任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五十三話 見つめる先

一面真っ白。何もかもが白紙に戻されるような気持ちになる程、美しい大自然が広がる天地山。
今年も素晴らしい景色を眺めている真子。
いつの間にか大の字になって、寝転んでいた。

雲が流れる…。

雲が流れる………。

「いつまで、寝転んでおられるんですか?」

寝転ぶ真子に優しく声を掛けたのは、天地山ホテル支配人・まさだった。
しかし、真子は、返事をしなかった。

「お嬢様ぁ?…って、こんなところで、本格寝ですか…。
 だから、あれ程申したのに…飲み過ぎですと…」

まさは、そう言いながら、真子を抱き上げる。
真子の腕が、自然とまさの首に回されたのは言うまでもない。
真子の仕草に微笑みながら、天地山ホテルへと戻ってくるまさだった。



真子は、いつもの部屋のベッドに寝かされた。

「んー…」

真子は、寝返りを打つ。その仕草に少しドキッとするまさ。

「いつまでも、昔のまんまなんですから」

真子にそっと布団を掛けて、部屋を出ていくまさは、事務所に戻り、部屋の中を見渡した。
部屋の隅に山積みにされた箱。
それらは、一目見ても解るもの…アルコール類が入った箱。

真北が言った例の場所。それは、ここ天地山の事だった。水木よりもアルコールに詳しいまさ。
これも昔取った杵柄??

「一口だけでは、解らないと言って、何杯もおかわりするから…。
 それにしても、これ全部…お嬢様は〜」

そう言いながら、デスクにつき、目の前の書類を手に取った。その書類こそ、健が調べたアルコール関係のデーター。まさは、目を通しながら、それに一言加えていった。




「まっささぁ〜ん。次ぃ〜」

少し頬を赤らめた真子が、まさの事務所にやって来た。

「次は、ありません」
「なんでぇ〜?」
「そんなヘラヘラな顔でおっしゃらないでください!」
「ヘラヘラ?」

まさに尋ねる真子の言葉もヘラヘラだった。もちろん、飲み過ぎ…。
まさは、真子に一冊のファイルを手渡した。

「健のデーターに、加えておきましたよ。口にしなくても
 お解りになると思います。それを読んで、解らないものだけを
 味わうというのでどうですか? …これ以上酔われると、
 私が真北さんに怒られますから。何度連絡が入ったと思いますか?」
「二時間おきぃ〜」
「よく御存知で」

まさは、にっこりと微笑む。その微笑みにスキがない…。

「そうしますぅ〜」
「うぎゃぁ、お嬢様!!!!!」

突拍子もない声を挙げて、慌てて真子を支えるまさ。真子は、返事をした途端、前のめりに倒れた。

「お嬢様!???……心配掛けないで下さいよぉ〜」

まさは、真子を支えたまま、ヘニャヘニャとその場に座り込んだ。
真子は、眠っていた……。



真子が、天地山で過ごしている頃、まさちんは…。



AYビル・須藤組組事務所。
まさちんが、指に細い何かを挟んだまま、机の上に散らばった書類をまとめていた。

「今夜出発か?」

須藤が尋ねた。

「えぇ。明日は、組長が毎年楽しみにしてるパーティーですからね」
「原田も、組長には、メロメロか」

まさちんは、くわえタバコで須藤を睨み付ける。

「そんな言い方せんといてくださいよ。そりゃ確かに組長の
 笑顔に負けた奴ですけどね。メロメロとまではいかないでしょう」
「わからんぞぉ〜。お前を数日遠ざける時点で何かあるどぉ」

須藤は、ニヤニヤしながらまさちんをからかっている。
まさちんのこめかみがピクピクしているのは、言うまでもない…。
そして、まさちんは、静かに立ち上がり、素早く事務所を出ていった。

