任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第四部 『新たな世界』

第五十九話 真子に逢う為に。

ここは、天地山。
この年は、珍しく、まだ雪が降っていた。
天地山ホテル支配人・原田まさは、事務所の窓から、外の様子を眺めていた。
雪が激しく降っている。
廊下から、猫の鳴き声の鈴の音が聞こえてきた。
ドアがノックされる。

『真子ちゃんから、荷物が届いてます』

まさは、そっとドアを開ける。そこには、かおりが、笑顔で立っていた。出てきたまさに、そっと荷物を渡して、去っていった。
まさは、荷物をデスクに置き、開ける。中には、一通の手紙と、にぎやかな箱が入っていた。

『まささんのデスクに飾ってね! そして、使ってください』

にぎやかな箱。それは、AYAMA社のゲームキャラクターグッズの文房具。仕事でも差し障りのないようなものばかりを送ってきた様子。
まさは、笑顔で、受話器を手に取り、どこかへ電話を掛けた。




AYビル。
真子の事務室の電話が鳴る。真子が電話に出る。

「もしもぉし…まささぁん!!もう着いたんだぁ!!」

真子の声が、歓喜の声に変わる、その声に反応したのは、真子の事務所で書類に目を通しているまさちんだった。目は、書類に、耳は真子の会話に…。

「それね、役に立ちそうだと思ったんだけど…駄目?」
『いいえ、すごくありがたいです。ありがとうございます。
 ゲームのキャラクターは知らないので、次、こちらに来られる時、
 ゲームを持ってきていただけるとありがたいのですが…』
「試作品ならあるから、持っていくね」
『きちんと体を休めてますか?』
「今は、無理なんだ。AYAMAがね、すごく忙しくなっちゃった。
 キャラクターグッズだけでなく、携帯電話の着信音まで、手を
 広げてしまったから、もう大変だよぉ」

真子は、息が切れた様子。

『声に、元気がありませんよ、お嬢様。しっかりと休養を取って下さい』
「一段落したらね」
『頑固なんですから』
「一段落するのは、二週間後の三月始めだから、そしたら、休むつもり!」
『こちらで、休養を取られてはいかがですか?今年は、まだ、雪が
 降ってますよ。春近くまで、降るそうです』
「そうなんだ。じゃぁ、三月の始め、そっちに行くよ!!」
『かしこまりました。用意しておきます』
「うん。あっ、会議の時間だから、これで!」
『はい。御無理なさらないように』
「ありがと!」

真子は、受話器を置いて、まさちんを見つめる。
まさちんは、ゆっくりと立てた聞き耳をしまいこむ。

「ということだから、予定に入れててね」
「組長、三月は、例の…」
「まさちんが出席っつーことで。ここんとこ、組関係は、サインだけやもん。
 ほとんどまさちんが、やってるから、ええやん」
「…また、それを言う…。先日、のぼせるほど考え込んでいたのは、
 何処の誰ですかぁ〜……!!!!!!!」

ドカッ!!

まさちんの腹部に真子の蹴りが入る。

「幹部会、行くで」
「はっ」

真子の後を追うように、事務所を出ていくまさちんは、腹部をさすっていた。
かなりきっついものを喰らった模様……。
幹部会には、真子とまさちんの他、須藤、谷川、川原、藤、そして、久しぶりに松本が参加して、今年度の状況を話し合っていた。




真北、デスクワークに奮闘中…。

「むむむむ……」

真北は、書類を横に置き、パソコン画面に目をやる。そして、何やら情報を仕入れている様子。
少し楽しそうな表情で、マウスをいじる真北。そこへ、かわいい音楽が聞こえてくる。
真北は、懐から、携帯電話を取り出す。

「はいよ。何や?」
『真子ちゃんの定期検診や。今月まだやで』
「変わりないから、ええやろ。…あかんか?」
『笑顔見たいんや。近いうちに来るように言うてや』
「…わかったよぉ。で、その後、進展あるんか?」
『ない。あったら、ちゃんと連絡したるから。ほななぁ』

