任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五十七話 過去を知る男

えいぞうは、ベッドですやすや眠る真子に近づいていった。
そっと布団をめくり、体を忍ばせる。
その気配で、寝返りを打つ真子。
真子の唇を見つめ、自分の唇を近づけるえいぞう。

「…え、えいぞうさ…っ!?!??」

真子は、目を覚ました途端、唇をえいぞうの口で塞がれていた。
真子は、にっこりと笑って、えいぞうの背中に手を回す。

「優しく…してね。えいぞうさん」

真子は、えいぞうの耳元で、そっと呟いた。
えいぞうの手が、真子の胸元に伸びる……。



「!!!!!!!!」

えいぞうが、飛び起きた。そして、自分の居る場所を確認するかのように、辺りを見渡す。

「…夢か……はふぅ〜〜」

ベッドの上にあぐらをかいて、ため息を付きながら俯くえいぞう。
ちらりと隣のベッドに目線を移す。
真子は、眠っていた。
ベッドサイドの時計を見る。
午前六時を表示していた。

「組長には、まだ、早いか」



えいぞうは、肩まで長い髪の毛をいつも後ろでひとつに束ねていた。
鏡の前で、髪をとかし、一つに束ね始める。そして、顔を洗い、ひげを剃り…。
クローゼットから、服を手に取り、着替え始めた。
サテンの真っ赤なシャツに、エンジのズボン。そして、首には、金のネックレス。
鏡に映る自分の姿を確認し、にやりと笑う。

「今日も、笑顔は、OK」

笑顔の確認は、長年の行事。まだ、ちさとが健在の頃、
『真子に、笑顔を見せてね』
と言われてから、毎朝、鏡で笑顔のチェックだけは、欠かさない。



午前七時。
えいぞうは、真子に近づく。

「組長、そろそろ起きて下さい」

優しく語りかけるえいぞう。
もちろん、真子は、起きるはずがない。たった一言で簡単に起きるようなら、毎朝、まさちんが苦労するはずがないのだ。えいぞうは、その事を知っていた。再び、真子に語りかけるえいぞう。

「起きて下さいよぉ、組長」

真子が少し動いた。しかし、起きる気配はない…。

「ったくぅ〜。組長! うわぉう!!」

手を差し伸べて、真子の布団をはぎ取ろうとしたえいぞうは、布団の中から、突然飛び出した真子の蹴りを寸前で避けた。

「起きて下さい!!」

えいぞうは、素早く真子の布団をはぎ取った。
真子は、ベッドの上に座っていた。

「起きて下さいましたか…!!! って、組長ぉ……」

真子の拳が、えいぞうのみぞおちに突き刺さる。

「ほへ?! あっ、え、えいぞうさん!!! うきゃぁっん!」

ドタッ…。チュッ……。

真子は、自分を起こす人物が、いつもの通りだと思い、寝ぼけ半分で拳を付きだした様子。
しかし、その人物が、いつもの人物と違っていたことに気が付いた途端、バランスを崩し、えいぞうをクッションにする感じで、ベッドから落ちてしまった。

二人は、目を見開いて驚いていた。

えいぞうは、反射的に真子を守るように抱きしめていた。その弾みで……真子の唇は、えいぞうの唇に……。
目をぱちくりさせている真子の両肩にえいぞうは手を掛け、自分から少し距離を取った。

「す、すみません…組長…」
「じ、事故だからね…事故」

そう言いながら、慌てて起き上がる真子は、えいぞうにまたがる感じで座り込む。
えいぞうは、力が抜けたように、大の字になってしまった。

「打ち所悪かった? 大丈夫? えいぞうさん!! 大丈夫??」

真子は、心配のあまり、えいぞうの顔を覗き込む。

「組長…その…私は大丈夫ですが…この体勢は…ちょっと…」
「えっ?!……あっ……」

真子は、えいぞうの上に四つん這いになっていた。
自分の体勢に気付いた途端、慌ててえいぞうから、離れるように立ち上がり、後ずさりを……

「きゃっ!」
「組長!! ……ったくぅ〜。朝から何をしてるんですかっ!」

真子は、後ずさりをしたものの、すぐそこにベッドがあった為、ひざの後ろをカクッとされる形になり、ベッドに仰向け状態に倒れてしまった。その姿を見たえいぞうは、呆れたように、頭を抱える。

