任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第七話 約束を反古するのは、本能です。

黒崎邸の庭。
不審な男女が何かを探るように歩いていた。そこへ、竜次が帰宅する。
不審な男女を見つめ、男の方に見慣れない銃口を向け、発砲した。

男は、跪き、前のめりに倒れる。
女が、男に駆け寄り、心配そうに声を掛けている。
竜次は、ゆっくりと二人に近づいていった。
女は、男を仰向けにする。
その時、男の視野に竜次の姿が映ったのか、口をゆっくりと開けた。
竜次は、肩に担いでいたライフルを手に取り、男の胸に突きつけた。

「誰だ、てめぇら…」

竜次の声に振り返る女。竜次は、その女の顔をじっくりと見つめ、何かに気が付いた。

まさか…こんなところで…。

「…真子…ちゃんか?」
「…あんた……」

竜次は、サングラスを取り、真子を見つめる。
愛しの真子が目の前に居る。
喜びたいが、それをあからさまに現すわけにはいかない。

「無断で人の家に侵入するなんてな…。何が目的だ?」

あくまでも、敵対心をみせる竜次は、冷たく言い放った。

「…確かめたかったんだよ。千本松組のみんなを撃った人物をね。
 あの時に感じた気…。私が知っているあんたと同じだった。
 …生きていたとはね」

安堵感の混じった真子の声。
竜次が目の前で亡くなった姿が脳裏に過ぎったのか、生きている姿を見て、安心したような表情をしている真子。
そんな真子に向かって、竜次は、軽く微笑んだ。

「……色々と…遭ったからね」

真子は静かに応えた。

「一体、何を考えている?」
「あのままだと、真子ちゃん、撃たれるつもりだったろ?
 助けてやっただけだよ。それにあの組との抗争も避けられて、
 一石二鳥だと思ったけどなぁ。つれない返事だな」
「あんたには、関係ないことだろ?」
「大いに関係あるね」

千本松組をたきつけるようカイトに命令したのは、竜次自身。
真子を手に入れる為には、真子の周りで真子を守る者達を邪魔に感じ、竜次はライの組織の力を利用したのだった。

その竜次の思いは、真子は知らない。

竜次は、横たわるまさちんに目線を移した。
真子が、咄嗟にライフルの先をはねのけ、まさちんを守るような体勢をとる。

「…一体、まさちんに何をした?」

力無く倒れたまさちんの事が気になる真子は、竜次を睨み付け、尋ねた。

「これだよ…」

竜次は、懐から、別の銃を出した。
初めて見る形…。

「これに込められている銃弾は、筋肉弛緩剤と同様の働きをするものだ。
 一発撃ち込むだけで、このように立つことさえできなくなる」

真子は、驚き、まさちんを見た。まさちんの目線は、竜次に向けられている。
その眼差しには、まさちんの『思い』が現れていた。

「安心しろ。心臓停止までは、起こらない代物だからな。
 ま、せいぜい五時間くらいかな。本当なら、ライフルで
 撃ち殺されても仕方ないだろ。不法侵入者だからな。
 だが、それが、真子ちゃんだったんだもんなぁ。まさか、
 真子ちゃんの方から、来るとはね…」

竜次は、不気味に微笑んだ。

「どこで、その銃を? 薬だけじゃないのか?」

真子が、静かに尋ねる。竜次は、ライフルを肩に担ぎながら、真子に応えた。

「企業秘密だよぉ。いくら俺の好きな女でも、それだけは言えないなぁ」

ライフルを持っていた手で、真子の腕を掴む竜次は、不気味な微笑みの中に、喜びを現す。

「触るな!!」
「拒むなよぉ」

喜ぶ竜次の微笑みが消える。真子を掴む腕を掴まれていた。
腕を掴む男に目をやる。

「組長に…手を……出すな…。放せよ…」

まさちんは、起き上がった。

「これを撃ち込まれても動けるなんてな…。しかし…!!」

ドッ!!

