任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第四十九話 他に方法は…??

AYビル。
久しぶりのビル。同窓会の後、1ヶ月近く、来なかった。
たった1ヶ月なのに、かなり長いこと来ていない感じがする真子は、
…やっぱり、張り切っていた。
組関係だけでなく、AYAMAも…。
それにつられた須藤達や、駿河達は、いつも以上に疲れている…。


会議室。

「今日も居ないん? 谷川さん」

会議を始めようとした真子が、幹部達に尋ねた。

「あっ、その……」

話を誤魔化す須藤。

「まさか、無茶してへんよね」
「それは、大丈夫かと……」
「そっか。まぁ、いいか。ほな、昨日の続きぃ〜」

真子は、疲れを見せずに、会議を進めていった。…幹部達は、疲れているが……。




真子は、事務室のパソコンを触っていた。

「今日も、収穫ゼロか…。…………ったく」

真子は、パソコンを終了させて、事務室を出ていった。



須藤組組事務所。
真子は、ノックをしてドアを開ける。

「どもぉ〜」
「く、く、くくく組長!!!」
「須藤さん、居る?」
「は、はい。こちらで、お待ちくださいませ」

南が慌てて、奥の部屋へ入っていく。
真子は、ドアの側にあるソファに腰を掛け、事務所内を見渡していた。
暫くして、南が、真子に近づいてくる。

「こちらへ」

南は、真子を応接室へ案内した。
そこには、須藤がソファに座っていた。

「忙しかった?」
「いいえ。…急に、どうされたんですか?」
「…その…須藤さんに御願いするのも、悪いかなぁって思ったんだけどね、
 …私、逢うな…って言われてるから…」

真子は、俯き加減に言った。

「…水木の…ことですか?」

須藤の言葉に、真子は、ゆっくりと頷いた。

「私より、水木さんとの付き合い長いでしょ? 水木さん…精神的に
 参っていると聞いたの…。…私が……」

真子は、何故か、それ以上言えなかった。

「組長、それ以上、何もおっしゃらないでください。…あいつのことは、
 なんとか、してみますよ。…組長よりも、付き合い長いですからね。
 …組長?」

真子は、少し震えていた。須藤の声に、我に返ったのか、真子は、顔を上げる。

「は、はい??」
「…無理なさってませんか?」
「あっ……大丈夫だよ…。ありがと」

真子は、微笑む。しかし、その微笑みで須藤は、真子の気持ちを察した。

「大阪に戻ってから、がむしゃらに仕事をなさる訳は…それですね?」
「す、須藤さん…」
「そうやって、ご自分に負担ばかり掛けるは、よくないと…以前から
 言われておりませんでしたか? ったく…。私が一平に怒られますよ」

須藤が言った途端、真子は、突然、膝を抱えて泣き出した。
須藤は、真子の隣に座り直し、優しく抱き寄せる。

「ミナミのことは、谷川だけでなく、くまはちも協力してますよ。
 組長には、内緒で…って、真北さんからですけどね」
「…だと…思った…」
「だけど、谷川では、無理なんですよ。…奴らは、水木だからこそ、
 抑えられていたんですから。…確かに、水木組の謹慎は、関西の
 わしらには、痛手ですよ。でも、水木のしたことは、それだけでは、
 あまりにも軽すぎます。…この世界では、指詰め…腹切り…それが
 落とし前ですよ。…組長は、御存知でしょう?」

真子は、須藤の胸に顔を埋め、須藤の服を掴んでいた。その手は、震えている。

「まさちん、いつまで、隠れてるつもりや。俺では、無理やで」

まさちんが、応接室の奥にある組長室から出てきた。どうやら、ここで、くつろいでいた様子。

「組長、あれ程、申したでしょう? 苦しみは、私にも分けて下さいと」

まさちんは、須藤と反対側の真子の隣に座り、真子の頭を撫で始める。しかし、真子は、須藤から離れようとしなかった。

「あ、あの…組長?」

真子は、ゆっくりと振り返る。
その目は、怒りを露わにしていた…。

「す、吸ってました。すみません」

真子の目で、真子が言いたいことをすぐに察するまさちんは、真子が怒る前に謝っていた。

「だけど、組長。組長は、ミナミのことは、気になさらず、
 組長の好きなことをなさってください」
「嫌だ。…阿山組を仕切っているのは、誰だよ」
「阿山真子…あなたです」
「だったら、気にすること…当たり前だろ」
「はい。…しかし、組長が無理をしてまで、なさらなくても…」

