任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五十四話 真子の心に応える為に

正月。
阿山組本部では、またしても、恒例の羽根突き大会。

コーン コーン コーン コーン
コーン コーン コンコンコンコン……。

急に早まる羽を突く音。
まるでテニスの試合かと思える程の早さで羽を付き合う二人…。

「諦めやぁ!!」
「真剣勝負です!!」
「諦めろぉ!!」
「嫌です!」

それは、決勝戦まで勝ち残った真子とまさちんだった。
二人を眺める組員や若い衆は…顔が真っ黒…墨を塗られていた。
羽を突く音が、更に早まる。
ムキになって、羽を付き合っている真子とまさちん。それは、永遠に続くかと思われた。しかし、意表を突いた真子の攻撃に、まさちんは、とうとう羽を落としてしまった。
その瞬間、組員や若い衆は、一斉に筆を手に持って、にやりと笑った。
真子が急いでまさちんに駆け寄り、羽交い締めする。

「始めぇ!!」

真子のかけ声と同時に、組員達は、まさちん目掛けて筆を差し出した。

「…えっ?! …うぎゃん!!!うぷっ!」
「はっ……!!!!!!!」

組員達の持つ筆先は、目的と違った場所に突き刺さっていた。
誰もが、手を引っ込められずに、硬直している。
あまつさえ、口を開けて驚いたままの者も居る…。

「まぁぁぁさぁぁぁぁちぃぃぃぃぃ〜ん!!!!!」
「そう簡単にやられませんよぉ〜!!」

まさちんは、組員達の持つ筆先が、顔に触れる寸前、羽交い締めする真子の腕を返し、自分の前に真子を素早く差し出していた。
一瞬の出来事のため、組員達は、手を引っ込める事が出来なかった様子。
真子の顔に筆を向けた組員達の手から、その筆が地面に次々と落ちる。

「も、も、申し訳ございません!!!!!!!」

組員達は、一斉に、頭を深々と下げる。しかし、真子の怒りは、逃げようとするまさちんに向けられていた。

「待てぇ〜!!!」

真子は、地面に落ちた筆を手にした途端、走り出したまさちんを追いかける。
追いかける…追いかける。
まさちんは、逃げる…逃げる…逃げ…!!!

まさちんは、真っ正面から、腹部に蹴りを受けた。

「うぐっ…って、何するんですか!!」

腹部を押さえてしゃがみ込む、まさちんの前に立ちはだかるのは、真北だった。
真北は、にやりと微笑んで、まさちんを見下ろしていた。
そこへ、真子が走ってくる。

「真北さん、ありがと!」
「どういたしまして」

真北は、にっこりと微笑み、その場を去っていった。

「まさちぃ〜んが、負けたんやろぉ。覚悟しぃやぁ」

真子が、差し出す筆を手の平で受け止めるまさちん。

「毎回優勝が、組長って、やっぱり裏があるはずです!」
「裏があったとして、誰が、墨を塗られたがるねん!」

まさちんは、真子の後ろに控えている組員達を指差した。
組員達は、にんまりと笑っている。

「あちゃぁ〜。…言っとくけど、裏はないからね」

真子はふくれっ面。

「毎年楽しみにしてるみたいやな、お前ら…」

まさちんの言葉に、組員達は、嬉しそうに頷いた。

「あほか…」

真子とまさちんは、同時に呟き、項垂れ、呆れたように首を横に振る。



そんな様子を窓越しに観ていた真北と山中。

「組長は、あれを望んでいたのかな」

山中が静かに言った。

「そうだよ」
「真北ぁ、知っていたなら、なぜ…」
「言えるわけないやろ。慶造が避けてたんだからな。俺以上に
 真子ちゃんを大切に思う慶造が、他の男と接することを
 許すわけないやろ。それも質の悪い奴らと」
「質が悪いって…それは、お前からしたらだろ?」
「まぁ〜なぁ」

真北は、鼻の頭をポリポリとかく。

「でも、真子ちゃんにかかれば、あいつらも、ああなるってことか。
 ほんまに、ええんか、悪いんか…」
「ええんやろ。それが、俺らの組長だ」

山中が微笑んだ。それを観て、

「ほんまに、戻りやがって」

真北が呟くように言った。

「今までと変わってないぞ。…で、いいのか、あのままで」

山中の目線に合わせて、真北も見つめる。
まさちんと真子が、取っ組み合いの喧嘩を始めていた。それを停めようとする組員達も巻き込まれ、団子状態。

「…あれは、停められないぞ」

真北は、笑い出した。そして、その目線は、別の場所に移る。
くまはちが、慌てて駆け寄り、一人一人を団子から解放し始める。そして、団子の中心にいる二人に到達。

ドカッ!!!

