任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十二話 打ち解ける

新大阪駅にあるロータリーに車が停まる。えいぞうと健が降りてきた。
えいぞうの表情は、少し引きつっている……。




真子とまさ、そして、こっそりと護衛として付いてきたはずの店長が、改札を出てきた。
実は、真子。
電車に乗り、席に着いた時、すでに、店長の姿に気が付いていた。
変装をしていたので、知らない振りを…と妙に気を利かせていたのだった。しかし、そのまま、とんぼ返りだと聞いて、居ても経っても居られず、ベンチに座り込んでいた店長に声を掛けたのだった。


改札を出ると、そこは、異様な雰囲気に包まれていた。
人っ子一人居ない…。
怪しげな雰囲気の中、真子に声を掛けてきたのは、青虎組の虎来と亘理だった。
二人は、手に銃を持っている。
二人の醸し出す雰囲気で、事態を察した真子は、軽い口調で虎来と話し込む。
真子の後ろに居るはずの、まさと店長の姿は、いつの間にか消えていた。



まさは、柱の影に身を隠す男にそっと近づいた。そして、後頭部をぶん殴る。
店長も同じように他の男を気絶させる。
まさと店長は、足下がふらつく五人の男を柱の影から押す感じで放り投げた。そして、服を整えながら、真子の前に現れた。

「あちゃぁ〜…もぉ」

真子は、呆れたような表情をして、顔を隠す。

「…えらく凄いボディーガードを連れとるなぁ」

虎来が呟くように言う。

「…って落ち着いてる場合と違うんじゃない? 捕まるよ!」

真子が、遠くにある何かの気配に気が付き、虎来に告げる。

「…やべ…。亘理、行くぞ」
「あ、あぁ」

亘理は、まさと店長を見て、何か気が付いたような表情をする。
首を傾げながら、逃げるように姿を消す二人と入れ替わるように警察がたくさん駆けつけた。
そして、床に転がる男達をとらえていた。
その様子を横目で見ながら、真子達は、歩いていった。




「来ましたよ。兄貴」
「あぁ。…ほんまに来たな…。…あいつ…」

真子を迎えに来ていたえいぞうと健。
健は、真子の姿を見た途端、嬉しそうに手を振って、腰を振る。
真子も健に応えるかのように、元気に手を振っていた。
健の隣では、えいぞうが鋭い眼差しで、真子の隣を歩くまさを睨み付ける。

「組長! お帰りなさいぃ〜」
「ただいまぁ。…えいぞうさん、すみません」
「いいえ、お疲れさまです」

えいぞうは、まさを睨んだままだった。異様な雰囲気に包まれ始めた。

「あっ。その、こちら、天地山ホテルの支配人、原田まささん。
 こちらは、喫茶店の店長さん」

真子は、この雰囲気を変えようと明るく二人を紹介した。

「初めまして」

まさと店長は、同時に頭を下げる。

「…紹介されなくても、よく知ってますよ…」

えいぞうは、威嚇していた。

「と、兎に角、橋総合病院に、出発ぅ!!」

真子は、えいぞうの車に歩み寄る。まさが、後ろのドアを開けようと手を伸ばした。しかし、それを遮るようにえいぞうが手を伸ばし、ドアを開ける。

「あ、ありがと…」

真子は、えいぞうの態度が気になっていた。真子が乗った後、まさ、そして、店長が乗り込む。
ドアを閉めた後、健が助手席に、えいぞうが、運転席に座った。
そして、車は、橋総合病院へ向かって走り出した……。




ライは、取材を終え、テレビ局の人に丁寧にホテルまで送ってもらった。そして、エレベータに乗り込む。
泊まっている部屋がある階に到着し、ドアが開いた。
そこには、数人の黒服の男達が見守るような雰囲気で立っていた。
ライの姿を見た途端、一礼する男達。
ライは、静かにその中を歩き、部屋へ入っていった。
ネクタイを解き、胸元のボタンを外すライ。そして、ベッドに寝転んだ。

