任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十一話 真子の行動に、頭を抱える

全国の親分衆が集まる会議…総会…。
この日、初めて総会に参加する女性が、会場へやって来た。

阿山組五代目組長・阿山真子が、その女性だった。

会場の扉を開けた途端、輝くような笑顔で挨拶をする真子。

「遅れまして申し訳ございません。初めて皆様にお逢いするので、少し時間が
 かかってしまいました。…先に、うちの代理が到着しているはずですが…」
「組長」
「ありがとう。まだ、始まっていなかったようだね。さがっていいよ」

真子の凛とした態度にまさちんは、何も言うことができずに、真子の命令に従って、会場を出ていった。
真子の不参加に対して、まさちんに突っかかって文句を言っていた松宮は、真子の姿を見た途端、口をあんぐりと開けて、驚いていた。

「な、なぜ、ここに…。…確か…」

松宮は、真子がこの会場にそれも、元気な姿でやって来たことに戸惑っている様子だった。

「松宮さん、何か? 参加するようにと言われたので、来たまでですが…」

にっこりと笑って、松宮に話しかける真子に対して、口を噤む松宮だった。

「南川さんも、その節は、ありがとうございます」
「い、いいや…。こうして、来て下さって、嬉しいですよ。ここに居る誰もが
 あなたが来るのを長年、待っておりましたから」
「お待たせしすぎましたね…」

そう言いながら、真子は、用意された自分の席に着く。

「みなさんが揃ったことですので、会議を始めます」

そうして、会議が始まった…。




外に出た途端、まさちんは、くまはちの姿を見つける。そして、ツカツカと歩み寄り、

「どういうことだよ!」

胸ぐらを掴み上げた。

「組長に、脅された。…組長命令だよぉ。俺が逆らえないことくらい
 知ってるだろうがぁ…。仕方ないだろ」
「組長…。ったくぅ、あの体で…。俺は、入り口近くにいるからな。
 いいか、会議が終わって、組長が出てきたらすぐに車に乗れるように
 待機しておけよ」
「はい」

まさちんの気迫に負けるくまはち。

「まさちん」
「なんや?」

くまはちに呼び止められるまさちんは、怒り任せに返事をする。

「…組長を狙った奴が割れた」

くまはちは、まさちんにこっそりと耳打ちをした。まさちんの表情が、無表情へと変化する…。

「そういうことか…。わかったよ」

にやりと口元をつり上げて、会場の入り口近くへ歩き出すまさちんだった。





橋総合病院・真子の病室。

「……居ない……」

橋と真北は、ドアのところに呆然と立ちつくす…。

「痛み止め飲んでるぞ」

橋が、枕元の薬を確認する。

「行き先は、決まってるな…」

真北は、携帯電話の電源を入れる。




会場の方を向いて、真子の気配を探っているまさちん。

組長。無理なさらないでください…。

心の声を送っていた。
そのまさちんの携帯電話が、胸元で震える。
まさちんは、電話を手に取った。

「…げっ…」

電話の相手が、真北だと解ったまさちんは、そのままそっと懐に電話を入れる。
暫く震えていた携帯電話が、大人しくなった。

暫くして、くまはちの携帯電話が鳴る。
くまはちは、電話を手に取り、相手を確認する。

「…わちゃぁ……。…もしもし」

電話の電源を入れた途端、くまはちは、電話から耳を離す。

「会議中です」
『解ってるわぁ、このあほがぁ〜!』
「すみません…」
『終わったら、直ぐに戻れよ。解ってるな!!!!』
「解っております。傷口は、開いておりませんから。大丈夫です。
 セット持ってますから」
『まさちんは?』
「中です」
『電話に出ることできないんか…しゃぁないな…覚悟…しとけよ』