「大丈夫ですか?」

えいぞうは、真子に手を差し伸べる。真子は、素直にその手を取り、起き上がった。

「まさちんに、毎朝、こんな風にされているんですか?」
「うん…。眠いのに起こすから…」
「…いや、その、組長、それは…間違ってますよ…」

えいぞうは、真子の両肩に手を置く。

「やっぱり…?」

真子は、えいぞうにニッコリと微笑んだ。



真子とえいぞうは、部屋で朝食を済ませた。
えいぞうは、空の食器を廊下に置いた時、向かいの部屋から鷹地一家の地島が出てきた。

「おはようございます。ゆっくりできましたか?」

微笑みながら、えいぞうに尋ねる地島。

「はぁ、まぁ」
「気が気でなかったのではありませんか?」
「あのなぁ、からかってるんか?」
「その通りですよ」
「きっ!」

えいぞうは、奇声を発する。

「観光の方は、何時頃をご希望ですか?」
「準備は、できてますので、いつでも構いませんよ。ご案内して
 いただくコースから、時間を想定してください。夕方には
 大阪に帰りたいので」
「わかりました。では、今から十分後、ここでお待ちしてます」
「ほな、御願いします」

えいぞうは、そう言って、部屋へ入っていった。
地島は、案内をすると言ったものの、何処を案内して良いのか悩んでいた。
事件の前に、二人でほとんど廻っているはず…。
腕を組み、首を傾げながら、部屋へ入っていく地島だった。





「えっ、えっ? そ、そんなぁ〜!!!」

鹿に囲まれる真子は、慌てて側にいる地島にしがみつく。

「大丈夫ですよ。それを差し出してみ!」

真子は、手にした鹿のえさをそっと差し出す。
真子を囲む鹿は、争うように真子の手の平に口をもってくる。真子の表情が、変わる。楽しそうに微笑んでいた。そして、地島に振り返る。

「ほんとだ。かわいいね。…だけど、びっくりしたよぉ」
「その袋を持った人は、必ずくれると覚えているんですよ」
「それで、集まってきたんだね。早く教えてよぉ、もぉ」

真子は、ふくれっ面になっていた。そんな真子を見て、地島は、優しく微笑んでいた。



「兄貴が微笑んでる…」

驚いたような声を挙げるのは、地島の弟分・土川だった。

「なんや、珍しいんか?」

土川の隣に座るえいぞうが、尋ねた。
真子と地島から少し離れた場所に腰を掛け、二人の様子を見つめていた土川とえいぞう。
その先には、赤い大きな鳥居が水の中にそびえ立っていた。

「…ったく、思いっきり楽しんでるやないかぁ。水は嫌とか言って
 あれだけフェリーに乗るのん、渋っていたのになぁ」
「この後、兄貴は、水族館も予定に入れてますよ」
「水族館?」
「えぇ。あっ!」
「…あちゃぁ〜。地島さんにお世話掛けてばかりやな…すみません」

真子が、段差につまづいて転けそうになっているところを、地島が、見事に支えていた。
真子は、照れたように、軽く舌を出して、微笑んでいた。

「気になさらないで下さい。兄貴、嬉しそうですから」
「組長が、初めて逢う人物とあそこまでうち解けるのも珍しいな」
「そうなのか?」
「あぁ」

えいぞうは、足下の石を手に取り、軽く放り投げる。

「人嫌いだからな」
「見えないよ」
「姐さんが、この世界で亡くなって…それからだよ。
 初めて逢う人物には、絶対、心を開かない。大変だったよ」

えいぞうが真子を見つめる目…それは、優しさ溢れる兄の目だった。



地島は、真子をベンチに座らせ、オレンジジュースを差し出した。

「ありがとう」

真子は、笑顔で受け取った。地島は、真子の隣に座り、手に持っている珈琲のプルトップを開ける。
真子は、それをじっと見つめていた。

「何か?」
「飲むものまで似てるなぁと思って」

真子は、オレンジジュースのプルトップを開け、一口飲む。

「そりゃぁ、毎日のようにつるんでいたからね。政樹は、俺の
 何もかも真似していたよ。だから、アップルジュースからこれに」
「なるほどぉ」
「女に、たばこ、悪い遊び…だけど、酒だけは、駄目だったな。
 …おっと、こんな話をあんたにしてもなぁ」
「ん? どうして?」
「似合わないからな」

珈琲を一口飲む地島。

「女には、手が早いのに、あんたには、まだ、手を付けてない
 みたいだな。まぁ、子が親に手を付けるわけないか」

地島は意地悪そうに真子に言った。

「私が望まないからね」

真子は、それに応えるかのようにニヤリと微笑んでいた。それには、地島も驚いた様子。

「フッ…。変わらないんだな、あの頃から」
「あの頃?」
「あんたに銃を向けた時だよ。この世界のことを知らないような
 あどけない表情をしておきながら、いざというときは、俺達のような
 長年、この世界で生きている男が、ひるむほどの気を発する…」
「その世界で育って二十五年経ちました」
「…組の者には、そんな話はしないだろ?」

