任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第二話 夜空に輝く星よりも、素敵なあなたを…

AYビル・むかいんの店。
この日も、理子がむかいんの店に夕食をしにやって来ていた。
もちろん、むかいんは、優しく丁寧に迎え、料理を差し出していた。

「真子、襲われたん?」
「幸い軽傷で済みました。もちろんの如く…」
「じっとしていないんや…」
「えぇ」

理子は、考え込む。そこへ、コックの一人がやって来た。

「料理長、本日は、これで上がられてはどうですか?」
「なんでや?」
「ここんとこ、休み無しでしょう? 理子ちゃんとの時間も
 ここでほんの数時間ではありませんか。今日は、お二人で
 素敵な時間をお過ごしになって、明日、お休みなさった方が
 よろしいかと思います」
「俺は、大丈夫やで」
「…真子様が、怒ってるそうです」

むかいんの顔色が変わる。

「先程、連絡ありましたよ」
「連絡?」
「自宅に戻られたようです」
「…わかった。ほな、今日はこれであがるよ。すぐ戻りますね」
「うん」

理子は、嬉しそうに微笑んだ。むかいんは、厨房から、更衣室へ入り、そして、着替えてから、理子の席へ戻ってきた。
二人は、真子の話で盛り上がりながら、夕食の一時を過ごしていた。




むかいんと理子は、一緒に帰ってきた。自宅最寄り駅の改札を出て、家に向かって歩き出す。そして、真子と待ち合わせによく使う公園までやって来た。理子は歩みを停める。

「今日も御馳走様でした」
「あいつらに言われるなんて、ほんと、理子ちゃん…いつも御免」
「いいのにぃ。そりゃぁ、むかいんさんとあちこちお出かけしたいけど、
 私は、むかいんさんの料理姿が好きだから…それに、お店に行けば
 毎日逢えるもん」

理子の微笑みに、少し照れるむかいん。
むかいんは、理子の家の方向へ歩き出す。

「あっ、ここでいいですよ。真子が待ってるでしょ? 早く帰らないと
 真子、すねるよ」
「家が近いからと言って、家までお送りしない方が、怒られますよ」
「いつも一人だから、大丈夫なのにぃ」
「行きますよ」

むかいんは、理子に振り返り、素敵な笑顔を向ける。
もちろん、理子は嬉しそうに微笑んで、むかいんの腕にしがみつく。
そして、二人は、仲良く歩き出した。

「……むかいんと野崎?」

そんな二人の後ろ姿を見つけたのは、ほろ酔い気分のぺんこうだった。この日、珍しく同じ仕事仲間…教師達と飲んでいた様子。

「野崎ん家まで送るってことかぁ。この時間っつーことは、
 明日、休みやなぁ。組長に、ばれたか…仕事しっぱなしやったこと」

二人の姿をしっかりと見届け、優しく微笑みながら、一歩踏み出したぺんこうだった。




野崎の家の前。
明かりが消えていた。

「ありがとうございました」
「誰も居ない?」
「うん。今日は一人ぃ」
「…大丈夫ですか?」
「慣れてるもん。…あっ、あがっていく?」
「お邪魔します」

すんなりと家へ入っていくむかいんだった。
あらら? 二人って…もしかして…。




夜11時を過ぎた。
真子は就寝時間。床について、熟睡していた。額には、ガーゼが痛々しく…。
真北は帰宅して直ぐに、真子の部屋へやって来る。そして、真子の寝顔を堪能した後、そっと真子の部屋のドアを閉めた。
リビングでは、ぺんこうが、珈琲を飲みながら、夕刊に目を通していた。

