任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十三話 闇を招く再会

阿山組本部・真子の部屋。
真子は、一人で天地山から本部へやって来た。無事の到着を安心する組員達。
真子は、この六月から、真子の部屋のお世話係となった龍野充にオレンジジュースを差し出され、龍野が部屋を去った後、ソファーに寝転んだ。




「無事に付いたから安心だけどな…。組長、ここんとこ無茶しすぎだな」

隠れ射撃場で、銃の指導をしていた山中は、北野に、真子が来た事を知らされた途端、後かたづけを始めていた。

「ぺんこうの件、水木の件…そして、同窓会での事件。短い期間に
 色々とありすぎてます。組長の傷の方は?」
「例の如く、大丈夫なんだろ。天地山に行ったくらいだからな」

山中と北野は、隠れ射撃場から、出てきた。
二人が出てきた扉は、壁に変わる。

「で、今は?」
「部屋で寝ておられます」

山中は、時計を見る。針は、午後五時を指していた。

「…宴会…」

山中が呟くように言った。

「駄目ですよ」
「夕飯どうする?」
「ご自分でされるのでは?」
「そうだな」
「山中さん、どうされたんですか? いつもは、気になさらないのに」
「…昔の感情に戻っただけだよ」
「山中さんまでぇ」
「ほっとけ」

二人は、楽しく話しながら、回廊を歩いていった。



山中の心配をよそに、真子は、純一が部屋を訪ねた夜八時まで、ソファで寝ていた。

「いつもの…あれ…ですね?」

純一の言葉に、真子は怪しい笑みを浮かべる…。
いつものあれ。
それは…。



「次、私!!」
「待ってましたぁ!!」

部屋中に拍手が響き渡り、曲の前奏が始まった。
ここは、カラオケDONDON。
真子と純一、そして、カラオケハッスル組が、いつもの如く、歌いまくっていた。真子は、この時ばかりは、『五代目』の肩書きを捨て、同じ年代の組員や若い衆と楽しい時を過ごすのだった。



朝八時。
真子達が、帰ってきた。

「組長、はしゃぎすぎですよ」
「いいやん。別にぃ。久しぶりなんだもん。色々…あったからね」

少し寂しそうな笑顔を純一に向ける真子。純一は、真子の体調が心配なのか、部屋まで一緒に歩いてきた。
部屋の前で、真子は、笑顔を純一に向ける。

「ほな、お休みぃ」
「組長、朝ですよ」
「いいやぁん」

真子は、ドアを開ける。

「…組長…」

純一は、真子を呼び止めた。

「ん?」
「…あの……お休みなさい」

純一は、言葉を噤む。真子は、純一が何か言いたいことを察した。

「悩み事なら、相談にのるって…いつも言ってるやん。なぁに?」
「…その…」

純一は、真子を見つめた。そして、やっとの思いで、言う。

「…もし…俺の身に何かが起こった時…、ぺんこうさんの時のように…」

純一たちも一連のことを知っている様子。真子は、言いにくそうな表情をする純一に微笑んだ。

「純一ぃ〜」
「すみません!!」

純一は、頭を下げる。

「ぺんこうだけじゃないよ。みんなにも同じ気持ちだから。
 それが、山中さんでもね。あっ、でも、体は、もう嫌だな。
 ボロボロになるなら、殴る蹴るの方がいいね。
 抱かれるなんてのは、もうこりごりだよ。これ以上………、
 真北さんに心配かけたくないもん」

真子は、淡々と応えた。

「でも、もし…」
「水木さんとのゲームは、他に方法が思いつかなかったからね…。
 それに、自由を奪われてた時だから。…でも、次は、そんなことしない。
 抵抗できるまでして、それからだね。…で、純一、何か、やばいん?」
「…そ…それは……ありません。ただ、若い衆で話になっていたので…」
「ったくぅ。無茶だけはしないでね」
「それは、私の台詞ですよ、組長」
「…そだね…。私も無茶はしないから。…この体は…」

