任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十五話 組長奪還!

阿山組本部。

銃声が響き渡る。

「ふぅ〜」

まさちんが、構えていた銃を下ろした。
ここは、隠れ射撃場。

「まさちん、撃ったことあったんか?」
「ありませんよ。遠くはね」

まさちんは、微笑みながら、銃創から薬莢を抜く。

「全弾命中って…。まさちんも恐ろしいやっちゃなぁ。組長と一緒だな」

山中は、腕を組んで感心する。
そこへ北野が、くまはち、虎石そして、竜見とやって来た。

「まさちん!!」
「…くまはち…聞いたか?」
「あぁ。…それで…なんで、お前がここで…」
「練習」
「…全弾命中か…流石やな」

くまはちは、懐から銃を取りだし、位置に着く。
ボタンを押す。
新たな的が現れた途端、くまはちは、引き金を引いた。

「…組長のボディーガードは、強者ぞろいだな」

もちろん、くまはちも全弾命中だった。

「そっちの二人は?」

山中は、虎石と竜見に目をやった。

「私のお墨付きでは、ご不満ですか?」

くまはちが、自慢げに応えた。

「須藤っとこの二人だったな。…頼んだぞ」
「御意」

竜見と虎石は、深々と頭を下げる。

「北野…準備は出来てるのか?」
「えぇ」
「…じゃぁ……行くぞ」
「はっ!」

北野が先に射撃場を出ていった。
山中は、まさちんとくまはちを見つめる。
二人の頭の中には、組長の事しかない様子。

「お前ら、今回は単独行動は、なしだぞ。いいか?」
「解っております」
「えいぞうもそうだったよな。お嬢様が絡むと、後が大変だからな」
「…真北さんには?」

まさちんが、尋ねる。

「内緒だ」
「…また、怒られますね」

くまはちは、昔を思い出して、山中に言った。

「そうだな。…仕方ないさ」
「また、お嬢様が絡みましたね」
「あぁ」

くまはちは、携帯電話を取りだした。そして、番号を押す。

『もしもしぃ〜』
「俺だ。…真北さんを抑えててくれ」
『…何をおっぱじめるつもりや、くまはち』
「…組長奪還」
『…なに? …組長に、何か遭ったのか?』
「あぁ。それと、関西幹部には、いつもと変わらない時間を過ごすように
 伝えててくれよ」
『俺を無視するんか?』
「ちゃう。お前には、抑えるという重要な役割をしてもらうんや。
 本部でのことやから、山中さんが居る。だから、えいぞう、頼んだで」

くまはちが電話を掛けた相手は、えいぞうだった。

えいぞうは、喫茶店で仕事中。

「わかったよ。…無茶だけは、すんなよ。…おじさんのように…な」
『ありがとな』

電話は切れた。
えいぞうは、ゆっくりと受話器を置いて、何事も無かったように仕事を続けた。

「健」
「あん?」

奥の部屋で、何やらこそこそとやっていた健が、顔を出す。

「兄貴ぃ、何?」
「真北さんは、今、何処や?」
「東京」
「げっ……」

えいぞうは、コップを落とす。

「どしたん?」
「いいや、何でもない…。…また、俺、役立たずやないか…。
 …ま、いいか」

割れたコップを片づけながら、何も聞いていないという表情で、仕事を続けるえいぞう。
健は、首を傾げながら、奥の部屋へと戻っていった。

やっぱり、えいぞうって、いい加減な奴…。





阿山組本部の裏手から、高級車が次々と出ていった。それぞれが、深刻な面もちで、車に乗っていた。

「俺らが、表を狙っている間、まさちん、くまはち、虎石、竜見は、
 入裏からってくれ。恐らく、表を襲われたら、裏から逃げようとするだろう。
 その時に、組長と純一も、一緒のはずだ」
「解りました」