「ぐわっ…!」

竜次は、素早くまさちんを蹴り、再び倒れたまさちんの腹部を思いっきり踏みつけ、その足に体重をかけた。
ライフルの先がまさちんの額にぴったりと付けられる。

「やめろ!!!」

真子が叫びながらライフルを掴んでいた。

「俺のすることに、手を出すなよ…。本当にぶち抜くぞ」
「組長に…手を出すな…」

まさちんまでも、ライフルを握りしめる。

「…ったく、お前には、もう一発撃ち込まないとな…」
「まさちん!!!!」

竜次は、もう一つの銃をまさちんに向けて素早く撃った。
まさちんの手が力無く落ちる。
竜次は、その銃を懐になおし、不気味に微笑みながら、ライフルを肩に担ぎ、まさちんを心配そうに見つめる真子の後ろから、抱きつくように両手首を掴んだ。

「!!!!」

驚く真子の耳元に唇を近づけ、

「さぁてと。五時間あれば、充分だよな、真子ちゃん」

そっと呟いた。

「な、なに?! 放せ、放せぇ〜!!!」

竜次は、嫌がる真子を引きずるようにして、玄関へ向かって歩き出した。

「まさちん!」

まさちんの目には、真子が竜次に連れて行かれる姿が映っていた。
真子は、自分を見つめたまま、竜次から逃れようと暴れている。
そんな真子の腹部に拳を入れ、気絶させた竜次は、嬉しそうな表情をして、真子を肩に担ぐ。
玄関の扉を開け、中に入った竜次は、扉を閉めるときにまさちんに振り返る。

『俺のものだ…』

竜次の口が、そう動いていた。
扉は、静かに閉まる。

「く…くそ……組長!!」

まさちんは、思うように動かせない体に苛立ちを見せていた。



「初めての男が、俺かぁ。長年、待っていただけあるよなぁ。
 こんなチャンスが来るとはなぁ。これも、ライのおかげかな?」

竜次は、本当に嬉しそうに微笑んでいた。





異国のライは、竜次が暴れた始末を終え、カイトの報告を聞いていた。
呆れたように微笑むライ。

「本当に、知らない様子だな。真子の身に起こったこと。
 竜次もめでたい奴だな。で、黒崎邸に招こうと策略中か。
 ちっ。先に手を付けられてしまうのか。…あの時…抱いていれば
 よかったな…」

ライは、真子と湖で過ごした一週間を思い出していた。
最後の日、真子の寝室に忍び込み、抱こうとしたが、真子の突然の悲鳴に驚き、素早く寝室を出ていったのだった。
そのことを悔やんでいる様子。

「その時、真子様の心は?」
「まだ、俺に向いていなかったかなぁ。怖い夢を見て叫んだ時の言葉に、
 まさちん、ぺんこうって含まれていたからなぁ」
「一週間、組の者から遠ざけていたにも関わらず…ですか?」
「あぁ。俺の名前を呼べば、その場で抱いていただろうな」
「…血…見てますよ」

カイトの言葉に、笑い出すライ。

「見慣れているよ。…真子には、手荒なことはしたくない。
 今までの女性とは、別だからな…」

ライは、何かを考えていた。

「暫く、真子から離れておこう。彼女が俺を思う気持ちを
 高めるためにな…。竜次は、今頃、何をしているんだろうな」





竜次の寝室
真子は、両手両足に枷を付けられ、ベッドに寝かされていた。
枷についている鎖は、ベッドにくくりつけられている。

「俺のものだ…。真子ちゃん…真子ちゃん…」

竜次は、真子の名を呼び続けていた。
ふと、何かを感じたのか、寝室を出ていった。

『今から、いいところだぞ。何の用だ?』
『竜次様。生きておられたのなら、ご連絡くらい…』
『…俺に、まだ、忠誠するつもりか?』
『はい。私だけでなく、みな、心は、変わっておりません』
『そうか…嬉しいことだ。…居るのか? 暫く待機しておけ。
 今から、楽しみが待っている』
『かしこまりました。ごゆっくりお楽しみ下さい』