真北は、呆れたような表情で、電源を切り、懐に……。

「…原、何か用か?」

真北は、目線が気になり、顔を上げる。

「いいえ、その…着信音が変わったな…と」
「あぁ、これか。真子ちゃんだよ。新たな遊びを覚えたみたいでな、
 俺だけでなく、くまはちやぺんこうの分まで替えたんや」
「なんだか、真北さんに似合いませんよ」
「うるさいなぁ〜。いいだろがぁ〜」

真北は、照れたような表情をして、原のすねを軽く蹴り、デスクを離れた。

「あっ、真北さん、本題は別ですよ!!」

原は、真北を追いかける。二人は外に向かいながら話し込む。

「本題って?」
「中国地方での動きですよ」
「それは、原には関係ないだろ」
「おととい出張に行っていた同僚が、妙な噂を聞いたそうで…」
「妙な噂? …それは、真子ちゃんの生きる世界に関わることか?」
「それもあるみたいですけど…」
「別件か」

真北は、少し残念そうな表情をする。
玄関から外に出て、駐車場へ向かう二人。真北は、車までやって来る。車に乗り込もうとする真北に更に話しかける原。

「どうなさるおつもりですか?」
「さぁなぁ。真子ちゃんからは、手を出すなと言われてるからなぁ。
 本来の仕事に専念しろって」
「それは、以前から変わりないと思いますが…」

真北は、原の言葉を阻止するかのように、手を差し出す。そして、真北は、一点を見つめていた。原が、真北の目線に合わすように振り向いた時だった。

「!!!!!!」

原の目線が急に低くなる。真北が、原を守るような感じで、地面に伏せていた。

「真北さん?」
「くそっ…」

真北は、そう呟いて恐ろしいまでの雰囲気を醸し出して、一点を見つめたまま。
原は、ちらりとその方向を見る。
誰かが駆けつける足音が聞こえてくる。数人の男が、走ってくるのが解った。自分の上に覆い被さる真北に目線を移す原。
真北は、ゆっくりと懐に手を入れ、銃を握りしめた。
目にも留まらぬ早さで、真北は、銃を差し出し、引き金を引いた。
原の頬に血が飛ぶ。
原が見つめる真北の表情が、緩んだ。

「怪我…ないか?」

真北は、体を起こした。原は、何が起こったのか解らないという表情で、体を起こす。そして、背後の騒がしさに振り返った。
数人の刑事達が、黒服を着て、目深に帽子をかぶった三人の男を取り押さえていた。
真北が、立ち上がり、深刻な表情をする。
真北の足下に真っ赤なものが、滴り落ちていた。

「真北さん、血…」
「……原、逃げろ」
「へ?」
「いいから、署内に入れ! お前らもだ!!! そいつらから、離れろ!!」

真北の叫び声が響き渡る。
その声に反応するかのように、男達を取り押さえていた刑事達は、男達から手を離し、署内に向かって駆けだした。原も、真北に引っ張られながら、走り出す。
その直後、大音響と共に、爆発が起こった。




真北は、左肩に三発の銃弾を受けていた。全て貫通。原が、応急手当をしていた。

「すぐに病院へ行った方が…、出血が止まりません」
「あぁ、すぐに行くよ。…まさか、俺を狙ってくるとはな…」

手当てを終えた真北は、立ち上がった。

「お前らが無事で、よかったよ」

真北の表情は、痛みで歪んでいた。

「真北さんの言葉のおかげです。感謝してます。もし、あのまま、
 奴らを取り押さえていたらと思うと…。なぜ、解ったのですか?」
「…肌で感じただけだ。それと、今までの事件から、想像できた」
「被害は、奴らの居た周りだけでした」
「音だけかよ、大きかったのは」

真北の傷口のガーゼが、赤く染まり始める。真北は、傷口に手を当てた。

「橋総合病院まで、お送りします」
「…真子ちゃんの検診じゃなくて、俺の治療か」
「はい?」
「いいや、何にも。…よろしくな」

そして、原の運転で橋総合病院へやって来た。



ふてくされた表情で、治療をしている橋先生。患者は真北だった。

「…んな顔すんな」
「真子ちゃんを待っとったんや。なんで、お前やねん」
「知るかぁ! 俺が狙われるなんて、予想外だったよ」
「原くんは?」
「俺を送って、すぐに戻った。色々と調べることあるからな」