「むかいんは、まだなのか?」

リビングへ入ってきた真北が、ぺんこうに尋ねた。

「はぁ、まぁ…」

理子ちゃん家に向かったこと、言えないか…あれから、三時間…。

「それよりも、真北さん、くまはちに何を頼んでますか?」
「ん? それは、その…例の仕事かな…」
「組長には?」
「言ってない」
「……言ってやろ…」

悪戯っ子のような目をするぺんこうだった。

「あほ」

そう言って、真北は、自分のお茶を用意し始める。

むかいん〜、まさかと思うけど…。

ぺんこうは、ふと、理子の家の方向へ目を向ける。
その頃、むかいんと理子は…。

「…今度、聞いてみよぉ」
「そのようなお話は、女性同士だと、かなり盛り上がるんですか?」
「したことないで、真子とは。だって、そっち方面、うといやん。
 うち、真子と知り合ってから、やくざ世界の印象、変わったもん」
「組長が、変えたといってもいいでしょうね」
「大人の世界の話は、絶対に詳しいと思ってたから、期待してた」
「…何をでしょう?」
「色々とぉ」

むかいんと理子は、理子の部屋のベッドの中で、語り合っていた。二人が着ていたと思われる服は、ベッドの下に落ちている。

「今夜も、泊まってく?」
「そうですね。お一人にしておくなんて、心配ですから」
「ったくぅ〜。いつになったら、その扱いやめてくれるんよぉ」
「あっ、御免御免。もう、身に染みついてしまってますから…。
 組長のお友達…ということで…」
「もぉ〜。真子の友達だけど、むかいんさんの彼女だよぉ」
「う〜ん。接客業も長いから、…つい出てしまうんだろうなぁ、丁寧語」
「まさちんさんやくまはちさんや先生の時は、違うんやろ?」
「遠慮せずにすむからね」
「私にも遠慮せんといてや。親公認のお付き合いやねんからぁ」
「でも、この姿は…」
「男と女の関係やもん。嫌なん?」
「そんなことは、ありませんよぉ〜」

むかいんは、理子を優しく抱き寄せた。

「しっかし、先生が手を出すとはねぇ〜」
「色々とありましたから、あまり深くは聞かないでくださいね」
「うん。ふふふ!」

噂のぺんこうは…。リビングで珈琲を飲んでいた。
時刻は夜の2時。

「…泊まりかよ…!」

むかいんが、帰ってこないことから、思わず声にしていた。




ミナミの街のお昼時。
帽子を目深にかぶった真子といつも以上に元気な理子が、はしゃぎながら商店街を歩いていた。

「ここぉ。むかいんさんお薦めの店!」
「…って、あのね…阿山組系やん…」

谷川組が懇意にしている洋食レストラン。
ここのコックは、むかいんの店で修行をして、独立した人たち。

そりゃ、むかいん、お薦めやわなぁ〜。

理子は、真子が呟くのを無視しながら、店へ入っていった。
二人から遅れて、男が三人入ってくる。
くまはち、竜見、虎石だった。

もちろん、三人は、真子のガード。

先日、襲われたばかりで、怪我も完治しないまま、理子と出掛けるなんてことを、まさちんや真北が許すわけがなかった。三人が一緒ということが出掛ける条件だった。



真子と理子のテーブルに料理が運ばれてきた。二人は、食べながら、楽しそうに話し込む。そんな様子をくまはちは、背後で伺いながら、竜見と虎石だけに、料理を勧めた。厨房からコックが出てきた。真子と理子に笑顔で挨拶をして、再び仕事へ戻っていく。
真子と理子の会話は、弾んでいるようだった。

「こないだ、むかいんさんから、聞いたんやけどぉ…、真子って、
 いつのまに、男と女の関係に、詳しくなったん?」

真子は、理子の言葉に焦ったのか、持っていたフォークを皿の上に落としてしまう。その小さな物音に、くまはちは、振り返る。
真子は、なぜか、焦ったような表情をして、頬を赤らめている。

何を…話してるんだろ…。

くまはちは、気を集中させて、真子と理子の話声に聞き耳を立てる。

「いや、その…」
「知らんかったぁ。先生とそういう仲になってたなんて。同窓会の前?」
「はぁ、まぁ…むかいん…何を話したん?…というより…理子、
 まさかと思うけど…むかいんと…?」
「へへへ!」