竜次と話していたのは、一体誰なのか…。
男が去っていった後、竜次が寝室へ戻ってきた。そして、嬉しそうに真子の頬を撫でまくる。

「早く目覚めてくれよぉ。…声が聴きたい…。俺に抱かれる時の
 その声を…。だから、目覚めるまで、待っているんだよ…真子ちゃん」




「だから、健ちゃぁん」
『黙れって。今探してるから。ったく、落ち着けよぉ』
「落ち着いてる!」
『うそこけ! 俺のこと、健ちゃんって呼んでるっつーの』
「…そっか。で、どうなんや!!」

まさちんが車を走らせたと思われる方向へ竜見は、車を走らせていた。
後部座席では、くまはちがあちこちに連絡を取って情報を収集していたが、結局、最後には、健を頼りにしていた。

『くまはち、そこから、こっちに向かってこい』
「解った」
『反応、あったか?』
「まだや。兎に角、そっちに向かえばええんか?」
『勘や』
「あのなぁ〜」
『愛が深いんや。信じろ』

その時、竜見が叫んだ。

「反応がありました!」

くまはちは、竜見が見つめていた画面を覗き込む。

「…その場所って…黒崎邸…。…今更何を…。急げ、竜見!
 健、ありがとな。向かうよ」
『…って、くまはち!!』

健の声が漏れる電話の電源を切るくまはちの表情は、厳しいものになっていった。
くまはちの乗った車は、更に速度を上げる。


空が、明るくなり、街が騒がしくなり始める頃、くまはちの乗った車が、黒崎邸の前に到着した。くまはちは、阿山組本部から、こっそりと出ていった見覚えのある車を見つける。

「よかった…。組長とまさちんは、中…か…」

くまはちは、車を降り、門の中を見つめ、気配を探る。その時、ドアが開き、男女が出てきた。
くまはちは、二人を凝視する。
男の方は、力が入らないのか、女に支えられながら歩いている。女の方は、両手両足に、枷がつけられていた。その二人が、門の方に振り向く。

「組長、まさちん…」
「くまはち…なぜ、ここが?」

それは、真子とまさちんだった。
くまはちは、二人に気付いた途端、駆け寄っていく。虎石が、くまはちの後を追って走り出す。

「組長、それは…」

くまはちは、真子の手足に付けられた枷が気になり、尋ねた。

「鍵、無くて…くまはち…外せる?」
「容易く。それより、ここで一体…」
「私は、一人で歩けるけど、まさちん、力入らなくて…」
「兎に角、車へ」

くまはちは、真子を抱きかかえ、虎石は、まさちんを支えて、車に向かった。




カチャ。カチャ…。

車の後部座席に座らされた真子の手足に付けられた枷の鍵をいとも簡単にこじ開けたくまはち。まさちんは、首筋の怪我を虎石に手当てしてもらっていた。運転を任されていた竜見は、外で辺りの様子を伺っていた。
真子は、ちらりと竜見に目をやる。

「組長、痛みはありませんか?」

まさちんが、尋ねる。

「私は、大丈夫。くまはち、ありがと」

真子は、手首を気にしながら、くまはちに言った。
手首には、少しあざが付いていた。くまはちは、真子の手を取り、手首の様子を診る。

「大丈夫です。骨や筋は、痛めておりません。しかし、ここで何が…」

くまはちは、枷の形状から、何に使われるものなのか、想像できた。まさちんは、くまはちが尋ねるスキを与えないように、言葉を発する。

「なんで、ここがわかった?」
「行き先くらい、知っておかんとな…」

くまはちは、顎で何かを差しながら即答した。
それは、通信機。画面の隅には、真北の特殊任務のマークが入っている。

「だけどな、広範囲は難しかったよ。健に頼った」
「ったく…」
「それは、俺の台詞ですよ。無茶しずぎです。組長、なぜ、こちらに?」
「確かめたかっただけなんだよ…その…あの場所で感じた気配をね…。
 …それは、当たっていた。…危険だったけど…」

