任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十一話 支配人の影の力

夏の天地山!
避暑地として過ごす人々で、大忙しの天地山ホテル。
しかし、支配人・まさの姿は、ホテル内に見あたらず…。


まさは、自宅マンションに居た。
ホテルの従業員と連絡を取っているのか、表情が『支配人』。
まさのベッドに女性が寝ていた。その女性が、ふと目を覚ます。
真子だった。
真子は、まさの支配人ぶりを見て、安心したように再び眠りについた。
受話器を置いたまさが、真子を見つめる。
その眼差しは、先程の支配人とは違い、とてもあたたかい…。
まさは、真子の額に手を当てる。
少し、熱が高い様子。
医療箱から、薬を取りだし、真子の腕に打つ。

「…あぁ〜。全く考えてなかった…。お嬢様の栄養…」

まさは、慌てて医薬品の確認をするが、必要な物が足りない様子。
項垂れながら、受話器を手に取り連絡を取った。

「原田です。お嬢様の容態が思わしくないので、良くなるまで
 ここに居るから。いつも通りに宜しく。何かあったら、連絡
 御願いするよ。…それと、湯川に代わって」

受話器の向こうに保留音が流れ、湯川が電話に出た。

『代わりました』

その声に、まさは何かに気が付く。

「…ったく、酒はやめろと言ってあるだろが。…そこに店長居るか?」
『兄貴…違った…支配人、何か?』

店長に代わった。

「医療室から、点滴スタンドと栄養剤持って来てくれ」
『点滴スタンドと栄養剤ですね。すぐお持ちします』
「頼んだぞ、急いでくれよぉ」

まさは、受話器を置いた後、夕食の用意を始めた。





大阪。
こちらも夏…というのは、当たり前。
天地山とは違い、暑さが厳しく……。

真子の自宅・リビング
険悪なムードが漂っていた。
その雰囲気を作っているのは、真北とまさちんだった。
未だに睨み合っている様子。

「ですから、その雰囲気を元に戻さないと、組長が帰ってきませんよ!」

ぺんこうが、真北に言う。

「…わかっとる。だけどな、こいつの言葉にな…」
「本当の事を言われて怒る癖…やめてくださいよ。
 あの時だってそうでしょう? 私が、組長とちさとさんを
 重ねて見ていると申した時…」

そう言ったぺんこうの言葉に反応するかのように、真北は目線をぺんこうに移した。

「絶対に、治らないでしょうね、その性格…」

嫌味たっぷりに、ぺんこうが言うと、

「そっくり、そのまま、お前に、返してやるよ、その言葉」

真北が、もの凄く丁寧な口調で言った。

「私は、あなたに似てません」

ぺんこうは、ハキハキと応える。

「そっくりや」

まさちんが呟く。
その言葉に反応するかのように、目線をまさちんに移すぺんこう。

「喧嘩売ってるんか?」
「だったら、なにや?」
「ひどしたるぞ」
「ここでやれるんか?」
「やったる……」

ぺんこうとまさちんの目線に火花が散る…。

「やめれ。俺らが何言っても、真子ちゃんは、哀しんだままや…」

真北は寂しそうに呟いた。

「…怪我…大丈夫でしょうか…」

まさちんとぺんこうは、同時に呟いた。

「息ぴったりや…」

二人の呟きに応える真北。

バッ!!!

真北の言葉に、二人は、お互いの胸ぐらを掴みあげた。

「私は、止めませんよ」

お茶とアップルジュースと珈琲を用意して、リビングへやって来たむかいんが、怒りを抑えているのか、震える手で、それぞれの前に、飲み物を差し出す。
むかいんの姿を見て、おとなしくなるまさちんとぺんこうだった。

やれやれ…。真子ちゃんが帰る前に、怪我、増えそうや…。

真北は、呆れたような表情をしながら、お茶に手を伸ばした。





再び天地山。
まさのマンションに、店長が到着。店長は、急いで二階へ上がっていく。

「兄貴ぃ〜…!!!」

ガッコォーーン!!

