任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第八話 守るべき世界

橋総合病院。
くまはちの手術は、かなりの時間を要した。
ちぎれかけた腕の神経を一本一本つなぎ合わせていく。
道の仕事に、いつの間にか、橋も手を出していた。

「ったく、お前なぁ。神経系も抜群じゃないかよぉ」

道が感心しながら口にした。

「お前の仕事っぷりを見て真似とるだけや」

橋も負けじと応えている。

「見てるだけで覚えるなんてなぁ。悔しいやないかぁ」
「俺は、そこまで、綺麗にできへん」
「やれ。してもらわな、困る」
「解ったよぉ。ったくぅ〜」
「真子ちゃんに、無茶させたくないだろう?」
「……あぁ」

そんな会話をしながら、手術をする二人。
二人の会話は、専門用語が飛び交う程、どんどんエスカレートしていく。それなのに、手の動きは、更に速くなっていた。
側で観ている医者達は、その手さばきを凝視していた。



手術室の前には、阿山組系関西幹部たちが、駆けつけていた。
虎石と竜見から、事態を詳しく聞いた幹部達は、長引く手術で、くまはちの怪我の重さを理解する。




日が暮れた。
手術室の前には、竜見と虎石、そして、えいぞうと健が、手術が終わるのを待っていた。
そこへ、真北と猪熊がやって来た。

「くまはちのおやっさん…」

えいぞうは、真北の後ろから、ゆっくりと歩いてくる猪熊の姿を見た途端、立ち上がり、一礼する。

「栄三ちゃんに、健ちゃん。元気か?」

猪熊は、二人に言う。

「…その、ちゃんづけは…。おやっさんこそ、ここまで脚を…」
「嫌な予感がしてたんだよ。それで、真北さんに、頼んでいたんだ。
 五代目が無事で、安心した」
「やはり、組長のことを気になさるんですね。組長は、このような事態を
 避けるために、今まで、五代目として生きているんです。これからもですよ。
 くまはちの怪我を見て、能力を使おうとしたんですから。…しかし、
 くまはちが、阻止したらしいですよ」

えいぞうは、淡々と語り始める。

「…小島の家系と猪熊の家系は、違うんだよ。猪熊家は代々、阿山家を
 守る家系だ。それは、栄三ちゃんも知っているだろう?
 もし、五代目に何かあれば、猪熊家は…」

手術中のランプが消えた。
手術室の前に居る真北たちが、一斉にドアへ振り返る。
橋と道が、ゆっくりとした足取りで出てきた…言い争っている。

「大体なぁ、筋肉多すぎなんだよ。くまはち、鍛えすぎ」

道が、そう言うと、

「だからって、俺に文句言うなよ」

橋が応える。

「一般の人間だと、もっと時間掛かるぞ。神経まで鍛えてるもんだから、
 切れた神経同士が、まるで自分の意志を持ったような感じで、
 自ら繋がろうとするんだからなぁ」

橋と道は、口を閉じる。

「…成功なんだな」

真北が、鋭い眼差しで橋を睨んでいた。

「あぁ。安心しろ。あとは、くまはちの回復力のすごさで、通常の患者より
 早く回復するよ」
「ありがとうございます」

猪熊が、深々と頭を下げ、道に歩み寄り、しっかりと右手を握りしめる。

「猪熊さんの腕も、かなり回復してきましたね。真子ちゃんに黙って
 再び鍛え始めたのではありませんか?」

道が、猪熊に尋ねた。

「秘密ですよ、先生」
「力もかなり付いてきましたね。感覚も戻りつつあるのでは?」
「えぇ」

猪熊は、約10年前、真子の父・慶造が銃弾に倒れた日、体を張って慶造を守ったが、敵の放った弾丸は、猪熊の体に容赦なく降り注ぎ、その数発が、猪熊の体を突き抜けて、慶造に当たったのだった。
慶造の命は、失われた。
猪熊は、守るべき者を守りきれず、自分が生きていたことを悔やんでいた。
そんな猪熊に優しい笑顔で手を差し伸べたのは、五代目を襲名し、大阪で暮らすことになった真子だった。