虎石と竜見が返事をする。

「組長…無事でしょうか…」

まさちんが、呟く。

「それだけは、わからない…。…組長奪還が目的だからな。
 相手は狙うなよ」
「解ってますよ」

そう応えたまさちんの目は…殺る気だった。
車は、千本松組が本拠地としている場所へと向かって走っていく。





真子は、力無くぶら下がっていた。

「…んー…やばいな……もう…頼まないからな…」

真子は、自分に言い聞かせていた。

頼まない…。

それは、自分の心に居る、もう一人の自分…赤い光……。
あの時、危険を承知の上で、もう一人の自分に語りかけた。
もちろん、その応えは……。
あの時の光景が忘れられない真子。
自分の意志とは無関係に、相手を平気で傷つけていく。
赤く染まる自分の手。
それが、赤い光の影響なのか、相手の体に流れる物なのか、定かではない。
あの時のような事になるのを、恐れていた。

手首からにじみ出た血は、茶色く変色し、体中の痛みは、峠を越しているのか麻痺しているのか、感じられなくなっていた。
息をするたび、口の中に血の味がしていた。



地下室へ繋がる廊下を足音を忍ばせて歩いている男が居た。そして、真子を監禁している部屋の前に立つ。
急いでドアを開けた。

「じゅんいちぃ〜だぁ〜」

力無く言う真子に、純一は急いで近づき、鎖を外し始めた。

「組長、ご安心下さい。おやじの許しが出ました。……組長、病院へ…」

鎖が真子の手首から外れた途端、真子は、その場に横たわってしまう。
起きあがる力さえ入らないようだった。

「許しって……まさか、純一…」

純一は、真子の足の鎖を外す。

「…俺は、大丈夫です。組長の方が…」

どこにそんな力が残っているのか、真子は、純一の腕を掴んだ。

「嫌だ。…純一も一緒に帰るんだ…」

純一は、真子から目を反らす。

「俺が、お送り致します」

その声は少し、震えていた。

「純一が一緒じゃないなら、私は、ここから出る気がしないよ…。
 なんでだよ…。なぜ、そんなことをするんだよ…」

真子は、純一の腕を握りしめる。

「そ、それは…、組長にも言えますよ。俺のために、なぜ、単独で?
 こんな…こんな、組長の命を狙った俺を…」
「言っただろ? ……大切だからだよ…」

純一の腕を掴んでいた真子の手が、力無く離れた。

「組長…?」




廃屋ビルのある敷地内へ、次々と車が入ってきた。
車が、停まった途端、中から、銃器類を片手に持った強面の男達が、下りてきた。

「なんじゃい、われ!」

突然の訪問客に、門番がわめく。

「!!!!! ぐわっ!!」

車から降りてきた二人の男が、門番に銃口を向け、引き金を引いた。
別の二人が、かなり大きな銃器類を構える。そして、スイッチを押した…。
銃器類から放たれた弾は、廃屋ビル目掛けて飛んでいった…。