真子は、地島の言葉に微笑み、

「この世界が嫌いだったから」

静かに言った。

「今は、違うのか?」
「私の思いを解ってくれる人たちがたくさん居ることを知った」

真子は、オレンジジュースを飲み干し、空になった缶を見つめていた。

「今でも、地島さんのあの目…覚えてる」
「俺の目?」
「私に銃口を向けて、引き金を引いた後の…あの表情。
 まさか、放った銃弾が、まさちんに当たるとは思ってなかったでしょ?」
「そうだな。あの状態で、あんたの前に出てくるとは、思わなかったさ」

地島は、珈琲を飲み干し、空き缶入れに、放り投げる。
缶は、見事に入った。
真子は、立ち上がり、手で缶入れに入れる。

「血だらけになっていくまさちんを見て、地島さんは、後悔した。
 自分の頭に銃口を向けて引き金を引いたけど、弾丸は全て
 放たれていたから、…死ねなかった…。その時の目…今でも
 覚えてる」
「…大切な者を失ったと思ったからね」

地島は、自分の両手を見つめていた。

「あんたに、感謝してるよ。政樹を…助けてくれた」

地島は、真子を見上げ、素敵な笑顔を向けていた。

「あり得ない方法だったけどね」

真子は、独特の笑顔を地島に向けていた。

「政樹が惚れるわけだ」
「へ?」
「一番大切なものには、絶対に手を付けないんだよ、政樹は。
 なんでだろうなぁ」

地島は、立ち上がり、遠くを見つめた。

「あの後、政樹が、何事もなく無事に過ごしていることを知って、
 安心した。まぁ、しばらくの間、俺は、動けなかったけどね。
 あの真北の鉄拳で」
「顔が変わっていること、知らなかった。だけど、その目だけは、
 変わらないんだね。…とても優しい」
「優しい?」
「そうだよ。だから、私は、こうして、地島さんと語り合ってる。
 きっと、えいぞうさん、驚いていると思う。初めて逢う人と
 こうして、うち解けたように語り合ってる姿を見てね」

真子は、ちらりとえいぞうに振り返る。えいぞうは、真子から目を離していない。

「ずっと見てるよな、小島は」
「あれでも、私のボディーガードだからね。いい加減だけど」
「それは、見せかけだけだろ。昨日の公園とビルでの気迫は、
 流石、長年この世界で生きているだけあるよな。しかし、
 公園でのあの一喝は、驚いたなぁ。周りの鳥が逃げていたぞ」
「あぁ…あれ…。私に触れようものなら、容赦ないものが飛ぶのは、
 昔っからなんですよ。飛ばなくてよかったです」
「小島の話も有名ですよ。関西幹部を数時間で手なずけたこと」
「あれも、私が絡んでます…」

真子は、照れたように頬を赤らめる。

「あんたの周りに居る者は、みんな、あんたを大切に
 思っているんだな。あの時、政樹が出なかったら、俺は、
 今頃、こうして、あんたと語り合うことなかったな」
「地島さんと私にとって、まさちんは、不思議な存在なんだね」
「そうだなぁ。…政樹の話、たっぷりと聞かせてやろうか?」

その言葉で真子は、目を爛々と輝かせていた。

「じゃぁ、次の水族館へ向かいながらということで」
「御願いします。…えいぞうさん、土川さん、行きますよ!!」
「はい!」

真子に呼ばれたえいぞうと土川は、急いで真子と地島の所へ駆け寄ってきた。そして、四人は、水族館へ向かって行った…。




AYビル・玄関。
くまはちが、誰かを待つような感じで、サングラスを掛け、警戒するような雰囲気で立っていた。
その雰囲気が一変する。
サングラスを外し、優しい雰囲気を醸し出した。
くまはちが、見つめる先。そこには、真子とえいぞうが、歩いていた。