「バカやろ! ノックくらいしろ!」
「すんません…兄貴…」

まさは、真子の傷の具合を診ていたところ。
真子の上半身の肌が見えていた。そこへ店長が入ってきたもんだから、側にあったテレビのリモコンを店長の顔面目掛けて投げつけた。
店長の顔には、リモコンの突起物の跡が……。



真子の背中にガーゼを当て、服をそっと着せ、上向きに寝かしつける。
そこでやっと店長が、まさの側にやって来る。そして、手にした点滴スタンドをベッドの側に立て、栄養剤をまさに渡した。
まさは、手慣れた手つきで、真子の腕に点滴針を刺し、点滴を始める。

「俺としたことが、怪我のことばかり考えて、栄養のこと考えて
 居なかったよ。…駄目だよな…」
「兄貴…」

ボカッ!

「兄貴言うな」

まさの拳が、店長の頭をぶっ叩いていた。

「すみません…。真子お嬢様は…」
「あと2、3日寝ていれば、良くなるよ」

まさは、真子に優しく布団を掛ける。

「支配人、お休みになられてはどうですか。…寝ずにお嬢様の
 様子を伺うおつもりでしょう?」

まさは、店長を黙って見つめ、そして、フッと笑った。

「…手…出すなよ」
「出しません!!!」

まさは、部屋の隅にあるソファに腰を掛け、クッションを整えた後、寝転び、眠りに就いた。

「ったく、俺が言わなかったら、兄貴まで倒れますよ。そうなったら、
 誰が面倒みるんですか…」

店長は、押入からタオルケットを取りだし、まさにそっと掛けた。




明け方。
真子がふと目を覚まし、横を見た。
まさは、ソファで眠っている。
まさと自分の間にあるテーブルの所には、店長が何かを読みながら、珈琲を飲んでいた。
真子が動いた事に気が付き、店長が振り向いた。

「真子ちゃん、気分はどうですか?」
「まささんは…」
「私と交代ですよ。…嫌ですか?」

真子は、首を横に振る。
店長は、そんな真子の仕草に微笑んだ。

「ありがとう。店長さんが居なかったら、恐らく、まささん、一人で…」
「真子ちゃんよりも、兄貴と付き合い長いですから」
「…そうだね」

真子が静かに言った。

「私…まささんのこと…何も考えずに、来ちゃった…」
「それでいいんですよ。兄貴…喜びますから」
「兄貴…って言ってるよぉ」
「あっ…」

店長は、ちょっぴり焦ったような表情になる。
気を取り直して…。

「真子ちゃん、もう少し眠った方がいいですよ」
「うん。…いつ、起き上がっていいんだろ…」

真子は、右腕から点滴の管を見上げ、点滴容器を見つめた。

「2、3日は無理ですよ」

店長とは別の声が聞こえた。

「まささん。おはよ」

まさが起きてきた。

「おはようございます。調子はどうですか?」
「痛みはないよ。ありがと」
「…傷の方も、ふさがってますよ。流石に治りは早いですね」
「誉めてんの?」

真子は微笑んでいた。
まさは、その微笑みに応えるかのように笑い、真子の頭をそっと撫でる。

「店長、めし」
「ったく、兄貴、人使い荒い…!! すみません…!!」

まさの拳が、素早く店長の腹部に決まる。
二人の絶妙なやり取りを見た真子は、お腹を抱えて笑い出した。

「いてててて!!」
「お、お嬢様!!」

慌てるまさは、真子に手を差し伸べる。

「二人…おもろすぎ…いてて」

真子は、笑いが止まらないようだった。





陽炎が揺らぐ滑走路。そこに、旅客機とは別の飛行機が着陸した。
ライが、空港に居た。
特別機で日本へとやって来たライは、報道陣に囲まれながら、ロビーを歩くが、その歩みを止め、記者達のインタビューに応え始めた。

「再び日本へ来られたのは、なぜですか?」
「まだ、やり残したことがあったんですよ。それに、日本が好きなので」

カメラ目線でニッコリと笑うライ。
別の記者にも同じように笑顔で応えるライは、その場で10分ほど、立ち止まっていた。

「(ライさま、お時間、間に合いません)」

ライの後ろから、カイトが声を掛け、報道陣をかき分けながら、ロビーを後にした。



駐車場では、黒服の男が待っていた。
ライの姿を見て一礼し、車に迎え入れる。
車は、空港を去っていった。




ライは、ネクタイを弛めながら、ドカッと座り直す。

「真子は?」

黒服の男に尋ねる。

「天地山です」
「はぁ? どうして?」

真子が、橋総合病院にいるものだと思っていたライは、驚いたように声を挙げた。

「事件の日、地島と真北が争って、それを見た真子様が逃げたそうです」

カイトが代わりに応えた途端、ライは、ため息をついた。

「どちらにしろ、すぐにはお逢いできませんから」
「…カイトぉ〜また、表の仕事詰めただろ」

カイトは、ニヤリと微笑んでいるだけだった。





まさの自宅。
真子は、たいくつしていた。
そんな真子に手渡されたのは、以前、まさに持ってきたAYAMAのゲーム。まさと真子は、二人でそのゲームを楽しんでいた。
真子の笑顔は、すごく輝いている。
すっかり『五代目』の肩書きを忘れている様子。
そんな真子の表情を見て、まさは、嬉しかった。

