任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十話 新たな世界への第一歩

橋総合病院。
橋は、真子が意識を取り戻したと連絡を受けて、真子の愛用の病室へ足を運んだ。
真子は再び眠ったと、まさちんから聞いて、そっと歩み寄る。しかし、その時、急患の知らせが来た。

すまん、また後な。

そう言って、橋は仕事に向かっていった。


それから三時間。

真子は再び目を覚まし、まさちんと少しばかり会話をしていた。そこへ、橋がやって来た。

「おはようさん」
「橋……先生…。手術を終えて直ぐなんですか?」

真子が少しばかりの笑みを浮かべて尋ねてきた。

「まぁなぁ」

優しく応えて、真子の診察を始めた。

「どうや?」
「背中…痛いかな」
「少し我慢できへんか? 痛み止め使いすぎるのは嫌やからなぁ」
「うん。これくらいなら、平気…かな」
「傷は、まだ、ふさがってないからな。絶対に動くなよ」

橋は念を押す。

「わかってます。かなりひどかったんでしょ?」
「まぁな。今までで3番目や。頭の時よりは、ましやで…」
「先生!」
「あっ……」

真子が、橋の言葉を遮るように叫んだのは、病室に、まさちんが居たから…。

「いててて!!!」
「真子ちゃん、叫ぶからやぁ! 楽な姿勢取れ」
「…駄目…」
「しゃぁない。痛み止め使うで」

真子は、頷く。まさちんは、凄く心配そうな表情で、真子を見つめていた。

「組長」
「ご、ごめん、まさちん、大丈夫だから、そんな顔…すんなよぉ」

真子は、痛さで顔がゆがみながらも、まさちんに微笑んでいた。その時、まさちんの携帯が鳴る。
まさちんは、急いで病室を出ていった。

「…ったく…橋先生のあほぉ」
「すまん…つい…。…っつーか、真子ちゃん…役者やなぁ。
 まさちんの気を反らそうとするなんてなぁ」
「…って、本当に痛かったんやけどな」
「どうや?」
「…刺されてから、どれくらい経ったの?」
「二週間は経ったよ。その間に三回手術した」
「裂けてたからね…」

真子は、腹部に手を当てる。

「幸い、腸が出なかったからよかったよ。押さえた?」

真子は、頷く。

「本当なら、死んでる…よね」
「あぁ。…あのな…真子ちゃんに伝えたい事があるんやけどな…」
「なに?」

橋は、躊躇っている。その橋の顔を見て、真子は、一筋の涙を流した。

あちゃ、能力忘れてた…。

「…私の変わりに…。助けてもらったのかな…」
「真子ちゃん…。…そうだね…」

橋は、真子の涙をそっと拭った。

「真北からの伝言。…軽率な行動は慎むこと」
「わかってます。…内臓の方は?」
「修復完了。ただ、機能回復までには、時間かかるやろうけどな」
「…なんか、機械みたいな、言い方せんといて…くださいよ」

真子は、微笑んだ。

「手術も、せんでええからな。ゆっくりと体を休めること」
「わかりました」

まさちんが、病室に入ってきた。

「診察終わり。真子ちゃんが動かないようにしっかりと、見張っておけよ」
「いつものことですから……すみません…」

まさちんは、真子の鋭い目線に気が付く…。

「それと、真子ちゃん」
「はい?」
「次、同じ様な怪我した時は、もう、無理やからな」
「三度は、耐えられないんですか?」
「普通の人間は、そうや。二度目も危ないんやで。そやけど、真子ちゃんは
 あの能力があるからな…」
「…わかりました。…なるべく…気を付けます…」

橋は、真子の言葉に、少し不安が残っていたが、二人の会話を聞いていたまさちんの表情を見て、これ以上は、まさちんが、気にすると思ったのか、話を強引に終わらせる。

「ほな、まさちん、頼んだで」
「はい。ありがとうございました」

橋が病室を出ていく間、まさちんは、深々と頭を下げていた。

「まさちん、会議までに回復するからね」
「って、組長、四日では、無理ですよ…あっ…」
「四日しかない…のか…」
「駄目ですよ。会議には、私が出席しますから」
「しかし、みなさんが、黙ってないでしょ? 特に、南川さんと松宮さんのお二人…。
 ビルまで足を運んでくださったのに…」
「仕方ありません。それに、みなさん御存知ですから」
「私の…怪我を?」

