任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十二話 心の整理は、天地山で。

真子が列車から降りてきた。

「う〜ん!!!!」

背伸びをして、ホームにある時計を見つめる。

次の次の電車か…。待っとこぉ。

そして、真子はベンチに腰を掛ける。
そのベンチから見える景色。
それは、天地山だった。
自然豊かな天地山に、真子は来ていた。
心を落ち着かせるために。そして…。



列車がやって来た。
人々が乗り降りし、そして、ドアが閉まり列車が去っていく。
真子はその様子を眺めていた。


真子が乗ってきた方向のホームに列車が止まる。それと同時に、反対側のホームにも列車が止まった。
乗り降りする人々の中に、本を読みながら降りてきた男性が居た。
その男性が、ふと顔を上げる。そして、真子が座っている方を見つめ、驚いたような表情に変わった。

「……お嬢様……」
「へへへ…ごめんね、まささん」

ベンチに座っている真子に気が付いて、声を掛けたのは、天地山ホテル支配人・まさだった。

「お嬢様、いつも私がこの時間に、ここに居るとは、限らないんですよ。
 ですから…」
「一人で来るのは、止めてください…でしょ?」

まさの言葉を遮るように真子が言った。

「はい。…って、お嬢様、まだ、傷が…」
「大丈夫」

真子は、笑顔でまさに応える。その笑顔を見たまさは、いつものように、安心したのか、優しい笑顔で真子に応えていた。

「秋近し?」

真子が言うと、

「そうですね。夏は早かったですよ」

まさが優しく応える。
二人は、久しぶりの再会を喜ぶかのように、楽しく話ながら、改札を出ていった。

「こんにちは!」

駅員に声を掛ける真子。駅員は、

「やっぱり、真子ちゃんかぁ。モニターに映ってた女性が
 気になってたけど……」

と口にした途端、目を反らす。
まさが睨んでいた。

てめぇ…解ってたら、声掛けておけや…。

その眼差しが語ってる。

「暫く、滞在ですか?」

まさの事は気にしないって雰囲気で、真子に話し続ける駅員に、

「どうだろう。そうなるかも。まささんに迷惑が掛からない程度にね」

ニッコリ微笑んで、真子は、まさと去っていく。
まさの車に乗り、そして、天地山ホテルへ向かって行った。




天地山の頂上で、真子とまさが、大自然を眺めていた。

「いつ見ても、素敵だね」
「そうですね」

雲が流れる……。

「今年は、雪が少ないかもね」
「なぜですか?」
「…あの木が、まだ青いから」
「お嬢様?」
「ん? …まさか、私が、ここに座ってる時、ぼぉ〜っとしてると思ってた?」
「いいえ。お嬢様もお気づきだったことに驚いただけです」
「なんだぁ。まささんも、あの木を目安にしていたんだぁ」
「えぇ。私の方が、この山とのつき合いは、長いですよ」
「そうだったね」
「お嬢様は、いつ頃、気がついたんですか?」
「ん?…いつだろう。覚えてないや。まささんは?」
「私も覚えてませんねぇ」
「きっと、天地山が教えてくれたんだよ」

真子は、無邪気な笑顔で、まさを見つめていた。まさは、そんな真子に笑顔で応える。

「お嬢様」
「ん?」
「…私、どう接していいのか、戸惑ってました」

静かに語るまさに、真子は少し沈んだ声で言った。

「知ってるんだ…。色々と」
「えぇ。ですが…」
「ん?」
「変わらないので、安心しましたよ」
「変わらない? …でも、みんな変わったって言うのになぁ」
「私の前では、お嬢様は、お嬢様ですから。いつでも素敵な…」

