任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十三話 素直になれ!

真子が退院の日。
玄関先には、やっとこさ退院できて嬉しい表情満面の真子と、見送りに来た橋、迎えに来たまさちん、そして、未だに退院許可が下りないくまはちが立っていた。

「ほな、くまはち、お先ぃ〜っ!!」
「私もすぐに退院致しますよ」
「まだ、駄目だよね、橋先生!」
「そうやで。真子ちゃんは、AYAMAに精を出すんやしな、
 くまはちは、必要ないやろ」

橋の言葉に、くまはちは、怒りを覚えるどころか、寂しそうな表情をしてしまう。
真子は、くまはちの表情が気になったのか、橋をギロリと睨み付けた。

「普通の暮らしにボディーガードは、いらんってことや。気にすんな」
「橋先生…ほんっっっとに、言葉には気を付けて下さいね」
「…すみません…」

真子の五代目の威厳に思わず、丁寧に謝る橋だった。

「でも、くまはち」
「はい」
「橋先生の言うことは絶対に聞くように。わかった?」
「はっ」

くまはちは、深々と頭を下げる。

「橋先生、よろしくね!」
「任せておけって。あっ、そや、くまはち、御願いがあるんやろ?」
「はい」
「御願い??」
「組長、ぺんこうの予定は、どうなっているんでしょうか」
「確か、期末テストの時期だから、忙しいんとちゃうかなぁ」
「そうですか…なら、無理ですね」

真子は、くまはちの言葉に首を傾げる。そして、何かに気が付いた。

「それやったら、ぺんこうに頼んでおくよ、くまはち。確か、
 ぺんこうの時は、くまはちが、相手したんよな」
「は、はぁ…って、組長…まさか…」
「読まなくても、解るよ、くまはちの考え」
「あ、はぁ…ありがとうございます。では、御願いします」

橋は、真子とくまはちのやり取りを見て、関心していた。

「つーかーの仲やな」

橋は呟いた。
そして、橋とくまはちに見送られながら、真子とまさちんは、橋総合病院を去っていった。

「これで、ええんか?」
「はい。ありがとうございます」
「ったく、真子ちゃんを騙してまで行動するとどうなるか、解っとるやろ」
「えぇ。しかし、ライの行動、気になりますから。それに、例のことも
 気になります」

くまはちの表情は、真子の前で見せる表情とはうって変わって、その世界に生きる男の表情になっていた。
橋は、呆れたように、くまはちを見つめ、ため息を付く。

「真北も真北や。いつかきっと、真子ちゃんに何も言ってもらえなくなるで。
 くまはちからも、そう言っとけよ」
「私から言わなくても、真北さんは、解ってますよ。…組長とのつき合いは、
 一番長いんですから」

真子の事を語るくまはちの表情は、とてもやわらかく、温かい…。

「…ライと、退院祝いと称してデートか。…一波乱ありそうやな」
「大丈夫ですよ。組長の笑顔で…ライの企みも、崩れますよ」
「えらい自信やな」

くまはちは、橋の言葉に、微笑んでいた。





AYビル・一階ロビーに、真子とまさちんが、やって来た。

「真子ぉ!」
「ライさぁん!!」

かなり待っていた様子のライと少し着飾った真子は、お互い手を振り合っていた。

「では、まさちんさん。行ってきます。約束の時間には、
 帰ってきますので。ご安心下さい」

まさちんは、なぜか、ライを睨んでいる…。
そんなまさちんの脇腹に手をそっと伸ばす真子。

「く、組長!!」
「ったくぅ。なんで、ライさんを睨んでるんよぉ。大丈夫だから。ね!」

真子は、とびっきりの笑顔をまさちんに向けていた。
まさちんは、真子の笑顔に、心が和んだのか、優しい笑顔を真子に向け、

「組長、思いっきり楽しんで来て下さいね」

そう言った。

「うん」
「ライ、宜しく頼みます」
「まっかせなさい!」

ライは、まさちんにウインクをして、巧みに真子の肩に手を回し、ロビーを去っていった。
二人を見送るまさちんの表情が、引きつっているのは、言うまでもない……。




「…って、気になるんやったら、笑顔で見送るなよ」
「…しゃぁないやろぉ、組長のあの笑顔を観てしまったら、
 哀しい顔にさせたくなかったんや」
「そうかぁ。で、これからも、お前が…か?」