まさちんは、ゆっくり頷く。

「…って、組長、起きがけに、しゃべりすぎですよ」
「話すくらいええやんかぁ」
「腹部に力は、入れないで下さいね」
「笑わさないでよ」

まさちんは、真子の言葉に、にやりとする。
真子はふくれっ面になった。
そんな真子を見て、まさちんは、微笑む。

「組長?」

まさちんの微笑みに対する反応が、いつもと違っていたことを気にする。

「何か…? どこか、痛みますか?」

真子は、首を横に振る。そして、左手でまさちんを手招きする。

「はい?…!!!」

真子は、まさちんの首にしがみついてきた。そして、耳元で、そっと何かを呟いた。
まさちんの表情は、驚きから、哀しみ、そして、優しさへと変化する。

「…組長を…助けてくださったんですよ」
「うん……まさちん……」

真子は、まさちんにしがみついたまま、泣いていた。まさちんは、子供をあやすような感じで、真子の背中を優しく叩き、そして、さする。

「この体勢、傷にひびきますよ」

まさちんは、そっと真子を寝かしつける。

「ったく、泣きながら寝るのって、昔っから、変わらないんですね」

まさちんは、真子の頭をそっと撫でる。

「…んー…ですからぁ…」

まさちんは、身動きが取れなくなっていた。真子の右手が、まさちんの服をしっかりと握りしめ……。
まさちんは、この日、一日中、真子の側から動かなかった…(動けなかった。)




むかいんが、真子の病室へやって来た。

「調子はどうですか、組長」
「むかいぃぃん!!」

真子は、元気に左手を振る。

「元気いっぱいなんですね。安心しましたよ」

優しく微笑むむかいんだった。

「まだ、食事できないぃ〜。早く、むかいんの料理食べたいのにぃ」
「しっかりと治してからですよ。楽しみは、先にとっておいてください」
「はぁい」
「理子ちゃん、毎日毎日、店に来るんですよ。そのたびに、組長のことを
 心配してますよ。それと、守られた…ともね」
「…うん…。理子、あれだけ言ったのに、また、私を守ろうとしたから。
 怒ってるって伝えててよ」
「はい。組長の元気な姿を見たから、私帰りますよぉ」
「やっぱし、休み時間に来た?」
「えぇ」
「ったくぅ。むかいん、無茶したら、あかんよ!」
「ありがとうございます」
「…それと……」

少し体を起こす真子に、むかいんは、慌てて真子に手を差し出した。

「駄目ですよ組長」
「…ぺんこうのこと…」
「…ご安心ください」
「うん…」

むかいんは、そっと真子を寝かしつけ、布団をかけ直す。

「痛みませんか?」
「うん。ありがとう。よろしくね」
「はい」



「…だよ。お前、ほんまに大丈夫か?」
「…まだ、…あかんわ…」

病室の隅で、膝を抱えて座り込むぺんこうに、むかいんが、語りかけていた。

「初めて見るお前の姿に、こっちが戸惑うで」
「すまんな…」

ぺんこうは、膝に顔を埋める。

「自己嫌悪…や…」

ぺんこうが呟いた。

「なるほどなぁ」
「組長に、心配ばかり掛けてる…負担を掛けてる…。俺…組長のプラスになるように
 頑張ってきたのにな…。あの日から…マイナスになることしか…」
「お前が落ち込んでいたら、益々マイナスになるやろ」
「…わかってる…けどな…どうすることもできないよ…」

むかいんが、ぺんこうに近寄る。そして、ぺんこうの胸ぐらを掴みあげた。

「いつまでも、そうしてて、何か解決するんか? 組長がどれだけお前のことを
 心配しているか、手に取るようにわかるよ。あの傷で、体を動かそうとしてまで
 俺を引き止めて、お前のことを頼むって…」

いつになく、むかいんが怒鳴った。それに驚くぺんこうだが、反抗する事ができない。
むかいんの怒りが伝わってくる…。

「……ぺんこう…お前ぇっ…ほんと、いい加減にせぇよ」

ぺんこうは、むかいんの襟を掴み、自分から引き離そうと手を伸ばす。
しかし、力が足りない…。

「お前に、何がわかる?…組長を抱いたあの日から、…組長の何かが狂い始めた」

ぺんこうが静かに語り始めた。

「組長を狂わせる…そんなつもりで抱いたんじゃない…。
 俺が起こした桜さんのことで、組長は、水木に襲われた。
 組長の…優しさを…強さを感じたよ。…なのに……なのに、
 俺の目の前で、俺の教え子に襲われて、死にかけた。
 そして、組長には……俺の…」

バシッ!