「あと1週間か…。全く、カイトの奴は…俺に寝る暇も与えないつもりか?」

ライは、シャツの胸ポケットから一枚の写真を取りだした。
真子と湖で撮った写真。二人とも素敵な笑顔が輝いていた。

「真子…もう少し、待ってください…すぐに、その世界から、
 救ってあげますから…。…真子…愛してるよ…」

ライは、写真の真子に口づけをした。






大阪城公園を歩く四人の男。
不思議な雰囲気を醸し出していた。

「…ったく、組長も何を言い出すのかと思えば…」
「仲良く…ってことでしょうね」
「…駅での雰囲気のままだったら、許していないな…。
 あの時は、悪かった」
「こちらこそ。お嬢様に危険が…と思ったのでね…」
「長年、この世界から離れているのにな…」
「なぜでしょうね」

なんだか、ぎくしゃくとした感じで語り合う二人。
えいぞうとまさだった。
その二人の後ろを店長と健が、ハラハラドキドキしながら、付いて歩いていた。

「俺の気持ちは、変わらない…。あんたにお礼せんとな…」
「解っております。でも、お嬢様の前では、止めて下さいね。
 一番気になさることですから。…あなたの思い…昔っから、
 知ってます。お嬢様が、天地山に来るようになった頃からですよ。
 絶対に来ようとしないとお嬢様に聞いて…」

まさは、陽の明るさに目を細めながら、空を見上げた。

「あの頃は、空を見上げる余裕すらなかった…。
 大阪の空も綺麗なんだな」
「組長の心の現れだ」

えいぞうも同じように空を見上げていた。



ミナミの街。
大阪城公園の後は、ミナミを案内しているえいぞう。賑やかな街をただ、ぶらぶらと歩き、難波までやって来た。そこで、出逢う青虎組の虎来と亘理。

「珍しいですね、小島さん」

亘理が声を掛けてきた。

「組長に言われて、お二人を観光案内」
「おや、そちらの方は、駅でお逢いしましたね。
 五人の男を放り投げた…」
「…青虎組…ですか」

まさが、えいぞうの耳元でボソッと呟く。

「虎来組長と亘理さん」
「原田です」
「店長です」

まさと店長は、深々と頭を下げて挨拶をする。
亘理は、顔を上げたまさを見て、驚いたような声を挙げ、指を差した。

「原田って、あの…天地組の…原田…?」
「天地組…??」

まさは、とぼける。しかし、亘理は、諦めない。

「絶対そうだ。殺しの原田。…その昔、大阪の幹部達に刃を向けた…」
「初めての大阪ですよ」

まさは、素敵な笑顔を亘理に向けた。

「組長が懇意にお付き合いしている会社の社長さんと副社長ですよ。
 そして、原田さんは、組長の格闘技の師匠です…」

えいぞうが、亘理に言う。

「社長で、師匠…?? そりゃぁ、強いわけだ。すみません。人違いでした」
「亘理さん、すみませんね、急いでますので」
「引き止めて悪かった。またな」

亘理が、言う。

「または、ありませんよ。これっきりです」

そう言って、えいぞうは、まさたちを押すような感じで、その場を去っていった。亘理と虎来は、二人に一礼して、別の方向へと歩いていった。

「…ありがとな…」

まさは、えいぞうに静かに言う。
えいぞうは、ただ、微笑んでいるだけだった。




えいぞうの喫茶店。
なぜか、店長が仕事を手伝っていた。普段の癖だろう。
えいぞうが、カウンターに座るまさに珈琲を出す。

「いただきます」

まさは、珈琲の香りを楽しみ、そして、一口飲む。

「なるほど。お嬢様が言うだけある。ぺんこうお薦めだもんな」
「何が?」
「…えいぞうさんは、珈琲を煎れるのが、一番上手いんだよ…。だから、
 喫茶店を開いたら?と奨めた…。大阪で暮らすようになってから、
 久しぶりに天地山へ来た時に、お嬢様がおっしゃった事ですよ」
「…殺し専門でも、口にうるさいと聞いている…。本当なんだな」