純一は、真子に目線を移した。真子は、俯せになったまま、全く動かない。

動かすのは、危険かもしれない…傷が…悪化する可能性が…。

純一は、初めて見る真子の姿に動揺していた。
その時だった。
突然、建物が揺れ、壁のひびから、コンクリート屑がバラバラと落ちてきた。

「なに?」

二人は、顔を上げる。
地響きが続く。

「!!!!!」
「危ない!!!」

純一は、崩れてきた壁から、真子を守るように、真子の体を覆った……。






真北は、警視庁で、仕事中。
少し前に起こったアルファーの事件を追っていた。
苦手なパソコンを前に、眉間にしわを寄せ……。

『アクセス』

画面に突然表示される。

「…ったく…」

真北は、点滅するマークを観て、肩の力を落とす。
健の似顔絵が、点滅中。
真北は、マークをクリックした。
画面に現れたのは、健からの極秘情報。

『阿山組本部にて、不穏な動き有り』

「なに?」

真北は、デスクの電話の受話器を取り、ボタンを押す。
まさちんの携帯電話に掛けていた。


その頃……。


まさちんは、くまはち、竜見、そして、虎石と共に、爆音が響く中、建物の裏口へ廻り、中へと入っていった。
まさちんの携帯電話は、本部のまさちんの部屋で震えていた。


「…くそっ…。一体、何が起こってるんだよ!!」

真北は、デスクに拳をぶつけた。






「きゃっ!!」

真子が、壁にぶつかった。


真子は、純一と共に地下室から逃げ出していた。
建物は、地響きと振動が続く。その衝撃で、壁にひびが入り、所々崩れていた。
そんな中、真子と純一は、千本松組組員に見つかり、襲われていた。
真子が、敵の蹴りをまともに喰らって、壁にぶつかり、しゃがみ込む。
その真子の頭に銃口が突きつけられた。

「THE END」

千本松組組員がそう呟いた時だった。

「!!!!」

銃声が四発聞こえた。
その直後、組員達は、真子の前から逃げていく。

「組長、ご無事ですか!!」

まさちんが、壁にもたれかかりながら、振り返る真子に駆け寄った。安心したような表情で俯く真子。

「大丈夫だよ…」
「これらの血は…?」

まさちんは、真子が血だらけで汚れていることを気にしながら、真子に手を差し出す。その手には銃が握りしめられていた。

「返り血…。それより、さっきの…銃声は…?」

真子は、まさちんの持つ銃に気が付く。
そのまさちんの後ろからは、くまはち、竜見そして、虎石が、同じように銃を片手に駆け寄ってきた。
真子は、不機嫌な表情になっていく。

「組長、こちらです」
「…一体、何が起こっている?」

真子は、まさちんに支えられながら立ち上がり、尋ねた。

「それは、ここから出た後に、詳しく…」

ボワッ!!

真子達が居る場所に、火が回ってきた。純一と真子が、逃げようと向かっていた場所は、既に火が激しく燃えさかっている。その先は、荒木達が居た部屋のある場所。
純一は、状況を把握した。
爆発音、振動、地響き、そして、炎。
山中がこっそりと計画していた事。そして、真子がここに居る。

『組長の身に危険が及んだ時に出動する』

「…まさか…」

純一は、炎の先を見つめていた。

「純一、行くよ!」
「お、おやじ…」

呟いた純一は、何かを決心したのか、真子を見つめ、そして、まさちんに言う。

「まさちんさん、組長をお願いします!」

そう言った純一は、火の方へ向かって走っていった。

「純一!!!」

真子は、純一を追いかけようとしたが、まさちんに止められる。

「まさちん、純一が、純一が!!」
「私が、行きます。くまはち、頼んだぞ!」

真子の言葉にまさちんは、迷わず、純一を追いかけた。くまはちは、真子の腕を抱えた。

「組長、行きましょう」

真子は、純一とまさちんが向かった方向を何度も何度も振り返りながら、くまはちと反対方向へ歩いていった。




炎を避けるように、先へと進む純一は、少し炎が途切れた場所で立ち止まった。

「純一」

追いついたまさちんが、声を掛ける。

「まさちんさん…」

純一は、一点を見つめ、泣いていた。純一が見つめる先。そこは、荒木の部屋がある場所。

「俺……おれ…。どうしたらいいんですか?」

震える声で、純一が言った。

「……組長が大切です。こんなこと言ったら、怒られると思いますが、
 俺の命より、組長の方が大切です。そんな組長が、俺の為に……。
 だけど、その大切な組長に、言われた言葉…。いざというときは、
 親を大切に…。…俺……。どうしたら、いいのかわからなかった。
 そして、気が付いたら、こっちに来ていた」
「…荒木なら、既に、外に逃げているはずだよ」
「ほんとですか?」
「あぁ。だから、兎に角、純一も外に……」