このまま、ここで過ごせば、危険な目に遭わないだろうな…。

そう思いながら、真子との一時を楽しんでいた。




真子とまさが、天地山ホテルへとやって来た。
二人を笑顔で迎えた従業員。久しぶりに見るまさの素敵な笑顔を楽しみにしていたのは、かおりだった。
素敵な笑顔の中に、少し疲れを見せるまさ。それに気付いたかおりは、すごく心配だった。
そんなかおりに気が付いているまさは、かおりにだけ、特別な笑顔を見せる。
そして、真子とまさは、真子愛用の部屋のある階へと向かっていった。

「かおりぃ、嫉妬しすぎ」

宮田が声を掛ける。

「支配人って、真子ちゃんを構い過ぎだもん」
「ったく、いつまでも、その憧れを抱いておくなよぉ」
「いいでしょぉ、もっ!」

かおりは照れたように、その場を去っていった。



真子が熟睡しているのを確認したまさは、事務所へ戻り、デスクに座る。
電話を見つめるまさの表情は、何かを思い詰めていた。


  奴も、足を洗っている。連絡するなら、それなりの覚悟をしておけよ。
  お前は、この世界では、死んだことになっているんだからな…。


まさの耳に残る地山一家の地山親分の言葉。
自宅で真子と一緒にテレビを観ていたまさは、画面に映し出されたライの表情が気になり、地山親分に相談していた。
もちろん、昔の感情で…。
その時に言われた言葉だった。

ライの素性を調べるには…。

まさは、受話器を手に取り、メモに書いている番号を押す。

『もしもし』

受話器の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。

「…俺だ、原田まさだ。相変わらず飛んでいるのか?」
『……信じられないことだな。生きていたとはな…。噂通りだ』
「噂?」
『殺しの原田に似た人物を天地山で時々見かけるとな…』
「殺しの原田は、死んでいるよ。色々と事情があってな、そうなっている。
 今は、天地山ホテルの支配人だ」
『天地山か…』

少しため息混じりに相手が言った。

『そこにあるホテルの支配人…察するところ、
 阿山組に落ちたってことか』
「助けてもらっただけさ。あの頃の…俺に、光の手を
 差し伸べてくれた人が居てね…。今では、輝く笑顔に
 守られて暮らしているよ」
『輝く笑顔…ね…。そんなお前が、俺に連絡をするとは、
 切羽詰まったか?』
「ライという人物を知っているか?」

まさは、話を切り替えた。

『ライねぇ〜。今、日本に来ている風変わりな研究者か。
 あの怪しい目を調べて欲しいのか?』
「あぁ、事細かく…な」
『言っておくが、俺は、足を洗っている。それでも頼むのか?』
「…輝く笑顔の為だ。…足を洗った俺が、連絡を取ったことで、
 察してくれ。いつ、できる? できれば、明け方までには知りたい」

まさは、時計を見る。
『0:25』と表示されていた。

『ったく、久しぶりの依頼も無茶を言うんだな。その辺りは変わらないのか』
「出来るんだろ?」

静かに尋ねる。

『その前に、この番号、どうやって知った? あの頃とは変わったはずだ』
「…地山親分とは、今でも懇意にしているさ」
『地山の野郎、大切なことを言わないとはな。流石、口が堅い男だ。
 解ったよ。1時間おきに連絡くれ。状況を伝える』
「あぁ。1時半に連絡する」

まさは受話器を置き、息を吐きながら、椅子にもたれかかり、深刻な表情をした。


まさが連絡を入れた男。
それは、まさが、その昔、殺し屋として生きていた頃、裏情報を仕入れる為に常にコンタクトを取っていた優雅という男だった。



1時半。
まさは、再び連絡を入れる。

「…それは、すでに知っている情報だ。あの怪しい目をしなければならない
 経緯を知りたい。そこは、どうだ?」
『風変わりな研究をしているだろ。その内容が、傷を治す青い光やら、
 恐ろしい赤い光…不思議な能力を調べていることで、それに反対する
 者達が、狙っているようだ。その能力を持つ人物を…ね』
「ライ自身が、能力を持つ人物を狙っているのか?」
『ライは、研究を進めるために、能力を持っていると言われる人物に接触。
 しかし、その時に必ず狙われているようだな。そして、その能力を
 持つ人物をさらわれているらしい』
「本当か?」