まさは、ちらりとえいぞうを見る。
その眼差しは、支配人…普通の人間。

「俺を育てた親分のおかげさ。今で言う…グルメ…」

まさは、何かを思いだしたように笑っていた。

「…尋ねたいことがある」
「なんだ?」

まさは、珈琲を口に運ぶ。

「なぜ、一発で仕留めなかった?」

静かに尋ねるえいぞう。
まさは、珈琲カップを見つめていた。

「仕留めること…できなかったんだ。俺も…やられたからな…」

まさは、フッと笑いながら、左側のシャツの襟首をめくる。
首筋から心臓付近にかけて、刀傷の痕…。

「…相打ちだったよ。流石だよ、あんたの親父さんは…」

まさは、シャツを元に戻し、服を整えた。

「…相打ち…か…」

えいぞうは、それっきり、何も言わず、他の客の珈琲を用意する。

「…おかわり…くれるか?」

静かに、まさが言うと、

「えぇ」

えいぞうは、新たなコップに珈琲を用意する。
その仕草、仕事っぷりをずっと見ているまさ。
新たな珈琲が、まさの前に差し出される。

「どうぞ」
「いただくよ」

まさは、コップをゆっくりと口に運んだ。

「早く…一言、言わないと…時が経つにつれ、言えなくなるぞ」

えいぞうは、拭いたグラスを棚になおしながら、まさに呟いた。
まさは、珈琲を一口飲んで、肘をつく。

「解ってるよ…。でも、…まだ…な」
「ったく…」

呆れたような優しい眼差しで、まさに振り返るえいぞう。
そんな二人のやり取りを見ている健と店長は、安心したように微笑んでいた。

「いらっしゃいませ!」

元気な声が、店内に響く…。




真北運転の車の助手席にまさが、乗っていた。

「転職…せぇへんか?」

真北が、言った。

「今の仕事で精一杯ですよ」

まさが、応える。

「橋が、お前の腕を欲しがっててな…」
「以前から、時々電話が掛かってきますよ。そのたびにお断りしているんですが…」
「あいつ、頑固だからなぁ。思い通りになるまで、諦めないぞ」
「覚悟できてますよ」

車は、左に曲がる。

「本当に、よろしいんですか?」

まさが、静かに尋ねる。

「ん?」
「お嬢様のお言葉に甘えてしまったんですが…。ホテルでよかったんですけど…」
「真子ちゃんの気持ちだよ。今の生活を見せたいんだろな」
「お話だけで、どれだけ、楽しんでおられるのか解るのですが…」

車は、真子の自宅前に停まり、駐車場へ入っていった。
エンジンが切られた。そして、二人は、車から降りてきた。
まさは、真子の自宅を見上げる。

「お嬢様の家…」
「まさ、入るぞ」
「はい」

真北に誘われて、まさは、真子の自宅へと入っていった。



「猫だらけ…」

まさは、真北に案内されて、真子の部屋を覗き込む。
脚は自然と部屋の中へ入っていた。
そして、部屋の中をじっくりと眺め始める。


ドアの直ぐ横には、ベッドがあった。
猫柄の布団、猫の目覚まし時計、サイドテーブルまで、猫の形。
サイドテーブルの横にはクローゼットがあった。そのまま、窓まで続いている。
カーテンは、猫がでっかくプリントされている。
窓の側には、ソファーとテーブル。
もちろん、猫柄。

まさは、微笑んでいた。

本棚には、たっくさんの参考資料が納められていた。
本が納まっていないところには、猫模様の写真立てがたくさん置いてある。
一番前には、ぺんこうが、教員免許を取った時のもの。
その他に、まさちん、くまはち、むかいん、健、えいぞう、純一たち若い衆、関西幹部達、そして、まさと天地山で撮ったもの。

「ん?」

それらの写真立てで隠すように奥の方に二つの写真立てがあった。
一つは、ちさとの写真、そして、ちさとと慶造、真北の三人が写っている写真。
まさは、その二つをそっと手に取った。

「懐かしいやろ」

真北が呟くように言った。

「そうですね。これは、確か私があの日に撮ったものですよね」
「あぁ。真子ちゃんが三歳の時だな」
「私が支配人になることになった…あの日ですね。
 真北さん、ちさとさん、そして、慶造さんの三人の姿が
 あまりにも輝いていたのと、不思議な関係だったものだから、
 思わずシャッターを押しましたよ」