電話が切れる。
くまはちは、項垂れながら、電話を懐にしまいこんだ。

「兄貴…」
「ん…しゃぁないやろ。お前に車を頼んだ時点で覚悟はしていたよ」
「…帰りは…急ぎます」
「頼むよ。……!!!!」

異様な雰囲気を感じたくまはちと竜見、そして、虎石は、振り返る。
そこには、松宮組組員が立ち、くまはちたちを睨み付けていた……。




会議が終わった。
親分衆が、次々と部屋から出てくる。それぞれの組員達が、親分達に頭を下げ、後ろをついていく。
まさちんは、親分達の表情を見ていた。
どことなく、和んだ表情をしていた。
親分達が途切れた頃、まさちんは部屋の中を見渡した。
真子と南川が、笑顔で話し込んでいる。少し間をおいて、

「組長」

真子を呼ぶ。

「まさちん」

まさちんの表情を観るまでもなく、何を言いたいのかは解っている。

「…南川さん、ありがとうございます。では、これにて、失礼いたします」
「お気をつけて」

真子は、南川に深々と頭を下げ、まさちんに向かって歩き出す。南川は、真子の後ろ姿をしかりと見届けていた。真子達と入れ替わるように南川組組員の水原が、部屋へ入ってくる。

「組長」
「ん…すまんな。阿山真子と話し込んでいたよ」
「そうでしたか」
「それにしても、いつもと違った会議になっていたよ」
「阿山真子のオーラですかね…」

二人は会場を出た時、

「…あっ…」

異様な雰囲気にぶち当たった。
緊迫した雰囲気…。
くまはちたちと松宮組組員が睨み合っていた。

「あいつら…」

南川が呟いたが、

「組長…あそこに…」

水原に言われ、南川が目線を移した。
そこには、真子とまさちんの姿があった。



真子が、くまはちに声を掛ける。

「くまはち、帰るよ」

くまはち達は、まだ、睨んでいた。

「聞こえていないのか?」
「聞こえています」
「…何、遊んでいるんだよ」

真子は、くまはちと松宮組組員との間に割り込み、松宮組組員を一人一人見つめ、微笑んだ。

「これにて、失礼するよ」

そう言って、真子は、待機していた車に乗り込んだ。
まさちんは、真子に続いて車に乗り、くまはちは、運転席に乗り込む。竜見と虎石は、自分の車に乗り込み、真子達を追って、会場をあとにした。

「流石というか…。敵に回したくない人物だな、阿山真子は」

南川が呟く。

「はい。…それより、重体説は、嘘だったようですね。
 同級生に刺されたと耳に入っていたんですけど、あの様子だと
 噂だったんですね」

水原が、車のドアを開けた。

「そう思うなら、思っておけばいいさ」

そう言って、南川は、車に乗り込む。

「組長、どういうことですか?」

水原は、運転席に乗り込みながら、尋ねる。

「私は、言っただろ? 敵にしたくないと」

南川の車は会場を去っていった。その際、松宮と目が合った。軽く手を挙げた南川。
しかし、松宮は、目を背けて自分の車に乗り込み、会場を出ていった。




真子の乗った車の中。
まさちんが、真子の様子を診ていた。

「組長、無茶しすぎですよ、傷口が開いてます。
 橋先生の許可は、いただいてきたんですよね?」
「この体で、外出許可がもらえるわけないだろ。っつー……」

真子の顔が痛みで激しく歪んでしまった。

「組長!」
「…大丈夫だよ…」
「くまはち、急げ。…組長、楽な姿勢で……組長??」

まさちんが真子の顔をのぞき込むと真子は、眠っていた。
まさちんは、真子の頭をそっと自分の膝の上にのせ、車に積んであるタオルケットを真子に掛ける。

「組長は、命令の出すところを間違っているよ…」

まさちんは、大きくため息をついた。しかし、その眼差しは、優しく真子を見つめている。

「…お疲れさまでした」

まさちんは、そっと真子の頭を撫でた。
車は、橋総合病院へ猛スピードで向かって走っていた。





橋総合病院・真子愛用の病室。
真子は、熟睡中。
その病室の外では、虎石と竜見が、ドアの側に立っていた。



橋の事務室では、まさちんとくまはちは、項垂れて立っていた。
もちろん、二人は、真北に蹴りを入れられた後…。
そして、その二人の前には、鬼の形相かと思えるほど、怖い顔をした橋が座っていた。

