任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五十二話 こりゃぁ、一大事や!

紅葉が美しい季節がやって来た。紅葉狩りを楽しむ人々の中に、外で見かけるには珍しいカップルがあった。
美しい紅葉をバックに写真を撮りまくる二人。

「あぁ〜、もう終わったぁ」
「何本目ですか?」
「三本目」
「まだ、半分も来てませんよ」
「真子にも見せたいもん」
「また言ったぁ」
「あっ…。ま、いいかぁ。行くよぉ」

珍しいカップル。それは、理子とむかいんだった。
写真撮るのが好きな理子は、一歩踏み出すたびに、シャッターを押す。楽しそうな理子を見守るように、むかいんが、側に付いていた。
真子から半ば強引に、出掛けるように言われた二人。そして、二人の会話には、禁句を言い渡されていた。

真子の事を話さない。

二人の会話には、常に真子の話が出ているからだった。

「これも綺麗ぃ〜」

そう言って、シャッターを押す理子だった。




AYビル。
真子は、事務室で組関係の仕事をしていた。

「今頃、楽しんでるね」
「理子ちゃんのことですから、写真を撮りまくって、先に進んで
 いないんじゃありませんか?」
「そうかもね」

真子は、にこやかに話していた。

「…で、このスケジュールやけど…。うち知らんで」
「組長、お逢いすることくらいは、よろしいかと…」
「総会の時にしか顔を合わせてないのに…」
「記載している親分衆は、安全ですよ。私は顔見知りですからね」
「…そっか。まさちんは、よく顔を合わせていたんだっけ。
 ほな、まさちんだけでええやん」
「駄目ですよ!! 親分衆は、組長と直々にお話したいということ
 なんですから。…それに、変更は利きませんよ。検査も入れません」

真子は、ふくれっ面。

「解ったよぉ。もぉ。…なんで、まさちんが、決めるんよ…」
「組長の側近です」
「……ほな、それぞれの組の最新情報、集めといて。参考になるでしょ?」
「すでに、集めております」

ドサァ〜。

真子の目の前に、山積みされる書類…。
真子は、ギョッと驚いて椅子から少しだけ、腰を上げていた。





ミナミにある水木組組事務所。
親分である水木が、重傷を負わされた日から、ひっそりとしていた。
その事務所前に、一台の高級車が停まる。
助手席から素早く降りて、後部座席のドアを開けたのは、よしのだった。
後部座席から降りてきた男・須藤は、辺りの様子を伺って、水木組組事務所のドアを勝手に開けて、中へ入っていった。



部屋の中央にあるテーブル。
ガラスは、微塵に砕け、テーブルの足は曲がったまま。
その付近の床には、どす黒い何かがこびりついていた。
壁にはひびが入り、額は床に落ち…。
一つのソファーが、部屋の隅に置かれ、その上には、一人の男が横たわっていた。
荒れたままの組長室で仮眠を取っている水木だった。
元気がなさそうな雰囲気…未だに尾を引いている様子。

「兄貴、お休みのところすみません」

西田が、壁を軽くノックして、仮眠を取っている水木にそっと歩み寄る。水木は、片目を細く開けて、西田を見つめた。

「ん?」
「須藤親分が、来られました」
「…ん…そうか」

水木は、ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。そして、入り口に目をやった。そこには、須藤とよしのが立っていた。

「荒れたまんまか?」
「…まぁな」

須藤の言葉に、軽く応える水木だった。

「西田、資料持って来い」
「はい」

水木に言われるまでもなく、西田は、必要書類を手に持っていた。

「ありがと。…これや」

水木は、西田が差し出されている資料を受け取らず、顎で指した。

「お前なぁ。退院してから、ずっとここでくすぶっとるやろ」
「あぁ。体力もたん」
「あほ」

須藤は、そういって、西田から資料を受け取り、ソファに腰を掛けて、目を通し始めた。

「ミナミの騒動は、ほぼ納まったか…」
「俺が、ここに居るという噂を流しただけや。たったそれだけで、
 大人しくなるとは、思わんかったで。そやけど、あいつらよりも、
 青虎んとこが、もめとるんや。その飛び火がきそうやな」
「それは、青虎が、抑えるやろて。なんせ、青虎もわしらの
 組長に一目置いとるからな」
「…そうやな……」