一瞬、嫌な考えが過ぎるまさ。

「さらわれた人物、わかるか?」
『今調べているところだよ。2時半に連絡くれ』
「あぁ」

まさは、受話器を置く。そして、優雅から聞いたことをまとめ始めた。


そんな感じで、まさは、優雅と明け方近くまで連絡を取り合っていた。
夜通し起きていたまさは、いつの間にか、デスクに突っ伏して眠っていた。
事務所の外で声がした。
真子の声も聞こえてくる。
まさは、慌てて体を起こし、時計を見る。

「あちゃ、八時????」

まさは、立ち上がるが、ドア越しに聞こえる声に耳を澄ます。

「かおりちゃん?」

かおりが、真子に何かを言っている様子。

『まささんが、起きてくるまで、そっとしておいてね』

真子が去っていくのが解ったまさは、急いでドアを開ける。

「かおりちゃん…。気持ちはありがたいよ。でもね、私は、大丈夫だから」

そう言いながらも、少し疲れた様子のまさは、急いで真子の部屋へ駆けていった。

「お嬢様!」

まさが、真子の部屋へ入ると、真子は、帰り支度をしていた。

「いつまでも、ここに居られないから」

明るい声で言うものの真子は、まさに振り向かなかった。
まさは、そっと真子に歩み寄る。

「駄目ですよ。まだ、完全ではありませんから」
「だけど…」
「…昔から、変わらない頑固者ですね」
「うるさい!」

まさは、真子の顔をそっと覗き込んでいた。
真子の顔は涙でびしょ濡れ。

「私は、大丈夫ですから」

まさは、真子に優しい眼差しを送りながら言った。

「でも、本当に休んでないじゃない? やつれてるよ」

真子は、まさの顔を見つめる。

「その…夕べは、遅くまで調べることがありましたから、
 それで、今朝は起きるのが遅れただけですよ」

まさは、少し焦ったように真子に応えた。

「本当?」
「えぇ」

真子は、安心したような表情に変わる

「…無理しすぎだよ、まささん」
「私は、そんなにやわじゃありませんよ」
「いつまで続くかなぁ〜」
「…お嬢様ぁ〜」

まさは、真子の言葉にふくれっ面になっていた。そして、二人は、微笑み合う。

「…でも、本当にそろそろ戻る…」

真子は、真剣な眼差しに変わる。

「よろしいんですか? 真北さんとまさちんに逢わせる顔、ございますか?
 …まだ、心の準備、できてないでしょう?」
「う、うん…そうだった…」

真子は、忘れていた様子。
真北とまさちんが自分の事で殴り合い、それを見かねて飛び出してきたことを…。

「心の準備ができるまで、まだ、こちらで…」
「…でも…」
「…わかりました。では、今日までこちらということで、
 明日、大阪へ戻りましょう。…私がご一緒致します」
「まささん…、…いいの?」

真子の言葉に、まさは、優しく微笑む。

まさが、天地山を出るということは……。

真子は気がかりなことがある様子。心配顔の真子を見るまさは、真子の頭を優しく撫でた。

「大丈夫ですよ!」

そう言って素敵な笑顔を真子に向けるまさだった。



まさは、中腹にある喫茶店へ来ていた。そこで、珈琲を飲みながら、店長と話し込んでいた。

「かしこまりました。ご一緒致します。でも、私も一緒だと、お嬢様が
 気になさりますよ。…あの手…使いますがよろしいですか?」
「…頼むよ。…久しぶりの大阪か…。えいぞうが迎えに来るんだよな…」
「心配です。えいぞうって、あの小島の息子じゃありませんか…」
「…あぁ」

真子の気がかりなこと…それは…。



真子は、天地山の頂上でのんびりと素晴らしい景色を眺めていた。

「まささんに、迷惑ばかり掛けてるよなぁ〜。駅に迎えに来るのは
 いっつもえいぞうなんだけど…。橋先生んとこまで一緒となると、
 気まずい雰囲気が漂いそうだよ…。だって、えいぞう…私が天地山に
 行くって言うたびに、ちらりと怒りの表情を見せるし…」