まさは、優しい眼差しで、真子を見つめる。

「だけど、真北さんを困らせては駄目ですよ」
「解ってるんだけどぉ〜。なんだか、癖になりそう」
「お嬢様?!」

驚いたような声を上げる。

「違うよぉ。真北さんを困らせることだって」
「…どっちにしても、同じ様な事をおっしゃってますよ」
「……。………。……あっ…」

真子は、照れたように、頬を赤らめ、膝に顔を埋めた。
そんな仕草を見て、まさは、本当に、真子は変わっていないということを実感する。
空も赤くなり始めた。

「まささん。……そろそろ戻ろっか。日が暮れるよ」
「そうですね。では、戻りましょう」

まさは、真子にそっと手を差し伸べる。
真子は、まさの手をそっと取り、立ち上がった。
微笑み合う二人は、夕焼けが美しい中、ホテルへ戻っていった。





阿山組本部。
少し険悪な雰囲気が漂っている場所があった。

「だから、俺は、戻らないって…。くそ!」

怒り混じりで受話器を置く。

「…ったく……」

その場に、頭を抱え込んで座り込む純一だった。
あの日以来、純一にしつこく連絡を取ってくる東堂。
純一の父・千本松組組長・荒木は、出所した。その荒木が、純一と接触したがっていた。





廃屋のような場所に、人の気配があった。
荒木達がアジトとして使っている様子。

「純一が生きていただけでも、嬉しいよ」
「ボン、どうやら、好きなスケが居るようですね」
「いっちょ前に、男になりよって。で、誰や?」
「阿山真子ですよ」
「子が、親を好いてどうするんだ? 憧れてるだけか?」
「そうでしょうね。そりゃぁ、ドス向けられませんわ」
「…そうやなぁ。…阿山真子に足を運んでもらうとするか…」

荒木は、不気味に口元をつり上げた。

「どこまで、体を張れるやろか…五代目は」

何かを企む荒木たち。
真子の身が、またしても…!!!





天地山ホテル・真子の部屋。
真子は、やはり疲れているのか、いつもよりも早めに布団に潜り込み、熟睡していた。


まさは、ホテル内の見回りを終え、支配人室へと戻ってくる。
真子の気配を探る。
ちょっぴり気になるのか、まさは、支配人室に入らず、真子の部屋へと向かって歩き出した。
もう、熟睡していることは解っている。だからこそ、そっとドアを開け、静かに中へ入っていく。ベッドの側に立ち、真子の様子をそっと伺った。

真子の頬は濡れていた。
何を思い、そして、そのまま眠ったのか、まさには解る。
頬の涙をそっと拭い、真子の頭を優しく撫でる。

「…ごめん…なさい……まきたん…」

真子が寝言を言った。

「本当に、あの人を心配させることは、やめてくださいね。
 後が大変ですから」

まさは、優しく微笑み、そして、真子の部屋を出て行った。




次の日。
真子とまさは、この日も頂上へ足を運んでいた。
朝から、そして、途中で頼んできた中腹の喫茶店で作ってもらったお弁当をお昼に食べ、そのまま、頂上から景色を眺めていた。
何も話さず、ただ、自然に溶け込むかのように………。


夕暮れ。

「明日は、雨ですね」

まさが静かに言うと、

「一日…部屋でゆっくりしてる。…まささんは仕事ですか?」

真子が優しく応えた。

「そうですね。夏はお客が少ないので、それ程、忙しくはありませんが、
 冬に向けての御予約のお客様の為に準備はしております」
「うん。支配人だ」
「ありがとうございます」

微笑み合う二人。
真子の心は、少しだけ落ち着いた。
その二人の顔を、まっ赤な夕日が照らしていた。

「では、戻りましょうか、お嬢様」
「はい」

そして、二人は、ホテルへと向かって、天地山を下りていった。




朝。
あいにくの雨。真子は、窓の外を見つめていた。
まさは、支配人室で仕事中。
そこへ、電話が鳴った。

「原田で……………」

名乗ると同時に、受話器を耳から遠ざけた。
その受話器から漏れてくる怒鳴り声…。

『聞いてるんか、まさぁぁっっ!!!』

真北だった。
まさは、耳に当てる部分を遠ざけたまま、口の部分だけを近づける。

「聞いてますから。それに、お嬢様の気持ちを解っておられるのに、
 それでも、私に…」
『あったりまえだろっ! 組長が来たなら、すぐに連絡しろっ!』
「お嬢様の行動が解っておられるのに、それでも、わた…」
『あったりまえだぁ! まさぁ、何年、同じ事を言わせるつもりや!』
「真北さんこそ、何年、同じ事を申せばご理解なさるんですか?」
『……えらい、反抗的やな、…まさ……お前ぇ〜』
「暫く、お一人にさせている方が、心も落ち着きます。
 お嬢様は御自分で、解決なさる方でしょう?
 ……それよりも、真北さんご自身は、どうなんですか?
 まさか、そちらの方が忙しいからと言って、私に当たり散らして…」