「おやっさん、やりすぎですよ」

応接室の外で常に待機していたよしのが、入ってきた。

「そんな心配するなという感じで、人に言っておきながら、
 自分は、心配しとるんやなぁ〜」
「当たり前ですよ!!」
「あの勢いやったら、今から向かうで」


まさちんの事務室。

「ほな、あと頼んだで」

そう言って、荷物を持って、事務室を出ていくまさちん。

「待てぃ!! 予定の仕事、全部やってからやろがぁ!!」

くまはちは、まさちんの襟首を掴む。

「組長が心配やぁ!」
「お前の心配所は、ちゃうやろが!」

ズイズイとまさちんをデスクまで引っ張り、椅子に座らせて、鞄を取り上げた。

「くまはち!」
「叫ぶな!! そんなに心配やったら、電話せぇや」

くまはちは、短縮ボタンを押して、受話器をまさちんに手渡す。まさちんは、渋々応対する…が、その表情が強張る。こめかみがピクピク……。

『大丈夫や。お嬢様は、しぃっかりと俺の側にいるから。
 昨夜は、離してくれなかったぞぉ』
「まぁ〜〜さぁ〜〜」

怒りを抑えるまさちん。

『明け方まで、仲良く寄り添ってたから、今は寝ているよ』

受話器を持つまさちんの手が激しく震える。

『予定は明日だよな。なんなら、一日遅れてもいいよ。組関係が
 忙しいんだろ? それに、お前も疲れてるだろうからな。
 お嬢様が心配してるよ』
「予定通り…向かうからな。それまで、よろしく」

ゆっくりとした口調でそう言って、まさちんは、受話器を置く。

「くぅまぁはぁぁちぃぃぃ〜。仕事!!!!」

怒りを抑えたまま、くまはちを睨むまさちん。

お、恐ろしい…。

そう思いながらも、くまはちは、書類を手渡す。まさちんは、手荒く書類を奪い取って、仕事に没頭し始めた。いつも以上の素早さ。

「組長が居ない時、常にそうあってくれよなぁ〜」

ギロッ…!

「…何も言いません」

流石のくまはちも、この日のまさちんの苛立ちと怒りには、手を出せなかった様子。


そして、まさちんは、天地山へと向かっていった。




盛大なクリスマスパーティーが開催されている天地山ホテル。もちろん、真子は、笑顔で会話を交わしている。真子には常に、まさちんが付いていた。
真子は、一人の紳士に近づいた。

「今年は、騙されませんよ、おじさん!」
「やっとばれた…。一段と美しくなりましたねぇ〜。初めて逢ったのは、
 こぉんなに小さい時で、かわいかったのにねぇ〜」

そのおじさんこそ、毎年、変装をしてまで、このパーティーに参加している天地山付近に縄張りを持つ地山一家の4代目親分の地山栄治(ちやまえいじ)だった。
地山は、嬉しそうに、真子を抱きしめる。真子も、それに応えるように抱きついた。

「ほんと、女性だね」
「当たり前です!!」

真子は微笑んでいた。

「まさちん、御免、おじさんと二人っきりになるから」
「組長、それは…」
「大丈夫だって。おじさんは、お父様と真北さんとも親しい仲だから」
「…わかりました」

まさちんは、深々と頭を下げ、少しふてくされたような感じで、まさのところへ歩いていった。

「おぉ、嫌われたか」

まさちんをからかうまさ。

「…なんだよ、あのおじさんは」
「地山一家の地山親分だよ。先代と真北さんと親しい仲。…俺の居た組を
 壊滅させた時の協力者。だから、俺がここで、平和に暮らせるんだよ」
「命の恩人ってことか?」
「それに近いかな」

まさちんとまさは、楽しそうに話し込む真子と地山を見つめていた。

「いつもは、変装して、お嬢様をからかっていたんだがなぁ。今年は、
 無理だったのか。お嬢様、いつの間に、見破る術を身につけた?」
「それは、わからない。俺に内緒で何かしてそうなんだよ…」
「…ぺんこうか?」

まさの言葉に、ピクッと反応し、睨むまさちん。

「俺に当たるな。お前が悪い。早くお嬢様の気持ちに応えろよ」
「…お前まで、そう言うのか?…で、何に応えるんだよ…」

まさちん、にぶい…のか?