「なんで、俺だけやねん!!」
「じゃかましぃ!! あれ程、言っとるやろが!!」
「うるせぇ!」
「なにぃ〜?!」

くまはちは、真子を安全な場所へ移動させた後、まさちんに蹴りを炸裂。まさちんは、何発か体に受けるものの、くまはちに、反撃していた。

「ちょ、ちょっとぉ、何で二人がぁ??ねぇって!!!」

二人を停めようと手を差し出す真子の前に立ちはだかる組員達。

「組長、駄目です! 危険ですから!!」
「だけど、血ぃ見るで」
「お二人を停めに入ったら、組長が怪我します!」
「でもぉ」

まさちんとくまはちの蹴り炸裂現場を見せないようにと真子の視野を遮る組員達。その隙間から、二人の様子を見ようと背伸びをする真子。
まさちんとくまはちは、エスカレートしていく…。

「大変だな。どうする?」

山中が言った。

「ほっとく」

冷たく言う真北。

「組長が、怪我しなかったら、いいか」
「あぁ」
「それにしても、くまはち、性格変わったか?」
「少しずつな」
「…組長の影響か…」

山中と真北は、微笑み合っていた。
そんな真北の表情が一変する。

「あっ…」

蹴り炸裂現場では、真子が、組員達を乗り越えて、蹴り合う二人を停めに入った。二人の間に体を割り込ませた真子に、二人の蹴りが…!!!!

「組長、危険です!!!!」

真子の体に当たる寸前で、まさちんとくまはちは、蹴りを停め、そして、叫んでいた。
真子に蹴りが入ると思った組員達は、顔を手で覆う。ゆっくりと、指に隙間を作り、その間から、真子の様子を眺めた。
真子の蹴りが、まさちんの腹部に入る瞬間が見えた。

「だから、なんで、私だけなんですかぁ!!!!」
「知らん!!!」

再び、真子とまさちんの取っ組み合いが始まってしまう…。


「…もう知らん…」

真北は、項垂れて、その場を去っていく。
真北の背中は、寂しそうな、嬉しそうな何とも言えない変わった雰囲気を醸し出していた。
それを見て、笑い出す山中は、真子とまさちんの取っ組み合い現場へ歩き出し……。

「いい加減にしてください組長! 若いもんにしめしが…」

いつもの台詞でいつものように怒鳴り始めた……。





食器の音が微かに響く店内。
たった二人の男が貸し切り状態で食事中。

「ところで、組織の力をどう使う?」
「秘密」
「…それくらい言ってもいいだろう? 誰のおかげでそこまで
 体力を取り戻したと思ってるんだ?」
「そうだな」

そう言って男は、手に持つナイフとフォークを皿に置いた。

「…真北と猪熊が、組織のことを調べていたのは、知っているだろ?」
「まぁな。組織があることは解っただろうが、中までは…な」
「あいつが、日本で息絶えた後、猪熊に仕掛けたのは、なぜだ?」
「…さぁな」
「くっくっく…そういうことだ」

男は、ナイフとフォークを手に取り、料理を口に運ぶ。

「お互い、痛い腹は、探られたくないということか」

もう一人の男は、ワイングラスに手を伸ばす。

「まぁいい。大体の察しはつくからな。彼女にだけは、手を出すなよ」
「手は出さないが、手を付けるさ」
「無理だな」

男は、ワインをグラスの中でくるくると回し、そして、口に運ぶ。

「お前はいつ、行動するんだ?」
「温かくなるころかな。それまでに、準備が必要だ」
「どちらが、先に手に入れるかな。言っておくが俺が先だ」

ナイフを向かいに座る男に向ける。

「お前が、無理だったら、俺のものだ」

ナイフを向けられてもひるみもせずに、睨み付ける男は、ワインを飲み干した。
お互い、不気味な笑みを口元に浮かべる二人の男。
一体、何を企んでいるのか…。





不気味な影が迫りつつある真子は、楽しい正月を本部で過ごし、大阪へ帰っていた。
そんな真子を待っていたのは、AYAMAの仕事。
クリスマス、そして、正月とゲーム業界も、大忙し。
毎年付けられる人気度ランキング。この年、AYAMA社のゲームが、トップ10に3つもランキングされていた。家庭用ゲームソフトだけでなく、ゲームセンターでの、あの射撃ゲームもその一つ。
着々と力を発揮し始めるAYAMA社。そんなAYAMA社に敵対心を燃やし始めたのは、今、トップを走るゲームソフト会社・椿社だった。

