任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第三話 周りを崩す

笑心寺。
阿山組四代目だった真子の父・慶造の法要が密かに行われていた。
真子は、喪服姿で、笑心寺の墓前で一人静かに手を合わせていた。
その姿を少し離れた所で見つめる真北と山中。

「ほんと、益々魅力的だな」

山中の言葉に、真北は、ギロリと睨み付ける。

「睨むなよぉ。素直に言っただけだろ。…先代、生きていたら、
 どうなっていただろなぁ」

山中は、しみじみと語った。

「ぺんこうだけでなく、俺まで、大怪我」

真北は、そう言って、苦笑い。その噂のぺんこうとまさちんは、真子の姿が見える場所で、真北たちから離れた所に立っていた。
普通に立っているように見えるが、足下では、軽く蹴り合っている…。
ぺんこうは、真北の目線に気が付き、振り返る。

「何してんだか」

真北は呟いた。
真子が、墓前から離れ、真北の所へやって来た。

「お待たせぇ」

笑顔で言う真子の頭をそっと撫でて、墓前へ向かう真北。山中は、軽く会釈して、真北の後を付いていった。
それと同時に、まさちんとぺんこうは、真子に駆け寄った。



「真北ぁ、いい加減、頭撫でるのやめとけ」
「ええやろ。山中も撫でたいんか?」
「違う。組長は、いつまでも、子供じゃないだろ」

ちらりと振り返る山中。真子は、まさちんとぺんこうとじゃれ合っていた。ぺんこうに体当たりする真子。しかし、ぺんこうは、真子を抱き留めた。
そんな真子を抱き留めるぺんこうを引き離そうとまさちんは、必死。

「あんにゃろぉ〜」

真子を抱き留めるぺんこうを睨む真北。真北の鋭い視線を感じたのか、ぺんこうは、真子から手を離す。

「ったく、いつまでも変わらないな」
「ほっとけ」

そんな会話をしながら、墓前に手を合わせる真北と山中だった。




法要が済んだ後、少し年を取った住職と話をする真北に見守られながら、ぺんこうとまさちん、そして、大きくなった、しょうたと遊んでいた。
住職と笑顔で挨拶を交わし、そして、帰路の車の中でも、ぺんこうとまさちんが、小突き合いを始める。それを停めるように真子が間に割って入った。

「ほんまに、二人とも、何時になったら、仲良く……」
「永遠に無理ですね」

ぺんこうとまさちんが、同時に応えた。そして、にらみ合い、プイッと顔を背けた。

「…ガキ……」

真子は、ボソッと呟いた。その言葉を耳にした、ぺんこうとまさちんは、同時に真子へ振り返り、真子の右頬をまさちん、左頬をぺんこうがつまみ上げた。

「何するんよぉ、二人してぇ〜〜っ!!」
「組長が言い過ぎなんですよ」

まさちんが言った。

「私たちに向かって、ガキとは…」

ぺんこうが言った。

「ガキなんだもぉん!!」

真子が言った。三人の様子を観ていた真北が、まさちんとぺんこうの頭を素早くはたいた。

「お前ら、いい加減にしろよ…。こっちの身にもなれって。
 ったく、いっつもいっつも…」

真北は、怒りを抑えたような表情でまさちんとぺんこうの胸ぐらを掴み上げる。真子は、その様子を観て、笑い転げていた。

「真子ちゃん、笑いすぎですよ!!!」
「おもろいもん、笑ってもええやんかぁ〜!! はっはっはっは!」

いつまでも変わらない、この雰囲気。真子は、とても好きだった。




阿山組本部。
夕飯を終えた真子たちは、リビングにあるソファでくつろいでいた。
ぺんこうは、本を読み、まさちんは、テレビを観る。そんな二人の間に、真子が座って、まさちんと同じようにテレビを観たり、ぺんこうの本を覗き込んだり…。
その頃、真北は、慶造の部屋で思い出に浸っていた。

「ちさとさんの姐さん姿…か。…信じられないな」

笑心寺で住職が言った、ちさとの姐さん姿の話を思い出し、部屋の中央で大の字に寝転んで、天井を見つめていた真北は、いつの間にか寝入ってしまった。



慶造の部屋のドアが開いた。誰かが、寝転ぶ真北の側に歩み寄る。
真北は、体の上に、何か軽い物が覆い被さった気がした。しかし、気のせいだと言い聞かせ、そのまま眠り続ける。
温かな感情が、真北を包み込む。
暫くして、その誰かが、部屋を出ていった。