真子は、口を噤んだ。

「…組長…?」
「まっ、みんなが、私のことを、どんな目で見てるか知らないけど、
 全く変わってないからねぇ〜。…ほな、お休みぃ〜」

そう言って、部屋へ入り、ドアを閉めた。暫く部屋の前に立っていた純一は、ふと何かを思い、ドアをそっと開ける。

「ったく…。そうだと思いましたよ」

純一は、真子の部屋へ入っていく。なんと真子は、ベッドまでたどり着けず、あと少しというところで、座り込み、床で横になって眠っていた。
純一は、そっと真子を抱きかかえ、ベッドに寝かしつける。
真子は、純一の方に寝返りを打った。
純一は、そっと布団を掛ける。

「……組長……。実は、俺…」

やはり、純一は、悩み事を真子に打ち明けたい様子。しかし、真子に打ち明けるということは、再び、真子を狙うということになりかねない。純一は、真子を見つめていた。
真子が真上に寝返りを打った。肩が布団からはみ出す。純一は、手を伸ばして、真子の肩まで布団を掛ける。そのとき、ふと真子を見た。
キャラクターランドに行った時より、なぜか、大人びて見える真子。
純一の目線は、真子の唇に移る。
純一は、真子の肩の辺りに手を置いた。そして、顔を真子の顔にゆっくりと近づけていく。

『純一!!』

自分を呼ぶ声で、我に返る純一は、唇が、触れる寸前、慌てて真子から離れた。

「…お、おれ……」
『純一、早く来い!』

その声に、純一は、素早く真子の部屋を出ていった。そして、その足は、山中の部屋へと向かっていた。



「組長は、退院しても、体調はまだ、完全じゃないんだぞ!!
 なのに、オールナイトでカラオケぇ〜? 組長、お疲れのようだぞ!」
「申し訳ございません!!!」

純一達、若い衆が、オールナイトでカラオケ、それも、真子と一緒だったことに、山中は怒り心頭。起床時間になっても、姿を現さなかったことに対しても怒っていた。

「いいか、組長には、本部でもゆっくりとくつろいでいただくようにして、
 あまり、無理させるな!」
「はい!」
「…それと、組長が居る間、訓練は、中止だ。音、硝煙のにおい…それらに
 気が付くはずだからな。しかし、基礎だけは、やっておけよ」
「はっ!」
「純一、充。まさちんが、来るまで、組長のこと、頼むぞ」
「はい!」

純一と龍野は、元気良く返事をする。

「もう、いいぞ」

山中の言葉と同時に、若い衆は、山中の部屋を出ていった。
若い衆が全員出ていった後、山中は、ため息をつき、姿勢を崩した。

「ったく…怒られるのは、私なんですから…組長、忘れないで下さいよぉ」

山中は、遠い昔を思い出していた。

「…気合い…入れないと…な」

山中の表情が、一変し、真子に対して敵対心がある雰囲気を醸し出し始めた。
その間、真子は、部屋で熟睡中……。




AYビル・会議室。
まさちんは、真子の代わりに組関係の仕事を難なくこなしていく。

「活き活きしとんのぉ」
「ほんまやな」
「残りの問題は、水木…か」

川原、藤、須藤が、それぞれ、こっそりと話していた。

「他に何かありませんか?」

まさちんは、元気良く尋ねる。

「…本部での例のやつや。まさちん、その後どうなんや?」

須藤が、静かに尋ねる。

「若い衆への訓練は、始まっているそうです。私にも連絡があり、どうだと
 言われましたよ。…そんなものより、私は、素手で行く方なので、
 遠慮しましたよ」
「しかし、遠くから狙われたら、元も子もないやろ」
「そうですね」
「…まさちん、腕に自信あるんか? 練習やったら、うちでもできるで」

川原が、自慢げにいう。

「自信…ありますよ。百発百中ですから。しかし、相手を倒すという感触を
 味わえないので…ね」
「やば。お前の眠るものを目覚めさせるとこやったな。この話、やめとこ。
 ところで、水木組はどうなんや?」