「AYAMAに負けるな!!」

椿社での気合いの文句になっていた。
そんなこととは知らない真子。AYAMA社の業績アップに、大喜び。益々張り切る真子、そして、駿河や八太達社員。
真子は、組関係をまさちんとくまはちに任せっきりにしていた。




まさちんの事務室
デスクの上は、書類の山。その山に埋もれるかのようにまさちんが、必死こいて、書類に目を通す。

「くまはち…」
「あん? どれや?」

くまはちは、まさちんに呼ばれて、ソファーから立ち上がり、デスクへ歩み寄る。

「これ…」

書類の山の間から、まさちんが差し出す用紙を手に取り、目を通したくまはちは、ため息を付く。

「嫌な情報だな」
「要連絡か?」
「そうやな…」
「両方か?」
「……真北さんにしておくよ」
「頼んだ。……ふぅ〜〜」

まさちんが、珍しく大きく息を吐いた。

「どうした??」
「ん?」

くまはちを見上げるまさちんの目はうつろ…。

「お前、大丈夫か?」

くまはちが、まさちんの額に手を当てる。

「知恵熱…」
「大丈夫だよ」

まさちんは、くまはちの手を払いのけ、仕事を続ける。

「ったく。前みたいに、組長に心配掛けたいんか?
 暫く横になってるだけで、ええやろ。あと3時間ある。
 それまでに俺が終わらせておくから」
「……あぁ。頼む」

そう言って、少しふらつきながら、ソファまで歩き、座った途端、横になり眠ってしまう。

「ほんま、珍しい。風邪引いてるんちゃうか?」

毛布をまさちんにそっと掛けるくまはちは、、まさちんの代わりに仕事を始めた。




『中国地方にて、不穏な動き有り。鷹地一家には注意』

そのような見出しで始まり、事細かく書かれた報告書。
先日、真子と笑顔で会話をした鷹地一家の高山親分。
何かを始めようと企んでいたのだろうか…。





夜。広島市の繁華街。
色鮮やかな夜の街は、かなりの人で賑やかだった。
少し酔いが回っているサラリーマンや疲れ切った男達、派手やかな服装を身につけ、肩で風を切って歩く男達、そして、大人しそうに道の端を歩く若者。
店の前には、綺麗なおねぇさんが、そんな男達を手招きしている。街の人々に紛れる感じで、くまはちと竜見が、歩いていた。
たくさん並ぶ店のうち、一つの店を目指して入っていった。

『スナック・イーグル』

この店こそ、鷹地一家が懇意にしている店だった。

「いらっしゃいませ」

くまはちと竜見は、入り口付近で立ち止まり、辺りを見渡し、店の奥の空いている席に腰を下ろす。
二人が座って暫くすると、二人の女性が近づいてきた。
一人は、赤いドレスを着て、細めの体型、もう一人は、胸元が大きく開いた青いドレスを着ていた。

「お客さん、初めてですね?」

赤いドレスを着た女性がくまはちに声を掛ける。

「あぁ。観光で来てるんだけどね、この街の噂を聞いて、
 名前に誘われて、入ってきたんですよ」
「ありがとうございます。私、ミキと言います。今夜は楽しんで下さいね」

赤いドレスの女性が、くまはちのグラスにアルコールを注ぎながら、自己紹介をする。

「そちらの女性は?」

くまはちは、さりげなく尋ねる。

「ケイコです。お客様は?」
「いや、名乗るほどでは…」

くまはちは、グラスに手を伸ばす。

「どちらから来られたんですか?」
「そのドアからだよ」

くまはちの言葉に、ミキとケイコは、きょとんとする。そして、突然笑い出した。

「お客様ったらぁ、おもしろいこと言うんですからぁ!」

くまはちは、真面目に応えたつもりだった。

「芸能人の方かしら?」
「どうしてですか?」
「素敵な顔をしてらっしゃるから。でも、テレビでは見たことないわ」
「出たことありませんからね。ちょっと失礼」

くまはちは、二人の女性にそう告げて、席を立ち、カーテンで仕切られた場所のすぐ隣にあるドアを開け、中へ入っていった。
席に残されたのは、竜見だけ。二人の女性は、すぐさま竜見に寄り添い、優しく語りかけていた。