「くまはち!!」

真子は、笑顔で手を振った。くまはちは、一礼して、真子に駆け寄る。

「お疲れさまでした」
「ごめんね、無茶させて。大丈夫だった?」
「はい。ばれてません」
「ほな、俺は、ここで。くまはち、あとよろしくぅ〜」

えいぞうは、後ろ手に手を振りながら、去っていく。

「えいぞうさん。ありがと」

ちらりと振り向くえいぞう。素敵な笑顔を真子に向け、そして、去っていった。

「ご無事で」
「えいぞうさんが、一緒だったから、心配だった?」
「えぇ」
「大丈夫だって。くまはちより、付き合い長い私が言うんだから」
「組長まで、そうなっては、困りますよ!!」
「そうって?」
「えいぞうのいい加減さですよ」
「だからぁ、大丈夫だって言ってるやんかぁ」

二人は、楽しそうに言い合いながら、AYAMA社へと向かって行った。



「お帰りぃ〜」

駿河と八太が、真子の姿を見た途端、笑顔で迎えた。

「御無理言って、申し訳ありませんでしたぁ。ありがとうございます。
 これ、お土産!!」
「もみじまんじゅうやろ?」
「…駿河さん、なんでわかるん?」
「広島と言えば、もみじまんじゅうですよ」
「駿河ぁ、それって、漫才師みたいやで」

八太が、真子から、袋を受け取りながら、言った。

「ほな、真子ちゃん。これに目を通しててや」
「まとめの分だね?」
「そう。まさちんさんが、気が付かないように、裏もとってるで」
「ありがとうございます」

真子は、駿河からもらった資料に目を通し始め、くまはちと何やら深刻な話をしていた。



真子の事務室。
真子は、ドアを開け、事務室へ入っていった。

「お帰りなさい」
「うわぉう! びっくりしたぁ〜。居るなら、居るって言ってよぉ」

暗がりの中、まさちんが、真子のデスクに座って、そっと入ってきた真子に語りかけてきた。

「ゆうべは、AYAMAで眠ったんですか?」
「えっ? …はぁ、まぁ…ソファでそのまま…」

まさちんは、折角用意した仮眠室を使っていないこともチェック済。
真子は、誤魔化しながら、デスクに近づいていった。

「言われた資料は、すべてまとめました。それが、こちらです。
 それと、こちらは、組長のサイン待ち、これは、未決です」
「ありがと」

真子は、まさちんが差し出す書類を受け取り、目を通し始める。そして、サインをし、未決の書類に目を通し始めた。

「それと、組長。これ…」
「ん?」

まさちんは、ポケットから、紙切れを取りだし、真子の目の前に差し出す。
それは、真子のデスクの上で見つけた電話メモだった。

「…兄貴…元気でしたか?」
「色々と案内してくれたよ。…そして、まさちんのこと、
 たっぷりと話してくれたよ!」

真子は、まさちんに笑顔を向けた。

「迂闊だったなぁ。メモ残してたんだね、私…。その文字だけで
 私の行き先が、解るなんて…。ドジったなぁ」

真子は、頬をポリポリとかきながら、まさちんに言った。

「私に内緒で、それも、AYAMAのみなさんとくまはちまで
 グルになって…。西田に改札の前で引き止められましたよ」
「水木さんに、こっそりと行動してたみたいだね。
 まさちんを引き止めるために、西田さんを見張りにしていたなんて。
 そこまで、気が付かなかったなぁ」
「水木に逢ったんですか?」
「いいや、気配だけ感じた。影で守ってくれただけだよ」
「そうですか」
「…何を心配してるんよぉ」
「そりゃぁ、心配ですよ。それに…女に手が早い兄貴も一緒だと…」
「地島さんが、私に手を付けるとでも思った?」
「あっ、いや、その…それは……少しだけ…」
「もぉ〜。そんな無茶はしないって。それに、まさちん以外に……」

真子は、そこまで言って、口を噤んだ。
勢い余って言いそうになった言葉…『抱かれる気は、もうない』
自分の口から、そのような言葉が出そうになるなんて、真子自身も驚いていた。それを誤魔化すかのように、書類に目を通し始めた真子。地島は、真子の言葉が途中で切れたことが気になり、尋ねる。

「私以外に…なんでしょうか?」
「…その、…そのぉ、なんだなぁ。からかう人は居ないってこと」
「組長、ひどすぎますよぉ〜。もう、騙さないで下さい。
 私の前から、逃げるようなことは、絶対になさらないでください。
 組長の行くところには、必ず、私を…。御願いします」
「でも、今回は…」
「…兄貴が知っている政樹は、あの日、兄貴が放った銃弾に倒れて
 亡くなりました。…ここにいるのは、阿山真子の為に生きる男…
 地島政樹…まさちんです」

まさちんは、真剣な眼差しで、真子を見つめて、力強く言う。そして、素敵な笑顔を真子に向けていた。
その笑顔を観た真子は、ドキッとする。頬を赤らめながら、真子は、まさちんの笑顔に応えた。

「まさちん…。…ありがとう」

真子は、今まで以上に素敵な笑顔をまさちんに向けていた。

「…その…兄貴は、俺のことを、どのように…?」
「気になる?」

まさちんは、頷く。

「私に出逢う前のことをすべて…」
「…げっ……」

女遊びに、悪い遊びに…。良いことないはずだが……。
なぜ、組長は、嬉しそうな表情を……?