真北は、目を覚ます。

「あ、ありゃ?!」

真北は、自分の体に、タオルケットがかかっていることに気が付き、驚いていた。そのタオルケットから感じるもの。
それは、真子だった。
目を凝らしてタオルケットを見ると、猫模様が付いていた。
フッと笑う真北。

「ったく…」

真北は、嬉しそうな表情をして、そのタオルケットを抱きしめるように体を丸め、再び眠りに就いてしまった…。



リビング。
ぺんこうは、本を読み終え、閉じた本を棚になおした。

「あのひと、起きなかったんですね」
「うん。気持ちよさそうに眠ってたよ。恐らく、私が生まれる前の
 お父様とお母さん、そして、真北さんの三人しか知らない頃を
 思い出していたんだろうなぁ。真北さんって、昔っから、そうなの?」

無邪気な表情でぺんこうに尋ねる真子。少し困ったような表情をしたぺんこうだったが、真子に笑顔を向け、優しく応えた。

「思い出に浸りすぎるとこ、ありますよ。それが、あのひとの
 弱点でもありますね。…未だに、ここでの事件、尾を引いてますよ」
「そっか…」
「ですが、組長への思いは、全く別ですからね。いつの間にか、
 あの人自身の本当の気持ちへ、変わってますよ」
「ぺんこうから、それを聴いたら、安心するよ」
「組長、まだ、気になさってるでしょう?」
「うん…。やっぱり、吹っ切れないな…」

暗い表情をする真子の頭を優しく激しく撫でるぺんこう。言葉に表さなくても、ぺんこうの気持ちが伝わってくる真子だった。
二人の様子を全く気にしていないような素振りで、テレビに目を釘付けしているまさちんは、真子とぺんこうと真北の見えない強い絆に、こういうときは、全くと言ってもいい程、口を出せないのだった。






千本松組組事務所。
あの事件以来、新たに別の場所に組事務所を構えた荒木達。そこへ、金髪で紺のストライプの入ったスーツを着た男が、尋ねてくる。
男は何かを言っているのか、口を静かに動かしている。
その男の言葉に、頷く荒木。
荒木の頷く姿を見た男の口元が、不気味につり上がった。

「では、よろしく」

男は、小さな箱をテーブルの上に置き、立ち上がり、そして、事務所を出ていった。


事務所の建物を見上げる男・カイト。

「次を用意しましょう。竜次様…。ライ様の為に…。そして、
 我々のために…」

そう呟いて、カイトは、去っていった。





AYビル・AYAMA社。
ライが、八太と笑顔で話し込んでいた。

「全くぅ、ライさんは、凄い腕の持ち主ですね。全部こなすとは…」
「簡単デス。モット難シ、アリマセンカ?」
「難しいというより、隠しページにたどり着いたのは、真子ちゃんだけ
 というゲームがあるんですけど…。これは、企画で没になったやつですよ」