くまはちが、入っていったドアがそっと開いた。
くまはちが、顔を出す。
上手い具合に竜見が女性達の気を引きつけていた。
くまはちは、素早く隣のカーテンに身を隠す。

「なるほど…」

カーテンの影には、もう一つのドアがあった。くまはちは、そっとノブを回し、ドアを押す。
鍵は開いていた。
くまはちは、ドアの向こうに消えていった…。





真子の自宅。
真子は、リビングでAYAMAの試作品の手直しをしていた。

「真北さん」
「はい」

真子の後ろのソファに腰を掛け、書類に目を通している真北が、短く返事をする。

「くまはちに、何を頼んだの?」
「んー。鷹地一家のこと」
「なんで?」
「不穏な動きがありましたから」
「それは、中国地方全体じゃなかったん?」
「中心が、鷹地一家ですよ」
「なるほどぉ」
「えぇ」

真子と真北は、それぞれの行動をしながら、普通に話し、そして、それぞれの行動に集中した。
その手が、ぴったりと停まった。

「ちょっとぉ!!!!」
「しまったぁ!!!!」

真子と真北は、同時に叫ぶ。

「真北さん、何で、組関係に首を突っ込んでるんよ!」
「真子ちゃん、今の言葉は、気のせいですからね!!」

またまた同時に叫ぶ二人。
二人は一呼吸おいて、またまた、また同時に口を開く。

「何もしたら、あかんって!」

どうしても、同時に口を開いてしまう二人。真子が、挙手した。

「鷹地一家が絡んでいると思われる不穏な動きに対して、
 どうして、くまはちが、調べてるん? それに、なんで、
 真北さんに、話が通っているわけ?」

真北が、挙手。

「それは、いつものことですから。真子ちゃんは、AYAMAで忙しいと
 いうことで、私の方に話が来ただけです」
「いつものことだけど、真北さんは、組関係のことには、
 手を出さないで、助言だけって、言ったのに? なんで?
 それに、昨年末に逢ったばかりの高山さんが、一体何をしようと
 言うの?? あの日以来連絡が途絶えているけど、私の意見に
 賛成して、その方向に…」
「まさちんから、聞いてませんか?」

真北は、真子の言葉を遮って静かに言った。

「真子ちゃんの能力を利用しようとしていた事」
「…聞いた。…その能力の話…一体どこまで知れ渡ってるの?」
「この世界で生きている親分衆は、ほとんどと言って良いほどでしょう。
 川上の一件以来…。その時に、失われたともね」
「うん。でも、今更、私の能力を利用しようとは、考えて
 いないんでしょ? なのに、その不穏な動きって?」
「真子ちゃんの命を狙っている様子なんですよ。だから…」
「…私に…内緒で?」

真子は、真北を睨み付ける。

「仕方ありません」

真北も、負けじと真子を睨む。

「隠し事はしない。約束しなかった?」
「場合によります」
「…くまはちには、これ以上危険なことをして欲しくない。
 アルファーさんの事件の時だってそうだったじゃない」
「ま、真子ちゃん、知ってたんですか…?」

真子は、頷く。

「…アルファーさんから、手紙が来た。短い文章だったけど、
 平仮名で書いてあったの。『きをつけて』ってね」
「気を付けて?」
「消印が、大阪だったから、気になって…。健に尋ねたら、
 事件に巻き込まれて亡くなったと…」

健のあほが……。
まぁ、相手が真子ちゃんなら、しゃあないか。

真子の話は続いてた。

「くまはちが、単独で調べていた時、怪我をした。襲われたんだよね」
「あれは、私も不覚でした。それよりも、その手紙の意味は?」
「解らない。ただ、阿山組の事を調べている組織が絡んでいる
 ことは、解った。細かいところまで、なぜ調べているのか…。
 それが、すごく気になっている」

