任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十話 激突する思い

夕暮れ・真子の自宅。
ぺんこうが、帰宅した。
靴を脱ぎ、家に上がったその脚で、ぺんこうは、リビングへと向かっていく。
ドアを開けるとそこでは、真子がAYAMAの試作品を検討中…。

ぺんこうが帰ってきたことにも気が付いていない様子。

ぺんこうは、そっと真子に近づき、真子の上から顔を覗き込む。

「根詰めすぎですよぉ」
「びっくりしたぁ〜。お帰り。気が付かなかった」

真子は、手を止めて、ぺんこうに振り返る。

「これねぇ、難しいよぉ」

真子の言葉で、ぺんこうは資料に目を通し始めた。

「組長向きではありませんね。私がしましょうか?」
「いいよぉ。忙しいのに」
「息抜きですよ」
「…すごい息抜きやね」

真子の嫌味が通じたのか、ぺんこうは、ちょっぴり苦笑いしながら、既にコントローラーを手にして、真子が悩んでいた場面の続きを始める。
慣れた手つきで進んでいくぺんこうを真子は、隣に座って見つめていた。

「あまり見つめないでください。私に穴が空きますよ」
「これする時のぺんこうって、違う表情をするんだね」
「いつもと変わらないと思いますが…」
「爛々と輝いてる。…もしかして、幼い頃、ゲームなんてしなかった?」
「組長と同じですよ。遊びを知らない、子供らしさがない、真面目すぎる」
「…育てた人間が同じだもんね、仕方ないかぁ」

真子の言葉に、微笑むぺんこう。

「そうするんや。なるほどぉ」

真子は、資料に何かを書き込む。

「まだ1週間ですが、AYAMA一本の生活は、どうですか?」
「何か変わったと言えば、変わったかもしれへんけど、…よくわからないなぁ」
「少し変わりましたよ。表情に優しさが現れてます」
「ほんと?」
「えぇ。…組長が、真北ちさととして過ごしていた頃と同じです」
「普通の暮らし?」
「えぇ。…組長自身はどうなんですか?」
「楽しいよ。毎日のように、駿河さんや八太さんたちとむかいんのところで
 一緒に食事してるもん。ぺんこうに教わらなかったことも教えてくれる。
 すごく新鮮なんだよぉ。…まぁ、忙しいんだけどね!」

真子の声は少し弾んでいた。

「組長が楽しいのなら、それでよろしいかと。…いっそのこと、
 この生活を続けてみてはどうですか?」
「…難しいなぁ、それは。…ぺんこう、かっさらってくれる?」
「お望みでしたら…」

ぺんこうは手を止め、隣に座る真子を見つめ、微笑む。

「ぺんこう…本気?」
「えぇ。本気ですよ。いつでもおっしゃってください。お応えします」
「ありがとう。その時は、御願いするね!」

真子は、ニッコリと微笑んだ。
ぺんこうは、突然、項垂れる。

「どしたん? ぺんこう??」

突然項垂れたぺんこうに驚く真子は、心配して、ぺんこうの顔を覗き込む。
ぺんこうは、笑っていた。

「大丈夫?」
「…そんな表情をしていたら、襲いますよ…」

輝く笑顔…。

「いつでもどうぞぉ〜!」

真子は、両手を広げた。
そんな仕草に応えるようにぺんこうは、コントローラーから手を離し、真子の肩を掴んで押し倒す。
しかし、真子の蹴りが、ぺんこうの腹部に入っていた。

「…っつー…」

ぺんこうは、腹部を抑えて、前のめり。

「油断したら、あかんよぉ」
「では、本気で……!!!!」

そう言うが早いか、ぺんこうは殺気を感じ、ゆっくりと真子から離れていく…。
真子は、何かを感じる方向を見つめた。
リビングのドアのところに、真北が仁王立ち…。



真子は、ふくれっ面になりながら、自分の部屋へ入っていき、ふてくされてベッドに寝転んだ。
リビングでは、怒りの表情の真北と、それに対抗するくらいの表情のぺんこうが、コントローラーを手にして、真子の代わりにAYAMAの試作品を進めていく。

「何度も言わせるなよ」

真北が、画面を見つめながらドスを利かせて言う。

「いつも、いいところで現れないでください」

ぺんこうの本音??

