任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第三十九話 プライド

夜11時。
橋総合病院の駐車場に車が勢いよく入ってきて、病院の入り口近くで停まった。車から、飛び出すように下りてきたのは、まさちんだった。

「後は頼んだ!!」

まさちんは、ガードマンにそう叫んで、病院に走り込む。
自動ドアが開くのが待ちきれないような雰囲気で、病院に駆け込んできたまさちんに気付き、フロント係が叫ぶ。

「ICUよ!」

まさちんは、軽く手を挙げただけで、そのまま廊下を走って行った。
エレベータを下り、少し暗い廊下をICU目指して走るまさちん。

「はぁはぁ…。…組長…」

まさちんは、ガラスにへばりついて、真子を捜していた。たくさんの機械に囲まれて横たわる患者が居た。頬にまで包帯が巻かれている。
それが、真子だった。

「組長…」

立ちつくすまさちんの側に橋がやって来た。

「橋先生…」
「…真子ちゃんは、あと何度か手術しないと駄目だよ。
 腹の中が、ぐしゃぐしゃだ…。でも、命に関わるようなものじゃないよ」
「…嘘だ…」

橋は、頭をかいて困っていた。

「お前にも、ばればれか。…まぁ、今までの中だと、3番目くらいかな。やばいのは」

まさちんは、橋の胸ぐらを掴み上げる。

「…冗談は止めてください…」
「……ぺんこうの側にいてやれ。真子ちゃんは、俺に任せてな」
「ぺんこう?」
「あぁ。こっちや」

橋は、まさちんを連れて、真子愛用の病室へ入っていった。
ベッドの上には、ぺんこうが横たわっていた。

「…くみ…ちょ…うが……おれが…おれが……」

ぺんこうは、うなされたように、呟いている。
まさちんは、そんな姿のぺんこうを初めて観るのか、目をしかめた。

「ぺんこう?」
「かなり責任を感じているんだろうな。一緒にいたのに、何も出来なかったと、
 譫言ばかりな…」

橋が、静かに口にしたと同時に、ぺんこうが、人の気配に気付いたのか、目を覚ました。
目の前に居る白衣の人物を見た途端、突然起きあがり、掴みかかる。

「先生、組長は?」

そのあまりにもぺんこうに似合わない異常な行動にまさちんは、何もできなかった。ぺんこうは、白衣を着る人物の横に、人の気配を感じ、振り向く。

「まさちん………俺…俺……組長を…!!!組長が…なのに、俺……俺…何も
 何も出来なかった…出来なかった…出来なかったんだよ…まさちん…。
 うっうっうっ……」

言葉にならず、泣き崩れるぺんこう。そのぺんこうに、橋は鎮静剤を打ち、ベッドに寝かしつけた。

「まさちん…俺……が……俺が…組長を……こ…ろしたような…もんだ…」

ぺんこうは、眠ってしまう。

「ぺんこう…」

まさちんは、言葉にならず、唇を噛みしめていた。ぺんこうの気持ちが痛いほど身にしみていた。

「…無理もない。教え子が真子ちゃんを…」
「…こいつの、生徒が…ですか?…組長の同級生?」
「そのようだな。徳田くんの話だとね」
「信じられない…。そんなこと…信じられないですよ…橋先生…」
「俺もだよ。…兎に角、真子ちゃんは、俺に任せておけ。ぺんこうの為にも
 死なせるわけにはいかないだろ」
「…笑顔だった…今朝、出掛けたときは…。…橋先生、頼みます!!」

まさちんは、橋に深々と頭を下げていた。
橋は、そんなまさちんの肩に手を置いて、頭を上げさせる。

「心配するな」

橋は、そう言って、病室を出ていった。橋が出ていった方向へ、再び深々と頭を下げるまさちんだった。
そっとぺんこうに振り返るまさちんは、ぺんこうの頭に手を当て、優しく撫でていた。

「組長が、絡むと、お前まで、変わるんだな…。あの時もそうだったな…。
 そして、こないだも…。…そっくりだな、真北さんに」

ぺんこうの頬に涙が伝っていた。まさちんは、そっとその涙を拭う。





ドカッ!! …バッタァァァァァァン!!!!!