AYビル会議室。
幹部会が終わり、須藤達が雑談を始めていた。

「で、くまはちの復帰はいつや?」
「さぁ…。橋先生の許可が下りない様子です」
「そうか…」

須藤達は、くまはちが、未だに復帰できないことを気にしていた。

それ程まで重傷だったとは…。

しかし……。


橋総合病院のトレーニング室を覗いている入院患者や医者、看護婦達。
その表情は、ハラハラドキドキ……。
中では、一体、何が起こっているのか…。

「くまはちぃ〜、まだまだ、あまい…。ふざけてるんか?」

くまはちの腹部に誰かの拳が炸裂。
それをことごとく受け止めるくまはち。

「…真剣や。そういう、ぺんこうこそ、…手ぇ〜抜いてるやろ?」

ぺんこうの腹部に蹴りが炸裂。
それをすべて避けるぺんこう。
ぺんこうの拳とくまはちの蹴りがぶつかる。

「いきなり本気だと、お前の調子がわからんやろ…?」
「できれば、本気で…その方が、勘も取り戻せる…」
「そうか…。ほな、本気や…」

そう口にした途端、ぺんこうのオーラが変化した。
体中に何かが漲っていく。そして、近寄りがたいオーラが体から発せられた。
本気になったぺんこうの拳と蹴りが、目にも留まらぬ速さでくまはちを攻撃する。
くまはちは、受け止めることが出来ず、まともに体にぶち当たっていた。

「おら、どうした、あ?」

ぺんこうの回し蹴りが、くまはちの背中へ見事に決まった。

「くっ…」

くまはちは、勢いで床を滑って、壁にぶつかった。
ぺんこうは、そんなくまはちに容赦ない蹴りを見舞う。
そして、胸ぐらを掴みあげ、腹部に膝蹴りを…。

「!!!!」

くまはちは、ぺんこうの膝蹴りを右手の平で受け止めていた。
その右手で、ぺんこうの鳩尾にひじ鉄を見舞う。
もちろん、ぺんこうは、それを避けていた。
ぺんこうが避けた瞬間、くまはちの回し蹴りがぺんこうに!

ぺんこうは、くまはちの蹴りを左腕で受け止めていた。
ぺんこうの顔が、少し歪む。その表情を見た、くまはちは、ニヤリと口元をつり上げた。

「まだやで…」

ぺんこうの突き出す拳が、更にスピードを上げる。しかし、ことごとくくまはちに受け止められていた。

「ぺんこう、鈍ってきたんちゃうか?」
「…お前が鍛えすぎなだけや」
「たまには、こっちに戻ってこいよ。昔のお前は、こうじゃなかった」
「戻れないよ。それに、俺は…教師や!!!」

ぺんこうは、そう言いながら、左脚でくまはちの体を台にして、飛び上がり、体をひねって、右脚で強烈な蹴りをくまはちに見舞った。
くまはちは、台にされた時に、ぺんこうの蹴りを予測したが、あまりの速さに、まともに喰らってしまう。
ぺんこうの蹴りが、くまはちの体に決まった瞬間、見物客から、悲鳴が上がった。
ところが、蹴りをまともに喰らったはずなのに、くまはちは平気な顔をして、その場に立っていた。

