任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五十話 真子の新たな想い

水木の病室。
真子は、下着姿のまま、土下座する水木を見下ろしていた。

「どうした水木。逃げるのか? 高ぶらないのか?」
「できません!」
「私は、まだ、終わりという言葉を耳にしていない。
 周りやあんた自身が終わったと思っても、…あんたの心は、
 まだ、そう思ってないだろ?」

真子の口調が変わっていく。

「あの冷たいシャワーの下で、口づけされたとき、
 伝わってきたあんたの気持ち。今でも、忘れないよ。
 私の周りの誰よりも、強かった。ものすごく…。
 あの夜だけは、違っていた…。ゲームでもなんでもない
 …水木さん、あなたの…本当の気持ち…」

……愛している……。

「知っていたよ。解ってた。条件を言った、薬を使った
 …そんな自分が許せないとね。引っ込みが付かなかったんだろ?
 だから、最後まで、やろうと思った…だろ?」

水木は、何も言わなかった。

「…私自身、楽しんでいたのかもしれない。…こればかりは、
 自分の気持ちとは、反対らしいからね。嫌だった。だけど、
 体は、あんたを求めていたのかもしれない。
 …だから、続きだ。一日半…残っているだろ?
 どうした、水木!」

真子は、水木の襟首を掴みあげ、体を起こそうとするが、水木は、真子の手を払いのけ、再び床に額をくっつける。

「できません…もう、できません…」

水木の声は震えていた。

「確かに…あなたのことを愛している。愛していることを知った。
 人によって、その表現は違う。まさちんやぺんこう、くまはち、
 むかいん…そして、真北さん…えいぞうや健もそうです…。
 あなたの廻りに居る者達は、みんな…。だからといって、
 私は、あなたを抱くことで、表現しようなんて、思っていなかった
 …考えもしなかった…」

水木は、続ける。

「あなたの笑顔を絶やさない為に、支えていく…それが、
 私の決めた、あなたへの愛の表現…そうだった。…だけど、
 桜の怪我の真相を知った時、私自身が壊れた…。
 あの夜…薬を使ったあの夜…、脅すだけだった。
 だけど、抑えきれなかった。我に返った時は、
 何度もあなたを抱きしめ、終えていた後だった…」

水木は、少しだけ額を床から離した。

「今でも、耳に残っている。…まさちん、ごめんね、…ぺんこう助けて…。
 そして、9日目の病室での言葉……逃げるな…水木…」
「そんなもん…忘れろよ…。こうして、残りの時間を
 過ごすために来たんだ。たっぷり楽しんでくれよ。
 この体を」
「もう、あなたをこの腕に、抱くことは出来ません」
「なぜだ? もう、充分動くんだろう? くまはちに折られ、
 橋先生には固定すらしてもらえなかったその…両腕…。
 体も治ったんだろ? なのに、出来ないだと?」
「例え、それが、あなたの…五代目の命令だとしても、できません」
「…命乞い…ってことか…。えいぞうと健の行動は、大体察しが付く。
 残りの一日半、感情が高ぶって、私を抱いて、ゲーム終了した時に、
 待っているモノが怖いんだろ?」
「怖いです」
「それは、…私の鉄拳? それとも…えいぞうと健の鉄拳? …それは、ないよ。
 ゲームは、ゲームだろ?…くまはちに、哀願したんだろ?切り落とすなって。
 ゲームの再開を望んでいたんじゃないのか?」
「違います。…それだけは、別の者にしてもらうべきだと思っただけです」
「別の者?」
「あなたです。五代目」

そう言って、水木は、腰の辺りからドスを取りだし、前に差しだした。

「それは、一日半が終わってから…だね」
「ゲームは、終了だと、9日目の車の中で、申しました…。
 ですから、もう、残ってません。終わりです」
「それは、あんたが、逃げただけだろ? …なぜ、逃げる?」
「あなたが、怖い…」
「私が、怖いって?」
「桜でさえ、5日目で倒れた。しかし、あんたは、倒れても続けようとした。
 それが、恐ろしく感じた。まだ、男を知って、そんなに時間は経っていない…
 そんなあんたが、とても、恐ろしく…」
「…これでも、巨大組織と言われている阿山組を仕切る人間だぞ?
 そんなことで倒れてられないだろう? 撃たれる、斬られる、殴られる
 …それよりも楽だよ。熱が出たことが、腹立たしいくらいだ。
 残り一日半…それとも、延びた期間も含むか? 水木、どうする?
 このゲームの首謀者だろ?」
「できません!!」
「水木!!」

真子の怒鳴り声が、病室内に響き渡った。
その時だった。
病室のドアノブが、回される音と、ドアを叩く音が聞こえてきた。

『組長、組長!! 返事してください! 組長!!』
「まさちん、一日半、そこを開けるな。ゲームは終わっていない」
『組長! それを言う為に、水木に逢うとおっしゃったんですか!!』
「そうだよ」
『それは、認めません!!』

ガキッ!…バン!!!