真子は、大の字に寝転んだ。

「まささんは、天地山から下りない方がいいって、みんな言うし…。
 昔のことが、尾を引いているのかな…」

真子の視界にまさが入った。

「背中の傷に響きますから、寝転ばないようにと申したでしょう?」

まさは、真子に手を差し伸べ、体を起こした。そして、背中に付いた草を優しく払い落とす。

「ごめんなさい」

まさは、そっと真子の額に手を当てる。

「なに?」
「熱があるかと思いまして…」
「…なんで?」
「素直に謝ったので…」

真子は、額の当てられたまさの手を払いのけた。

「まささんまで、そう言うんだからぁ〜もぉ!」

真子は、ふくれっ面になって、そっぽを向いた。

「そろそろ戻りましょう」
「もう少し、ここに居る!」

真子は、まさの手を掴み、その場に座らせる。

「まささんものんびりしようよ!」

真子の言葉につられたまさは、真子と同じようにくつろぎ始めた。

「まささん」

暫く沈黙の後、真子が言った。

「はい」
「大阪で、のんびりしてね」

真子は、まさに振り返り、素敵な笑顔を見せていた。

「お言葉に甘えます」

まさも素敵な笑顔で応えた。

この笑顔が曇らないようにしないとなぁ…。

まさ自身も何やら心配な事があるらしい。





大阪。
えいぞうの喫茶店・奥の部屋。
電話が鳴った。電話の側にいた健が素早く受話器を手に取り、電話に出た。

「もしもしぃ〜、何時や?」

電話の相手が誰なのか、すぐに解る健は、用件だけを聞く。
そして、電話を切った。

「兄貴、昼の2時」
「…で、噂通りなのか?」

部屋のデスクに突っ伏していた、えいぞうが、体を起こしながら言う。
すんごぉっく不機嫌な表情をしていた。
それを見た健は、その表情を変えようと明るい声で語りかける。

「組長が、笑顔を向ける人物なんですよぉ」
「俺にとっては、不愉快だ。…お前は、ちゃうんか?」
「そりゃぁ、俺にとっても兄貴と同じ気持ちだよぉ。だけど、いつまでも
 そんなんじゃあかんって。親父も言ってたやろぉ。あれはあれ。
 そうなっても仕方がなかった時期なんやで。そのままやったら、兄貴も
 同じ目に遭っていたかもしれへんやろ」
「だからってな…なんで、天地山を出てくるんだよ…原田の奴は…」
「それやったら、俺だけ行く」

健は、出掛ける準備を始める。それを横目で見ながら、えいぞうは、寝転んだ。
健の手が止まる。

「…くまはちと同じ…組長のボディーガードなんだろ、兄貴は…」

その言葉は、どことなく切なく感じた。
えいぞうは、ゆっくりと体を起こし、健に近づく。そして、軽く頭を叩いた。

「そんな面すんな。お前には似合わん。…原田は、昔の姿じゃないんだよな。
 組長の心が和む天地山にあるホテルの支配人だよな…。そうだよな…」

えいぞうは、自分に言い聞かせるような感じで言っていた。

「……って、まだ、6時間以上も後やないかぁ!!
 なんで、今から、出掛ける準備してんねん!!」

えいぞうが、健にツッコミを入れた。

その頃、真子は…。



大阪へ向かう電車の中。
窓の外を流れる景色を眺め、嬉しそうな表情をしていた。その隣には、まさが座っている。

「お嬢様、お休みになられた方が、よろしいですよ。
 まだ、先は長いですから」
「じゃぁ、寝るぅ。お休み」
「お休みなさいませ」

まさは、自分の上着を真子に優しく掛けた。
真子が、まさの肩にそっともたれかかってくると、まさは、自然と真子の肩に手を回した。

「真北さんに…ばれると、やばいですよぉ〜」

通路を挟んだ隣の席に座る男が、まさの耳へ呟くように言った。まさは、その男をギロリと睨み付ける。

「何も言うな…」

まさが、その男に言った。

「すみません…」

恐縮そうに目を反らす男こそ、こっそりと護衛している店長だった。



電車は、駅に到着する。
乗客が乗り降りした後、電車が動き出した。その動きで真子が目を覚ます。

「…着いたの?」
「まだですよ」
「…うん……」

真子は、再び眠りに就く。まさは、真子に優しく上着を掛け直した。そして、何かに気が付き、目線を移した。
そこは、電車のデッキ。
深く帽子をかぶった男が、まさを見つめていた。

