任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十八話 心に秘めた想い

ふと目を覚ました真子。
病室には、一人っきり…。
ゆっくりと体を起こし、そして、ベッドから下りた。
窓に歩み寄り、窓を開け、外を眺める。
階下に広がる景色…何処か、観たことがある…。

「そっか…」

真子は呟く。




まさちんは、道病院の玄関先に居た。携帯電話で業務連絡をしている様子。
ため息を付きながら、電話の電源を切り、懐になおした。

「ったく、谷川のやろぉ〜。組長の負担を増やすなよなぁ」

ぶつぶつ文句を言いながら、病院の建物へ入っていった。ふと目をやったところに居る人物に驚く。

「虎石!」
「あっ、まさちんさん」

それは、まだ、歩くことなど許されていないはずの虎石だった。
松葉杖で体を支えながら、ドリンクコーナーでジュースを購入した様子。側には、竜見が立っていた。
まさちんに気が付き、一礼する。

「組長の様子は…?」
「かなり良くなったよ。ありがとな。…くまはちは?」
「本部に戻った後、大阪へ」
「ったく、俺に任せっきりかよぉ。…まぁ、ええけどな。
 どうや? 退院は、まだ先やろ」
「それ程、ひどくはありませんから」
「組長から聞いたよ。助けてくれたんだってな。…ありがとう。感謝してるよ」
「まさちんさん、そんなこと…言わないで下さい。当たり前のことですから。
 それに、それが、俺の仕事ですよ」

まさちんは、ため息を付きながら、虎石の頭を撫でる。

「だけど、無茶はすんなよ」
「はい。肝に銘じております」

虎石は、照れたように応えた。

「こいつ、兄貴に思いっきり怒られたんですよ」
「竜見!」
「まぁ、それが、くまはちだったら、組長に思いっきり怒られてるやろな」
「そうですね。兄貴、あれでも、組長に、頭上がりませんから」

まさちんたちは、笑っていた。


大阪で仕事をしているくまはちは、大きなくしゃみをする……。


「…和やかやなぁ〜」

笑い合う三人に、声を掛ける人物…。

「ま、真北さん!!」

それは、少し怒った表情をしている真北だった。
まさちん、虎石、竜見は、同時に声を挙げる。

「…組長の様子はどうや?」
「かなり良くなりました」
「そうだよな…能力使えば…すぐに治るやろ」
「真北さん…」
「誰に、使った? …その場にお前、おったんやろ? なんで停めなかった?」
「…純一が、荒木をかばって、胸を撃たれてしまい…。一瞬の出来事で…
 停めること、できませんでした」
「…そういうことか。虎石」
「はい!」
「お前なぁ、まだ、動き回ったらあかんやろが。…橋より、道先生の方が
 怖いで。…さっさと病室に戻った方が、ようないかあ?」
「そ、そうなんですか!? すぐ戻ります」

虎石は、歩き出す。

「虎石」
「はい!」

虎石は振り返った。

「ありがとな。感謝してるよ」

真北は、優しく微笑んでいた。
虎石は、何も言えず、一礼して、竜見とその場を去っていった。

「ふぅ〜。で、お前は何をしてた?」

真北は、まさちんを睨む。

「いつもの業務連絡ですよ。谷川のこと、聞きましたよ」
「あぁ。ミナミ…厄介な状態になってるらしいな」
「くまはち、連絡を受けて、一足先に大阪へ向かったんでしょうね。
 組長が、大阪に戻る前に、元に戻しておかないと…」
「その前に、やることが…ある。組長に…訊かないとな。…能力のこと」
「あっ……」

真北は、ゆっくりと歩き出した。まさちんは、真北の後を追う。そして……。



真子の病室。
まさちんは、ノックをして、入っていった。

「失礼します。…組長、歩いても大丈夫なのですか?」
「うん。すっかり治ったみたい。…傷の方ね…。体力はまだ、
 回復してないんだけど…歩くくらいはできるよ。道先生の病院から
 見えるこの景気って、橋先生の病院と同じ感じだね。見ていて和む」