水木は、『組長』と聞いた途端、項垂れる。

「あっ…。お前、まだ、あかんのか?」

水木は、頷く。

「あのなぁ、組長は許したんやろ? いつまでも落ち込むなよなぁ」
「俺じゃないから、そんなこと言えるんだよ…」
「…ったく、ここを片づけへんから、前に進まへんのや。おい、よしの、
 西田、片づけるど」
「はっ」

須藤は、そう言うなり、部屋を片づけ始める。西田が、組員達を呼びに行き、組長室を片づけ始めた。

「お前らなぁ、言われんでも、片づけるんが、当たり前やろが」
「兄貴が、戻るなり、あまりここに近づかないようにおっしゃったので」
「ったく、あいつが、病院に居る時にでも、片づけられたやろが」
「そうですが…」

須藤と西田が、小声で話しながら、ちらりと水木を見ていた。
項垂れている……。

「あかんな…まだ…」
「えぇ。姐さんも、元気なくて…」
「お前だけやな、元気なんわ」
「俺まで落ち込んでいたら、それこそ…」
「そうやな。…何かあったら、いつでも相談に来いや」
「ありがとうございます」

西田は、深々と頭を下げた。須藤は、西田の肩にそっと手を置く。その手から、須藤の優しさを感じた西田だった。



あっという間に、組長室は、綺麗になってしまった。
少し満足そうな表情で、室内を見渡す須藤は、水木に近づき、襟首を掴みあげた。

「謹慎も解かれたやろ。しかし、表立っての行動は、暫く見せるな。
 そう言われただけやろが。裏での仕事やったら、お前の方が上やろ?
 組長に手を出したことを悔やむよりも、組長のためにを考えるのが
 当たり前なんとちゃうんか? …お前らしさを取り戻したんと
 ちゃうんか? だから、退院したんやろ?」
「そうやけどな…。一人になった時に、ふと過ぎるんだよ…。
 五代目との日々…あの姿が…な…。消えない…消せないんや…」

水木は、須藤に目をやった。須藤は、呆れたような表情を水木に向けていた。

「呆れるやろ?…俺もや。…どうしたら、ええんや?」
「…組長を見習えよ。何かを忘れようとする時は、いっつも
 無茶しよるやろ。他のことに気が向かんくらいまで、
 お前はお前の仕事をせぇや」
「…そうやな…。暫く、そうするか」
「頼んだで」

須藤は、水木から手を離した。

「そや。総会以来、組長と面と向かって話をしたくなった親分衆が
 明日から、ひっきりなしに、大阪にやってくるで。対処しとけよ」
「なんやねん、いきなり」
「組長の笑顔に引き寄せられたらしいな」
「……目の前で観たら、誰だって、そうなるやろ」

須藤は、水木の言葉に微笑んで、組長室を出ていった。
水木は、須藤が去るまで、後ろ姿を見つめ、目を瞑った。
ガッと見開いた時、水木の雰囲気が変わった。その雰囲気に感化されるように、ビシッと立つ組員達。

「ええか、須藤から、今聞いたとおりや。ビルの方は、須藤に
 任せて大丈夫やろ。そやけど、ミナミや、他の地域で、不穏な
 動きを見せそうな組には、警戒を怠るな」
「御意」

組員達の表情は、厳しい中に、晴れやかな雰囲気が見えていた。

待ってました!!