照れた中に嬉しさを現した表情をする理子。

「いつ??」
「真子が、強引にハイキングに行けぇ〜言うた日。その日も家まで
 送ってくれたの。そんで、お母さんが、むかいんさんを家に上げて、
 なぜか、むかいんさんの手料理で夕食をごちそうになった後。
 お母さん、出掛けたもんだから、…その…」
「なんだかなぁ〜」

真子は、どう応えて良いのかわからなかった。
喜ぶべき?それとも怒るべき?
それは、組長=『親』として?

「ほんと、男と女の関係って、不思議やなぁ。気が付いたら…だったもん。
 真子は?」
「…そ、それは、その…。ぺんこうは、昔っから、そのつもりだったし…。
 あの時は、その…あの…」

しどろもどろになる真子を見た途端、理子は、むかいんの言葉を思い出す。

あまり深くは聞かないでくださいね…。

「御免。それ以上は、聞かへん!」
「もしかして、おととい…」
「うん」
「はふぅ〜〜」

真子は、頭を抱える。

「どう言ったらええんやろ…」
「複雑やろぉ〜。むかいんさんも言ってるでぇ〜。組長の友達とぉ〜」
「ったく、気にしてるんやったら…」
「ええもぉん。むかいんさんの事、好きやし、それに、うちらええ年やろ?」
「まぁねぇ〜。でも、無茶だけはしたら、あかんで。ちゃぁんと…」
「使ってるって。…ほんまに、詳しくなったんやなぁ。驚くで」
「…ご飯ご飯っと」

真子は、誤魔化すかのように、フォークを手に取り、食べ始めた。

「むかいんの野郎…」

なぜか、怒りを覚えるくまはちだった。


真子と理子は、百貨店などをぶらぶらしていた。その二人の近くには、くまはちたちの姿が常にあった。

「な、ゲーセン入ろっか。最近おもろいの多いねんで」
「う、うん…」

理子は、真子を引っ張って、ゲームセンターへ入っていった。
くまはちたちは、真子が見える位置にしっかりと立ち、見守っていた。
そんな五人を見つめるかのように、一人の男が、立っていた。その男の姿には、くまはちたちは、気が付いていなかった。

「あいつを狙え」

その男の後ろにいる別の男に、指示を出す。別の男は、軽く頷いて、その場を去っていった。

指示を出した男の口元が、不気味につり上がる。



「組長、楽しそうですね」

竜見が、くまはちに言う。

「あぁ」
「在学中は、このように遊びに出ませんでしたから」
「そうやな。…組長…それは、様になりすぎですよぉ」

くまはちが呟いた。その呟きが気になった竜見は、くまはちが見つめる先に目線を移した。
真子が銃を片手に持ち、画面を撃っていた。虎石も真子の姿を見つめる。

「兄貴…組長の姿…かっこいいです…」

ガツッ!

「痛て…。すんません!」

虎石は、くまはちから、拳を頂いていた。
真子は、ゲームが終了したのか、銃を納めた。周りで見ていた客が、盛大な拍手を送っていた。

「あの姿やと、最高得点塗り替えただろうなぁ」
「へ?」

竜見と虎石は、くまはちの言葉に疑問を持った。

「兄貴、どういうことですか?」
「あれは、AYAMAのゲームや。試作の段階で、組長、最高得点を取って
 未だにそれは、やぶられてなかったはず」
「…今度、俺もしてみよっと」