「甘ったれるな!」

むかいんは、ぺんこうの言葉を遮るように怒鳴りつけた。

「そんな辛いことがあっても、組長は乗り越えてるんだぞ!
 なのに、なんだ? お前は、その壁に手を伸ばそうともしない。
 いつから、そんな弱い奴になった? あ? 組長を抱いた日からか?
 昔の感情で、思いを遂げた途端、これかよ。今まで、そのつもりで
 組長に接してきたのか? 違うだろ!……見損なったよ」

むかいんは、ぺんこうを突き放すように胸ぐらから手を離した。
ぺんこうは、壁にぶつかり、壁をずり落ちるように、床に座り込んだ。

「…自分が…わからなく…なった…だけだ……。だから、しばらくは…、
 一人にしてくれよ…」

沈黙が続く。
むかいんは、大きく息を吐いて、感情を整える。

「わかったよ。…だがな…馬鹿な気だけは、起こすなよ。
 お前は、そんなこと、する奴じゃない…俺は解ってるが、
 今のままだと、やりかねん……解ってるよな」
「…あぁ…」

むかいんは、ぺんこうの頭を撫でて、病室を出ていった。
ぺんこうは、その場から動かなかった。

「手に取るように解る…あの人の…気持ちが…。
 それを…乗り越えたんだよな…。
 やっぱり…あの人には……かなわない…」

ぺんこうの頬を一筋の涙が伝っていた。




会議まで明日と迫った日。
真子は、会議のことしか口にしなくなった。まさちんは、なんとか誤魔化すが、真子の意志は強かった。
絶対に行くと言って利かない真子。まさちんは、手を妬いていた。

「それ以上、言うと、傷を悪化させますよ」
「…ひどいよ…まさちん……」
「…いや、その、…じょ、冗談ですよ…組長…」

今にも泣きそうな真子を見て、おろおろするまさちん。そこへ、くまはちが橋と登場。

「組長、橋先生に診断してもらってから、明日の会議の出欠を決めましょう」
「俺は、反対やで、真子ちゃん。診んでもわかるって。まだふさがってない。
 真北からも、言われてるよ。真子ちゃんを出すなって。それに、これ以上
 傷を悪化させたら、ぺんこうが気にするやろ」
「でも…」
「1秒でも早く、元気になった姿をぺんこうに見せてあげたいだろ??」
「…うん。…でも…会議は…。約束は守らないと…」
「向こうさんも、事情は解ってるだろて。許してくれるよ」
「そう出来ないのが、この世界なんだから…」

真子から飛び出す発言に、病室に居た者は、驚く。

まさか、そんな言葉が出るとは…。

あの日以来、真子の何かが変わったのは確かだ。やはり、目覚めたのか……本能が…。

「まぁ、取りあえず、痛み止めを打つで」
「…嫌だ。それ…いつもの…嫌ぁ!!」

橋の差し出す注射を嫌がる時点で、会議に出席すると決意していることが解るまさちんたち。
橋は、有無も言わさず、真子に、痛み止めと称した睡眠薬を打ち込む。
真子は、静かに眠りに就いた。

「効果は一日あるからな。まさちんが会議から帰って来た頃に目覚めるよ」
「よろしいんですか、そんなことをして…」
「真北公認。それよりも、会議に出席できなかったと怒り狂う時の対応は、
 お前らで考えろよ」
「…そうですね。…蹴りはないでしょうが…口を利いてもらえないくらいですね」