真子は、うっとりとした表情で外を見つめ、そして、まさちんに振り返った。
その表情は笑顔だった。

「今回の事件で、組員は…」

まさちんは、組員の気持ちを代表して、真子に伝えようと口を開く。

「…みんなに心配かけて、ほんと、悪かった。ごめん…。特に、まさちん…」

真子は、まさちんの言葉を遮るように言う。

「…こんな無茶なことは、もう、しないでください。私、寿命が縮みます」
「…反省してます……」

真子は、本当に反省している様子。少し落ち込んだ表情をしていた。そんな真子の頭を優しく撫で、微笑むまさちんは、恐縮そうに言う。

「それと、真北さんが……」

まさちんの言葉と同時に真北が病室に入ってきた。

「……組長……」

真北が怒りを抑えていることは、目に見えて解った。
真子は、すっかり忘れていた。
自分の能力は、あの時に失われたと、真北に嘘をついていたことを…。

「まさちん、…席を外してくれるか?」

真北は、静かに言った。まさちんは、ゆっくりと頭を下げて病室を出ていく。
まさちんが出て行ってから、しばらくの間、沈黙が続く病室内。なんとなく、異様な空気が漂っていた。
それは、怒りを抑えている真北が作っていた。
二人は、ただ、見つめ合っているだけだった。



廊下で、なかなか話が始まらない病室の様子を伺っているまさちんは、動機が激しくなっていた…。

まさか、真北さん……刑事として…?

まさちんが、そう思った時、声が聞こえてきた。



「なぜ…ですか?」

真北が静かに言う。

「…心配掛けたく無かった…」

真子が、静かに応えた。

「…結果的には、心配を掛けられたんですよ…。どうして、
 どうして、隠していたんですか! 私は、あの時、組長の能力は
 すっかり消えたものだと思っていたのに…能力のことで
 私がどれだけ心配しているのか、ご存じのはずです!!!」

真北の口調は、だんだん荒くなっていく。
廊下に居るまさちんにも、それは、解った。唇を噛みしめ、何かを堪えるような表情をするまさちん。
病室内の話は、続いている…。

「…本当は、使うつもりは無かった…。あの時に能力は消えたと
 私自身にも言い聞かせていた。だけど、消えていないことくらい、
 自分の体だもんわかっていたよ…。でも、自分の命を守るために、
 みんなが傷ついていく姿を見れば、使わずにいられなかったんだよ…」

真子の言葉に、まさちんは、心が痛かった。

「能力のことを真北さんにうち明けれなかった…打ち明けたかったよ…。
 でも、橋先生と真北さんが、能力が消えたことですごく安心した顔を見て
 …言い出せなかったの。あの時の、真北さんの顔を見て…」
「それでも、打ち明けてくだされば……」
「打ち明けても、打ち明けなくても、今回の事件は絶対に起こったことだよ…」
「私は、今回の事件のことは心配していないんです。この世界で生きていれば、
 いつかは起こりうる事ですから。だけど……組長、組長がその能力を使うと、
 どれだけ、体力が劣るのか、わかっているでしょう! …使い続けるなんて
 …それは組長の命を削るのと同じ事なんですよ!!」

真北の悲痛な叫び声。
まさちんは、自分自身も何か、痛みを感じていた。

真北さんの気持ちが…手に取るように解る…。

「私は、…組長のことは、…本当の娘のように思えて仕方がないんです。
 親が子を心配して、何が悪いんですか? 組長、組長だから、親の気持ち
 ……理解されているでしょう?」
「…わかる…わかるよ、真北さん。だけどね、その親に心配かけたくない
 子の気持ちも…解って欲しい。真北さんは、私のことになると、
 我を忘れてしまうって、橋先生から聞いたの…。だから…、橋先生に
 能力のこと、相談したの…。真北さんのことだから…って……」
「……だけど、結果は、どうだったんですか?」
「そ、それは…」

真子は、俯き、そして、静かに言う。

「だけど、わたしは、もう大人だよ? 一人で考えて、一人で行動してもいいじゃない…」
「真子ちゃん……」
「真北さんの特殊な任務のこと、理解している。そんな真北さんの為に
 色々と手を貸してきた。そして、今がある。私が生きているこんな世界にも、
 命の大切さを理解してくれる親分さんもたくさん居ることが解った。
 …あの荒木でさえ、理解していた」

真子は、目を瞑る。

「だけど、この世界には、この世界の闇がある…。まさか、組長の私に黙ってまで、
 私が禁止していた銃器類を隠し持っていたなんて……。そんな組員の心も解った。
 …それは、私の為だった…。私だって、みんなに色々、黙っていたこと、悪いと
 思っている。だけど、それは真北さんの事を考えて…」
「……全然考えていませんよ」