鍵をぶっ壊して、ドアを開けたまさちんは、目に飛び込んできた真子の姿を見て、上着を脱いで、真子の体を包み込んだ。

「組長、約束…しましたよね?」
「ゲームを終えてからだよ。言わなかった?」
「訊いてません」

まさちんは、優しく応えた後、水木の側に散乱している真子の服を拾い上げる。

「まさちん、命令だ。出て行け」
「それは、聞けませんよ」
「何?」
「組長が無茶をする為の命令は、訊きませんと申したでしょう?
 それに、水木さんも、終わりだと言ったはずです」
「しかし、私の中では終わっていない!」
「…わかりました」
「まさちん…」
「ただし、残りの時間、水木さんが相手をする人間は私に変更です」
「まさちん!!」
「確か、水木さんは、男でもいいんですよね?」
「だからって、何も…」
「組長の苦しみを半分、分けてください…とも申しませんでしたか?」

まさちんは、真子の言葉を遮るように言った。

「言った…だけど、これは…」
「水木さん、それで、構いませんか?」

水木は、何も言わなかった。

「と、いうことで、続きは、あなたが退院してからです。では、失礼します」

まさちんは、真子を抱きかかえて、病室を出ていった。
水木は、頭を床につけたまま、全く動こうとしなかった。
床に付いている両手が、ゆっくりと握りしめられる。その拳が、震えた。

「くそっ!!」

拳を床に叩きつける水木。悔しさで心が満たされていた。
ふと顔を上げた時、目の前のドスに気が付いた。
そのドスを手に取り、鞘から抜いた。
そして、次の瞬間……。

バッ!!!

「!!!!!!!」
「何考えてんだよ」
「真北…さん……」

水木は、腹を切ろうと、自分の体にドスを突き立てる、寸でのところで真北に停められていた。しかし、その腕を払ってまで、腹を切ろうとする水木。

「ええかげんにせぃ!」

真北は、水木に蹴りを入れた。その弾みで水木は、仰向けに倒れ、ドスを離してしまった。

「…どうやって、詫びれば…いいんですか!」

水木は叫ぶ。
真北は、床に転がったドスを拾い上げ、鞘に納め、それをベッドの上にそっと置いた。

「五代目だけでなく…あなたにも…そして、ぺんこうに対しても…。
 どのように…詫びれば…よろしいんですか?」

水木の頬を一筋の涙が伝って、床に落ちる。

「わしらの世界では、当たり前だった行為を停められたら、詫びること、
 できませんよ…。命を落としては駄目、指詰めも駄目…切腹も…」
「それが、阿山組五代目の流儀だよ。…生き恥を曝す…ってことか…。
 言っとくが、俺はそんなこと、教えていないぞ。…えいぞうだろうな」
「それ以外の詫び方、思いつきませんよ…」
「…充分、反省したんとちゃうんか?」
「…真北さん……」
「真子ちゃんが迫っても、断った…それで充分やろ」
「しかし…」

水木は、床に突っ伏した。

「どうすれば……」

そんな水木を見つめる真北は、笑い出す。

「やっぱし、役者やなぁ、真子ちゃんは」
「えっ?」
「あれは、真子ちゃんの得意とする行動や」
「得意とする、行動?」
「すっかり、許してるよ、水木、お前のことは」
「はい?」

水木は、真北の言葉が理解できない様子。

「騙されてるんだよ」
「騙される?」
「お前が、立ち直らないもんだから、気にしててな…。条件の期間中、
 断れば、いくらでもできたのに、断らなかった…断れなかったってね、
 真子ちゃん自身も反省してるんだよ。それで、お前が、重体になった。
 お前が、ICUで眠っていた間、真子ちゃんは、常に心配していた。
 お前に対して、恐怖感を抱いていてもな…」