真子の言葉の途中から、真北の顔色が変わった。

例の裏組織のことを真子ちゃんが知っている…。

「真子ちゃん…その話…何処まで御存知なのですか?」
「アルファーさんの話? それとも、組織の話?」
「両方です」

真北は、静かに言う。

「真北さんが、健から受けた報告と同じこと…」
「あの結果は、真子ちゃんの分だったんですか…。あまりにも細かいのと
 その日に上層部からの禁止令が出たので、それ以上は進展してませんが…」
「知ってる。健から聞いた。真北さんに調べるなって言われたって。なぜ?」

真子は、真剣な眼差しで、真北を見つめる。
真北は、その眼差しから、真子の気持ちを察した。

「それは、言えません。言うと真子ちゃんが無茶をするから」
「組に関わること…私には、知る権利がある。私は、五代目だよ」
「解っております」
「解ってない!」
「真子ちゃん!」

真子の叫びに応えるかのように、真北が怒鳴った。
真子は、首をすくめる。

「私の気持ち…察してください」
「くまはちは、真北さんの何? 秘書? 側近? 違うでしょ。
 くまはちは…猪熊家は、阿山家を守る存在。真北さんとは
 全く無縁なんだよ。なのに、どうして、真北さんは…」
「真子ちゃんのことを考えての行動です。…駄目ですか?」

真北は、再び真子の言葉を遮って、力強く言った。
真子は、真北を睨んでいる。
真北も真子を、睨んでいた。





スナック・イーグル。
竜見は、ゆっくりとアルコールを口に運びながら、同じ席に座る二人の女性と話し込んでいた。
くまはちは、暗がりの廊下を静かに歩いていた。その廊下の先にある扉の前に立つ。
扉の向こうには、数人の男が居る様子。
ドアノブに手を掛けるくまはちは、ゆっくりと回し、ドアを開けた。
ドアが開いたことで、中に居た男達が、一斉に振り返る。

「……高山親分が、こちらにおられるとお聞きしたんですが…」

静かに尋ねるくまはち。その言葉に反応したのは、高山の右腕と言われる男・地島だった。ゆっくりと男達の前に立ち、くまはちを見つめる。

「ここは、関係者以外立ち入り禁止なんだがなぁ。…なぜわかった?」
「カーテンの横の個室で、用心棒に教えてもらったかな」

くまはちは、とある部屋に入る瞬間、カーテンの後ろに立っていた強面の男を引きずり入れ、くまはち流に優しく尋ねた様子。
強面の男は、鍵の閉まった個室で未だに気を失っている…。

「親分に何の用だ? 阿山組五代目ボディーガードの猪熊ぁ」

鷹地一家の地島が、ドスを利かせて、くまはちに迫る。目の前に歩み寄った地島の気迫に応えるかのような雰囲気を醸し出すくまはち。
そんなくまはちに向かって、地島が、静かに語り出した。

「…言っておくが、俺は、武道派ではない。頭脳で勝負する奴だ。
 それに、あんたとまともにやり合って、勝てるわけがない。
 …親分は、取り込み中だ。話なら俺が聞こう」
「言わなくても、解っていると思うが…どうだ?」
「現状況は、変わっていない。しかし、あんたのかわいい親分さんの
 意見は尊重している。それでの行動だ。…不満か?」

くまはちがサングラスを外した。
その仕草に地島の後ろで待機していた男達が、一瞬、身構える。

動くな。

地島が、軽く手で合図する。

「不穏な動きが気になってな…。以前のように狙い始めたと考えたが…
 …そうなんだろ?」

くまはちが静かに言った。

「そんなことのないように、阿山真子と話をしに出向いたんだ」

そう応えた地島は、くまはちが醸し出すオーラを鎮める為に、静かに語り出した。

「これは、恐らく誰にも知れ渡ってないだろうな。…阿山組に
 敵対心を抱いてる組全てに怪しげな文書が届いている。
 五代目を襲名した頃から、今までに、敵対心を抱いていた
 組を調べるべきだな」
「なぜ、そこまで、話す? …あんたとこも、油断ならねぇぞ?」

くまはちは、怪しんでいた。

「…それはない」

沈黙が続く。地島とくまはちは、長い間、睨み合っていた。
くまはちが、先に口を開いた。

「阿山組五代目に一つでも傷をつけてみろ…。お前から行くぞぉ」

静かに話したくまはちは、部屋を出ていった。
地島は安堵のため息を吐く。

「ふぅ〜。肝を冷やしたで、ほんまに」
「兄貴、あいつをあのまま返してええんですか?」
「いいんや。そうせんかったら、俺らが血ぃ見るど。で、親分の具合は?」
「今のところ、安定してます」
「そうか」