橋が治療を終えた途端、真北は、肩を動かす。

「あほ、今日一日は、安静にしとけ。傷口がくっつかへん」
「真子ちゃんが心配する」
「…今日は、帰らせへんで」
「えーーーーー!!!」
「…なんや、お前、えらい驚きようやなぁ」

確かに、真北にしては、変わった驚き方だった。

「たまには、ええやろ」
「よくない! …そやけど、なんで、お前が狙われるんや?」
「リストに入ってたんやろな」

真北は立ち上がり、帰ろうとする…が、橋に左肩を掴まれる。
そこは、今、治療を終えた場所……。

「ふぎゃん!!って、お前なぁ、ほんまに医者か?」
「医者や。…一歩でも踏み出してみぃ〜。思いっきり握りしめるで」

真北の肩を掴む橋の手に力が入る…。

「解った、解った解った!!! 帰らへんて。離せよぉ!」

橋は、手を離す。

「痛み止めや」
「…いらん。それは、例の薬やろ」
「まぁなぁ。あれよりは、効果はあるし、ちゃんと許可取ってるから、
 大丈夫や。俺んとこの研究の成果や。…真子ちゃんのおかげやけどな。
 効き目もある。早く治りたかったら、それにしろ」
「…それやったら、痛み止めと言うんやめろ」
「他に呼び名あるか?」
「…ないな…」

そう言いながら、真北は、橋の差し出す薬を手に取った。

「真子ちゃんには、暫く出張や言うとけや。調べることもあるやろ?」
「あぁ」
「でも、今日一日は、入院や」
「解ってるよ、ったく…」

ふくれっ面になる真北だった。




竜次は、ソファにふんぞり返っていた。

「なぁ、ライ」
「あん?」

竜次の向かいのソファで同じようにふんぞり返っているのは、ライだった。

「なんで、自滅させるんや?」
「失敗は、命で…だからな」
「そんなんで、お前は、日本に会いに行くつもりか?」
「あぁ。来月中頃には、日本に居るよ」

ライは、座り直す。

「なにを言うかと思ったら…」
「彼女は、そんなやり方が一番嫌いだぞぉ。一目で嫌われる」
「大丈夫だよ。俺は、研究者だからな」

素敵な笑みを浮かべて、竜次を見つめるライ。

「この二重人格野郎が…」
「お前ほどじゃないけどなぁ。…なんで真北を狙う?」

ライは、ポケットから銃を取りだしながら、竜次に尋ねた。

「一番厄介だからな。彼女の周りに居る者の中ではなぁ。
 まぁ、彼女を守る為なら、彼女が反対することを平気で
 やる男だ。…命を懸けるぞ」
「彼女が反対してるのに?」
「あぁ。真北は、自分の命よりも、彼女の方が大切だからな」
「何度か試したのか?」
「それは……言えんなぁ」

竜次は、不気味な笑みを浮かべた。

「お前の過去は、どうでもいい…これからさ。彼女を…
 青い光を持つ彼女を…手に入れる…。…竜次、邪魔するなよ」
「ライが、やりやすいように周りを責めておくさ」

そう言って、テーブルに置いている箱に目をやる竜次。
その箱に入っているもの…それは、例の粉薬。
竜次は、何に使おうとしているのか…。





AYAMA社。
真子は、社長室で仕事中。傍らには、くまはちが、真子の仕事を補佐していた。

「組長、そろそろ休憩なさったほうが、よろしいかと…」
「う〜ん…あと、これに目を通したら、そうするぅ〜」

真子が、ちらりと指を差した所。そこには、書類が山積み…。

「休憩してからでは、駄目ですか?」
「うん」
「…あかん…」

真子は、仕事に没頭中。

「組長、駿河さんにお渡ししてきます」
「うん」
「それと、須藤さんとこにも寄ってきますので、暫く離れますが、
 絶対お一人で、ここから出ないで下さいね」
「はぁい。よろしく」

くまはちは、社長室を出ていった。そして、駿河に書類を渡したあと、AYAMA社を出て、須藤組組事務所へ向かう。

「こんにちは」

須藤組の組員が、元気良く挨拶をする。くまはちは、軽く会釈をして、組事務所のドアを開けた。
応接室に通されたくまはちは、須藤と深刻な話を始めた。

「真北さんが狙われたとなると、組長まですぐやな」

須藤が、静かに言う。

「例の男達、なんで、自滅するんだろうな」
「そういや、くまはちも怪我したんやったな」
「あぁ。あの時は、もうあかんと思った」
「組長の顔が過ぎったんちゃうか?」
「その通りですよ」