「これ以上、真子ちゃんに手を出すな」
「いいじゃありませんか。組長と私の仲ですから」
「次は無い…と俺、言ったよな?」
「言いましたね。でも、かっさらえとも言いませんでしたか?」
「忘れたなぁ」
「覚えておられたんですね、さっきまで」
「うるさい。そこは、左や」
「わかりましたよぉ。ったく」
「ほんで、今日もむかいんは、泊まりか?」
「帰ってませんか?」
「キッチン綺麗やろ」
「そうですね」
「誰が、作るんや?」
「あなたでしょうね。まさちんは、寝てますよ」
「あいつ、最近、眠る時間多いな。…これは、何かあるやろな」
「私もですよ。疲れやすくなってます。…歳…でしょうね」
「お前は、働き過ぎや。夜遅くまで起きてるやろが。睡眠時間は3時間か?」
「そんなとこですね」
「少し増やせ。倒れる前にな」
「ありがとうございます。…そこ、飛びますよ」
「こうか?」

試作品をしながら、世間話をしてる二人。
息ぴったり。
真子が二階から降りてきた。

『うちが作るからぁ。二人で頑張ってね』

真子の声がキッチンから聞こえてきた。

「御願いします」

真北とぺんこうは、同時に返事をする。
真子は、料理を作り始めた様子。
包丁がまな板を叩く音、水の音、食器を取り出す音。
炒め物を始めたのか、ジューという音が聞こえてきた。
真北とぺんこうは、真子の料理姿を思い浮かべながら、何も言わずに、試作品を進めていく。

「…あなたの本音はどうなんですか?」

ぺんこうが、静かに尋ねた。

「未だに、わからん。この先、どうしたいのかもな…」

エンドロールが流れ始めた。

「組長、終わりましたよぉ!」
『どうやった?』
「裏技たっぷりですよ」
『解った。書いてくれた?』
「いつも通りです」
『ありがとぉ』

ぺんこうは立ち上がり、キッチンとリビングが通じるドアを開ける。

「いつ帰ってきた?」

そこに居る一人に声を掛ける。

「組長が炒め物を始めた頃。気が付かんかった?」

ニッコリと微笑んで、テーブルに料理を並べていくのは、むかいんだった。
真子は、飲み物の用意をする。

「まさちんは?」
「起こしてくるね」

むかいんの言葉に、ニッコリと応えてキッチンを出ていく真子。
三人は、真子とまさちんの様子を伺い始めた。

ドアが開いた。
真子が、まさちんに話しかけながら部屋へ入っていく。
まさちんは、目覚めない様子。
真子が、まさちんに何かを仕掛けた様子。
まさちんの嘆く声が聞こえてくる。
真子が、再び仕掛けた?
真北の表情が急に変化して、キッチンを出ていった。

「…押し倒した?」

むかいんがぺんこうに言う。

「かもな…」

ぺんこうは、静かに応えた。
その通り、まさちんは、攻撃してきた真子の脚を受け止め、ベッドの上に倒していた。
真子の上に四つん這いになるまさちん。
思い詰めた表情をしている。

……早く、抱けよ。

脳裏に過ぎる言葉。
だけど、まさちんは、ぐっと堪えて、真子に手を差し伸べて体を起こした。

「普通に起こして下さい」
「起きなかったんやもん」
「起きますから」
「最近、よく寝入るやん。…疲れがたまってるんちゃうん?」
「疲れやすいのは、その通りなんですが…。真北さん…」

真子とまさちんが、話ながら部屋から出た時、真北が、廊下の壁にもたれかかって、まさちんと真子の様子を伺っていた様子。
ちらりと向ける眼差しに優しさが含まれていた。

「ごめんなさい、心配…かけちゃった?」

真子は、恐縮そうに真北に言った。

「いいえ、大丈夫ですよ」
「ほんと? よかった。ほな、降りよう!」

真子は、歩き出す……。

ドカッ…!