そう言って、地島は、部屋の奥にある扉をそっと開ける。そこには、もう一つ部屋があった。
神棚があり、『仁義』と書かれた額が壁に掛けられいる。
そして、乱雑に置かれた荷物や段ボール箱。
その影に隠れるように誰かが横たわっていた。
鷹地一家の親分・高山だった。
全身に包帯が巻かれ、所々が赤く染まっていた。そして、頬には、大きなガーゼが貼られていた。


先程、地島がくまはちに言っていた『文書』は、鷹地一家にも送りつけられていた。
高山が、それを読み終えたと同時に電話が鳴り、相手は、文書を送りつけた人物だと名乗った。
しかし、高山は、真子の意見・『命の大切さ』を考え始め、今までの思いを、真子に逢った時に断ち切った事を告げ、即、断った。
その途端、組事務所内に5人の男が乱入、高山を襲い始めた。
地島が駆けつけた時は、男達に襲われ、とどめを刺されそうになっていた高山。
地島は、すんでの所で、それを阻止。
男達は、地島が来たことで、その場を素早く去っていった。そして、必ずとどめを刺しに来ると見込んだ地島は、こうして、スナックの奥の部屋へと事務所を移していたのだった。

「くそっ。俺がいれば…」

地島が、怒り任せに壁を殴る。

「…ち…じま…か?」

高山が意識を取り戻した。

「親分!」
「…お前らは、無事か?」
「はい。…俺が離れなければ…」
「自分を責めるな。…それより…、地島…」
「はい」

高山は、手を差し伸べ、近寄る地島の胸ぐらを掴み、引き寄せた。そして、耳元で何かを話す。
地島の表情が、変わっていく…。

「それは、できません」
「…なぜ…だ」
「阿山真子には、政樹がついてます。それに、あの猪熊もです。
 俺が、ここを離れれば、誰が親分を守るんですか?」
「俺は、もう…長くない…そうだろ?」
「暫く安静にしていれば、大丈夫だと医者が」
「反対派を生かしておくわけ…ないだろが」
「それでも…!!!!」

店の方から大きな物音と、悲鳴が響き渡ってきた。

「兄貴、すんません。奴らです!!」
「くそっ! お前は、ここで、親分を!」

部屋を出ようとした地島の腕を掴む弟分。

「なんや?」
「それが……」


店では、高山を襲ったと思われる男が五人、奥の部屋に通じるドアの方を向いているが、足止めを喰らって、その場に立ちつくしていた。男達は、とある場所を睨んでいた。
そこには、サングラスを外したくまはちが、にやりと微笑んで立っていた。

「…今度は、手加減なしや。その人数なら、軽く1分だな…」

くまはちの言葉に触発された男達は、懐から、銃を取りだし、くまはちに向けた。しかし、くまはちは、ひるみもせず、攻撃態勢に入った。

「いくでぇ〜」

そう言ったくまはちの姿は、男達の前から、一瞬消えた。
男達は、くまはちの姿を探すように、辺りを見渡す。
一人の男の肩の上に着地したくまはちは、男の首にひざをかけ、後ろに引き倒す。
男の背中が床に付く寸前に、くまはちは、男の首をへし折った。
男は、そのまま、気を失った。
くまはちの目は、次の標的に移る。
くまはちと目が合った男は、くまはちに銃口を素早く向けるが、またしても、くまはちの姿を見失う。
先程の攻撃は上から。男は、上を見る。
その瞬間、背後に恐怖を感じ、振り返った。
目の前が真っ暗。そして、強烈な痛み…。
くまはちの拳が、男の顔面に突き刺さっていた。

「あがが……」

男は、そのまま真後ろに倒れる。
それが合図となったのか、残りの男達が、くまはちに銃弾を浴びせた。
しかし、銃弾は、くまはちに当たることはなかった。
見事に全段を避けているくまはち。