まさちんは、真子の肩に手を掛けて、須藤から引き離し、そして、自分の方に顔を向けさせた。
真子は、唇を噛みしめて、何かを我慢している。

「ったく…。組長が、不安な時は、周りも不安になるんですよ。何かを
 我慢している時は、とても、気になります。それと同じように、
 組長が、笑顔なら…私達も笑顔になるんです…心が和むんです。
 組長は、私達に、影響を与えるんですよ。だから…。そうやって、
 お一人で、悩むのは、…もう、やめてください」
「まさちん…」
「約束…してください…。お一人では、悩まない…行動しない…」

まさちんは、小指を真子の前に差しだした。

「それと、組長が無茶をする為の命令は…私達は、聞きませんから」

まさちんは、強引に、真子の小指に自分の小指を絡め、約束をする。
そして、真子を自分の胸に抱きしめ、何度か頭を撫でた後、応接室を出ていった。
真子は、一点を見つめたまま…。
須藤は、まさちんの突然の行動に、驚いていた。

残していくなよぉ〜。

須藤は、小指を立てたままの真子を見つめるが、何も言えなかった。
真子の手が、ゆっくりと膝の上に落ちる。

「…須藤さん…」
「はい」
「御願いします…水木さんのこと……御願いします……」

真子は、須藤に振り返り、頭を下げる。

「組長…なぜ、そこまで……」
「御願いします……」

私が、みんなを…狂わせてしまった……。

真子は、自分を責めていた。
須藤は、真子の気持ちが解っていた。
自分を責めている。

「気が済むまで…泣いていいですよ。ここだと、大丈夫ですから。
 誰にも、ばれません。そして、私は、誰にも言いませんから…。
 私も組長のお役に立ちたいですからね」

須藤は、頭を下げる真子の手を取り、力強く握りしめた。

「ありがとう…」

真子は、呟いた。
須藤の手の上に、真子の涙がボタボタと落ちていた。
優しい眼差しで、真子を見つめる須藤。
その眼差しは、父親のようだった。






橋総合病院。
水木が入院している病室。西田が、水木の世話をしていた。

「兄貴、ちょっと、外へ行って来ますが…何か用事は?」
「……ないよ」

ベッドに寝転んだまま、静かに応える水木。西田は、一礼して、病室を出ていった。
水木は、壁の方へ寝返りを打り、布団をひっかぶった。



西田は、少し項垂れた感じで廊下を歩いていた。玄関までやって来た時だった。

「…須藤親分…」
「よぉ、西田。調子はどうや?」

須藤とよしのが、橋総合病院へやって来た。
西田を観た途端、明るく声を掛けたが、返事は暗かった。

「まだ、あかんか」
「えぇ。ご心配お掛けしております…」
「怪我は、もう、ええねんやろ?」
「はい。お陰様で…しかし…」
「精神的に…か。…まぁ、しゃぁないやろな」

西田は、項垂れてしまう。

「俺に、もっと勇気があれば…」

須藤は、そんな西田の頭を優しく撫でる。

「しゃぁないって。お前は、まさちんのように、不真面目ちゃうんやから。
 で、どこ行くんや?」
「事務所へ戻ります」
「そうか。…ちゃんと休んどるか?」
「はい。その辺りは、兄貴が、気にしておりますから」
「ったく、あいつは、人のことは気にして、自分は気にせんのやなぁ。
 誰かとよう似とるなぁ。ほな、気ぃつけや」
「ありがとうございます。失礼します」

西田は、深々と頭を下げて、去っていった。須藤は、西田を見送った後、よしのと病院へ入っていった。




『水木』

ドアをノックして、病室へ入っていく須藤。よしのは、病室の外で、待機していた。
人の気配にも気が付かない水木は、布団に潜ったままだった。
須藤は、布団を勢い良くめくる。

