任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十五話 それぞれの思惑

橋総合病院・トレーニングルーム
この日も二度目の閉鎖。
閉鎖されたルームを窓越しに見つめる患者や医者、看護婦達。それぞれが見つめる先…。
そこでは、今日も、目にも留まらぬ速さで、体を鍛える男が二人。
一人の男。髪は茶髪で、真面目そうな感じがする。しかし、眼差しは鋭く、差し出す拳は、目に見えない。
そして、高く掲げる脚から、送り出される蹴り。目を凝らして見ると、上下に何度も蹴り出されていた。
そんな男の相手をしている、もう一人の男。
前髪は、立ち上がり、二枚目の顔立ちだが、こちらも鋭い眼光。
スキもなく、相手の男が繰り出す拳や蹴りを、いとも簡単に受け止めたり、避けたり…。時には、相手の男よりも、鋭いパンチや蹴りを差し向ける。

仕事が休みに入り、体を動かし足りないぺんこうと、大怪我からの体力回復の為のトレーニングをしているくまはちが、この日もトレーニングルームを貸し切って、体を動かしていた。
一日に三度貸し切って、このように、格闘しているのだった。
くまはちが、ぺんこうの肩に手を置いて、ぺんこうを乗り越えるように飛び、素早くぺんこうの背後を取った。背後を取られたぺんこうは、振り向きざまにひじ鉄を食らわそうとしたが、くまはちは素早くしゃがみ込み、ぺんこうの腹部に強烈な拳を見舞った。

「!!!!!」

ぺんこうの体が、勢いついて、壁に飛んでいく。背中から壁にぶつかり、そして、壁を沿うように床にずり落ちた。
一息つくくまはち。ぺんこうは、腹部を押さえながら、立ち上がる。

「あのなぁ、本気になるなよな」
「ふん。お前が、鈍ってるだけやろ」
「なんか、腹立つぅ〜」

そう言った途端、ぺんこうは飛び上がり、くまはちに跳び蹴り。

ガシッ!!!

くまはちは、見事に受け止めた。
片足を抱えられているぺんこうは、もう片方の脚で、くまはちの腹部に膝蹴り。その勢いと強さは、くまはちの想像を超えていたのか、ぺんこうの脚を放してしまった。二人はバランスを崩して、同時に座り込む。

「で、その後はどうなんや?」

くまはちは、話を切り替えた。

「谷川さんが、狙われたらしい。軽傷で済んだとさ。それで、今日、
 緊急幹部会だよ」

ぺんこうは、立ち上がり、くまはちに手を差し出す。

「そうか。…組長も、参加か?」
「そのようだな」

くまはちは、立ち上がり、体を解す。

「ったく、情報収集するの、やめとけ。ぺんこうは、関係ないやろが」
「身についてるもんやから、しゃぁないやろ。それに、健の奴、喫茶店に
 行くたびに、そうやって教えてくるんやから、しゃぁないやん」
「健の野郎、俺や真北さんだけでなく、組長やお前、まさちんと個別に情報を
 流すのん、ええかげんにやめとかんと、いつか、血ぃ見るどぉ」
「見ないよ」

ぺんこうが静かに言った。そこへ、橋先生登場。

「終わったんか?」
「まだですよ」

くまはちとぺんこうは、同時に応える。

「あの、その…なんだな…。これ」

橋は、一枚の紙切れを差し出した。
退院許可書。
くまはちは、紙切れに書かれている五文字を見た途端、奪うように許可書を手に取る。

「これ以上、ここで暴れられたら、ほんまに困るで」
「いや、その暴れてるわけでは…」
「体力回復には、一番かと思ったんですが…」

ぺんこうとくまはちは、静かに応える。

「ここまで、激しくなっていくとは思ってなかったんや。これ以上、
 激しくなったら、窓ガラスにひびが入るかもしれへんし、壁や床が
 崩れるかもしれへん。それに、みんなが、びびってる…」