須藤が、続けて尋ねる。

「未だに謹慎中です。しかし、先日、密かに行動していたようですね。
 組長を襲ったという松宮組のことを調べていたんですよね。健から聞きましたよ。
 …まさか、組長のことを気に掛けているとは…思いませんでしたからね」
「…そこが、水木なんだよ。あいつの良いとこや。まぁ、今回の場合は、
 桜さん以上に惚れた女のことを気にしてるだけだろうがなぁ……もう言わん…」

須藤が、慌てて口を噤んだのは、須藤の言葉によって、まさちんの醸し出す雰囲気が…殺る…に変化したからだった。
水木への鉄拳。
桜さんとのことがあったから、半分で済ましたというまさちん。

もし、なければ、水木は、確実に…。

そんなまさちんを怒らせると今度は、自分に……。

えいぞうより、質が悪いかもしれない…。

須藤は、その昔、阿山組との抗争を終結させた、えいぞうの姿を思い出していた。

「何もないようでしたら、終わります」

まさちんは、そう言って、席を立ち、須藤の側を通り過ぎるとき、須藤の目の前に拳を差しだし、そして、会議室を後にした。
須藤は、目が点…。

「須藤、言い過ぎ」

谷川が、呟くように言う。

「やっぱし、そうか…そうやな…」
「いくら一平君が、怒っているからって、何もまさちんに当たらなくても…」
「…あれ以来、一平が口を利いてくれへんのや…八つ当たりしても
 ええやんか」
「怪我するんは、お前やでぇ〜」

谷川のからかうような言い方に、須藤は、ため息を付いた。
そんな仕草に、微笑ましい雰囲気に包まれる会議室だった。



「組長……」

事務室に戻ったまさちんが、遠くを見つめている頃…。



寝屋里高校。
ぺんこうは、活き活きとして、教師をしていた。今まで以上に輝いて見えるぺんこうの姿に、生徒達は、魅了されていく。

「よぉし、次!!」

ぺんこうの元気な声が、グランドに響き渡っていた。



真北とくまはちは、一緒に行動中。松宮組が、真子を襲撃させた事件を追っていた。
真北は、真子に鉄拳をくらい、五体をへし折られ、足腰立たない状態の松宮を冷静な態度で取り調べる。その後、くまはちは、真北の情報を元に、松宮組と懇意にしている組織を調べ、そして、締め上げていく。
くまはちが、活き活きしているのは、言うまでもない…。





阿山組本部に、不穏な空気が漂い始めた。

「ボォン! ボォ〜ン! お迎えに参りやした」

高級車で阿山組本部に乗り付け男が叫ぶ。見知らぬ男に対して、警戒心を露わにしている若い衆の間を堂々とかき分けて玄関まで歩いてきた男。本部内から慌ただしく組員達が出てきた。その中に純一がいた。男は、純一をみて、頭を下げた。

「東堂さん!!」

純一が驚いて声を挙げる。
阿山組に単身で乗り込んできた男こそ、千本松組組員の東堂だった。
以前より、純一に戻るよう、話をしていたが、純一が断り続けている為、こうして、阿山組本部へ直接乗り込んできたらしい。

「ボン、帰りましょう」
「電話でも言ったはずです。帰りません」
「おやっさんもお待ちになっております」
「だから、俺は、帰らないと言ったろ? 東堂さん、お引き取りください」
「わしは、ボンを連れて帰るように言われております。ボンが一緒でないと、
 わしは、ここから、帰ることできません」
「わかってるのか? 東堂さんの行動は、殴り込みと同じことなんですよ。
 何も起こらないうちに、お引き取り下さい」
「…こういう手は使いたくなかったのですが…」

東堂は、懐から銃を取り出し、梃子でも動きそうにない純一を強引に連れて帰ろうとしていた。それを観た若い衆は、東堂に飛びかかってしまう。

ズダーン!