懐かしさで表情が緩むまさ。
写真立てをそっと棚の奥の方へ戻した。
真子のデスクに目をやる。
机の上には、パソコンが置いてあった。マウスは猫の形。
机の上には、AYAMAの資料や組関係の資料が積まれていた。
まさは、パラッと目を通す。

「ほとんど、健ですか?」
「そうやな。パソコン関係は、健や。…で、うち解けたんか?」

真北は、まさとえいぞうのぎくしゃくを気にしていた。

「ご心配なく。私は、天地山ホテル支配人ですから」

凛々しい表情で真北を見つめるまさだった。



リビング。
むかいんが、二人にお茶を出す。

「ありがとう。むかいんも、天地山に来たらいいのに」
「仕事が忙しいもので、なかなか…。でも、組長にたっぷりと
 お話を聞いてますよ」

素敵な笑顔をまさに向けるむかいんだった。
むかいんは、一礼して、リビングを出ていった。
真北とまさは、お茶をすする。

「お茶は、やっぱりまさちんですね」
「お茶だけは…な」

まさの言葉に、応える真北だった。

「大阪も変わりましたね。すごく、やわらかいですよ」
「やわらかいか…」
「えぇ。街に優しさが溢れてました。…お嬢様の優しさですか?」
「そうやな」

真北は、まさの言葉が嬉しかったのか、微笑んでいた。

「だけどな、真子ちゃんに、魔の手がな…。ライが接触するからか?」
「ライという研究者、海外ではかなりのやり手ですね。
 その奇怪な行動から狙われやすいんでしょう。
 既に無い、お嬢様の能力のこともライの敵に知れている
 様子ですから」
「湖に向かわせるんじゃなかったな…。言葉巧みに真子ちゃんから
 聞き出したんだろうなぁ。そのライが思いを寄せる女性か。
 変なことに巻き込まれなければいいんだがな…」
「そうですね」
「まさぁ〜」
「はい」
「お前は、絶対に動くなよ。あんな資料を集めやがって…」
「すみませんでした。その…ライのことが気になりましたので、思わず…」
「怪しい雰囲気…か。それも、奇怪な研究のせいか…」

真北は、口を尖らせながら、ソファにもたれかかった。
この時、ライの本当の姿は、まだ、誰も知らなかった。
研究者として狙われているのではなく、裏組織のトップとして狙われているということ…。
そして、
真子を手に入れようとして、周りを崩し始めるよう指示を出している人物だということを…。




黒崎邸
黒焦げた痕が生々しい入り口付近。その中でも芝生は、少し青い芽を出していた。
そこへ踏み込んできたライ。
片手には、バラの花束を持っていた。
一番焦げている場所にそっと置いた。

「残念だったな…。約束通り、真子は俺のものになるぞ。
 …自分の命を粗末にするなんて…愚かだな」

ライは、不気味の微笑んで、その場を背に去っていった。

『あいつが、世界的に動くライ…か。得体の知れない奴だな』
『何を考えているのか解らないね』
『竜次様に命を与えた奴か…』

ガラスが割れ、家主も亡くなった黒崎邸の中から、微かに聞こえる話し声…一体…誰??

芝生の上に置かれたバラの花びらが、風に舞った。





橋総合病院の広い広い庭。
患者や見舞客が歩く中、一組の男女が、賑やかに歩いていた。
天地山から帰ってきて三日目の真子とすっかり体を動かしまくり、筋力も戻りつつあり、骨折した足もなんのその。歩きまくっているくまはちだった。

「私が天地山に行ってた間、ずっと筋トレしてたん?」
「はい。しかし、なかなか前のような筋肉はつかないようで…。
 以前より、力が劣ってしまいました」
「それでも、普通の人よりは、並はずれてるでしょ?」
「そのようですね…。橋先生は、もう戻ったって言ってるんですが、
 私にとっては、まだまだですね…」

くまはちは、右手の拳を握りしめる。
そんなくまはちを優しく見つめる真子は、笑顔で言う。

「大丈夫だよ。私は一人でも大丈夫だもん」
「それでも、私の仕事ですから」

くまはちは、真剣な眼差しで真子を見つめ、力強く言った。真子は微笑む。

「ありがと、くまはち。くまはちって、昔っから、変わらないね。
 初めて逢った時から、私を優しく守ってくれる…。勇気と力をくれる…。
 真北さんや、まさちんやぺんこうと違った雰囲気で」
「そうですか? 真北さんたちと同じだと思いますが…」