「真北さん!!!」
「離せ! 原! こいつ…許さない…」
「駄目ですよ!! ここは、署内です!」

原は、真北を羽交い締めにして、これ以上、何もできないように必死で抑えていた。
『刑事』ではなく、『やくざ』な表情をしている真北。
その真北が見下ろす先には、手をどす黒くして、顔は涙でぐしゃぐしゃになり、顎が変に曲がっている寺岡が、気を失って倒れていた。真北は、原の腕から逃れるように、体を振り、逃れた後、服を整え、倒れている寺岡に蹴りを入れた。

「真北さん……ったく…。おい、医療班!」

原のかけ声と同時に、別の刑事が入ってくる。
ここは、取調室。
真北が、寺岡を事情聴取していた時、真子を刺した理由を聞いた途端の出来事。
真北は、手に違和感を感じ、目をやった。
血が滲んでいた…。

「…くそっ…」

担架で運ばれていく寺岡を睨み付ける真北は、一呼吸置いた後、取調室を出ていった。



次の日の朝。
くまはちが、ぺんこうの病室へやって来た。

「どうや?」
「あかん…ずっとこの調子や」

ぺんこうは、眠っているが、うなされていた。

「おれが…おれが…組長を…殺した…」

まさちんは、心配そうな表情でくまはちを見る。

「交代するよ。お前は、組関係を」
「あぁ」
「…休んだか?」

まさちんは、首を横に振る。

「二時間ほど、横になれ。俺が起こしてやる。それからにしろよ」
「あぁ、頼むぞ」

まさちんは、部屋の隅にあるソファに横になり、眠り始めた。くまはちは、膝掛けを手に取り、まさちんにそっと掛ける。その気配に気が付かないほど、まさちんは、熟睡していた。

ぺんこうが目を覚ます。そして、側にいるのが、くまはちだと解った途端、起きあがり、しがみつく。

「くまはち!」
「ぺんこう、どうした?」
「俺…組長を…組長を……」
「大丈夫や。ICUに居るけどな、一命は取り留めた」
「…腹…切り裂かれてたんだよ…。血が…止まらなかった…。俺、どうすることも
 できなかった…。俺……俺が…組長を殺してしまう…どうしたら、いいんだよ」

くまはちは、ぺんこうを抱きしめる。

「落ち着け。落ち着けよ…ぺんこう…落ち着けって」
「…ない…落ち着け…ないよ…組長の…笑顔を見るまでは…落ち着けない…」
「大丈夫やって。橋先生に任せておけば、大丈夫やから。…お前も知ってるだろ?」
「…あぁ。…でも…な…」
「俺、言ったよな。組長が好きなお前を取り戻せって。…まだだったのか?」
「もう…無理だ…。…無理だよ…!!!」
「ぺんこう…。眠れよ…な」

くまはちは、ぺんこうに優しく語りかけ、そっと寝かしつける。

「頼む…くまはち…組長…を……」
「解ってるよ。寝ろ」

ぺんこうは、頷きながら、眠り始める。

「まさちん…起きたやろ?」
「まぁ…な。…大丈夫か?」
「無理やな。暫くは、こういう状態が続くやろ。…初めてやな、こいつがこんなに
 取り乱すなんてな。やっぱり、組長を抱いた事が尾を引いているか…」
「愛情が増した…ってことか。なんか、嫌やな」
「個人的な感情が含まれてるぞ。…組関係頼むで」
「あぁ。あとは、よろしくな。…真北さんは?」
「連絡なしや。事件のことは、知ってるよ」
「そうか…、じゃぁな」
「あぁ」

まさちんは、病室を出ていった。その足で、ICUの前にやって来る。
真子の容態は変わりなし…。

「組長…頑張って下さい…。…俺は、組関係してきますから」

まさちんは、ICUを去っていった。




水木の病室。
水木は、真子の事件を西田から聞き、苛立ちを見せる。

「くそっ! 俺が……」

感情に走って、ゲームをしなければ、こんなことには!!!