真北は、水木に歩み寄り、肩に手を掛けて体を起こさせる。水木の顔は、涙で濡れていた。

「それが、お前らの愛する女性だ。…阿山組五代目だよ。憎い相手でも
 涙する。この世界で生きるには、優しすぎる人なんだよ。
 本能は、恐ろしいけどな…」
「騙すと言っても、あの勢いは…。抱けと迫るなんて…」
「それは、お前が悪いぞ」
「えっ?」
「女性としての何かに…火を付けたんだろうな。いいのか悪いのか…。
 それに対しての責任は取ってもらおうかなぁ」
「ま、真北さん…」

真北は、懐から、銃を取りだし、水木の額にぴったりとひっつけた。

「橋には、手を抜くように頼んでおくよ」
「…やはり、あなたは、許してくれないんですね」
「…狂ったまんまなんだよ、俺は」
「……わかりました…」

水木は、覚悟を決めたのか、目を瞑る。
真北は、にやりと笑う。そして、引き金が引かれた…。

カチャッ。カチャカチャカチャ…。

「…えっ?!」
「ふっふっふっふ。水木、とことん、騙されとるで」

橋が、病室へ入ってきた。

「こいつが、誰かわからんか? 真子ちゃんの育ての親やで。
 二人の考えは、ほとんどと言って良いほど、同じやで。
 …忘れたんか?」
「橋先生…」

真北が水木に突きつけた銃には、弾が込められていなかった。

「そういうことや。…確かに、俺は、お前を許してない。
 だがな、お前が、真子ちゃんを抱いていた5日目以降、
 真子ちゃんに対する気持ちが、ゲームでなく、お前の
 本当の気持ちだったことをな、真子ちゃんに聞いた。
 真子ちゃんもな、恐らく、自分は、その気持ちに
 応えようとしていたんだろうって言うんだよ。…どう思う…水木」
「確かに…五代目のおっしゃった通り、5日目以降は…変わった…」
「俺自身も、そういう方面に対しては、何も言えないからな」
「真北、お前…」
「真子ちゃんには、手を出してないって」
「には…って、他に、誰に…?」
「秘密や。…水木、戻ったか?」
「戻れない…」
「それでも、戻せ…。真子ちゃんが嘆く。…それよりも、早く退院しろ。
 お前でなければ、ミナミは抑えられないだろ。桜さん頑張ってるがな、
 奴らは、お前だからこそ、今まで、大人しくしていたんだろが。
 …やはりお前の力が必要や。頼む。この通りや」

真北は、深々と頭を下げる。

「ま、真北さん…頭、上げて下さい。あなたらしくない…」
「頼む!」

真北は、頑として頭を上げない。水木は、唇を噛みしめる。

この人には、敵わない…それ以上に阿山真子に対してもだ…。

「わかりました。橋先生、退院許可、御願いします。
 すぐにでも、戻らないと、厄介なことになりますから」

水木らしさを取り戻した瞬間だった。

「わかった。明日退院な。…水木、お前の体力は戻ってるんや。
 ただな、精神的に弱っていただけなんやで。もう、大丈夫やろ」
「しかし、この腕は…」

水木は、右腕を見つめ、拳を握りしめる。

「精神からも、きてるだけや。直ぐに治るよ」
「そうですか…わかりました。…これからも、たくさんの女抱いていきますよ」

カチャ
シュッ!

「ぎょっ……じょ、冗談ですよ…」

水木の頬に冷や汗が一筋伝い、引きつった笑いを浮かべていた。
水木の言動に、銃を抜いた真北、そして、真北が銃を向ける水木の頬を何かが掠って後ろの壁に突き刺さっていた。
それは、メス……。

「橋、いくらなんでも、それは、まずいやろ」
「ええんや。俺だって、こいつ、許してないんやで」
「ですからぁ〜」

真北と橋は、焦る水木に微笑んでいた。

「元のさやに収まったな」

橋が言う。

「あぁ。水木、これからも、組長のこと、頼んだぞ」
「はい」
「ただし…絶対、手ぇ出すなよ…。次はないからな」

真北の醸し出す雰囲気…それは、刑事だった。

「はっ!」

水木は、深々と頭を下げて、病室を去っていく真北を見送った。
顔を上げた水木は、橋を見つめる。

「橋先生、本当に、許してもらえたんですか?」
「それは、知らん。だがな、これからは、本気で真子ちゃんを守らないとな。
 それがお前に残された人生や。但し、命は粗末にするなよ」
「えぇ。……その…」
「ん?」
「とことん騙されているって?」
「そういうことや」
「?????」