橋が指差す所には、二人の強烈な拳と蹴りを見て、痛がるような表情をしている見物人が居た。

「あちゃぁ…。誰も寄せ付けないようにと御願いしたはずですよ」

ぺんこうが、言う。

「何が起こっているのか、知りたがってな…見物させてたんや」
「あのね…」
「まぁ、目に留まってないみたいやから、理解してへんやろな」

あっけらかんとした表情で言い放つ橋だった。

「橋先生」
「ん?」
「これ、今から効きますか?」

くまはちが、静かに尋ねる。

「あぁ」
「ぺんこう、悪い。後頼んでええか?」
「ええで。どうせ、俺、暇やしな」
「ほな。橋先生、お世話になりました。道先生にもよろしくお伝え下さい」

くまはちは、そう言って、素早くルームを出ていった。

「どうしたんや、急に」
「組関係ですよ。例の事件を伝えたら、躍起になってましたからね」

橋に応えながら、くまはちに殴られたところをさするぺんこうだった。



ぺんこうは、くまはちの荷物をまとめ、橋の事務室へやって来た。

「腫れ上がっとるで」

ぺんこうの腹部を診察する橋が、言った。

「壁に飛ばされるくらい強烈でしたからね。油断してましたよ」
「まぁ、ぺんこうやから、これで済んだんやろな」
「それにしても、くまはちの回復力には驚きましたよ。まだ、2ヶ月も
 経ってないはずですが…」
「そうやな。まぁ、それも、真子ちゃんへの思いが強いからやろな」
「退院直後に、無茶せんかったら、ええんやけどなぁ」

橋は、ぺんこうの診察を終え、カルテに記入し始める。ぺんこうは、服を整え、カルテを覗き込んだ。

「私の資料もかなりあるんでしょうね」
「ん? …あぁ。そうやな。あれっきり、ないな」
「そうですね」

ぺんこうは、素敵な笑顔で、橋に応えていた。
あれっきり。
同窓会での悲劇のこと…。

「一年経ったな。…真子ちゃんをあいつから、奪って…」
「橋、先、生。言って良いことと悪いこと…ありますよ」
「その後は、あいつを時々困らせてるんやろ」

橋の言葉に、何かを感じるぺんこうは、橋を睨み上げる。

「あの人…話しに来てますね…?」
「まぁなぁ。面白可笑しくな。怒った口調ながらも、嬉しそうやぞ」

橋は、微笑む。

「ったく…。まさちんには、出すな、出せなど、訳の分からないことを
 言うし、俺には、手を出すなと言いながらも、かっさらえと言うし…。
 益々、あの人の考えが解らなくなってきましたよ」
「おもろい三角関係を楽しんでるだけやろ」

橋は、ニヤニヤと笑いながら、ぺんこうに言った。

「橋先生まで、からかっておられるんですか!!」

ぺんこうは、少し怒った口調で、そう言った。

「よう解っとるな。その通りや」
「あのね…。ほんと、似てるんですね、あなたがたは!」
「あいつとぺんこう程じゃないけどな!」

橋は、大笑いする。その声は、事務所の外まで聞こえていた。





AYビル。
くまはちは、地下駐車場から、直接、三十八階へ上がってきた。会議室の外で待機しているよしのが、くまはちの姿を見て、一礼し、駆け寄ってきた。

「くまはちさん、退院は、まだ先だとお聞きしておりましたよ」
「…こんな事態に、じっとしれられないよ。会議は、まだか?」
「えぇ。例の事件、御存知ですか?」
「あぁ。谷川さんも怪我したんだろ」
「はい。それで、爆破事件の場所に残されたものがありまして、
 それらをかき集めて、今、検討中です」
「そうか」

その時、会議室のドアが開き、真子が真っ先に出てきた。くまはちは、真子の姿を見て一礼する。真子が驚いたのは、言うまでもない。

「…くまはち…」
「組長、遅くなりました」
「未だ、早いでしょ?」
「組長に危険が迫っているというのに、じっとしてられません」
「私は大丈夫だから。無理して、治るものも治らなかったどうするの?
 …私が、おじさんに申し訳ないよ…」

回復に向かっているものの、くまはちの体力、そして、右腕のことを心配していた真子。
自分の前では、それを悟られないようにと振る舞っていたことくらい、わかっていた。そして、くまはちの父と約束したこと。

くまはちを守る。

完治するまで、くまはちには、本来の仕事をして欲しくない真子だった。
色々と考えているうちに、真子の表情が暗くなる。

ガッ!!