まさの言葉に、真北は何も返してこない。
どうやら、八つ当たりだったらしく…。

「お嬢様の事は、お任せ下さい。それは、昔からの…」
『みなまで言わんでもええ。…頼むで』
「こちらのことは、お気になさらず、真北さん自身の方を
 頑張ってくださいね。では、失礼します」
『報告は、忘れるなっ』
「心得てます」

そう言って、まさは受話器を置いた。

「…と言っても、連絡はしませんよぉ〜。私は意地悪ですからねぇ」

そしてまさは、仕事に戻った。

外は、あいにくの雨。

お嬢様、たいくつなさってるかもしれないな…。

仕事をしながらも、真子が居るときは、真子のことが優先で…。
まさは、スゥッと立ち上がり、支配人室を出て行った。



まさは、真子の部屋をノックする。
返事がない。
そっとドアを開けると…。

「!! お嬢様、そんなところで、それも、そのような体勢で
 寝ていては、体に負担が掛かりますよ!」

真子はソファで、ぐったりとした状態で…眠っていた。
まさは慌てて真子に駆け寄り、抱きかかえる。その途端、真子が目を覚ました。

「まさしゃん、おはよん…」

真子の寝ぼけた言葉に、まさは項垂れ、笑い出す。

「ふっふふふふ……お嬢様……大丈夫ですか…?」
「わりゃわないでよ……もぉ」
「お疲れなら、起きなくても…」
「疲れてないけど、だるくて…」
「それを疲れてると言うんです」
「……ごめんなさいぃ」

まさは、真子をベッドに寝かしつけた。

「真北さん、カンカンですね。ちゃんと連絡してくださいね」
「怒られるのん解ってるのに、やだ」
「…お嬢様…」

まさが低い声で呼ぶ。

「な、な、なに??」

思わず恐れる真子。

「私も怒られるんですからぁ……」

まさが嘆くと、

「わぁ、ごめんなさい!! ちゃんと、後で報告します!!」

真子は慌てたように返事をする。

「まぁ、でも…。暫くは忙しいかもしれませんから、
 その間に、心…和ませてくださいね、お嬢様」

まさの声は、真子の心を和ませる。
天地山の空気だけでなく、まさの側に居るだけで、本当に、心が和み、そして、自分を取り戻すことが出来る真子。ここは、真子にとって、本当に大切な場所。
そして、
まさが、真子のために守りたい場所でもある。

「まささん」
「何でしょう」
「お時間…いいんですか?」
「大丈夫ですよ。休みを取りましたので。…今日は
 頂上は無理ですから…何か…語りましょうか?」

その昔、真子が幼かった頃にも、同じような光景があった。
真子は懐かしく思いながら、微笑み、頷いた。

「そうですね…」

まさが語り始めると、真子は耳を傾ける。
それは、眠りを誘うほど、心地よく……。


真子は眠ってしまった。
まさは、真子に布団を掛ける。そして、ベッドサイドにあるメモに、

目を覚ましたら、御連絡下さい。
masa

と書き残し、部屋を出て行った。




支配人室に戻り、再び仕事に…と思いきや、電話が鳴った。
まさは、受話器を手に取った途端、慌てて耳から受話器を遠ざけた。

『原田ぁ〜お前なぁ。真北に何を言うたんやぁ!』

受話器から漏れてくる声、それは、橋の怒りを抑えた声だった。

『なんとか言わんかぁっ!』
「なんとか」
『あぁのぉなぁ〜。それに、何を勝手に休みを取ってるんや!
 今日も大切な実習があるやろが! そうやないと…』
「お嬢様を放って、実習に行くこと出来ませんよ!!」