まさちんは、少し嘆く。

「まぁ、その程度なら、安心やな。ほななぁ」

橋は、病室を出ていった。
まさちんとくまはちは、病室の隅のソファに腰を掛け、会議の話を始めた。
真子は、熟睡中…。



会議当日の朝…。
真子の病室では、まさちんとくまはちが、ソファに座ったまま、眠っていた。まさちんが、朝の明るさで目を覚ます。

「んー!!…って、寝てしまったか」

まさちんは、立ち上がり、背伸びをする。そして、真子の様子を見つめた。
真子は、眠っている。
まさちんは、病室を出ていった。その気配でくまはちが目を覚ます。

「そっか。…ったく、あいつは、ここに住み込んでるみたいやな」

くまはちが立ち上がり、体を動かし始めた。
その頃、まさちんは、橋専用のシャワールームで汗を流していた。


まさちんが、病室に戻ってきた。

「…あのね…」
「…あっ、すまん…ついつい…」

くまはちは、病室で逆立ちをしていた……。


「しゃぁないやろ」
「まぁな」
「組長が、寝てる間に行かんとな。なんとか誤魔化しておけよ」

まさちんが、荷物を持って、病室を出ていった。くまはちは、真子をちらりと見る。
熟睡している。

くまはちは、まさちんを追うように病室を出ていった。

「今日は一日か?」
「そう…なるやろな。いつも夕方近くになるし、恐らく、親分連中が
 組長のことを訊いてくるかもな。かなり遅くなると思う」
「そうか。ほな、今日は、俺が一日、ここに居るよ。組関係は……」

駐車場に向かって歩いていく二人。
二人が出て直ぐの事だった。
真子の病室から、ロッカーが開く音が聞こえ、布のすれる音が微かに聞こえてきた。




橋総合病院・駐車場。
まさちんが、運転席に乗り込みながら、くまはちと話し込んでいた。

「頼んだよ」
「あぁ。…お前も、無茶だけはすんなよ」
「わかってるよ。勝負は明日だよ」
「そうだな。気ぃつけろよ」
「ああ。行って来るよ」

まさちんは、車を出発させる。くまはちは、深刻な眼差しで、まさちんを見送った。

「兄貴、今日の予定は?」

少し離れたところでまさちんとくまはちの様子を見ていた竜見が、くまはちに素早く近寄った。

「ん?あぁ。いつも悪いな」
「いいえ。俺の仕事ですから」
「そうやな。…虎石は?」
「車で待機しております」
「…って、こうしてられへん。病室に戻りながらでええか?」
「はい」
「俺は一日、組長のガードやから、その間に、こっちでも、奴らのことを
 調べておきたい。健にも頼んであるがな…」
「わかりました」

くまはちと竜見が、話ながら、真子の病室へ向かって歩いていた。くまはちは、病室のドアを開けながら、竜見に言う。

「組関係は、須藤さんに訊いてくれるかな」
「かしこまりました。では、兄貴…。…兄貴?」

くまはちの雰囲気が変わった事に気が付いた竜見が尋ねる。

「組長、まだ、起きては…」
「くまはち、出掛けるよ」

まだ、起きることができないはずの真子が、着替えを済ませ、ロッカーを閉めていた。

「しかし、その体では…」

くまはちの言葉を訊かずに、真子は、一歩踏み出した。くまはちは、真子の進路を遮る。その時、真子の体が、くまはちに軽くぶつかった。

「うっ……」
「組長!」

ふらつく真子に、手を差し伸べるくまはち。

「…だ、大丈夫だ。運転、頼んだよ」
「しかし…」

くまはちは、躊躇う。

「出発するんだ。…これは、命令だっ!」

真子が醸し出す五代目の雰囲気。くまはちは、従うしかできなかった。

「竜見、車。裏に付けろ」
「兄貴…」
「会場に向かう。早くしろ!」

真子の雰囲気に感化されるように、くまはちも本来の自分の雰囲気を醸し出す。
竜見は、素早く行動に移った。
くまはちは、真子を隠すような感じで廊下を歩き、橋総合病院の人目の付かない場所へやって来る。そこには、竜見運転の車が停まっていた。助手席から虎石が下り、後部座席のドアを開けた。くまはちは、素早く後部座席に真子を乗せ、自分も乗り込む。
車は、誰にも見つからずに、病院を出ていった。


「組長、楽な姿勢で…。会場までは3時間です。少し遅れると思いますが…」
「あぁ。…それまで、眠る」

真子は、少し埋もれる感じで眠り始めた。

「兄貴、よろしいんですか?」
「命令には、逆らえないからな…。予測はしていたよ」
「しかし、その体勢は、傷にひびきますよ」
「わかってるよ。だけどな、まさちんやぺんこうのようには、できないよ」
「解禁されたのではありませんか?」
「俺自身には、まだや。…組長が望むなら、できるけどな」