事件が起こった場所。それはミナミ…。自分たちの管轄する地域である。
後悔しても遅い。
水木は、唇を噛みしめた。

「……調べろ、西田。一般市民が、そんなことをするわけない。それに、
 同級生に襲われる前に、組長を襲った連中が居たんだろ?」
「えぇ。組長が、二人、ぺんこうと同級生が一人倒していたそうです。
 三人が、影から狙っていたということです」
「そいつらを調べれば、必然と裏から糸を引く者がわかるだろ。…頼むぞ」
「へい」

水木は、話すのもやっとのはずなのに、この瞬間だけは、違っていた。
西田も、水木の気迫に負け、水木の命令に従う。
西田が、病室を出ていった後、水木は、少し動かせる右腕で、自分の顔を覆った。
その腕の間から、涙がこぼれていた。




真子が眠っている間、まさちんは、組関係の、そして、くまはちは、AYAMA関係の仕事に精を出していた。真子に怒られないようにと、いつも以上に張り切っていた。




同窓会の事件から一週間経った。
まさちんは、ぺんこうの側に座ったまま、頭を抱えていた。
ぺんこうは、未だにうなされている。目を覚ますと、狂ったように、真子の事を心配し、自分を責める。
その度に、まさちんはぺんこうに優しく語りかけ、落ち着かせていた。
ふと何かの気配を感じたまさちんは、病室を出ていった。




ICU前には、真北が、ポケットに手を突っ込んで、ガラスの向こうを見つめていた。

「真北さん…」

まさちんが、声を掛ける。

「…よぉ」
「よぉ…じゃありませんよ…落ち着きすぎです…」
「…俺、狂いっぱなしになるやろ…」
「すみません…」

まさちんは、真北の気持ちを察した。二人はソファに腰を掛ける

「同級生に刺されたとか…」
「あぁ。金融会社に借金していたんだと」
「いくら?」
「3千万」
「えらい額だな」
「返せないもんだから、途方に暮れていた時に、肩代わりしてくれる人物が現れた。
 するとその金額を返さないでいいから、仕事を頼むと言われたんだとよ」
「…それが、阿山真子暗殺か…」
「組長と同級生だということを知って、そして、寺岡の借金の肩代わりをした
 …ということだな」
「素人のやることは…。殺し方を知らないから、滅多刺しですよ…」
「…お前らなら…ひと刺しだよな…」
「真北さん…最近、当たりがきついですよ。橋先生も同じですけど…」
「そうかな」

真北は俯いて、口に手を当て、笑っていた。
その時、まさちんは、真北の右手に包帯が巻かれていることに気がついた。

「真北さん、それ…」
「ん? あぁ、これか。ふふふ」

真北は、右手をさすりながら言った。

「原の制止がなかったら、どうなっていたもんかな。
 感情的になってな、ひび…入ってるそうや」
「…真北さんらしくない」

てか、相手は生きてるんかな…。

と思いながら、真北と会話を続ける。

「かもな。それより、ぺんこうは?」
「やっと落ち着いたところですよ」
「無理もない。教え子が…な」

真北は大きなため息をついた。

「…あいつ、立ち直れないかもしれない。ずっと、うなってますよ…。
 俺のせいだってね」

まさちんは、すごく心配していた。

「…まさちん…。あいつは、そんなやわじゃないぞ。
 …大丈夫さ…」

そう言いながらも真北は、心配そうにしていた。真北は、ゆっくりと立ち上がり、ガラスの前に近づく。

「例の会議、2週間後じゃないのか?」
「そうです。今度は参加すると約束しておりましたので、
 …私が行くことになると…」
「組長でも、2週間じゃ回復しないよな…」