真北の呟きは、廊下のまさちんに聞こえていた。
まさちんは、拳を握りしめる。

真北さん、組長の気持ちを……。

まさちんの握りしめる拳が震え始めた、その時だった。
病室から、真北の笑い声が聞こえてきた。
まさちんは、慌てて病室のドアを開け、入っていった。

真北は、大笑いしている。そんな真北を見つめる真子は、目を見開いて驚いていた。

「……おあいこですよ!! あっはっはっは!」

真北は、お腹を抱えて笑っている。

「ま、真北…さん??? どうされました??」

まさちんは、真北の笑い転げる姿を見て、立ちつくしていた。

「組長、まさちん、なんて顔をしてるだよ!私が、気が触れたとでも思ってるだろ?
 大丈夫ですよ! 私は、正気です!!っはっは!」
「真北さん…何が、そんなに……」
「はぁっはっは…は……」

真北の笑いが納まった。そして、真剣な眼差しで真子に応えた。

「ですから、おあいこだと言ったでしょ」
「あいこ…って??」

真北の言う、『おあいこ』の意味に、首を傾げる真子。
そんな真子を見つめながら、優しい眼差しで真北は話を続けた。

「…知っていましたよ、能力のこと。理子ちゃんの事件の後、直ぐに解りました。
 それに、あれくらいで無くなってしまうようなものではないことくらい…。
 …ただ、組長が、いつ打ち明けてくれるのかを待っていただけなんですよ。
 私にばれたことでまさちんを抑制して逃げるということは、
 かなり反省していることだとわかっていましたから」
「ま、真北さん!! 酷い! ひどいぃ〜っ!! ばれていたんだったら、
 なんで、なんで!!!」
「黙っていて欲しそうだったから。あれ程、隠し事はなしですよぉって
 申していたのに、それでも、打ち明けて下さらない…。だけど、なぜ
 黙っていたいのかは、私、解らなかったんです」

真北は、微笑む。

「……今、それが解りました。私の為に…」
「真北さん…ひどい…よ……」

真子は、泣き出してしまった。

「あっ…」

真北は、気まずい顔をする。

「組長!」

まさちんは、泣き出した真子に近づき、抱きしめる。
真子は、まさちんの胸に顔を埋めて泣きじゃくっていた。

「あぁ〜やっとこれで、あの時の憂さが晴らせた!」

あっけらかんと言う真北の言葉に、怒りを覚えるまさちんは、

「真北さん、どういうことですか!!」

真北に怒鳴りつけた。

「そう怒鳴るなよ、まさちん。俺は、いつか、こう、組長を騙したいと
 思っていたんだから。ほら、あの時だよ。俺が、俺の仕事を組長に
 打ち明けた時にさ……。あの時、組長は、こうして、俺に言ったんだよ。
 『おあいこね』って。…俺、悔しくて悔しくて…。それで、昨日、
 このチャンスを逃すことはないと思ってだなあ」

真北は、にやにやと悪戯っ子のように笑っている。

「…真北さんって、やっぱり根に持つタイプだったんだ…」

真子が呟くように言った。

「やっぱりって…?」
「橋先生が、あの頃、言っていたもん。
 『真北を騙したなんて、真子ちゃんも大物だなぁ。
  これは、根に持っているぞぉ〜』
 ってね。真北さんの特殊任務の事を聞いた時期に。
 …やっぱし、親友って怖いね…まさちん」
「……それより、私は、組長の方が怖いです…」
「そう?」

まさちんは、頷いた。そんな二人を見た真北は、またまた笑ってしまった。それにつられたのか、真子とまさちんも笑い出した。異様な雰囲気だった病室は、あったかい雰囲気に包まれていく……。