水木の頭の上に、『?』マークがたくさん浮かんでいるのが解るほど、水木は、理解できない様子。
真北が、真子に自分の特殊任務を証した時の真子の態度、そして、真子が能力を失っていなかったと真北に話した時の真北の態度。
その二人が、水木に対して、その時と同じ様な態度を取っただけだったのだ。

「…しかしな…」

橋は、ゆっくりとした口調で続ける。

「真子ちゃん自身、お前に恐怖を抱いたのは、本当だよ。
 …お前に迫る勢い…。お前が恐れて逃げたあの9日目の姿…。
 あれは、眠っていた本能だ。真子ちゃんが持つ特殊能力の
 潜在意識…。それが、働いただけだよ」
「…一生をかけて、償いますよ。五代目としてではない
 …俺の愛する人として…」

水木の言葉に揺るぎはなかった。
水木自身の何かが変わった瞬間だった。

「真子ちゃんへの愛は、変わってないんやな」
「更に強いですよ。…忘れられない9日間や…」

水木は、両手を見つめ、その手で何かを抱きしめるような感じで空を包み込み、目を瞑る。
目を開けた水木…それは、今まで以上の水木らしさを醸し出していた。
橋は、安心したものの、複雑な気持ちで水木を見つめ、そして、病室を出ていった。


水木が愛する女性…真子。
その真子はというと……。

「いい加減にしなさぁい!!!」
「ごめんなさいぃ〜」

愛用の病室に戻ってきた真子に、真北の雷が落ちていた。

「二度と、人前で下着姿をさらさないこと。解りましたか?」

真子は、たっくさんたくさん頷いていた。
病室の隅に立ちつくすまさちんは、その場をどうすればいいのか、戸惑っていた。

「まさちんが、止めに入らなかったら、本当になさるつもりでしたね?」
「…わかんない…」
「…ったく…本当に、私が襲いますよ」
「真北さん!!」

まさちんが、驚いたように声を上げる。

「…反省してます」

真子は、恐縮そうに肩をすくめる。そんな真子の頭を優しく撫でる真北だった。

「無茶しないでくださいね、真子ちゃん」
「…うん」

真子は、何かを考え込む。そして、急に顔を上げて、真北を見た。

「な、なんですか、組長」
「真北さん…。これからなんだけど…」
「これから?」
「私の御願い、聞いてくれますか?」
「御願い…? …なんでしょうか…」

真子の真剣な眼差しに、戸惑う真北。

一体、どんな御願いなんだろう?

急に心拍が高くなる真北は、息を飲み込む。
真子がベッドの上に正座する。そして、真北を見つめてきた。

……改まって……なんだ??

真北は、真子が何を言い出すのか、ハラハラドキドキ…。
つい先程、水木に逢って、五代目の貫禄を醸し出したばかり。
まさちんが、停めに入らなかったら、全てを脱いで…。

ま、まさか…な…。

真北は、何かを堪えて真子に言った。

「何でしょうか…」
「あのね…、これからは、真北さんには、『組長』って呼ばれたくないなぁって」
「はい?!」
「こないだも、言ったやん。…真北さんに積年の恨みを晴らされた時…。
 真北さんは、組員とは違う接し方が一番いい…って。…だからね、
 私が、五代目を襲名する前のように…真子ちゃんって呼んで欲しいな…」

真子は、照れたように顔を伏せる。

「そ、それは…」
「真北さんは、阿山組の人間じゃないんだもん…」
「私は、阿山組の者じゃないけど、関わってますよ。それでも…?」
「組関係じゃない時は、時々、呼んでるでしょ? …だから…ね」
「…何を照れているんですか?」
「…わかんない。…でも、何となく、照れくさくて…」

真子は、耳まで真っ赤になっていた。
そんな真子の頭を突然、思いっきり撫で始める真北は、

「解りました。では、真子ちゃん」

と、優しく名前を呼んだ。

「はい」
「もう、大丈夫ですか?」
「…大丈夫です!」

真子は、にっこりと笑って、真北を見つめた。
真北は、すごく安心した眼差しで真子を見つめ、静かに語り出す。

「それと、水木とは、暫く接しないこと。まさちんか、くまはち、
 もしくは、須藤に任せておくこと」
「なぜ? …まだ、信用してない?」
「それもありますが、水木自身が、そう言ってくると思います」