突然、くまはちは、会議室から出てきたまさちんに蹴りを入れる。
まさちんは、防御できずに、まともに喰らってしまった。
そんなまさちんに立て続けに拳を向けるくまはち。
まさちんは、突然のことで、戸惑っていたが、くまはちの拳を受け止めた。

「お前、いきなり、何すんねん!!」
「この通り、完全ではありませんが、動きは徐々に戻りつつ……、組長???」

真子の周りに、怒りのオーラが現れていた。そして、ぷるぷると震えながら、拳を……。

「くぅ〜まぁ〜はぁ〜ちぃぃぃぃぃ……!!!!!」

ボカッ!!

真子の拳が…まさちんの腹部に入っていた。

「?!?!????」

訳が分からないという表情をするまさちんに…。

「何も、復帰を見せるのに、まさちんを殴る蹴るしなくても」

ドカッ!

くまはちの蹴りが、まさちんの腹部に入っていた。

「この方が、回復の確認をしやすいかと思いまして…」
「そうだけどね、何もまさちんでなくても…」
「組長…、くまはちぃ〜。なんで、俺をぉ〜〜っ…」

まさちんは、立ち上がって、二人を睨んでいた。

「だけど、くまはち、無茶したら嫌だからね」
「はい。それは、充分、解っております」
「ありがと、くまはち」

真子とくまはちは、微笑み合っていた。
…怒り心頭のまさちんを無視して……。

まさちんは、ふくれっ面になって、自分の事務所へ入っていった。

「あっ、まさちん、冗談、冗談やって!! ちょっとぉ!!」

真子は、慌ててまさちんの事務所の前に駆け寄り、ドアノブを回す。
鍵が掛かっていた……。

「あちゃぁ〜。ちょっとやりすぎたね、くまはち」

にこやかに話す真子。

「たまにはよろしいかと」

くまはちは、微笑んでいた。

「…くまはち」
「はい」
「…無茶しない程度でいいから、敵の素性を調べてくれる?
 健に…頼んであるから」
「わかりました。早速、健のところへ向かいます」

水を得た魚のように元気な姿を真子に見せたくまはちは、真子に一礼して、去っていく。
その後ろ姿は、輝いていた。

「調べるだけだよ!!」

真子は、くまはちの後ろ姿に語りかけた。くまはちは、角を曲がるときに、真子へ向けてサムズアップをした。
真子は、安心したような表情で、くまはちを見送った。そんな真子に須藤が近づいてくる。

「組長、よろしいんですか?」
「うん。くまはちは、停めても利かないからね」
「そうでなくて…その…」

須藤は、まさちんの事務所を指さしていた。

「あっ、はぁ、…いいんじゃないかな。あっ、水木さん」

須藤の後ろあたりで、静かにその場を去ろうとしていた水木に声を掛ける真子。

「はいぃ〜」
「AYAMAに行くよ」
「私もですか?」
「当たり前やん」

真子は、きょとんとした表情の水木の腕を掴んで引っ張りながら、エレベータホールへ向かっていった。

「あ、あの、組長…」

焦る水木の後ろ姿を、須藤は不安そうな表情で、エレベータホールを見つめていた。



まさちんは、事務所のドアの所に突っ立ったまま、廊下の一部始終に聞き耳を立てていた。
その表情には、とても寂しげで…。



エレベータが到着し、真子が乗り込んだ。水木は、その場に立ったまま。

「どしたん? 乗らへんの?」
「…組長、その……」

躊躇う水木の腕を引っ張り、強引にエレベータの乗せる真子。水木は、真子から、かなり離れた所に立つ。
狭いエレベータの箱。少し手を伸ばせば、真子の体に届いてしまう。
色々と考えているうちに、AYAMA社のある階に到着。真子は、ドアが開いた途端に降りた。水木は、ホッと一息を付いて、真子の後を付いていく。

「どぉもぉ〜!」

明るい声でAYAMA社に入る真子。

「こんにちは! ……」

真子に挨拶をした八太は、真子の後ろにいる水木を見て、何も言わなくなる。

水木さんとの行動は…。

誰もが知っているあの事。しかし、当の本人は、全く気にしていない様子。

「今度の企画には、やっぱし、水木さんの意見が必要かと思ってね。
 八太さん、企画書、水木さんに見せて」
「は、はい」

真子の気迫に負けたのか、八太は、急いで企画書を水木に差し出した。呆気にとられている水木は、差し出された企画書を手に取り、目を通し始めた。
会議では、水木の意見が効を成したのは、言うまでもない。