『…お父様の為に、生きて下さい。…私の為にも…生きて…!!』




真子と猪熊が、病院内のエレベータから降りてきた。
真子を先に下ろした猪熊は、ゆっくりと歩き出した。

「おじさん、その後、どうですか?」
「隠居生活ですか?」
「はい。ゆっくり養生するようにと申しているのに、いつも無茶ばかり
 なさっておられるんですから。先日も、本部に来られて、何を?」
「全く、五代目は、鋭いんですから。千本松組の情報ですよ」
「山中さんですね?」
「えぇ。申し訳ございません。山中も山中なりに動いてますから」
「うん。だから、私は、大阪で好きなことができるんです。感謝してます」

二人は、玄関を出ていく。

「…おじさん」
「はい」
「ありがとう」
「はい?」

猪熊は、真子が何に対してお礼を言っているのか、解らなかった。

「…くまはちが、居なかったら、私…こうして、生きていない。そして、
 母を亡くしたあの頃、初めて逢った私へのくまはちの優しさ
 …未だに忘れられません。自分も同じ気持ちだと…」

真子は、俯き加減に歩きながら、猪熊に語り始める。

「くまはちの力強さも勇気も、そして、優しさも…あの時、分けてもらった。
 その力強さ…そして、勇気、今でもくまはちは、分けてくれるんです。
 …おじさんに感謝してる。くまはちと巡り合わせてくれたから」

真子は、猪熊にニッコリと微笑んだ。

「五代目…。お礼の言葉を言わなければいけないのは、私の方ですよ。
 言葉だけでは、足りないかもしれませんが…」
「どうして?」
「私がこうして、楽しい日々を送ることができるのは、五代目の…
 あの一言があったからです。…生きてください…」
「昔話は、照れるよぉ」

真子は、本当に照れていた。

「…あの頃、くまはちね…すごく、落ち込んでいたの。おじさんが、再起不能だと
 歩くこともできないんじゃないかと…一生、寝たきりかも…って。それでね、
 くまはち、すごく悩んでいた」
「五代目を取るか、私を取るか…ですね?」
「…御存知だったのですか?」
「あいつと一日過ごした日があったんですよ。その時に聞きましたよ。
 …素敵な五代目の話もね」
「ったくぅ、くまはちはぁ」

真子は耳まで真っ赤にして、大いに照れていた。

「あいつ、五代目の話をするとき、目の色が変わるんですよ」
「まさか…触れるなぁ!の頃の?」
「それ以上です。五代目のことしか頭にないと言う表情です。
 まぁ、それが、猪熊家の…」
「おじさん、また、それを言うぅ〜。駄目ですよ」
「私とあいつの代で、終わらせたくありません」
「終わらせます」

真子は、『五代目』を醸し出して、猪熊に言った。
流石の猪熊も、その雰囲気には、負けてしまう。

「その件は、まだ、考えさせてください」
「はい」

真子の表情が、変わる。
心和む優しさが伝わってくる。

「おじさん。大丈夫ですか?」
「歩くくらいは、いくらでも大丈夫ですよ。ただ、走るのはまだ…」
「でも、こうして、大阪まで来られるなんて、私、嬉しいです」
「あ、いや…その…」

九州から、北海道から、はたまた、海外まで、出歩いているんだが…。
内緒にしておこう。

「あのね、以前、真北さんに御願いしたんだけど、話してくれないんです」
「何をでしょう?」
「お父様のこと」

真子は、照れたように猪熊に言った。

「やっと、その気持ちになられたんですね」
「えっ?」
「四代目の真の姿…真北さんが、以前、相談に来ましたよ」
「おじさんに?」
「えぇ。四代目とのつき合いは、私の方が長いですから。四代目が
 この世界で生きる前…ちさと姐さんと知り合う前からですよ」
「普通の暮らしをしていた頃のお父様の…それ、知りたい!」
「長くなりますよ」
「そっか…。なら、お母さんと知り合った頃の話がいいなぁ」
「解りました」

そう言った猪熊の表情が、急に和らいだ。

「…慶造と私は、同じ学校、同じクラスでした。それは、
 私が、慶造をお守りする人間だったからです」
「この世界に入る前なのに?」
「いずれは、四代目を継ぐことになっておりましたから」
「そっか…」
「ちさとちゃんは、当時、女学校に通われておりました。ガラの悪い連中に
 囲まれていた所を、偶然通りかかって、正義感が強すぎる慶造は、
 ちさとちゃんを助けようと手を出した時…。なんと、ちさとちゃんの方が
 ガラの悪い連中より強かったんですよ」
「ほんと???」