真子は、何かを考えているのか、一点を見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「ほな、水木組には、今のミナミのことを任せるつもりやけど、
 水面下でしてもらう…それで、いいかな?」
「そうですね。まさちん、明日にでも、水木に連絡せぇ」
「解りました」
「…だから、真北さぁん、組関係は、私が…」
「水木に関することは、させませんよ」

真北は、真子の言葉を遮ってまで、きつく言った。
当然の如く、真子は、ふくれっ面に…。

「もういい!」

真子は、そう言ってベッドから飛び降り、病室を出ていった。

「組長!!」

まさちんは、追いかけようとしたが、真北の腕を掴まれていた。

「真北さん!」
「暫く、一人にさせとけ」
「しかし…。…解りました」

まさちんは、真北の目を見て、真北の気持ちを察する。

「先程の水木の件は、本当に、驚きましたよ。鍵を壊した時に、
 真北さんの姿を見なかったら、私、水木に……」
「…真子ちゃん、何も言わなかったんやな」
「逢うから…としか、お聞きしませんでしたよ」
「お前にまで反対されると思ったんやろな」
「…って、反対されていたのなら、なぜ、停めなかったんですか!
 もっと他の方法が、あるでしょうにぃ!!」
「思いつくか?」

まさちんは、真北の質問に対して考え込む。
考える…考える…。

「思いつきません…」
「そやろ」
「ですが、あの方法は…」
「まぁ、水木自身も、元に戻ったようだし、ええんちゃうか。
 それにしても、残りの1日半、お前が相手するなんてなぁ〜。
 廊下で聴いてて、驚いたで。へぇ〜。そっち方面も、やったんか。
 知らんかったな〜」

真北の口調は、馬鹿にしたような感じだった。

「言葉のアヤですよ!!」
「…水木、本気やったら、どうするんや?」
「その時は…仕方ありませんね…」

まさちんの言葉に、目を見開いて驚く真北。

「お、俺は、違うぞ…」

何故か、警戒する真北。少しずつ、まさちんから、距離を取り始める。

「襲いませんよ」
「解っとるわい!」
「…ったく、冗談なのに…」
「そんな風に聞こえなかったぞ…」

まさちんは、頭をポリポリと掻いて、真子が出ていった方向を見つめる。

「そろそろ、追いかけてもよろしいですかね…」
「そうやな…。水木の件、頼んだで」
「はい。では」

まさちんは、病室を出て行った。真北は、ゆっくりと窓に歩み寄り、庭を見下ろした。
上手い具合に、真子が、そこを歩いていた。
少し、俯き加減で、寂しそうな雰囲気。そこへ、まさちんが、駆け寄っていく。
真子は、歩みを停めた。まさちんは、真子に何かを告げている。
その途端、真子は、きびすを返して、反対方向へ歩き出す。
まさちんは、困ったように、手を差し出しながら、真子の後を追いかけていった。

「他の方法…ね。…あったんだけどな。できないしなぁ〜」

真北は、窓に背を向けて、もたれかかる。
ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせていた。



病室のドアが静かに開き、暇そうな雰囲気の橋が入ってきた。

「…暇なんか?」

真北が、窓にもたれかかったまま、呟いた。

「お前と一緒くらいにな」

橋は、微笑んでいた。

「水木、帰ったぞ」
「はや…」
「よかったんか?」
「なにが?」
「お前の気持ち、晴らさんで」

真北は、軽く口元をつり上げ、窓の外を肩越しに見つめる。

「よく…ないさ…」

鳥が気持ちよさそうに、空を飛んでいた。真北は、目でそれを追った。

「でも…この気持ち、晴らした途端、真子ちゃんが、崩れてしまうよ」
「…ったく、ようわからん奴やな」

真北は、橋を見つめる。

「真子ちゃんに…組長と呼ばないで欲しいと言われた」
「で?」
「悩んでる」

橋は、真北の言葉に、ずっこける。

「なんで、悩むんや?」
「俺に、刑事に戻れってことなのかな…って」
「はぁ?!?? お前は、刑事やろ」
「阿山組の者でもある」
「たどっていけば、刑事やんか」
「…それでな、俺、今まで、何を考えて生きてきたのか、何をしてきたのか
 そう考えると、…悩んでしまった」
「お前は、真子ちゃんの幸せだけを考えて、その為に、無茶ばかり
 してきたんやろが。何を今更悩むんや? …大丈夫か?」