道の事務室。

「やっと晴らしたんか」

橋は、呆れたように、真北に言う。

「当たり前やろ。俺が悔しかったん、解るやろ」
「解るけどなぁ、何も真子ちゃんにすることないやろ」
「いいんだよ。俺と真子ちゃんの仲や」

真北は、少しふくれっ面になる。

「まぁ、これで一件落着やな。真子ちゃんもすっきりしとったで」
「傷は?」
「完治。体力の回復が観られたら、退院ですよ」

道が、カルテに何かを書き込みながら、真北に言う。

「だけど、真北さん。私の腕、信用なりませんか?」
「道先生は、脳神経外科でしょう? そちらの方が、精神的にも、色々と
 細かいことに気を使わないといけないと思いまして…。こういうことは
 橋に任せておこうと思ったんですよ。…脳神経の方なら、全てお任せ
 致しますよ。…こいつ、皆無といっていいほど、できませんからね」
「言うたなぁ〜、真北ぁ〜。てめぇなぁ〜」
「それより、大阪に戻らんでええんか? 長いこと留守にしとったら、
 ミナミみたいな状況にならへんか?」
「二時間おきに連絡しとるわい。今のところ大丈夫や。平野がおるしな」
「そうだ。橋ぃ〜。平野くんやけど、また、二年ほど貸してくれぇ」
「あかん。あれは、俺の腕や。やれん」
「そう言わないでさぁ」

外科医と脳神経外科医の睨み合い…。

「あっ、そや」

橋は、何かひらめく。

「原田…どうや?」
「原田くん?」
「あかん。それは、俺が許さない!!」

真北が横やりを入れる。

「なんでや、ええやろぉ。あの腕、眠らせとくのもったいない!」
「あかん!! 原田は、真子ちゃんのものや!!!」
「ほな、真子ちゃんに頼むぅ!」
「やめれぇ〜!!」
「原田くれぇ〜」

何やら、もめ合う男達…。
話が逸れてます…。





道病院にある庭。
この庭も、橋総合病院と同じように、広く、そして、素敵な庭…心が和む程だった。入院患者や、見舞いに来た人々、白衣を着た人などに紛れるように歩く父と娘…。
それは、真北と真子だった。

「素敵な庭だね」
「橋んとこと同じですよ。…似たもの同士が考えることは、似ているって
 ことですよ」
「私と真北さんも…だね」

真子は、真北ににっこりと微笑む。
真北もそれに応えるように微笑み、真子の頭を撫でる。

「また撫でるぅ」
「何度でも撫でてしまいますよ。やっと理解して下さった…」
「ごめんなさい。…そんなつもり…なかったんだけどね」
「これからは、もっと頼りにしてください。人は一人で生きてはいけませんから」
「…真北さんもだよ。自分で、なんでもしょいこまないでね」
「頼りにしますよ」
「うん」
「疲れませんか?」
「ちょっと疲れた」

真北は、真子の手を引っ張って、ベンチに連れていった。
二人は、仲良く並んで座る。
真子は、真北にぴったりと引っ付くように座り直す。真北は、真子の行動に少し戸惑うが、真子の背中にそっと手を回す。

「…残念でしたね」

真北が静かに言う。

「うん。…でも、荒木も命の大切さ…理解していたよ」
「長年生きてきた世界ですからね。急に変えるなんてこと、荒木には無理でしょう。
 私が、まだ、慶造と知り合う前も、そうでしたよ。千本松組はね」
「そうだったんだ…。…私…無茶なこと…してるのかな…」

真子は、しゅんとする。

「そんなことありませんよ。他の親分だって、理解して、実行しようと
 してますからね。…組長が、こっそりと無茶をしてまで、参加した
 例の総会…。組長の意見を直接聞いた親分達、少しずつ変わりましたよ」
「ほんと? …無茶して参加した甲斐があったってことだね?」

真子は、にっこりと真北に微笑むが、『こっそりと抜け出した』ことに対しては、まだ、怒っている様子。
その事に気が付いた真子は、慌てて目を反らす。

「そのことも…ごめんなさい…」
「ほんの数ヶ月に…色々とありすぎましたね。…そのたびに、真子ちゃんは
 成長していく…。私の方が付いていけませんよ」
「付いてきてよぉ」

真北は、真子の言葉に驚き、そして、安心したのか、真子の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「なによぉもぉ」
「何もありませんよ」

真子も反撃に出る。真北の頬を突っつく。
そして、どちらかともなく笑い出した。

「はぁあ。しかし、真北さんに騙されるなんて、悔しいなぁ」
「これでおあいこですからね。もう、騙し合いは御免ですよ」
「はぁい。…ねぇ、真北さん」
「なんですか?」
「退院したら、すぐに大阪に戻らないといけないかなぁ」
「もっとゆっくりなさってくださいね。本部でもゆっくりできるでしょう?」
「そだね。山中さんが、昔に戻っちゃったから」
「まさか、あいつまで、昔の感情に…」