八太は、棚の中から、一つのゲームをとりだした。

ニューワールド

真子が一番嫌がったゲームだった。
ライは、八太に簡単な説明を聞き、そのゲームを手に、笑顔でAYAMA社を出ていった。

ライが、AYビルの玄関を出てきた時だった。表情が一変した。

「…お帰り」

少し怒りがこもったような言い方をするライ。
そのライが見つめるところには、カイトが立っていた。

「そんな距離を移動するのは、疲れるだろ。今日は、ホテルで
 ゆっくり休め。行くぞ」
「はっ」

二人は、滞在中に宿泊しているホテルへ向かっていく。

「今夜は、よろしいんですか?」

カイトは、意味深な言い方をする。

「しばらくはいい。…日本には、いい餌がないな」
「平和すぎますからね」
「それも彼女が望む世界か?」

ライは、カイトに尋ねた。

「血で争うことのない世界…でしょうね」
「生ぬるいことを…。…ま、そこが、彼女の良いところなんだろうな」
「いつ頃、食されるおつもりですか?」

カイトの質問に、ライの目つきが変わる。
柔らかい表情をしていた。

「彼女の心が振り向いた時さ」

素敵な笑顔を見せたライに、安心するカイトだった。

「カイト…」
「はい」
「無茶は、すんなよ」
「心得てます」

カイトの力強い返事に、ライは、安心したのか、軽く息を吐いた。二人は、宿泊先のホテルへ到着。ドアボーイが迎える中、玄関をくぐっていった。




金髪で紺のストライプ……ライは、笑顔でAYビルに向かって歩いていった。

「真子、マダデスカ」
「明後日になると連絡入ってますよ」

ライの問いかけに、優しく応える明美だった。

「明後日デスカ。解リマシタ。明後日、マタ、来マス」
「ご用件は?」
「真子ト、オ話シタイ、ダケデス」

ライと明美が、笑顔で話し込んでいる所を、見つめる目があった。
帽子を目深にかぶったくまはちが、見えるか見えないかの位置で、壁にもたれて立っていた。
ライの表情が変わり、辺りの様子を伺うような雰囲気を醸し出した。
明美に声を掛けられた途端、それは、先程と同じ雰囲気に戻った。

「…デハ、マタ、明後日来キマス」
「気を付けてね」
「ハイ」

ライが、受付前を去っていく様子を目で追うくまはち。ライは、鋭い眼差しをくまはちの居る場所に向けた。
少し口元をつり上げる。

「…あいつ…」

ライの態度に腹を立てたくまはちは、AYビルを出ていったライの後を追っていった。




ライは、地下街を歩いていた。あちこちをキョロキョロ見渡しながら、暢気に歩いているライの様子を、じっくりと観察しながら後を追うくまはち。
ライが、人気のない地上に通じる階段を駆け上っていった。
くまはちも追いかける。

「!!!!!」
「私ニ、何カ、用デスカ? クマハチサン」

ライは、なぜか、にやけていた。くまはちは、静かに尋ねる。

「訊きたいことがあってな」
「何デスカ?」
「…組長がミナミで遊んでいた時、近くに居なかったか?」
「アァ、アノ事件デスカ。クマハチサンノ、弟分ノカタガ
 怪我ヲシタトイウ、事件ノトキ、デスネ」
「あぁ」
「確カ、犯人ハ、路地裏デ、シンデイタトカ」
「やたらと詳しいな」
「エェ。真子ノコト、モットモット、知リタイカラネ。…ダケド、
 私ハ、イマセンデシタヨ」
「そのスーツを着た男が、近くに居たんだけどな」
「ソウデスカ。ソレデ。…コノスーツヲ、来テル人ハ、カナリ
 イマスデショ。ソノ人ト、間違ッテイタノデハ?」
「…あんた、何者だ?」

くまはちの言葉には、ドスが利いていた。

「研究者トデモ、イイマショウカ。マコノ、光ノコトヲ
 調ベテイルダケデス」
「…組長の能力は、もう、失われたぞ」
「ソンナコトアリマセン。私ハ、……。オット、時間アリマセン。
 クマハチ、コレデ、失礼スルヨ。真子ニ、ヨロシクネ」

ライは、素早く地上に上がっていった。

「待てよ!」

くまはちは、追いかけて、地上に出た時、ライは、目の前にあったタクシーに乗って去っていくところだった。

「…くそっ。あいつ、ただの研究者じゃないぞ」

くまはちは、ライが去っていった方向を見つめて、歩き出す。

「?!」

くまはちは、突き刺さるような視線を感じた。
人気が少ない場所を目指して歩いていくまはち。角を曲がった途端、近くの壁に身を隠した。
そこへ、三人の黒服の男が掛けてきた。辺りを見渡して、何かを探している様子。

シュッ…ドス、ドスドス…。

くまはちは、目にも留まらぬ速さで、男達の腹部に拳を入れた。
男達は、突然の事で、身構えることができず、その場に座り込んでいた。
その一人の髪の毛を引っ張り上げるくまはちは、怒りを抑えたような感じで、

「お前ら、ライの仲間か? ライのボディーガードってか?」

そう尋ねた。
髪を引っ張られた男は、ただ、にやけているだけ。

「…外人?」

くまはちが呟くと同時に、男は、懐から銃を取り出し、くまはちに向け発砲した。

「なに?!」

くまはちは、素早く男から手を離し、銃弾を避ける。

「てめぇ〜」

くまはちは、銃口を向けた男の顔面に蹴りを入れ、後ろに倒れ掛けた男の側頭部に三回蹴りを入れる。
男は、耳から血を流して、気を失ってしまった。
それを見た残った二人の男が、同時に銃口を向け、発砲する。
くまはちは、気を失って倒れている男の手から、銃を取り、地面を転がるように横に体を移動させながら、一人の男の銃を撃った。
弾かれた銃に気を取られた男に、くまはちは、拳を向けた。

シュッ!!!