まさちんと純一は、辺りを見渡した。

「……と、言っても、出ることできないなぁ」

まさちんは、頭を掻いて、困っていた。二人の周りは、既に瓦礫で埋まり、出口が無かったのだった。
来た方向は、もう道が無い…。

「参ったなぁ〜」

まさちんは、上を見た。そこには、四角いものが…。

「純一、肩を貸すから、これ、開けろ」
「はい…」

項垂れる純一。

「さっさとしろ!」

まさちんの怒鳴り声に、素早く反応する純一は、まさちんの肩車で、高さを取り、四角いものを押し上げた。そして、そのまま、そこへ潜る。
まさちんは、軽く飛び上がって、純一の後を追う。
暫く、暗がりと煙たい場所を這った二人は、火の手の廻っていない場所へと下りてきた。

「外に出るぞ」

まさちんは、純一の手を引っ張って、外へと向かっていった。

「まさちんさん…」
「あん?」
「すみませんでした」
「何が?」
「…組長に…俺…口づけしようと…してしまって…」
「…してないんだろ?」
「はい」
「なら、謝る必要ないだろ? …で、何で俺に謝るんだ?」
「だって、組長は、まさちんさんと…!!?!」
「!!!!!…話は…あとやな」

二人は、表で響き渡った銃声に、反応し、走り出した。



表に出たまさちんと純一が目の当たりにした光景。
そこには、阿山組と千本松組が銃を向け合っていた。

「おやじ…」

純一は、呟いた。その横で、まさちんは、懐から銃を取りだす。

「…ま…さちん…さん?」

まさちんの目は、怒りが露わになっていた…。

「……許せよ、純一」
「えっ?」
「…組長に銃口を向ける奴は、例え、お前の親父でも…」
「俺も…ですよ」
「純一……何も言うな」
「はい」

まさちんは、銃口を、空に向けた。
そして、

ズッダァァァァン!!!

一発の銃声が響き渡った。
音が聞こえた方向に、一斉に振り返る。
純一と共に、建物から出てきたまさちんが、空に銃を向けて発砲していた。
くまはちに守られるように居る真子は、二人の姿を見て、少し安心した表情になる。

純一が、怒りを露わにして叫んだ。

「おやじ…いい加減にしてくれよ。なぜ、なぜ組長の命を、狙うんだよ。
 おやじが以前言った報復は、…阿山組にだろ? 組長は関係ないじゃないか」
「だから、お前は、この世界には、似つかわしくないと言ったんだよ。
 …組に対しての報復は、その組の頭の命を取ること、そして、その組を
 つぶすことなんだ。だから、こうして……」
「目的達成には、どんな手段も選ばないんですか!」
「あぁ、そうだ」
「……だったら、俺も……」

純一は、まさちんから、銃を奪い取り、荒木に向けた。

「どうするつもりだ」
「…わからない…。俺にとって、組長は大切です。
 だけど、その組長は、自分の親…血の繋がった親を
 大切にしろと言った。…俺は、どうすればいいのか、解らなかった。
 だけど、だけど、今、それがわかった」

純一の指が震えている。

「!!!!」

銃声。

「ほんとに引く奴があるか!!」

まさちんが、間一髪のところで、純一の腕を空に向けていた。

「し、しかし…まさちんさん……」

その時、遠くでサイレンの音が響き渡っていた。それは、段々と近づいてくる。
どうやら、爆発音に驚いた近くの住民が連絡をした様子。その建物の敷地内にある高級車、それもやくざっぽい車がたっくさん走っていることに、事件をかぎつけたのか、赤色回転灯があちこちの方向から見え始めた。