真北は、真子をじっと見つめていた。

「早くて、1ヶ月だよ。2度目の手術も無事終了したけどな、
 まだ、意識は回復していないしな」

橋が、そう言いながら真北の横に立った。

「橋…」
「ふふふ。お前らしくないな、その右手。…ん? らしいっちゃ
 らしいわな」
「うるさい!」
「しかし、いつもながら、真子ちゃんの回復力には、驚かされるよ。
 あの傷が、1週間でほぼ治るってな」
「…とか言いながら、橋、…関西弁がないぞ」
「…正直言って、今回ばかりは、自信が…なかったんだよ。
 切り裂かれてた。…それに、あと一度手術しないとな…。
 それからじゃないと俺も……落ち着かないよ」
「橋……」

重苦しい空気が、ICU前を包み込んでいた。

「兎に角、真子ちゃんは、俺に任せておけよ。お前らは、お前らの事をしろ。
 …真子ちゃんが、退院した時のことを考えてな」
「…あぁ。そうだな」

真北は、ゆっくりと立ち上がり、ぺんこうの居る病室へと向かって歩き出した。

「真北」

橋は、真北を呼び止め、歩み寄る。

「あのな…」

橋は、真北に何かをこっそりと話す。真北は、無表情のまま、橋の言葉を聞いていた。

「…そうか…」

短く応えた真北は、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせたあと、静かに歩き出す。
橋は、そっと見送った。



ぺんこうの病室。
ゆっくりと入ってきた真北は、眠るぺんこうの側にそっと立つ。
ぺんこうは、人の気配で目を覚まし、側に立つのが真北だと解った途端、ベッドから下り、土下座をする。

「すみませんでした…」
「…芯…」
「俺が、側に居ながらも…組長を…守れなかった…」
「俺に頭下げるなんて、珍しいな…。どうした?」

ぺんこうは、真北の質問に応えない。

「俺が命を落とした方が、よかった…代われるものなら、代わりたいですよ」
「あほなこと、考えるな。そっちの方が、真子ちゃんに余計な負担を与える。
 これで、良かったんだよ…」
「しかし…」

真北は、ぺんこうの肩に手を当て、そっと立たせ、そして、ベッドに座らせた。

「…橋から…聞いた…」

真北は、ぺんこうの耳元で何かを告げた。
ぺんこうの目は見開かれたまま、一点を見つめる。

「似た者同士やな…。俺のように、感情に走るから…」
「…真北さん……」

ぺんこうは、布団の中に潜り、体を振るわせながら、泣き始めた。
真北は、布団の上から、ぺんこうを優しく撫でる。

「早く…立ち直れよ…な」

ぺんこうを見つめる真北の目は、遠くを見ていた。
遠いあの日を思い出しているように思えた。

ちさとさん…すみませんでした…。

目を瞑った真北の頬を一筋、涙が伝っていた。





AYビル・会議室。
幹部会が終わり、それぞれが片づけを始めた時だった。

「まさちん、総会はどうするんや?」

須藤が尋ねた。

「いつも通りですよ」
「まさちんが出席か…南川と松宮が、折角、足を運んで組長を説得して
 組長も行く気になっていたんやろ?…嵐が来るで」
「覚悟しておりますよ」
「組長は?」
「まだ、意識は…。あと一回、手術が必要だそうですよ」
「そうか…。で、どうなんや? …ぺんこうの状態は」

まさちんは、首を横に振る。

「大変やな、お前らも。…何か力になれそうか?」
「心の問題は、私達で大丈夫ですよ。ですから、組長が復帰する時を
 考えて頂く方が、私は嬉しいですよ」
「わかった。そうするよ」
「…ありがとうございます」