「な…!!!」

男の仕草は、芝居だった。
くまはちが近づくのを待っていたのか、拳が腹部に突き刺さる瞬間、拳を避け、くまはちの喉に目掛けて、鋭く尖ったものを付きだした。

寸でで避けたくまはちだったが、頬を伝って、生暖かいものを、首筋、そして肩に感じた。

くまはちは、痛みを感じ、そこへ、手を当てる。
頬を斬りつけられていた。
そんなくまはちのスキを見逃さなかった男は、両手にナイフを持ち、くまはちに向け始めた。


容赦ないナイフの攻撃と男の蹴り。
ナイフを避けた先に男の蹴りが入る。
男の素早さは、尋常ではなかった。しかし、くまはちは、男の攻撃を見切ったのか、ほんの数分で、全てを避け始めた。
もう一人の男がくまはちに銃口を向けて発砲した。
流石のくまはちも、ナイフと銃弾を同時に避けることは出来ず、ナイフを差し出す男の手を受け止めた右腕を、三カ所撃たれてしまった。
しかし、くまはちは、男から手を離さない。
ナイフを持つ男の腕を握りしめる手に力が籠もる。
鈍い音が聞こえると同時にナイフが地面に落ちた。
気を緩めた男にくまはちの蹴りが炸裂。

男は、地面にパッタリと倒れた。
くまはちの目標は、最後の男に移された。

「覚悟…できてんだろな…あ?」

地を這う声。
しかし、男は、くまはちの威嚇に恐れることなく、銃を発射。
くまはちは、いとも簡単にそれを避け、銃を持つ男の手を掴み、腹部に膝蹴り、前のめりになる男の鼻っ柱目掛けて拳を見舞った。
宙を舞う男。
着地した男の体は、地面にめり込んだ。

「…っつー…」

くまはちは、頬から首に伝う生暖かい物をふき取った。しかし、ふき取る右手に痛みを感じ、さらに、体のあちこちにまで、痛みを感じ始めた。

「ちっ……」

くまはちは、右手を頬に、左手を右腕に当てながら、足取りがおぼつかない状態で歩いていく。そして、少し人通りの多いところに出てきた。
くまはちの姿に驚いた通行人に気付く。

やばいか…。

くまはちは、人目の付きにくい所へ移動し、その壁にもたれ掛かるように座り込んだ。

「いくら、俺でも、やばいな、これは…」

くまはちは、懐から携帯電話を取り出し、どこかに連絡を入れる。
電話を切り、懐に電話をなおした。右手の指の隙間から、血が流れていた。
帽子を深く被るくまはちは、 動かずに座っていた。




運転の荒い車が、街の中を走っていた。その車は、誰かを捜しているような雰囲気だった。
運転しているのは、竜見は、ふと、目をやった所が気になった。
人目の付きにくい場所の壁にもたれかかるように座り込む黒服の男…。

「兄貴!!」

竜見は、くまはちの目の前に車を停め、そして、降りた途端、くまはちに駆け寄った。
その気配で、くまはちは、顔を上げる。

「あぁ。悪ぃな、橋総合病院だ」
「何があったんですか?」

竜見は、くまはちに手を貸して、車に乗せる。

「…油断していたよ。ライの奴、やはりただ者じゃないな。っつーー。
 ボディーガードというか、腕の立つ奴が周りに居る。くそっ。
 この俺が、ここまでやられるとはな。…鈍ってきたかなぁ」
「相手は?」

竜見は、車を発車させた。

「…地面を布団にして、寝てるけどな」
「…それは、いつも以上に非道いではありませんか」
「まぁな。…俺の顔に傷を付けたからな…。ただじゃ、済まねぇよ」

くまはちが、頬から手を離した途端、血が滴り落ちた。
鋭い斬り口。
竜見は、急いでタオルをくまはちに渡す。そのタオルを頬に当てるくまはち。

「兄貴の顔に傷を付けて、生きてる奴は、居なかったんですよね?」
「…久しぶりだからな。思わず、殺るところだったよ」
「組長に怒られますよ」
「解ってるよ」
「……あの、その…怪我をしたことですけど」
「……しまった……」