「今日は、これくらいにしとこか」

ぺんこうは、服を整えながら、くまはちに言う。

「そうやな…」

くまはちも服を整える。そして、二人は、お互い一礼する。と同時に見物人が、ばらけ始めた。
その中にいた橋が、ゆっくりとトレーニング室へ入ってくる。

「離れてて、正解やな。…そこまで、激しいとは思わんかったで」

汗を拭く二人に語りかける橋は、驚いたような表情をしていた。

「そんだけ激しく動いて、仕事に支障ないんか?」
「大丈夫ですよ。思いっきり体を動かすことで、リフレッシュしますからね」

ぺんこうは、本当にリフレッシュしたようで、清々しい表情をしていた。
くまはちは、まだ、体を動かし足りないのか、トレーニングの機械を動かし始めた。

「くまはち、痛みは? ぺんこうの蹴りと拳をまともに喰らってたろ?」

橋は、くまはちに近づきながら、優しく尋ねる。

「橋先生、くまはちなら、大丈夫ですよ。そのように動かしてるくらい
 ですからね。痛みがあるようなら、動かしてませんよ」
「そら、そうか。心配せんでええか」

ぺんこうは、軽く体を動かしながら、くまはちに尋ねた。

「戻ったか?」
「あぁ。なんとかな。やっぱし、ぺんこう相手の方が、早いな」

くまはちは、微笑んでいた。

「精密検査して、結果が良かったら、退院な。道にも連絡しとくで」

橋は、そう言いながらトレーニング室を出ていった。

「ありがとうございます」

くまはちは、嬉しそうに返事をした。



AYビル・まさちんの事務室。
一点を見つめて、ボォォォォォ………っとしているまさちん。
組関係の仕事もそっちのけで、意識は何処かへ飛んでいる様子。

組長、今頃……楽しんでおられるんだろうなぁ〜。

まさちんは、時計を見た。

そろそろライに送られて戻ってくる時間か……。

まさちんは、真子を迎える準備を始める。
迎えるといっても、ビルの玄関だが…。
真子がどんな表情でライに送られてくるのかを考えているまさちん。
そこへ電話が鳴った。

「もっしぃ〜」
『ライです。すみません。真子が、気を失って倒れてしまいました』
「えっ?」
『まさちんさん、私の宿泊先まで、迎えに来て下さい。御願いします』
「あ、あぁ…わかった。すぐに向かう」

まさちんは、電話を切った途端、急いで事務室を出ていった。



AYビル地下駐車場。
まさちんは、エレベータホールから走り出し、車に飛び乗って、駐車場を勢い良く出ていく。
街の中を無謀な運転をして、真子とライが居るホテルへ向かっていくまさちん。

組長、どうか、ご無事で…!!!

真子が倒れた事で、ライが真子に何かをするのでは? と考え始めたまさちんは、いつの間にか口にしていた。




まさちんは、ライの宿泊するホテルに到着し、真子が眠る階を目指してエレベータに乗り込んでいた。
到着するやいなや、ドアが開くのを待ちきれず、間をすり抜けるように飛び出す。そして、真子が眠る部屋の前に立った。

「ライ。俺だぁ。地島。組長は??」

ドアが開き、ライが出てきた。

「組長の様子は?」
「眠っている。その前に、まさちんさんに話があります。こちらへ」
「話?」

まさちんは、不思議に思いながらも、隣のライの部屋へ入っていった。




真子が眠る部屋。
まさちんは、そっと真子に近づく。

「組長…。どうされたんですか…。今朝は、笑顔だったのに…」

まさちんは、ライと出かける真子を見送った時の事を思い出していた。
普通の暮らしを楽しんでいる時の笑顔…それは、本当に心のモヤを取り除いてしまう程、素敵だった…。
まさちんは、真子の頭をそっと撫でる。

「…竜次の…野郎……」

まさちんの周りの怒りのオーラが、現れた…。



ライは、シャワーを浴びていた。
頭の上からお湯を浴び、壁に両手をついて、何かを考えている様子。
水が滴る口元が微かに動いていた。

ま・こ・ま・こ…

そう呟いていた。その唇に指をそっと当てるライ。

「…ふっふっふっふ…はっはっはっは!!!」

ライは、突然笑い出す。


コックを勢い良く回す音が響き、水が激しく流れる音が聞こえてきた。
まさちんが、頭から冷たいシャワーを浴びていた。

「…駄目だ…」

まさちんは、壁に手をついて、シャワーの勢いを強くした。
それは、夜が明けるまで続いていた。



まさちんは、鏡の前で、体の水分を拭き、髪の毛を乾かす。
服を着た後、スーツの胸元から、何かを取りだし、それを髪に塗り、いつものように髪の毛を整えた。
壁にもたれ、自分の姿を見ながら、ため息を付く。

「…少し…寝るか…」

まさちんは、その場にしゃがみ込んで、眠り始めた。



朝九時。
まさちんは、眠る真子に歩み寄り、見つめる。
額が露わになっていた。
額にある傷にそっと触れ、唇を寄せるまさちん。そして、真子の髪の毛で額を隠した。

「組長、起きて下さい。朝ですよ」

優しく声を掛けるだけで、真子が起きるわけがない……。

「組長、帰りますよ。起きて下さい!」

少し口調を強くするが、真子は目を覚まさない。

「あのぉ〜組長ぅ〜」

まさちんは、真子を起こすために、声を掛け続ける……。





真子の自宅。
まさちんは、真子を抱きかかえたまま、真子の部屋へ入ってきた。そっとベッドに寝かしつけ、布団を掛ける。
真子は、寝返りを打った。
そのまま寝入る真子を優しい眼差しで見つめ、微笑みながら、部屋を出ていくまさちん。
ドアを閉めた後、ドアにもたれかかって、俯いた。