まさちんは、深々と頭を下げる。そして、ゆっくりと会議室を出ようと歩き出した時だった。

「まさちん! お前、寝てないんやろ?」

まさちんが、めまいを起こして倒れそうになったのを須藤が、支えていた。

「すんません…俺は大丈夫ですから…」

力無く須藤に応えるまさちん。
しかし、足に力が入らず、その場に座り込んでしまった。

「ったく、お前まで倒れて、どうすんねん、あほがぁ! よしの!」

会議室の外で待機していたよしのが、ドアを開けて入ってきた。

「車用意せい。橋総合病院や」
「へい」

よしのは、急いで駐車場へ向かう。

「その必要…ありませんから…」

立ち上がろうとするまさちん。しかし、須藤は、まさちんの肩を押さえつける。

「あほ言うな。今日は終わりや。…いつから、休んでないんや?」
「ほんの2週間…ですから」
「ったく…お前も休め。…組長が心配するやろが」
「…そうですね…すんません…」

まさちんは、ばったりと床に倒れ込む。

「せめて…病院までは、起きておけよぉ」

そう言って、須藤は、まさちんを背負い、会議室を出ていった。
二人に付き添うような感じで、谷川、川原、藤も歩いていく。

「あとは、ええ。お前ら、頼んだで」

須藤は、幹部達に伝え、そして、 よしの運転の車が、AYビル地下駐車場を出ていった。



橋総合病院。
まさちんは、真子愛用の病室で、眠っていた。そこへ、くまはちが駆けつける。
付き添っていた須藤が振り返った。

「だから、交代しろって言ったんやで、このあほ」
「すまん。気ぃつかんかった。こいつ、倒れるまで、働いてたぞ」
「体力、気力ともに、やばいとは思っていたんですけど、…こいつも
 誰にも言わず、背負い込みますから。須藤さん、ありがとうございます」
「気にするな。それより、組長を見たけど、少しは良くなったんか?」
「一進一退ですね」
「そうか…。さてと、俺は帰るで」

須藤は、立ち上がる。

「お世話掛けました」
「暫くは、会議もなしな。まさちんの体力が回復するまで休暇や」
「そう伝えておきます」
「そや…。水木も、ここやんな」

病室を出ようとドアを開けた須藤は、思い出したように振り返った。

「えぇ」
「おちょくりに行くよ」
「…無駄ですよ」
「は?」
「あれ以来、組長の今回の事件まで背負い込んで、
 落ち込み激しいですから」
「……どいつもこいつも…。何かが狂い始めたな…」
「…修復…してみせますよ」

くまはちは、ドスを利かせていた。

「くまはちに言われると、安心や。ほなな」

須藤は、病室を出ていった。
くまはちは、深々と頭を下げて、見送る。
ちらりと目線をまさちんに移した。

「…ほんまに、熟睡やな…」

くまはちは、まさちんが眠っていることを確認し、病室を出て、別の病室へ向かっていった。
そこは、ぺんこうの居る病室。
ぺんこうは、ベッドに腰を掛けて、窓の外を見上げていた。

「少しは、外に出る気になったか?」

その声に反応して、ゆっくりと振り返るぺんこう。かなりやつれていた。

「益々、やつれとるな。組長は、回復に向かっているんやで? そんな表情、
 姿で、組長には会わせられへんな」
「組長の…元気な姿見ないと…何もできない…する気に…ならないよ…」
「自分で解決できるよな?」
「なんとか…頑張るけどな…今は…無理や…すまんな…心配…掛けて…」
「気にするな。お前と俺の仲…やろ?」
「そうだったな…」

ぺんこうは、俯く。暗い表情のぺんこうを見たくまはちは、軽くため息を付いて、困った表情をしていた。




真子が、手術室へ運ばれていく。三度目の手術をする日。
まさちんとくまはちが、手術室の前まで付き添っていた。
ストレッチャーの上の真子を見つめる。
全く動かない…しかし、息はしている。…笑顔がない…。

真子を見つめるまさちんは、思い出していた。

頭を撃たれたときは、自分は、自分ではなかった。自分を取り戻した時は、少し回復していた。
自分たちを助けるために、両足を折られ、瓦礫の下敷きになった時は、自分は動けなかった。