何を聞いたのか、気になるまさちんは、真子の自分を見る目が変わるのでは…?と心配していた。

「まさちん」
「はい!」

まさちんの返事は、裏返っていた。少しびくびくしながら、真子を見るまさちん。

「ここ、間違ってるよ」
「えっ?!」

まさちんは、慌てて、真子の差し出す書類を手に取り、目を通す。

「申し訳ございません。すぐに、訂正します」
「それと、これ」

真子は、ポケットから何かを取りだし、まさちんの前に差しだした。

「…組長、これは…」
「地島さんが、まさちんに渡して欲しいって」

それは、一通の手紙だった。まさちんは、封筒の中から手紙をとりだし、それを読み始めた。
まさちんの表情は、笑顔から深刻なものへ、そして、最後、一筋の涙を流した。
まさちんは、慌てて涙をぬぐう。

「すみません…」
「何が書いてあるん?」
「いえ、その…女遊びは控えろって」
「してないのにねぇ〜」
「えぇ…」
「しかし、まさちんが、そうだったとは、知らなかったよぉ」

真子は、意地悪そうに微笑んでいた。

「そうだったとは、どうなんですか?!」
「自分の胸に、聞いてみぃ〜」

真子は、全ての書類に目を通し終え、サインをする。

「ほな、帰ろっか。今夜は、家で食べる!」
「かしこまりました」

ドカッ!

真子の蹴りが、まさちんのすねに入る。

「組長、ここでも駄目ですか?」
「そうや! 二人んときは、いつもやんか!」
「すみません…」

真子は、帰る用意を始める。
それを見たまさちんは、手紙を懐になおし、急いで自分も帰る支度を始めた。




真子の自宅。
まさちんは、阿山組日誌を付けていた。

『……あの時から、ほんとに、あなたに敵いません。
 あなたが向かったと解った時は、気が気でなかった。
 兄貴が再び…そう思うと、俺は…。でも、それは、
 もう、心配しないでいいことだったんですね。
 俺が変わったように、兄貴も変わっていた……』

まさちんのペンが止まる。
ふと顔を上げるまさちんは、ゆっくりと立ち上がり、クローゼットを開けた。
この日、着ていたスーツを手に取り、ポケットから封筒を取りだした。…地島からの手紙。
ベッドに寝転び、手紙を広げ、読み返すまさちん。
その手紙は、こう締めくくられていた。

『政樹、彼女を大切にしろよ。親として、そして、
 お前の愛する女性として。
 決して、哀しませるようなことはするなよ。
 あの日のように…。    お前の兄貴より』

「言われなくても、解ってますよ…兄貴」

フッと笑ったまさちんは、手紙を握りしめたまま、眠ってしまった。
その夜、まさちんが見た夢は、懐かしいあの頃…兄貴と遊び回った日々だった。
まさちんの寝顔は、すごく柔らかく、そして、微笑ましかった。




とある事務所の電話が鳴った。

「木原さぁん、国際電話ぁ〜」

応対に出た女性が、同じ事務所にいる木原を呼ぶ。木原は、側にある電話を取る。

「もしもしぃ〜。おぉ〜久しぶりやないかぁ。元気か?」
『木原サンモ、オ元気ソウデスネ』
「どうしたんや、急に」
『オ忘レデスカ? 彼女ニ、逢アワセテ、クレル事ォ』
「そうやった。悪い! 帰国後、滅茶苦茶忙しくてなぁ。
 真子ちゃんとも連絡取れなくてなぁ。ちゃぁんと連絡取るよ。
 それよりも、そっちは、大丈夫なのか? ライ」
『私ハ、イツデモ、日本ヘ行ケマスヨ。木原サン次第デス』
「OK、わかった。アポ取っておくから。また、連絡するよ!」

木原は、電話を切った後、忙しそうに動き始めた。

木原が忙しいわけ。

それは、真子が生きている世界のことを事細かく調べているから。
平和に見える世の中。
しかし、裏社会では、別の闇が広がりつつあった。



(2006.7.8 第四部 第五十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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