「一日、寝るだろうな…」

そう呟いて、自分の部屋へ入っていった。
携帯で連絡を取りながら、自宅で組関係の仕事に指示を出すまさちん。この日は、一日、家の中で過ごし、夜を迎えた。



まさちんは、リビングで、くつろいでいた。そこへ、真北が帰ってくる。

「…話って?」

リビングに入るなり、まさちんに尋ねる真北。
昼間、真北にも連絡を入れていたので、真北は、ぺんこうやむかいんよりも早く帰ってきたのだった。

「ライの…ことですよ…」

まさちんは、真北にお茶を出しながら、話を始めた。

「夕べ、手でも付けられたんか?」

真北は、ネクタイを弛め、ソファに腰を掛ける。

「ま、ま、真北さん!!」
「そんなわけないだろう。…ライがどうした?」
「あまりにも、組長に迫るのが、気になりまして…」
「ふっふっふ。いいんじゃないか? 真子ちゃんの心が和むなら」

真北は、コップに手を伸ばし、お茶を一口飲む。

「ほんと、まさちんが煎れるお茶は、いっつもおいしいな」
「ありがとうございます。…よろしいんですか?」
「ん? ライとのつき合いか?」
「はい」

真北は、暫く何も言わず、お茶を飲んでいる。

「真子ちゃんは?」
「…実は、ライの野郎、組長に、あの…竜次のことを話したそうで…」
「…竜次のこと?」
「AYビル地下駐車場、ミナミでの事件、本部の襲撃…千本松組との
 一連のこと…そして…くまはちの怪我…。全てに竜次が関わっていたと、
 ライが組長に話そうとしたそうです。その竜次の名前を
 聞いた途端、気を失ったそうですよ」

真北は、コップを置いて、息を吐く。

「…やっぱりあかんかったか…術かけること…」
「真北さん、それはもう、やめると…」
「悪かった…。真子ちゃんの為を思って、行ったことだよ」
「…いつですか?」
「…最近。黒崎邸での爆発事件の後」
「知らなかったですよ」

まさちんは、真北を睨み付ける。
真北は、目を逸らすかのように、下を向いた。

「まさか、竜次が生きていたとは思わなかったからな。
 真子ちゃんが、恐れないようにと…。しかし、すぐに解けるとはな…」

真北は、頭を抱えた。
玄関のドアが開いた音がする。
ぺんこうが帰宅した。
ぺんこうは、リビングに顔を出す。

「ただいまぁ〜帰りました」

まさちんだけかと思ったら、真北も居たことに気が付き、言葉尻を急に変えた。

「お疲れ」

真北とまさちんは、同時に言う。

「深刻な話…ですか? …その、組長への術?」

真北は、驚いた表情に変わり、まさちんは、それ以上に驚いた表情をしていた。

「…ほんとだったんですね。ったく、もうかけないと言っておきながら…」
「竜次が絡んでいたら、仕方ないだろ」
「これ以上、何も言いませんよ。では、仕事があるんで」

ぺんこうは、そう言いながらリビングを出ていった。

「解ってたんか、あいつ…」

真北は、呟いた。

「…話…続けますよ」
「ん? 悪い悪い。一連の事件に竜次が絡んでいたことをライが
 調べてたのか? …流石、顔が広いだけあるな。健でも俺でも
 そこまで、調べられなかったのになぁ」
「…ライに似た男がうろついていたという情報は?」
「確かに、その通りだったな。ライ以外の男という可能性もある」
「はい」

二人の表情は、深刻になっていく…。



ぺんこうは、部屋着に着替えた後、すぐに、鞄から何かを取りだし、仕事を始めた。



真子が目を覚ました。

「…家???」

真子は、自分が自宅の部屋のベッドに寝ていたことに驚き、飛び起きた。

「まさちん?」

真子は、部屋を出ていった。
ぺんこうの部屋の前を通り、階下へ降り、リビングに歩み寄る。
ドアノブに伸ばす手が停まった。
リビングでは、真北とまさちんが深刻な表情をして話をしていた。
息を殺して、中の様子を伺った真子は、自分の事を話しているだろうと思い、そっとその場を去っていく。
階段を上り、ぺんこうの部屋の前に来た真子は歩みを停めた。



ぺんこうは、テストの採点をしていた。
部屋の前に誰かが立ったことに気が付き、手を止める。

『ぺんこう、今、いいかな…』

真子の声だった。
ぺんこうは、立ち上がり、ドアを開ける。
そこには、真子が、寂しそうな感じで立っていた。

「どうぞ」

ぺんこうは、優しく真子を招き入れる。真子は、ゆっくりとぺんこうの部屋へ入ってきた。
ぺんこうは、ドアにそっと鍵を掛け、ベッドの上に座る真子を見つめた。

「…襲いますよ」

真子は、何も言わなかった。

これは、ほんとに、深刻だな…。

ぺんこうは、真子の隣に腰を掛ける。
その途端、真子は、ぺんこうに抱きついた。

「!!!!」

く、組長?!?