まさちんは、須藤の所で一服した後、自分の事務所に戻り、ため込んだ組関係の仕事を始める。
何かを忘れるかのように没頭するまさちん。
くまはちの復帰…そして、真子と水木の行動。

ふと嫌な思いが過ぎったまさちんは、字を書く手を止め、ため息を付いて、椅子にもたれかかった。

「組長の…幸せ…か…」

その時、隣の真子の事務所に真子と水木が戻ってきた。
まさちんは、二人の会話に耳を傾ける。微かだが、笑い声が聞こえてくる。
まさちんの拳は、自然と握りしめられていた。
水木が、事務所を出ていった様子。まさちんは、気になったのか、隣と通じるドアをノックする。

『どぞ』

真子の返事と共に、ドアを開け、隣の事務室へ行くまさちん。

「気になった?」

真子は、意地悪そうに微笑んだ。まさちんは、安心したような表情で真子に応えた。

「かなり」
「ったく、いつまでも、尾を引かんといてや」
「まだ、無理ですよ」

真子は、フッと笑う。そして、五代目の表情に変化した。

「一体、何が起こってるんだろうね。…くまはちの連絡を待つ?
 それとも、動こうか…?」
「組長は、普通の暮らしを堪能してください」

まさちんは、力強く言った。その言葉に、真子は、激怒する。

「あほか! こんな事態に、普通の暮らしをしてる場合やないやろ!
 怪我人出てるんやで? なのに、親の私が暢気にしててええんか?」
「狙いは、組長なんですよ!!」

まさちんが、怒鳴る。いきなりのことに驚く真子。

「ま、まさちん…」
「…すみません…しかし、組長の身に…」
「大丈夫だから。私は…死なないよ。みんなの為に、生きていくって、
 約束……したやん」

真子は、ニッコリと笑う。その笑みに呆れたような表情をするまさちんは、優しい眼差しで真子を見つめた。

「私達も、生き抜きますよ。決して、命を粗末にするようなことは、
 致しません。約束しておりますから」
「そうだね」

真子は、ゆっくりと目を瞑り、静かに言った。

「取りあえず、復帰したくまはちに任せよう」
「はっ」

ボカッ!

真子の拳が、一礼するまさちんの頭に軽く当たる。

「それ、やめろって!」
「…すみません……」

まさちんは、照れたように頭を掻いていた。




ライは、ホテルのラウンジでワインを飲んでいた。街の灯りを見下ろして、何かを考えていた。グラスの中のワインをくるくると回すライ。そのワインに映る人影ににやりと笑みを浮かべる。

「ごくろう」

ライの後ろに立ち、深々と頭を下げているのは、カイトだった。

「次の標的は?」

ライは、チラリと振り返りながら、カイトに尋ねる。

「…真子様をコマにした男です」
「…そうか…いつも以上に派手にしろよ。…何なら、消してもいい」

ライは、不気味に口元をつり上げ、そして、街の灯りを見下ろし、呟いた。

「真子…。…早く、この腕に…抱きしめたい…。真子の心が、私で
 満たされる日は、いつなんだろうな…。真子…愛しい…真子…」

ライは、ゆっくりと目を瞑り、真子の笑顔を脳裏に浮かべる。
その時すでに、カイトの姿は、その場から消えていた。




真子の自宅。
夜11時過ぎ。真子はとっくに眠りに就いていた。
リビングでは、まさちんとくまはちが、深刻な表情で話し合いをしていた。

「目撃情報もあやふやか…。困ったもんだな」
「順番で行くと、次は、水木さんか?」
「そうやな。須藤さんは、最後やろな。ビルやし…」
「自宅ってことは、ないか?」
「幸いにも、自宅は狙われてない。そこが不思議なんだよな。
 血筋を根絶やしにするっつーのが、手…だろ?」