「逃げるぞ! …阿山真子、これで済んだと思うなよ!」

荒木は、言い捨てて、組員達と去っていった。

「ちっ……。早く乗り込んで、ばらけろ!」

山中の合図で、阿山組組員は銃器類を素早く隠し、車に乗り込み去っていった。

「まさちん!」

真子の声が、微かに聞こえたまさちんは、銃を懐になおし、純一を観た。

「組長を…早く病院へ…」

純一が静かに言った。

「純一は?」
「私は、親父と…。心配ないからと組長にお伝え下さい。御願いします」

真剣な眼差しで純一が告げ、真子の方を振り返りながら、荒木達の逃げた方向へ走り去っていった。



まさちんが、真子に駆け寄った。

「まさちん、…純一は?」

真子は、力無く尋ねる。

「心配ないからと言ってました。それより、早く、乗らないと!!」

真子達は、逃げるように、その場を去っていった。
向かう先は……



道病院。

真子の治療を終えた道は、真子を病室に寝かしつけ、まさちんを事務室へ呼んだ。

「…何があった?」

道は、静かに尋ねる。しかし、その表情には、怒りがこもっている……。

「俺にもはっきりしたことは、わかりません。ただ、純一から聞いた言葉は、
 早く病院にだけでしたから……先生、一体…」

道は、大きくため息を付き、息を吸い込んだ後、

「肋骨が二本折れて、三本ひび。折れた肋骨は、肺をかなり傷つけている。
 この折れている箇所は以前にも折れたことがあると思うよ。
 そして、何より心配なのは、内臓が破裂寸前、胃の中は血だらけ。
 これは、かなりの打撲を意味する。それに加えて両手首についている無数の傷。
 それらの状況から判断できるのは、棘のある鎖で天井からつるされて、殴打される
 …サンドバック状態で、かなり強烈に暴力を受けた……。拷問に近いな」
「なに…? それで、組長は、今…」
「容態は落ち着いているから、安心しろ。ただし、絶対安静だからな」
「病室ですか?」

まさちんは、少し焦ったような表情をする。

「そうだよ。そろそろ目が覚めるんじゃないかな?」
「…抑制は?」
「してないよ。あの体では、当分動けないからな」
「…道先生。…あまいですよ」

まさちんは、道を睨み付け、道の事務所を急いで飛び出していった。

「まさちん、どうした!? …なるほど」

道は、何かに勘付いたのか、納得していた。



まさちんは、真子がいるだろう病室へ駆け込んだ。

「やはり…」

真子は、ベッドから起きあがり、服を着替え終えていた。

「まさちん、戻るよ」
「組長、その体では…」
「戻るよ」

真子は、力を振り絞ったような声でまさちんに言った。そして、大きめのコートを羽織ろうと手を回した時、強烈な痛みを感じ、その場に座り込んでしまう。まさちんが駆け寄り、真子をベッドに持ち上げた。

「無理しないでください。絶対安静なんですよ!」
「いやだ。無理する…。どうしても確かめたい…ことがある…。
 …まさちんにも関係していることだけどな…。本部に戻る…」

真子は、ベッドから降りた。

「それは、困ったなぁ」

それは、道だった。

「道先生…」
「真子ちゃんは、絶対安静にしてないといけない体なんだけどなぁ。
 重傷なんだけど…自覚あるのか?」

道の問いかけに、頷く真子。

「それでも、戻るのか?」

真子は、頷いた。
道は、そんな真子に近づき、そして、腕を引っ張り、服をめくった。
真子の腕に消毒をし、そして、持っていた注射器を真子の腕にさした。

「痛み止めだ。…2時間しかもたない。ここから、本部までは、片道20分。
 往復で40分だ。だから話は1時間で終わらすこと。…余裕を持った方が
 いいだろう? 気を付けろよ」
「道先生……。ありがとう…」

真子は道に深く頭を下げ、そして、まさちんに合図をして、病室を一緒に出ていった。

「…止めるより、やり遂げるほうが、真子ちゃんにはいいことだからなぁ。
 橋…おまえ、やっぱ強いわ。真子ちゃんにこんなことさせるなんてな……。
 …俺には、かなり勇気がいるよ……」

道は、真子の姿を見送っていた。
その後ろ姿は、『阿山組五代目組長』だった…。

「って、暢気にしてられないよな……。暫く、真子ちゃんに任せるか」

道は、そう言って、病室を出て、事務所へ戻っていった。




まさちん運転の車。
後部座席の真子は、終始俯いたままだった。まさちんは、声を掛けることが出来なかった。
何か発せば、真子の感情に火がつくかも知れない。
そう思うと、何も言えないのだった。
車は、本部の門をくぐっていく。
真子は、玄関に到着するや否や、車から飛び降り、勢い良く玄関をくぐっていった。