真北は、何かを思いだした様子。

「真北さん?」
「…水木…」
「…そのこと…まだ、怒ってるん?!」
「まぁね」
「ごめんなさい」
「水木…体の方は、良くなったのに、ゲームのことで悔やんでいて…。
 精神的に参ってるんですよ。…あの水木が…ね。…恋に狂うと
 だれでも、変わってしまうんですよね…」
「期間中…。私、断ること…拒むことできたはずなのに…できなかった。
 ぺんこうを襲う…それだけで、動けなかったのじゃないかもしれない」

真子は、膝を抱える。

「…もしかしたら、私の心に…体に、水木さんを求める何かが
 あったのかもしれない…」
「心と体は…別ですからね。水木だけじゃありませんよ。
 組長の周りに居る誰もが、思うことですから。それを堪えるか、
 堪えないか……あっ!!」

またしても、話し相手が真子だということを忘れ、話を続けてしまった。

「…真北さんも?」
「そ、そ、そそ、それは…」
「…お母さんと…真北さん。私とぺんこう。…似たもの同士なんでしょ?」
「ま、ま、真子ちゃんっ!!!!!!」

真北は、真子の発言に驚いて立ち上がる。

「いいんじゃないのぉ」

真子は、あっけらかんと真北に言い放った。

「ったく、一人で解決して…。私はどうすればいいんですかぁ」
「いつもの通りで御願いします」
「…わかりました。…でも、暫くは、水木の話…しないでください」
「油…注いじゃう?」

真北は、頷いた。

「じゃぁ、ぺんこうもかな?」
「そうですね。暫くは、私のことだけを考えてくださいね」
「はぁい。…って、真北さん、忙しくないの?」
「暇になりました」

真北は、すっきりした表情で真子に言う。

「まさか、今回のことで…クビ?!」

真北は、応えずに、ただ、微笑んでいるだけだった。

なんだぁ、いつも以上に忙しくなるんだね…。

真子は、真北の微笑みに応えるかのように、優しく微笑んでいた。

あの頃に…戻りそうだね…。

あの頃。
それは、ちさとが生きていた頃のこと。
和やかな雰囲気の中、二人は、ベンチから立ち上がり、病室へと向かって歩き出した。


一安心…。

どこかで観ているかもしれない、ちさとの声が聞こえた気がした。





阿山組本部。
何やら慌ただしい雰囲気に包まれている…。

「ですからぁ、組長ぅ〜。これらは、私どもにお任せ下さいよぉ。
 組長は、退院したばかりなんですから、もっとゆっくり…」
「たまにはええやろぉ、うちがやってもぉ。…って、なんで、こんなに
 手直しせなあかんねん。手ぇ抜きすぎやでぇ」
「それでも、運営できてますからぁ。調子狂います!!」

嘆き声が聞こえてくる部屋。
そこは、幹部会が開かれる会議室。
そこでは、真子が中心に、何やら深刻な状態…。
いつもなら、幹部達で運営している組関係の仕事。
真子は、退院して、しばらくの間、本部で様子を伺う…だけのはずが、いつの間にか、手を出していた…。

「ったくぅ。山中さぁん、ちゃぁんとしてるん?」
「してます!!」
「だけど、ほっといたら、何を始めるかわからんからなぁ〜」

真子は、ギロリと山中を睨み付ける。山中は、慌てて目を反らした。
真子と山中の話し合いは、エキサイト…。
真子から少し離れたところに座っているまさちんに、幹部が声を掛ける。

「まさちん、大阪じゃ、いつもああなのか?」
「他にすることがない時は、事細かく指示しますよ。これは、まだ、
 序の口です。一言一句、チェック入りますよ」
「それで、よう我慢してるなぁ」
「慣れですよ」
「…なんで、燃えてる?」

別の幹部が、まさちんに耳打ちする。

「大阪に帰ることを、足止めされてまして…」
「ミナミの件でか?」
「えぇ。組長にばれると、それこそ、また…」
「水木に逢うことになる…ということか…。ったく、真北さんは、
 いつまでも親バカなんだなぁ」
「それが、真北さんですからね」

真子の目線が、まさちん達に移る。

「何を話してるんや、まさちん!!」
「何もありませんよ!!!」
「もぉ、次!」

真子が、書類に目を移した時だった。

「あぁ〜っ!!!!!!」
「な、な、なんですかぁ!!!」

真子の雄叫びに驚いた幹部達が、一斉に立ち上がった。

「なによこれぇ!!!!」

真子が叫びながら、見つめる書類。

「やった!! 大成功ぅ!!」

山中がガッツポーズをして、喜んでいた。

「何?!?」

訳が分からない幹部達は、驚いたまま。

「私は、嫌だからね!!」
「駄目ですよ。みんなの意見なんですから」
「嫌いなの、知ってるやんかぁ」
「それにしては、毎回楽しそうにしておられますよ」
「だ、だだ……だって……楽しいもん……」