銃声が響く。

「動くな。今度は、当てるぞ…」
「東堂さん!!」



本部の奥の部屋から、誰かが玄関へ向かって、ゆっくりと歩き出した。



東堂は、天井に向かって発砲した。今にも修羅場になりそうな本部の玄関に、日本刀を片手にやって来たのは、山中だった。

「山中さん!!」
「…東堂とやら。これ以上騒ぎ立てると、命はないぞ」
「…ボンが大人しく俺と一緒に帰るのなら、これ以上は、騒ぎ立てないんだけどなぁ」

東堂は、にやけながら、山中に銃を向ける。

「純一に帰ってこいと?」
「あぁ。うちの組長が、ボンのことをすごく心配しておりまして。
 あの日以来連絡もないボンのことをね…。こちらの組でひどい目に
 遭っていないか、もしかしたら…という具合にね。ですから、
 ボンの元気な姿を一目見て安心していただこうと思いまして…」
「嘘だ。そう言って、また、俺に、俺に…」

組長の命を狙えと、命令するんだろう…?

純一は、それ以上言えなかった。

「純一は、嫌がっているんだけどなぁ」

山中が、静かに言った後、東堂と睨み合う。
山中は、日本刀を握りしめ、鞘から抜こうと手をかけた時だった。

「?!!」

シュッ コトン…。

「!!!!!」

一瞬の出来事で、誰もが目を疑っていた。
日本刀を目の前に突きつけられた東堂の頬を冷や汗が伝った。
東堂の持っていた銃は、引き金の手前から無くなっていた。無くなっている部分は、東堂の足下に転がっている。

「……一人で…帰りな」

日本刀を東堂に向け、静かに言ったのは、なんと、真子だった。
真子は、山中が日本刀に手を掛ける一瞬の隙に、その日本刀を鞘から抜き、そして、東堂の銃を真っ二つ。
それも、東堂の指先ぎりぎりのところから、切り落としていたのだった。
真子の気合いに恐れる東堂。
突然の出来事に、身動き一つできない組員、そして、山中。
その空気を一変させたのは、なんと、純一だった。

「組長、何を!」

純一は、真子が日本刀を持っている左手を押さえていた。

「純一は、嫌だと言っているだろ? …お前、そんなことをしてまで…
 命を落とすつもりか?」
「その覚悟はできている」
「組長。止めて下さい。…私が、東堂さんと一緒に帰ればいいことですので」
「しかし、純一…」
「一度、父と話し合わないといけませんから」
「駄目だよ、純一。そんなことしたら、二度と戻って来れないかもしれない…」
「大丈夫です。…ですので、これは、山中さんにお返しいたしますね」