真子は、猪熊の口から語られるちさとと慶造の話に驚くばかりだった。

「そのガラの悪い連中が、阿山組の者だった。慶造は、三代目に
 喰ってかかりましたよ。一般市民を脅すなんて…とね」

猪熊が語る慶造の姿。それは、まるで真子自身の姿を語られているような内容だった。
真子は、笑っていた。
真子の笑顔で、猪熊は、心が和んでいくのと同時に、くまはちの事を思い、心が少し痛かった。



真子と猪熊は、橋総合病院にある庭の公園に来ていた。
そこは、子供達が戯れている場所。
かわいい笑顔が溢れる場所を優しい眼差しで見つめる男が居た。



ICU前、今回の事件のことで、真北の怒りが頂点に達し、まさちんにその怒りの矛先をぶつけようと蹴りを入れる寸前、振り上げた脚は、まさちんではなく、真子を蹴っていた。

今回の事件は、自分が悪い。
まさちんは、私の命令に従っただけ。

そう考える真子が咄嗟に出た行動=まさちんを守る=だったのだ。
力を緩めずに、真子を蹴ってしまった真北は、突然、その場を去っていった。
その後ろ姿に感じた哀しみ。
それに気が付いたのは、真北の無二の親友・橋だけだった。
真北を心配して駆けだした真子を呼び止めて、橋が真子に告げた言葉が…、

『あいつなら、公園で、子供達を眺めて、心を落ち着かせてるよ。
 思いっきり落ち込んでいるはずだから。真子ちゃん、笑顔頼むよ!』



「居た居た! ほんとだね。橋先生って、すごいなぁ。真北さんのこと
 何でも知ってるんだもん…。私、真北さんに育ててもらったのに、
 真北さんの気持ち、全く解らなくて…」
「真北さんが、五代目に見せないだけですよ。常に笑顔…それは、
 ちさと姐さんからのメッセージですから。…五代目に笑顔を向けるように
 なってから、真北さんは、変わられましたよ」
「私の前では、常に笑顔なんだもん。でもね、最近になって、やっとなんだよ、
 寂しさも見せてくれるようになったのは。それは、私が頼んで、やっとだけどね!」
「そういう男ですよ、真北さんは」
「そっか。おじさん、楽しい話をありがとう」
「私もご一緒致しますよ。あいつが仕事できない時は、やはり私が、
 あいつの代わりを…」
「駄目ですよ。おじさんは、引退してるんですから。復帰は私だけでなく、
 父も許さないと思いますよ。だから、おじさんは、…くまはちに付いてて下さい…。
 その……」

真子は、照れたような顔をして言いたいことをなかなか言えない素振りをする。

「五代目、どうされました?」
「その…親子水入らず…こんな時こそ、おじさんがくまはちの側に居た方が、
 よろしいんじゃないかなぁって。くまはちが目覚めた時、私が側に居たら、
 それこそ、傷を悪化させてしまうかもしれないし…。だから…お願いします」

真子は、頭を下げていた。

「ご、五代目、頭を上げて下さい!! わかりました。私は、あいつの所に戻ります。
 ですから…五代目、決して無理をなさらないでください。真北さんがついているので、
 大丈夫でしょうけど…。あいつが目覚めた時、五代目が無事なこと、喜びます」
「…くまはち、元気に…なるよね…」
「こんなことで、くたばりませんよ」

猪熊は、力強く真子に言った。
真子は、安心したのか、少し涙ぐむ。

「おじさん、ありがとうございました。気を付けて戻ってくださいね」

猪熊は、真子に頭を下げ、真子に見送られるような感じで病院の玄関へ向かって歩き出す。
何かを決心したのか、拳をグッと握りしめ、真北に向かって行く。
ふと背後の気配が気になり、振り返る。
そこには、竜見が立っていた。一礼して、手を差し伸べてくる。