くまはちは、苦笑いをしていた。

「しかし、それでも、こうして、生きてるんだからなぁ。
 ほんま、くまはちは、不死身やな。調べとこか?」
「無理ですよ。俺が調べても、健が調べても、先に進まないんですから。
 それよりも、中国地方の動きが気になりますよ」
「鷹地一家やなくて、他の組だよな。……って、やっぱし、水木んとこと
 敵対してた組やないか…。ったく、あいつは、組長を守ると言いながら
 厄介なことばかり持ち込みよるのぉ。…許せ、くまはち」

思わず謝る須藤だったが、くまはちは意外な言葉を口にした。

「気になさらないでください。恐らく、水木さんが何かしておられるかと
 思いますよ。組長の前に姿を見せるなと言われているものだから、
 影で見守っておられるみたいですからね」
「まぁな。そこが、あいつのええとこや」

須藤が、ため息混じりに言った。そこへ、よしのが、入ってきた。

「くまはちさん、AYAMAの駿河さんから内線です」

よしのは、子機をくまはちに渡す。

「ありがと。もしもし……はい? …解りました。
 すぐ、そちらに戻ります」

くまはちは、電源を切りながら、立ち上がる。よしのは、タイミング良く子機を受け取った。

「須藤さん、すんません。組長、AYAMAのデスクで
 寝入ってしまったようで…あまりにも体勢がきつそうだから、
 迎えに来て欲しいと…」
「無茶ばかりさせるからやで。…一平が怒るぞ」
「ったく、須藤さんは、何かあったら、すぐ一平君なんですね」
「ほっとけ」
「では、失礼します」

くまはちは、一礼して、去っていった。

「…くまはち…変わったか?」

須藤は、よしのに尋ねる。よしのは、首を傾げながら応えた。

「なんとなく、以前の雰囲気ではなく、少し優しい雰囲気が…」
「そうだよな。俺だけかと思ったよ。何があったんやろな」
「組長が絡んでいるんでしょうね」
「そうやろな。まぁ、ええことやけど」

須藤は、ため息をつく。

「よしの、今まで自滅した奴らなんやけどな、」
「はい」
「どこの輩か、調べつかへんか?」
「難しいですよ。…水木親分に御願いしてもよろしいですか?」
「それやったら、俺から連絡しとく。お前の方でも調べてくれよ」
「御意」

よしのは、深々と頭を下げて、応接室を出ていった。




AYAMA社に戻ってきたくまはちは、素早く社長室へ入っていった。

「駿河さん、申し訳ない」

真子は、デスクに突っ伏して寝入っていた。真子の側には、駿河が心配そうに立っていた。
真子の肩には、駿河のコートが掛けられている。
くまはちは、そのコートを駿河に返し、真子を抱きかかえた。その途端、真子の腕が、くまはちの首に回された。

「突然、倒れるように眠るから、びっくりしましたよぉ」
「すみません、ご心配をお掛けして…。それは、組長の癖でして…。
 ぎりぎりまで、集中した途端、倒れるように眠ります。そして、
 抱きかかえると、このように…手を回してしがみつくんですよ。
 こういうところは、昔っから、変わらないんですよ」

真子を語るくまはちは、すごく嬉しそうだった。そんなくまはちの表情を今まで見たことがなかった駿河たちは、驚いていた。

「今日は、これで失礼してよろしいでしょうか?」
「暫く、真子ちゃんの仕事はやめておきますよ」
「それは、私が困ります」
「…そうですか…。だけど、真子ちゃん、張り切りすぎですよ」

駿河は、心配そうな表情でくまはちに話す。

「何か、そっちの世界で嫌なことでも?」
「いいえ、その…真北さんが仕事で…ね」
「なるほどぉ〜。まさちんさんやくまはちさんがおられるのに、
 やっぱり、真北さんなんですね」
「生まれた頃からの付き合いですから。父親のような存在ですよ」