真子は呟く。

「女将さんも乗り気なんですから。今夜ですよ」
「…はめられたぁ」
「はめてません」
「もぉぉぉ、山中さぁ〜ん」

山中は嬉しそうに微笑んでいる。その微笑みに負けた真子だった。

「解ったよぉ〜もぅ」

山中と真子のやり取りで、把握した幹部達。

やはり、山中は、昔に戻ったな…。

真子が叫ぶ原因となった書類…それは、一枚の紙に大きな文字で書かれていた…。


『今夜は、宴会です』


そして……。


「待ってましたぁ!! 純一ぃ!」

すっかり元気を取り戻した純一が、歌い始めた。
ラブソング。
真子に対しての気持ちを、見事に歌い上げる純一。
当の真子は……気が付かずに、聴き入っているだけだった。
気が付いているのは、まさちんや若い衆…。なぜか、嫉妬しているまさちんだった。




カラオケDONDON。
宴会を終えた若い衆、そして、純一達は、唄い足りないのか、騒ぎ足りないのか、カラオケDONDONでハッスルしていた。もちろん、その中には…。

「それ、私!!」
「待ってましたぁ!!」

真子も居た。真子は、マイクを手に取り、歌い出す。
部屋にいる誰もがうっとりとする。真子は、珍しく熱唱していた。

歌い終わった真子は、若い衆の唄で盛り上がる中、純一と話し込んでいた。

「いつもの組長に戻って、嬉しく思います」
「何を改まってさぁ」
「あの時の姿…。目に焼き付いてしまって…」
「まぁ、しゃぁないことやけどね。これからは、気を付けるよ」
「ほんと…無事でよかったです…」

純一は、感極まって、涙を流しながら、真子の両手をしっかりと握りしめ、真子の膝に顔を埋める。

「じゅ、純一、どしたの?!」

真子の言葉で、カラオケを楽しんでいる若い衆が、純一の行動に気が付いた。

「純一さん!! 駄目ですよ、抜け駆けはぁ!!」

なぜか、騒ぎ出す若い衆。
そんな若い衆に目配せをする真子は、優しく純一を抱きしめ、頭を撫でていた。

そして、夜が明ける…。

空が白々とし始めた頃、阿山組本部の門をカラオケハッスル組の車が数台くぐっていった。玄関に停まる車から降りてくる純一達。若い衆の一人が、急いで玄関を通って、とある部屋に向かっていった。

「まさちんさん、すみません」

まさちんの部屋の前で、静かに言う若い衆。
まさちんが、ゆっくりと部屋から出てくる。

「なんや?」
「組長、車で寝入ってしまいまして…」
「ったくぅ〜」

まさちんは、頭を掻きながら、玄関へと足を運ぶ。そして、車の中で寝入る真子を抱きかかえ、玄関に向きを変えた……。

「山中さん……」

玄関先の騒がしさに気が付いた山中が、いつの間にか、玄関に仁王立ち…。そして、若い衆を睨み付けていた。

「てめぇらぁ〜。あれ程、組長に負担かけるなぁって言っただろぐわぁ!!」

静かに怒る山中。その言葉に、カラオケハッスル組の若い衆は、一斉に頭を下げる。

「すんません!!!」




真子は、部屋で目を覚ます。

「ほへ?!」

時計に目をやる。もうすぐ午後12時を指そうとしている。
それに驚いた真子は、勢い良く起き上がった。

『お目覚めですか?』

まさちんが、ドア越しに声を掛ける。

「うん。今起きた」

まさちんが、真子の部屋に入ってくる。

「山中さん、怒ってますよ。ったく、宴会の後にオールナイトでカラオケなんて。
 私も怒りますよ」
「やっぱし、誘ってほしかった?」
「組長ぅ〜」
「だって、まさちんは、映画の日だと思ったから…」
「まぁ、そうですけどね…。今日は、何もせずに、のんびりとしてて下さい」
「はぁい」