組員達は、いつも以上に張り切って、素早く部屋を出ていく。
西田だけが、組長室に残っていた。

「兄貴」
「これで、ええんやろ?」

ちょっぴり涙ぐんでいる西田を見つめる水木の目。それは、西田が良く知っているものだった。
たくさん頷く西田は、安堵感から、涙を流してしまった。

「今まで以上に厳しくいくからな。覚悟しとけよ」

水木は、力強く微笑んでいた。

「そや」
「はい」

涙を拭きながら、返事をする西田。

「ドア…」
「それは、松本親分に連絡しておきます」
「そやな」

二人が目線を移す先…そこは、組長室のドア。
ガラスは割れ、真っ二つに折れ曲がったまま、廊下の壁に立てかけられていた。
それは、もう、過去の遺物…。
これからは、先を見なければいけない…。
…あのひとの為に…。





AYビル・応接室

午前10時。
四国地方を仕切っていた松山組組長・松山が、AYビルの応接室のソファに座り、真子と真剣な話をしていた。



午後12時。
食事を交えながら、AYビルの応接室で、九州の青野組組長・青野と真子が、思い出話に浸りながら、会話を弾ませていた。

「益々素敵な笑顔を見せるんですから」

青野が、言った。

「本来なら、私の方が、お伺いしなければならないんですが…。
 以前、お伺いしたときは、本調子ではなかったので…」
「お気になさらずに。私は、野暮用でこちらに来ていたので、
 地島さんに、無理言って、時間を頂いたんですから」
「ありがとうございます」
「…これ、おいしいですね」
「ありがとうございます!!!!」

真子は、嬉しそうにお礼を言う。
なぜなら、目の前に出されている料理は…むかいん手製のものだったから…。

「テイクアウト、どうですか?」
「できるなら、御願いします」
「まさちん、連絡!」
「かしこまりました…」

少し呆れながら、むかいんの店に連絡を入れるまさちんだった。
真子と青野の話は、更に弾む……。



午後2時。
福岡では顔が利く鬼山組組長・山野が、青野と会話を楽しんでいるところへ、やって来る。
九州同志ということで、少しばかりは、仲の良い二つの組。更に話が弾んでいくのは、言うまでもない。



午後4時。
兵庫の篠本に代わって、名を馳せ始めた三田島(みたじま)組親分の三田島が、真子とにこやかに会話。
篠本の件での話が中心になっているものの、三田島は、真子の笑顔に終始、顔が緩みっぱなしだった。




「はふぅ〜。いきなり詰めすぎたか…」

そう言いながら、ノートを閉じるまさちん。
そのノートこそ、『阿山組日誌』だった。
…このところ、日誌らしくなっている感じの阿山組日誌。
しかし……。

『二日後は、一番厄介な組の親分との約束有り。組長、がんばれ!』

応援する前に、まさちん、そんなに短期間で、親分達と接触させなくても…。
善は急げってこと…??

親分達の気が変わらないうちに、再び、真子の笑顔を見せれば……。

まさちんの考えだった。

「さてと」

まさちんは、立ち上がり、服を着替えて、部屋を出ていった。
まさちんの車が、真子の自宅から出ていく…夜の1時。
向かう先は…映画館……。




更に二日後の午後2時。
広島県では、泣く子も黙る程の恐ろしいことで知られている鷹地一家(たかちいっか)の親分・高山が、まさちんに案内されて、38階の応接室へ入ってきた。

「申し訳ない、無理を言って」

高山親分は、笑顔で、真子に挨拶をする。

「お逢いできて光栄です。お疲れさまでした」
「いつもは、真北さんにお話しておりますが、こないだ、
 怪我を圧してまで、総会に来られた時にあんまし、ゆっくりと
 お話できなかったので、こうして、時間を頂いたんですよ。」
「地島じゃ、無理ですか?」
「地島さんとは、総会の度に話しておりますよ」
「そうでしたか…。…それで、お話と言うのは…?」

高山は、真剣な眼差しで、真子を見つめ、そして、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「…あなたのご意見ですよ」
「私の…意見?」
「命の大切さ…」
「……はぁ……」