橋は、真北に近づき、額に手を当てた。

「わからん」

真北は、短く応えた。

「重症や。仕事のしすぎやな。…おっかしいなぁ、俺と一緒で
 暇なはずやのになぁ〜」

真北は、自分の額にある橋の手を払いのけ、窓に振り返り、下の庭を眺める。
真子とまさちんが、ふざけあいながら、歩いていた。
真子は、素敵な笑顔で、まさちんをからかっていた。
からかわれるまさちんも、素敵な笑顔を真子に向けていた。
橋が、窓に歩み寄り、真北と同じように窓の下を眺め、呟いた。

「真子ちゃんの気持ち…どうなんやろな」
「まさちんのことが、好きなんだよ。まさちんに青い光を向けた、
 あの時からな…。まぁ、…ぺんこうと、俺には、特別な
 感情を持ってるみたいだけど…女の気持ち…複雑だな」
「大切さが通り越してしまっただけやろ」
「俺自身の暴走を停めるなら……」

真北は、言葉を噤む。
俺を優しく抱いてくれるかな…。

真北は、言いそうになっていた。最近、真子に対する自分の考えが、変わっている。
いつまでも、子供だと思っていたのに…。

真北は、窓に頭をひっつけて、俯いた。そんな真北の後頭部に手を当て、窓に押しつける橋が、

「急に大人になったんは、お前が悪い」

きつく言った。

「なんでや?」
「お前が言ったんやろ、真子ちゃんに。『自然に振る舞え』って」
「…言ったが、何か?」
「真子ちゃん、自然に振る舞っとるだけやろ。それが、そういう行動に
 出ただけとちゃうんか? …って、もう、深く考えるなよ。
 観てたら、俺のほうが、辛いやないか」

橋は、真北の首に腕を回し、自分に引き寄せた。

「真子ちゃんは、真子ちゃん。優しくて、強くて、時には、涙もろい…。
 だけど、笑顔が、誰よりも素敵な女性や。誰だって、その笑顔を観たら
 抱きたくなるって」
「…橋…お前も、そういう考えなんか?」
「俺は、ちゃうで。知っとるやろ、俺のこと」
「まぁ…な」

真北は、敢えて言わなかった。
優秀な外科医・橋の愛物語。それは、激しく、哀しい物語。
橋が、外科という仕事一筋で、生きているのは、そのような過去があるから…。

真北は、橋に微笑んだ。

「その笑顔で…和むよ…」
「あぁ。…そういう風に、お前が育てたんや。自慢してええやろ」
「ふふふ…そうだな。…さてと」

真北は、橋の腕からすり抜けた。

「今日は、帰ってええやろ?」
「あぁ。心身共に、問題なし。次は、2週間後な」
「ありがと。ほな、帰るで」

真北は、後ろ手を振りながら、真子愛用の病室を出ていった。

「女性として、観てもうたら、ぺんこうにどやされるで」

橋は、そう呟きながら、腰の辺りで鳴り響くポケベルに目をやった。

「仕事や」

にやりと笑いながら、去っていった。


真北は、庭のベンチに座り込む真子とまさちんに声を掛け、そして、帰路に就いた。





真子の自宅。
真子は、リビングで、電話中。

「そうやぁ。…ほんま、ごめんなぁ」
『心配やったけど、むかいんさんから、たんまり聴いててん。
 だから、安心しとったで』
「ったくぅ。二人の時は、二人の話で盛り上がりぃやぁ。私の話で
 盛り上がって、どうすんねん!!」
『ええやん。二人の共通の話題やねんからぁ』

時々腹を抱えながら、笑いすぎて目からこぼれる涙を拭きながら、電話する相手…もちろん、それは、暫く連絡を取らなかったことで、心配を掛けすぎていた理子だった。
真子の声を聴いた途端、安堵感から、泣いてしまった理子。
それを照れたように茶化していた真子。
リビングでは、まさちんとぺんこうが、そんな真子の姿を優しく見つめていた。

『ほな、当日、真子んとこ行くわ』
「そんなんせんでも、AYビルやし、それに、まさちんとぺんこう、
 くまはちも一緒やろ。車で行くから、理子んちに寄るで」
『…そっか。ほな、頼むでぇ』
「任せときぃ! …おっと、長電話してもた。そろそろ切るで」
『はいなぁ。ほな、当日な』
「うん。お休み」
『お休みぃ〜』

真子は、電話を切った。そして、リビング中央に振り返る。

「…あのね……」

真子は、呆れたように項垂れた。
真子が電話をかけ始めた頃は、二人仲良くテレビを観ていた。
暫くして、振り返った時は、真子を微笑ましく見つめていた。
だけど、今は…。
お互いの胸ぐらを掴みあげ、恐ろしいまでの雰囲気で睨み合っていた。

ボカッ!