くまはちは、優しい眼差しで腕の中で眠る真子を見つめていた。
そして、くまはちは、AYAMA社を出ていった。

「くまはちさん、雰囲気が変わってませんか?」

八太が駿河に尋ねた。

「優しさが溢れてるよな…」

駿河が応える。

「二人の間に、何かあるんちゃうか?」

駿河と八太が、顔を見合わせて、首を傾げていた。




真子の事務室。
奥にある仮眠室のベッドへ、くまはちは、真子をそっと寝かしつけた。そして、優しく布団を掛ける。真子は、寝返りを打つ…。

「まさちんが、帰るまで、あと四時間。組長、ごゆっくり」

くまはちは、優しく微笑んで部屋を出ていった。


この日、まさちんは、例の総会へ出席していた。




「阿山組のぉ〜。なんで、真子さんは、来られなかったんや?
 こないだ、お逢いしたときは、これからは出席すると
 おっしゃっていたのになぁ」
「すみません…。その、今は…」

まさちんは、恐縮そうに首を縮めながら、親分達に言い訳をしていた。

「しゃぁないか。今は厄介やもんな…」
「はぁ…」

まさちんは、頭を掻く…。

だから、反対したのにぃ〜っ。

まさちんの嘆く声が、今にも聞こえそうな雰囲気だった。





夕方。
真子は、仮眠室で目を覚ます。

「……くまはち?」
『はい』

仮眠室の向こうで待機していたくまはちが、仮眠室へ入ってきた。

「ご気分でも?」
「ちゃうちゃう。…あのね…その…」
「解りました。出発の準備しておきます。AYAMAは私が。
 組関係は、まさちんで、よろしいですか?」

真子は、首を傾げる。

「天地山へ、行かれるんでしょう?」

くまはちは、微笑んでいた。

「なんで、わかるん?」
「長年、お側にお仕えしておりますから。それに、ここんとこ
 AYAMAの方、張り切りすぎですよ。真北さんは、無事ですから」
「解ってるよぉ。ったく、仕事、仕事なんだからぁ」

真子は、ふくれっ面。

「まさちんから、連絡ありまして、夜遅くなるそうです」
「やっぱし、親分衆に誘われた?」
「えぇ」
「ったくぅ、アルコールに弱いのにぃ〜大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょう。明日出発されますか?」
「うん」
「お一人では行かないで下さいね。私がご一緒致します」
「くまはちも、駅までじゃなくて、一緒に天地山で楽しもうよぉ」
「それは、その…」

くまはちは、困ったように頭を掻く。

「まぁ、いいかぁ。結構長居するつもりやけど、…ええかなぁ」

真子は、上目遣いでくまはちを見る。

「組長が、お望みの時まで、どうぞ。まさも、喜ぶでしょう」
「そうするぅ〜。その間、無茶したらあかんで」
「心得てます」

真子は、くまはちをじっと見つめる。そして、にっこりと微笑んだ。

「ほな、帰ろっか」
「はい」

真子とくまはちが、帰路に就いた頃、まさちんは、親分衆と膝をつき合わせて、酒を交わしながら、何やら話し込んでいた。


まさちんが、帰ってきたのは、真子が天地山へ向かった後だった…。





天地山ホテルにある、有名な温泉。
一人の女性が貸しきりで湯の中でくつろいでいた。

「明るいときに入るのもいいねぇ〜。湯川さぁん」
『はい』

温泉の外から声が聞こえてきた。
その男・湯川。
天地山ホテルにある温泉の責任者。温泉に対する意気込みは、恐ろしいほどのもの…。

「湯上がりにオレンジジュース欲しいなぁ」
『すでにご用意しておりますよ、真子ちゃん』
「まささんは?」
『兄貴は…おっと…支配人は、街に出掛けました。真子ちゃんには、
 ごゆっくりするようにと伝言承っております』
「はぁい。今日は、ゆっくりするよ。明日は、思いっきり滑る!」