くまはちの脳裏に、真子の怒りの表情が過ぎった…。





橋総合病院
くまはちは、治療を終え、病室のベッドに抑制された。

「三カ所の銃の傷、右大腿部の浅い切り傷四つ…。軽度の打撲。
 そして、その頬の傷。服に隠れる所は誤魔化せるけどな、
 その頬の傷…どうするんだよ」

橋は、呆れたような表情をして、くまはちを見下ろして、冷たく言った。

「…なんとか、なりませんか?」
「ならん」

更に冷たさを感じる返事だった。

「真子ちゃんに、なんて言うんだよ」
「…言えません」

くまはちは、しょぼくれた。そんな表情を見た橋は、優しく語りかけた。

「…真子ちゃんが、帰ってくるまでには、治るよ」
「…頬の傷は?」
「傷跡なんて、残さんって」

橋は、自信たっぷりに言って、にやりと笑い、そして、病室を出ていった。
橋に深々とお辞儀をする竜見は、心配そうにくまはちを見つめた。

「竜見…少し寝るからな」
「わかりました」

麻酔が効いているのか、くまはちは、寝入ってしまった。

「兄貴…お疲れさまです」

寝入るくまはちを観るのは、珍しかったのか、竜見は、くまはちの寝顔を観て、なぜか、微笑んでいた。




二日後。
真子が大阪に帰ってくる日。そんなことをすっかり忘れているくまはちは、退屈していた。
くまはちの横には、竜見そして、元気になった虎石が座っていた。

くまはちは、目を瞑っていた。
くまはちが、そんな仕草をするときは、何かを考えている。
竜見と虎石は、何も言わず、くまはちが次に出る行動を待っていた。
静まり返っている病室に、微かだが、軽快な音楽が聞こえてきた。その音は、だんだん大きくなってきた。

「…兄貴、一体どんな着メロを……」

くまはちの携帯が鳴っていたのだった。しかし、くまはちは、携帯が鳴っていることには、気が付いていない様子。
竜見が、くまはちの携帯を手にした。

『真子・自宅』

携帯の画面に表示されている文字を見て、竜見は、呟く。

「…組長から??」

竜見の声と着信音が耳に入ったくまはちは、飛び起きた。

「貸せ!…もしもし」

くまはちの表情が、厳しいものに変化する。

「すみません。遅れました。今は、大丈夫です。もうお帰りでしたか。
 お疲れさまでした」

その表情が、緩む。

「無茶はしてませんよ。ご安心下さい。今日は、帰れそうにないので…」

困ったような表情へと変化した。

「あの、何か、緊急な用事が?」

安心したような表情に変わったくまはちは、深々と頭を下げた。

「申し訳ございません」

急に何も言わなくなったくまはち。ふと我に返ったのか、笑顔で返事をする。

「あっ、すみません」

優しい眼差しをするくまはち。

「はい。では」

くまはちは、電源を切った。そして、ため息を付いて、電話をサイドテーブルに置く。

「兄貴…」

くまはちが電話をしていた間の表情を一つ残さず見ていた虎石と竜見は、心配そうに声を掛けた。

「…言えないだろ、こんな状況は…」
「そうですね…」

三人は、ため息を付いた。
廊下には、くまはちの診察をしにやって来た橋が、この会話を聴いていた様子。
そっとその場を去り、事務室へ戻っていった。そして、受話器を手に取る。



真子の自宅。
リビングに居た真子達は、本部から帰るやいなや、AYAMAの試作品をしていた。すっかり夢中になって、試作品を終えた時だった。
なんだか、可愛いメロディーが聞こえてくる。
真北の携帯が鳴っていた。
真北は、相手が誰かすぐに解ったので、親しそうな雰囲気で電話に出た。