「だから、真北さん、いい加減にぃ〜!!!」

まさちんは、その場にしりもちついていた。真北の脚が、まさちんの脚を払ったらしい。
まさちんを見下ろす真北の眼差しは、恐ろしいまでの何かを醸し出し始めた。

手ぇ付けるな…言ったよな…。

そう語っていた。

付けてません!!

真北を睨み返すまさちんは目で応える。
真子は、何も見なかったような素振りで、階段を下りていった。
真北は、座り込むまさちんを放ったらかしにして、真子を追う。

「真北さんは、いっつもいつも……」

そう呟きながら立ち上がり、階段を下りていくまさちんだった。
そして、真北家の静かな夕食タイムが始まった。





ライは、パソコンの画面を見つめていた。その表情はとても和らいでいた。

「失礼します。ライ様、書類をお持ちしました」

カイトが静かに入ってくる。

「そこに、おいておけ」
「はっ」

カイトは、ライに言われた場所に書類を置く。
ちらりと見たライの優しい表情が気になったカイトは、ライが見つめる画面にそっと目をやった。
メールの画面。
送り主は、真子だった。
笑顔の写真付き。

「真子様、元気にお過ごしなのですね。AYAMAの仕事だけですか?」
「くまはちが、大怪我したらしくてな。暫く普通の暮らしをするってさ。
 俺と過ごした湖での時間を思い出すんだとよぉ。…感謝されたよ。
 すべて知っているのにな。…ただな…不思議なんだよな」
「何が、ですか?」
「真子の雰囲気だよ。以前と少し、違う。…なんだろう…」
「色々とありましたから、まだ、不安が拭い切れていないとか…」
「そうだろうな」

ライは、心配そうに真子の写真を見つめていた。

「いつ、出発だ?」
「まだ、駄目ですよ」
「表か?」
「次は、裏です」
「ったく…真子と逢いたいのにな」

ライは、立ち上がり、棚からワイングラスとワインを手に取った。
カイトの携帯電話が鳴る。すぐに手に取り応対した。

「(なんだ? ……ほんとか? …わかった。変化があったら、直ぐに。)」

カイトは電話を切り、ライを見つめた。

「何が遭った?」
「真子様が、撃たれて重傷を負ったそうです」

ワインを注ぐライの手が停まる。そして、カイトを睨み付けた。

「どこの組だ?」
「殺し屋です。…それも、一般市民…AYAMA社と敵対する会社が
 雇ったやつらだそうです」
「怪我は、ひどいのか?」
「至近距離から撃たれたので、弾は貫通したそうですが、出血がひどかったようです」
「いつもの病院か」
「はい」
「…直ぐに終わらせて、向かう」
「御意」
「それと…」
「始末に向かってます」

カイトは、ライが言う前に応えた。

真子を狙った殺し屋を消せ。

口の端を少し上げたライは、注いだワインに口を付けずに、仕事を始めた。





まさちんが、ため息を付きながら、運転席に座る。

「ほんまに、疲れやすいんやな。暫く休むか?」

後部座席に座っている真北が、まさちんに言った。

「慣れないことしたからですよ」
「そうか。真子ちゃんは?」
「AYAMAに。急な来客がとのことで、休み返上で行きましたよ」

真子のことを語る、まさちんの口調は、誰かに似てる。
ふと、眼差しが和らいだ。

「…組長、とても嬉しそうなんですよ。AYAMAでの仕事。
 五代目でなければ…組長が望む普通の暮らしをしていたら、きっと
 毎日、輝くような笑顔で過ごしているんだろうなぁと思うと、
 このまま、続けて欲しいですよ」