「大丈夫だと言ってあるのにな。道先生からか?」
「はい。組長の前では、組長が安心なさるような振る舞いをしていると、
 兄貴が呟いたことを思い出しましたので、道先生に、尋ねました」
「…あのやろぉ」
「そ、その…」
「…息子も、こんなに素敵な者と過ごせて幸せだな。感謝してるよ」

竜見は、返す言葉を必死で探す。
そうこうしているうちに、ICUのある階に到着してしまった。
ICU前の廊下では、橋とまさちんが窓の下を眺めていた。
まさちんは、猪熊の姿に気が付き、一礼する。猪熊も同じように窓の下を覗き込む。
そこは、真子と真北が語り合っている場所。橋が、真北の居場所を知っていたのは、この窓から、真北がゆっくりとベンチに座り込む姿を見たからだった。


ベンチに座る真子と真北がじゃれ合い始めた。
真北の笑顔は、輝いていた。

「あれが、本当のお二人の姿ですよ。いつも四代目が妬いてました。
 本当の父親は誰なんだろうって。四代目も、あのように、
 真子お嬢様とじゃれ合いたかったんです。だけど、出来なかった」
「組長と先代は、あの日、素敵な時間を過ごしましたよ。ちさとさんを
 交えて…親子三人、…とても素敵な時間を…」

まさちんは、真子が夢の世界へ訪れていた頃の事を思い出し、いつの間にか、真子から聞いた夢の話を語り始めていた。
その話に耳を傾ける橋、そして、猪熊だった。
ICUのガラスの向こうに眠るくまはちの表情は、とても和んでいた。





真子は、精神的に参っていた。
暫く入院するようにと橋に言われ、愛用の病室で、養生していた。
くまはちは、未だに目を覚まさず。
真子の表情は暗くなる一方だった。まさちんは、そんな真子に何も言えず、ただ、側に居るだけだった。



ICU前のソファには、この日も猪熊の姿があった。
橋が、猪熊に近づく。

「御無理なさるな」
「…何を言っても、私は、父親なんですね。あいつがこんなになって、
 初めてそれに、気が付きましたよ。五代目を守れ、体を張って守れ…。
 五代目に逆らうな。服従しろ…。それを言い聞かせて、育ててきました。
 だけど、五代目は、反対した。…それを一番嫌う方だった」

猪熊は、くまはちを見つめる。

「そんな五代目の言葉よりも、私の言葉の方が、あいつの体に染みついて
 いたんですね。…四代目の意志に背くことばかりだな…。…慶造は…、
 俺に対しても、そうだった。親子は似る。あいつも、俺と同じで…」
「悩むことありませんよ。今、こうして、生きているんですから。
 怪我から考えると、信じられないと思うでしょうが、くまはちは、
 そろそろ目覚めるでしょう。それに、あなたの息子さんですよ。
 何度も死の淵に立たされたあなたがこうして生きている。
 それなのに、三途の川を渡るようなら、親不孝な奴ですよ」
「橋先生…」
「…私が渡らせませんよ」

外科医・橋の言葉は、猪熊の心に何かを照らし始める。

「ほら、言った通りでしょう?」

橋は、ニッコリと笑っていた。
見つめる先。
それは、ベッドに横たわるくまはちの姿。

「思った通り、目覚めた途端に動こうとするんだからぁ。
 その辺りを、しっかりと注意してやってください。
 真子ちゃんだけでなく、真北も、まさちんもこうなんですよ。
 これには、いっつも手を妬いてますよ」

それも、俺と似てるってか…。
ったく…身に付いた、何とやら…だな。

猪熊は苦笑い。

「すぐに、一般病棟へ移します。あなたは、お休みになってますか?」
「真北さんのご厚意で、自宅で、ゆっくりさせてもらってますよ。
 先生、あいつのこと、宜しくお願いします」

猪熊は、深々と頭を下げた。



橋は、くまはちの体に繋がれている機械類を外しながら、話していた。

「素敵な親父さんやな」
「負けてられませんからね。…いつ…退院ですか?」
「くまはちぃ〜、怪我の状態解っとるやろ。当分無理や」
「…組長を…」
「いつまでも、真子ちゃんを気にしとったら、麻酔すんで」
「やめてください。…組長のことを教えて下さい…」
「無事や。お前のおかげでな」