まさが、受話器の向こうの橋以上に低く凄みの利いた声で応えると、

『…やっぱし、真子ちゃん、そっちか』

大人しい声に変わった。

「えぇ。お一人で、こちらに来られたんですよ。この時期
 私が医大に行っていることを御存知なのに…」
『一人で大丈夫…とか言ってるんやろ?』
「えぇ。まぁ…御存知だと思いますが……で…真北さんが?」
『真北が怒る理由、解ってるんか?』
「色々と有りすぎて…でも、今回の事だとは解ってますが、
 お嬢様が一人でこちらに来られた事も関係してますか?」
『そうやろなぁ。真子ちゃんが、そっちに行った事は
 言わんかったけど…』
「まさか…」
『真子ちゃんが、能力を使った事、知ってるか?』
「…いいえ、その事はお聞きしてません。ただ、いつものように
 向こうの世界で何かが遭ったのだろうと思ったまでです。
 それに、お嬢様の身に起こった出来事…同窓会でのお話、
 そして、その時の事件も耳にしてますよ。その事件で
 ぺんこうが、かなり精神的に……」
『……どこから、その情報を手に入れるんや…おい…原田…』
「あっ…いや……………。……それで、真北さんの行動は…」
『まさちんとくまはちが、嘆いていると言えば、解るか?』
「はぁ…そうですね……。…ということは、真北さん…休みなし…」
『だぁかぁらぁ…何を言ったんだよ…』
「言ったというか…お嬢様が来られた事を直ぐに伝えなかった…
 ただ、それだけなんですが……」

受話器の向こうで、長い長いため息が聞こえた。

「たった、それだけで怒るとは、今回のこと、余程…」
『まぁな。ぺんこうの事もあるからな…。それ以上に、
 あいつが歯止め効かない程の行動に出とったし…』
「……相手、大丈夫ですか?」
『真北自身も怪我…したし…』
「わちゃぁ……相手が心配ですよ」
『しゃぁないやろ。真子ちゃんを刺した相手やし』
「それなら、気にしませんね」

感情のない声で、まさが応える。

『それでだな、能力の事だけどな…』
「なるほど…それで、体力の低下もあるんですね」
『青い光も使った後だから、傷の方は大丈夫だろうけど、
 念のため、原田にも診てもらおうと思ってだな…』
「……その言葉が出ると言うことは、お嬢様がこちらに
 来られた事…粗方、予想しておられたんですね」
『あぅ…ま、…まぁ、そうだが……。ただ……』

橋に珍しく、しどろもどろになっている。
思わず笑いを噴き出しそうになるまさは、デスクの上のもう一つの電話の内線ランプが付いたことに気付いた。

「っと、お嬢様のことは私に任せてください」

って、さっきも言った台詞だな…。

「真北さんの方は、橋に任せますよ。では、これで」
『…って、こるるぅら、原田っ!! あのな……っ』

橋の声が、受話器から漏れているにもかかわらず、まさは、強引に電話を切り、内線電話に手を伸ばした。

「お待たせしました、原田です」
『まささぁん、起きたぁ』

相手は、寝起きの真子だった。

「…その声は、まだ、起きたと言えませんよ、お嬢様」
『で、なぁに?』
「お食事が未だですので、どうされますか?」
『お腹…空いてないんだけど…食べないと駄目?』
「えぇ。ですが、レストランはお休みなので、外に食べに行くことに
 なりますが、それでよろしいですか?」
『それなら、まささんの手料理が良い!』

真子の声が弾んだ。

「かしこまりました。では、出掛ける用意を致しますので、
 五分後に、お伺い致します」
『はぁい! 待ってるね!』

真子の声は、とても甘い雰囲気を醸し出していた。
まさは、受話器を置きながら、鼓動が激しくなることに気付く。

落ち着け…落ち着け……。

自分に言い聞かせながら、出掛ける用意をして、五分後に、真子の部屋へと向かっていった。



まさ運転の車が、天地山ホテルを出て行った。
向かう先は…。

「今日も雨漏りしてるのかなぁ」
「お嬢様ぁ、ちゃぁんと修理してますから、それは御座いませんっ!」
「でも、してたらどうするの?」
「また、修理しますよ」
「でも、雨止んだから…雨漏りしていても、解らないやん」
「まぁ、そうですが…お嬢様、何を食べたいですか?」
「オムライス」