純一は、真子に微笑んで、真子から日本刀を受け取り、山中の持つ鞘へ収めた。
そして、東堂の足下に落ちている切られた銃の破片を拾い、東堂に渡す。

「これは、阿山組では御法度ですよ、東堂さん。
 では、行ってまいります。お騒がせ致しまして申し訳ありませんでした」

純一は、深々と頭を下げて、東堂と静かに本部を出ていった。

「純一さん!!!」

若い衆たちが、車で去っていく純一を追いかけるように本部の門に向かって駆けだした。

「純一……。なんでだよ…」

真子は、純一が去っていった方向を見つめながら、呟いた。そして、背を向け、部屋へ戻ろうと、山中の横を通り過ぎる。

「組長、どうして…」

山中が静かに尋ねる。

「さぁ……」

真子は、山中に背を向けたまま言った。
歩き出したとき、後ろから、真子の額に手を当てる者がいた。

「な、なに?」
「組長の行動がおかしいときは、確かめるように言われております。
 …やはり、熱が…」

それは、山中だった。
真子にあり得ない行動に驚いた山中は、真子の体調の異変に気がついた。山中は、刀を龍野に渡し、有無も言わさず、真子を抱きかかえた。

「ちょ、や、山中さん?!」

真子は、山中にあり得ない行動に驚いた。

「ご無理なさらないでくださいと申し上げているのに…。
 これ以上体調を崩されると私が真北に怒られます」

山中は、にこやかに真子に話しかけていた。

「お部屋までお連れいたします。…今日は部屋から一歩も出てはいけませんよ」
「…ありがとう、山中さん」

山中は、歩き出した。

「どうしたの?」

真子が、そっと尋ねる。

「…私も昔の感情ですよ」

山中がそっと応えた。

「ったく…みんなして、可笑しいね…。私のせいか…」
「無茶ばかりするので、私まで狂いましたよ」
「狂う?」
「…今のは、聞かなかったことにしてください」

真子を部屋まで連れていき、ベッドに寝かしつけた山中は、真子が眠るのを確認するまで側に付き添っていた。
今まで感じたことのない山中の優しさを肌で感じた真子は、安心して眠ってしまった。

…本部でも、ようやく安心できる…。

ちさとが亡くなってから、今まで、なぜか、安心できなかった本部。
真子は、少しずつではあるが、自分の生きている世界が、変わっていくことが嬉しかった。

『無駄な争いで命を落とすことのない世界』

それが、近づいてきた…。



山中が、真子の部屋から出てきた。
ドアを閉めたところで、立ち止まり、大きく息を吐きながら、俯く。

「私…自信を無くしそうですよ…。組長に対する敵対心…保てません。
 先代も、ひどい遺言を残すんですから…。これ以上、組長が強くなれば、
 それだけ、敵も…増えてしまいますよ…。組長…お嬢様には、安心して
 暮らしていただきたいのに…。…この世界から…離れたところで…」

山中は、真子が眠っている場所を見つめ、目を瞑る。
幼い真子を追いかけ回していた、遠い昔を思い出す…。
それは、まだ、ちさとが、生きていた頃…。
阿山組に長いこと居る誰もが思う…ちさとのこと。
山中もその一人だった。

ゆっくりと歩き出す山中は、今、真子に内緒で行っていることに対して、深く考え始めた。

これで、いいんですよね…先代…。
あなたの大切な娘をこの世界で守るために…。

山中は、天を仰いだ。





とある場所にボロボロの建物が建っていた。壊れかけた門を一台の車が通っていった。建物の前に停まる車からは、純一と東堂が降りてきた。

「ボン、こちらです」

東堂は、丁寧に純一を迎える。見張りの組員が、一礼する中、純一は、奥の部屋へと案内された。

ドアを開ける東堂。純一は、ゆっくりと部屋へ入っていった。
その部屋の壁には、組員がずらりと並んで立っていた。一つのデスクが置いてあった。そこに座る男が、入ってきた純一を見て、にやりと笑った。

「元気そうだな」
「……親父こそ」

その男こそ、千本松組組長・荒木元造だった。顔には、痛々しいくらい、無数の傷跡があった。見た目とは違い、純一を見つめる目は、少し潤んでいた。

「生きていたなら、会いに来ても…良かったのになぁ。連絡もなしで。
 心配したぞ」
「あの日…組長を襲った日…俺は、死んだんです。俺は、以前の
 …親父の知っている純一ではありません。…顔を見せました。帰ります。
 親父、元気で」

純一は、頭を下げて、部屋を出ようと歩き出した。

「待てやぁ」

純一は、歩みを停める。

「そこまで、阿山真子に義理立てする理由は何や?」

純一は、ゆっくりと振り返った。

「命の…大切さを教えてくれました。それに、俺が、喧嘩を嫌いだと
 いうことも、すぐに解ってくれた。人に刃を向けることが苦手だと
 いうこともね。…親父…あんたと違ってね」
「そうだったな。お前は、何度言っても、喧嘩を避けていたもんな。
 だから、あの日…俺は、お前を阿山組の前に放り出したんだからなぁ。
 上手い具合に潜り込めたというのに、阿山組五代目の命をとれと
 言ったのにな」
「狙いましたよ。だけど、あなたも御存知の通り、阿山真子の反射神経と
 戦闘能力には、敵いませんでしたよ。…心の広さにもね」
「心の広さ…か。俺には、そうは思えないがな。…阿山真子をどう思う?」
「素敵な人です。この世界で生きているのに、とても、優しく…」