総会の時は、ちらりとしか見たことがない高山の表情。しかし、ここに居る高山の表情は、違っていた。険しい表情の中に、穏やかさが混じっている。総会の後、高山自身に、何か変化があったのだろうか…。
真子と話し込む高山を見つめるまさちんは、高山の変化に疑問を持っていた。



「本日は、ありがとうございました。それでは、お気をつけて」

エレベータホールまで、高山を見送りに来た真子は、深々と頭を下げていた。

「また、お逢いしましょう」

高山は、真子に手を差し出していた。
真子は、自然とその手を掴み、力強く握手をする。

「じゃぁ、まさちん、よろしく」
「はい」

まさちんは、にっこりと微笑んで、そして、高山と到着したエレベータに乗った。
ドアが閉まるまで、真子は、深々と頭を下げていた。



エレベータの中。

「じっくり見ると、ほんとに素敵だな」

高山は、心が和んだ表情をしていた。

「我々にとっては、失いたくないものの一つです」
「…ったく、阿山真子に関する話には、いつも以上に、
 和やかな表情をするんだな。側にいる時は、いつもなのか?」
「普段と変わらないはずですが…」
「めっさ、違っとったぞ」
「そうですかねぇ〜」

まさちんは、ポリポリと頭を掻いていた。

「高山さんこそ、以前と違う雰囲気がするんですが…何か、ありましたか?」
「…阿山真子を目の前にした途端、心が和んだだけだよ」
「そうですか…。…嬉しいことです」

まさちんは、素敵な笑顔を高山に向けていた。

「地島を見ていたら、あの噂とえらい違いやな」
「あの噂?」
「…何もないよ」

エレベータが、地下駐車場に到着した。

「お気をつけて」

まさちんは、深々と頭を下げる。

「次の総会には、参加するんか?」
「いつも通りですね」
「ったく、一度っきりは、他の親分も許さんぞ」
「説得できたら…となります」
「がんばれよぉ。じゃぁなぁ」

高山は、車で待機していた組員に迎えらる。
高山は、まさちんに一礼して、車に乗り込んだ。
高山を迎えた組員は、運転席に周り、まさちんをちらりと見て、口元をつり上げていた。

「??」

まさちんは、その表情に少し疑問を持ったが、丁寧に頭を下げ、高山を見送った。
まさちんは、車が見えなくなるまで、見送った後、一階へ通じる階段を上っていった。
その足取りは、軽かった。





高山は、後部座席で、思い出し笑いをしていた。

「親分、どうされました?」

組員が、尋ねる。

「阿山真子は、噂通りの女だなと思ってな」
「噂通り?」
「優しすぎる」
「えぇ。それ以上に、地島も優しすぎるんですよ」

組員は、懐かしむような口調で言った。

「そうだな。…でも、お前の言うような雰囲気はないぞ」
「そりゃぁ、そうでしょう。あれから、20年近く経ちますから」
「人を人とは思わないくらい傷づけていたとはなぁ。まぁ、怒ると
 そうなるらしいな。厚木総会の話は有名だからな」
「はい。副会長の多聞に狙われ、11発も喰らったのに、生きている」
「…死ぬことを忘れているんじゃないか?…あの日以来…」
「そうでしょう。心臓に2発喰らって、阿山真子の能力で生き返った…。
 未だに、あの不思議な光景は、忘れられませんよ」

組員は、目を瞑る。

「その能力を利用したかったんだがなぁ。もう、無いか」
「川上組に、先を越されてしまいましたからね…」
「そうだな。…それにしても、12年も経てば、お前の顔も忘れるのか?
 兄貴ぃ〜って慕っていたんだろ?」
「私の顔は、変わってしまいましたからね。真北の鉄拳で」

組員は、クスッと笑った。

「で、どうするつもりなんだよ、地島」
「何もしませんよ。今のままで、充分ですから。政樹の活躍を影で
 見ているだけで、充分ですよ」
「そういうお前も、変わったんだな」
「成長しないと…。政樹に負けてられませんからね。しかし、あの政樹が
 あれ程まで素敵な笑顔を持っていたとはね…。これも、阿山真子の影響か。
 ……それと親分」