真子と理子は、別のゲームを始めた。
そんな二人を見つめる怪しげな男に気が付く竜見。

「兄貴、あいつ…」

くまはちたちの目線に気が付いた男は、その場を去っていく。
虎石が、追いかけるような感じで歩き出した。
虎石は、その男の真後ろを歩いていた時だった。

「!!!!!」

男は、振り向きざまに、虎石の腹部をドスで刺した。
そのドスを真横に引く男。
虎石は、腹部を押さえながら、座り込む。

「……きゃぁ〜!!!!!!!!!」

虎石の真横を歩いていた女性が、突然の出来事に悲鳴を上げた。
商店街に居た誰もが、その悲鳴に振り返る。
虎石の体から、真っ赤なものが、ボタボタと滴り落ちていた。




理子は、まさちんに付き添われて橋総合病院を出てきた。
心配顔の理子に、笑顔で応えるまさちん。そのまさちんの笑顔を観て、安心している様子の理子だった。

「大丈夫だからね」
「ありがとう、まさちんさん。…真子に無理するなって伝えとってな!」
「お送りします」
「一人で帰れるから。またね!」

理子は、笑顔で手を振って、橋総合病院を後にした。まさちんは、理子の姿が見えなくなるまで見送り、真子の病室に戻ってくる。真子は、眠っていた。

「お帰りぃ〜って感じやん。ほんまに、真子ちゃんはぁ」
「橋先生…」
「大丈夫や。虎ちゃんも傷は浅いで。そして、案の定、
 …真子ちゃんの傷は治ってる…」
「俺が…」
「またぁ、自分を責めるなって」
「しかし…。俺が付いていたらこんなことは…」

まさちんは、項垂れる。

「くまはちが付いていたんだろ? なぁ、真子ちゃんには、
 普通の生活も必要なんやで。大学出てから、いっこも
 普通の生活してへんやろ。だから、理子ちゃんとの時間には
 誰も付いて行ったらあかんねんって。わかるか?」
「……」

まさちんは何も言わなかった。

「ま、後は、真北に任せて…って、くまはちは?」
「…おとなしくしてるわけないでしょぉ、あいつが」
「…しまった…。真北に言われていたんだよ。くまはちを
 閉じこめておけって。…参ったなぁ」

橋は、頭を掻いて困っていた。



「病院か。…体力は劣るようだな。まぁ、仕方ないか」

桜がちらほらと咲き始めた公園のベンチに座り、辺りを見渡しているライに、カイトが報告をする。

「残ってたか。…で、その男は?」
「すでに…」
「そうか。…早く木原が、アポをとってくれないかなぁ。逢いたい」
「駄目です。当分、取材でスケジュールが埋まってますから」
「ったく、無茶苦茶なスケジュールだな」
「あなたが有名すぎるからです」
「取りあえず、日本は初めてということだったな」
「はい」

怪しげな表情をしていたライは、急に研究者の表情へ変わる。
取材関係の人たちが、やって来たからだった。

「すみません、道が混んでまして…遅くなりました」
「気ニナサラナイデ、下サイ。桜、素敵デスネ」
「まだ、ちらほら咲きですが、ライさんが、滞在中には、満開に
 なるでしょうね。いつ頃まで、こちらに?」

ライは、素敵な笑顔で取材を受けていた。




AYビルの玄関を二人の男が通っていった。
警備の山崎は、その二人に笑顔で挨拶をする。そして、二人の男は、受付へ歩み寄った。

「お久しぶりです。お元気そうで」

明美が、笑顔で迎えた。

「明美ちゃん、一段と美しくなってぇ〜」
「ほめても何もでませんよ、木原さん。…そちらの方は?」
「初メマシテ。ライ、イイマス。真子ニ逢イニ、来マシタ。ドコデスカ?」
「真子ちゃんですか…。あっ、まさちんさん!! 真子ちゃんにお客様ですよ!」