真子の返事に、まさは、思わず笑い出す。

「まささぁん、笑わなくてもぉ〜」

真子はふくれっ面になった。

本当に、お嬢様は、変わってませんね。

まさは、ちらりと真子に微笑む。

「私は私だもん」

まさの心の声は、真子に聞こえていた。

「食料から?」
「いいえ。この時期は揃ってますよ」
「あっ。そっか。今週は……ごめんなさい。…連絡もしないで
 突然…訪れて…」
「気になさらずに。私にとっては、嬉しいことですから」

さらりと言うまさ、そして、その時の微笑みは、とても素敵に輝いていた。
思わず目を反らす、真子。

「??? お嬢様??」
「まささん、いつもと違うぅ…」

耳まで真っ赤にして、真子が照れたように言った。

「わっ、あっ……す、すみません〜っ!!」

ついつい…いつもの調子で…。

「いつもの調子???」
「あっ、いや、その………そぉ…そぉろそろ着きますよぉ!!」

慌てたように話を逸らす、まさだった。



真子とまさが、まさのマンションで食事をしている頃、
大阪では………。





デスクの上に、ペンが放り投げられた。

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

部屋に雄叫びが響く。

「じゃかましいっ!」

それを停める声が二人分、響いた。


ここは、真北の職場。
その職場の一室に、苛々が顔に出ているまさちんと、真面目に書類を片付けていくくまはちの姿があった。
その二人を半ば監禁するかのように、真北が向かいに座っている。
先日、橋総合病院で起こった事件。その処理が残っている。膨大な書類の数に、事務仕事が大嫌いな真北は嫌気が差し、真子がこっそり抜け出して、例の会議に出席した事を叱責するために、まさちんとくまはちを呼びつけた。
本来なら、真北がするべき処理を、呼びつけた二人に、何やら理由を付けて、押しつけて……。
一時間もしないうちに、まさちんが根を上げた。
しかし、くまはちは、任された書類を素早く片付けていく。
まさちんは、くまはちが真北と話す為に書類から目を離している隙に、自分に手渡された書類を、くまはちの側の書類に紛れさせていた。
もちろん、それは、くまはちにばれている。
なのに、気付かないふりをして、くまはちは書類を片付けていった。

「ほら、まさちん、続き」

真北が促す。

「もう無理ですよ。……集中力が途切れてます」
「これが終わらないと、組長を迎えに行かせない」

真北が、さらりと言った途端、まさちんの眼差しがガラリと変わり、先程とはうって変わって、素早くペンを動かし、書類を片付けていった。

「やれば出来るんだろが…ったく」

真北が呟いた。
ふと、視野に何かが過ぎる。
くまはちが、自分の側にある書類の山から三分の二ほど手に取り、まさちんの側にある書類の山に置いた。
それらは、まさちんが、くまはちの側に、そっと置いたもの。しかし、まさちんが置いた枚数よりも多めに置いていた。

まさちんは気付かずに、書類を手に取り、片付けていく。
真北とくまはちは、まさちんの動きに感心し、お互い目を合わせて、

真子ちゃんが絡むと、変わるよな。
えぇ。この調子で、組関係も仕上げて欲しいですよ。
言えてるな。

目で会話をしていた。



真北は、仕上がった書類に目を通す。しかし、あまりの多さに(再び)嫌気が差し、それらの書類をまとめるだけ。

「って、目を通さなくてもよろしいんですか?」

まさちんが言った。

「お前らを信用してるからな。安心だし」
「……もし、間違った事を書いていたら?」
「大丈夫」
「真北さんを困らせようとしていたら…?」
「それも、大丈夫。ペンの動きと書かれた文字は、全部見ていたし、
 間違いないことは、解ってるからさ。もし、そうしていたら、
 その場で停めてる」
「そうですね。…では、私は、組長を迎えに行きます」