真子は、ふてくされながら、部屋着を手にする。

「あっ、外は、雨ですからね」
「ほんと?!」

真子は、窓の外を見つめる。
どしゃぶり。

「なら、ずっと部屋ん中やねぇ〜。まぁ、音楽でも聴いてのんびりしとく」
「私は、山中さんのお手伝いしてますから。何かありましたら、
 すぐにお呼びくださいませ」
「…まさちん!」
「あっ…!」

気が付くのが遅かった。まさちんの腹部に、真子の蹴りが入っていた…。
まさちんの言葉遣い…。

本部でもあかんのかぁ…。



真子は、クラシックを聴きながら、読書をしていた。
ドアがノックされる。

『失礼します。組長、お飲物をお持ちしました』
「ありがとぉ」

ドアが開き、龍野が入ってきた。そして、真子の前のテーブルに、オレンジジュースをそっと置く。

「みんな、山中さんに怒られたん?」
「いつも以上ですよ。…それにしても、私達、驚きました」
「山中さんの姿に?」
「えぇ。組長に対しては、敵対心が強いと思っておりましたので…」
「私も、そう思ってた。…でも、昔はね、違ったんだよ。…元に戻ったんだ」

真子は、写真立てに目をやる。
それは、ちさとの写真。
龍野も、真子の目につられるように、ちさとの写真を見つめる。

「そっくりなんですね。母親に」
「やっぱり、似てきたんかなぁ」
「そっくりですよ。私、初めてお写真を拝見したとき、間違いましたから」
「…あまり、思い出は少ないんだけどね。母のことをよく知っている者が
 周りにいるから…ね」

龍野は、その写真を置いている棚の下の段に目を移す。

「以前から、気になっておりましたが、…あれは…?」

その段に置かれているちょっと変わった猫の置物。

「あの猫…コードが付いているんですが…」
「あれね、電話だよ。…まだ、繋がってるんかなぁ」
「電話???」
「うん。かなり昔の電話だからね。…当時は珍しかったんだけどなぁ。
 今では、あんな変わった形の電話、多いよね。…えらいピカピカやん。
 いつも磨いてた?」
「はい。大切なものだと思いまして…」
「大切だよ。ありがとう」

その時だった。

ニャーゴニャーゴ。

電話が鳴った。

「く、組長…、呼び出し音って、猫の声ですか?」
「そ、そうだよ…今、まさに、聞こえている通り…。繋がってるんだ…」
「どなたからですか…?」
「ふふふ。これに掛けてくる人物は、たった一人だよ。あの頃の私の
 元気の源!」

真子は、嬉しそうな表情の中に、懐かしむような表情を含みながら、猫電話の受話器を手に取る。
受話器は、猫の腕の部分だった。

「ったくぅ〜。まだ、繋がっているとは思わんかったでぇ〜。それと、
 よう覚えてるねぇ〜、この番号ぅ〜。流石、記憶力も抜群のぺんこうぅ〜」
『私も繋がっているとは思いませんでしたよ。…その後、どうですか?』
「どこまで知ってるん?」
『くまはちに聞いてますよ』
「なら、昨夜のカラオケは、知らんわなぁ」
『それは、まさちんから、聞きましたよ』
「全部かいな」

龍野は、電話をする真子を見つめていた。

自分たちの前で見せる姿より、一段と輝いている。

真子は、龍野に目をやった。そして、にっこりと笑って、部屋を去るように合図をした。
龍野は、一礼して、部屋を出ていった。

「…で、いきなり、どしたんよぉ。これに電話って。何かあった?」
『それは、私の台詞ですよ。全く、あれ程、無茶しないようにと
 申したのに…。帰ってきたら、みっちりと怒らせていただきますよ!!』
「それは、もういいよぉ。真北さんだけで、凝りたぁ」
『ったく』

真子は、その場に、椅子を持ってきて、座る。
電話の向こうのぺんこうは、自宅のリビングで、壁にもたれながら、嬉しそうな表情をして、話し込んでいた。

『…ぺんこう、仕事はぁ!』
「今日は土曜日ですよ。そして、先程、帰ってきたとこです」
『そっちも雨なん?』
「パラパラ程度ですね。季節の変わり目ですから、仕方ありませんよ」
『そっか。そういう時期なんだ。…いろいろあり過ぎて…時期がわからんかった』
「調子はどうですか?」
『バッチグー。そろそろ、そっちに帰りたいなぁ』
「真北さんが許さないんでしょう?」
『うん…。水木さんとのことがあるからね…。…水木さんのこと、聞いてる?』
「精神面でダウンしているというくらいですね。…気に…なりますか?」
『うん…。私が関わってるから…ね』
「私も関わっているんですが…」