荒木の表情が一変する。

「優しい…? そんな奴が、俺の顔をこんなにもするのか?! 純一!!」

荒木は怒鳴った。

「それは、親父が悪い…。組長を狙った」
「この世界の常識だ!」
「それを、組長は、変えようとしている。親父、怖くなかったのか?
 組長に、鉄拳をもらって…怖くなかったのか?」
「怖かったさ。まさか、あんなにも恐ろしい程の力を持っているとは思わなかったよ。
 だけどな、俺の顔をこんなにも傷だらけにした阿山真子が許せないんだよ。
 だから純一。俺のために、阿山真子を狙え」
「嫌です。俺は、もう、人の命を奪いたくない」
「お前は、俺のなんだ?」
「…息子…です」
「なら、俺の言うことくらい聞けるよな」
「それだけは、無理です。もう、終わったことではありませんか。
 親父がこうして、シャバに出て、そして、元気なんだから。
 顔の傷くらいなんですか。命が助かったことだけでも、
 よかったと思えませんか?」
「思えないな」

荒木は、純一を睨む。純一も負けじと荒木を睨んでいた。

「反抗的だな」
「…親父…、組長の考え…命の大切さ…理解して欲しい。
 俺は、これ以上、親父を危険な目に遭わせたくないんだ。
 …だから…組長の意見を…」
「考えられないね」

荒木は、椅子にふんぞり返る。

「純一。俺の命令、聞け。…阿山真子の命を取れ」
「嫌です」
「阿山真子の命を取れ。…はいと言わないのなら、ここからは帰さないぞ」
「それでも構いません」
「純一」
「親父も、理解して下さい。命の大切さを!」
「阿山真子の命を取れ」
「嫌です。それだけは、聞けません」

純一は、頑として、荒木の言うことを聞かない様子。

「俺の命令、聞けない…のか?」

荒木は、純一を睨みながら、歩み寄る。

「…聞けません…。…親父、組長の意見を…!!!!」

ガツ!!ガッガッガッ!!!

「おやっさん!!」

突然、純一を殴りだした荒木を停めに入る東堂と橘。
荒木は、二人の腕を振りきってまでも、純一を殴り始める。
純一は、突然の事で、身構えたが、腹部を殴られた為、そのまま、気を失ってしまう。

「…ふん。こんな息子に育てた覚えはない。…阿山真子に腑抜けにされたか。
 奥に寝かしておけ」

荒木の言葉に、橘が純一を小脇に抱えて、奥の部屋へ連れていった。

「おやっさん、何もそこまでして…」

東堂が、静かに言った。

「…演出だよ。あいつ、馬鹿正直だからな。あぁでもしないと、
 阿山真子が、ゲームに乗ってこないだろ。…みておれ…この
 顔のお礼は、丁寧にしてあげるよ…。くっくっくっく…」