真子は、枷の付けられていた箇所をさすりながら静かに言った。

「あざは、すぐに消えますよ」

くまはちが、優しく語りかける。
真子が頷いたその時だった。

「兄貴…」

車の外で待機していた竜見の声に、くまはちが顔を上げる。
竜見の目線は、黒崎邸内に向けられていた。
くまはち、虎石、そして、まさちんが、黒崎邸を見つめる。

「くそ…生きていたのか…」

まさちんが呟いた。

「…まさちん?」

真子は、まさちんの呟きを疑った。何かを尋ねようとする真子の肩に、そっと手を置くくまはち。

「組長、ここから動かないで下さい」

そう告げて、くまはちは車から降りて、ドアを閉めた。

「くまはち!」

くまはちの行動と共に、まさちんと虎石も車から降りる。そして、車の中の真子を隠すように四人は並び、戦闘態勢に入った。



車の窓を叩く音と真子の叫び声を背中に感じる四人。

「確かに、息の根を止めたぞ」

まさちんが、くまはちに言った。

「一体、何が遭った?」
「竜次の野郎…組長に手を…」

まさちんの言葉に、くまはちは、まさちんに振り返る。
まさちんの表情は、自分を責めている感じに思えた。

「そんなこと…俺がさせると思うか? だから…息の根を止めてやった。
 なのに、なぜ、生きている?」
「執念だろな。組長に対する…」
「許さねぇ」

まさちんの表情に怒りが現れる。

まさちん、お前…組長の為に、その手を血で染めるのか…?

四人が見つめる先に居る男。それは、傷だらけの竜次だった。
手にはライフルを持っている。
その先をまさちん達に向けながら、ゆっくりと近づいてきた。
不気味につり上がる口元。
その口が、ゆっくりと動き出す。

「真子ちゃん…出てこないと、みんな死んじゃうよぉ?」
「組長、駄目です!!」

まさちんが、叫ぶ。そんなまさちんの視野を横切る真子の姿。

「組長!!」

真子は、まさちん達が立っているドアとは反対の方のドアから出てきて、まさちんたちの前に立っていた。
まさちんとくまはちは、真子の腕を掴み、後ろへと引っ張った。しかし、真子は拒む。
二人の腕を振りきって、竜次に歩み寄っていった。

「竜次…傷の手当てが先だろう? そんなに傷だらけで…」

竜次は、玄関と門の間の場所に立ち止まり、真子を見つめる。
真子は、門のところに立って、痛々しい眼差しで、竜次を見つめていた。
竜次の目線が真子の体を舐めるように頭の上から、つま先まで動く。そして、すごく優しい眼差しをして、微笑んだ。

「嬉しいね。こんな時でも、俺の心配をしてくれるのか…こんな俺の…。
 真子ちゃんは、一体、何を考えているんだい? …俺を懐柔しようとでも?」

ライフルをゆっくりと下ろしながら、話を続ける竜次。
竜次の言葉をしっかりと聞く真子、そして、まさちんたち。

「この世界には、必要ないんだよ…真子ちゃんの、その特殊能力は…。
 だから、あの時、狙ったんだよ。なのに、あのちさとが、真子ちゃんを
 守るとは…驚いたよ」

竜次は、ライフルの照準を真子の額に当てていた。
そんな真子の前にまさちんとくまはちが、守るように立ちはだかる。
そんな二人を見て、竜次の怒りが頂点に達した。

「 …今は、そいつらが真子ちゃんを守るのか…。必要ない…。
 そいつらは、俺と真子ちゃんが生きていくには、必要ない連中だ。
 俺の銃の腕は、すでに解っているよな。千本松組との状態を
 思い出して欲しいなぁ〜」
「くまはち!!」

くまはちの腕が、懐に入り、手に何かを持ち、竜次に向けられた。
それは、銃。
今にも引き金が…しかし、竜次は、不気味に微笑んでいるだけだった。

「くっくっく…はっはっは! 撃ってみろ、猪熊!」
「な、なに?!!!」

上着を脱いだ竜次の体には、たくさんの手榴弾が!