「退院が長引いただろ? くまはち、お前がいながら、なんで、止めへんかったんや!
 こうして、無事に帰ってきたんは、真子ちゃんの気力のお陰やで!!…当分、外出も、
 起きあがることも許可しないからな…」
「かりかりするなよ」

側で見ていた真北が、茶化すように言った。

「かりかりするで、真子ちゃんが元気に回復せぇへんかったら、
 ぺんこうが、元に戻らへんやろ? あの調子やし、教師の仕事にも
 なってへんやろが!当分、入院するように言っとるけどな。
 …ええか、お前ら、よう聞けよ。阿山組組員は、真子ちゃんの笑顔で良い方に、
 真子ちゃんの命に関わることが起こったら、悪い方に転んでるんやで! 解っとるやろ?」

真北、まさちん、くまはちは、それぞれ、考え込む。

確かに……。

「肝に銘じておけよ」

橋の事務室の急患ランプが点灯した。

「もっと、言いたいことあるんやけどなぁ。じゃぁ、わし、行くで。
 わかってるな…。真子ちゃんは、1週間、絶対安静やからな。
 何が起こっても、外に出すなよ、ええな」

橋のドスの利いた声は、それは、それは、怖い…。
橋に恐れる二人とは違い、橋のそれに慣れている真北は、

「あぁ」

力強く返事をする。そして、橋は、仕事に出ていった。
真北は、安堵の息を吐く。

「大丈夫やろ」

関西弁で怒ってたからなぁ。

「だけどな、お前ら…。もっと慎重にせなあかんやろ」
「反省しております」
「で、無事に終わったんやな?」
「はい。親分衆も、満足なさったようで…ただ、一人を除いては…」
「…そうか…。お前ら、手ぇ出すなよ。俺の仕事やからな」
「わかっております。当分は、組長から離れられませんから」
「充分、気ぃつけや」

真北は、そう言って、事務室を出ていった。直ぐ後に、まさちんとくまはちが出ていく…。




二日後。
真子の病室のドアが静かに開いた。
顔がニョキッと出て、辺りを伺うようにキョロキョロする。
真子だった。
真子は、辺りに人が居ないのを確認した後、何処かへ向かって歩き出した。



廊下を歩いていたぺんこう。少しは体を動かせと言われて、病院の庭を歩いて来た帰りだった。廊下の先を誰かが歩いていた。猫パジャマを着ている女性…。

「…組長?」

その後ろ姿が気になったぺんこうは、ゆっくりと後を付けた。

猫パジャマを着た真子は、トレーニング室へ入っていった。

『真子ちゃぁん、知らんで、ほんまに』
『傷は、ふさがったし、体も起きるまで回復したもん。後は体力!』
『そう言って、怒られるのを楽しみにしてるんやろぉ』
『いつもはね。でも、今回は、事故が事故だからね』
『そっか…。で、先生は?』
『…まだ、逢う気になれなくてね…私が…。普段の姿になってから、
 逢うつもり。だから、早くしないとね。もうすぐ二学期始まるから』
『軽いのからにしてや。倒れたら、それこそ抑制されるで』
『わかってまぁぁす!』