後部座席に振り返る組員・地島は、真剣な眼差しをしていた。

「なんや?」
「次に、阿山真子のお逢いになる時は、私を外して下さい」
「なんでや?」
「政樹に会いたくありませんから」
「…その時にならな、わからんな。お前は、俺の右腕だろうが」
「ありがとうございます」

車は、広島県の県境を通過した…。




暗がりの部屋で、灯りがほのかに付いている場所。
灯り…それは、パソコンの画面から漏れるものだった。
そこに、男が二人、不気味な雰囲気を醸し出しながら、画面を見つめていた。

「『真北春樹。元刑事。仕事中に抗争中の阿山組本部の前で
  被弾。唯一の生き残り。…その後、阿山組と懇意に…』…か。
 それで、この真北が、自分の命よりも大切な娘が…?」
「阿山真子だ。阿山組五代目組長。その写真は、高校生の時のだ」
「素敵な笑顔だな」
「俺が、惚れた女」
「ほほぉ〜。それで、俺にこんな話をして、…何を企んでいる?」
「お前らの力を貸して欲しいだけだ」
「…組織の…力をか?」
「あぁ」

不気味に口元をつり上げて、男を見つめる…。
ふと、灯りが照らした目…。

どこか、見覚えが……。





12月中旬。
真子は、AYAMA社の社長室に居た。
そこにあるパソコンで、何やら深刻な表情をしながら、データーを集めている様子。

「がぁ〜あかん。やっぱし、健に頼もうっと」

真子は、受話器に手を伸ばし、内線をかける。

「まさちん、えいぞうさんの店に行くよ。連絡しといて」

そう言って、真子は受話器を置き、パソコンで、何処かへメールを送った後、パソコンの電源を切った。
社長室を出てきた真子は、駿河に笑顔を向けて言った。

「御免、今日は帰る」
「体調でも?」

駿河は、驚いて立ち上がる。

「ちゃうちゃう」
「チャウチャウ?!」

それは、犬だろ…。

社員の誰もが、駿河の仕草を見て、心で思った。

「犬…?」

真子は呟く。

「正解ぃ〜。…と、気を取り直して、どうしたん?」
「調べに行くだけ」
「健ちゃんとこ?」
「そう」
「ほな、これ、来週の会議までに検討してて欲しいなぁ〜」

駿河は、誰かに似た感じのうるうる目で、真子を見つめ、目の前にファイルを三つ差し出した。

「解りましたぁ。…私でも、出来る?」

駿河は、たくさん頷いた。

「もしかすると、今月、奇跡が起こるかもよぉ」

真子が笑顔で言う。

「奇跡?」
「そうだよぉ。その奇跡によっては、来年めちゃんこ忙しくなるで」
「…ほんまかいな…」

そこへ、まさちん登場。

「組長、お待たせしました」
「ほな、来週ねぇ」
「お気をつけて」

駿河達社員は、真子を笑顔で見送った。

「駿河さん」

八太が声を掛ける。

「ん?」
「ちゃうちゃうのチャウチャウは、古いですよ」
「それよりも、真子ちゃんの『めちゃんこ』の方が古くないか?」
「…ごもっとも……」

二人の会話に社員一同、深く頷いた。




駅前のとある喫茶店。
茶店のマスターが、珈琲を煎れながら、カウンター内にあるモニターを見つめていた。
店の前、駐車場、店内、裏口と四分割にされた画像…もちろん、監視カメラの映像だった。
駐車場に高級車が一台入ってきた。

「お迎えやで、健」
『はいぃ〜、すぐ出ます!!』

そう言って、カウンターの奥の部屋から出てきたのは、おちゃらけ健だった。
ということは…茶店のマスター…それは…。
ひげ面が、ちょっぴりダンディーなえいぞうが、カウンターで仕事中。
健は、えいぞうに言われて、急いで店を出ていった。