「ですから、なんで、私だけなんですか!」

真子のゲンコツを頭に頂いたまさちんは、ふてくされたように言った。

「いつものことやん」
「だから、私達も、いつものことですよ!!」
「ったくぅ〜、で、原因は……?」

真子は、ぺんこうを見つめながら、自分を指差して、尋ねた。
ぺんこうは、にっこりと微笑んで頷いた。
真子は、項垂れる。

「なんでぇ〜」
「私とくまはちを強引に参加させようとしてるからですよ」

まさちんが、ぺんこうを指差しながら、叫ぶ。

ドカッ!

真子の蹴りが、まさちんの腹部に入る。

「何も叫ばんでもぉ〜。…あかんの?」

真子は、上目遣いに静かにまさちんに尋ねた。

「あっ、いいえ、その…そうではなくて…」

まさちんは、真子の目に参ってしまう。

「まさちんも、くまはちも、みんなのこと知ってるし、それに、
 みんなも二人の事、知ってるから…。クラスメートのように
 思えるのにな…。そりゃぁ、二人は、私のボディーガードだけど、
 部屋の外で突っ立てるんやったら、一緒に楽しもうよ、ね!」

真子は、とびっきりの笑顔で、まさちんに言った。
まさちんは、真子の笑顔に負けた。

「わかりました。では、一緒に、楽しみます」
「うん。ほな、後は、くまはちを説得かな」

真子は、嬉しそうに言いながら、リビングを出ていった。
暫く沈黙が続く。
二人は、二階に上がって、くまはちを説得しているだろう真子の声に耳を澄ませていた。

「…そりゃ、すぐに『はい』やろな」

まさちんが、先に口を開いた。

「そうやんな。くまはちだもんな」

ぺんこうは、珈琲カップに手を伸ばしながら、返事をした。

「そのまま、部屋に戻ったな」

目を瞑って、真子の気配を探っていたまさちんが、言った。

「あぁ」

二人は、素っ気ない会話を交わす。

「なぁ、ぺんこう」
「ん?」
「また、組長を抱くつもりなんか?」

ぺんこうは、目だけをまさちんに向ける。まさちんは、伏し目がちになっていた。

「さぁな」
「…そうか…」
「お前が、身を引いてどうすんねん」
「は?」
「ったく、これが、主従関係でなく、普通の男と女の関係やったらな、
 俺は、苛々してしゃぁないで」
「お前に言われたないなぁ」
「うるせぇ」

ぺんこうは、怒りを抑えて言う。

「…心配すんな。もう、抱かないよ。…抱けないな…きっと」
「なんで? 組長が目指す世界が達成したらという約束やろ。
 達成せぇへんとでも、言いたいんか?」
「ちゃう。達成するさ…組長だからこそ、できることや。
 …組長の気持ちを確認したからな。嫌いだからじゃない。
 愛しているからこそ、悩ましたくないんだよ」

まさちんは、ぺんこうの言葉を理解できないのか、首を傾げていた。

「ったく、ほんまに鈍いやっちゃなぁ〜。そんなんやから、
 俺が先に……」

ぺんこうは、『に』の口を形取ったまま、リビングのドア付近に目線を移す。
まさちんは、ぺんこうの目線につられるように、ドア付近に目をやる。

「……お前な…ええ加減にせぇよぉ〜」

怒りの形相で立ちはだかる真北だった。
いつの間にか帰ってきていた。そして、リビングに顔を出した時、二人の話を聞いてしまったのだ。

「お帰りなさい。お疲れさまです」

二人は、ハキハキと同時に言った。

「ったく、お前ら二人にしとったら、どんな話をしてるんかと
 思ったら…。ぺんこう、『俺が先に…』の続きは?」
「元気を与えるです」

真北は、疑いの眼を向け、徐々に、怒りへと変化していった。
……が、急に、優しい表情に変わる。

『お帰りぃ〜』

リビングの外から聞こえる真子の声。真北は、振り返る。

「ただ今、帰りました」

真子が、真北の横からリビングへ入ってきた。

「疲れたんちゃう?」
「はい。でも、今、疲れが吹っ飛びましたよ」
「ったくぅ〜。どうだった?」
「ありがとうございます。真子ちゃんの希望通りですよ」
「ほんと!! よかった!!」