トレーニング室から、明るい声が聞こえていた。
ぺんこうは、壁にもたれながら、真子の様子を伺っていた。

『いて…』
『真子ちゃん、いきなりそれは、きついって。柔軟から!!』
『すみません…』

ぺんこうの頬を一筋、涙が伝う。

「組長…ありがとうございます…」

ぺんこうは、壁の向こうにいる真子に深々と頭を下げて、その場を去っていった。




病院の屋上。
フェンスにもたれかかるようにしゃがみ込み、俯いているぺんこう。
その手には…。

「まるで、ヤンキーやんけ」

その声に、ぺんこうは、顔を上げた。

「お前まで、そっちに走るんか…」
「橋先生…」
「おらんから、探したで」
「すみません」

橋は、一服吸うぺんこうを見つめる。ぺんこうは、立ち上がり、灰皿でタバコをもみ消し、そして、新たな一本を口にくわえた。

「真北より、ヘビーやろ」
「まぁね」

火を付け、煙を吐き出す。

「お前が禁煙した理由は?」
「復讐」
「…なるほど。晴らせたってことか」
「そうですね」

ぺんこうの目を見つめる橋は、この時、何かを悟る。

「なんや、もう、心配いらんのか」
「いつまでも、落ち込んでいられませんからね。組長が気になさるので」

沈黙が続く。

「ぺんこう…」
「はい?」

ぺんこうは、新たな一本に火を付け、吐き出す煙に目を細める。

「…ほんま、そっくりやな」
「見間違いでしょう」
「そうか…」
「で、何ですか?」
「…事件が無かったら、…どうしてた?」

ぺんこうは、一本吸い終わるまで、橋の質問に、応えなかった。
灰皿でもみ消した時に、呟く。

「組長を、あの世界から、足を洗わせてますよ」
「…本音か?」

ぺんこうは、微笑みながら、タバコに火を付ける。

「気が付いたら、私にとって、無くてはならない存在になってますから。
 組長も、そうなんですよ。…嬉しいことです」
「俺の顔を見るたびに、お前のこと気にしてたからな。ったく、真子ちゃんは、
 意識戻った途端、しゃべりまくって、あかん言うたのに、5日後に例の総会に
 抜け出してまで出席したからなぁ〜。いつも気力には負けるで」
「えぇ。先程も…俺に元気な姿を早く見せたいと言って、トレーニング室で
 体動かしてましたよ。……あっ……」

橋は、ぺんこうの言葉を聞いた途端、走り出した。

「…しまった…内緒か…このことは…。まぁいいかぁ」

ぺんこうは、最後の一本に火を付けた。




「ごめんなさい、ごめんなさぁい!!!」
「許さん!!!」
「御免〜!!」

橋は、屋上から直接、トレーニング室に駆けつけ、真子の姿を見た途端、小脇に抱え、真子の病室へ歩き出す。橋の腕から、怒りの感情が、ひしひしと伝わる真子は、謝りっぱなしだった。そんな光景は、見慣れている看護婦や、病院関係者たちは、二人の様子を微笑ましく眺めていた。

抑制ベルトが、真子の手足に付けられた。

「ごめんなさい…。もうしません。だから、外してください、…おねがぁい!」

真子は、かわいらしく微笑む。
その微笑みに、橋は、一瞬眩むが、すぐに自分を取り戻す。

「外さへん!!」

怒鳴りながらも、真子の容態をチェックする橋は、ため息を付いた。

「ったく…。回復早いんやからぁ」
「…って、喜ばしいことに、なんで、ため息つくんよ」
「付きたくなる…。回復早いから、俺の頭が追いつかん…」
「それだけですか…」
「まぁな…。…真北に報告しとくからな」
「しなくても、これを見れば、解るって」
「あのね…。で、どうや?」
「歩くのは大丈夫だよ。腹筋と背筋を使う分は、少し大変だけどね」
「わかった。今日一日だけ、寝ておけば、後は、動いてええからな。
 退院は、それからや」
「はぁい。橋先生、ありがとう!」

真子は、にっこりと笑う。橋も素敵な笑顔を真子に送って、病室を出ていった。




「……」

まさちんが、睨んでいる。

「……」

真北も同じように睨んでいる。

「……、……、はふぅ〜……」

真子は、ため息をつく。

「だから、言ったんですよ…」

真北が、呆れたような顔をして、真子を見下ろしていた。

「だってぇ〜」
「だってぇ〜。…じゃありません!!!いくら、起きあがるまで体力を
 回復したからといって、…目を盗んでそんなことをするからですよ…。
 まぁ、いつものことですから、想像はしてましたけど、今回は傷が
 ひどいんですから。橋の許可無しで、そんなことを…」
「…だって、早く元気になったところをぺんこうに見せたかったんだもん…」