不気味に微笑む荒木に、東堂は、胸騒ぎがしていた。





阿山組本部
真子は、例の場所でくつろいでいた。
のんびりしているのかと思いきや、いきなり起きあがり、本部を出ていった。



夕方。

「山中さん」

慌てた表情で、龍野が山中の部屋を訪ねた。

「どうした?」
「組長の姿が何処にも見あたらないのですが…」
「なに…?」

山中の表情が、一変する。

「探せ!」
「はい!!」

本部内が、慌ただしくなる。
組員総出で、真子を探し出し始めた。
組員の何人かが、門を出て、外で真子を探し始めた時だった。

「ただいま。…って、どしたん?」

真子は、本部の騒がしさにきょとんとしていた。

「組長!」
「組長!!!」

若い衆が真子の姿を見るやいなや駆け寄ってきた。

「ご無事で…!」
「どちらに、おられたんですか!!」
「心配しましたよ!」

口々に言葉を発する組員達は、真子を囲み始めた。
真子は、本部の騒がしさは、自分の行動が原因ということをすぐに理解する。

組員達とにこやかに話ながら玄関まで来た真子は、ただならぬ雰囲気が玄関に漂っていることに気が付いた。真子と話していた組員達は、この後に起こる出来事を想像する……。

「ご、ごめんなさい…!!!」

玄関には、山中が仁王立ちして、真子を睨み付けていた。

「こっそりお出かけになるのは、やめてください。…心臓に悪いですから」
「反省してます…」

山中は、真子の頭に軽く拳をぶつけ、そして、部屋へ戻っていった。
真子は、軽く舌を出し、山中に、コツンとされた箇所を撫でながら、靴を脱ぐ。

「みんなも、ごめんね」
「ご無事なら…」

真子は、組員ににっこりと笑って、部屋へ向かって行った。

「…山中さん…変わった?」
「だよな…。どうしたんだろ」
「組長に対して、敵対心…持っていたよな。六代目狙ってるとか…さ」
「あぁ。でも、今の雰囲気って…」

山中の昔の姿を知らない若い衆は、山中の真子への対する本当の気持ちを知らなかった。
山中は、部屋へ戻るなり、安堵の息を吐く。

「無事で…良かった…。…しかし、一体何処に…? 北野ぉ!」
『はい』

北野は、呼ばれるとすぐに、山中の部屋へ入ってきた。

「組長の行動、見張ってくれ」
「今日の出先ですね」
「あぁ。…無茶してなければ、いいんだけどな…」
「…ったく、山中さん」

山中は、北野を睨み上げる。

「…何も言いません。失礼しました」

北野は、山中の真子へ対する気持ちを知っている為、それ以上、詮索しなかった。

「純一の方も気になる。そっちも頼むぞ」
「わかっております」

北野は、部屋を出ていった。暫くして、山中も部屋を出る。
向かう先は…慶造の部屋だった。




真子が内緒で外出する日々が続いた。
あまりにも続くことから、山中と北野は、ある日、真子の後をこっそりと付けていく。
真子は、一人で街に出ていた。
商店街を歩き、お店の人々と笑顔で挨拶を交わしながら、商店街を抜けて、角を曲がった。
山中と北野も、真子を追って、角を曲がった。
真子の姿は消えていた。

「気が付かれていたんでしょうか…」

北野が呟く。山中は、一点を見つめていた。
そこは…

『喫茶 森』

「…まさか…な」

山中は、呟きながら、歩き出す。

「山中さん!」

北野は追いかける。
二人は、喫茶・森の入り口に立つ。そして、ドアを開けた。

「いらっしゃいませ…って、山中さんと北野さん…」

明るい声で客を迎える店員……それは、エプロン姿の真子だった。真子は、二人の姿を見て、驚く。

「…驚くのは、私の方ですよ、組長。何してるんですか!」

少し怒気がはらんだ声で尋ねる山中に店長の森が、優しく応えた。

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」

山中と北野は、店長に言われるまま。カウンターに座る。

「純一が来れないからと、真子ちゃんがね、純一の代わりだと言って…。
 私は、お断りしたんですが、真子ちゃん、一日だけでもと言って…。
 なのに、ずっと…」

店長が、そっと語り始めた。山中は、川原を見つめる。
川原は、山中と目が合うと、気まずそうな顔をした。

「川原の奴…口止めされてたな…」
「言えないでしょう。組長命令なら」

北野が即答する。
真子が、カウンターまでやって来た。

「マスター、ホットオーレ2つね」
「はいよ」

マスターは、オーレを作り始めた。その間、真子は、山中の横に立ち、静かに言った。

「…ごめんなさい。…山中さんに言うと怒られると思ったから…。
 純一が帰ってくるまで、お手伝いしようと思ったの」

恐縮そうに、山中を見つめる真子。

「…組長のなさることに、何も言いません。ただ、何も言わずになさるのことには、
 たくさん言わせてもらいますよ」

山中は、真子を睨む。しかし、その目には、優しさが含まれていた。

「山中さん、怒らないでくださいね。はい、真子ちゃん、オーレ2つ」
「はぁい!」

真子は、元気に返事をして、オーレを客のところへ持っていく。
その客は、男性客だった。
真子がお手伝いするようになってから、毎日のように来店している客だった。
店内を見渡すと、若い女性客と、若い男性客に分かれているようだった。