「真子ちゃん共々、粉々にしてやる…。俺も先が短いからな。
 …真子ちゃんをこの世界に置いて、旅立てないからね…」

竜次は、真子達に近寄りながら、そう言って、手榴弾の一つに手を掛け、ピンを抜いた。

「えっ?」

突然の竜次の姿に驚く真子。

「組長…!」

まさちんが、竜次の仕草を見て、真子を守るように抱きかかえる。

「危ないっ!」

くまはちは、虎石と竜見を押しのける。

組長! まさちん!!!

くまはちは、真子を守るように抱きかかえ、竜次に背を向けているまさちんを守るような体勢を…。

ドッカァーーーーーン!!

大音響と共に、大爆発が起こった。


大音響の中に、竜次の高笑いが聞こえた。


爆風に飛ばされるくまはち、そして、真子を抱きかかえたままのまさちんは、体勢を戻せず、門柱に激突する。その勢いで、門柱が崩れ、真子とまさちんは、瓦礫の下敷きになる。
黒崎邸の窓ガラスは割れ、竜次が居た場所を中心に火柱が上がっていた。
熱風が辺りに広がる……。



辺りが静まり返った。

「…っつー。兄貴、いきなり……えっ?!」

竜見と虎石は、くまはちに押しのけられ、二人は、爆風から逃れ、重なるように倒れていた。同時に起き上がり、黒崎邸に目をやる。
そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた…。

「組長! まさちんさん、…兄貴っ!!」

真子とまさちんは、石の塊の下敷きになっている。
そして、くまはちは……。
虎石と竜見は、真子とまさちんに駆け寄る。
二人が、微かに動いた。
真子に語りかけるまさちんに気が付き、二人は、くまはちに駆け寄っていく。

「兄貴、兄貴?」
「無事…か?」
「兄貴…腕…足も…」

くまはちの目は、側にいる竜見と虎石ではなく、瓦礫から出てくる真子とまさちんを見つめていた。
真子が、自分に駆け寄ってくる。

「くまはちぃ!!!」

真子が叫ぶ。
その瞬間、真子の右手が青く光る。

「組長!」

まさちんは、真子の行動が予測できた為、制止する。

「何も言うな!!」

真子は、青く光り出した右腕をくまはちに差し出した。ところが、その右腕を払われる。
そして…。

ドスッ……。

「く、くまはち…。な、…なんで…?」

真子は、腹部を抑えながら気を失った。
真子の腹部に突き刺さるくまはちの左拳。
くまはちは、安心したような表情をして、気を失う。

「くまはち!!」
「兄貴ぃ〜っ!!!」

まさちんは、真子を抱きかかえ、立ち上がる。

「橋先生のところに、急ぐぞ。そっと運べ!」

竜見は、くまはちの右側、虎石は左側に付き、くまはちを静かに運ぶ。


爆発による熱から顔を覆った両腕は、焼けただれ、右腕は、ちぎれそうな感じ。
脚は折れ、骨の一部が皮膚を突き破っている。


くまはちを後部座席に寝かせ、竜見は車を走らせる。
虎石が、くまはちへ応急手当をし始めた。


まさちんは、気を失ったままの真子を助手席に座らせ、運転席に座る。
竜見運転の車が発車したことを確認し、黒崎邸に目を移した。

「…命を粗末にするなら、一人でやれよ…」

まさちんは、そう呟いて、車を走らせた。
携帯電話を取りだし、何処かへ連絡を入れる。

「…俺です。…今、橋先生のところへ向かってます。無事です。
 ただ、…くまはちが…」

まさちんから連絡を受けたのは、千本松組との事件で、あちこち走り回っていた真北だった。


電源を切った真北の表情が、一変する。
一緒に仕事をしていた原が、真北の表情に気が付いた。

「真北さん、また、何か…真子ちゃんの身に…?」
「あぁ。…俺は、橋んとこに行く。くまはちが重傷を負った。
 …真子ちゃんを守って…な…」
「真北さん…後は、私の方で行います。すぐ向かってください」
「頼んだぞ」