矢継ぎ早に話す真北の言葉を遮ってまで言ったものの、真子は、哀しげな眼差しをしている。

「組長! ぺんこうは、かなり元気に………ぺんこう…」

真北は、病室に誰かが入ってきたことに気が付き、振り向く。
ぺんこうが、ドアのところに立っていた。
ぺんこうは、真子を見つめる。

「…組長、私のことは、心配なさらないでください。
 私は、この通り、元気ですから」

ぺんこうは、にっこりと笑う。その微笑みは、真子が知っているぺんこうだった。

「ぺ、ぺんこう…」
「…ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした。…そして、組長…」
「ぺんこう、…それ以上、言わないでよ。…本当に、私が悪いんだから。平和ボケ。
 …あれだけ、自分に言い聞かせていたのにみんなに迷惑を掛けないって…。なのに、
 また…こうして…みんなに……迷惑を…」

また、始まった。真子の…。

病室に居る誰もが、そう思った時だった。

「失礼します」

くまはちが、病室に入ってきた。

「お客様です」
「お取り込み中…申し訳ない…」

くまはちに続いて、真子の病室に入ってきたのは、南川組組長・南川と組員の水原だった。
南川は、優しく微笑んでいる…。

「南川さん…と水原さん…」

ベッドに抑制されたままの真子は、二人を見て、驚いていた。




真子と南川が、並んで庭を歩いていた。二人は、何やら深刻な話をしている様子。
その二人を見守るように、少し離れたところをまさちんと水原が、歩いていた。

「南川は、一体何を考えてるんだろうなぁ」

庭の様子を橋の事務室の窓から、少し心配そうに眺めている真北が呟いた。

「真子ちゃんの意見を受け容れに来たんとちゃうか」
「それなら、いいんだけどなぁ。…いつも連んでる松宮の方が
 気になる…」
「…真子ちゃんを襲わせたって…ことか…」
「あぁ」

沈黙が続く。

「…もう、大丈夫なんやな、ぺんこう」

橋の事務室には、ぺんこうが診察の為に足を運んでいた。もちろん、部屋には、くまはちも居る。

「すっかり戻りましたよ。早く仕事に復帰しないとね」
「…真子ちゃんの…為に…か」

嬉しそうに微笑むぺんこう。橋は、ちらりと目線を真北に移す。
睨んでいた…。

「あとは、体力を取り戻さないとあかんな。まだ、無理やろ?」
「えぇ。その辺りは、今から、こいつに」

ぺんこうは、くまはちを指差す。

「なんで、俺?」
「いいやろ? お前が居た方が、時間を短縮できるからな」
「…手加減せぇへんで」
「よろしく。では、失礼します」

ぺんこうは、水を得た魚のように、元気な姿で、事務室を出ていった。

沈黙が続く。

「ほんま、やわじゃないな。自分で解決して、立ち直る…」
「そうでないと、俺が困るからな」
「親…か。お前にとっては、真子ちゃんとぺんこうは、同じなのか?」
「…さぁな。俺にもわからん」
「複雑な気持ちやろ?」
「あの事か?」

橋は、微笑んでいるだけ。

「まぁな。俺のことを考えてたら、わかったことや。たった一夜で…なぁ」
「やっぱし、お前、真子ちゃんの母に………もう、言わん…」

真北は、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出して、橋を睨んでいた。



暇……。

この日、久しぶりに、外科の患者が来ない為、暇をもてあましていた。
久しぶりに、真子の能力についての文献に手を伸ばし、読み始める。
真北は、奥の部屋で仮眠を取っている。
…って、真北さん、仕事は?