「おーい、生きとるかぁ?」

水木は、その声に反応して、ゆっくりと振り返った。
やつれていた。

「…なんやぁ、須藤…」
「えらい、滅入っとるなぁ。初めて見るぞ、その姿」
「…だから…なんだよ…」

言い返す言葉にも力がない…。

「まだ、怪我は治ってへんのか?」
「…さぁな…」

水木は、ゆっくりと起き上がる。

「で、何のようや?」
「お前が、のんきにしてる間にな、ミナミで、再び奴らが暴れとるぞ」
「知っている…」
「なら、なんで…?」
「謹慎中やろ…」
「…その謹慎中とやらに、お前は何をしとったんや。…組長が刺された事件の
 裏を調べるように、言ったんやろが。なんでや?」
「それは、ミナミでの事件やからな…」
「だったら、今は?」
「……」

水木は、何も言わなかった。
須藤は、そんな水木の態度に腹を立てたのか、突然、胸ぐらを掴みあげた。

「てめぇは、組長の命が関わらないと…動かへんのか?あ?」

水木は、全く抵抗しない。

「お前なぁ、ミナミは、お前の管轄やろが」

水木は、その言葉で何かに反応し、須藤を睨み付ける。

「なんや? やる気か?」

須藤は、水木の目に反応する。その途端、水木の胸ぐらを掴みあげる腕を握りしめた。

「…何が…わかる…? 俺の何が解るんだよ!!」
「…水木…」

須藤は、水木に腕を掴まれたことで、水木の何かに気が付く。

「…入らないんだよ…力が…な。鍛えても無理やろな…」
「時間がかかるんちゃうんか?」
「…俺への仕返しやろな…橋先生の…」
「それは、ないやろ」
「固定してもらえんかったんや」
「それでも…筋肉は…。まさか、神経か?」
「感覚はある」

水木は、息を吐きながら、頭を抱え込む。

「…怖いんや…。俺が、回復した後の…行動を考えるとな…」
「お前らしないな」
「…お前にも…観てもらいたいな…組長の…五代目の…あの姿…」

……逃げるな、水木!!!………

「噂は聞いている。お前が仕掛けたゲームなのに、お前自身が恐れた事。
 そんなに、怖かったのか? …お前が得意とするものなのにな」
「…俺……どうすれば、いいんだよ」

水木は、呟くように言った。

「水木…どうした?」
「俺が、五代目にしたことは、消せない…消したくても…できないだろ…。
 あの日から、五代目は、俺に何も言ってこない…。それが、かえって怖い…」
「それは、真北さんが停めている。お前と会わせることを、嫌がってる」
「……そうだよな…。だけど…五代目の姿を見るまで、俺は…」
「……泣いてるよ」
「えっ?」
「未だに泣いてる。おとといも、泣いていた。昨日も泣き崩れたとな…。
 まさちんに聞いたよ」

須藤は、水木の隣に腰を掛けた。

「組長…未だに、気にしているよ。お前まで、狂わせてしもた…って…。
 お前が、あんな行動に出てしまった事に対して、悔やんでるそうや」

須藤は、水木に目をやる。

「水木…お前、俺に言うたこと、忘れたんか? 組長の為に、
 何をするって言うた? 組長の笑顔を失わなんように…って言うたよな。
 …笑顔…失いかけとるで」
「…覚悟は出来ている。償う方法もな。だけどな…それは、五代目に逢わないと
 できへんのや…」

水木は、拳を握りしめた。

「でも、俺…五代目に逢う、勇気が…ない…合わせる顔が…ない…」

水木は、枕の下から何かを手にした。

「水木…それは、組長…反対すんぞ」
「ええんや…俺には、これしか思いつかんのや…」

水木が手にしたもの…それは、ドス…。
封印は既に、切られていた。

「…五代目が、俺の前に来たとき…それは、俺の最期や…。
 須藤……世話になったな」
「水木……。解ったよ…もう、何も言わん。…ほなな」

須藤は、水木の肩を叩いて、病室を出ていった。

「ありがとな…」

水木は、須藤が去っていった方向を見つめ、静かに言った。


廊下では、この様子をよしのに見つからない場所で、橋が伺っていた。
ドアを開けたまま、須藤が去った後、ドアのところで、水木の様子を見つめていた。
橋の気配に気が付かないほど、水木は、ベッドに腰を掛けたまま、ドスを片手に、項垂れていた。
橋は、軽くため息を付いて、頭を掻きながら、そっと去っていった。