「どうしよぉ〜」

真子の声は、ぺんこうの胸でこもっていた。

「何が遭ったんですか? …確か、ライさんと復帰祝いと称して
 デートだったはずですよ? そして、倒れたということで、
 まさちんが、迎えに行ったのでは?」
「…ライさん…私のこと、好きだと言ったの」
「モテモテですね」

心を軽くさせようとしたぺんこうの言葉は、空振りだった。

「組長、何をそんなに落ち込むことがあるんですか?」
「……ふ……ふたまた……」

真子は、ぺんこうに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、素早く言った。
その言葉は、ぺんこうには、聞こえていた様子。笑っていた。

「笑い事ちゃうよぉ。…私が、まさちんの事、好きだって
 知ってる癖にぃ〜」

真子は、ふくれっ面。

「あんな危険な男よりも、優しいライさんの方が、いいと思いますよ」
「…みんなが、怪しいと言ってるのに?」
「組長は、そう思っておられないのでしょう?」
「うん…。湖……楽しかったもん。…ライさんって、素敵なことばかり…
 私の心が、和らぐことばかり考えてくれるんだもん」
「組長のこと、本当に好きなんですね。組長のことばかりを
 考えておられるのでしょうね」

ぺんこうは、優しく微笑んでいた。
真子は、ぺんこうの微笑みを見て、更に複雑な気持ちになっていく…。
真子は、ベッドに仰向けになって寝転んだ。

「あがぁ〜〜!!!」

突然の雄叫びに驚くぺんこう。

「…私もですよ」

ぺんこうは、そう言って、真子と同じように寝転んだ。

私も、組長のことばかり考えてます。

二人は、暫く天井を見つめていた。

「いつもありがとね」
「どういたしまして」

二人は、顔を見合わせて、笑う。

「襲いますよぉ」
「いいよぉ〜」

ぺんこうは、真子の上に四つん這いになろうと体を動かすが、真子は、素早く避け、ベッドの隅に座る。

「ざぁんねん!!」

真子は、悪戯っ子のように言った。

「それくらい、解ってましたよぉ!」

ぺんこうは、真子の腕を掴む。
真子は、それを見事に返した。



リビング。
二階から、ドタドタと聞こえてきたことに、深刻な話をしていた真北とまさちんは、上を見上げる。
静かになった。
真北は、何か嫌な事が脳裏に過ぎった。

「…後は、俺に任せとけ。無茶はすんなよ」
「はい」

真北は、まさちんに静かに言って、リビングを出ていった。



ぺんこうの部屋・ベッドの上。
ぺんこうは、真子の肩を掴んで、ベッドに押し倒し、真子の上に四つん這いになった。

「負けですよ」
「まだまだぁ〜!」

そう言った真子だったが、それ以上動こうとしなかった。
暫く見つめ合う二人。
ぺんこうの顔が、真子の顔に近づいていく。
真子は、自然と目を瞑った。
ぺんこうの唇が、真子の唇に触れる。
真子の体の力がフッと抜けた。

「下に、真北さん…居ますよ…」

ぺんこうが、真子の唇に触れながら言う。

「気にせぇへん…」

真子は、腕をぺんこうの背中に回し、唇を寄せる。
ぺんこうの手が、真子の胸元に伸び……。

ガン!!!

いきなり、ドアを殴る音が部屋に響き渡る。
二人は、その音に反応するように起き上がった。
真子は、慌てて服のボタンを閉める。

「…鍵…閉めたん?」
「当たり前です。二人っきりの邪魔をされたくありませんからね」

ドアの外から感じられる恐ろしい気。その気は、暫くすると、消えていった。
二人は、ため息を付く。

「やはり、二人っきりの時にしましょう」
「そだね」
「…組長、本当は、誰が好きなんですか? 私の行為に抵抗しないなんて、
 その気にさせてしまうのと同じですよ」
「あかんの?」
「駄目ですよ。もう無茶しないって仰ったではありませんか」
「…手ぇ出さへんって言ったのは、誰?」