ぺんこうの声は暗かった。それに慌てたように反応する真子。

「ぺ、ぺんこう、ごめん…そんなつもり…ないんだけど…」
『あの件は、私の中では、既に解決してますよ。組長は、まだですか?』
「少し、心残り…」
『期間が残っているからって、無茶はしないでくださいね』
「反省してる…」

真子は、言葉を噤み、暫く何も言わなかった。
そして、真子は、静かに話し始める。

「……私ね、私が死んでも哀しむ者がいないって…そう、思ってたの。
 父も母も亡くなって…血が繋がる者…居ないでしょ? だから…」
『組長…』
「だけどね、それは、違っていたんだよね。…この世界で長年生きているのに、
 なんで、今頃気が付いたんだろう。私って、みんなのこと…わかってなかったんだ。
 …みんなには、私のために生きて欲しいって、言っておきながら、私は、
 みんなに心配ばかり掛けていたんだね…」
『…そうですね』
「ぺんこうぅ〜、解っていたんなら、教えてよぉ」
『すみません…』
「だからね、これからは、もう、無茶はしない。そして、みんなのために、
 何が何でも生き抜くから。…だから、これからも、よろしくね!」


ぺんこうは、真子の言葉に、心が震えた。

「組長…改まって言わなくても…。私は、この電話が設置された時から、
 考えは、変わってませんよ。あなたの…心の支えですから。いつでも、
 この胸を貸します」
『うん。ありがと』
「早く帰ってきて下さいね。寂しいですから」
『真北さんを説得してみるねぇ』
「オールナイトのカラオケは、もう、駄目ですよ!!」
『それも反省してまぁす。…あのね、あのね! 昨日、宴会だったんだよ。
 復帰祝いとかでね。こんな時期に宴会なんて、驚いたよぉ。それにね、
 女将さん、益々元気に張り切ってるよぉ。ぺんこうのことも気にしてた。
 もちろん、むかいんのこともだよ。自慢できるってさ』
「そうでしょうね」

真子の嬉しそうな声に、ぺんこうまで嬉しくなっていた。

『でね、でね、木原さん。日本に戻ってきたんだよ』
「テレビ観ましたよ。大阪に戻らずに、東京に降りたんでしょ?そして、
 空港で、同業者にもみくしゃにされてましたね、組長の事で」
『おととい、尋ねて来たんだよ、ここに。それでね、色々と海外の楽しい
 話をしてくれた。…例の、私の能力のことも…。木原さん、調べてくれて
 いたんだよ。新たな文献もくれた』
「元気にしておられましたか?」
『うん。以前よりも、更にね。…それでね…』
「はい」

真子の口は、停まることを知らないのか、次々と話が出てきていた。
そんな真子の話を嬉しそうな表情で聞き入り、返事をするぺんこう。
約1ヶ月ぶりに聴く、真子の声。
声だけで、真子がどんな表情で話しているのか、解るぺんこう。
その目は、少し潤んでいた。

早く、笑顔を観たい……。

ぺんこうの気持ちは、真子に伝わっているのだろうか…?




真子がやっとこさ大阪へ帰る日。

「お気をつけて!!」

玄関にずらりと並ぶ組員達。

「だぁかぁらぁ〜それは、やめなさいって言ってるやんかぁ〜、もぉぉ!!」

真子は、ふくれっ面。
そんな真子を観て、組員たちは、微笑んでいた。

「ほな。次は、年末ね。純一、みんな、また、行こうね!」

真子は、マイクを持つ手をする。
カラオケハッスル組は、嬉しそうに返事をしようとした…その時…。

「ん〜こほん…」

山中は、咳払いをする。

「オールナイトは、駄目ですからね」
「山中さぁん。…そだ、一緒に行く?」
「遠慮します。それと、次からは、組関係の仕事はやめてくださいね。
 こちらでは、のぉんびりとお休みくださいね」

山中は、はきはきと言う。真子は、軽く舌を出した。

「はぁい、そうします!! ほな、またねぇ〜!!」

真子は、手を振りながら、車に乗った。
まさちんが乗り込んだ途端、車は発車した。組員達は、一礼する。
そして、真子は、大阪へ帰っていった。



(2006.6.23 第四部 第四十八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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