「わからないのなら、これ以上、何も言わない。…おっと、
 悪いなぁ、俺、呼ばれた」

そう言って、まさは、手招きする真子の側へ駆けていった。真子と地山、そして、まさを交えて、三人は、昔話で盛り上がっている様子。
このところ、昔の話ばかりが沸き立つ真子の周り。
実は、まさちん。真北に言われるまでもなく、昔のことを思い出していた。

まさと地山を交えて楽しく話している真子を見つめる、まさちん。
真子の笑顔が輝いている。

まさちんは、軽く息を吐いて、そっとパーティー会場を出ていった。
それに気が付いたのは、真子だけだった。

「どうされました?」

まさは、真子の目線が気になり、静かに尋ねる。

「ん? ちょっとね。…まささん、そろそろ終わっていい?」
「そうですね。いつも以上に長居しましたね」
「では、おじさん。今年もありがとうございました」
「あんまり無茶したら、真北さんが心配するよ」

地山は、素敵な笑顔を真子に向けた。

「はい。気を付けます。それでは、良いお年を!」

真子は、地山に一礼して、にっこりと微笑んだ。

「真子ちゃんも、素敵な年を!」

地山は、急ぎ足で去っていく真子を見送った。

「急にどうされた?」
「就寝時間ですよ」

まさは、誤魔化した。
真子が、まさちんを追いかけていったことを…。




真子は、パーティー衣装で、天地山ホテル内を駆け回っていた。そして、喫煙コーナーで、窓の外を見つめながら、煙を吐き出すまさちんを発見。
真子は、そっとまさちんの後ろに近づいた。
まさちんは、考え事をしているのか、真子の気配に気が付いていなかった。
そっと脇腹に手を伸ばす真子。
その手は、勢い良く掴まれた。

「組長!!!!!」

まさちんは、掴んだ手を素早く離して、もう片方の手に持っている物を、慌ててもみ消した。

「どしたん?」

真子は、真剣な眼差しで、まさちんに尋ねた。

「何もありません…」

まさちんが言い切る前に、真子は、まさちんの顔を両手で力強く挟んだ。

「言いなさい!」

親の目である…。
まさちんは、目を反らす。

「まさちん!!」

真子の怒鳴り声が、廊下に響き渡った……。
まさちんは、何かを堪えるかのように、唇を噛みしめていた。
真子は、そんなまさちんの仕草にため息を付き、いきなり、胸ぐらを掴んで、人気のない場所へ、引っ張ってきた。
まさちんを壁に押しつけ、膝の後ろを蹴り、その場に座らせる。そして、まさちんを見下ろした。

「…読むよ…」

まさちんにそっと告げる真子。

『読む』…それは、真子の能力で、心を読むということ…。

まさちんは、その言葉で、重い口をゆっくりと開き始めた。

「先日、お逢いした高山親分…以前より、私によく話しかけるので、
 気にしておりました…それが、組長の能力目当てだと知りました。
 知ったのは、川上組との事件の前です…」
「その事件があって、私の能力は失われたと知れ渡ったはず」
「それでも、私と接触してくるので、不思議に思ったんです。
 …それで、調べていくと…」
「まさちんの昔のことをよぉく知っている人物が、その組に居た…」

まさちんは、真子の言葉に驚いて、顔を上げる。

「…健の資料にあったんだよ。…側近・地島ってね。不思議に思った。
 まさちんと同じ名前だなぁって。…そこで、思い出したんだ…」
「組長と出逢う前に居た、世話になった組での…俺の兄貴分です…」

静かに言うまさちん。

「まさちんの本名は、北島だったもんね。…その人からの名前なの?」
「はい。兄貴は、本当の弟のように、俺の世話をしてくれました。
 そして、阿山組に潜り込むなら…ということで、名前を変えて…。
 阿山組は、情報に対しても上をいく。名前を変えておけと…。
 それに、この世界は、身内まで手が伸びることから、過去とは、
 完全に切れるようにとも言われました」
「だけど、地島なんて名乗ったら、それこそ、敵対する組だと
 解りそうなのにね」
「敵対する組に居る地島と同じ名前…そう思っていたそうですよ。
 地島は、組に居る。阿山組に居る私は、別人…」
「だけど、弟分の話くらいは…」
「暴れん坊は、塀の向こうと噂を流せば…」