くまはちの言葉に、まさちんは、考え込んだ。そして、静かに語り出す。

「…組長に関わる人物…ってことか…? 川原や藤、谷川さんたちの
 家族は、組長との接触は、ほとんどないからな…」
「そう言えば、そうだな。…っつーことは、最終的には、…俺達か?」
「俺か、くまはち、そして、真北さん…かな」

まさちんの言葉に、くまはちは、項垂れる。

「…俺は、くたばらんぞ…」

くまはちは、静かに、そして、力強く言った。

「俺もだ。これ以上、組長に哀しい思いをさせたくないからな」
「あぁ」

二人の男の決意は、すごく、堅い…。

「真北さんは?」
「これ関係で、調べ廻ってるよ。だから、健が一番忙しい。俺だけじゃなく
 真北さんにも…だからな」

くまはちが応える。

「そうか…」
「だけど、真北さんには、報告しないぞ」

くまはちの言葉に、疑問を抱くまさちんは、首を傾げた。

「あの人、無茶するからな。…無茶をするのは俺だけでいい」
「くまはち…」
「だから、お前も、あまり首を突っ込むなよ。…そこで聞いてるぺんこうもや」

リビングの外で、二人の会話に聞き耳を立てていたぺんこうが、ゆっくりとリビングへ入ってきた。

「お前は、教師やろ。このことに触れるな言うたやろ」

くまはちが、鋭い眼差しで睨み付けた。
ぺんこうも負けじと睨んでくる。

「解ってるよ。だけど、話を聞くだけは、いいだろ?」
「聞くだけやぞ」

くまはちは、その日調べ上げたことを、事細かくまさちん、そして、ぺんこうに話していた。


そのことは、後日、ぺんこうを通じて、真北の耳に入る。



真北は、リビングでお茶をすすり、ソファにもたれかかって、ため息を付く。テレビの前には、先程まで真子がやっていたAYAMAの仕事の資料が綺麗に整頓されて、置かれていた。

「普通の暮らし…か。一般市民との接触が増えて、真子ちゃんも
 活き活きとしてきたもんな。…もっと早めにそうしとけば、よかったかな」

真北は、項垂れる。
リビングのドアが開き、ぺんこうが入ってきた。真北は、ちらりと目をやる。

「ったく、いい情報が入らないと、いっつも一人でしょぼくれるんですから」

ぺんこうは、キッチンで自分の珈琲を入れ、真北の前に座り込む。

「なんや?」

冷たく言う真北に、ぺんこうは、にやりと微笑んだ。

「…情報、欲しくありませんか?」
「なんで、お前が知っている?」
「くまはちに聞いた」

静かに言って、珈琲を一口飲むぺんこうに、真北は、爛々と輝く目を向ける。

「そんな輝くような目で見ないでください。健の方も、詳しく言わないんでしょう?」
「あぁ」
「組長が阻止していること、御存知でしたか?」
「…ほんとか?」

ぺんこうの一言に驚く真北。

「あなたのことを考えて…ね」
「また…か。ほんとに、健の野郎は、真子ちゃんに弱いな」
「そこが、健の良いところでしょうね」

ぺんこうは、悠長に構えて珈琲を口にする。

「で?」
「とうとう、組長の周りの人物を狙い始めましたね」
「そうだな」
「次は、水木さんだろうとのことですよ」

真北は、ため息を付いて、ぺんこうを見つめる。

「ほな、手は出さない方がええな」
「そうですね」

二人の意見は一致する。

「だけど、組長は、そういかないでしょうね」
「あぁ、そうだな」

真北は、優しく微笑んでいた。

「一年か…。あっという間だな。…ぺんこう」
「はい」
「かっさらう勇気…出たか?」
「出ませんよ。キスの一つも許されないのに、そんなことをしたら、それこそ…」
「からかうくらい、ええやろが。…唯一の楽しみや」

真北は、微笑みながら、ぺんこうに言った。

「ほっっんと、昔っから、変わらないんですね、そういうところ。
 あの頃は、何度、そういう風にからかわれたか…」
「今頃、思い出したんか」
「そんなことで、私の気持ちを探らないでください。益々冷たく当たりますよ!」
「それは、困るな」