モニターには、車に乗っていた男女が映っていた。健が、その人物におしりをふっている…。

「毎回同じ事すんなって。さっさと上がれ…」

健は、女性を守るような感じで、店の階段を上ってきた。そして、ドアが開いた…。

「いらっしゃいませ」
「こんにちはぁ」
「兄貴ぃ、オレンジとアップルと、軽い食事!!」
「…むかいんとこで済まさなかったんですか?」

健と共に店に入ってきた男女。それは、真子とまさちんだった。えいぞうの言葉に、真子は、軽く舌を出していた。

「早めがいいと思ってね」

真子は、にっこりと笑って、健を見つめる。
健は、その笑顔に思いっきり照れたように、顔を真っ赤にして、それを誤魔化すかのように、カウンターの奥の部屋へ入っていった。

「組長、駄目ですよ、健にその笑顔はぁ」
「なんで?」
「隠し撮り、増えますよ」
「…まだ、やってるん? …ったくぅ」
「軽食って…」

えいぞうは、手を止めて、真子を見つめる。

「久しぶりに、あれがいいな」
「組長、あれですか?」
「うん」

無邪気に頷く真子。…真子が言う『あれ』とは……。


「お待たせ致しましたぁ」

カウンターに座る真子とまさちんの前に差し出されたのは、焼きそば。

「う〜ん。良い香りぃ〜」
「組長、これは?」

まさちんが、真子に尋ねる。

「そっか、知らんか。…昔ね、よく作ってくれたんだよぉ。
 むかいんと知り合う前。真北さんが仕事で居ない時にねぇ〜」
「はぁ、まぁ」

えいぞうは、照れていた。

「滅多にない味だから。えいぞうさんスペシャルだよ!」

真子はそう言って、箸を持ち、手を合わせる。

「いっただきまぁぁす!」

真子は、焼きそばを食べ始める。まさちんも、真子につられるかのように、一口頬張る。

「…不思議な味…」
「そうなのよぉ〜。なんか、えいぞうさん、って感じやろ?」
「はい。えいぞうって感じですね」
「その『えいぞうさんって感じ』とは、どんな感じなんですかぁ。
 いっつも、不思議に思っていたんですけどねぇ」

えいぞうは、真子に尋ねる。

「えいぞうさんって感じなの」
「……ようわからん…。いらっしゃいませ」

えいぞうは、客を迎える。

「組長が、えいぞうに茶店を開くようにおっしゃったのが、
 何となく、解りますよ」
「ね。珈琲の入れ方だけちゃうねんで」
「組長、珈琲は、飲まないはずですが…」
「珈琲好きのぺんこうが言ったの。えいぞうさんの珈琲は、おいしいって」
「ぺんこうが…ですか」

まさちんは、嫌な名前を聞いたという表情をして、焼きそばを食べ終わる。

「ったく」

真子は、まさちんの表情を見てふくれっ面になっていた。
そんな二人を見つめるえいぞうは、優しく微笑んでいた。



真子は、茶店の隅のついたての席で、以前と同じように、健と深刻な表情をして、小さなパソコンの画面を見つめていた。

「思った通りか。ほんまに、AYAMAは忙しくなるね…」

真子は、ため息を付きながら、背もたれにもたれかかる。

「兄貴、おかわり」
「はいよ」

健に言われて、えいぞうは、オレンジジュースを用意し始める。

「組長、こいつ寝てますけど、よろしいんですか?」

えいぞうは、カウンターに俯せになって眠りこけているまさちんに目をやりながら、真子に言った。
真子は、ついたてから、顔を覗かせる。

「かまへんで。いつものことや」

そして、真子は、パソコンに目を移し、画面を切り替える。

「それが、鷹地一家の資料です」
「…ふ〜ん。…あの総会の日から、えらい変化やね」

真子は、健を睨み付ける。
健は、慌てて目を反らす。

「ですから、あれは、申し訳ございませんと何度も申してます…」
「…ったく、水木さんの口から、聞かなかったら、知らなかったよ」
「組長、あれは、私共としては、当然の行為ですよ」