「組長!!」

まさちんの呼び止める声が聞こえていないのか、真子は、その足で、山中の部屋へと向かっていった。
まさちんは、ゆっくりと車を停め、そして、玄関へ向かう。重い足取りで、自分の部屋へ向かっていった。
懐に入れていた銃を机の上に置き、そして、携帯電話を手に取った。

『着信あり』

相手は真北だった。
まさちんは、大きくため息を付く。そして、そのまま、電話を上着のポケットに入れ、銃を手に取り、懐に入れた。
意を決して立ち上がり、部屋を出ていった。そして、山中の部屋へやって来る。
ドアが開いていた。山中が、部屋の中央に座ったまま、項垂れていた。

「あれ、組長は?」
「…私の代わりに、北野と警視庁へ…。えらい剣幕で向かったよ…」
「やばいじゃないですか!! 警視庁まで30分として…警視庁から
 道先生のとこまで50分…」
「まさちん、何を計算しているんだよ」
「あっ、その…。やばいですよ…」
「あぁ、真北の奴が、カンカンだろうな…」

山中は、異様に落ち着いていた。しかし、まさちんは、気が気でない様子。
効き目は、残り1時間12分……。

「まさちん…純一は?」

山中は静かに尋ねる。

「すみません。純一は、自分の意志で、荒木の元へ…」
「そうか…。ま、組長奪還は、成功だから、いいか」
「それよりも、あの騒ぎ…この後のことは、考えておられるのですか?」
「……いいや」
「山中さん!」

山中は、ゆっくりとまさちんを見上げた。

「なるように…なるやろ」
「…ったく…」

まさちんは、頭を掻く。

「まさちん」
「はい?」
「組長の容態は? 何か無茶してなかったか?」
「…拷問を受けていたようです」
「拷問…?」
「組長の傷を診た、道先生の見解です。組長も、純一も何も言いませんでした」
「傷…? …まさか、また?」
「それは、ありません。サンドバックのように、上からトゲのある鎖で吊されて
 かなり殴打されたようです。肋骨が折れて、肺を傷つけ…そして、
 内臓も破裂寸前だとか…」

その言葉を聞いた途端、山中の表情が一変した。

「だったら、なぜ、ここに来た!! 寝ておかないと駄目だろうが!」
「…組長ですよ。あの銃器類を観たら、無理にでも、動いてしまいますよ」
「それでも、抑制するなり、麻酔かけるなり、動かないようにするのが…」
「できると思いますか? 抑制したとしても、暴れてしまいます。そして、
 更に傷が悪化してしまいます。あなたも、御存知でしょう!」

山中は、言葉を飲む。そして、目を瞑った。

「あぁ。よく知ってるよ。その件は、組長が戻ってからだ…」

山中は、ゆっくりとまさちんに歩み寄り、いきなり、腹部を殴りつけた。

「!!!! なんですか! いきなり!!」
「まさちん…お前は、組長の何だ?」
「俺は…。ボディーガードです。側近でもあり、代行でもあります。
 そして、組長の心の支えに…」
「なのに、組長は、単独で何をしている? ぺんこうの時もそうだ。
 そして、水木の件もだ。その後に起こった同窓会での事件もそうだな。
 これら、すべて、ぺんこうが絡んでいるがなぁ。その間、まさちん、
 お前は、何をしていた?」

山中は、まさちんを睨み付けていた。

「水木の件は、私に落ち度があります。組長の行動に気が付きませんでした。
 同窓会の時は、ぺんこうに、任せっきりにしておりました」
「お前…あのぺんこうをあてにしてるのか?」
「…あてに、しては駄目ですか? ぺんこうは、私よりも組長とつき合いが
 長いんですよ。組長の何もかもを把握している」
「そうだろうな。真北と同じでな。だがな、ぺんこうは、この世界の人間じゃ
 ないだろう。なのに、あてにするのは…どうしたもんかな…」
「…山中さん…一体、何が言いたいんですか?」