まさちんは軽く息を吐き、気を取り直してハンドブレーキを下ろした。アクセルを、真北の仕事場の駐車場を出ていった。

「俺も望むことなんだけどな…五代目を推すんじゃなかったな…」

真北は、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせていた。

「あんなことがなければな…」

ちさとさんが、撃たれなければ…。

まさちんの携帯電話から、かわいいメロディーが流れてくる。
まさちんは、ポケットから電話を取りだした。

「その設定も真子ちゃんか?」
「えぇ。あれから、たっくさん」

まさちんは、ルームミラーの真北をちらりと見て、電話に出た。

「もっしぃ」
『よしのです。組長が撃たれました…』
「なに?」

まさちんの表情が、険しく変わる。それに真北が気付き、身を乗り出してきた。
その真北の携帯もかわいいメロディーを奏で始める。

「はい。……わかった………頼む。あぁ」

真北とまさちんは、同時に電源を切る。

「橋総合病院に向かいます」
「橋総合病院に向かえ」

まさちんと真北は、同時に言った。そして、ルームミラーで顔を見合わせる。
緊張が走る車の中に、静けさが広がっていった。
車は橋総合病院へ向かって走り出す。





橋総合病院・真子愛用の病室。
真子は、無事に手術を終え、ベッドに横たわっていた。
その傍らには、須藤が座っていた。時々、真子の額に浮き出る汗をそっと拭う。
須藤は、息を大きくは居た。




〜回  想〜

「まさちんに連絡頼んだぞ」

AYビル地下駐車場で、須藤が、よしのに告げた後、救急車のドアが閉まった。
心配顔で見送っているよしの、そして、AYAMA社の駿河や八太たち社員。
救急車は、サイレンを鳴らしながらAYビル地下駐車場を出てきた。玄関前のロータリーには、パトカーが停まり、警官達が大勢行き来していた。その中を通り過ぎる救急車。

「組長、眠ってはいけません」

出血がひどい真子の手をしっかりと握りしめている須藤は、目を瞑っていた真子に話しかける。
真子は、ゆっくりと目を開けた。

「起きてる…よぉ」
「出血が止まらないそうです」
「動脈に当たったかな?」
「大丈夫ですよ」
「…痛みがないんだけど…やっぱりやばいかな…」

真子の手が震えていた。

「痛みがひくようにしていただいたんですよ」
「…須藤さん」
「はい」
「…ありがと」

真子は、そう呟きながら、目を瞑った。

「組長、寝たら駄目ですよ!! 目を開けてください!! 組長!」

須藤の声が、遠くに聞こえている真子の目から、涙が一筋、静かに流れていた…。




〜回想 終〜


須藤は、真子の手を取って、両手でしっかりと握りしめ、自分の額に当てる。

「あなたが望む普通の暮らしで…こんなことに…。くそっ…」

ドアがノックされた。須藤は慌てて真子から手を離す。

「はい」

一平が、血相を変えて病室に飛び込んできた。

「親父、聞いたよ。で、どうなんだよ!!!」
「今は、眠っているだけだよ」
「…親父が付いていながら…、何してるんだよ!!」
「一平、静かにしろ」
「あっ…。…しかし、親父…」
「…同業者だったら、わかるけどな、今回は…」
「普通の暮らしで…信じられないよ…。…真子ちゃん…」