真子は、納得したように、息を吐く。

「で、今頃、何か言ってきたん? その兄貴の地島さん」
「何も…先日、ビルの駐車場で、俺を見て、にやりと微笑んでいただけです」
「…気が付いてたん?」
「その時は、わからなかったんですが、その微笑みが気になり、調べたら
 解ったんです。…顔が変わっていた…それは、あの日以降、取り調べの際に
 真北さんから鉄拳をもらって、大変だったとか…」

真子は、あの日を思い出す。


…まさちんが、銃弾から自分をかばって、血に染まっていく…。
その後の青い光…。


真子は目を瞑った。

「そうだろうね。真北さんの怒りと、お父様のまさちんへの怒りは、
 今でも覚えてるもん。…あの日の本部の空気は、違ってたからね」

真子は、目を開けて、まさちんを見つめた。

「…何か、伝えたいん?」
「いいえ。私は、あの日以来…心に誓ってます。決して裏切らない。
 過去を忘れる。私は、あの日に、生まれ変わった…」
「…だったら、今更、悩むことあるん?」
「すみません…。あまりにも、周りが昔の話で盛り上がるものだから、
 私まで、感化されてしまって……」

まさちんは、項垂れる。そんなまさちんの頭をそっと腕の中に包み込む真子。

「だったら、今すぐに、昔の事は忘れて…今を、これからを
 考えてよ…。生まれ変わった時からの、まさちんに、戻ってよ…。
 私まで、思い出してしまうから…」
「組長…!!!」

まさちんは、真子にしがみつくように、真子のドレスを握りしめた。そして、力強く抱きしめる。

「すみません…暫く…このままで……」
「うん」

真子の声が、まさちんの心に響く…。真子は、包み込むまさちんの頭を優しく撫でていた。

「大丈夫だからね…まさちん」
「……はい……」

涙声のまさちんだった。
二人の様子を壁の向こうで伺っていたまさは、二人に気付かれないようにそっと去っていった。

まさちん、そのまま、押し倒せ!

なぜか、そう思ったまさだった。



その夜、まさちんは、珍しく熟睡していた。
隣の部屋で寝ているはずの真子は、バルコニーに出て、空を見上げていた。
星が、空一杯に広がっている。都会で見るよりも近くに感じる星。真子は、そっと手を伸ばす。

「少し…掴めたかな…」

真子は、清々しい表情をしていた。

「昔は昔、今は今。だけど、今があるのは、昔のおかげ。
 人は、それを糧に成長する。いつまでも、悔やんでは駄目。
 悔やむことを如何に克服するか…。それが、成長の鍵。
 前に進むことはいい。でも、時々は立ち止まって振り返ることも
 必要。……それが、今…ってことかなぁ」

真子は、まさちんの部屋の方を振り返る。

「頼りにしてるんだからね!」

真子は、微笑む。

「さてと、そろそろ寝るかぁ!」

真子は、部屋に戻り、バルコニーに通じる窓の鍵を閉め、布団に潜り込んだ。

真子が、その夜に見た夢…。

それは、あの日の事件。
自分を守って真っ赤な血に染まるまさちんの無惨な姿。
そして、青い光に包まれるまさちんの姿。
その光景を見て驚く真北や、敵対する組の組員。
拘束されていた真子に恐ろしいまでの口調で話しかけるまさちんの兄貴分…地島の表情…。
銃口が自分に向けられる…。



朝、真子を起こしに部屋へやって来たまさちんは、真子の寝言で、真子が見ているだろう夢のことを察する。

まさちん……無事で良かった…。

真子の頬を伝う涙をそっと拭うまさちん。

「組長、ありがとうございます…」

そう言って、真子の頬に唇をそっと寄せた。
その途端、真子の表情が和らいだ。
真子の表情が動いた事で、まさちんは、自分の行動に驚き、ハッとする。
しかし、真子の表情をみて、現実に戻ってきた。