真子とぺんこうの事から、ずっと、気を張りつめていただけに、疲れ切っていた。そして、今回の真子を襲撃した事件。犯人も目星がついた。後は、どう引っ捕らえるかをシミュレーションするだけ。情報は、健に任せている。
たまには、休ませろ!
真北は、叫びたかった。
しかし、その安らぎの一時を、突き破る声が、隣の部屋に響いた…。



「橋先生!!」

患者が一人、血相を変えて事務室に飛び込んできた。

「どうしました?」
「外で、銃撃戦が始まって…。私、その流れ弾に当たってしまったんですが、
 女の子が…青い光で治してくれました。…怪我も、この通り…」
「銃撃戦…青い光…?」
「組長やな…」

その時だった。
辺りの音をかき消すかのような叫び声が響き渡った。
真北の眼差しが変わる。
橋が、そんな真北を制止するかのように、腕を掴んだ。

「離せよ! 青い光の後や。…赤い光が出るやろが!」
「お前は、やめとけ。まさちんが、一緒やろ! あいつに任せろ!」
「うるせぇ!」

真北は、橋の手を振りほどこうと体を振ったが、橋に思いっきり腕を掴まれている為、振り解けなかった。

「能力が戻っていることを知ってるのは、内緒にしてるやろ。
 俺に任せておけって。…折角、縒りを戻したんやろが」

橋の言葉に、真北は何も言えなくなった。

「…あなたは、病室に戻ってください。後で平野に伺うように言っておきます」

橋は、真北の腕を掴んだまま、知らせに来た患者に話しかける。不安そうな患者は、橋に尋ねた。

「はい。…その…大丈夫でしょうか…」
「大丈夫ですから。ご安心を。ありがとうございました」

患者は、軽く会釈して、去っていった。

「橋…」
「…奥で休んでおけ。…これから、忙しなるやろ」
「…そうやな……頼んだで」

橋は、後ろ手に手を振って、歩いていった。真北は、ただ、その後ろ姿を見つめるだけだった。




橋総合病院にパトカーが到着し、警察官が走り出していた。
その流れを逆らうかのように、歩いているのは、胸に顔を埋め、少し震えている真子を慈しむように抱きかかえているまさちんだった。
まさちんが玄関まで歩いてくると、そこには、橋が心配そうな表情で待っていた。

「やっぱし、真子ちゃんか。患者に聞いた。…青い光で治してくれたとな。
 青い光と言えば、真子ちゃんしかおらんやろ。…それより…ばれたぞ…。
 光のこと…真北にばれたぞぉ」

まさちんは、まずったなぁという表情をして、橋を見つめていた。しかし、橋は、普段と変わらない表情をしている。

真北さんに、すでに、話していたなぁ…この人は…。

橋の表情で、まさちんは気付いた。
そんなまさちんの眼差しを気にも留めず、橋は真子を診ていた。

「精神的に安定したら、もう、退院してもええからな」
「えっ?」
「…青い光使ったやろ? …真子ちゃんの傷は、もう、治ってるよ。
 ったく、真子ちゃんはぁ〜」

優しい眼差しで、まさちんの腕の中で泣き寝入りした真子を見つめる橋は、ふと、何かに気が付いた。

「まさちん、手、診せてみろ」

まさちんは、そっと手を見せる。

「…やけどやな…」
「…組長…赤い光を…。もう、組長の手で、人を傷つけて欲しくなかった…。
 間に合わなかった…。でも…赤い光は、阻止できました」

まさちんの安堵の声と言葉に、安心した橋。二人は、真子を愛用の病室に運んだ後、橋の事務室へ戻ってきた。

「素手で停めるとはなぁ」

まさちんの治療を、橋の後ろから眺める真北が呟く。

「やけどするということは、途轍もない何かが秘められているやろな。
 ICU前の時は、やけどせんかったよな」
「えぇ。…今回は、違ってました。…以前の赤い光よりも…何かが…」
「男を知ったことが、影響してるのか…?」
「…橋…」

橋の言葉に、真北も、まさちんも何も言えなくなってしまう…。




真夜中。
まさちんは、真子の側に付きっきりのまま、寝入ってしまった。
昼間のことが、尾を引いているのか、疲れていた。
真子が目を覚ます。
まさちんの両手の包帯に気が付いた真子は、体を起こした。
その気配でまさちんが目を覚ます。