「無理でした…。すみません」

AYビルに戻った須藤は、真子の事務室へ顔を出し、水木の様子を報告していた。
真子の表情が曇ったことは、言うまでもない。
須藤は、真子の表情を観て、水木の覚悟のことは、言わなかった。

「しゃぁないかぁ…やっぱり、私が…」
「組長、それは…」

まさちんが、真子の言葉を遮るように言う。

「いつまでも、気にしてたら、前に進まへんやろ。勇気を出して、
 一歩…踏み出さないと…。…水木さんが、ボロボロになってしまうよ…」

真子は、項垂れた。

「この件に関しては、真北さんに相談しましょう」

まさちんが、優しく言う。

「関わった者、みんなに相談…かな」
「では、今夜、真北さんとぺんこうを交えて…ということで」
「うん…そうする。…須藤さん。ありがとう。あとは、私が…」
「お役に立てなくて…申し訳ございません。…組長、無理だけはしないで下さい」
「はい」

真子は、須藤に微笑む。須藤は、その笑みを観て、少し安心したのか、笑顔で応えて、真子の事務室を出ていった。

「…困ったな…。その後、ミナミは?」
「変わらず…ですね」
「谷川さんも、くまはちも、無茶してへんかったらええんやけど…」
「大丈夫ですよ。輝いてますから」

まさちんは、真子に微笑んでいた。

「…解った。そっちは、任せとく。……」

真子は、俯き加減になり、何かを考え始める。その間、まさちんは、じっと真子を見つめていた。

「……帰る」

真子は、そう言って立ち上がり、帰る用意を始めた。まさちんも、真子に合わせるように、急いで片づけ始める。

「行くよぉ」

真子は、あたふたするまさちんをほったらかしにして、事務室を出ていった。

「お待ち下さいぃ〜」

まさちんの声が、こだまする。




真子は、一人でエレベータに乗り込む。
壁にもたれ、俯き加減で何かを考えていた。



「………お一人でぇ……」

少し遅れて事務所を出てきたまさちんは、エレベータの数字が減っていくのを見つめて、呟いた。



まさちんは、急いで一階へ下りてきた。そして、真子の姿を探すように辺りを見渡す。
いつもの如く……。

「ふぎゃん!! ほな、またねぇ〜!!」
「気を付けてねぇ。あさってだったっけ?」
「そだよぉ。明日は、検診だから」
「はぁい!」

受付嬢・ひとみが、元気良く返事をする。
…もちろん、真子は、まさちんに襟首を掴まれて……。



地下駐車場・まさちんの車の前。
まさちんは、やっと真子から手を離した。真子は、服を整え車のドアを開けた。

「まだ、誰も帰ってないよね」
「そうですね。でも、ぺんこうは、早いでしょう」
「うん」

真子は、少し微笑んで、車に乗り込んだ。まさちんは、真子が座ったのを確認してから、車に乗り込み、エンジンを掛け、駐車場を出ていった。





夜八時・真子の自宅。
玄関の鍵が開く音が聞こえた。そして、ドアを開けて、ぺんこうが帰ってきた。
真子が二階を走り、階段を下りてきた。

「お帰りぃ〜」

真子は、階段の三段目辺りから、ぺんこうを迎えた。

「ただ今帰りました」

ぺんこうは、真子の姿を見た途端、荷物を床に置いて、両手を広げ、真子を受け止める格好をした。真子は、ぺんこうの腕に飛び込むようにジャンプした。
………が、

「!!!!! ……あのなぁ〜」
「…あのなぁ〜は、俺の台詞や。ここ数日、続くんやなぁ〜」
「…まさちぃ〜ん、何もタイミング良く受け止めなくても……」

真子がジャンプした途端、素早くリビングから飛び出したまさちんが、ぺんこうの胸に受け止められる寸前の真子を抱きかかえていた。
ぺんこうは、ふくれっ面で、まさちんを睨んでいる。
まさちんは、こめかみをピクピクさせながら、ぺんこうを睨み付けている。
真子は、まさちんの腕の中で…もがいていた。
三すくみ……???