「組長、起きて下さい。朝ですよ。…組長ぅ〜!!!! ふぎゃん!!」

まさちんの顔面に枕が直撃。

「うるさぁ〜い!!…きゃっ!!」

寝ぼけたまま、手を振り上げて、まさちんに突っかかろうとした真子は、ベッドから、落っこちた。

「く、組長!!!」

手を差し出すが、間に合わず、空を切。
まさちんは、ベッドの下に転がっている真子を慌てて抱きかかえ、ベッドに座らせた。

「大丈夫ですか?? どこか、打ちませんでしたか?」
「…大丈夫ぅ〜」
「駄目です。今日は一日、寝ていてください。後で、まさに
 診てもらいましょう」

真子の声で、状態を察するまさちん。
流石、長年付き添っているだけある。
真子は、ベッドから落ちた弾みで背中を強打していた。

もちろん、この日一日、ベッドで安静にしていた真子は、先日観に行った映画の話をまさちんから、面白可笑しく聞いていた。
真子の楽しそうな笑い声は、廊下で様子を伺うまさの耳に届いていた。

「不思議な関係ですね、お二人は」

まさは、そう呟いて、仕事に戻っていった。




真北が、デスクワークに励んでいる。

「真北さん、休みなしですか?」

原が、真北にお茶を差し出しながら尋ねた。

「いつも通りやで。本部に戻らないとな。慶造の奴が心配する」
「それにしても、なぜ、こちらに?」
「…ちょっと調べたいものがあってな…」
「ふ〜ん」

と言いながら、原は覗き込む。

「…真北さん、それは、上からの命令で…」
「わかってる。気になる部分は、ほっとけないだろ」
「その…例の男の事件も迷宮入りなんですから。…あまり無茶すると
 真子ちゃんに怒られますよ」
「慣れてるよ」

真北は、原に微笑み、調べ続ける。
原は、やれやれという表情で、自分のデスクに着いて、何処かへ電話を入れる。



『黒崎死亡』

真北が調べていた事件で行きついたのが、その結果だった。
くまはちは、真北から見せられた書類を机に放り投げ、頭を抱えて俯いた。

ここは、真子の自宅のリビング。
真北とくまはち、そして、ぺんこうも加わって、深刻な話をしていた。

「アルファーの状態から考えると、黒崎さんも…と思われましたが、
 やはり…。向こうで一体何が起こったんでしょう…」

くまはちは、俯いたまま言った。

「それが、迷宮入りとされてるところだよ。これ以上は無理だ。
 俺の仕事でも…な」
「真北さんが無理でしたら、健でも…」

ぺんこうの言葉に頷く真北。

「…真子ちゃんが危険な目に遭わなければいいんだが…」
「それは…」

くまはちとぺんこうが同時に発し、お互いに顔を見合わせる。

「改めて口に出さなくても、解ってるよ」
「はぁ…」

くまはちとぺんこうが言う。
沈黙が続く。
突然、何かを思い出したように、真北は、くまはちを睨み付けた。

「絶対に動くなよ。もし、動けば…」
「真北さん」
「なんや、ぺんこう」
「…怖すぎですよ。…早く、組長に会いに行って下さい」

ぺんこうは静かに言った。
ぺんこうの言葉で我に返る真北。
すっかり昔の感情…やくざを壊滅させる意気込みの頃…に戻っていた。

「お前に言われなくても、明日発つ」

怒りを抑えたような感じで、真北が言った。その途端、睨み合う二人。
くまはちは呆れた感じで二人を見つめていた。

「その件に関しては、これ以上、首は突っ込みませんよ。
 ですが、組長が危険に曝されるようなことになったら、
 この身、一つで守ってみせます」

二人の睨み合いを停めるかのように、くまはちが言うと、

「くまはち、お前、それは…」
「組長に悟られないように気を付けます」

くまはちは、真北の言葉を遮ってまで、力強く言った。

「…そうでなくて…」
「無理ですよ。身に付いたものをそう易々と変えられません。
 …もしもの時ですよ」
「だがな…真子ちゃんを哀しませるようなことにだけは
 なるなよ。…そのことは、俺自身も心配している」
「そのまま、そっくり真北さんにお返しします」
「…俺は、いいんだよ」