エレベータホールへ向かって歩いているまさちんを呼び止める明美。まさちんは、振り返り、受付前に居る二人の男を怪訝そうな表情で見つめる。

「木原さん」

まさちんの表情が、笑顔に変わった。

「アポ取らずに悪いなぁ。真子ちゃん居る?」
「居ますけど…そちらの方は?」

木原の横に立っている男・ライが気になるまさちんだった。
ライは、まさちんを見て、ニッコリと笑っていた。



それから、5分後…エレベータのドアが開いた。真子とまさちんが、言い合いながら降りてくる。

「外人? 一体誰なん」
「すみません。聞きそびれました」
「ったくぅ。ちゃんと聞いとかな、あかんやろ!」
「すみません」
「ま、木原さんと一緒に来た人なら、大丈夫でしょ」

喫茶店へ入ってきた真子の姿を見た木原は、元気良く手を振った。真子の表情が笑顔に変わる。そして、少し意地悪そうに言った。

「木原さぁん、急になんですか。忙しいのに」
「まったく、真子ちゃんはいっつも邪険に扱うんだからぁ〜。
 別に昔みたいに取材ってわけや無いんやでぇ」
「わかってるって。…で…、こちらの方は?」
「初メマシテ、私、ライ、イイマス。木原トハ、アメリカデ知リアイマシタ。
 真子チャンノ、オ話シ、聞キマシタ。是非、逢イタイト思ッタネ。
 ダカラ、コウシテ、来タノヨ。真子カワイイ、笑顔キュートネ!
 逢ッテヨカッタ」
「………。木原さん……?」

真子は、訳がわからないという顔で木原を見ていた。



自宅に向かう車の中。
真子は、先ほどのライの話をおもしろおかしくまさちんに話していた。まさちんもライの仕草や言葉を思い出しながら、真子の話に聞き入っていた。

「また逢いましょって言ってたけど、毎日来るんとちゃうやろか…」
「そのような勢いでしたね」
「参ったなぁ〜。まさちん、どうしよぉ」
「ま、いいんじゃないですか。楽しそうな人だし」
「だからぁ、そのライさんの相手するのが、疲れるの!」
「わたしは、遠慮いたします」
「駄目だって。まさちんも一緒だよ!」

真子は、ふくれっ面になって、ルームミラーに映るまさちんを睨んでいた。

「嫌ですよぉ。側にいただけで疲れましたから」
「相手にしてる方がもっと疲れたってーの!まさちぃ〜ん!!」
「うわっ! 組長、危ないですって!!」

運転中のまさちんに目隠しする真子。
蛇行する車。
焦るまさちんに対して、思いっきり笑っている真子だった。



夜。
ライの乗ったタクシーが、とある屋敷の前に停まった。ライがタクシーから降りてきた。タクシーが去ると同時に、ライは、屋敷の門をくぐっていく。

黒崎

ライは、我が家のような感じで、ドアを開け、家の中へ入っていった。

リビングのソファでくつろぐライ。テーブルの上には、ワインボトルとワイングラスが置かれていた。
グラスにワインが注がれる。

「素敵な笑顔だったよな。…俺が生きてきた日々に罪を感じるよ」

ワインを一気に飲み干したライは、リビングを出て、二階のとある部屋へ入っていった。
事務所のような雰囲気の部屋。その部屋の隅にもう一つ扉があった。その扉を開けるライ。
そこは、寝室だった。
ベッドの上に誰かが寝ているのか、もそもそと動いていた。ライは、寝室のライトを付け、ベッドの上にいる人物を見つめ、不気味な笑みを浮かべた。

「そろそろ新たな獲物が必要だな…」
「んーーー!!!!!」

ベッドの上には、一人の女性が、全裸で横たわっていた。両手・両足は、鎖の付いた枷で縛られていた。鎖の先は、ベッドにくくりつけられている。そして、女性の口には、猿ぐつわが付けられていた。
女性の目から、涙がこぼれる。
ライは、ベッドに腰を掛け、慈しむような表情で、女性を見つめ、頬を優しく撫でる。