ぺんこうは、真子の言葉に、ドキッとし、ゆっくりと自分を指差した。

「私の気持ち、御存知でしょう? …真北さんが来なければ、
 そのまま、抱いてましたよ。感情を止められずに」
「いつでも、いいよ」
「ったく……」

ぺんこうは、どう言っていいか解らず、頭を抱え込む。

「ふたまたですか?」

ぺんこうは、その場の雰囲気を変えるように言った。

「…わかんない…。まさちん…唇寄せただけで、手を止めた」
「止めた?」
「うん…その…これ…」

真子は、前髪を掻き上げた。
弾痕。
ぺんこうは、掻き上げた真子の髪の毛をそっと下ろす。

「気になるんでしょうね。…私もですよ」

水木のこと…。

「ですが、私は、いつまでも落ち込んでいられませんから。…こうして、
 組長が悩んだ時や落ち込んだ時に、しっかりと力を差し上げる為に…」

真子は、膝を抱える。

「まさちんは、本気ですよ」

ぺんこうが言った。

「えっ?」
「本気で組長に惚れてますよ。ですが、組長と組員の関係ですからね。
 まず第一にそれを考えるんでしょう」
「う〜ん…」

真子は、膝に顔を埋める。そんな真子の仕草を見て、優しく微笑むぺんこうは、そっと真子の頭を撫でていた。

「…ありがと…もう少し…考える」
「無茶はしないで下さいね」
「うん。ほな、ごめんね、こんな時間に」
「いつでもいいですよ!」

真子は、ぺんこうの頬に軽く口づけをした後、ベッドから飛び降り、ぺんこうの部屋を出ていった。真子の足音は、階下へと降りていく。
ぺんこうは、ため息を付き、ゆっくりとドアに目をやった。
そこには、真北が立っていた。
手には、銃を持っている。
その銃口はゆっくりとぺんこうに向けられた。

「…俺、言ったよな…。真子ちゃんに口づけするな…と。
 手を付けるな…となぁ」
「忘れましたね」
「次は、撃つ…って言っただろ?」
「言いましたか?」
「物忘れ…激しくなったなぁ。真子ちゃんを抱いたからか?」

ぺんこうは、ゆっくりと真北に歩み寄り、銃口に手の平を当てる。

「…まさちんに言った事…そして、今…。どうされました?」

真剣な眼差しで真北を見つめるぺんこう。
真北は、ぺんこうの目を見て、銃を下ろした。
ぺんこうは、ホッと一息つく。

「撃てるわけないだろ…」

真北は、そう言いながら、ベッドに歩み寄り腰を下ろした。項垂れ、手にした銃を触りながら、口を尖らせる。

「ほんとに、かっさらってくれよ…」

ぺんこうは、ドアを閉め、腕を組みながらもたれかかる。
真北は、目だけをぺんこうに向けた。

「慶造さんがあなたに言ったことと同じこと言わないでくださいよ。
 もし、そうして、あの日の繰り返しになったらどうするんですか?」
「…ぺんこう、その気か?」

ぺんこうは、唇の端を少しだけつり上げる。
真北は、ぺんこうの表情を見て、ため息を付きながら、ベッドに寝転んだ。

「もう、あの日の繰り返しは、ないさ…」
「あなたが、無茶をしそうだから」
「芯…」

真北は、ぺんこうの言葉に驚いたように顔を起こし、ぺんこうを見つめた。
ぺんこうの眼差しは、すごく、切なかった。



真子は、台所でオレンジジュースを一口飲んだ後、リビングの灯りが気になり、入っていった。
誰も居ない。
しかし、庭に通じる窓が開いているのか、カーテンがそよそよと揺れていた。
真子は、カーテンをそっと開け、庭を見る。



庭の芝生の上で寝転ぶまさちん。もちろん、口には、細くて、煙が上るものがくわえられていた。
それが、そっと取り上げられる。

「!!!!…組長」

寝転ぶまさちんがくわえるタバコを取り上げ、手にしたまま、座り込んでいる真子。
まさちんは、真子の目を見て、慌てて座る。

「すみません」

真子は、手にしているタバコを見つめていた。

「そんなに、気が紛れるん?」
「はい」
「私も気が紛れるかなぁ」

そう言って、真子は、口にタバコを運ぶ…その手をまさちんが止め、真子の手から、タバコを取り上げた。

「駄目ですよ」
「いいやん。吸っても」
「体に悪いですから、駄目です!」
「吸える年齢やろぉ」
「それでも、やめてください。組長には似合いません」

まさちんは、胸ポケットに入れている携帯用灰皿を取りだし、そこでもみ消した。

「…似合わない?」
「はい」
「…だったら、私が、大人の世界に染まるのも…似合わないかな…」
「組長?」

真子は、地べたにぺったりと座り込み、俯き加減になり、ゆっくりと口を開いた。

「酒は覚えた。男はもう少しだとして…たばこを知らない極道なんて
 珍しい…とことんまで、汚れてみるか…」
「組長? どうされたんですか?」

まさちんは、真子の言葉に驚く。
真子は、ちらりとまさちんを見た。

「水木さんがね…私に言ったの」
「あのやろぉ〜、殴り蹴り倒すだけじゃあかんかったか…」

ボカッ!