リビングには、真子とその向かいにぺんこうが座っていた。
まさちんは、何故か気を利かせて席を外していた。
真子が、ゆっくりと飲み物に手を伸ばし、飲み始める。

「ご飯食べてきたんだね」
「えぇ。野崎たちが、学校に尋ねて来たんですよ。組長のことを心配して…」
「…そっか。あの日以来、連絡してなかったね。…理子には、悪いことしたかな?」
「そのようですよ。それに加えて、荒木とのこともありましたから、
 理子ちゃん、落ち込み激しかったですよ」
「…連絡しとこぉ…って気分じゃないんだよなぁ〜」

真子は、ソファにもたれかかる。

「それでですね、組長」
「…ん??」
「同窓会、やり直しましょうということになってますよ」
「やり直し?」
「えぇ。なんとなく、後味悪いですからね。…それで、十月の第三日曜日に…」
「って、まぁた、私に相談なしで、決めてるぅ〜」
「予定は、入っていないはずですよ」
「なんで、わかるかな」
「二人の仲ですよ」

ぺんこうは、にっこりと微笑む。真子は、それに応えるように、微笑み、

「場所は?」

と尋ねた。

「徳田たちが、気にしてましてね…。一番安全な場所ということで…。
 理子ちゃんの推薦が効いてますが…」
「……むかいんとこ?」
「はい。で、まさちんとくまはちも一緒ということで決まりました」
「えぇ〜。同窓会に二人付いてくるん〜」
「仕方ありませんよ」
「…そだね。…うん。ありがと! …楽しみぃ〜。目一杯、騒ぐぞぉ。
 あっ、予約しとかな、むかいん怒るよ…って…」
「予約済です」
「…はや……」

真子は、スケジュール帳を広げ、同窓会のことを書き込み始めた。

「ところで、お話は?」

ぺんこうの言葉に、真子は手を止める。そして、ぺんこうを見つめ、

「水木さんの…ことなんだけど…」

静かに口を開いた。

「まだ、退院できないとか…それも、精神面で…」
「うん。…私のせい…」
「…組長!」
「だからね、私が、一歩踏み出さないと、駄目でしょ?」

ぺんこうを見つめる真子の目は、力強かった。
ほんの数日前までは、気弱な感じがしていた真子。
そんな真子に少しでも力を分けたいと思うあまり、真子を観るたびに、抱きしめていた。

「そうですね。一歩踏み出さないと、先に進めませんから。
 …いつでも、いつまでも、応援してますよ」

真子の心に、ぺんこうの言葉が響いていた。

「…たまには、一緒に歩いてよね」
「たまには…ですよ」
「今回は、いいからね」
「どうしてですか?」
「組関係だもん」
「…解りました…がぁ…、水木さんに接触することは、真北さんに
 相談しないと、あとでまた、あのひとは、すねますよ」
「そうだね。…真北さんには、きちんと相談する。…でも、遅いね」
「はぁ…まぁ」

言えないなぁ〜。ミナミでのことで、真北さん、怒り狂ってるってこと…。

ぺんこうは、誤魔化すように、飲み物に手を伸ばし、飲み始める。

噂をすれば、なんとやら…。
真北が、帰ってきた。
リビングへ入ってくるなり、真子に歩み寄り、ひしっと抱きしめた。

「ただ今帰りましたぁ〜。疲れ果ててます…」
「真北さん、無茶しすぎだよぉ。休んでないんでしょ?」
「その通りです…。暫く、このままで…すみません…。…何も言うなよ、
 ぺんこう」

真北は、真子に抱きついたまま、静かに言った。

「言う気にもなりませんよ。それよりも、組長は、あなたにお話が
 あるそうですよ」
「話ですか?」

真北は、本当に疲れている…。

「うん…あのね、…水木さんに…逢ってみようと思う。…いいや、逢ってみないと
 先に進まない…それに、真北さんが、更に疲れてしまうよ…。ミナミのこと…」
「御存知でしたか…。…健ですね?」
「うん。健がすごく心配してて…。真北さんが、無茶してるみたいだからって。
 その通りでしょ? だから、こんなに…」
「すみません…。あまり、進展しなくて…」
「だからなの。水木さんが居ないと、やっぱり、駄目なんだなぁって」