一平は、真子を見つめていた。そして、須藤と席を代わった。

「俺は、外でまさちんを待ってるよ。…組長が目を覚ましたとき、
 俺が居るより、お前の方が、ええやろ?」
「そうですね。わかりました」

須藤は、そっと病室を出て、廊下にある椅子に腰を掛け、ため息を付く。そして、膝に肘をついて、俯き加減で、一点を見つめていた。

「なんで、AYAMAで、こんなことになるんだよ。
 …どうすんだよ…」

須藤は、呟いた。





まさちんと真北が乗った車が、橋総合病院の駐車場で急停車。二人は、素早く車を降り、真子愛用の病室へと駆けていく。病室の前のソファに須藤が、項垂れて座っている。

「須藤さん」

まさちんが声をかけると顔を上げた。

「早いな」
「組長は?」
「大丈夫だよ。っと、今は入らない方がいいよ」

まさちんが、ドアノブに手を掛けた時に、須藤が引き止める。

「なんで?」

微笑む須藤に疑問を持ちながら、病室内の様子を伺ってみる。真子の声だけでなく、男の人の声が聞こえてきた。

「誰?」

まさちんは、須藤に尋ねる。

「…一平だよ」
「一平くんが??」
「あぁ。よしのが、連絡したんだろうな。血相変えてやって来たよ」

須藤は、照れた表情でまさちんと真北を見つめる。

「容態は?」
「出血がひどいだけ。2、3日安静していれば、いつも通りに
 過ごせるそうです」
「そうですか。お世話掛けました」

まさちんは、深々と頭を下げる。

「気にするな。俺も役に立ちたい…言ったやろ。…ったく、一平の奴、
 ほっといたら、いつまでも話すやろな」

そう言って、須藤は、病室のドアを開ける。

「…一平、組長と話しすぎやぞ。怪我人だということ忘れてるやろ」

須藤の姿を見た一平は、慌てて真子に謝っていた。そして、一言二言交わした後、サムズアップをして素敵な笑顔を真子に送り、須藤と病室を出ていった。
まさちんは、須藤に深々と頭を下げていた。振り返るまさちんは、沈んだ声で真子を呼ぶ。

「組長……」
「大丈夫だって」
「しかし、2発も…」
「…まさか、同業者以外から襲われるとは思ってなかったよ……」

普通の暮らしにも、こうして影が潜んでいたとは…。
組長は、どこへ行っても安心して暮らせないのか?

まさちんと真北の暗い表情を見た真子は、その場の雰囲気を変えようと、

「あっ、ごめん。辛気くさくなったね。大丈夫だから。それより、ちゃんと
 仕事したんやろね? 真北さんの脚を引っ張ってなかった?」

明るい声で話しかけてきた。

「組長。…ひどすぎます…」

まさちんには、何やら重荷になるような言葉…?

「うそうそ! …お疲れさま。…眠いから、寝るよ」
「はい。ごゆっくりお休み下さい」
「うん。お休みぃ。まさちんも、休んでやぁ」

真子は、痛み止めが効いているのか、再び眠りに就く。
真子を優しく見つめ、そっと頭を撫でるまさちんは、少し離れた所に立っている真北に、目で語りかける。

…なぜ、普通の暮らしで、こうなるんですか!

まさちんの目には、怒りが込められていた。真北は、まさちんに目で応える。

廊下に出ろ

そして、二人は、廊下に出ていった。
ドアの閉まる音で真子は目を覚ました。廊下から聞こえてくる二人の争う声。

「…仕事のことかな…」

真子は、ゆっくりと体を起こし、磨りガラス越しに見える二人の姿を見つめる。
その姿が、階段の方向へと向かっていった。
真子は、ゆっくりとベッドから下り、ドアを開ける。階段へ向かう二人の後ろ姿があった。

「真北さん、まさちん…?? …まさか…ね…」

何か嫌な予感がした真子は、ゆっくりした足取りで二人を追いかけていった。
橋が、会議室から、別の医者と話しながら出てきた。
ふと目の端を過ぎった姿が気になり、目をやる。

「…真子ちゃん…。…これ、頼んだよ」
「は、はい」

橋は、廊下を歩いていた真子を追いかけていく。
真子は裏口から表へ出ていった。庭をゆっくりと歩き出す真子。
真子の背中の傷が開いたのか、徐々に赤く染まってきた。
真子は、それに気が付かずに、真北とまさちんを探し回っていた。



争う声が聞こえてきた。
真子の脚は、自然とその方へと向かう。
建物の角から聞こえてくる聞き慣れた声。
真子は、壁に手を突いて、体を支えるように声の所へ近寄っていく。
建物の角からそっと顔を出した。
そこでは、まさちんと真北が、睨み合っている姿があった。
真子は、手を差し伸べる。