えいぞうが、オレンジジュースを差し出しながら、真子に言う。

「命までは、奪いませんよ。…でも、昔なら、違ってましたね…恐らく。
 組長が、無茶しすぎなんです」

えいぞうは、真剣な眼差しで真子に言った。

「それは、充分反省してるよぉ〜」

真子の表情が暗くなる。

「兄貴!!」

健は、真子の表情を見た途端、えいぞうの胸ぐらを掴みあげる。
その雰囲気は…怖い……。

「いいよぉ、もぉ」

真子は、伏し目がちながらも、健の腕を掴んでいた。健は、慌ててえいぞうから手を離す。

「すみません」

健は、真子に頭を下げて、席に座る。

「いらっしゃいまっせぇ〜」

えいぞうは、服を整えながら、客を迎えた。

「それはそうと、高山の情報を集めてどうされるんですか?」
「…ちょっと気になってね…」
「気になる?」
「うん…」

真子は、先日逢った高山が、地島を見るときの表情が気になっている様子。そして、総会の度に、地島と親密に話しているらしい口調も気になっていた。

「親分衆と逢う時期は終わったんですか?」
「うん。…疲れたよぉ。ったく。総会で、ちらっと顔を合わせただけなのに、
 毎日、ひっきりなしに、話し合うなんて、思ってもなかった」

真子は、ちょっぴり驚いているらしい。

「仕方ありませんよ。親分衆が直々にお逢いしたいとおっしゃってるなら。
 それに、今まで、真北さんが行っていた仕事ですが、組長が、真北さんを
 阿山組から遠ざけるからですよ。目に入れても痛くない娘を、危なそうな
 親分衆に、引き合わせたら、それこそ、厄介なことが起きかねませんから」
「危なそうなって、健、どういうこと?」
「そのまま、言葉通りですよ。俺だって、嫌です。まさちんもやろ?」

健は、目線を上げた。その目線につられるように、顔を上げる真子。
そこには、怒りの形相で立ちはだかるまさちんが居た。

「善は急げや。…俺も嫌やけどな、親分衆の気持ちが変わらないうちに…
 そう思っただけや」

まさちんの手が、健に伸びる…その手を阻止する真子。
その目は怒っている。
まさちんは、渋々…ふてくされながら、カウンターに戻っていった。

「だけど、気を付けてくださいよ、組長」

健は、いつにない真剣な眼差しを真子に向ける。

「…薬専門の健に…御願いあるんやけど…」
「なんでしょうか?」

真子は、健の胸ぐらを掴み、自分に引き寄せ、耳打ちする。

「それは、難しいですよ…」
「私だって、危険は解ってるよ。もしも…の為だよぉ」

真子は、まさちんに聞こえないくらい小さな声で、健に言う。

「アルコール類、全部の味を覚えるしかありませんよ」
「その店のオリジナルだったら? 新作とか言われたら?」
「店のオリジナルなら、それも覚えるしかありません。…新作は、
 避けるしかありませんよ」
「…ほな、出逢った親分衆の行きつけの店のデーターと味。
 集めること、できる?」
「私に出来ないことはありませんよ」

健の目が、キラリと輝く。

「御願いしていい?」
「組長の為なら、どんな厄介なことでも、引き受けますよ」
「…ってことは、今のは、厄介なことなんだ」

真子の言葉に、目を見開く健。

「いえ、その、あの…そういうことやなくて…その……」

しどろもどろの健。そんな二人の雰囲気を肌で感じながら、えいぞうとまさちんは、カウンターで話し込んでいた。

「ええんか? あんなことさせて。それこそ、真北さんに怒られるで」

えいぞうは、グラスを拭きながら、まさちんに言った。

「組長の企みを阻止できるわけないやろ」
「企みって、お前なぁ」
「…アルコールに詳しいのは、水木だけや。その水木と逢うことを
 許されてないから、しゃぁないやろ」
「しゃぁないって、まさちん、お前も知っておかなあかんで。
 今度は、薬入れられて、寝入るなんてこと、できへんからな」
「解ってるよ。…でもなぁ、新作や言われたら、無理やで」
「まぁな。…新作には、手を付けないことやな」
「不思議な味やと思ったんや」