真北は、短く応えて、お茶を飲む。

「ずっと困っててください」

ぺんこうは、ギッと睨み付けた。

「…それで、他には?」

真北は、ぺんこうに静かに尋ねた。
ぺんこうは、くまはちに聞いたことを事細かく、真北に伝えていた。その情報は、真北の無茶な行動に拍車を掛けてしまうのだった。



そして、次の日、真北やぺんこうが、想像を絶する程の恐ろしい出来事が起こってしまった。
それは、まだ、これから起こる事の前触れにすぎなかった。
真北とぺんこうの間にある、因縁深い絆にも影響することになろうとは、二人は、全く知るすべもなかった。



水木組事務所、爆発。その際に、水木と助けに駆けつけた須藤が負傷。
その直後、むかいんの店で、同様の爆発事件発生。
むかいんと事件を予測して知らせに来たくまはちが負傷した。
その際、もう一人、阿山組とは関係のない人物の死体が転がっていた。




ライは、ホテルの一室でソファに腰を掛けて、ゆっくりとくつろいでいた。

「…逝くのか…カイト……」

ライは、目を瞑り、拳を握りしめる。
赤く光り出す拳…。

「使いたくは…なかったが…」

ライは、目を開けて、立ち上がった。
その目は、赤く光り、途轍もなく恐ろしい雰囲気を醸し出していた。
部屋の片隅に置いてあるケースを取りだし、テーブルの上に置いた。そして、ケースを開ける。
そこに納められていたのは、銃だった。
銃には、裏組織のマークが、小さく刻み込まれていた。




橋総合病院の駐車場に、車が二台ものすごいスピードで入ってきた。
その車から降りてきたのは、真子とまさちん、そして、ぺんこうだった。

「ぺんこう!」
「組長、ご無事で…!」

ぺんこうは、AYビル受付嬢のひとみから連絡を受け、駆けつけてきたのだった。

「くまはちとむかいんが…。……間に合わなかった…」

真子は呟いた。そして、三人は、ICUへと走り出す。
ぺんこうは、真子のことを心配していた。

また、自分を責めるはず…。

しかし、真子の口から発せられた言葉は、ぺんこうに途轍もない衝撃を与えてしまったのだった。


 ぺんこうとは、今ここで、縁を切る……。





ぺんこうが運転する車が、自宅駐車場に入る。エンジンが止まった。
しかし、なかなか運転席から降りてこないぺんこう。ハンドルに顔を埋めるかのように、俯いていた。
ハンドルを握りしめる手に力がこもっている。
ふと顔を上げて、ぺんこうは、車から降り、家へと入っていった。
自分の部屋へ入ったぺんこうは、荷物を置いて、ベッドを見つめる。
かなり長い間、ベッドを見つめたまま突っ立っているぺんこう。
その体が、スゥッと動き、ベッドの前に正座をする。そして、ベッドの下に手を入れた。
何かを握りしめたのか、ぺんこうの動きが一瞬停まる。意を決して、握りしめた物を引っぱり出した。
スーツケースと長い棒状の物。
ぺんこうは、暫くそれを見つめていた。
目を瞑るぺんこう。
脳裏に過ぎるあの頃の自分の姿…そして、両手が、真っ赤に染まった……。

「!!!!」

ぺんこうは、思わず自分の手を見つめる。

「…そんなわけ、ないよな。…ふぅ〜」

ぺんこうは、長い棒状の物を手に取り、巻かれているひもを解く。
ひもが解かれたことで、棒を包んでいた布が、はらりと落ちた。
現れたもの。
それは……日本刀……。
ぺんこうは、それを見つめる。
日本刀には、『封』と書かれた物が貼り付けられていた。ぺんこうは、それをそっと撫でる。

「…約束…だもんな…」

ぺんこうは、日本刀を布に包み、ひもでくくり、素早くベッドの下になおした。スーツケースも同じようにベッドの下へなおす。
ぺんこうは、何かを我慢するかのように、息を長く吐き、精神を集中させた。
カッと見開いた目は、教師・山本を醸し出す。そして、立ち上がり、着替えて、リビングへと降りていった。