「…っつー…」

しかし、痛みでその場にしゃがみ込んでしまった。真子は、目を二人に向ける。
二人は、殴り合いを始めた。
お互い殴り合い、倒れる。
体を起こすと同時に、座り込んだまま、胸ぐらをつかみ合う。
睨み合う二人。
怒りが頂点に達した様子。

…だ、だめ……。

真子は、ふらふらとしながら二人に近づいていく。
二人が振り向くと同時に真子は、前のめりに……。

「真子ちゃん!」
「組長!!」

睨み合う二人の視野に真子の姿が入ったのか、同時に立ち上がり、倒れそうになる真子に駆け寄ろうとした…。
倒れそうになった真子を支えたのは、その後ろに居た橋だった。

「真子ちゃん! 傷口が開いたやろが!!」
「…だって、橋先生…二人が……」
「わかっとる。だからって、真子ちゃんが、二人の間に割り込んだら、
 真子ちゃんの傷がひどくなるやろ!」
「だって……だって…二人とも……原因は、私…なの…
 私のことで…二人が……二人がぁ〜〜わぁぁぁん!!」

橋は、自分の腕の中で泣きじゃくる真子をそっと抱き上げ、睨み合っていた二人を睨み付けた。

「まさちん、真北さん……もう、やめてよ…。二人が争う姿、見たくない……」

真子は、橋の胸に顔を埋めながら言う。

「私が悪いんだね…ごめんなさい。いつまでも、フラフラとしている私が…
 悪いんだよね…。だから、もう、やめて…やめてよ…ね…」

真北とまさちんに振り返る真子。
深い深い哀しみに包まれている目…。
それは、初めて見る真子の表情だった。

「真子ちゃん……」
「組長……」

気を失う真子を見て、真北とまさちんは同時に呟いた。

「…てめえらの手当ては、せぇへんぞ…」

橋は、二人を睨み付け、静かに言い、真子を抱きかかえたまま二人に背を向け歩き出した。

「ったく、真子ちゃんは…。自分の事をもっと考えろ」

橋は、真子の傷の手当てをしなおし、そして、真子を愛用の病室へ連れていき、ベッドに寝かしつけた。
そっと頭を撫でて、病室を出ていく。
橋は、事務所へ入っていった。

「…あのなぁ…」

橋の事務室では、庭で殴り合っていた真北とまさちんが、自分で自分の傷の手当てをしていた。

「勝手に使ってるぞ」

真北が言う。橋は何も言わずにデスクに座り、引き出しから新たなカルテを二枚取りだし、二人の様子を見ながら、書き始めた。





真子が、目を覚ました。
暫く、天井を見つめ、何かを考え込む。そして、ナースコールを押した。

『真子ちゃん、起きた?』

天井のスピーカーから、看護婦の声が聞こえてきた。

「すみません…痛みがあるので、痛み止め…下さい」
『すぐ行くよ』

真子は、ベッドに腰を掛ける。それと同時にドアが開き、看護婦が入ってきた。

「座ったら、また傷が開くよ。はい」

看護婦は笑顔で、真子に痛み止めを渡す。

ドス…。

「ま、真子ちゃん……」

看護婦は、ベッドに倒れ込んだ。真子の目の前に立っていた時の看護婦の腹部辺りに、真子の拳があった。

「…ごめんなさい…」

真子は、そっと拳を下ろし、ベッドから下りた。そして、ロッカーの中に常に納めてある服に着替え、痛み止めをポシェットに入れ、病室を出ていった。
ドアが開いたままの真子愛用の病室には、真子に痛み止めを持ってきた看護婦が、ベッドに俯せになって倒れていた。






緑が青々と輝く夏の天地山。
都会の暑さとは違い、凄く涼しく、夏の暑さを避ける人々で賑わっていた。
夏の天地山の素晴らしさも解った人たちが、天地山ホテルを利用している為、夏も忙しくなったホテル支配人の原田まさ。まさの仕事っぷりに惚れ込んでいる女性従業員のかおりも張り切っている。