「…頼んだぞ」
「はい」

まさは、店長にそっと告げて、席を立ち、デッキへ出ていった。



デッキに出てきたまさは、辺りを見渡す。デッキに居るのは、まさと男の二人だけ。
男が声を掛けてきた。

「…まさか、あんたが、生きていたとはね…」
「事情があってね」

まさは、呟くように応えた。

「…なんだか、雰囲気が変わったな…。以前のお前なら、鋭いものを
 感じさせていたがな…。そうか、あの娘がお前をそうさせるんだな…。
 …阿山組五代目…阿山真子…か…」
「彼女のことは、別だ。で…例のものは?」

まさが、話しかける男こそ、連絡を取ってライの情報を頼んでいた裏情報通の優雅だった。
優雅は、懐から分厚い書類袋を取りだし、まさに渡す。

「全てか?」
「……あぁ」

まさは、書類袋を懐になおす。

「優雅…俺のことは、誰にも言うなよ…」
「解ってるよ、原田。…安心した」
「何が?」
「…お前が脚を洗ったことだよ」
「脚を洗ったんじゃないよ。生まれ変わったんだよ」
「はいはい。阿山真子…か。…それにしても、阿山真子と
 懇意にしていたとはな。お前も、あの笑顔にやられたくちか?」

優雅は、デッキのガラス窓から眠る真子を見つめながら言う。

「どういうことだ?」
「親分連中が、命を大切にし始めたからなぁ。それを調べていたら
 そういう結論に達したわけだよ。…目を覚ましたぞ」
「あっ…。ありがとな」

まさは、優雅に背を向ける。

「これっきりだぞ。俺も、脚…洗ってるんだからな…」
「あぁ。悪かった。助かるよ。じゃぁな」

ちらりと振り向き、笑顔を向けるまさ。

「あぁ」

優雅は、背を向けて、まさが入っていった車両とは別の方へ入っていった。

「…あの人誰?」

席に戻ってきたまさに、真子が尋ねた。

「時間を聞かれただけですよ」
「ふ〜ん。…まささん、寝なくて大丈夫?」
「昨夜はしっかりと眠りましたから」
「うん」

真子は、微笑んでいた。

「ねぇ、ねぇ、大阪では、どこに行ってみたい?」

真子が、無邪気に尋ねる。

「そうですねぇ、有名なところ、見てみたいですね」
「…初めてじゃ…ないよね?」
「えぇ。お嬢様がお生まれになる前……」

隣の席の店長が、咳払いをする。
我に返るまさ。

しまった…昔のことは…。

「ところで、お嬢様。私を案内するおつもりですか?」

話を切り替える。

「うん。私もね、あまり知らないんだけど、以前、水木さんに案内された
 所くらいなら、できるし、それに、理子と遊びに行った所も…」
「水を差すようで、申し訳ありませんが、…橋が、外出許可出しませんよ」
「えっ? なんで?」
「…お嬢様、怪我なさっておられるんですよ。それに、病院を抜け出して
 来られたんですから…」
「……そうだった…」

真子は、少しふくれっ面になっていた。そんな真子を見て、まさは、優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。私は、お嬢様を無事にお送りするだけで
 安心ですから。それに、カルテをしっかりと橋に見せないといけません。
 そうでないと、これからも仕事できませんからね」
「もぉ〜。大阪に来ても、ゆっくりしてほしいのにぃ。あかんの?」
「よろしいんですか?」

電車は、次の駅に到着し、乗客が乗り降りし始める。
優雅は、電車から降り、まさが乗っている車両までホームを歩いてくる。
真子とまさが、笑顔で話している姿が窓越しに見えた。
まさの表情を見て、フッと笑う優雅は、電車が発車するときに、自分に気が付いたまさに、軽く手を挙げて、挨拶をする。
まさは、目で返事をした。

元気でな…。

ホームを離れ、見えなくなるまで電車を見つめている優雅。

「悪いな、原田…表の情報だけで…」

そっと口にした優雅は、ホームに入ってきた反対方向の電車に乗り込む。
目の前に、黒服を着た男が二人立っていた。
緊張した面もちで、男達を見つめる優雅。
電車のドアが閉まり、発車した。



(2006.8.8 第五部 第十一話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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