ドカッ、ガツッガツッ、ゴン!……ドサッァァァ〜。

「時間は?」
「47秒です」

竜見が、素早く応えた。

「ったく、手応えがないな…!!!」

くまはちは、振り返る。

「蹴り一発、拳二発、最後は頭突きか…。それを一瞬のうちに
 ぶちかますんだな…。恐ろしい奴だな…」

それは、弟分から、店で突然の客を丁重に迎えている人物の名を聞いて、助太刀にやって来た地島だった。
床に転がる男達を慣れた手つきで、後ろ手に縛り上げていく竜見。

「…なるほどな。いつもそうやっているのか。見習おうかな」
「見習わない方がいい」

くまはちは、服を整えながら言う。

「…初めからこのつもりだったのか? ここに来たのは」
「いいや。帰りがけに。あっ、みなさんは、外に居ますから、
 あとは、御願いします。…それと、これ」

くまはちは、懐から、小さな包みを二つ取りだし、地島に差し出した。

「痛み止めだ。竜見、行くぞ」
「はっ」

地島は、くまはちから包みを受け取り、縛られた男達を引きずりながら店を去る二人を見送っていた。
くまはちたちが出ていった後、外で待機していたと思われる客やおねぇちゃん達が、ぞろぞろと店に戻ってくる。ミキが地島に近づいた。

「あの人たちは、一体…誰なん?」
「俺の知り合いだ」
「男達が、突然店に入ってきたと思ったら、いきなり暴れはじめて…。
 そしたら、あのお二人が、素早く私達を誘導してくださって…」
「怪我は?」
「みんな無事」
「そうか…」

そう言って、地島は奥の部屋へ入っていった。


奥の部屋では、高山が店の様子を伺っていたのか、弟分に支えられていた。

「親分!動いては、傷が…」
「これくらいは、軽いと言っただろ。…それより、猪熊か?」
「えぇ。それと、猪熊が、これを」

地島は、先程くまはちから、受け取った包みを高山に渡す。

「痛み止めだそうです」

高山は、じっくりと薬の包みを見つめ、何かに気が付いた。

「噂は本当やな」
「噂?」
「これは、阿山真子御用達の病院にしかない薬や。
 そこの院長が、研究して、特許を取ったらしいやないか。
 それが、この薬やろ」
「…黒崎のとこのように…やばいんですか?」
「いいや、やばくない。…しかし、厄介やろな。…なんせこれは、
 阿山真子の能力を参考に作った代物や。…傷を早く治すやつ…。
 猪熊の奴、これを持参してるっつーことは、阿山真子の意志に
 背くことばかりしとるな…」

高山は、薬の包みを広げ、飲んだ。

「お、親分!!」
「効き目あるぞ…。…それよりも、任せっきりでええんか?」
「…もう、親分からは、離れませんよ」

優しい眼差しで高山を見つめる地島。

「そうやな。俺も、お前を突き放さない。お前、やり遂げたいことが
 あるんだろう? 俺は、それに協力すると言った。忘れたのか?」
「覚えております。…阿山組よりも巨大な組織を目指す…」
「武道じゃなくて、頭脳で勝負や。…頼りにしてる…地島」
「ありがとうございます。…それにしても…猪熊の恐ろしさは、
 噂以上ですね。その猪熊が政樹に一目置いてるということは、
 政樹は、滅茶苦茶恐ろしいということになりますよ」
「その地島が、阿山真子に身を投じているということは…」
「…考えたくありません。…ただ、南川親分が言うように…」
「敵にしたくない人物…」

高山と地島は、心が通じ合ったような雰囲気を醸し出していた。

「やつらは?」

高山が静かに尋ねた。

「猪熊が連れていきました。しかし、やつらは、口を割らないでしょう」
「この先、何かが起こるぞ…ええのか?」
「政樹は、くたばりませんよ」
「俺の次は、阿山組の地島か。お前の頭の中は、そうなんだな」
「政樹の阿山真子ほどでは、ありませんよ」

地島は、そっと高山に手を添えて、寝かしつけた。

「ガードは、任せて下さい」
「あぁ。…無茶はするなよ」

高山はそう言いながら、眠りについた。

「…政樹……」

地島が呟くまさちんの名前。
当の本人は……。


真子の自宅・リビング。
真子を後ろから抱きしめている…というより、怒り心頭の真子を抑えていると言った方が正解かもしれない。まさちんの腕の中で真子は、誰かを睨み付けている。なぜか、うなっている真子…。

「組長!」
「離せ、まさちん。…いくら何でもこれだけは…」

真子が睨む人物。それは、一緒にリビングに居る真北だった。

一体、何が………?



(2006.7.2 第四部 第五十四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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