くまはちは、真子の体調に気を配る。自分の上着を脱ぎ、真子にそっと掛けた。

「くまはち」
「はい」
「…膝…かしてくれ…。この体勢…苦しいから…」
「かしこまりました」

真子の体を支えながら、くまはちは、真子の頭を自分の太股に乗せる。そして、真子の体を右に向かせ、再び上着を掛ける。真子の背中の傷は、左側の方が深かったのだ。その傷は、まだ、ふさがっていない。くまはちは、少し気になり、真子の背中の傷を診る。

「痛みませんか?」
「今は、大丈夫。痛み止め飲んでるからね。…着く10分前には、
 起こしてくれよ」
「はい」

真子は、眠りはじめた。そんな真子を見つめるくまはちは、優しく微笑んでいた。真子の手が、くまはちの服を握りしめる。その手をそっと握りしめるくまはちだった。

「兄貴?」

くまはちの仕草に驚く虎石が、声を発する。

「…俺の力、少しでも伝えたくてな。これから、初めて、親分衆に
 お逢いするんだからな。それも…この体で…」

真子の手を握りしめる手に力が入るくまはちだった。

車は、会場に向かっている。静かな車内。それは、真子を気遣っているため。
くまはちの携帯が鳴った。
真子に掛けている上着から、そっと取りだし、電源を入れる。

「はいよ。……今? 言えんな。秘密や。追うなよ、解ってるなぁ〜健」
『解ってます。あとで殴られるの嫌ですからね。で、先日の件ですよ』
「どこのもんや?」
『松宮ですよ』
「松宮?」
『組長の同級生が借りてた金融屋と懇意にしてまして、借金返せない
 客を脅す方に廻ってたらしいですよ』
「そんなとこに手を出してたとはなぁ」
『脅している最中に、同窓会通知を見つけて、それで計画したらしいですよ』
「…会議に出席してるよな…。…逢うのは、まずいな……組長…」

真子は、目を覚まし、電話を持つくまはちの腕を掴む。

「大丈夫だよ…。向こうは、驚くさ…」
「しかし、会場で…」
「それは、ないやろ」
『くまはち、組長の側だったのか?』
「いいや…健、ありがとな。あとは、俺に任せてくれ」

くまはちは、電話の向こうで騒ぐかのような声を張り上げる健を放ったらかして、電源を切った。

「すみません、起こしてしまいましたね」
「気にするな。…くまはち、調べてたんだね…ありがとう」
「私の仕事ですから」
「松宮…か…。…寺岡くんまで巻き込んでしまったね…」
「それは、組長に責任ありませんよ。借りていた彼が悪いんですから」
「それもあるだろうけど…結局、私に関わってしまってるよ…許せないな」
「組長…」

くまはちの手を握る真子の手に力が入る。真子の顔が痛さで歪んでいた。

「組長、やはり、無理なさっては…」
「…くまはち、痛み止め…くれ…。持っているんだろ?」
「しかし、私のは、軽いですよ」
「かまへん…会場に居る間くらいは、効果あるやろ?」
「では、会場に着く前に。それまで、眠って誤魔化してください」
「眠れない…」
「子守唄…歌いますよ」

くまはちは、自分の膝枕で寝転ぶ真子に優しく微笑んだ。その微笑みに、安心したように、目を瞑る真子。
くまはちは、子守歌を歌い始めた。
虎石と竜見の目には、珍しい光景に映っていた。しかし、この光景は、ちさとが亡くなった頃に、本部でよく見られた光景。今では、真北だけが知っていること。
再び眠り始めた真子の左腕は、いつの間にか、くまはちの腰に回されていた。

「…あかん…」
「はい?!!?!」

くまはちの突然の言葉に、驚く竜見と虎石。

まさか…兄貴…。

「組長が、幼い頃の姿に見えてきた…」
「幼い頃?」
「あぁ…俺が初めて逢ったのは、組長の母・ちさとさんが亡くなって、すぐなんだよ。
 その頃の組長は、母を失ったことで、すごく寂しそうにしていたんだ。無理もない。
 目の前でな…泣きそうな組長をこうして、縁側で膝枕して、子守歌唄ってたんだよ。
 それが、あまりにも続くもんだから、親父がな、組長に触れるなと…ね」
「それで…組長に触れてはいけないと…」
「あぁ」
「…兄貴の違った一面、拝見しました」