橋総合病院で、ぺんこうに別れを告げた真子は、その脚で、AYビルへとやって来た。
何も言わずに、事務室へ入る真子を呼び止めるまさちん。

「組長」
「…なに?」

真子は、明るく返答した。まさちんは、自分が思っていた真子の様子と全く違っていたことに、驚く。

「…まさかと思いますが、ここに居座るおつもりですか?」
「うん。ここなら、安全でしょ? それに、他の人に迷惑掛からないし…」
「しかし…」
「解ってるよぉ、もぉ。無茶しないって。だけど、私が出歩くのは、
 よくないだろうから、まさちん。むかいんとくまはちに事件のこと…
 詳しく聞いて欲しい。…私からだと、恐らく、何も言わないと思うから…」
「かしこまりました。二人の意識が戻った頃に、伺います」
「よろしくね。じゃぁ、もう寝る」
「お疲れさまです」

まさちんは、深々と頭を下げ、事務室に入っていく真子を見届ける。
何かに気が付いたのか、まさちんは、ふと時計を見る。
午後1時を廻ったところ…。

「…って、組長、滅茶苦茶早すぎますよ…」

まさちんは、呟いた。
まさちんの呟きが聞こえたのか、真子も、事務所の奥にある仮眠室に入った時に、時計を見て、驚いていた。

「…って、昼の1時やんか…。まぁ、早起きしたしね…」

真子は、倒れるようにベッドに寝転んだ。




橋総合病院。
むかいんとくまはちが、意識を取り戻し、一般病棟に移されたのは、事件から五日が経ってからだった。
くまはちは、本来の自分の仕事をしようと、体を起こし、動かすことに躍起になっていた。
復帰したばかりだというのに、再び、怪我をしたくまはち。
まだ、動くなと言われているにも関わらず、トレーニングルームへ脚を運ぶ。

「くまはち!!」
「げっ!」

トレーニングルームに一歩脚を踏み入れたくまはちを怒鳴りつけたのは、橋だった。
橋は、くまはちの襟首を掴みあげ、病室へと連れていく。
怖いもの知らずのくまはちも、橋の怒りには、弱い様子。
素直に病室へ入り、ベッドに身を沈めた。

「橋先生」
「あん?」

病室を出ようとドアノブに手を掛けた橋を呼び止めるくまはち。橋は、ゆっくりと振り返り、くまはちを見つめる。くまはちの表情で、言いたいことを察した橋は、優しい眼差しを向けた。

「安心せぇ。眠っていたやくざな血を目覚めさせてしまったから、
 落ち込んでるだけや。様子、見とるで」
「ありがとうございます…」

くまはちは、深々と頭を下げる。橋は、くまはちの病室を出て、二つ隣のむかいんの病室へと入っていった。
むかいんは、ベッドに腰を掛けていた。その前にまさちんが、座っていた。二人は、橋に振り返る。

「なんや、まさちん、来とったんか」
「くまはちんとこ寄ったんですが、居なかったんですよ」
「今なら、居るで。トレーニングルームから、引き戻してきた」
「やっぱり…。お手数をお掛けします」

橋は、むかいんに目をやる。

「調子、どうや?」
「…俺…どうしたら…いいんですか…。この手を再び…血…で…。
 もう…料理作れない…。作ることできませんよ…。一番、嫌っている
 組長の為に…」

むかいんは、自分の手を見つめていた。その手が、震え出す。

「気にするなよ、むかいん」

まさちんは、むかいんの両手をしっかりと握りしめる。
その手を思いっきり払いのけるむかいん。

「お前に、何が解る? この世界に…やくざの世界にどっぷりと浸かっている
 お前に、何が…解るんだよ! 組長は、俺をこの世界から足を洗わそうと
 必死なのに…一般市民と付き合うだけに、笑顔を絶やすなと言われて…。
 そして、理子ちゃんとも付き合っているというのに…。いざという時に、
 俺は…俺は、眠らせていたものを目覚めさせてしまったんだよ!」

むかいんは、叫ぶ。その声は二つ隣の病室に居るくまはちに聞こえていた。くまはちが、急いでむかいんの病室に入ってくる。そして、むかいんの胸ぐらを掴みあげた。

「くまはち!!」

突然のことの驚いたまさちんは、むかいんの胸ぐらを掴みあげるくまはちの腕を抱え込んだ。

「放せよ、まさちん」
「何をするつもりや?」
「ぶん殴る」

くまはちは、まさちんを威嚇する。それに怯むまさちんではない。しかし、くまはちは、自由になっている脚で、むかいんを蹴り上げた。

「やめろって!」
「うるせぇ! 根性、叩き直すんや。何が、眠らせていたものを目覚めさせて
 しまっただ? あ? だったら、なんで、あの箱を持っていたんだよ。
 あれは、自宅の部屋の引き出しに納めていたやつだろが。なんで、
 仕事場にあるんだよ。…事態が事態だから、覚悟してたんとちゃうんか?」