真北が静かに言うと、

「それは、私が困ります」

ぺんこうが、真剣な眼差しで言った後、真北を見つめる。

「…いつまでも…引きずるなよ…」

真北は呟いた。

「二度と…あのような思いはしたくありませんから…」

ぺんこうの拳が、そっと握りしめられた。

いつもなら、こんな時は、真子が優しく包み込んでくれる…。

ぺんこうは、いつの間にか、真子に頼っている自分に気付き、拳を弛めた。

「…悪かった…」

真北は、そう言って立ち上がり、すっとリビングを出ていった。
真北にしては珍しい行動。
ぺんこうとくまはちは、驚きのあまり、暫く硬直していた。

「ぺんこう…」
「…あ、あぁ」
「一体、何が…?」

二人は同時に呟く。

「俺…怒らせてしまったのかな…」

ぺんこうは、ションボリとしてしまった。

「違うよ。…反対なんだよ。今頃、涙ぐんでるかな」
「はぁ?」

くまはちの微笑みに疑問を抱くぺんこうだった。



真北の部屋。
くまはちが言ったように、真北は、目を潤ませてソファに腰を掛けていた。

「あかん…涙もろい頃に戻ってるやないかぁ〜」

真北は、両手で自分の髪をくしゃくしゃとし、そして、ソファに寝転んだ。

「…真子ちゃんの知ってる…俺に…戻ってからじゃないと…
 逢えないよなぁ〜。笑顔…笑顔…」

真北は、ネクタイを弛めて、シャツのボタンを二つ外した途端、寝入ってしまった。



リビング。

「涙ぐむって…真北さんがか?」
「そう」
「…それは、俺の知ってるあのひとやで。阿山組での真北じゃないぞぉ」
「だぁかぁらぁ〜、ぺんこう、お前が思いを遂げた途端、
 何もかもが、狂い始めただろ」
「そうだな。あの日以来、何もかも…な」

ぺんこうは、両手で顔を覆う。

「だけど、徐々に元に戻り始めているよ。自分自身でな。
 組長の知っている…みんなに戻ってくれないと、困る…」
「なぜだ? 組長自身に変化があるんだから、俺達も変化が
 あってもおかしくないだろ? 変わらないと駄目な時もある。
 組長が…俺達が、生きている世界のようにな…」

ぺんこうは、両手で鼻と口だけを覆って、くまはちに目をやった。

「だったら、変われと?」
「あかんか?」

くまはちとぺんこうは、睨み合う。

「元に戻す…くまはちは、そのつもりのようだな。…俺は違う。
 今までのことを糧に、成長していく…。先に進まないと駄目だろ。
 いつまでも、その場に留まっていては、いい時期を見逃すぞ」

ぺんこうが言う。

「……俺は、過去に捕らわれたままの男か…」

くまはちは、ソファにもたれかかり、足を組む。

「かたすぎなんだよ、昔っから。組長に負担をかける原因になるだろ」
「かけてるのかな…」
「かけてるよ。時々嘆かれる。…それは、昔っからだよ。聞き飽きる程な」
「…まぁ、それが、俺だからな…。変化を一番怖がっているのは、
 俺かもしれないな。…新たな世界を築こうとする組長を守る立場に
 ありながら…」

くまはちは、ため息を付いた。

「あのひとは、変わらないよ。明日には、元に戻ってる。
 組長が知っている…笑顔の絶えない真北さんに…な」
「ぺんこうが言うと説得力があるよ」

くまはちは、フッと笑った。それにつられるようにぺんこうも笑う。

「だけど、俺は…俺だからな」

くまはちは、力強く言った。

頑固野郎が……。
ぺんこうは、敢えて口にしなかった。

「明日からなんだろ」
「まぁな。いつも通りの予定だよ。お前らもだろ」
「校内の見回り。むかいんは、今年も休まず営業」
「先代に一番お世話になったはずなのにな。むかいんの奴はぁ」
「恩を仇で返すことのないように、頑張っているだけだよ」
「そういうことか」
「…なんや、今頃知ったんか?」

くまはちは、軽く頷いた。

「おいおいおいおいぃ〜」

ぺんこうは呆れたように首を振る。



(2006.7.1 第四部 第五十三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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