真子は、嬉しさのあまり、真北に抱きついていた。

「心配だったんだよ。長い間、どっちつかずだったでしょ。だからね、
 上役の人たちが、良く思ってないんちゃうかなぁって…。
 やっぱり、真北さんだから、大丈夫だったんだね。おめでと!」

真北は、真子を抱き上げる。

「真子ちゃんに喜んでもらえることが、一番嬉しいですよ」

真北は、勢い余って、真子の頬にキスをする。
そんな真北の行動に、まさちんとぺんこうは、慌てて立ち上がる。

「…一体、何の話ですか?」

ぺんこうは、落ち着いたように振る舞いながら、真北に尋ねた。

「ん? 仕事復帰だよ」
「仕事…復帰?!」
「あぁ。…昔に…阿山組と出逢う前に戻っただけだ」
「特殊任務は?」
「継続や」

ぺんこうとまさちんは、眉間にしわを寄せ、何かを考え始める。
そして、ひらめいた…。

「って、真北さん、仕事復帰って言っても、今までと変わらないんじゃ
 ありませんか!!」

二人は、同時に叫ぶ。

「ほんま、息ぴったりやな」
「そうですね」

真子と真北が、こっそりと語り合う。
真北は、まさちんとぺんこうをそれぞれ見つめ、そして、言った。

「そうや。今までと変わらないんや。だけどな、ケジメは付けた。
 阿山組と懇意にするが、組の者ではないってね」
「真北さんは、刑事に戻っただけだよ。…って、今までと同じだけどね!」
「えぇ」

真子と真北は、微笑み合う。
そんな二人の意味不明な言葉に、更に悩むまさちんとぺんこう。

「私には、理解不能です!」

まさちんが、言う。

「復帰と言っても、今までと変わらないんじゃ、復帰じゃ
 ありませんよぉ」

ぺんこうは、密かにショックを受けている模様。

あの頃に戻れたと思ったのにな…。

「で、いつまでそんな格好してるんですか!!!!」

ぺんこうは、そう言いながら、真北の腕から真子を奪い取る。

「ええやろが!」

真北が、ぺんこうから、真子を奪い取る。

「駄目です!」
「ええやろ!」
「駄目!」
「ええ!」

二人は、真子を奪い合う。

そんな二人の間から、真子の姿が消えた。二人は同時に、真子を探す……。
そこには、真子を守るように立っているくまはちが、居た。

「お二人とも、ええかげんにしてくださいよ。
 組長は、お二人のおもちゃじゃないんですからね」
「そのつもりやったのにな」
「えぇ」

真北とぺんこうが、言った。
ずっこけるまさちん、くまはち、そして、真子。
真子はふくれっ面になっている…。

「だから、なんでふくれっ面なんですか!!」
「なるわい!!」

真子の回し蹴りが、炸裂…。もちろん、師匠であるぺんこう、育ての親である真北は、よけている。

「あがぁぁぁ! 当たらないよぉ!!」
「怒り任せに蹴るからですよ!!」

ぺんこうが言う。

「もぉ!!!」

ドカッ!!

「だから、なんで、私なんですか!!」
「そこに居たから!」
「組長!!」

まさちんが、反撃に……出る前に、阻止されていた。

「お前、ええかげんにせぇよ」
「誰に向けている…」

ぺんこうと真北が、まさちんを抑えながら、同時に言った。そして、その後は……。

「むかいん居ないから、誰も停められませんね」
「ええんちゃう。私、停める気ないもん。くまはちもでしょ?」
「えぇ。真北さんが、じゃれている時は、停めませんよ」
「それで、いいよ」

リビングのドア付近に立ったまま、ソファの辺りで、もめ合うトリオを眺めながら、真子とくまはちは、語り合っていた。
トリオは、更にエキサイティング…。

『ただいま』

そこへ、帰ってきたのは……。
真子とくまはちの間から顔を出し、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出し始める、
料理人・むかいん……。
この後の、真北家の光景は、ご想像にお任せ致しましょう…。



(2006.6.25 第四部 第五十話 UP)



Next story (第四部 第五十一話)



組員サイド任侠物語〜「第四部 新たな世界」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.