くまはちは、まさちんの腕からすり抜け、むかいんの胸ぐらを掴みあげ、壁に押しつけた。
背中を強打したむかいんは、痛さで顔をゆがめる。

「組長に、負担を掛けないように…心配させないように…そう思って
 あの箱を…武器を身近に置いてたんとちゃうんか? どうやねん!」

むかいんは、くまはちの言葉に、項垂れる。

「…その…通りや」
「俺が、なんで、店に行ったんか、わからんか? 組長は、お前の身を心配して
 俺をお前に向かわせたんやで。俺に任せておけばいいのにな…。お前は、
 お前自身で、行動を起こしたんやぞ! それを、今更悔いるなんてな。
 こうなることくらい、予想できとったんやろが!!」

ガツッ!

くまはちは、むかいんをぶん殴った。むかいんは、口の中を切ったのか、口の端から血を流し始めた。ゆっっくりとくまはちに顔を向けるむかいん。その目は、哀しみで包まれていた。

「…もう…料理…作れないよ…俺……。生き甲斐を失ってしまったよ…」

むかいんは、その場に力無く座り込む。自分の胸ぐらを掴むくまはちの手を掴み、握りしめる。

「この手では…料理を作れない…」

むかいんは、俯いて泣き始めた。

「むかいん……」

くまはちは、そっと手を離した。



くまはちの病室に、くまはち、まさちん、そして、橋が静かに立っていた。
くまはちが、静かに語り始める。

「…むかいんの奴、カイトに致命傷を与えたんだよ。カイトは、自分で
 解ったんだろうな。まさか、あの能力…紫の光に、あんな力が備わって
 いたとは、俺も、むかいんも知らなかったよ。組長の能力に対しての
 知識しか…なかった。…紫の光なんて、今まで…見たことないからな」
「…青い光で生き返った人間には、カイトの能力は通用しないのか…」

まさちんは、そう言って、黙り込む。

「まさちん、お前、真子ちゃんが、哀しむようなことを考えてないか?」

橋の言葉に、目だけを向けるまさちん。

「考えて…ませんよ。ただ、カイトの死をライがどう受け止めているのか
 気になっただけですよ。ライは、カイトの行動を…知っていたんだろうか…。
 それを、確かめる必要がある。そう思っただけです」
「そうか…それなら、いいんだが…。無茶だけは…するなよ」
「ありがとうございます。では、私は、帰ります。橋先生」
「ん?」
「くまはちを絶対に、ここから、出さないようにしてくださいね」
「解っとる」
「まさちん、お前がそう言うなら、俺は、ここから…傷が治るまで動かない。
 だけど、組長のことは、逐一報告してくれよ…な」
「わかってるよ」
「まさちん……。組長を…頼む」

くまはちの切ない言葉。まさちんは、凛とした目でくまはちを見つめ、

「改めて言うな…。俺の仕事だろ」

力強く応えた。

「…そうだったな…」

まさちんは、くまはちの病室を出ていった。暫く、沈黙が続く病室。

「真北には、連絡したんだろ?」
「えぇ。調べ廻っているようですね。…ライのこと」
「あいつこそ、無茶せんかったら、ええんやけどな…。一番心配や」
「ご安心ください。組長を守るためには、真北さんも守らなければなりませんので」
「ったく。…ほんまやったら、直ぐに退院させたいんやけどな。
 内臓の方が、まだ、やばいからな…」
「…それくらい…解ってますよ。自分の…体ですから」
「そうかぁ」

橋は、それっきり何も言わなくなり、そして、静かに病室を出ていった。
くまはちは、ベッドに腰を掛け、俯き、考え込む。
ふと顔を上げ、窓の外に見える空を見上げた。

組長…。



(2006.8.16 第五部 第十五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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