その後に、あの赤い光が…。

今までで3番目という橋の言葉を理解するまさちんは、今までの怪我が、この世界でのものだということを実感する。しかし、今回は、真子の望む『普通の暮らし』で起こったものだった。
真子が手術室へ入っていった。二人の目の前で扉が閉まり、暫くして手術中のランプが点灯する。
まさちんとくまはちは、ゆっくりとソファに腰を掛けた。

「今度こそ、意識…回復するよな?」

まさちんが、呟いた。

「あぁ。組長だ。大丈夫だよ」

くまはちは、上の空という感じで応える。そんなくまはちが珍しく思ったのか、まさちんは、尋ねた。

「どうした?」
「ん? …あぁ…自分がな、…情けなくてよ…」
「情けない?」
「全てを守る。…俺は、そう決めて、組長の側に来た。
 俺の家系は、阿山家を守る為にある。それも理解している。
 だけど、組長は五代目を継ぐ前から、それを嫌がっていた」
「そうだったよな」
「だからこそ、組長の全てを守りたい。この世界に居る時だけでなく、
 組長が望む普通の暮らしも。……だけど…」

くまはちは、フッと息を吐く。

「…頭撃たれたときは、俺自身も危なかっただろ?
 瓦礫に埋もれた時もそうだ。でもな、今回は、違うだろ。
 俺は家で休暇をとっていた。前のは、この世界で起こった事。
 しかし、今回は、組長の望む…普通の暮らしで起こった。
 俺が、ガードしている時は、何もないのにな…」

その言葉には、くまはちの自身が伝わってくる。
だが…、

「俺が、組長から離れるといっつもこうだ…。付きっきりにならないと…
 でも…それだと、組長は……」

くまはちは、何も言えなくなった。

「組長は、くまはちには、ガード以外のことをして欲しい…そう言ってるからなぁ」
「…あぁ。親父…先代を守るたびに、体をこわしていた。今も歩くのは大変だ。
 …親父の体を弾が貫通しなかったら…先代は、無事だった」
「でも、それは、お前の親父さんが死ぬだろ」
「それが、俺の家系なんだよ!」

くまはちは、怒鳴る。

「だけど…五代目は望んでいない…だろ?」

まさちんが、優しく言ったことで、くまはちは頷き、ため息を付いた。

「親父にたたき込まれたものが、五代目によって崩されていく。
 別に嫌だとは、思わない。…俺が、守らなければならない人だから。
 こんな俺のことまで、大切に思ってくださる…そして、親父までも。
 親父の考えも、少しずつ変わってきた。…俺は、これでいいんだと思う。
 なのに…組長は…」

くまはちは、髪を掻き上げ、頭を抱える。

「…くまはち…。お前だけじゃないからな、俺も自分が情けなくてな…。
 水木とのことだって、俺…側に付いていながら、気が付かなかった。
 組長の巧みな言葉で、騙されていた…。もし、あの夜、俺が眠らなかったら、
 あの日…拉致されなかったら……そんなことばかり考えている」

まさちんは、俯く。

「だけどな、組長は、辛くても、苦しくても、俺に悟られないようにと
 振る舞うんだよ。俺が、心配すると思ってな…。当たり前だろ?
 心配するのは。…組長には、笑顔で過ごしていただきたいから…。
 あの笑顔を…失いたくないから…」

まさちんの雰囲気が変わる。

「…俺のこの命は、組長の為にある…。組長の意に反しても、
 俺は、組長の為なら、この命…投げ出せる…」
「…それは、俺もだ…」

くまはちの雰囲気も、まさちんに感化されたように変化する。
二人は、睨み合っていた。

「…だけど、思うようには、いかないもんだよなぁ…」

二人は、同時に言い、ソファにドカッともたれかかる。

「まだまだ…やな…」

まさちんが呟く。

「あぁ」

くまはちは、項垂れながら応えた。
暫く沈黙が続いた後、くまはちが、

「会議まで、1週間やぞ。やっぱし、お前が出席するんやろ?」

尋ねた。

「しゃぁないやろ。それに、数人の親分さんから、連絡あってな…。
 組長の怪我…知れ渡ってるらしいよ。同級生に刺された…とね」
「あのガキ…そういう性格じゃなかっただろ…」