真子の微笑みに応えるように、くまはちは、微笑んでいた。
二人は、もう一周、庭を歩き出す。

「退院されたら、AYAMAの仕事ですか?」
「…みんな、どうしてるのかなぁ。あんな事件の後だから…」

真子は、暗い表情をする。

「たった半月ですが、更に素敵なものを作っているようですよ」

くまはちの言葉で、真子の表情が、明るくなる。

「見ててくれたの?」
「私の仕事ですから」
「ありがとう。…AYAMAの仕事してて、どう? 楽しい?」
「楽しいです。新鮮な気持ちでできますから」
「ずっと、AYAMAで働く?」

真子は、前を見つめたまま、静かに言った。

「…そ、それは…」
「考えててね」
「組長……」

くまはちは、複雑な気持ちで真子を見つめていた。

「くまはちの退院は、いつなん?」
「いつでも退院できますよ」
「それだけ、歩けるならね…。腕も動くようになったんやろ?」
「えぇ。動かしていれば、自然と元に戻りますよ。組長は、どうですか?」
「橋先生が、許可してくれへんもん」
「そりゃぁ、怪我した直後に天地山に行けば…」

真子は、くまはちをギロリと睨んでいた。
くまはちは、慌てて口を噤む。

「見てらんなかったんやもん。真北さんとまさちんの殴り合い…」
「組長のことを思ってのことですよ」
「解ってるだけに…ね」

真子は、病院の建物を見上げる。
そこは、病院の屋上。
二人の男の姿が見えていた。




屋上

「…感づいていたか…」

屋上から、真子とくまはちの散歩姿を見つめていた真北とまさ。
真北が、自分たちを見上げる真子を見つめ、笑顔を向けた。
真子は、手を振りながら、病室に戻るという仕草をして、玄関へ向かって歩いていった。

「ライと過ごすことで、普通の暮らし…楽しめるのかな」

真北が呟いた。

「世界的有名人。そんな有名人と過ごしていたら、お嬢様が大変ですよ。
 普通の暮らしになりませんよ。…それでも、よろしいんですか?」

真北は、フェンスにもたれかかり、ポケットに手を突っ込みながら、口を尖らせる。

「笑顔…輝くんだもんなぁ〜」

ボソッと言う真北だった。

「お嬢様が、心を開いてお付き合いなさる方なら、安心ですよ。
 だけど、真北さん…」
「ん?」
「私としては、ライのことは、気になります。あの口調、目…。
 しかし、優雅が調べた結果が、あれですから…納得いきませんよ」
「まさ…お前は、天地山に戻れ。…真子ちゃんの付き添いとか言いながら、
 本当は、ライを目の前にして、肌で判断しようと思っていたんだろ?
 どうや?」

真北は、まさを下から睨み付ける。

「…その通りですよ。だから、店長を連れてきたんです」

真北は、ため息を付く。

「お前だけは、昔に戻らないように、気を使っているんだがな…。
 今回は、本当に、悪かった。俺としたことが…」
「そうですね。真北さん…あなたらしくない…。って、周りは思うんでしょうね。
 それが、本当の真北さんなのに。冷静沈着。…それは、見かけだって…ね」

まさは、微笑んでいた。

「お前だけや。すぐに、本当の俺を見破ったのは。橋が知っているのは、
 長年付き合っていたからや」
「身に付いた性ですよ。…明日、帰る予定です」
「いつも通りに、過ごせよ。絶対に、手を付けるな」

真北は、いつになく、真剣な眼差しでまさに言った。
その眼差しは、まさを説得した時よりも、更に真剣…。

やはり、気になさってるんですね。

「……敵に潜り込む…ってことだよ」

真北は小声で言い、背伸びをした。

「さてと。今日はどうする?」
「ホテルにします。毎日、お嬢様の自宅で泊まってしまうと、
 帰れなくなりますよ」
「お前の愛する天地山以上…だからなぁ」
「真北さん、お世話になりました。…とても素敵な日々でしたよ」
「お礼なら…真子ちゃんに…な」