「組長。お目覚めですか…って、夜中ですよ。…眠れませんか?」

まさちんは、優しく声を掛ける。

「…まさちん、ごめん…」
「組長、もう、何も言わないでください。大丈夫ですから」

まさちんは、両手を真子に見せ、何ともないことをアピールしていた。

「えっ?」
「…組長の考えは、わかります。軽度のやけどですから、すぐに治ると
 いうことです。…それより、心配なのは…。…真北さんに、光のことが…」
「ほんと?」
「あの患者が、橋先生のところへ駆けつけた時、…真北さんがおられたそうで…。
 真北さん、カンカンに怒っておられます」
「…どうしよう…」

真子は、俯いて、悩み始めた。
突然、何かを思いついたのか、顔を上げ、まさちんに耳打ちする。
まさちんの表情が、徐々に曇っていく……。

「ほんとに…ですか?」

まさちんが、嫌々ながら尋ねると、真子は、

「うん」

真剣な眼差しで頷いた。



真子は、とある病室のドアを開けた。そして、そっと中へ入り、ベッドに歩み寄る。
そこは、ぺんこうの病室だった。ベッドでは、ぺんこうが、眠っていた。
真子は、そっとぺんこうに手を差し伸べ、頭を撫でる。
その手を掴まれた。

「……組長」
「ごめん。起こしちゃった?」
「体調は、よろしいんですか? 昼間の事…聞いてます」
「すっかりよくなった。…ぺんこうも?」

ぺんこうは、起きあがり、ベッドに腰を掛けながら、真子に微笑み、そして、力強く言った。

「大丈夫です。明後日から、仕事に復帰ですね。体力は、まだですけど」
「ったくぅ。これ以上、心配掛けないでよね!」
「それは、私の台詞ですよ」

二人は、同じようにふくれっ面になる。そして、吹き出したように笑い出した。

「…まさかと思いますが、能力のことが真北さんにばれたことで、
 逃げ出したりは、しませんよね?」
「解ってる癖にぃ」
「送りましょうか?」
「いい。くまはちに、頼んだ」
「組長ぅ〜。くまはちが、断れないからって、いっつもいつもぉ。
 くまはちが怒られてますよ」
「今に始まったこととちゃうやん」
「ほんまに、悪い子ですね」

ぺんこうは、真子の頭をコツンと叩く。真子は、叩かれたところを、そっと撫でていた。

「…じゃぁ、そろそろ行くね。…暫く、逢えないけど…」
「慣れてますよ。…いつも以上に寂しく思いますけどね」
「…もぉ〜」

真子は、少し照れたように言う。
二人は、見つめ合っていた。
そして、どちらからともなしに、そっと唇を寄せた。
かなり長い時間だった。
離れた途端、ぺんこうは、真子を抱きしめる。

「無茶は…しないで下さいね」
「うん。私が、帰ってくるまでに、治しておくこと。…キス魔をね」
「これだけは、眠らなかったこと…御存知だったんですね…」
「当たり前だよぉ。一緒にお風呂を入っていた頃は、よくされたけどぉ」
「思い出さないで下さい。照れますから」
「…あ、…あの、あのね…ぺんこう…」

真子は、少し言いづらそうに言う。

「なんでしょう?」
「…お母さんが亡くなった時に、真北さんが狂ったってこと…なんで、
 知ってるの?…ぺんこう、私の家庭教師をしたのは、私が7歳の頃…」
「先代に聞いたんですよ。…先代、御存知だったんです。私の秘密」
「ほんと?」
「えぇ。それで、私の企みにも気が付いて…真北さんのことを全て話して
 下さったんです」

ぺんこうは、何か思い出すかのような表情をしていた。

「ちさとさんが、真北さんと私のことを気にしておられたのは、
 御存知ですよね」
「うん。お母さん、時々泣いてた」
「真北さん、ちさとさんに悩みを打ち明けたそうです」
「真北さんから、聞いた」
「その時に…」