くまはちは、安心したような表情をする。そして、ふと、ガラスの向こうに目をやった。

「あの日から、ずっとこっちにおられるよ。なんやかんやと
 くまはちのことを心配しとるんやで。少しは、その優しさに
 応えてやれよ」
「…解ってるんですが…、照れくさくて…」

橋は、子供のような表情をするくまはちを見て、優しく頭を撫でる。

「それが、親子だよ。ほな、病室移るで」

橋は、ベッドの固定を外し、押し始める。
ICUを出たくまはちは、一般病棟に移された。
それは、爆風をまともに受けた日から、三日目のこと。
一般病棟に移された途端、体を起こし、ベッドに腰を掛けるくまはち。その仕草に呆れる橋だったが、改めて注意はしなかった。



猪熊が、くまはちの側に座り、林檎を剥き始める。

「だから、親父…もう、ええって」
「五代目の優しさにお応えしないと駄目だろ」
「ここは、完全看護やし。俺も、ここまで回復したから…」
「わかっとるわい」
「すまん…」

くまはちは、父親に怒鳴られて素直に謝ってしまう。
そんな猪熊の手が停まった。

「五代目の言葉より、俺の言葉に従うとはな。どういうことだ?
 五代目の言葉に逆らうなとあれ程言ってあっただろ!」
「命が危険に曝された場合は、別です。親父の言葉に従ったんじゃない。
 俺の体が、自然と、そう動いた…それだけです」
「そうか…」

猪熊は、再び林檎を剥き始める。

「しかし、お前は、何故、あの地島まで、守った?」
「ん? …さぁ、自然とそうしていたよ」

くまはちは、何かを隠すような言い方をする。

「ったく。お前はぁ」

猪熊は、くまはちの心が解っていた。

自分を失うより、まさちんを失った時の方が、大変だ…。

くまはちが語る真子の姿を思い出した猪熊だった。




「自爆?」
「はい。その影響で、くまはちが重体だとのことです」
「真子は無事なんだな?!」

カイトが、日本にいる仲間から連絡を受け、ライに報告していた。
竜次が、真子を抱く前に、滅茶苦茶に打ちのめされ、そして、真子を巻き込むような形で、自爆したと聞かされたライは、頭を抱えた。

「俺の能力を利用してまで、生きることににこだわっていたのにな…。
 無駄遣いしやがって…。日本へは、いつ、旅立てる?」
「まだ、未定ですが、かなり先になります」
「そこまで、ひどいのか?」
「はい。ライ様が有名すぎますから…」
「表のスケジュールか…」

ライは、呆れたように椅子にふんぞり返った。
そんなライの仕草を見たカイトは、優しく微笑んでいた。




橋総合病院・リハビリ室
手すりから、手を離して、自力で立とうとしている男が居た。
この男。一週間前に、脚の骨を折り、骨の一部は皮膚を突き破っていた。
右腕は、ちぎれる寸前という重傷を負っているはずなのに…。
手を貸すと言っても、言うことを聞かず、一人でやると言い張る始末。
誰もが手を妬いていた。
好きなようにさせておこう。
そう言って、誰も手を出さず、見守るだけだった。
自力で一歩踏みだそうとした。しかし、上手く出来ず、その場に座り込み項垂れてしまった。
そんな男の前に誰かが立つ。男は、そっと顔を上げた。

「組長!」
「くまはちぃ〜、駄目でしょぉ、無茶したらぁ」

自力でリハビリをする男は、くまはちだった。そんな無茶な姿を見かねた真子が、近づいて、注意し始めた。
いきなり拳を向ける。それは、くまはちの体寸前で停まった。

「………」
「わかった? 今のは、軽いものだからね…。今のくまはちでは、無理なんだから。
 あまり無茶してたら治りも遅くなるんだよ。ね、くまはち」
「…私は、必要ないのですか…?」

静かに尋ねるくまはち。

「阿山真子を守る。それは、くまはちの仕事だけど…。でも、暫くは、私は、
 この世界から離れることにしたから、安心して。これ以上、くまはちに
 倒れられたら、心配だもん…」

真子は、少しふくれっ面。

「組長…」
「仕方がない。これは、命令。橋先生の言うことをしっかりと聞いて、
 完全に体を治すこと。わかった?」
「……組長…かしこまりました…」

真子は、くまはちに手を差し伸べる。
そんな真子の後ろから、ごつい手が伸びてきた。
右手。
くまはちは、見慣れた手の先にいる人物を見て驚く。

「親父…」
「おじさん…」

くまはちと真子は、同時に呟いた。
くまはちに手を差し伸べたのは、くまはちを心配して、リハビリ室の前で見守っていた猪熊だった。

「五代目に心配掛けるようでは、まだまだだな、お前も」

バシッ!