真北は、素敵な微笑みをまさに向ける。

「えぇ」

まさも、真北に負けないくらいの微笑みをしていた。
そして、二人は、真子の病室へ向かって歩き出した。





次の日。
くまはちは、一人で、庭を歩いていた。
散歩というより、ジョギングに近い速さ……。
真子は、見舞いに来たAYAMA社の駿河と八太が持ってきた試作品を検討していた。
橋総合病院の駐車場に、一台の車が停まる。
後部座席から、でっかいバラの花束を手に持った男が降りてきた。

「ライ様、お時間はあまりありませんので、早く御願いしますよ」
「息抜きさせろよ。真子の笑顔を見て、約束してくるだけだから、
 すぐに戻るよ。スタジオ入りは、30分遅れるって連絡しててくれよ」
「かしこまりました。お気をつけて」
「ここは、安全さ」

ライは、ニヤリと笑って、車のドアを閉め、病院の建物へ向かって歩き出す。
ふと、何かが気になったのか、庭の方に向かって歩き出す。
くまはちが、体を動かしているのを見つけ、そっと近づく。

サッ!!

くまはちの蹴りが、ライの顔の真横に飛ぶ。

「ライ…何の真似だ?」

くまはちは、鋭い眼差しでライを睨みながら、足を下ろす。

「重体だとお聞きしましたよ。なのに、そこまで鋭く動くとは…。
 流石、真子のボディーガードですね」

くまはちは、ライをじっくりと見る。

「日本語、上手いじゃねぇかよ…」
「真子と別れる時に言われたのでね、練習しました。まだ、至らないところが
 多いですが、合格でしょう?」

ライは、素敵な笑みをくまはちに向けた。

「で、何か用なのか?」
「真子にデートの申込みですよ。では」

ライは、きびすを返して、建物へ入っていく。
ドアを閉めるとき、くまはちに振り返り、ウインクした。

「何もするな…か。したくても、今の俺には、無理だよ…。
 格闘できないんだ…。組長、申し訳ございません…」

くまはちは、真子の病室の方向へ深々と頭を下げる。
気を取り直して、再び、体力づくりに入るくまはちだった。




真子の病室。
駿河と八太が、笑顔で真子の病室から出てきた。
二人の姿が、廊下の先に消えたと同時に、廊下のソファに座っていたライが立ち上がり、真子の病室へ入っていった。

「ハロー! 真子! 襲われたと聞いて、居ても経ってもいられなかったですよぉ。
 調子はどうですか!」
「ライさん! 元気にしてた?」
「はぁい。私は、元気ですよ」

ライは、病室に入るやいなや、元気良く真子に挨拶をして、持っていたバラの花束を真子へ手渡した。
真子は、驚いたような、嬉しいような表情で花束を受け取った。

「わぁ〜、ありがとう。綺麗ぃ〜。…心配掛けて、ごめんなさい」
「橋先生に会って、真子のこと詳しく聞いてきました。
 明後日、退院と聞きましたよ。おめでとう」
「…ライさん。日本語、上手くなったやん」
「真子と約束しましたから。頑張りましたよ」

ライは、素晴らしい笑顔を真子に向けていた。

「真子、退院したら、一緒に食事しませんか? 退院祝いというのでしたか?
 日本語では」
「そうだよ。…いいよぉ。そんなの…」

真子は、少し照れていた。

「今、宿泊してるホテルに素敵なところあるのね。むかいんさんには、
 負けるけど、そこで、二人っきりでお食事しませんか?」
「…ライさん。それって、デートの誘いみたいだけど…」
「その通りです。真子に逢いたくて、急いで仕事を片づけて日本に来たのですから。
 お願いします」
「二人っきりですか…?」