「解放してやるよ」

女性は、哀願するような目でライを見つめる。
その目が、急に閉じられた。

人気のない住宅街にある空き地の前に車が一台停まった。そして、その空き地に、向かって車から、何かが放り投げられる。
車は、去っていった。

翌朝、住宅街の空き地で、行方不明の女性が発見されたというニュースが報道された…。




AYビル・受付。
ライは、真子と逢ってから、毎日のようにここへ来て、真子に逢いたがっていた。しかし、真子は、ライの休むことを知らないかのような話し方に参っている為、わざと逢わないように仕事をつめていた。そして、AYビルでの日課だった受付での話し込みは、ここ数日、行われていなかった。

真子は、帰宅する前に必ず受付へライの様子を聞き、まだ、居る様子なら、直接、地下駐車場へ向かっていたのだった。

ライの様子を気にしているのは、真子だけでなかった。
真子のボディーガード・くまはちもその一人だった。くまはちは、ミナミで虎石が襲われ、襲った男の変死体があがったことで、ここ数日、見かけていた怪しげな人物・白地に紺の縦縞が入ったスーツを着た金髪の男が気になっていた。

それと全く似た雰囲気の男は、ライだった。

くまはちは、ライが、受付前で、AYAMA社へ顔を出す様子を逐一、チェックしていた。
特に怪しい雰囲気は感じられないが、真子に逢いたがることだけは、許せないらしい。
研究者であるライは、くまはちのそんな雰囲気に気が付いていない様子…。



『猪熊かぁ。滅茶苦茶腕の立つ、彼女のボディーガードだからなぁ』
「何か、殺意を感じるよ」
『そんだけ執拗に逢いたがってたらなぁ。はっはっは』

ライは、黒崎邸のリビングで、何処かに電話を掛けていた。

『彼女の笑顔、素敵だろ』
「益々惚れてしまったよ。竜次、お前の気持ちが解った。だから、
 俺とお前は、ライバルだ」

電話の相手は、竜次だった。

『勝手にライバルにされてもなぁ。お前のことは、まだ、少ししか
 知らないだろう?研究者…ということしか…ね』
「そういうお前は、死んだことになってるだろが」
『はっはっは。そうだった、そうだった』
「竜次、お前、何か企んでないか?」
『何が?』
「カイトに何か頼んでるだろ?」
『あぁ。まぁ、カイトの行動は、ライが動きやすいようにと考えての
 ことだからな。気にするな。で、光はあったのか?』
「確認済だ。次の作戦に移るつもりだ」
『そうか…』

竜次は、それっきり何も言わなくなった。
ライは、受話器を置いて、リビングを出ていった。

寝室へ入ってきたライ。灯りをつけ、一カ所に目線を移した。
そこには、以前とは別の女性が、同じようにベッドにくくりつけられて横たわっていた。
ライは、ベッドに腰を掛け、何も言わずに、その女性を激しく抱き始めた。