「かおりちゃん、休憩取ってる?」

少し疲れた様子のかおりに気が付いたまさが、優しく声を掛けた。

「はい。取りました。それよりも、支配人は、休憩されましたか?」
「私は、大丈夫ですよ」

ふと何かを思いだしたような表情をするまさ。

「どうされました?」
「あっ、いいえね。この夏こそ、お嬢様来られるのかなぁと思って。
 今は、阿山組を離れて、普通の暮らしをしておられる様子なので。
 客が途切れた頃にでも、お呼びできるかなと思ってね」

真子の事を話す、まさの輝く表情を見て、かおりは、少し嫉妬を覚えていた。

「支配人! まさちんさんから、電話ですよぉ」

その声で、近くの電話に出るまさ。
かおりは、ふてくされたような表情で仕事に戻っていく。

「何やってんだ、馬鹿野郎! お前と真北さんが、争ってどうするんだよ!
 で、明日やな。傷の具合は? 二発貫通、出血がひどい? 傷は
 橋が縫ったんだな。…あぁ。解ってるよ。…詳しいことは後で訊く」

まさの怒鳴り声は、ロビーに響いていた。
珍しく、怒りの感情を現していたまさに振り向く従業員や客達。そのような状況を全く無視して、まさは、かおりを呼ぶ。出掛ける準備をしながら、まさは、かおりに事情説明をしていた。

「お嬢様が、また、一人で行動をしている。私は、準備の後、
 駅に向かうから、あとは、頼んだよ」
「真子ちゃんは、いつご到着ですか?」
「明日」
「準備?」
「あぁ。医療品を揃えないとな」
「医療品って、真子ちゃん、怪我を?」
「二発撃たれて、出血がひどかったらしい。それもほんの三時間前の話だと。
 普通の暮らしをしている時にお嬢様が撃たれたことで、真北さんとまさちんが
 殴り合ったそうな。それを見て、病院を飛び出したって」
「真子ちゃん、無茶ばかりするんだから…」
「じゃぁ、後は、頼んだよ」
「はい。お気をつけて」

まさは、素敵な笑顔をかおりに向け、医療室へ入っていく。
救急箱を手にしたまさは、素早くホテルを出て行った。
いつの間にか、かおりの表情は、真子を心配する表情に変わっていた。



まさは、天地山付近の医療機関に顔を出し、医療品を調達。
足りない品を少し遠くの所まで取りに行き、天地山最寄り駅へ到着したのは、明け方、始発電車が動き出す頃だった。
駅長室に顔を出す。

「支配人」
「おはようございます。どうですか?」
「まだ、見かけておりません。一応、電車にも連絡取ってみたんですが、
 それらしい客は見かけていないと…」
「…恐らく、ばれないようにと姿を消しているかもしれませんね。
 取りあえず、医務室、お借りします」

監視モニターが到着した電車を映し出す。
数人の乗客が乗り降りする。電車からゆっくりと降りてきた女性が、よたよたと歩きながら、ベンチに腰を掛け、すぐに横たわった。

「お嬢様!」

いち早く気が付いたまさは、手にした医療箱を持って、ホームへ駆け上がっていった。

「お嬢様!!!!!」
「…まさ…さ…ん…」

真子は、痛みを必死で堪えている様子。まさの姿を見て伸ばした手は、血で赤く染まっていた。その手を見て、まさは、真子の容態を把握する。
そっと真子を抱きかかえ、駅の医務室へ連れていった。
真子の背中に回した手が、ヌルッとしている。まさは、医務室のベッドに真子を俯せに寝かしつけ、背中の傷を診た。
その表情が、いつになく真剣になった。





まさは、車の後部座席で眠る真子を抱きかかえ、自宅に連れていく。
自分のベッドに真子を寝かしつけ、再び背中の傷を診る。

「これなら、上向きで寝ても大丈夫だな」

まさは、真子の傷口に、柔らかめのガーゼを当て、そっと上向きの体勢に寝かしつけ、そして、そっと布団を掛ける。

「お嬢様、無茶しすぎですよ」

優しく微笑むまさだった。



(2006.8.7 第五部 第十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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