「おぅ、なんだ?」
『あのな、今、真子ちゃん、くまはちに連絡しとったろ。
 そのくまはちなら、今、ここに…』

橋の言葉に、何も言わず深刻な表情をして、真北はリビングを出て、自分の部屋へ向かっていった。
部屋に入った真北は、灯りもつけずに、ベッドに腰を掛ける。

『襲われて、格闘して、怪我しとる』
「くまはちが?」
『さっきな、くまはち、自分のことを真子ちゃんに伝えられ
 へんかったみたいや。…俺も気にしてる。お前から、
 それとなく、真子ちゃんに言ってくれへんか?』
「わかったよ。真子ちゃんには、ちゃんと伝えるよ」
『大丈夫か?』
「大丈夫だって」
『真子ちゃん、怒らへんか? そのくまはちの行動…』
「それくらいは、気が付いてるやろ。真子ちゃんは、大人だよ」
『そうやんな…。頼んだで』
「あぁ」
『早急にな。…それと、お前も怒るなよ。…で、無茶すんなや』
「…ありがとな。…あぁ」

真北は、電源を切ったあと、大きなため息を付いた。

「…なんだかなぁ。…どうしたもんかな…。行くか!」

気合いを入れた真北は、立ち上がり、部屋を出ていった。リビングを覗いた時だった。

「…ったく、あいつら、ここでもか…置いていったんが悪いか…。
 しゃぁないなぁ」

真子は、二人の手を掴んで何かを言っていた。その口の動きで、真子が何を言っているのかが解る真北。一呼吸置いて、リビングのドアを開けた。

「また〜…お前らはぁ〜。いつまで経っても……」
「まさちんが」
「ぺんこうが」

まさちんとぺんこうは、お互い指をさしながら、そう呟いていた。

「…これから深刻な話があるというのに……」
「真北さん…?」

深刻な表情のままの真北の言葉に、驚く三人が、同時に呟いた。





橋総合病院・玄関先。
竜見と虎石が、何処かへ連絡を取っていた時だった。ふと視野に入った車を見て、首を傾げた。

「…あれ? まさちんさんの車とちゃうか」
「…組長、乗ってる…」

二人は、顔を見合わせ、急いでくまはちの病室に向かっていった。

「兄貴、まさちんさんの車が駐車場に…」

くまはちの病室に駆け込んだ途端、静かに叫ぶ。

「ん? …てことは、組長も、一緒だったのか?」
「そのようです」
「…覚悟を決めるか……」

そう呟いた時だった。病室のドアが勢い良く開いた。

「ったくぅ!!! くまはちのあほぉ!!」

真子が飛び込んできた。

「うわぁっ! 組長!!!」

まさちんとぺんこうが、くまはちに飛びかかりそうな勢いの真子を後ろから捕まえた。その真子の前には、虎石と竜見が、立ちはだかっていた。

「……あのね、私が、何かするとでも??」
「えっ? いや、その……」

それぞれが、自分の行動を反省するかのような顔をした。そして、咳払いをしながら、体勢を整えた。





ガッチャァン!!

「きゃははははは」
「おらおらおらぁ〜!」
「どけよぉ、逃げろよぉ〜。怪我すんどぉ〜!!」

激しい物音と同時に、チンピラ風の男達が、大阪・キタと呼ばれる街で暴れていた。

「てめぇらぁ〜!! なんしとんじゃぁ!」

そう叫びながら、チンピラ達の前に立ちはだかったのは、川原組と藤組の組員達だった。その中には、組員達を守ろうとする川原と藤の姿もあった。

「出てきよった…いてまえ!!」

川原達の言葉を聞かず、姿を見た途端、川原達にナイフや日本刀を向け、襲いかかっていった。

「なんじゃい!!」

応戦する川原達。川原達を襲っていたチンピラ達が、その矛先を側で見ていた一般市民に向け始めた。

「や、やめろ! そいつらは、関係ないやろが!! うわっ!!」

一般市民を狙うチンピラの腕を取って、市民を守ろうとした川原。
声と共に、足下が真っ赤に染まり始めた。

いきなりの出来事。

平穏な街が、修羅場となり始める。
サイレンの音、悲鳴、怒鳴り声、ガラスの割れる音などが響き渡り、そして、辺りは、真っ赤に染まり始めた。

「組長に…知られないように……対処…せぇ…」

川原は、そう呟いて、気を失った。

「くそ…!!」

川原組組員や藤組組員、そして、藤は、この状況をどう納めればよいのか、チンピラを阻止しながら、考えていた。
チンピラの力は、尋常ではない。
途轍もなく、強く、抑えきれない…。

やばい……。



(2006.7.23 第五部 第三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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