そう言いながら、自分の荷物をまとめるまさちん。

「まさに連絡してからにしろよ」

真北が言うと、

「心得てますよ」

ニッコリ微笑んで、まさちんは応えた。

わちゃぁ、心が顔に現れてる……。

真北とくまはちは、同じように思った。そして、同じように項垂れて、笑いを堪えているのか、肩を振るわせ始めた。そんな二人の仕草に気付かないほど、まさちんは、真子を迎えに行く事を考えている。
どうやら、このまま真北の職場から直行する様子。

「だから、連絡っ」
「今からしますよ」

と応えた途端、携帯電話に手を伸ばす。

「もっしぃ〜」
『そっちは落ち着いたのか?』
「まぁ、なんとか落ち着きました。真北さんの代わりも終わりましたし」

…って、ばれてたか…。

しまった…という表情になる真北。

「なので、そちらに組長を迎えに行きますが……今は頂上ですか?」
『列車の中』
「はぁ?!」

突拍子もない声を張り上げたまさちんに、真北とくまはちは深刻な表情に変わる。

まさか、組長…。

「列車って、お一人で??」
『大丈夫だと言って、お一人でな…。だから、まさちん、こっち方面に向かうなら、
 本部でとまれよ』
「……組長は本部に?? お一人で???」

まさちんは驚きっぱなし。
それもそのはず。
真子が一人で本部に行くと口にするのは、真子がむかいんに手を挙げる以上に、珍しいこと。真子との付き合いが長い者は誰もが知っている、真子の思い。
なのに、一人でとは…。

『ただな…』

まさの話は続いていた。

『お嬢様は、まだ完全に回復してないんだよ。一応、京介を
 ガードに付けているから、本部までは大丈夫だと思うが、
 恐らく、本部に着いても、いつものように元気に振る舞う可能性がある。
 その辺りを、まさちんから、山中さんに伝えておいてくれないか?』
「…なんで、おまえが言わん?」
『俺にも苦手なものはある』

短く応えるまさだった。
まさのマンションで食事を終えた真子は、少しくつろいだ後、急に帰ると口にした。
まさが医大の授業を休んでいる事を気にしていたのだった。
真子を天地山最寄り駅まで送った後、まさは、その足で医大へと向かっていった。
真子とは反対方向の列車に乗る。
そして、医大に着いた頃に、まさの携帯電話に、まさちんから連絡が入った。
医大の学生や医者たちと軽く会釈をしながら、構内を歩いていく。
受話器の向こうのまさちんは、何かを必死に語り出した。

「それは、真北さんに言ったらどうだよ」
『知らん。俺に対しての態度、知ってるだろが。俺にも苦手な人は居る!』
「側に居るんだろ?」

と口にした途端、受話器の向こうで鈍い音が…。

わちゃぁ、遅かったか…。

『と……兎に角……組長の体調は、心配だから、本部に向かう』
『ちょっと待て。まだだ。新たな書類が来た…』

真北の声が聞こえた。
その途端、まさちんのため息が、受話器を通して漏れてきた。

「まぁ、頑張れよぉ。本部でのお嬢様のことは、山中さんに頼めば大丈夫だよ。
 お嬢様ご自身が、そっちに帰ると言わなかったんだからな。俺も驚いたよ」
『ほな、山中さんに連絡しておく。…で、授業なのか?』

まさちんも、この時期のまさの行動は知っていた。

「まぁな。三日分、取り戻さないと……橋に怒られる」
『そりゃ、そうだ。ほな、頑張れよ』
「あぁ、ありがとな。山中さんへの連絡、忘れるなよ」

そう言って、まさは電源を切った。
そして、校舎へと入っていく。
授業と言っても、実は、講師として壇上に立つことになっていた。
医学生のはずなのに、なぜなのか。
それは、橋の差し金でもあった。
教壇に立つ前に、まさは、必ず口にする言葉がある。

『橋……許さん』

そして、まさは、医大の授業の教壇に立った。





真子は一人で本部に向かっていた。
その表情は、すっきりと晴れ渡っていた。

少し離れた場所の座席には、店長が変装をして座っていた。
真子は、気付いているのだろうか……?



(2006.6.9 第四部 第四十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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