真子がまさちんの頭を叩いていた。
まさちんは、真子に叩かれた場所に手を当てながら、ふくれっ面になる。

「吸わないよぉ。嫌いだもん。まさちんが、どんな反応をするのかなって
 思ってね。…からかってみた」
「組長ぅ〜」
「水木さんの言葉は本当だけどね」
「そんなに無邪気な顔で言うことではありませんよ!」

まさちんは、真子の頭を撫でていた。

「何してたん?」

その手を抑えながら真子が尋ねた。

「星…見てました」
「見えるん?」
「天地山ほどではありませんけど、見えますよ」

まさちんは、寝転んだ。
真子は、まさちんとは反対の方に足を投げ出し、同じように寝転ぶ。
真子の右肩とまさちんの右肩が触れ合っていた。

「ほんとだ。…なんだか、小さく感じるね。天地山では、
 大きかったのに」
「それだけ、空から離れているんですよ」
「そっか」

二人は、何も言わず、星を眺めていた。



ぺんこうの部屋
ぺんこうは、窓際に歩み寄った。そして、カーテンの隙間から階下に観える庭を見つめる。

「25年経った。もうすぐ26になる。その間、色々とありすぎた。
 真子ちゃんの幸せばかり考えて、お前のことを考えなかった。
 そのことで、お前があのような行動に出たのも、解る…だけどな…」
「解ってませんよ」

ぺんこうは、真北の言葉を遮るように言った。

「あなたは、何も解っていない。解ったようなフリをしてるだけです。
 私のことも、組長のことも…そして、慶造さんやちさとさんの事も…」
「ぺんこう、てめぇ〜」

真北は、起きあがり、ぺんこうに歩み寄って胸ぐらを掴みあげた。
その手を掴むぺんこうは、真北を思いっきり睨み付ける。
その眼差しは先程の切なさが全くなく、怒りそのものだった。

「慶造さんが、どんな思いであなたに組長を任せていたのか、
 ちさとさんが、どんな気持ちで、あなたを心配していたのか…。
 そのちさとさんの気持ちが、そのまま組長に受け継がれて…
 そして、組長が、どんな思いをして、過ごしているのか…。
 すべて、解っておられるのですか?」

怒りを抑えながら、ぺんこうが言う。

「普通の暮らし…俺の心配事、俺に無茶して欲しくない。
 俺には、俺の思うように生きて欲しい…。そして、(お前は)
 俺に対する恨み…だろ?」
「その通りですよ。私の気持ちまで、解っておられるのでしたら、
 なぜ、組長に…」
「普通の暮らしも、今は危険だからな。真子ちゃんが望む平凡な暮らし。
 まさか、AYAMAでも、襲われるとは思わなかったよ」

真北は、ぺんこうから手を離した。

「それで、まさちんと殴り合っても、まだ、組長にはこの世界で、
 …この…血を見ることでしか、解決できない世界で生きろ…と?」
「…だから、お前に、かっさらってもらいたいんだよ」
「無茶ですよ」

ぺんこうは、静かに応え、そして、自分の手を見つめる。

「…私のこの手は、血で汚れてますから。今は教師ですが、
 その昔は…あなたも御存知の通り、日本刀を振り回して
 血を見ていた恐ろしい男ですよ。…そんな私に組長を…」
「お前だから、言ってるんだよ。俺より、短い期間だろ? 俺は、
 この世界で生きて25年以上だ。真子ちゃんが生まれる前から…な」
「それは、あなたの仕事上…」
「表向きはな。…だけど、俺も、この世界で生きていくことが、
 いつの間にか快感になっている。今もだ」

真北の言葉に、ぺんこうは何も言えなかった。
暫く沈黙が流れる。
ぺんこうは、カーテンの隙間から外を見た。

「真北さん…。庭の二人を見て、どう思われますか?」

真北もそれにつられるように外を見た。
庭では、真子とまさちんが、まるで恋人のように、寝転び、楽しそうに会話をしていた。
その姿は、巨大組織を束ねる組長とその組長を守る組員には見えなかった。