真北は、ゆっくりと真子から離れ、そして、真子を見つめる。

「…解っていたことですけどね…。しかし、水木のしたことは、未だに…ね」
「真北さん!!」

ぺんこうが叫ぶ。

「いいんだよ、ぺんこう。ありがと。もう、大丈夫だから…ね」

真子は、不安そうなぺんこうに微笑んだ。

「…だから、考えた。…水木さんに元に戻ってもらう方法」
「方法?!」

真北とぺんこうは、声を揃えて言う。

「…息ぴったりやな…ほんまに…」

真子は、真北とぺんこうに、側に寄るように合図する。
二人は、不思議に想いながらも真子に顔を近づけた。

「ぺんこう、解ってるな…」
「解ってますよ」

真北は、ぺんこうを警戒する。

「ったく…あのね………………」

真子は、二人にしか聞こえないような声で何かを話す。
真子の話を聞いている二人の表情が、徐々に、深刻なものへと変化する。

「…と思ってるんだけど…駄目?」
「駄目です!」

真北とぺんこうは、力強く応えた。

「だったら、他の方法、ある?」
「…考えつきませんね」

ぺんこうが、腕を組みながら、ソファにもたれかかって言う。

「…その方法もありますけど…」

そう言いながら、真北は、ポケットに手を突っ込み、口を尖らせる。
真子は、二人の様子を見つめ、軽くため息を付く。

「…他に……ないんやろ…」

真子の言葉に、二人は、目だけを真子に向けた。

「…ないんやったら、この方法でいくで。…真北さん、よろしく」

真子は、力強くサムズアップを二人に向けた。
二人は、諦めたような、ホッとしたような表情で、真子を観て、そして、微笑み、同じようにサムズアップをした。
真子、真北、ぺんこう。三人は、何かを楽しむかのような表情をして、笑い合っていた。



夜十一時を過ぎた。
真北とぺんこうは、リビングで、くつろいでいた。テレビからは、その日のニュースが流れている。
二人は、ただ、眺めているだけだった。

「強くなったよな…」

真北が呟くように言った。

「数日前までは、違ってましたよ」

ぺんこうは、珈琲を飲む。

「何かを始めようとするときは、必ず、輝いてますね、組長は」

ぺんこうは、続けて言った。

「そうだよな。…その姿こそ、俺の弱点だよ」
「それは、昔っからですね」
「あぁ」

真北は、テレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変える。お笑い系の番組が始まっていた。

「…暴走しないように、気を付けてくださいね」

ぺんこうは、真北を見つめる。

「さあなぁ。それは、その時にならな、わからんな」

真北は、リモコンをテーブルの上に置いた。

「お前は…どうなんや?」
「何がですか?」
「真子ちゃんと水木との…」
「私が問題の種…ですから、気にならないわけ、ないでしょう?
 だけど、組長は、無茶ばかりしますから。それを停めるためにも、
 私が、しっかりとしていないと…」
「お前も、…無茶すんなよ…。泣きたいときや辛いときは、いつでもこい…。
 お前と俺の仲だろ?」
「絶対に、嫌です」

ぺんこうは、力強く言って、立ち上がる。

「…自分で解決できますよ。これでも、人に教える立場ですから。
 …でも……ありがとうございます。…自分でも駄目なときは…御願いします」

ぺんこうは、背中を向けたまま、真北に言って、リビングを出ていった。
真北は、フッと笑う。

「あいつも、変化したみたいやな…。でも…まだまたや…」

真北は、ソファに寝転び、そのまま、そこで寝入ってしまった。

あっ……寝顔見て、力付けないとな……。





次の日。
真子が、まさちん運転の車の後部座席で、俯き加減に呟いた。

「…まさちん」
「はい」
「水木さんに…逢うから…」
「…わかりました」

それっきり何も言わず、真子は、目を瞑る。まさちんは、ちらりとルームミラーに目を移し、後部座席の真子の様子を見る。
そして、車は、橋総合病院の駐車場へと入っていった。