真北は短く告げ、素早く去っていった。

「俺、もう、見たくないですよ…真北さんの哀しむ姿は…」

原は、走っていく真北の後ろ姿に語りかけていた。


何度も見てきた危機にさらされる真子の姿。
そのたびに、真北は、いつも以上に無茶をし、平気なように振る舞いながらも、激しい哀しみに包まれていた。
そんな姿を見たくない原は、自分なりに真北の力になろうと頑張ってきた。

この事件、なんとか、自分だけで、始末する。

原は、いつも以上に力が入っていた。




真北は、車を走らせる。
真北にしては、珍しく、安全運転だった。
信号待ちで停まった時、携帯電話で何処かに連絡を入れた。

「真北です。…恐れていた事が起こりました。申し訳ございません」

真北は、何処に連絡を入れているのか…。




橋総合病院
手術を終えた橋は、術後のくまはちが、ICUで落ち着いたのを確認し、事務所へ戻る。

「あっ」

橋は、何かを思いだしたのか、きびすを返して事務所を出ていった。
向かう場所は、真子愛用の病室。
ドアを開けると、まさちんが、振り返った。

「先生、くまはちは?」

橋の姿を見た途端、尋ねた。

「2時間後、再手術や。道の腕が必要や。真子ちゃん、目ぇ覚めたか?」
「いいえ…まだ…。くまはちの一発もらいましたので、もうしばらく
 眠っていることでしょう。…くまはちの右腕…」
「道に頼めば、安心や」
「そうですか。…宜しくお願いします」

まさちんは、立ち上がり、深々と頭を下げる。
橋は、まさちんの肩にそっと手を置いて、頭を上げさせた。

「…道先生が、こちらに来られたら、誰が、道先生の病院に?
 今、確か、純一たち…千本松組の組員が…」
「…平野と交代。純一たちは、外科の患者やろ。平野で充分や。
 それに、平野は、あっちでも凄腕見せよったからなぁ」
「そうですか。…安心しました」
「そや、真北には?」
「連絡しております。…くまはちの親父さんに連絡を入れたそうで、
 駅まで迎えに行きました。…先生、組長を抑制してください」
「なんでや?」
「目覚めたら、恐らく、能力を…」
「そうやな。そうしとくよ。…それと…睡眠薬渡しとく。嫌がるやろうけど、
 しゃぁないな。くまはちが落ち着くまで、眠らせておこう」
「はい」

橋は、白衣のポケットから、抑制ベルトを取りだし、真子を抑制する。そして、まさちんに睡眠薬を手渡した。

「道先生、到着です」

看護婦が、急いで入ってきた。看護婦の言葉に、呆れたように頭を掻く橋。

「あいつ、何で来たんや…」
「チャーター機で、屋上から来られました…」

橋の呟きに応える看護婦。

「ほな、あいつの準備が出来次第…」
「すでに出来ております。患者さんも、手術室へ運びました」
「…俺、今終わったとこやぞぉ」
「見てるだけでいいとおっしゃってます」
「当たり前や。あいつの仕事には手ぇ出さへんわい。
 ほな、まさちん、頼んだで」
「はい。宜しくお願いします」

橋は、まさちんに微笑み、眠る真子の頭を優しく撫でて、病室を出ていった。

「御願いします…。くまはちを元に戻してください…。
 でないと、組長が無茶をする…」

まさちんは、真子の手を握りしめた。





新大阪駅。
真北は、改札の外で誰かを待っていた。
行き交う人々を一人一人見つめる。
その中に、見慣れた顔を見つけた真北は、一礼する。
真北が見つめる男は改札を出て、真北に歩み寄った。

「申し訳ない…」

真北は、深々と頭を下げた。

「真北さん、頭、上げて下さい。私にその態度は止めるようにと何度も…。
 …それより、五代目は、御無事ですか?」
「はい。ただ、くまはち…あなたの息子さんが…」
「五代目が無事なら、それでいい。それが、あいつの生きる道ですよ」
「いい加減に、真子ちゃんの気持ちを理解してください」

真北が待っていた人物こそ、慶造のボディーガードだったくまはちの父・猪熊だった。
真北は、猪熊を車まで案内し、橋総合病院に向かった。



(2006.7.31 第五部 第七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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