竜見が、嬉しそうに言った。

「…竜見…虎石…」
「はい」
「誰にも言うなよ」

くまはちは、ドスを利かせる。

「わかっております」
「よし」

くまはちは、そう言って、真子の肩を優しく撫でていた。


途中で、サービスエリアに入る。その間も、真子は、くまはちの膝枕で、気持ちよさそうに眠っていた。

「竜見、水、買ってきてくれ」

くまはちは、竜見に財布を渡す。

「兄貴は?」
「俺はいい。虎石は?」
「私もいらないです」
「では、水だけで」
「あぁ、悪いな」
「行ってきます」

竜見は、車を降り、急いで店へ駆けていった。
虎石が、チラリと振り返る。

「ん?大丈夫だよ。こうして眠っている間はな」

くまはちは、真子の頭をそっと撫でる。

「組長は、兄貴に対して、どう思っているのでしょうか…。兄貴は、組長の
 ボディーガードだとお聞きしておりますが…」
「……兄妹だよ」
「兄妹?!」
「あぁ。初めて逢った頃に、そう言われた。『お兄さんみたいだね』ってね。
 まだ、幼い組長は、俺が組長を守るという立場にあることを理解されて
 おられなかったんだ。…えいぞうが、居たからな」
「そう言えば、えいぞうさんもボディーガード…」
「頼りにならない…な」

竜見が、戻ってきた。

「遅くなりました」

竜見は、席に着くなり、くまはちに水と財布を手渡す。

「ありがとな。…ったく、こんな時に限って、無いんだからなぁ」

くまはちは、受け取った後、車に備えられているクーラーボックスに入れた。
車は、出発する。

くまはちは、真子の額に手を当てる。
熱は、上がっていない。

終わるまで…もってくれ…。

真子を優しく見つめるくまはちは、なぜか、祈っていた。


会場まであと10分のところを走っていた。

「組長、そろそろ…」

くまはちは、真子に声を掛ける。真子は、ゆっくりと目を開ける。自分の左腕がくまはちの腰に回されていることに気が付いた真子は、慌てたように、手を引っ込めた。

「…ごめん、くまはち…」
「気になさらないで下さい。…痛み止め、飲みますか?」
「そうだね」

くまはちは、真子の体を起こし、薬と水を差しだした。薬を飲んだ真子は、くまはちにしがみつき、胸に顔を埋める。

「…力…分けて…」
「ありったけ…どうぞ」

くまはちの言葉に反応するかのように、真子は、息を整え、気合いを入れる。
車が会場に入っていった。会場の周りには、黒服の男達が、たくさん立っていた。車に一礼する男達。
会場の入り口に、車が停まった。

「…組長」
「ん?」
「松宮には、…気を付けてください」
「解ってる」

真子は、顔を上げ、そして、力強く言い放つ。

「行くよ…」
「はっ」

虎石が、助手席から下り、後部座席のドアを開ける。くまはちに続いて、真子が下りてきた。
姿勢を正して、真っ直ぐ前を向き、一歩踏み出す真子。そして、そのまま、会場へ向かって歩き出した。
くまはちは、入り口まで付いていく。




「阿山組のぉ〜。組長さんはどうした?まさか、約束は反古されたのか?」

松宮が、言った。その表情は、何かを企んでいるのが、ありありと解る…。

「あれ程、参加するとおっしゃったのに?」

南川が、呆れた感じで言った。

「…急な予定が…」

二人に責め寄られるまさちんは、苦笑いをしながら、その場を誤魔化す。

「急な予定…。またですか? これじゃぁ、阿山組は我々頭を
 馬鹿にしてるのも同然。全国を敵にまわすおつもりか??」

松宮が、まさちんを睨んでいた。まさちんは、それに応える感じで睨み返す。
その時だった。

「遅れまして申し訳ございません。初めて皆様にお逢いするので、
 少し時間がかかってしまいました」

優しい声が、部屋に聞こえてきた。
部屋に居る者が一斉に振り返る。

「初めまして、阿山真子です」
「組長…」

驚く表情をするまさちんの目には、元気な姿で笑顔を見せる真子が映っていた。
輝くような笑顔を見せる真子を見て、集まっている親分達は、言葉を失ったように、何も言えなかった。
そして、心に少しずつ変化が現れる……。



(2006.5.29 第四部 第四十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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