「どの世界で生きようと、組長の心が和むのなら、組長が
 思うがまま…生きて頂く方がよろしいんですよ。私の出番なんて、
 勇気を分けて欲しい時か、相談事くらいです。あの笑顔を見せるのは
 私でも、あなたでもない。まさちんだけなんです。なぜ、あの
 まさちんが…そう思うと、私は、いつの間にか嫉妬してますけどね」

ぺんこうは、庭の二人から目を背けた。真北は、まだ、見つめていた。

「あの場所で、お前に逢わなければ、俺は、真子ちゃんを連れて、
 お前の前に行くつもりだった。あの日は、最後の晩餐だったんだよ」

真北は遠い昔を思い出したように語り出した。

「慶造が、俺に真子ちゃんを預けるつもりだった。ちさとさんが
 亡くなったあの事件の日、諦めたこと…。慶造は、先のことを
 考えて、俺に託すと言ったんだ。…何が…狂ったんだ?」

真北の声は震えていた。



庭では、真子が腹這いになって、手で顎を支えながら、まさちんを見つめていた。

「ねぇ、私が、ライさんを選んだら、どうする?」
「組長が、その気なら、私は、二人の幸せを見守りますよ」
「本気?」

真子は、真剣な眼差しで、まさちんに尋ねた。

「組長は、組長の思うように過ごして下さい」
「取り返そうとしないん?」
「…してもよろしいんですか?」

真子は、まさちんの頭をはたく。

「自分の気持ちに正直になりなさい」

この辺りに、『親』が出る。

「選んで欲しくありませんね。ライに負けないくらい、素敵な時間を
 組長に過ごしていただけるように、頑張りますよ。…今まで…
 13年以上、そうして過ごしてきたんですから。真北さんや
 ぺんこう、むかいん、くまはちのようには、いきませんが、私は
 私なりに、組長の心の支えになっていく自信はあります。
 組長を思う気持ちは…誰にも負けません」

まさちんは、最後の言葉を力強く言った。

「まさちん…」

真子は、まさちんの言葉に照れていた。暗がりで見にくかったが、頬を赤らめていた。

「…だから、吸っていたんですよぉ。このままだと、本当に
 組長を抱いてしまいそうで…」
「あのまま、抱かれても良かったのに」
「組長…」
「私、飛んでいっちゃうよぉ〜」

まさちんは、慌てて起き上がり、真子を見つめる。
真子は、悪戯っ子のように微笑んでいた。
まさちんは、素早く真子に手を伸ばし、抱きしめながら、寝転んだ。
真子を自分の上に乗せたまま、強く抱きしめるまさちん。
真子の顔は、まさちんの胸の上で、横を向く。

「心臓の音…早いよ」
「ドキドキしてますから」
「覗いてる真北さんに怒られると思ってる?」
「ぺんこうのように、銃を向けられそうですね」

ぺんこうの部屋での一悶着に気付いていた様子。
いや、真北がリビングを出るときに、懐に手を入れた事に気付いていた。

「大丈夫だって。真北さんは、私に一途だもん」
「そうですね。まず第一に発する言葉は、組長のことですから。
 昔っから、変わりませんね。組長が大人になっても…。
 あいつと一夜を共に過ごしても…」
「怒った?」

真子は、まさちんを見つめる。

「哀しかったですね。俺よりもあいつへの気持ちが一番だと思って…」
「ふふふ」

真子は、笑っているだけだった。

まさちんが、一番だよぉ〜。

真子は、敢えて言わなかったが、まさちんが力強く抱きしめたことで、まさちんの気持ちが伝わってきたのか、

「愛してる…」

そっと呟いた……が、まさちんには、聞こえていなかった。

「ちょ、ちょっと、まさちん、このまま寝たら、体壊すよ!!
 ったくぅ、今年になってから、まさちん、寝入りすぎぃ〜!!
 まさちん? まさちぃぃぃん??」

真子の呼びかけにも応えないまさちん。本当に熟睡した様子。

「ま、いいか」

真子は、再びまさちんの胸に耳を当てて、心音を聴く。
ゆっくりとしたリズム。
それが、なぜか、心地よかった。
真子は、自然と微笑んでいた。



(2006.8.12 第五部 第十三話 UP)



Next story (第五部 第十四話)



組員サイド任侠物語〜「第五部 心と絆」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.