くまはちは、猪熊の手を払いのけ、自力で立ち上がり、歩き出す。しかし、力を失い倒れそうになる。

「くまはち! だから、無茶したら、あかんって…くまはち…」

倒れそうになったくまはちを支えた真子は、驚いていた。

くまはちの頬を、涙が伝っていく…。

真子は慌てて、くまはちの頭を包み込むように抱きしめた。
くまはちは、その場に座り込み、真子の肩に顔を埋めてしまう。

「大丈夫だから…。ね、くまはち」

優しく語りかける真子の声に、くまはちは、かすれた声で返事をした。

「……はい…」

その声は、少し震えていた。
真子の背中に回したくまはちの手が、真子の服をギュッと握りしめていた。




「初めて見たよぉ、くまはちの泣き顔!」
「一生の不覚です…」

橋総合病院の庭を散歩する真子とくまはち、そして、まさちんと猪熊。
くまはちは、車椅子に座り、真子は車椅子を押しながら、くまはちに優しく語りかける。そんな二人を、見守るように後ろを歩くまさちんと猪熊。

「あんな表情は、初めて見るよ。五代目と過ごすようになってから、
 あいつも、そして、私も…変わっていく……」

猪熊が、真子と話すくまはちの表情を見て、呟いた。

「父親…失格だな…」
「そんなこと、ありませんよ。くまはちが、居るからこそ、組長の
 笑顔が輝くんです。私だけの力では、素敵な笑顔は、拝見できません。
 組長は、常に、くまはちのことを心配してますよ。いつか、無茶するんじゃ
 ないかってね…」
「してしまったな…」

猪熊の声は、切なく聞こえた。

「いいえ、してませんよ。くまはちは、生きてますから。あのように、
 元気な姿を見せてますから」

まさちんの表情は輝いていた。
その表情で、くまはちが、まさちんまで守ろうとした理由を、本当に理解した猪熊だった。

「そういうことか」
「はい?」
「いいや、何も。ありがとな…」

猪熊は、まさちんを見つめ、そう言った。
まさちんは、優しさ溢れる微笑みを猪熊に送った。その表情が、急に変わる。

「組長!!! くまはちは、怪我人ですよ!!!」

怪我人のくまはちとじゃれ合う真子を止めに走るまさちん。

「いいやんかぁ。なぁ、くまはち!」
「私は、大丈夫ですよ。邪魔すんな!」
「うるせぇ! だいたいなぁ、くまはちぃ〜」
「くまはちをいじめんといてや!! 怪我人やで」
「そういう組長こそ、怪我人のくまはちを…」
「怪我人、怪我人言うなぁ!! 俺は、元気や!」

いつも以上に明るい表情をするくまはち。
真子の笑顔につられるかのように微笑んでいた。
そんな三人の光景を猪熊は、優しく見つめていた。

「慶造。この世界も、変わったよなぁ。笑顔が…増えていくよ。
 お前が望んだ世界……これからは、これを守っていくよ…」

猪熊は、天を仰いで、空の明るさに目を細めた。
その目は、潤んでいた。




「……別人か……」

真北は、橋の事務所で、恐ろしい情報を聞いてしまった。
ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせ、窓の外の真子達の賑やかな光景を見つめていた。

「…何か、嫌な予感がする。…真北…お前、無茶は絶対にするなよ」
「ん?」

橋の言葉に、曖昧な返事をする真北。

「昔と違って、お前を心配する人間が増えている。俺以上に心配する
 彼女が居るだろ…。哀しませるなよ」

関西弁が消えている橋。
どれだけ、真北を心配しているのかが解る。
真北は、フッと笑った。

「それくらい、お前に言われなくても、わかってらぁ〜」

真北は、素敵な笑顔を橋に向けていた。

それが、橋の心を更に不安にさせていた……。



(2006.8.4 第五部 第八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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