まさちんは、静かに尋ねる。

「お前がお嬢様の側にいて、良いのか、悩んでいる」
「えっ?」
「本来なら、お前が無茶してまで、守らなければならないのにな、
 なのに、組長自身が無茶するのは、なぜだ? なぜ、お前にそこまで
 気を遣う?」
「それは、俺にも解りません。いつも申してます。私に気を使うなと…」

山中は、まさちんの胸ぐらを掴みあげる。

「…お前も…優しすぎるんだよ…!!!」

山中は、まさちんを蹴り上げた。

「山中さん!!」

くまはちが、騒ぎに駆けつけ、まさちんの胸ぐらを掴みあげる山中の腕を抱え込む。

「どうされたんですか? あなたらしくない。あなたまで、昔の
 感情に戻られたのですね…」
「あぁ、そうだ。組長は、目に入れても痛くないくらいの存在だよ。
 何事もなく、幸せに過ごして欲しいに決まっているだろ? なのに、
 なぜだよ…。組長は…お嬢様は…どんどん傷ついていく…なぜだ?
 この世界で生きると決めた時からか? まさちん、お前と出会ったからか?
 ぺんこうや、むかいんと暮らすようになったからなのか?」

山中は、くまはちから腕を抜き、壁に拳をぶつける。
山中の部屋の近くには、組員や若い衆が、集まり始めていた。

「…くまはち…お前が、お嬢様を守ると決まった時からか?」
「私の家系上、組長を守ることは、組長がお生まれになる前から決まってます」
「…そうだったな…。…やはり、ちさとさんが…亡くなった…あの日から…
 組長の人生は狂ったのか…。俺が、五代目を継いでいたら、こんなことには
 ならなかったのか? …くまはち、まさちん…どう…思う?」

山中の頬を一筋の涙が伝う。
そんな山中の姿に誰もが、驚いていた。

組長への敵対心…。しかし、ここに居る山中は……組長への優しさが、溢れこぼれている…。

「てめぇら、何観てる!! 去れ!」

山中は、組員達に怒鳴りつける。その声に、反応して、組員達は、素早く去っていった。

「まさちんは、知らないだろうな。…真北とちさとさん、そして、お嬢様
 …この三人が阿山組を離れて、一緒に暮らすことになっていたこと…」
「…ほんとですか? …知りません…。誰も、そのことには、触れませんから…」
「ふっ…そうだろうな」

山中は、壁にもたれかかる。

「真北は刑事。そして、ちさとさんは、お嬢様をこの世界から遠ざけて
 育てていた。そして、ちさとさん自身も、この世界が嫌いだった。…もちろん
 先代もだけどな」
「はい」

くまはちが、言う。

「真北が本来の仕事に復帰できるようにと、先代が考えたことなんだよ。
 しかし…」

ちさとが銃弾に倒れた……。

山中は、敢えて口にしなかった。

「ちさとさんの忘れ形見であるお嬢様を手放すのが惜しくなった先代は、
 真北に頼み込んだんだよ…そして…今がある。それからは、くまはち、
 お前の知っている通りだ」
「そうだったんですか…」

まさちんは、真北とちさとの過去を知って、何も言えなかった。

「…組長の身に、危険が及んだときにと…組長が禁止した銃器類を
 組長に内緒で、使い始めたのは…良くなかったのかな…」
「そうでしょうね。…だけど、出動しなかったら、組長は、無事に
 戻って来れなかったと思います。俺は、これで、良かったと…」