「女性は、純一くんや川原くん目当てです。真子ちゃんがお手伝いしてくれるように
 なってからは、噂を聞いたのか、男性客が真子ちゃん目当てに来店してるんですよ。
 真子ちゃんの、あの、笑顔に誘われるように、入ってくるみたいなんですよ」

山中は、森の話を聞いて、真子を見ていた。オーレを注文した客に差し出した後、その男性客と楽しそうに話し込んでいる。そして、別の男性客に声を掛けられ、新たな注文をとっていた。
笑顔で対応する真子。
客達は、真子の笑顔を観て、心が和んでいる様子…。
山中が立ち上がった。

「マスター、組長をよろしくたのみます。北野、帰るぞ。川原!」

山中が、川原を呼ぶと、川原は山中の横に、ビシッと立つ。

「はい」
「しっかりとボディーガードしろよ」
「はい」

山中は、川原にそっと言って、喫茶店を出ていった。
山中は、店のガラス越しに、真子を見つめる。
真子は、山中に手を振っていた。

「ったく…」

山中は、照れくさそうに真子を見つめ、北野と去っていった。

「組長にも、困ったもんですね」

北野が、山中に言う。

「それが、阿山真子だからな。あれで、いいんじゃないか」
「そうですね。…でも…この世界では、あまりにも優しすぎますよ」
「それでも、いいんだよ。…それが、反対に武器になる…」

山中は、深刻な表情をしながら、帰路に就いた。




夕暮れ。
真子と川原は、一緒に本部の最寄り駅から本部に向かって歩いていた。

「ほんと、今日はびっくりしたね。まさか、山中さんが来るとは……。
 …川原さん、言ってないよね?」
「言ってませんよ」
「純一……帰ってくるのかなぁ」

寂しそうに話す真子に、川原は、力強く言った。

「帰ってきますよ。だって純一は、組長のことが好きだから」
「えっ?」

真子は、川原の言葉に驚いていた。

「ったくぅ。本部に帰ってきてから驚かされてばかりいるよぉ。
 …みんな、何かあった?」
「いいえ、何もありません」
「いいや、何かあるはずだ!」
「ありませんよ」
「あるったら、ある!」

そんなやり取りをしながら、二人は、本部の大きな門をくぐっていった。

あるとすれば、真子の魅力的な変化に対しての組員の反応と、内緒で進む例の計画くらいだが…。

川原は、その夜、そう思いながら、床に就いた…。





朝。

「親父ぃ〜…組長の話に…耳を傾けてくれよ…。争わないでさぁ…。親父ぃ!」

奥の部屋から微かに聞こえてくる純一の訴える声…。
荒木は、ここ数日、鬱陶しいくらい聞こえてくる純一の声に、苛立ちを見せていた。

「毒されよって…」

荒木は、側に置いている木刀を手に取った。

「おやっさん、いけません! これ以上加えると、ボン…死にますよ」
「うるせぇ!」

荒木は、木刀で、壁を殴った。
東堂は、自分が殴られると思ったのか、荒木から距離を取っていた。

「くそっ…阿山真子め……。東堂、例の準備は出来たのか?」
「はい。早速、向かいました」
「そうか。…約束通り…一人で来るかな…」
「来るでしょう。阿山真子は…優しすぎますからね…」
「そうだな…。恐ろしいまでの何かを持っているのにな…」

荒木は、真子に殴打された時を思い出していた。


「親父…争いは……避けるべきだよ……親父ぃ〜」

純一が監禁されている部屋の前では、拳を握りしめ、何かを耐えるかのように、橘が立っている。

「坊ちゃん……」

その腕には、緑色のあざが……。



(2006.6.13 第四部 第四十三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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