まさちんは、頬杖を付いて、真子の居る場所とは反対の方向を見る。

「…それと、薬独特のにおいも、覚えろよな。…健に頼むか?」
「それは、すでに終わってる」

まさちんは、目だけを、えいぞうに向け、微笑んだ。

「そうかいな。…いらっしゃいませ」

えいぞうは、客を迎えた。客の注文を聞き終えたえいぞうは、用意をしながら、まさちんに尋ねる。

「それは、そうと、お前、こないだ逢った高山の側近のことやけどな」
「ん? 側近?」
「『地島』っつー名前やけど、…覚えあるんちゃうか?」
「地島…?」

まさちんは、首を傾げる。えいぞうは、客に注文の品を届け、カウンターに戻ってきた。

「覚えないな」
「そうかぁ。珍しい名前やから、気になってたんやけどな」
「…って、なんで、えいぞうが、気になってるんや?」
「俺は、これでも組長のボディーガードや」
「さよかぁ」

まさちんは、ふざけたように言いながらアップルジュースに手を伸ばす。飲み干すまさちんは、何かを考えていた。



「……って、まさちん!」
「…あっ、は、はい?」

帰路に就く車の中で、真子は、まさちんに話しかけていたが、まさちんは、運転しながら上の空という感じだった。

「どしたん?」
「すみません。考え事を…」
「…健と話してたの聞こえてたんやね?」
「えぇ」
「自分の身は自分で守る…って言った手前、仕方ないでしょ?」
「私も、一緒に御願いします」
「まさちんは、ええって。アルコールはもう、大丈夫やろ?」
「はぁ、まぁ…」
「…みんなに心配掛けないようにせんとね…」

ルームミラーに映る真子の表情は、深刻…。

「組長、決して単独行動は、しないでくださいね。必ず、私か、
 くまはちを側に…御願いします」

真子は、ちらりとルームミラーに目をやる。
まさちんは、微笑んでいた。
その微笑みに安心したように応える真子。

「なるべくね」

悪戯っ子のように微笑む真子だった。まさちんは、クスッと笑って、正面を向いて、運転を続けた。



真子の自宅・リビング。
真北とまさちんが、ソファに腰を掛け、眉間にしわを寄せ、少し伏し目がちになりながら、何かを考えている様子。
同時にため息をついた。

「そう考えるのもわかるけどなぁ」

真北は、腕を組みながら、まさちんを見る。

「お前が教えろよ」
「いいえ、私は…」
「弱いよりも、詳しいんやろが」
「はぁ、そうですが…」

ポリポリと頭を掻くまさちん。真北は、真剣な眼差しでまさちんを見つめる。
何か言いたげな目…。

「なんでしょうか…」
「…あのな、もし…昔の暮らしに戻るなら、どうする?」
「昔の暮らし?」
「真子ちゃんと逢う前だよ。お前が、暴れてた頃」
「それは、ありませんよ」

まさちんは、言い切る。

「突然、何かと思えば…」
「…お前が親しく話す姿を見るとな、心配で…」
「何がでしょうか?」

まさちんの頭に、『?』マークが二つほど浮かぶ。

「…まぁいいか。今の話は、忘れろ」
「はぁ、まぁ…」
「それより、酒の味って、書面だけで解るんか?」
「そこなんですよぉ。組長、もしかしたら、書類を見て、検討したあと、
 それらを取り寄せるかもしれませんよ。それが心配です」
「それは、大丈夫やろ。…ここに取り寄せるよりも、送り先は、
 例の場所やな」
「例の場所?!」
「あぁ」

真北が言った『例の場所』とは……?



(2006.6.29 第四部 第五十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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