彼女には、通用しないだろうな…。

ライは、呟いた。



真子が組関係の仕事をしている。
まさちんは、真子が仕事し易いように補佐をしていた。ふと真子を見つめるまさちん。

「ん?何?」

まさちんの目線に気が付いた真子は、首を傾げる。

「いいえ、何も。…そろそろ休憩なさらないと…」
「あと少しだから、まだ、いいや」

そう言って、真子は仕事に没頭する。
カレンダーを見つめる真子は、何かを思いだしたように口を開く。

「そろそろ本部に帰らないとね」
「そうですね」
「久しぶりに純一とカラオケかなぁ〜。まさちんも一緒だよ!」
「いけませんよ、オールナイトは」
「大丈夫だって」

真子は、にっこりと笑う。

「ぺんこうも休みが取れると言ってましたよ」
「そっか。じゃぁ、久しぶりに、みんなで…だね!」

嬉しそうな顔をする真子。
今まで、本部に戻ると言うと、嫌な顔をしていたのに、今回は、違っている。

やっと、安心できるんですね、組長。

まさちんは、そっと真子を見つめていた。
嬉しそうな笑みを浮かべた真子は、気を取り直して、仕事の続きを始めた。




真子の自宅。
真子は、既に就寝。
リビングでは、まさちんが、珍しくソファにふんぞり返って、くつろいでいた。
そこへ、ぺんこうが珈琲を飲みに入ってきた。

「なんや、えらい格好やな」

ぺんこうは、まさちんの姿に驚いた様子。

「悩み事か?」

珈琲を煎れながら、まさちんに尋ねた。

「…忘れてた」
「は?」
「組長に逢いたがっている外人が居た…ってこと」

ぺんこうは、目が点に。

「……おい…大丈夫か?」

そっと尋ねる。

「だから、悩んでるんだって。…ちゃんとスケジュール帳に
 記入したのに、それが何か解らずに放っておいた」
「いつ?」
「記入したのは、組長が天地山に行ってた頃」
「何て書いた?」
「木原さん関係の来客」
「……解りそうだろが…」

ぺんこうは呆れたように項垂れた。

「その後、色々と逢ったからなぁ……」

フッと息を吐きながら、珈琲に手を伸ばすぺんこう。

「まぁな…」

そう応えたまさちんは、煮え切らない様子。
大きく息を吐き、そして、

「…いつからやろ…組長が、五代目の雰囲気を醸し出して、仕事してるのは…」

寂しげに呟いた。

「あん? 前からちゃうんか?」
「あぁ。組関係の仕事をしていても、俺が居るときは、そんな雰囲気は
 なかったのにな」

ぺんこうは、暫く何も言わず、珈琲を飲む。

「…あの日から…だろな。…お前の兄貴…鷹地一家の地島に逢ってから」

まさちんの表情が一変する。それ以上、何も言うなというような目をして、ぺんこうを睨んだ。

「お前は、知らんだろ? 地島が組長に言ったこと」
「…中途半端じゃ、成り立たないってことか?」
「なんや、知っとったんか」

珈琲を飲み干すぺんこうは、ちらりとまさちんに目をやる。

「兄貴からの手紙にも書いてあったよ。端から見たら、阿山組五代目は
 中途半端な生き様だとさ。でも、逢ってみれば、そんなことはない、
 長年この世界で生きている者達よりも、立派だと。二つの顔をちゃんと
 使い分けている…。…そんな素敵な彼女をちゃんと守れともね」

まさちんは、照れたような目をして、ぺんこうを見つめた。

「いつまで経っても、兄貴は、俺のことを心配するんだからな、
 困ったもんや」

まさちんは、ソファに寝転んだ。そんなまさちんに近づき、向かいのソファに腰を掛けるぺんこうは、呟くように言った。

「お前は、体、俺は心…」
「…なんか、勘違いしそうな言葉やな。体って…」
「それは、どすけべなお前しか考えないことやって。ったく、握りしめる
 ものも、そんな風にしか考えられないんやからなぁ〜」

まさちんは、ぺんこうの言葉に反応して、勢い良く起き上がり、ぺんこうの胸ぐらに手を伸ばす。
それをはねのけるぺんこう。
はねられたまさちんの手は、拳に変わり、ぺんこうの頬目掛けて横に振られる。

バシッ!!!

見事に受け止めたぺんこうに、まさちんは、怒りを堪えながら言った。

「てめぇほどちゃうわ…手ぇ付けるほど…なぁ」

まさちんの言葉に怒りを覚えるぺんこうは、受け止めたまさちん拳を握りしめる手に、力を込め始める。
睨み合う二人。
火花が散り始める……。

「そんなに、気になるんやったら、…抱いてみろよ…。できねぇくせになぁ」

ぺんこうの言葉にドスが利く…。

「親に手ぇ付けれないやろが…」
「組長は、待ってるで」
「…な、な!?!?? …てめぇ〜からかうのも…ええかげんに…せぇよ…」
「からかってへん…ほんまのことやで…。いつまでも、そんな関係を
 続けとったら、お前…爆発するぞぉ」
「ぺぇん〜こぉ〜〜、てめぇ〜……この場で伸したる!!!」