真子は、何かを思いだしていた。

「あの時…かなぁ」
「あの時?」
「…お母さんから、まきたんのにおいがしてた日があった。あの時かぁ。
 今思えば、そうなんだ…。へぇ〜」

真子は、驚いたような楽しむような、少し意地悪っぽい表情で微笑んでいた。

「へぇ〜じゃありませんよ。組長と私もそうなんですから」
「あっ……」
「似たもの同志ってことですね」
「はふぅ〜。なんか、ため息出るよぉ」

二人は、笑い合っていた。

「ねぇ、ぺんこう…」
「次は、何ですか?」

優しく尋ねるぺんこう。

「橋先生がね、こっそりと教えてくれたの。…刺されてなかったら…」
「私は、真北さんから、聞きましたよ。恐らく橋先生がおっしゃったのだと
 思いますが…」

ぺんこうは、真子の言葉を遮るように言い、更に強く真子を抱きしめた。

「事件がなかったら、私は、組長をあの世界から、足を洗わせるつもりでした。
 …組長を抱いたあの夜に…そのことも、考えておりましたから」
「…その意志…強かったんだね」

真子は、あの夜のことを思い出していた。

「えぇ。今でもそうですよ」
「ぺんこう…」

真子は、ぺんこうの胸に顔を埋める。

「…でも、今は無理だから…。いつかは、御願いする…。…ありがとう」

真子は、ぺんこうの背中に手を回し、しっかりと抱きついていた。
その手が、ふと緩む。

「あっ、くまはち来たみたいだから、行くね」
「…まさちんは?」
「明日の朝のお楽しみぃ〜。じゃぁねぇ〜」
「お気をつけて。いってらっしゃいませ!!」

真子は、病室を出るときに、ぺんこうにとびっきりの笑顔を見せて手を振った。
ぺんこうも、素敵な笑顔で、真子に応え、見送った。

病院の裏口に停めてある車に、くまはちは、真子を迎え入れ、誰にも見つからずに病院を去っていった。



くまはちが、真子を駅まで送った頃、朝日が昇っていた。

「お気をつけて」
「ありがと、くまはち。組関係とAYAMA。よろしくね!」
「はい」

一礼するくまはちに見送られる真子は、改札を通って行った。
真子の姿が見えなくなるまで見送るくまはちは、素早く車に乗り込み、走り出した。





朝……………。


「まさちん、…組長は…?」
「…目が覚めると…、こんな状態で…。組長の姿がどこにも…」

真子愛用の病室。
まさちんは、ベッドに抑制ベルトでくくりつけられていた。
その横で、真北は仁王立ち……。

「ったく、組長はぁ〜」

真北の怒りが、伝わってきたのか、まさちんは、困った顔をしていた。
廊下では、ぺんこうとくまはちが、病室の様子を伺い、二人の様子に、笑いを必死で堪えていた。

「楽しみって、あれかよ。…ずっと抑制しとこか」

明るい声でぺんこうが言うと、くまはちは、フッと笑う。

「…それで、ぺんこう」
「ん?」
「未練残ってるんちゃうか?」
「そんなことないよ」
「なるほどなぁ〜。夕べ、何した?」
「最後のキス」
「…キス魔も眠ったってことか…」

ドアが静かに開く。
そこには、怒りの形相のまま、立ちつくす真北の姿がっ!
ぺんこうとくまはちは、目が点に。

「聞こえたで…お前なぁ〜」

ぺんこうは、いきなり走り出す。

「待たんかぁ!! おどれはぁ〜!!!」
「いいじゃありませんかぁ、目の前ちゃうんですからぁ!」
「俺にばれてるやないかぁ!」
「地獄耳!!!」

朝の病院。
まだ、起きたばかりの患者ばかり。
そんなことは、気にせずに、叫びながら、逃げるぺんこうを追いかける真北。
その二人を追いかけるくまはち。

「二人ともぉ〜駄目ですよぉ!!!」

くまはちの声も大きい…。
橋の事務室の前を通る三人。

『じゃっかましぃぃぃぃ!!!!!』
「ひぃ〜っ!!!」

ドッタァァアァァァン!!!

橋の怒鳴り声が、橋総合病院内に響き渡った。
その声に驚いて、すっころんだ真北とぺんこう、そして、くまはち。
病院内の非常ベルが鳴り出してしまった……。



(2006.6.2 第四部 第四十一話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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