どうやら、くまはちは、真子の同級生全員の性格や住まいなどの情報を把握している様子。

「人は変わるもんや」
「ぺんこうの話やと、組長を狙った男が三人居たそうや。
 今、そっちを調べてるとこやけどな。チンピラとは、思えなくてな。
 …絶対、裏がある…」
「…頼んだよ」
「その間…組長のこと…頼むよ」
「言われなくても…わかってらぁ〜」

まさちんは、くまはちに目をやり、にやりと微笑んだ。

手術は、まだ、続いていた。

組長…。

まさちんの手は、祈りのように自然と指が絡まれていた。






3度目の手術の後、真子は、愛用の病室に移された。
傷は回復に向かっているが、意識は未だだった。まさちんは、真子に付きっきりで世話をしながら、別室のぺんこうの様子も見ていた。

どちらも、変わらず…。

それでも、まさちんは、組関係の仕事を休みにされたことから、余計な気を使わずに済むため、倒れることは無かった。

会議まで、あと5日と迫った日。
まさちんは、真子の病室の隅にあるソファに腰を掛け、仮眠を取っていた。
何かの気配で目を覚ます。
真子が動いていた。

「組長!」

まさちんは、急いで真子に駆け寄った。真子は、うっすらと目を開け、左手で目をこする。
真子の目に飛び込んできたのは、まさちんの安心しきった表情だった。

「ま…さち…ん…」
「組長、気分はどうですか?」

まさちんは、優しく微笑んでいた。

「ここは…病院…。私……。みんな無事?」

どうやら真子は、同窓会の日に襲われた事を思い出し、自分以外にも、誰かが襲われたのではないかと心配してるようだった。

「徳田くんは、7針縫う怪我でしたけど、他のみなさんは、無事ですよ」
「…よかったぁ……。理子…私を守ろうとしたから…」
「そうだったんですか…」

まさちんは、真子の頭をそっと撫でる。

「だからって、組長、無茶しすぎですよ。なぜ、抵抗しなかったんですか?」
「相手が…寺岡君だったから…。手…出せなかった…というより、
 何が起こったのか、自分でも、解らなかったんだよ…。なぜ、寺岡くんが、
 私を…刺したのか…。在学時……あまり、話さなかったんだけど…。…っつ!」
「どこか、痛みますか?」
「背中…。大丈夫、寝てたら、治りそうやから」

真子は、動く左手で、自分の腹部を触る。

「傷…」
「実は、3度、手術しました」
「そうだよ…ね。裂けていたから…」

真子は、何かに気が付いた。

「橋先生、呼びます」

まさちんは、ナースコールのボタンに手を伸ばす。しかし、その手は、真子の左手で阻止される。

「…まさちん…」
「はい」
「…今日は…何日? 私、どれくらい眠っていたの?」

真子の息が上がってきた。まさちんは、話を誤魔化すように、真子を気遣う。

「組長、何も話さないでください」
「会議……まで…」
「何も考えないでください。大丈夫です」
「…私が…参加しなくては…」

真子は、再び眠りについた。

「はふぅ〜。組長は、このまま眠っていてください。会議は…心配いりませんから」

まさちんは、そっと真子の頭を撫でた。



ドアがノックされた。
くまはちが入ってくる。

「どうや?」
「意識…戻ったよ。安心した…」

まさちんは、ホッとしていた。

「そうか…。交代やで」
「意識戻ったから、いいよ」
「お前、休んだか?」
「少しな。…それより、解ったんか?」
「まだ、わからんな。…事件の前日に、金融屋が倒産してる」
「なに…?」
「それで、解ったよ…裏には、大きな組織があるってね」
「組長を…狙った…ということか…。阿山組への挑戦だな…」

まさちんの口元が、つり上がった…。


まさちん…駄目だよ……、約束…。

うっすらとした意識の中、真子は、まさちんに語りかけていた。



(2006.5.26 第四部 第三十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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