まさちんは、ぺんこうに握りしめられていない手で、ぺんこうの胸ぐらを掴みあげた。
ぺんこうも、まさちんの拳を握りしめていない手で、まさちんの胸ぐらを掴みあげる。
ワナワナと震え出す二人の手。
二人のオーラに、炎が見え始め…………。

ガツッ!
ゴン……。

「いってぇ〜〜っ!!!!!!!!」

まさちんとぺんこうは、同時に叫んだ。

「これ以上、火ぃ付けるんやったら、拳と頭突きだけじゃすまんぞ…」
「ま、ま、ままままま…真北さん!!!!! すんません!!」

二人の炎に水を掛けたのは、真北だった。

「ぺんこう、てめぇ、こいつを焚き付けることすんなよ…お前、俺に
 喧嘩売ってるんか? それとも、当てつけか? あ?」
「その通りです…!!!」

真北は、ぺんこうの言葉を聞くと同時に、ぺんこうの腹部に強烈な拳をプレゼント。
避けたものの、軽く入った真北の拳の勢いは、凄かった様子。
ぺんこうは、腹部を押さえながら、座り込む。

「まさちん、こいつの言うように、…真子ちゃんを抱く気か?」
「それは、ありません!!!」
「本音か?」
「はい」

真北は、ハキハキと応えるまさちんの頬を手の甲でぶん殴る。

「真子ちゃんの気持ちに応えたれよな。男だろが!!」
「ほへ?!」

真北の言葉に驚くまさちん。
真北は、自分が発した言葉を頭の中で繰り返し、含まれる意味をじっくりと考えた。

何か、違う……。

「絶対、手ぇ出すな! これ以上、真子ちゃんを傷つけることは、
 俺が…許さん!!!!!!」

そう言って、真北は、リビングを出ていった。呆気にとられるまさちんとぺんこう。

「頭ん中、ごっちゃになっとるな、あのひと…」

ぺんこうが、腹部をさすりながら言った。

「言うこと…無茶苦茶や…ほんまに。抱いてええんかあかんのか…
 どっちなんやろ…。それ聞くたびに、俺の気持ち、揺れるやんか…」

まさちんが、真北に殴られた頬をさすりながら、呟く。

「…本音は?」
「…抱きたいよ。この腕に優しく…抱きしめたい…肌と肌を触れ合わせて
 組長の…体温を直接…感じたい…。男なら、当たり前だろ?だけどな、
 組長と組員だ。…組長が望まなければ、できないだろ? …お前が
 抱いたのは、組長が、言ったからだろ? もし、言わなかったら…」
「言わなくても、抱いていたかもな…」

ぺんこうは、自分の両手を見つめ、何かを思いだしているような表情をする。

「…胸が膨らんだだけじゃない…。すでに大人だよ」

そう呟いたぺんこうは、目を瞑った。

「お前の方が…どすけべだな」
「ほっとけ」
「教え子に手を出さないとこが、すごいよなぁ」
「教師だからな」
「教師じゃなかったら、…出してるやろ」

ぺんこうは、フッと笑うだけだった。

「なんで、俺…出来ないのかな」

まさちんは、呟いた。

「本気で惚れてるからだろ」

ぺんこうは、そう言って、リビングを出ていった。

「お前に言われたないな…」

まさちんは、懐に手をやって、何かを探りながら、庭に出る。
芝生の上に腰を下ろし、口に細い物をくわえ、火を付けた。
煙を吐いた後、寝転び、夜空を見つめていた。

ここじゃ、星も観にくいな…。

まさちんは、天地山で真子と見上げた夜空と比べ、その時の真子の姿を思い出し、

「おとな…か」

そっと呟いた。
まさちんの心も、この夜空のように、観にくい感じがした。



(2006.7.22 第五部 第二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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