水木が入院している病室。
水木は、ベッドに腰を掛け、窓の外をぼんやりと眺めていた。時々、ため息を付き、俯く。
病室のドアが静かに開き、誰かが入ってきた。その人物は、後ろ手で鍵を閉める。
水木は、その気配にすら気が付かずに、窓の外へ、目線を移す。

「…水木ぃ、…あんたらしくないなぁ。人の気配すら気ぃつかへんのか?」

水木は、その声に反応して、ゆっくりとドアの方へ目線を移す。
その目は、見開かれた。

「…組長!!」

水木の病室に入ってきたのは、なんと、真子だった。
真子が醸し出す雰囲気…それは、五代目…。

「残りの一日半。続きだよ。かなり期間が空いたけど、
 私は拒んだわけじゃないし、逃げたわけでもない。
 さぁ、水木、続きをするよ」
「組長、それは、もう…」
「もう?」

水木は、ベッドから下り、窓際に立つ。その体は、急に、地面に伏せるように動く。

土下座…。

「申し訳ございませんでした」
「…水木……今更、何だよ。私に、薬を使ってまで、
 あんなゲームをしておきながら、そのように土下座して、
 申し訳ございませんでしただと? お前、そんなに、根性なしか?
 見損なったよ…。自分が言い出したことは、最後までする…。
 やらなきゃ気が済まない…そういう奴じゃなかったのか?」
「いくら、自分の感情が昔に戻ったからと…それで、親に
 あのようなゲームを…条件を…そして、薬まで…軽率でした…。
 申し訳ございませんでした」

水木は頭を上げようとしない。それどころか、額を床にぴったりとひっつけていた。

「軽率…ね。…ふざけるな!」

バン!

真子は、壁を思いっきり平手打ちする。その音は廊下にまで響いていた。

「あんたは、それだけで、終わらせるつもりか? 私はどうなる?
 私の気持ちは…」

真子の声が震えた。
真子はグッと拳を握りしめ、そして、続けた。

「あんたの腕に抱かれてた9日間。どれだけ、苦しかったか、
 嫌だったか…わかるか? 拒めば、すぐに、行動に出る…。
 …結局、傷…つけてしまった…。後悔してるよ。
 もっと、別の方法が、無かったのかってね」

その言葉で、水木は身を縮めた。

「…でもね、あの夜、体の自由が利かなかったあの夜
 …あんたの思うがまま、抱かれた私の気持ち…どれだけ、
 怖かったか、解らないだろう?」
「自由が利かない時の恐怖…身に染みた…。えいぞうと健が…ね…」
「なに? 二人、何かしたのか?」

真子は、二人の行動を知らなかった。

「一般病棟に移された時、まだ、体は動かなかった。
 確か…組長が、重体だと言われてた時期です。
 えいぞうと健が、組長と同じ思いをしろと…」
「あいつら…私が眠っている間に…そんなことを?」
「もし、組長が俺の前に現れたら、何をする? その条件をのむと言ったら、
 解放してくれた…。だから、その条件…」
「条件?」
「ケジメ…つけさせてもらいます」
「駄目だ!!」

水木が言い終わると同時に、真子が叫ぶ。

「指つめ、腹切り、自分を傷つけるようなことだけは、許さない。
 水木、そんなことも、忘れたか? 初めて大阪に来た時、
 西田に言ったよな?」
「覚えております」
「ケジメ…つけるなら、私の命令、訊けよ。ま、それは、
 残りの一日半が終わってからだよ。私は、準備する。
 高ぶったら、いつでもやれよ」
「できません。それは、もう、できません!!」

水木は、頭を地面につけたまま、力強く言った。
その水木にゆっくりと歩み寄る真子。


水木の頭の上に、柔らかい何かが落ちてきた。
少し間が空いた後、今度は、水木の右側に何かが落ちる。
それは、真子が着ていた服だった。
土下座する水木の前で、下着姿になり、立ちつくす真子は、水木を見下ろしていた。



(2006.6.24 第四部 第四十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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