飛び出してきた。男達は、真子目掛けて何かを振りかざしながら、走ってくる。

「うりゃぁ!!!」

真子は、咄嗟に戦闘態勢に入った。

ドカッ! ドス…ドス…ガツッ!!

「ふぅ〜」

真子は、いとも簡単に、二人の男を倒してしまう。
一瞬の出来事に、何が起こったのか解らないという表情をしているクラスメイトたち。しかし、徳田だけは、違っていた。

「真北っ!」

真子を襲おうとする最後の一人が、刃物を真子に向けた瞬間を見た徳田は、真子を守る。

「うっ!」
「徳田君!!」

徳田は、腕を斬りつけられてしまった。痛さで歪む表情で真子を見つめ、そして、真子の向こうから駆けつけるぺんこうの姿を見た途端、叫んだ。

「真北、逃げろ! 先生!!」

徳田は、真子を押しやって、男から放そうとした。
真子は、寺岡の前に逃げた。
ぺんこうと徳田が残りの男を倒した。
安心した表情の真子は、突然、目を見開いて息を飲む。
背中に痛みを感じる。
真子は、背中に手を当てた。
その手は、ヌルッとする何かを触った。
自分の手を見つめる真子。その手に付いた物は、真っ赤な液体。再び背中に手を当てた。

「うそ…な、なんで??」

真子は、背中に手を当てたまま、足の力が抜けたように、座り込む。

「ま、真子?!」

真子が座り込んだことに驚く理子が声を掛けて近づいてきた。
理子は、目を覆いたくなるような場面を目の当たりにしてしまった。
真子の後ろに居た寺岡の手元は、真っ赤になっていた。手の先には、刃物が赤く光っている。

「て、寺岡…くん?」
「う、うわぁ〜!!!」

突然、狂ったように叫び出す寺岡は、足下に座り込む真子に刃物を振り下ろした…!!!

「真子ぉ!!」

理子が、真子を守るように抱きつく。

「り…理子…駄目…!」

脳裏に、大学内の事件が過ぎった瞬間、真子は、力を振り絞って、理子を自分の後ろに回すように押しのけた。
寺岡の振り下ろした刃物が、真子の頬を斬りつける。
理子の手に何かが掛かった。
それは、真っ赤な血…。

「い……、いやぁ〜!!!!!」

理子の悲鳴と同時に、少し離れた所に居るぺんこうと徳田が、駆け出した。
理子を守るように、座り込む真子の腹部に、寺岡が差し出す刃物が突き刺さる。

「ぐ……。…へたくそ…がぁ…」
「う、うわぁ、うわぁ〜!!!」

発狂しながら、真子の体を滅多刺しする寺岡。

「寺岡ぁ!」

ぺんこうは、寺岡の後頭部を殴り、気絶させ、真子に駆け寄る。

「組長!」
「…大丈夫…これくら…い…。…くそっ…」

そう言って、刺された腹部を押さえながら、真子は気を失った。

「組長!……!!!」

ぺんこうは、真子の出血を抑えようと腹部に手を伸ばす。
その手は、真子の体の中に入り込んだ。

「えっ?」

ぺんこうは、暗がりの中、目を凝らす。
滅多刺しされた真子の腹部は、裂けていた…。

「…そ、そんな……」

真子が横たわる地面には、真っ赤な海が広がり、そこに沈み込むかのように、真子の体が、真っ赤に染まっていく…。



(2006.5.18 第四部 第三十八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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