真子は、何故か煮え切らない様子だった。
そこへ、真北とまさが、やって来た。

「こんにちは。真北さん。真子、帰ってきてよかったですね」
「ライ。仕事忙しいだろうに…。真子ちゃんの見舞いに?」

真北が言った。

「はいぃ。真子の元気な顔を見て、安心しました。そこで、真子の保護者の
 真北さんにお願いあります」
「なんでしょう」
「真子が退院したら、私と二人で食事いいですか? 退院祝いね」
「退院祝い…。構いませんよ。でも、あまり無茶させないで下さいね。
 退院しても、体力はまだでしょうから」

真北は即答した。

「ありがとうございます。真子、AYビルに迎えに行きます。
 時間は、後で連絡します。では、また!」

ライは、矢継ぎ早にそう言って、病室を出ていった。

「…ライさん!!なんだったんだろ…」

真子は、ライの行動についていけない様子…。
ふと、まさに目をやった。

「まささん、どうしたの?」

まさの醸し出す雰囲気が気になった。
やくざな雰囲気…。

「あいつが、ライ…ですか…。得体の知れない奴ですね」
「まさ…お前まで…。大丈夫だよ。ライは、不思議な感じを醸し出すけど、
 真子ちゃんが、警戒しない唯一の他人だから」
「そのようなんですけど…」

真北の言葉に疑問を持つまさは、真北の目を見た。

ここでは、何も言うな。

真北の目は、そう語っていた。

「まささぁん、まだ、そんなこと言ってるの? 大丈夫だよ!」

真子は、笑顔で言った。
その笑顔を観て、安心したのか、まさは、優しさ溢れる表情で、真子に言った。

「お嬢様、決して、無茶しないでくださいね」
「ありがとう。それで……もう、帰るの?」
「えぇ。これ以上、天地山を留守にできませんから。お嬢様、また、来て下さいね。
 楽しみに待ってますから。次は、元気なお姿で…」
「はぁい。今度こそ、まささんに心配掛けないようにするからね!」

まさと真子は、微笑み合っていた。
二人の醸し出す雰囲気は、とても温かく、優しかった。

まさの本来の姿だな…。

二人を見つめる真北は、安心したように微笑んでいた。



ライが、駐車場へ戻ってきた。カイトは、車から降り、ライを丁重に迎えた。
車に乗る二人。カイトは、車を発車させ、橋総合病院を出ていった。

「真北が、すんなりOKを出したよ」
「驚きですね」
「真子と過ごす時間を増やす。…例のこと、頼むぞ」
「久しぶりですから、忘れているかもしれませんよ」
「謙遜するな。俺より、俺らしいだろう? 俺の影武者として過ごす時間の方が
 多いくせに、忘れることは、ないだろが。…俺の方が、俺を忘れているよ」
「そうですね。…真子様に興味を持ち始めてから…ライ様は何か変わられました」
「…あの笑顔が、そうさせるんだろうな。あれ以来、この手を血で染めてない…。
 俺らしく…ないか…」
「私には、そう感じられますよ」

ライは、自分の手を見つめていた。

「真子を手に入れたら、…血を見ないで過ごせるのかな…」

ライは呟いた。
少し寂しそうな表情をしているライを、ルームミラーで見つめるカイト。

「それと、例の男…優雅という裏情報通の男ですが、ライ様の事を調べていた
 過程は、真子様に繋がりました」
「真子…が、言ったのか?」

少し焦ったような表情をするライ。

「いいえ。真子様が、訪れておられた天地山にある天地山ホテルの支配人です」
「真子の手当てと心の傷を治した男か…。俺を見かけて、気になったんだろうな」
「それで、優雅という人物ですが、…アルファのようになさいますか?」
「…既にしたんだろ?」
「仕掛けたのですが、奴も相当な腕を持つようで、姿を消したそうです」
「もういい」
「えっ?」

ライは、窓の外を流れる景色を見つめていた。

「裏の事は、真子に知られていないよ。…真北が警戒しないからな…」
「御意。連絡しておきます」
「カイト…」
「はい」
「……スケジュール、キャンセルしろ。真子とのデートの時は、お前は別のことを
 してもらいたい」

ライは、淡々と言った。

「では、例の作戦…開始ですか?」
「……あぁ」

静かに応えるライだった。



(2006.8.11 第五部 第十二話 UP)



Next story (第五部 第十三話)



組員サイド任侠物語〜「第五部 心と絆」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.