まさちんが呟く。

「組長は…どうして、自分を犠牲にしたがるんだろうな…」

山中が、寂しそうに言う。

「この世に、血の繋がる者が、もう居ないから…。以前、そうおっしゃいました」

まさちんが、応えた。

「…血よりも、強い絆だって…あるのにな…」

悔しさを満面に浮かべる山中。

「えぇ。組長は、まだ、この世界を理解しておられないようです」
「…仕方…ないか…」

常に孤独だと思っているうちは…。

山中は、口を閉ざした。

「うぎゃっ!」

まさちんの携帯電話がポケットで震えていた。
突然震えた電話に驚いたまさちんは、急いで電話を手に取る。

「真北さんだよ…」

まさちんは、嫌々ながらも、電話に出る。

「もしもし」
『やっと出たな…。ったく、お前ら、とんでも無いことをしやがって!!』
「すみません」
『何が遭ったのかは、お前に会ってから、訊くからな。…それよりもな…。
 組長が、警視庁に来たんだけどな…』
「って、真北さん、東京におられたんですか?!」
『今更、何を驚いてるんや。…でな、組長、体調が優れないのか?
 ちょっと一悶着あってな…。泣きながら…気を失ったんだけど…』
「組長、重傷を負ってます。そして、痛み止めを道先生に打ってもらってから、
 行動しております。…痛み止めの効き目は、あと30分ありますが…」
『重傷? 痛み止め…?! その痛み止め…切れてるみたいだよ…。
 で、なんで、重傷を負うことになっているんだ?』

まさちんは、何も応えなかった。

「兎に角、道先生の病院へ御願いします。私もすぐに向かいますから」
『解った。…そこで、全てを訊くからな』

地を這うような低い声の後、電話は切れた。
まさちんは、ため息を付きながら、電源を切り、ポケットへ電話を入れる。

「…真北、カンカンだろ?」
「組長の怪我に気が付いていなかったようです。…怒りを通り越してますね。
 俺、道先生の病院へ行きます」

まさちんは、足を踏み出す。

「まさちん」

山中は、まさちんを呼び止める。

「…頼んだぞ」
「改めて言わないでください」

まさちんは、にやりと笑って、去っていった。
くまはちと山中は、暫くその場に立ちつくしていた。

「山中さんまで、昔の感情に戻っていたとは…」
「組長とぺんこうのことを聞いてな…。腹が立っただけだよ」
「なぜ? それは、解っていたことではありませんか?
「まぁな。ただ…理由がな…」
「そうですね。…でも、形はどうであれ、ぺんこうは、本気ですからね。
 もしかしたら、組長をこの世界から、引っぱり出そうとするかもしれませんよ」
「それでもいいがな…」
「しかし、組長は、先代を上回るほどの頑固ですから、
 新たな世界を築き上げるまでは、この世界から、
 抜け出そうとはしませんよ。…山中さん…、あなたに
 跡を継がせる気もなさそうですからね」
「血で血を争う…か」
「いつから、そうなられたのですか? …昔は違っていたとお伺いしてます」
「…ちさとさんが、亡くなってからかな。…あの時、真北が走らなければ、
 俺が…走っていたよ」

山中は、何かを思いだしているのか、遠くを見つめていた。

「これからも、敵対心を?」

くまはちは、静かに尋ねる。

「…もう、無理だな。俺の心情がばれたみたいだからな」

山中は、フッと笑って、自分の部屋へ戻っていった。くまはちは、一礼して、その場を去っていく。



山中は、部屋にある机の引き出しを開ける。そこには、写真立てが納められていた。
そっと手に取る山中は、優しく微笑んでいた。

幼い真子がはしゃぐような感じでカメラに向かって走ってくる姿、そして、その後ろから、焦ったように真子を追いかけている山中の姿が写っている、ちょっと変わったツーショットの写真。この写真を撮ったのは、ちさとだった。

「覚悟を…決めるか…」

山中は、安心したように呟いた。



その頃、同じように呟く者が居た。

覚悟…しとかな…かなぁ…。

それは、道病院へ向かって車を走らせるまさちんだった。



(2006.6.18 第四部 第四十五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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