湯川が、まさのことを『兄貴』と呼ぶと言うことは…。

『そろそろお上がりにならないと、のぼせますよ!』
「すぐあがります!!」

真子は、そう言って、湯から上がる。



ほかほかの体で温泉から出てきた真子に、外で待機していた湯川は、そっとオレンジジュースを渡す。

「ありがとう。今日も素敵なお湯でした」
「ありがとうございます。真子ちゃんにそう言っていただけると
 私、益々、張り切ってしまいますよ」
「しばらくの間、お世話になります」
「もう、ずぅぅぅぅっとこちらにおられてはいかがですか?
 兄貴、喜びますよ」
「兄貴って言ってるよ」
「す、すみません!! 今のは聞かなかったことにしてください。
 そうでないと、兄貴に…」
「ほらぁ、またぁ」

湯川は、焦ったような表情になった。

「未だに、抜けないんですよ。それに、支配人と呼び慣れなくて…」
「しゃぁないって。では、私は部屋に居ます」
「はい。では、ごゆっくり」

真子は、湯川に見送られながら、部屋へ向かって歩き出した。



真子は、ソファーを窓際に持ってきて、オレンジジュースをテーブルに置き、外を眺めていた。

「んーーーー!!!」

真子は思いっきり背伸びをして、テーブルに突っ伏し、首を横に傾げて、外を眺める。

「もうすぐ三月なのにねぇ〜」

窓の外は、激しく雪が降っていた。




AYビル。
まさちんは、ふてくされた表情で、組関係の仕事をこなしていった。
いつも以上の異常な早さ、そして、真剣さ…。

「まだ、怒ってるんか?」
「うるせぇ!!!」
「この調子が毎日続くんだもんなぁ〜。俺、もう手伝わへんで」

くまはちの方が怒り始める。
まさちんが、怒る理由は解っている。
自分が戻る前に真子が、天地山へ出発したからだった。真子に報告をする前に、真子の笑顔を見る前に、真子の姿は、自分の前から消えていた。

「あとは、自分でせぇよ。…まぁ、その調子やったら、あとは、
 できるわなぁ〜」

冷たく言って、くまはちは、事務室を出ていった。まさちんは、目をやるだけで、再び仕事に没頭する。
廊下に出たくまはちは、携帯電話を懐から取りだし、何処かへ連絡を入れる。

「健、その後どうや?」
『進展なし。あったら連絡する言うたやろ』
「怒るなよ」
『で、組長は、いつまで向こうや?』
「さぁなぁ。…って、まだ不機嫌なんか? えいぞうと仲直りは?」
『せんわい! 兄貴のあほぉ。組長と同じ部屋で一晩過ごすなんて
 許されへんわい。くそぉ、俺もぉ〜』
「…健、てめぇ〜、何を考えている…俺相手に、なんの話しや?」

怒りを抑えながらのくまはちの声に、電話の向こうの健の声が震える。

『す、すすす…すまん…つい…。ということで、連絡するからなぁ』

電話が切れる。くまはちのこめかみがピクピクしているのは、言うまでもない…。
くまはちが、エレベータホールで待っている時だった。

「くまはち!」

須藤が、血相を変えて駆け寄ってきた。

「すまん!!」
「どうされました?」
「…水木の野郎が…」
「水木さんが?」
「あいつ、無茶苦茶しよった…。組長を狙っている連中が、自分とこと
 敵対していたからって、昔のように…」
「まさか…これで?」

くまはちの手が、銃の形を現す。須藤は、その手を見て、ゆっくりと頷いた。

「ったく…組長に知れたら、それこそ…」
「知られないように、手はずを整えておく」
「御願いします」
「…これから、何処行くんや? AYAMAは休みやろ」
「真北さんとこ」
「未だに、入院か…」
「橋先生が、外に出さないようにしているそうですよ。組長愛用の
 病室の窓には、鉄格子」
「なんや、務所みたいやな」
「出入り口は、ドアだけにしたみたいですよ。で、そのお見舞いに」
「手みやげは?」
「…なし」

二人の言う『手みやげ』とは、例の組織に関する情報の事。
二人は、軽くため息を付く。
到着していたエレベータに乗り込むくまはち。

「では、失礼します。あっ、まさちんが、事務所にいますので、
 恐らく、ここに寝泊まりすると思いますよ」
「組長がおらんかったら、家に帰ってもしゃぁないもんな」
「えぇ」

須藤とくまはちは、微笑み合っていた。
くまはちは、軽く会釈をして、エレベータの扉を閉める。
エレベータの数字は、徐々に小さくなっていった。



(2006.7.13 第四部 第五十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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